「ぶえっくしょいっっっ!! うー……」
 ったく寒すぎるんだよ、暖房の効きは悪いしカイロは持ってくるの忘れたし。カイロは……まぁ、自分が悪いような気がしない事もなかったけれど。……わ、悪くない!!うんっ!
 僕は隙間風の寒い窓際で外を見ながらコーヒーをすすっていた。担当していた事件も片付き丁度暇が出来たのだった。そんなに難しくない、ただの盗難 ―― “ただ”などと言ったら被害者の人に怒られそうだけど ―― だったから。
 でも、本当にすぐに犯人が捕まってよかった。このクソ寒い中の聞き込みは死ぬほど辛いものがあったからなぁ……。

 僕はふと、昔の事を思い出した。
 そう今くらいの時期、はじめてちゃんとした事件を任されたときのこと……。



 まだ肌寒い二月のことだった……あの時僕は警視からとある事件を任されていた。資料を見る限りでは、それ程難しくない事件と思われた。
 しかしこの事件。一筋縄ではいかない大変な事件だったのだ。


- 第1話 「不安のはじまり」 -
 僕は警視に言われてある事件の捜査をしていた。

 突然かかってきた通報の電話。何でも宝石が盗まれたらしい。通報者はすごい剣幕で喚きたてているようだ。けれど僕ら、捜査一課はいつも殺人事件などでにぎわって(?)いるので、それからみればごくごく普通の事件だった。
「宝石が盗まれたそうだ」
 守山警視が電話を受けた刑事からきた内容を皆に聞こえるように話す。それを簡潔にまとめるならば、“金持ちの家で宝石が盗まれた”と、まぁこんな感じになるだろう。
「誰か手の空いているものは?」
 再び警視が問う。しかしどの刑事も首を横に振るだけ。僕は微妙だった。これといって担当している事件もなかったし、頼まれていることもなかった。でも自分から首を縦に振る勇気はまだなかった。
「そうか……ふむ……」
 警視は少しの間考えるとポンッ、と手を打ち、こっちへやってきた。そして言った。
「山下、お前やってみるか?」
 まさかそんな事を言ってもらえるとは思っていなかったのでちょっと……いや、かなり戸惑ったけれど僕は首を縦に振り、返事を返した。
「はいっ!!」



 言われた場所がちょっと都会とは言いがたいところだったので僕は車を走らせ現場に向かった。その日はまだ寒かったがお日様もでて結構いい天気だった。
 前にも記しているが都会とは言いがたい……むしろ田舎といっていいような場所だったので行き逢う車は一切なかった。 時々畑仕事の帰りだと思われるご老人が何人か見受けられたぐらいだ。

 僕……っと自己紹介がまだだったな。僕は山下尚吾(やましたしょうご)。
 一応刑事という職業についている。年は26歳。
 刑事になったのは3年ほど前だが事件らしい事件を任され始めたのはここ最近のことだ。 まぁ、まだ殺人の事件とかは担当したことがないのだけれど……。



 署から車を走らせ約1時間。僕はやっと現場に到着した。
 宝石が盗まれたということなのであるていど金持ちなのだろうと予想していたが家 ―― いやこの場合館と呼ぶべきか ―― を見たときは吃驚した。
 人の背の3,4倍はありそうな高い塀。来る途中やけに長い塀だなと思っていたものがこの館のものだったのだ。そしてその長い塀に負けないくらい扉(門?)も大きく素晴らしかった。館そのものはまだ見えないのに圧倒されてしまう、そんな雰囲気の建物だった。
 僕は不謹慎かもしれないが内心、この館では宝石ぐらい盗まれても大丈夫だろうなどと思ってしまった。

 車から降りてインターホンはどこかなと探していると扉が自動で開いた。たぶんどこかにカメラがあるかセンサーがあるか、で開いたのだろう。
 立ち止まっていても仕方がないので僕はもう1度車に乗り込み館の中へと入っていった。

 外から見たときにも驚いたが、中に入るとますます驚かされた。
 扉から入ってもうかれこれ5分は走り続けている。
 道の両脇には銀杏の木が植えられ綺麗に手入れされていた。 銀杏の木の向こうはほとんど見えないのだが所々緑の物が見えた。おそらくこの道の両脇には庭が広がっているのだろう。

 しばらく周りの木を見たり、BGMを聴きながら軽やかに車を走らせていたのだが少しばかり不安になってきた。“この道はどこまで続くのだろうか……”と。
 しかしそんな僕の不安を読み取ってかやっと館らしき物が見えてきた。
 車をどこにとめようかな、と少し考えたがすでに何台も止まっていたのでそこに一緒にとめることにした。そこには車に詳しくない僕でも相当高いとわかる車がずらっと並んでいた。 もちろん安物の僕の車。なんだか一緒にとめるのには気が引けた。
 けれど僕はそこである車を視界の端に捉えた。
 お世辞にも綺麗とは言えず他の車と比べて……いや僕の車と比べても安物っぽい感じがした。何でこんなのが此処に?と、不思議に思ったがとりあえずその車の横にとめた。



 車を降りてまず目にはいったのは噴水だった。
 僕は昔から噴水に限らず水に関係のあるオブジェを見るのが好きで、小さいころから遊園地などにいったら1番最初に噴水を探したものだった。

 そんなちょっとした噴水マニア(!)の僕から見てもこの噴水は申し分のない出来だった。
 周りは完全左右対称に作られていてとても美しく、繊細な彫刻が彫られていたし、水の出るところは“お約束”とでもいうように天使が持った水瓶だ。
 その天使の服装はキリスト教の教えに出てきそうな物で一枚の布を腰の所で止めている。 足はもちろん裸足で頭にはバンダナのような物を巻いていた。
 ここまでは至って普通の天使だった。しかし天使というのはたいてい羽があるものである。 もちろんこの天使にも羽はあった。


 1枚だけだが――


 つまり片羽の天使だったのだ。
 最近じゃ別に珍しいこともないのだが僕は無性に気になった。 “これから何かとてつもない物が僕を待ち受けている……”、そんな気がしてならなかったのだ。



 そしてこの後、その“嫌な”気はもっとわかりやすく僕に見えてくるのだった……。

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