第7話 「そういう人間が居ること」

「時間……旅行者……?」
 真依さんを追いかけながら、ココロが横から訊いてきた。
「あー、わかんないかな……。うーん、一言で言えば、私達と一緒って事だな」
「同じ……ってことは、あのピンク頭の人もフレアと同じ職業なのかな?」
 チラリとさっきまで居た方向を見る。走り抜ける真依さんを追いかけている為、その場所はもうほぼ見えない。
 今頃、ナオキとやらは呆然と立ち尽くしているのだろうか……?
「まぁ、そういうことだろうな。 確かに時間を操れる人間は少ないが、皆無ではないから」
 少しココロの方へ顔を向けて答えた。ココロは、ふーんと言って前に向き直った。
 そう、皆無ではない。当然、私と同じような能力を持って生まれる者もいる。……けれど、そういう能力を持った人は必ず協会に登録しなければならない。しかし、あのピンク頭……名簿には居なかったはずだ。
「……あ、海だ」
 ココロが横でそう呟いた。
 真依さんは、本にあった通り、砂浜へと続く階段の脇で歩みを止めた。
「一旦、降りようか」
「うん」
 本に書いてある通りだと、これ以上は動かないはず。
 私は術を解くと、少し離れた路地から様子を見た。

「ひっく……ひっく……」
 砂浜へ出る為の階段の、1番下の段に座って、真依さんは泣き続けていた。見ているこっちが痛くなるような、そんな泣き方だった。
 ――しかし、ただここで彼女を見続けているのは時間の無駄かもしれない。
 そう思った私は、ココロをそこに置いて一人で“ナオキ”を探しに行ってみることにした。



「アンタのせいだぞっ!!!」
「あら?私はただ、お兄さんに会いに行くだけじゃないの」
「でーもーっ!確実に誤解されちまっただろがっ!!」

 まさかとは思ったが……ナオキと『レイ』はまだあの場所に居た。
 遠くから見ているので、その表情まではわからないが、何か口論をしているようである。……と言うよりもナオオキが一方的に言いまくっているらしい。会話――というのかわからないが――が耳に届く。

「誤解? ――あぁ、さっきのお嬢さんね。ねぇ、直輝君。誤解されたくなかったらはっきりすればいいじゃないの。告白もしてないのに私のせいにするなんて、いけないわよ」
「こここ、こっ、告白?!……そっ、んなモン恥ずかしくて出来るかよっ……」
「それじゃ、ずっと誤解されたままで居ることね。私の知った事ではないもの」

 どうやら……レイの方が人間的によく出来ているらしい。というよりもナオキは我を見失いすぎだ。
 私はしばらく空にふよふよと漂いながら二人を観察していたのだが、少し離れた場所に下りて、そこから二人の様子を見ることにした。
 魔法を使う際の魔力に際限はないのだが、如何せん精神力を使うので長時間ぶっ続けで使うと疲れてしまうのだ。ましてや今日は時間移動やココロまで運んでいたわけだし……。

「……だいたい、アンタ兄ちゃんの何なんだ?」
「お兄さんの?さぁ、ロクに告白も出来ないようなガキの知ることじゃないわよ」
「そ、そんな風に俺を煽ろうたって無駄だからな。アンタは……兄ちゃんの彼女でなければ友達でもない」

 ん? 何やら話しが進展しているみたいだ。ナオキ……もとい、直輝がやたらと小さい声で話すのでよく聞こえない箇所があるのだが。
 それにさっきまでの雰囲気とはうってかわって落ち着いてきている。

「---じゃない。そもそも、うちの学校のヤツじゃ、ない」
「酷いわね~。私はちゃんと学校行ってるわ。貴方とは違う学年ですけどね」
「いや、違う」
「……何が違うのよ?」
「アンタ……、---じゃないだろ?」

 な……んだって……?
 私は我が耳を疑った。

「……何を根拠にそんな事を言うのかしら? 大善直輝君?」
「わかるんだ。 いや、わかってた最初に見たときから」
「……」
「人間じゃないって」



「ど、どうしよう……さり気なく村人を装って近づいてみる?」
 フレアが直輝と『レイ』の会話を盗み聞きしていた頃。ココロは泣きじゃくる真依を見て独り言を呟いていた。
『いいか、必要以上に干渉すると歴史が変わってしまう可能性があるんだからな。気をつけるんだぞ!』
 去り際にフレアが残していった言葉が頭の中でリフレインする。……けれど、風に乗って聞こえてくる泣き声を聞くと、そんな事も言ってられないくらい哀しくなるのだ。
「よし!! 大丈夫、大丈夫!!」
 ココロはそう言うと、何を思ったか駆け出すと一気に砂浜へと降りる階段を使わずに飛び降りた。

