第10話 「問題は既に山積みなのに」

「ひっ、やめてくれ! 殺さないでくれ……!!」
 自分の向かう先に倒れた男が、両手を振り回しながら懇願している。
 その様子を見て、何だか無性に笑いがこみ上げてきた。
「……殺さないでくれ、だと?」
 はっ、とその笑いが自嘲気味になるのを自覚しながら、男を見下ろした。
「たっ……、頼む! 家族が……いるんだ!それに私は今回の件とは関係な――」

 ザシュッ

     ドバッ ……

「うぎゃあああぁぁっっ!!!!」
「家族……ねぇ。 ――だからどうした、って感じだけどな」
 見下ろした男の口から出てきた言葉に、思わず魔法を使ってしまった。
 さっきまでは正常な体をしていたけれど、今は右肩から先がなくなっている。断面からは絶えず血が溢れ出て、その場に紅い血溜まりを作った。……そして少し離れた場所にも突然切り離されたせいなのか、筋肉が異常に動いて痙攣している“切り離された右腕”が血溜まりを作っていた。
「ったく、よく言ったもんだな。“私は今回の件とは関係ない”なんて……有り得る筈、ないだろ?」
 そう言いながら、かろうじて動いていた右腕を踏み潰した。
 もう神経が繋がっていないから痛みを感じる筈がないのに、男はその瞬間、苦痛に満ちた表情をした。
「……け・・のめ……!!!」
 まだ声が出せるとはな、と半ば感心しながらその言葉を聞いた。
「――あんた等……魔術師は……、バケモノだっ!!!」
 げほっ
        ぽた ぼたぼたぼた ……
 血を吐きながら、こっちを睨みつけてくる。その瞳は蒼く光り、視線で人を殺せるのならば、確実に殺せただろう。……普通のヤツが相手なら、な。
 一般の人から見れば、毒にしかならないその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「……魔術師……ねぇ。 ――イイ称号じゃねーか」
 そして男の方へ手をかざした。
「じゃ、その“魔術師”に殺された事を自慢に思いながら逝きな、回復師〈 ヒーラー〉」
 手に集まった光は突然紅くなり、男の体を直撃した。
 光は熱く燃え盛り、当てられた箇所は次第に黒くなっていく。 男はその場にのたうち回り、なんとか火を消そうとしていた。……けれど片腕がなく、もう立てないほどに傷つけられた体で消せるはずもなく。
 しばらくすると男は動かなくなり、静寂の中に煩く響いていた叫び声も聞こえなくなった。

 そんな様子を見て、思い出したように呟く。
「あ、そういや言うの忘れてたけど。 俺、魔術師じゃねーんだわ……ってもう「聞こえてない」……かな」
 紅い瞳が細く、笑った。



 * * *



「――原因なんて、考えてもわかんねーか……」
 若干震える手で本を閉じ、そのまま鞄の奥へと突っ込んだ。
 この鞄の中にあまり大した物は入っていないけれど、ほんの一握りの“大した物”の為に、私は鞄を部屋の隅へと置いた。 それから、魔法をかけておく。 こうしておくことで、遠くに居てもその物がどうなっているか把握する事が出来るのだ。
「さて、と。 飯食いにいくかな」
 よしっ、と気合を入れると、財布を持って部屋を後にした。

