時空を超えて現れた奇跡。
 それが、ニジノカケラ。
 ――全てを集めた者だけに、ほんの少しの“ 奇跡 ”をわけてくれる。
 それが、ニジノカケラ。

 何でもかなえてくれると言うけれど、この世に万能な者は――いない。

エピローグ “ 幕間 ”

 パタンッ
 本を閉じる音がして、顔を上げる。
 満足そうに微笑む少女と、ココアを啜りながら聞き入る女性。
 語りべはその様子に満足して、息をついた。

「さぁ、これで「伝説」は終わりです。 どうでしたか?」

 眼の上に垂れてきた黒い髪をかきあげて、少年はカップを手に取った。
 貰った時は熱々だったココアも今はもう冷めている。――まぁ、冷めたココアでも、「アイスココア」として楽しめるのだからいいのだけど。
 少年は、向かいに座る二人を見て、訊いた。
「うんっ、良かった!! やっぱりあたし、この「話」好きだなぁ~」
 少女……ラミィはは高い椅子に座っているので、地につかない足をぶらんぶらんさせながら夢見心地に答えた。
 手元にある、ココアの中身がほとんど減っていないのを見ると、よほど熱心に聞き入っていたのであろう。
「えぇ、とても素敵でしたわ。いつもこんな風に話してくれる方が居ればいいのですけど……」
 少女の母、ルミエラはふぅ、と半ばため息のような、感嘆の息を漏らした。
 実際に、上手く「場」を表現出来る語りべが少なく、その上、日々の生活が目まぐるしく変化するせいか、ゆっくり本を読む時間もない。
 ――幼い頃に母親から聞かせてもらったお話や、一人でめくった絵本のページを知っていても、自分で分厚い本を手に入れて読む、ということはなかなか出来ない世の中だった。
「そうですか。 俺としても嬉しいですよ、お客様に喜んでいただけて」
 少年――名をジャックという――はにっこりと笑うと、カップに残ったココアを飲み干した。ココア特有の甘い、それでいて少し苦いような風味が口いっぱいに広がる。

 パラパラパラパラ

「あ……、いけないっ、洗濯物干しているわっ」
 突然、雨が降り出した。ルミエラは慌てて席を立つと、裏口から庭へと向かっていった。
「お母さん……」
 ラミィがその後姿を見送る。
 もしかしたら手伝いに行きたいのかもしれないけれど、今の自分じゃ足手まといになることを知っているのだろうか?母親に言われるでもなく、洗面所と思しき場所へ行き、タオルを取って来た。
 そして、それを持って裏口へと走っていった。
「……はいっ」
「あら、ありがとうラミィ。 でも、大丈夫よ、テラスにしか出ていないから濡れていないわ。 ね?」
 ルミエラはそう言いながらもラミィからタオルを受け取って、我が娘を優しく撫でた。
「大丈夫だったんですか?」
 その様子を見守っていたジャックが声をかけた。
「ばっちり、死守しましたわっ!」
 年不相応――もとい、少しばかりを乙女ぶったポーズをとるルミエラ。
 ジャックは「それは良かったです」、と優しく返した。それから「最近はにわか雨が多いですしね」、と付け加えた。


「雨……かぁ……」
 洗濯物も無事に救出して(!)落ち着いた時に、ラミィが小さく呟いた。
「どうかしたの、ラミィ?」
「ううん、雨って言ったらさ、さっきジャックお兄ちゃんが話してくれた「話」の中にもあったなぁ、って思って。「アオノカケラ」だよね。羽っ子さんかぁ~……」
「はは、ラミィちゃんはあの男の子がお気に入りですか?」
 ジャックがそう言った途端、ラミィは顔を紅くさせた。……なかなかマセたガキ敏感なお嬢様である。
「ちっ、違うもん! あたしはねっ、アイちゃんみたいな手品師になるのっ!!」
「まぁ、ラミィったら」
 ルミエラが驚いたような顔をした。





 しばらく、そうして他愛もない話に華を咲かせたのだが、ジャックが上手い具合に切り出した。
「それじゃ、そろそろ本編……「現代」に、入りましょうか?」
「うんっ」
「あ、待ってください。 さっきはココアでしたから、今度は紅茶、入れますわ」
 ルミエラはパタパタ、と台所へ行き、しばらくして、お茶請けのクッキーと共に紅茶を持ってきた。
「どうもありがとうございます。 美味しそうな香りがしますね」
 見かけとのギャップが激しい敬語にも、最早違和感はないのか――と、言うより最初からなかったのかもしれないが――にっこりと笑って、それぞれの前にソーサーとカップを置き、手際よく注いだ。


「じゃ、続きを……いや、また新しい「物語」を創めましょうか」
 パラ
 先ほど閉じた本を再び開く。二人は、その様子を神妙に見つめた。
 ジャックの、男にしては幾分高い声が響いた。





「時は現代、ある少女が旅に出ます――」

 物語は、まだまだ、始まったばかり。