 ザシュッ

「…………い、痛いよう」
 先ほどの言葉だと“さり気なく”を目標としているはずなのだが……、というよりも“村人を装う”とか言っている時点でこの時代では通用しないような気もする。
 ココロはくるぶしまで埋まってしまった足を必死で抜くと、少し驚いた表情でこちらを見ている真依の方へと歩き出した。……って、左手・左足とか一緒に出てるんですけど。
「ど、どうも!! いい天気ですねっ!!!」
 やたらギクシャクした動きの見知らぬ人に驚いたのか、真依は表情を固くしてココロの顔を見つめた。
「……きょ、今日はお日柄も良く!!!」
 何故かお見合いの時の台詞を言うココロ。
 それを見て、真依は少しだけ笑った。……表情も随分と柔らかくなり、そっと端によってココロに隣を勧めた。
「えぇ、今日はいいお天気ですよね」
 にっこりと笑う。……無理して笑っているのがわかりすぎて、心の奥がすごく痛んだ。近くで見た真依は、泣いていたせいで目元が腫れているが、それでも可愛かった。
 そんな真依に一瞬見とれてしまい、我に返ったココロはその事実に赤面した。そして、それを隠すように少しでも話が出来るように……また、話しかけた。
「……う、海ってすごいですね! 広いし、しょっぱいんでしょう? 僕、フレアから聞い――」
 そこまで言って、ココロは口元を手で覆った。
 ……やばいっ、名前を出すなんて僕のドジ!そう思いながら、真依の表情を伺った。
 けれど、その心配は要らぬものだったようで真依は海の方を向いてどこか遠くを見ていた。
「海……すごいですよね……。 貴方は海見るの、初めてなんですか?」
「う、あ、はい!初めてなんです! だから吃驚しちゃって、大きい湖だと思っちゃったんですよ」
 えへへ、と頬を掻きながら答えるココロ。
「そうなんですか。 私は小さい頃から海を見て育ってきたから……そんな人が居るだなんて、そっちの方が吃驚ですよ。 あ、でも、湖って見たことないんですよ。お相子ですね」
「湖を見たことがないんですか! 海もいいですけど、僕、湖も好きなんですよ!
 こう、海にはかないませんけど広くって光があたるとエメラルドグリーンに光るんです!!」
 もう消えてしまった故郷の近くにあった湖を思い浮かべながら、ココロは話した。次元が違うので、所々に出てくる言葉は通じないはずだったのだが、真依は一つ一つに頷いて、微笑んだ。
「すごいですね~。 私も湖見たくなっちゃいましたもん!今度、お父さんに連れて行って貰おう!」
 ひとしきり笑うと、真依は思いついたように話し始めた。最初にあった緊張や、ぎこちない笑いは何処かへ消えていた。微笑みも、さっきのとは違い……本当に心からのものだった。
「そういえば、海見るのは初めてなんですよね? それじゃこれも聞いたことないのかな」
「……?」
「湖にも海にも貝って居るじゃないですか。 その中にね、ニッコウガイ科の桜貝っていう貝があるんです。
 私が小学生の時に先生から聞いた事なんですけどね、その桜貝の綺麗な貝殻を見つけることが出来たら、願い事がかなうって言うんです。
 ……小さい頃は直輝と……友達とよく探したんですけどね」
 真依はそう言うと、階段から立ち上がり砂浜へと歩いていった。ココロもすぐに立ち上がり、その後を追う。
「良かったら、一緒に探しません? 貴方とだったら、見つかりそうな気がするんです」



 “アンタ……、人間じゃないだろ?”
 さっきの直輝の言葉がやけに頭に響く。
 何で……、この世界の人間なのにそんな事がわかるんだ?そんな話聞いたことがない。いや、でも待てよ?私達と同じ世界の人間同士がわかり合うというのなら、違う世界の人間をわかる人も居るのかもしれない。
 ……けど、まさか直輝(コイツ)がそうだなんて――!!!??

「人間じゃ、ない……か」
「昔からそういうのはわかるんだ。 結構同じようなフリして来るヤツ、多いし」
「……ふふ、それじゃ何を言ったって繕いようがないわね。
 そうよ、私は“ここの世界”の人間じゃ、ないわ。 けど、貴方のお兄さんに会いに来たのは本当よ」
「兄ちゃんは……、そういう力がない事知ってるのか?なのに、なんで会う必要があるんだ!」

 私は万が一直輝に見つかって正体を見破られては大変なので、見つからないように再び空に浮かんで様子を見ることにした。
 しかし……、これは少しまずいことになったな……。本にはこの場面は記述されていなかったから、何が起こったのか知らなかった。……もうちょっと調べてから来るべきだったか?