「んもー、フレアってば来るの遅いよー!僕お腹ぺっこぺこだって言ったじゃんかー」
 下へ降りてくるとやはり昼時という事もあってかなりの人が居た。皆それぞれにランチを頼んで……昼間っから酒を飲んでいるヤツもいるようだが。
「悪い、悪い。 ちょっと荷物の整理してたもんだからさ」
 軽く片手を上げて謝りながら、ココロの前の席へと腰掛けた。既に料理を食べている人が多く、周囲からは美味しそうな匂いが漂ってきていた。
「……ま、いーけどさ。 ね!早く料理とろう?」
 そう言ってテーブルに備え付けてあるメニューを開く。
「Aランチは焼き魚……、Bランチは豚肉のしょうが焼き……、Cランチは……っと」
 開いたメニューに書かれてあるのは3種類のランチ。Aランチは白身魚の塩焼きがメインの定食だ。Bランチはそのメインが豚肉のしょうが焼きに変わっただけ。そしてCランチは……お、サーラス鳥のソテーらしい。
「私はCランチにしようかな。 ココロはどうする?」
「僕は……Aランチにする。 今日のオススメだしね!」
 メニューをパタン、と閉じると手をあげて近くのウェイトレスさんに頼んだ。
 私は閉じたメニューをココロから受け取り、もう一度開いた。確かにAランチには「今日のオススメ!」と書かれている。……美味しそうなんだが、今日は魚の気分じゃない。
 あ、ちなみに私の頼んだCランチのメインのサーラス鳥というのは、この国で最も多く飼育されている鳥だ。扱いが非常に楽らしく、あまり大きくならない種類はペットとしても人気があるらしい。
 ……ま、私はサーラス鳥のから揚げとかを食いながら、同じサーラス鳥(こっちはペットだ)の鳥かごにエサを入れてやるなんて事出来そうにないけどな。
 そんな事を思っていると、向かいに座るココロが話しかけてきた。
「ねぇ、フレア」
「ん?」
 もう用の無いメニューを閉じて、元あった所に戻しながら返す。
 するとココロはさっき出された氷水を飲みつつ、周囲を見渡した後、こっちに向き直った。
「ニジノカケラ……2つ手に入れたけど、次はどの色に行くつもりなの?」
 それともまた目次通りに行くの?、と少し眉を顰めながら聞いてくる。
 その問いに私は少し考え込んだ。
 確かにこの間みたいに目次通りに行ってもいい。けど……――。
 さっき見てきたモモノカケラの章の事を思い出して、また嫌な気持ちが吹き返してくる。もし目次通りに行って……「キイロノカケラ」でもあんな事になったら“気分が悪い”じゃ済まされなくなる。
「僕としてはさぁ、そんな投げやりな決め方じゃなくてちゃぁ~んと考えてから行った方が良いと思うんだよね」
「……それじゃ、今度はココロが決めて良いぞ」
 嫌な気持ちを表情に出さないようにして応える。
「だーかーらー、そーゆーのが投げやりなんだってば……」
「いやっ、投げやりじゃないぞ!」
 はぁ、とため息をついてこちらを伺うように見てくるココロに、私はダンッ、と少し強めにテーブルを叩く。そしてコホンと堰をするとココロの顔に指を突きつけた。
「いいか、ココロ。目次通りとは言っても、最初の2個は私が決めたんだ。 だから、次はお前が決める番!」
「……いや、だからさぁ? 僕が決めることじゃないでしょーに」
 ぶつぶつと水を飲みながら返すココロに、少しだけ意地悪を言ってやる。
「嫌か?嫌ならいいんだぞ。 私一人で全てを決めてしまえるんなら、今まで通りに「目次」で決めるだけだ」
 ふん、とココロの怒る理由を逆なでするような言葉を選んで言う。
「なっ! ――…………んもー……、それじゃ僕が決めるよ!ったく、何でそうなるかなー」
 するとその言葉にココロは一瞬立ち上がろうとして……でもすぐに諦め顔になった。
「はは、それじゃ頼むよ」
 そう言って、私は水を飲み干した。



『……くそっ……死んでたまるかっ。 こんな傷……、こんな傷……っっ!!』



 しばらくして、さっき注文をとってくれたウェイトレスさんが両手にトレイを乗せてやってきた。
「ご注文の品です。 えっと、Aランチは……」
「あ、僕! 僕です」
「はい、どうぞ。 それじゃCランチはこちらの方ですね」
「ありがとうございます」
 受け取ったトレイの上には、思わず涎を垂らしてしまいそうな程かりっと美味しそうに焼かれたサーラス鳥のソテーの皿。それにパンとスープが乗っていた。勿論、ナイフやフォークなども付いている。
「では、ここに料金票置いていきますね」
 と、ウェイトレスさんはテーブルの端の方に注文票兼料金票を置いていった。

「んじゃ、早速頂きますかっ」
 カチャカチャと食器の位置を食べやすいように整えてから、ぱちんっと手を合わせる。向かいあわせに座るココロもまた手を合わせた。
「「いただきまーすっ」」
 まだ若干胸の中にもやもやが残っているものの、この美味しそうな匂い!……やっぱ食事ってのは大事だよな~、なんて思いながら、ナイフとフォークでいそいそと切り分けていく。くっ、溢れ出る肉汁がたまらん!
 私は一口大に切ったソテーをフォークに突き刺し、口へと運んだ。
 そしてソテーの味を口いっぱいに感じた。……美味すぎv 何ともいえない香ばしさが口の中に広がり、顔が思わず緩んでしまう。さて、もう一口――と思った時だった。

