どこからともなく現れたテーブルセットに座り紅茶を入れる彼を見る。
緑の帽子に緑のスーツ。片眼鏡をつけたその姿は俺よりきっといくつも年下だ。
「どうぞ?お座りください」
そう言われたので遠慮なく座るとクスッと笑われた。
ムッとした俺はそれを隠さずに表情に出すと取り繕うように彼は声をあげる。
「あぁ、申し訳ない。別に貴方を笑ったわけじゃあないんですよ。ただね――やっぱり“そこ”なんだなぁ、と」
「言ってる意味がわからん」
ますますムッとした俺がぶっきらぼうに返すと彼は肩をすくめてこう言った。
「そこはA席でしてね。そこに座るのは“夢に迷い込んだ人”」
見ると腕置きの先にAと彫ってあった。
「ちなみに――そちら、右の席はC席。座る人は“夢を翻弄する人”。
左はQ席。“夢を知る人”が座る場所です」
コポコポコポとティーカップに紅茶が注がれる。
「さ、どうぞ」
オレンジペコです、と付け加えられて目の前に置かれた。つか、そんな銘柄言われてもわかんねーよ。
飲むと渋さの全く無い透き通った甘さが口に広がった。
俺の前に位置する席に座る彼を見ると、目を閉じて香りを楽しんでいる最中のようだ。
そして少し口に含み、
「上出来ですね」
嬉しそうに笑った。
「……と、じゃあ本題に入りましょうか」
本題ってなんだっけ、と思いつつ俺は頷いた。口を開けなかったのはお茶請けに出されたクッキーが入っているからだ。これまたンまい。
「今この状態、夢なんだっていう自覚はありますか?」
首を縦に振った。
あぁ、大いにあるとも。
変な事ばっか起きてるし、今この状態だって現実世界には絶対ない。 ファンタジー過ぎる。
「順応が早いようでなにより。
ならこれもきっとすぐ自覚出来ますね。
――貴方、もう死んでるんですよ」
おわかりですか?
にっこりと言われて唖然とする。
はっはっは、おいおい待て待て。
そりゃぁ、
「“どっちの話”だ?」
「当然、現世ですよ。 もっともまだ完全には死んでらっしゃらないようですけど」
間の抜けたような顔をしている自覚はある。
現実世界で死んでるけどまだ死んでない? なかなかに理解不能な事が多かったがこれも追加決定だ。
「あー、簡単に説明するとですね。
昏睡状態……ほぼ植物人間、とでも言うんですか。それになってるようですね。
原因は全身に負った火傷及び頭部の強打。しかし外面的治療は済んでいるらしいので意識がもどらないのは精神的なものと見られているそうです」
淡々と投げられる理解不能な言葉の羅列。
つまり、なんだってんだ。
「なんだか知らんが火事に巻き込まれたかなんかして、頭を強く打ってそんでもって意識不明になってるって事か?」
「まぁ、そういう事です。って今僕が説明した通りじゃないですか。もしかしなくても頭悪いんですか?」
うっせーよ!!
だが言い返す事も出来ずにうつむいた。
多少の理不尽さも夢だから、で片付けられる……でも、まだ腑に落ちない事がある。
俺が本当に現世でそんな状態になってるのだとしたら、それをわざわざ“夢”で教えるのは何でだ?
