「な、なんだって……? わんもあぷりーずっ?!」
朝食の席で親子3人飯を食らいながらご飯を食べながら会話を弾ませる。そして、その会話の中での一言が、黒ずくめのアホんだらぁこと美沙君の運命を左右させるものとなったのだ。 「あら、やだ。美沙ったら、もうボケが始まっちゃったの?」 親より先に痴呆になる子なんてお母さん嫌よ〜、そんな事を付け加えながら、先ほど問題の一言を発した碧さんが言った。 「いや、ボケだのどうでもいいから。ホントに、……なんて言ったんだ……?」 いつもならば碧さんのその巧みな進行で結末がうやむやにされてしまう事が多いのだが……どうも今回は余計なモノを聞いている余裕さえなかったらしい。 「え、だから。今のままで行くと山下さんとキスしなきゃなんないわよ?って」
ぴっきーーーんっっ
「き、聞き間違いだと思いたかったんだが……。今……キスって言ったのか? ――
……ということは、晩飯はキスの天ぷらかっ!!」 どうにかして今聞いた言葉を別の意味にしたいらしい。 顔面を真っ青にしながら、そして汗をかきまくりながら、美沙君は言い続けた。 「は、ははははは!!そうかっ、天ぷらかぁっ!いやぁ〜久しぶりだなぁ〜。そ、それじゃ茄子とかきあげは当然あるんだろうなっ!た、楽しみだなぁ〜っ、ははははははは!!」 未だに席を立ったままの状態で、目を虚ろにさせた美沙君が箸を振り上げた。 ぐさっ 正確に狙いを定めたわけでもないのに、箸は皿に乗っていたミニトマトを貫き果汁を滴らせた。無論、その果汁はあるものに酷似することをここに記しておく。 「まぁ〜、そんなに喜んでくれるなんて!ねぇ、滋さん。私たち恋のキュ〜ピッドかしら!」 「いや、違うと思うんだが……」 「え? 何か言ったかしら?」 「いいええ、何も言ってません。言ってませんってば」 毎度の事ながら、家でも職場でも地位の低い(職場では”役職”の名前だけは高いが)守山父が立ち上がって高笑いを続ける娘を見ながら小さく同意した。……いや、この場合せざるをえなかったのだろう。守山家での絶対権力者は母なのだから。
「こらこら、美沙。泣きたいほど嬉しいのはわかったから、食事中なんだし座りなさい」 少しは母親らしい台詞だが、立ち上がらせる要因を作った人の言葉じゃ無い様な気がする。 「……美沙。まぁ、座れ」 父親も
――
向かいに座る母に睨まれながら、それなりの務めを果たすべく声をかける。二人の言葉を聞いた美沙君は一瞬呆けたものの、すぐに高笑いを続け始める。 「やぁねぇ、寝ぼけた人って手に負えないんだから」 あくまで優しい笑みでふぅ、とため息をつくと碧さんは何処からともなく例のブツを取り出した。 そしてそれを構えると、美沙君の脳天に振り下ろした
―――
ズバシコンッッッ
「のああぁぁっっ?!?!? ハリセンンンンンッッッッ?!?!?!?!」 叩かれた頭を摩るのも忘れ、美沙君は驚愕した。 「ななななななな、なんでハリセンが家にあるんだっっ?!?」 金魚の如く口をパクパクさせ、ハリセンを指差しながら叫んだ。 「ほほほほっ、こういうこともあろうかと通販で頼んでおいたのよ!」 「こういうことってどーいうことだ!つか、通販なんかで売ってんのかっ!!?」 ……もしかしたら、もしかしたら売ってるのかもしれないが
――
恐らくは売っていないだろう。既に食事を終え、けれど席を立つことが出来ない臆病フェレット(なんて可愛いもんじゃないが)守山父はそんな事を思っていた。
当然、碧さんの発言は嘘である。本当は山下君から取り上げたらしいのだ……うーむ、末恐ろしい人物ですなぁ。ま、それはさておき。
「大体っ、何だってそんな話が出てきたんだ!シャレにならんぞっ!!」 「あら、それはお母さんのせいじゃないわよ。ある企画で決まりそうって話を聞いただけだもの」 ものすごい形相で碧さんに問う美沙君を、碧さんは軽くあしらった。……が、頬に一筋の汗が流れているところを見ると少しは焦っているらしい。 「ほほう……、どこのどいつだ企画者はあぁ!!!!」 メラメラと背後に炎を携えながら、くるっと体を回して今度は守山父に詰め寄った。 「父さんは知ってるんだろう……?え?またあの馬鹿誠吾かっ!?それともあのクソったれ親戚共かっ?!!?……ふふ、まさか貴様らじゃあるまいな
――?」 ただでさえ碧さんに脅されて、頭の中も外も激しく擦り減っている守山父。その上娘からも脅されるとは――
なんとも不憫な役どころである。 「いいいいい、いやっ!何も知らんぞっ! ほっ、本当なんだっ!!!」 「……知ってて隠すんだったらそれはそれなりに報復を
――
」 「本当だっ!! 父さんは何も知らんのだっ!!」 余りにも怯えた表情、口調だったので流石の美沙君もシロだと決めたらしい。掴んでいた襟首を離すと朝ごはんもそこそこに自室へと引っ込んでしまった。
「滋さん大丈夫?」 美沙君が部屋を出て行った後、碧さんが哀れな夫を気遣って声をかける。 「あ、あぁ……。しかし美沙ってば本当にお前そっくり