 バ ン ッ

「たすけっ……助けてくれ――!!!」
 扉が荒々しく開かれ、その向こうから血まみれになった男が駆け込んできた。
「なっ……お客さん、どうされたんですか?!」
 近くに居たウェイトレスさんが駆け寄ろうとするも、あまりに酷いその姿を直視して、立ち止まる。
 血のついていない所は顔以外にほとんどなく、元は白が基調だっただろう服も今や真っ赤に染まっている。そして……右腕にはいくつもの傷跡、無理やり縫い合わせたような皮膚。止め処なく血が溢れて、今こうしている内にも床に少しずつ血溜まりが出来てきていた。
「――どうした? 何があった?」
 口元に手を当てたまま固まっていたウェイトレスさんを押しのけて、若い男性が駆け寄る。その言葉に今まで保っていた意識を手放そうとしたのかもしれない……男が倒れそうになる。
「なっ……くそっ、誰か! 医者を呼んできてくれ!!」
 倒れかけた男を受け止めながら、その人は叫んだ。受け止めたことにより、その人の服も紅く染まっていく。
「おぃ、しっかりしろ! 何があったんだ?!」
 パチパチ、と頬を強めに叩きながらそう問う。
 男は荒い息の中から、かろうじて言葉を返した。
「――村が……」
 ガタンッ
       ゲホッ ゲホゲホッ  ……  ボタボタボタ ……
「――村が……なくなった。 魔術師〈バケモノ〉に……やられた……っ」
 倒れ、血を吐きながら言われた言葉を聞いた人達は、一斉に男を見た。
 そして誰かが口を開く。
「……何だって?」
 その問いに言葉は返ってこなかった。



「あ……のさぁ、フレア。 こんな時に何なんだけど……その手の、どうにかした方がいいと思うよ?」
 男が入ってきて、しばらくの間私はその光景に固まっていた。
「え? あ、……あぁ、そうだな」
 ココロに指差された手。フォークが握られ、その先端にはとても美味そう“だった”ソテー。男が入ってくる直前に口に運んだまま、止まっていたのだった。
 私はその手を皿へ戻しながら、入り口付近に出来た人だかりを見た。
「……一体……どうしたってんだ……?」
「――さぁ……。 でも僕等は何も出来ることないし……今はこうしてるしかないよ」
 と、水を口に含みながらココロが言った。
 その顔は心なしか青ざめている。……そういう自分も、少しだけ手が震えていた。

 ――血が、怖かった。

 自分が怪我をした時に流れる血は平気だ。痛いのは自分だけだし、我慢だって出来る。
 でも、誰かが流している血を見るのは怖かった。何がそう思わせているのかわからなかったが、怖かった。……その血を見て、疼く腕が怖かった。

「……ちょ、ちょっと……おぃ、まさか死んじまったのか……?」
 さっきの言葉を最後にしゃべらなくなった男を見て、脇から赤毛の少年が顔を覗き込んだ。
 その発言にはっとなり、倒れた男を受け止めていた人はすぐさま首元に手を当てる。
「――いや、まだ生きている」
 安堵の息が漏れる。
「――……けど、早く手当てしないと危険だ。 医者は……まだか?!」
「タイナが呼びに行ってるよ。 大丈夫、すぐに来るさ」
 この宿屋の女将、スクトさんが奥から大量のタオルを持ってきながら言った。
 タオルを受け取って、拭える血は拭う。けれど男は目を覚まさない。時々首元に手を当てて脈を確認しないと、死んでいるようにしか見えない男。いや、もうすぐそれすら止まるかもしれなかった。

「……ぼ、僕等……どうしよう?」
「さっき“今はこうしてるしかない”つったろ? ……何も出来ないんだから、静かにしとくしかねーよ……」
 何も出来ない自分が情けなかった。幾ら時空を渡れても、魔法を使えても……回復系は使えない。理論の全く違う魔法を一緒に使うのは危険だから、って教えてもらえなかった。
「……くそっ」
 震える腕を押さえつけながら、自分にしか聞こえない位の大きさで悪態をついた。
 ――何も出来ない自分に向けて。

