全く、ついてない。
 肩で息をしながら思った。

 ここはとある街の路地裏。ついさっきまでは普通に本通りを歩いていたのだけど、何をどう考えてるのか、連れが勝手にこっちに行ってしまったのだ。目指す先は全然違う方向だって言ったのに、何でわかってくんないのかな……。
「う……、また行き止まりか」
 さっきからやたらと行き止まりに当たるような気がしている。
 いや、むしろここってさっき見たトコのような気も……。
 アレ?てことは、あたし、迷った?
「うわちゃー……追いかけてって迷ってどうすんのさ」
 思わず自己ツッコミをしつつ、盛大に息を吐いた。
 本当なら上から探したいトコロなんだけど、どうにも“空を飛ぶ”というのは生半可な魔力じゃ出来ないらしい。 それに師匠が言うには、魔力は勿論のコト、それを扱う技術も相当なモノが必要だとか。
 だからあたしが、たった、7歳だったあたしが、簡単に空を飛べた時に注意された。
“ある程度大きくなるまで人前で飛ばないよーに!”、と。
 ……ちなみにあたしは現在14歳、あともーちょっとで15歳。どうなんだろ、これって“ある程度”に入る?一応倍の年齢にはなってるんだけど。
 少しの間考えて、結局もうちょっとだけ足で探してみる事にした。
 交差道を左に、右に、ウロウロ回るけれど一行に連れの姿は見当たらない。
 ったく、どこに行ったのよフィーク!!



 * * *



「……声を、出すな」
 鋭い刃物を首元に突きつけて、男はそう言った。
 俺ときたらもう怖くって怖くって。
 いや、この男の事でも首下に添えられた刃物の事でもなく。
 ――勝手に進んで置き去りにしてしまった幼馴染が……とてつもなく怒ってる事が容易に想像出来て怖かった。
 あー、なんで俺あそこで先に行っちゃったんだろーなぁ。なんか、こう、するする〜っと自分の意思とは関係なく足が進んじゃったっつーか。……そんな事言っても、メイリン信じてくんないだろなぁ。
「はぁ……」
 がっくり肩を落とす。
 今日俺、生きて家に帰れんのかな……。
 そんな事を思っていると、さっきのため息は男にも聞こえたらしく、
「……覚悟を決めたのか」
 うあーー……勘違い大魔王ですか。
「違いますー。別の事でついたため息ですー」
 挑発するように言うと、チャキと刃物が角度を変えてめり込んできた。
「黙ってろ」
 はいはい……っと。

 自分でも思うけど、何でこんなに余裕があるんだろ。
 まぁ、毎日毎日、メイリンの魔法の実験体にされて生死を彷徨ってるからかな……いや、でもそれ以上に。
「……で、目的は?」
「言う必要は無い」
「俺、殺されるのかな?」
「そうされたいのか」
「出来れば遠慮したいとは思うケド」
「けど?」
「いやぁ、いっそここで死んでた方が後のコト考えるとラクそーで」

 だって。

「アンタの目的は、“メイ=リンドネス”だろ? ――魔法使い、の」

 男が息を呑むのがわかった。
 ……ビンゴ、っと。
 大体俺を殺すつもりだとか、最終的に死んでも構わないーって感じじゃないんだもんな。
 殺気を感じない。
 だから、つまり、俺は“エサ”にされたワケだ。
「またアレだろ。“王国にお戻りください”だとか、“専属魔法使いになってください”とかだろ。わかってんだよー、ティカさんのトコに居たらうかつに手ぇ出せないからって、たまに街に来た時を見計らって色々言ってんの」
 はぁ……とまたため息をついた。
 全く、俺をわざわざ巻き込まないで欲しいよね。
「言っとくけど、メイリンは絶対にここからは動かないからな。お前等がいくら来たって無駄なんだ」
 そう言うと、男は笑って――少し、悲しそうに、笑って。
「見当ハズレ……だ」

 ガツンッッ

 頭部に重い衝撃が走って、視界が暗くなっていった。



 * * *



「……ああああああ!!!なんてこと!!!! まーった、同じトコに出ちゃったじゃないの!!!」
 あまりに似た所ばかりなのでさっきつけた印。髪を結ってたリボンを外して、一角に括り付けておいたのだ。
 そしてそのリボンがまた、目の前に。
 これはいよいよ……。
 あたしは慎重に周りを見渡す。――人は、居ない。というか、生き物が何一つ見当たらない。
「魔法結界かぁ」
 罠にかけられた、という事だ。
 やれやれ……これはやっかいな事になってきた。
 一緒に来ていたフィークがフラフラと歩いて行った先がたまたま魔法結界だった、なんて事はあるはずがないから。……くそっ、あのバカフィーク!めんどうばっかかけて、ホントにバカなんだから!!
 心の中で悪態をつく。見つけたら目の前でも言う。当然、叩きのめしながら。
 でも当面の問題は、
「――誰、かなー。こんなめんどい事すんの」
 周りに気を張り巡らせても結界主が見つからない。相当高度な使い手だろう。
 基本的に結界というのは張った本人しか解けない仕組みになっている。“基本的”というのは、例外として物が媒体になったりする事もあるからだ。これは解き方が難しいらしくて、まだ師匠にも教えて貰ってない。
 だから、人が張ってる事を祈るんだけど。