――
げ、げほげほっ」 危うく本心が口から滑り出そうになり、守山父は慌てて誤魔化した。そのおかげか、碧さんは気づかなかったらしい。というよりも、別の事を考えているようだ。 「うふふ、そろそろもう一人の方にも連絡が行ってる頃よね〜〜……」 毎度おなじみの黒い笑みを浮かべて別の世界へ飛んだ奥さんを見た守山父は、今度こそ席を立つと、美沙君同様自分の部屋へと逃げ込んで行った。
* * *
プルルルッ プルルルッ 守山家では既に朝食が終わっていたが、山下家(というか山下君の住むボロアパート)ではまだ朝食どころか、布団から出てもいなかった。どうも今日は休みらしい。 「んー……、電話……?」
布団から腕だけを出して、携帯を探す。
程なくして手の先に感じたものを握って、また腕を布団の中へと戻した。 カパッ カチッ 携帯の画面に表示される「非通知」の文字を眺めながら、ボタンを押した。 そして耳元にそれを持っていき
――
聞こえたのは、余り聞きたくない上司の声。 「出るのが遅かったぞ山下。全く、これだから凡人は困るんだっ!」 電話に出るのが遅いのと、凡人の関係は微塵もない。しかし寝ぼけている山下君にはそれがわからず、とりあえず寝ぼけまくった口調で謝った。 「す……ぃませぇん……」 「む、お前まさかまだ寝てたんじゃあるまいなっ?ったく、これだから凡人は(以下略」 署長こと、鉦山警視総監はまたもやカケラも関係のない凡人論を出していた。 「署長……、一体どうしたんですか?僕今日は非番のはずなんですけど……」 「あぁ、わかっている。ただ伝えたいことがあったから電話しただけだ」 そこで一旦携帯を耳元から離し、欠伸をする。 そして頭をすっきりさせる為に立ち上がって、カーテンを開けた。 「伝えたいことって何なんですか?」 さっきと比べると「誰やねん」という位違うものになった声で、山下君は電話越しに尋ねた。 「うむ。実はだな、ある人から聞いた事なのだが
――
あ、いや、これは全然出所がわからんもので信憑性のカケラもないんだが。かと言って無視することも出来ないし……と、兎に角伝えるだけ伝えておくぞっ!!」 「はい。 どうぞ仰ってください」 口ではかなり優等生ぶっている(彼はもう社会人なのだが)山下君だが、内心は酷くどす黒いものが渦巻く嵐になっていた。 とどのつまり、 俺様の安眠妨げやがってこのやろう、要件あるなら早くいいやがれ! という感じになっていたワケだ。勿論、そんな事口が裂けても言える事ではないのであくまで心の内に留めておくしかないのだが。 「……ある人から聞いた話によるとだな、何か企画を計画しているようなんだ。それで
――あー……つまり、その……うーん……」 「――
はっきり仰ってくださいよ。別に変な事じゃないんでしょう?」 「変な事……じゃないと思うんだが……。よ、よしそれじゃ言うぞ!!!」 携帯を通して聞こえてきていた息遣いが一瞬止まり、そのすぐ後に声が聞こえてきた。
「何ていうか……その、遠まわしに言うと腹括れって感じ?」
「……は?」 言われた言葉が理解出来ず、口から出たのは1音だけの疑問符だった。 そして、その後に続けようとした言葉は向こうで捲くし立てる署長の声でかき消された。 「ぼ、僕はちゃんと伝えたからな!それとっ、この件には僕は一切関係ないから!その出来損ないの頭からきっちり削除しておくように! もし、誰かに何かを聞かれたとしても絶対に名前を出したらダメだからな!……出したら即刻クビにしてやるからな……。じゃっ、失礼する!」 ブツッ ッツー ツー ツー ツー 「……切るの早っ!」 機械音が聞こえてきた携帯を耳から放すと、すぐにボタンを押して切った。 「一体何なんだ……? 結局何も伝わってないし」 というか「腹を括れ」ってちょっとヤバくないか……?、もう電話の機能を使っていない携帯を見つめながら、山下君は思った。
確かにさっきの署長の電話では何も伝わっていない。……まぁ、強いて言えば「誰かが企画をしていて、山下君が腹を括る必要がある」ということだ。
しかし、これだけだと5秒考えるだけで可能性枠が20は考えられそうだ。 「うーん、ま、でもあの署長のことだし。気にすることないか」 どうやら自己完結させたらしい。 大きく伸びをした後、携帯を放り投げると(良い子はマネしちゃダメですよ)また布団にもぐりこんだ。 「今日は休みだし……、ミーちゃん……まだ寝よう……」 布団の中で蹲っていた同居人の猫を抱いて、山下君はまた眠りの世界へと入っていった。
果たして彼は気づいているのだろうか? もうすぐお菓子業者がうら若き女性をターゲットにした例のイベントが来ることを。 そしてまた、彼女も気づいているだろうか? 企画が発動した場合、いかなる理由があろうとも問答無用で餌食にされることを。
無論、本人の意思など自由に変えられる世界。
結果はあと少しで貴方の元へ―― |