「おせぇ! マジ、ヤベェーっての。 あぁ、オレ見てくる!!」
 赤毛の少年はそう言うと、開けっ放しになっていた扉の向こうへと姿を消した。……が、すぐに戻ってきた。
「……せんせぇ、おせぇーよ! 早くしねーと、ヤベェんだって!!!」
「す、すみません。 これでも走ったんですけども……」
 小太りの人の良さそうな男性が入ってきた。その姿を見て、一目で医者だとわかる。白衣に聴診器、手には十字の印の入った大きい鞄。恐らく診療中だったのだろう。
「それで、患者さんは?」
 鞄を近くの空いているテーブルに置きながら、人だかりの中心を見た。
「――……これは……大変だ」
 さっきよりも大分ましにはなっているが、それでもまだ血まみれになっている男を見て、医者は呟いた。
 そしてすぐに鞄を開き、薬と包帯を取り出した。
「スクトさん、すみませんがお湯でタオルを塗らしてきてくれますか?」
 そう言いながら、脱脂綿に薬を付けて傷口を消毒する。本来ならば消毒液の働きで汚れが浮き出てくる筈……なのだが、今回は違った。 シュウシュウと音を立て、ますます男の皮膚へと食い込んだのだ。
「しまった! ……普通の傷じゃなかったんですね……」
「え? それ、どーいう事――」
 その様子を横から見ていた赤毛の少年が疑問を口に出した。医者は腕を捲くると、首元を探って小さな宝珠〈オーブ〉を取り出した。そして少年を見上げる。
「つまり、ですね。 この傷を作ったのは魔法だということです」
 そしてこの人は恐らく同業者でしょう、と医者は言った。



 医者が宝珠を手に呪文を唱えると、男は光に包まれた。眩い光に、思わず顔を覆う。
「……フレア? どしたの?」
「は? どうした……ってお前、眩しくないのか?」
 私とは違い、何もしないでその様子を見ているココロ。というよりも、私以外に顔を追って光を避けているような人は居なかった。皆押し黙って、その光景を見つめていた。
 眩しいのに、何で……そんな直視してられるのだろうか? 結局その謎は解けぬまま、光は収まった。

「……大丈夫ですか? わたしの声、聞こえますか?」
「――あ、う……聞こえ……っっ?!?!」

 ガバッ

「っ……!!」
 医者の声に応えたかと思うと、男は突然起き上がった。しかし傷がマシになったとは言え、そんな無茶が出来る体じゃない。すぐに呻いて倒れた。
「ダメですよ、まだ起き上がったりなんて出来ません」
 ふぅ、と息を吐き出して医者が言う。そして後ろを振り返ると、タオルを持ってやって来るスクトさんと、私達客に向けてにっこりと笑った。
「もう、大丈夫ですよ。 さ、食事を続けてください」
 医者に遅れること数十秒、皆は一斉に息を吐き出し、胸を撫で下ろした。私もまたココロと目を合わせて、微笑んだ。全く知らない人とはいえ、やっぱり助かると嬉しかった。

 けど、その笑みは聞こえてきた会話によって、いとも簡単に崩れ去る事になる。


「とりあえず、この薬を飲んでください。これで痛みがだいぶ和らげると思います」
 鞄からガラスの小瓶を取りだすと、コップに注いで男に渡す。
 男はそれを飲み干すと、コップを医者に返した。医者はそれを受け取りながら首を傾げた。
「そういえば。 貴方、宝珠はどうしました?」
「え?」
「宝珠ですよ、宝珠。 貴方、回復師でしょう? 何故、宝珠を持っていないのです」
 最初に男に駆け寄った男性や赤毛の少年も、医者の言葉に疑問符を掲げた。
「……は? 宝珠って持ってなきゃいけねーのか?」
 そう言った少年に、医者は首を横に振るとこう返した。
「いいえ。別に持ってなくてはならない、という事はないですけど……そうですね、簡単に説明しますと。
 わたし達、回復師〈ヒーラー〉は当然ですけど回復系の魔法を使いますよね?」
 こくこく
「この回復系の魔法ってのは、すごく体力と精神力を使うんです。だからこの宝珠で力の減りを極力抑えるんです。 そうしないと回復させる前に自分が倒れてしまうんですよ」
「へぇ……そうだったんですか……」
 男性が感心したように呟く。すると医者は「そういえば」と付け加えた。
「わたしみたいに魔力の少ない人は宝珠が必要ですが、魔力がケタ外れに多い……“魔術師”と呼ばれる人たちは宝珠を必要としないで魔法が使えるようですけどね」
「魔術師?あー、そういやおっさん。 さっき魔術師がどーのこーの言ってなかったっけ……って、おぃ!
 まだ立ち上がるのとか無理だっつってんだろーが!!」
 苦痛に満ちた表情をし、まだよろけているのに立ち上がろうとする男を見て少年が叫ぶ。医者と男性が両脇から押さえつけると、男は首を振って懇願した。
「行かないと……早く助けを呼びに行かないと……」
「助けって、何なんですか。大体、その体じゃ何処へも行けませんよ。今だってもう倒れそうじゃないですか」
「村がなくなったとか、何とか言ってたよな。 そこの事か?」
 少しずつ騒がしくなってきた店内で、より一層声を荒げて男は言った。
「まだ……っ、生きてるヤツが居るかもしれないんだ!早く助けに行ってやらないと……!!」
 そこまで言って、男は再び倒れこんだ。医者は慌てて鞄から薬を取り出し、男性はすっくと立ち上がった。
「わかった。 私が警備隊を連れてそこへ向かおう。 それで良いか?」
 その言葉に男は驚きながらも頷いた。赤毛の少年が男性の言葉を引き継ぐように訊く。
「んで? その村の名前は何てんだ?」
「……サーリス……サーリス村だ」
 男は小さくそう応えると、また、意識を手放した。