 チリッ

 バッ、と後ろを向いて上を見上げた。
 それ程高くない建物が並ぶ中、飛び出た場所があった。そこから、一瞬だけど、視線を感じた。
「師匠、これは例外だよね」
 体に魔力を行き渡らせて目線をその場所に定める。
 パチン
 小さめに指を弾いて、あたしは飛んだ。



 * * *



「……つつつ、あー……痛……」
 頭をさすりながら起き上がる。――という事は、俺寝てたのか?
 辺りを見渡すとそこは薄暗い小部屋だった。かろうじて部屋の中が見えるくらいしか光の無い場所で、その隅の方にさっきの男が居た。
「おい、お前ー!ちょっとキツく叩き過ぎなんじゃないのか!治療費請求するぞっ」
 そんな軽口を叩きつつ立ち上がろうとして、
「おやぁ?」
 両足に鎖が付けられているのを発見した。ていうかコレ、魔法封じの鎖じゃん……。
「気がついたか」
「おうともよ、気がついたよ。そんで、コレ何だよ?」
 指差す先は当然、足についた鎖だ。
 男はしばらく沈黙した後、
「……邪魔が入っては困る、からな」
 とだけ言った。
 邪魔ぁ?って何の?
 そこまで思って、やっと今の状況を再確認する。そーいえばコイツ等メイリンに用事があるんだっけ。別にいつもの勧誘とかだったら俺邪魔したりしないのになー。
 何だか変な気がする。さっき、何か言ってなかったっけ、コイツ。
 そう、確か――


 バァンッッッ


 いきなりドアが開いた。……というより、ぶち破られた。
 当然、メイリンに。



 * * *



「……ふっふっふ、見つけたわよフィーク!!!!アンタいい加減にしなさいよ、一体何度あたしを困らせたら気が済むのかしら?!えぇ?!いっそ灰になるまで燃やしつくしたら、もう迷惑かけないようになるわよね!!!」
 視線の先の建物内、ぶち破った先の部屋にやっぱり、フィークが居た。
 ズカズカと踏み込んで指の先端に炎を灯す。……そして気がついた。
「えーっと、ファッション?」
 何でか知らないけれど、フィークの足には鎖がついていた。っていうかコレって!!

「――メイリン」

「っっ!?」

 突然名前を呼ばれる。
 今までフィークしか見えてなかったけど、腕を動かすと指先の炎で照らし出された先には男が、居た。
 漆黒の髪に黄色の瞳。装いは冒険者のソレで。
 ……ってアレぇ?
「――セシーク?」
 ぼそり、と呟く。そしてすぐ後に、
「もー一人居ますよ〜」
 ひょこん、とあたしがぶち破ってきたドアから顔を出した人が。
「ダイナ!」
 同じく漆黒の髪に黄色の瞳。セシークより頭一つ分低くて、髪は長い。
 にこやかに笑う姿は久しぶりに見るけれどあまり変わっていないように思う。
「わ〜っ、二人ともどうしたの? こっち来るのかなり久しぶりだよね?」
 思わず駆け寄ってそう訊いていた……けど。

「おーいおいおいおい!!! ちょっと待てコラァ!!」

 後ろから暴言が鳴り響く。
「……何よフィーク、言葉遣い悪いよ」
 そう言って振り返る。
「言葉遣いの事についてはお前にだけは言われたくない!!……ってそうじゃなくてっ。なんなの、この状況は!誰なのこの人等、メイリンの知り合いなのか?!つーか、知り合いなんだったら足の外せよ!」
 一気に捲くし立てて、最後にビシッと足の鎖を指差した。
「そういえば――なんでフィークに足枷なんてしてんの?しかもこれって魔法封じの鎖でしょ?」
「えぇ、そうよ」
 ダイナが答える。
「……必要があったから、仕方ない」
 そしてセシークが後を続ける。とは言え意味がわからないんだけど。
「必要?仕方ない? ……一体何なのよ、どういう事?」
 とりあえず解除の魔法を使って鎖を外す。フィークも使えるけど、まぁ、“魔法封じの鎖”だったしね。外した後を見るとそれなりに重かったらしく若干痕が残っていた。
「ホントにどーいう事だよ。てかその前にまず誰なのか説明してくれ」

 セシークとダイナは簡単に言うと“仲間”だ。ま、正確に言うと協力者なんだけど。今までにミライザ師匠達が立てた作戦なんかにちょこちょこ参加して貰ってたりする人達。 大きいのだと“戦争”終結の時とかかなー。敵国の軍にスパイと入り込んで内側から色々やってくれたんだよね。
 ちなみに二人は双子で、二卵性だからそんなに似てないんだけど、漆黒の髪と珍しい黄色の瞳で血縁関係だという事がすぐにわかると思う。