「お兄さんに……、話があるとかそういうのじゃないの……。 一目でいいから、会いたくて」
「……? どういう事だ……?」
「――あの人に、似てるから」
「え……?」

 やばいっ……!!?
 腕を組みながら、下の様子を見ていたのだが――一瞬だけ、『レイ』が上を見たような気がした。
 私は咄嗟に近くの家の屋根に身を伏せる。……くそっ、これじゃ会話が聞けないじゃないか!!
 そして、次に空に上がったとき、そこには人の姿はなかった。
 いや、実際には二人は別れるところで少し移動していたのだった。

「……別に、そういう理由なら家に来てもいいんだぞ?」
「ううん、いいわ。 どうせ、未練が残るだけだから」
「そうか……」
「直輝君こそ、真依さんに言わなきゃダメよ? なんなら私がけしかけてあげようか?」
 少し笑いながら『レイ』が言っていた。 だが、直輝は顔を強張らせてそれにこう答えた。
「いや、それはやめた方がいい。 あいつも、俺と同じだから」

 少し低めの声で言われたその言葉に、私は驚愕した。
 ――まさか……、同じって事は真依さんもそういう人間だって事なのか……?
 そこで私は、向こうに置いてきたココロの事を思い出した。
 ――頼むから、近づいたりしてんじゃねぇぞ!!!
 そう思いながら、二人の会話を聞くことも忘れ、私は空を飛んだ。

「それじゃ、私はもう行くわ。 お呼びがかかったみたいだし」
「あぁ、もう会うこともないだろうけどな」
「そうね……。 それじゃ、真依さんとお幸せに」
「そっちこそ、上手くいくといいな。 グリッセルさんとやらとさ」



 * * *



「何を――している」
 低く、限りなく低く、そして冷たい声。紡ぎだされる言葉は容赦なく、棘を刺す。
「――何だと……思う?」
 それに答えるは、少し焦ったような……そして、哀しげな声。
「こっちが訊いている」
 低く、冷たい声の持ち主は一息つくと、そのまま続けた。
「お前の持ち場は此処じゃないはずだ。 こんな風に……干渉しろ、とは言わなかったはずだぞ」
「……」
「何も言わないのか?」
「………………だって」
「……何だ」
「だって……だって、だって!! あたしっ……」
 ボロボロと涙を流しながら彼女は言った。

「会いたいんだもんっ! 一目でも見たいから! 早く、少しでも早く……っ」

 止め処なく流れ落ちる涙を拭いながら、今まで、必死に溜めてきたものを吐き出した。

「酷いよっ、見てたのに……、ずっと見てたのに……っ、ピスだけじゃ……、ないのにっっっ!!!」

「――言う相手が違うだろーが……」
 先ほどまでの冷たい口調とは打って変わって、少し呆れたように返す。
「えぐっ……でもぉっ……」
「んあぁーーっっ、わかったよ!わかった。 だから、泣くのはやめろって」
 こっちがワルモンみたいじゃないか、と付け加えるとハンカチを取り出して渡した。けれど彼女はそのハンカチを見て、ますます瞳を潤ませた。
「うえぇぇ~~んっっ」
「…………えぇぇいっ、鬱陶しいっ!! あー、もうっ、私は帰るからなっ!!ったく、ンな理由で任務(しごと)サボってんじゃねぇっ!!」
「うぅぅ……、すみません……」
 えぐえぐ言いながらだが、小さく謝る。対する人物はその様子を見て、盛大にため息をついた。
「はぁ……、あいつ等にはまた会うつもりだから言っといてやるよ。
 でも――伝えるのは、お前自身だ。それは、わかっているな?」
「会いに……行くの?」
「――あぁ」
「会いに行って……何、話すの? 何、話したの……?」
 怯えの入った表情で、訊いた。問われた方は表情を硬くして、答えた。
「戻る……って、話したんだよ」



 * * *



 その後、無我夢中で飛んできた私の目に入ったのは、砂浜で仲良く戯れるココロと真依さんの姿だった。
 ――干渉するな、と言ってきたはずなんだけどな。

 それにしても、あの本になかった記述が多すぎる。
 それに……もしかしたら、私達は――いや、私は、いけない事をしているのだろうか?
 あるべきはずの歴史が塗り替えられていっているようで、すごく嫌な気分になった。
「ううん、違う。 仕方のない事……なんだ」
 そう自分に言い聞かせると、私は鞄から本を取り出した。 開けたページはアカノカケラの最後のページ。

“少年は少女と共に成長し、紅い薔薇と共にいつまでも幸せに暮らしました。
 少年は言います。「これは彼女達のおかげだ、と」
 少女も言います。「これは彼のおかげだ、と」
 二人は1輪のずっと枯れない薔薇に、“紅”という名前を付けて生涯大切にしました。
 それは、カケラにも決して引けをとらない二人の宝物になったのです……。”

「変わりすぎなんだ……、変わりすぎなんだよ。私は……それでも、まだ行かなきゃいけないのか……?
 なぁ、母さん。……父さん。 私は――何なんだろうか?」

 海辺から聞こえてくる楽しそうな話し声と、流れ出る涙はあまりにも不似合いで。
 私はすぐにその涙を拭うと、砂浜へと降りていった。