 * * *



「それじゃ、行ってくる」
 星が瞬く真夜中に、裏口で交わした会話。
「……ごめんね、母さん達がもっとしっかりしていれば――」
「本当にすまない……」
 俯く両親に、笑って言ってやる。
「何言ってんだよ、二人とも。 これは私が決めたことだ、アイツ等の事は関係ねーって」
 肩からかけた鞄の紐をぎゅっと握り締め、両親の顔を覗き込んだ。
 そう言ってもまだ顔を上げず、涙を零す母さん。仕方ないから父さんの方を向いた。
「母さんの事、頼むね。 ま、旦那として当然の事だろーけど」
 からかい口調で言った私に、父さんは呆れた顔をして返した。
「馬鹿。 子供が生意気言ってんじゃないぞ」
「あははっ、やっぱりそー言うと思ったよ」
 明かりを落とした部屋の中と、自然のライトしかない外は同じような暗さで。互いの顔が余り見えない暗闇の中で、私はもう一度二人の顔を見る。
 母さんもやっと顔を上げ、たぶん赤くなっているのであろう目をこすっていた。

「じゃ、いつ帰ってこれるかわかんないけど……とりあえず行ってくる」
「ちゃんと帰ってきてね。 あなたの家は此処なんだから」
「わかってる、よ」
 肩に手を置いて、泣きそうな笑い方をする母さんに、笑って返す。
「この辺りの森は危険だから……くれぐれも気をつけるんだぞ」
「うん、なるべく避けるようにするよ」
 昔から母さん顔負けに心配性な父さんは、最後までやっぱり心配性だった。でもそんな言葉を聞けるのもこれで最後だと思うと、瞳に涙が溢れた。
 ――この村に、戻ってくる気はなかった。

 否、戻ってこれる筈がなかった。

「今までありがとう。 ……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「行って……らっしゃい」
 最後にそれぞれに抱き合って――私は家を後にした。

 門と呼ぶには余りにも情けない入り口からは出ず、脇道へと出る。そこから見える村の様子と、変に豪華な広場のオブジェを見て人知れず微笑む。
「永久にサヨナラだな、サーリスの女神さんよ」
 女神像に向けて頭を下げ、私はその夜、村から姿を消した。



 * * *



 体が震えているのがわかる。 吐き気がする。 視界が歪む。 頭の中で何かが呻いてた。
「……フレア? ご飯、食べないの?」
 向かいの席で魚をつついていたココロが手を止めてこっちを見てきた。その顔が次第に険しくなっていく。
「――ちょっ……、どうしたの? 気分が悪いの?」
 心配そうな顔で手を伸ばしてくる。
 私はその手が自分の所へ伸びてくる前に立ち上がった。そして、呟く。
「……嘘だ」
 倒れた男のところへと走り寄って、意識のない男の襟首を掴んで叫んだ。

「嘘だっ!! 絶対に嘘だ!! ……そっんな事……ある筈ないっっ!!」

 顔の前に雫が飛び散った。遠くからココロの声が聞こえたような気がしたけれど、そんな事関係なかった。
 今すぐにコイツを起こして嘘だって……嘘だって、言わせないと……。
 無意識に手に光が集まっていた。やり方なんてわかんない、でも絶対に上手くいく……上手く、いかせる。
「君! 一体何を――」
 横から誰かが腕を押さえた。
 それが引き金になって、



 光が はじけた。