「ていうかアンタ何度か会ってるじゃないの……何で覚えてないのかなぁ、フィーちゃん……」
「なっ、フィーちゃん言うな!! 大体っ、そんな、会ったなんて俺は覚えてないぞ!」
 ふん!と自信満々に胸を張る。……ホントにこのバカモノは。
「アンタねぇ、忘れたの?!よく黒子が向こうの国に行ってた頃とかに時々来てたじゃない!ホラ、すっごいムカつく将軍が来て、ミライザ師匠達に理不尽な依頼してきた頃よ!」
 そう言うとフィークは顎に手を当てて少し考え込んだ。
「……えー……っと、……んー……っと。あーー……もしかして、あの、軍服の?」
「そうそれ!良かったじゃない、フィーク!その頭少しは使えるみたいで!」
「お前なぁ……」
 そんな事を言い合っていると不意にダイナが声をかけてきた。
「思い出してくれたようで良かった。それで今日の事なんだけどね」



 ダイナが言った話には正直参った。
 何でも今回のコレは――あたしの抜き打ちテストみたいなモノだったらしい……。
 いかに早く結界に気づいて、敵を突き止め、人質(フィークの事ね)を救出出来るか、という。
 あと、約束の事。空飛ぶのホントは禁止されてたからね……でも今回は“破らないか”じゃなくて、“破れるか”だったらしい。いざという時に何を優先すべきか判断するとかなんとか。よく意味がわからなかったけど、怒られないですみそうでちょっと安心。
 まぁ、そんなワケでフィークに足枷がされてたのもそれ絡みだった。フィークもあたしには劣るけど魔法使えるしね。万が一あたしが助けに行くまでに自力脱出されちゃかなわないって事であーいう方法がとられた、ってワケ。
「俺ホントに巻き込まれただけじゃん。もうメイリンと出かけんのヤだな……」
 フィークはそんな風にグチグチ言ってたけど、
「お前もちゃんと注意してればダイナの魔法になんてかからずに誘い出される事もなかったんだぞ」
 と、師匠に一喝されてしょげていた。ふん、全くそのとーりよ!



 * * *



 その日の晩。あたしは師匠と夜の修行をしていた。
 ちなみにセシークとダイナは街に泊まると言うので、お金が勿体無い!と家まで引っ張ってきた。黒子と話したりもしたいだろーし、実際食事が終わってから色々話弾んでたみたいだし。
「あー、もう師匠も人が悪いよね!まぁ、いつもだけど。テストするにしても、もちょっと場所とか考えて欲しかったよ」
 一段落ついたので縁側部分に腰掛けながらそう言ってやった。
 でも間髪入れずに、
「バカ。あーいう状況だから、それがいいんだろうが」
 と返ってくる。
 ……ム、ムカつくなぁ。まぁ、確かにいかにも、ってトコだったらあたし気づいてたかもしんないしね……。
「ま、もーいいけどさ!
 でもわかんないなぁ。なんで約束を“破れるか”だったの?普通破ったらいけないモノじゃないの?」
 そう訊くと、師匠は小さく笑ってあたしの頭に手を乗せた。
「いつかわかるよ。 今回は危機感の勉強は出来なかったみたいだけど、いつか、本当にそんな状況になった時に“何が一番大切か”をちゃんと見極められるように……な」
「んー、よくわかんないよ。破ったらいけないから約束なんじゃないのかなぁ」
 また小さく――苦く、笑って、師匠は言った。
「だったら別の事で考えてみればいい。例えばこういう約束をしているな、

 ヒトを殺してはいけない。

 勿論法律的にも当然いけない事だ。けれどもし、フィークが誰かに殺されそうになってて、ソイツを殺す事でしか助けられないとする。 これがフィークが自分のせいでこういう状況に陥ったのなら……んー、これはまた別の話だけど、それは置いといて。
 そうじゃなくて、“俺達”のせいで殺されそうになっていたら。どうしなければいけないと思う?」
 真剣な顔で訊く師匠にあたしは生唾を飲み込んだ。
 なんて、なんて嫌な質問。
 あたしは考えて、考えて、考えて。

「――そんな状況、作らないもん」

 だって信じられない。現実感の無い空想話は苦手だ。
 あたしがそう言うと、師匠は何かを考えるように目を瞑った。
 そして、
「……そう、だな」
 と、言った。



 * * *



 その日の修行はそれで終わり、師匠は黒子の所へ、あたしは自分の部屋に戻った。
 廊下を歩く間、さっきの質問について考えていた。
 嫌だけど、そんな状況作らないって言ったけど、万が一そうなったら、あたし、どうするの。

「ハ……」

 決まってる、そんな事。



 x x x



「ティカさん……もうすぐ、ですね」
「あぁ……」
 空を仰ぎ、満天の星空の下、居も知れぬ神に願う。

 ただ、あの子に幸せな日々を――、と。