するとそんな俺の疑問を感じ取ったのか彼はまた言葉を続けた。
「本当ならそんな状態になった人は自分の力で原因を探って戻らなきゃいけませんよね。
でも時々特別枠ってのがありまして、
“誰かを救えたら”
同じように自分も救って貰えるんです」
カタン
椅子から立ち上がり俺の座っている方へと歩いてきた。
手のひらを上に向けて持ち上げる。立て、という事だろうか。
カタ
A<エース>の腕置きを押して隙間を作り、立ち上がる。
さっき持ち上げていた手はそのまま俺の方を向き、一歩一歩近づいてきていた。
「救う相手は男の子ですね、たぶん12.3歳かな。
悩んで、泣いて、辛くて、すごい苦しんでる。
貴方のノルマはこの男の子の悩みを解消して死から遠ざける事――それが出来たら貴方もきっと戻れますよ」
ポォッと突き出された手が光った。
「やれやれ全く、“あの人”も変なことを依頼されるものだ」
「依頼……?」
独り言のつもりだったのか、俺が反応すると少し驚いたように目を開く。
「なに、貴方には関係の無い話ですよ」
にっこりと笑って牽制されるが俺はすごく腑に落ちないのでそのまま疑問を口に出した。
「お前、何者だ?」
その問いには言葉ではなく、行動が最初に返ってきた。
ドンッ
突き出されていた手に押されて足がよろける。後ろに傾いた体を支えるために動かした右足は地面に着地せずに何もない空間へと引きずられていく。体勢を立て直せなかった体は暗闇に落ちていった。
暗くなっていく視界の端で緑の帽子が揺れる。
「僕は仲介者。そして傍観者。
貴方の座ったAの向かいのH席は“夢を観賞する人”の座る席。
じゃ、“面白い夢”見させてくださいね」
緑の帽子に緑のスーツ。片眼鏡をつけたその姿は俺よりきっといくつも年下だ。
「どうぞ?お座りください」
そう言われたので遠慮なく座るとクスッと笑われた。
ムッとした俺はそれを隠さずに表情に出すと取り繕うように彼は声をあげる。
「あぁ、申し訳ない。別に貴方を笑ったわけじゃあないんですよ。ただね――やっぱり“そこ”なんだなぁ、と」
02.まるで夢の中の/2
「言ってる意味がわからん」
ますますムッとした俺がぶっきらぼうに返すと彼は肩をすくめてこう言った。
「そこはA席でしてね。そこに座るのは“夢に迷い込んだ人”」
見ると腕置きの先にAと彫ってあった。
「ちなみに――そちら、右の席はC席。座る人は“夢を翻弄する人”。
左はQ席。“夢を知る人”が座る場所です」
コポコポコポとティーカップに紅茶が注がれる。
「さ、どうぞ」
オレンジペコです、と付け加えられて目の前に置かれた。つか、そんな銘柄言われてもわかんねーよ。
飲むと渋さの全く無い透き通った甘さが口に広がった。
俺の前に位置する席に座る彼を見ると、目を閉じて香りを楽しんでいる最中のようだ。
そして少し口に含み、
「上出来ですね」
嬉しそうに笑った。
「……と、じゃあ本題に入りましょうか」
本題ってなんだっけ、と思いつつ俺は頷いた。口を開けなかったのはお茶請けに出されたクッキーが入っているからだ。これまたンまい。
「今この状態、夢なんだっていう自覚はありますか?」
首を縦に振った。
あぁ、大いにあるとも。
変な事ばっか起きてるし、今この状態だって現実世界には絶対ない。 ファンタジー過ぎる。
「順応が早いようでなにより。
ならこれもきっとすぐ自覚出来ますね。
――貴方、もう死んでるんですよ」
おわかりですか?
にっこりと言われて唖然とする。
はっはっは、おいおい待て待て。
そりゃぁ、
「“どっちの話”だ?」
「当然、現世ですよ。 もっともまだ完全には死んでらっしゃらないようですけど」
間の抜けたような顔をしている自覚はある。
現実世界で死んでるけどまだ死んでない? なかなかに理解不能な事が多かったがこれも追加決定だ。
「あー、簡単に説明するとですね。
昏睡状態……ほぼ植物人間、とでも言うんですか。それになってるようですね。
原因は全身に負った火傷及び頭部の強打。しかし外面的治療は済んでいるらしいので意識がもどらないのは精神的なものと見られているそうです」
淡々と投げられる理解不能な言葉の羅列。
つまり、なんだってんだ。
「なんだか知らんが火事に巻き込まれたかなんかして、頭を強く打ってそんでもって意識不明になってるって事か?」
「まぁ、そういう事です。って今僕が説明した通りじゃないですか。もしかしなくても頭悪いんですか?」
うっせーよ!!
だが言い返す事も出来ずにうつむいた。
多少の理不尽さも夢だから、で片付けられる……でも、まだ腑に落ちない事がある。
俺が本当に現世でそんな状態になってるのだとしたら、それをわざわざ“夢”で教えるのは何でだ?
するとそんな俺の疑問を感じ取ったのか彼はまた言葉を続けた。
「本当ならそんな状態になった人は自分の力で原因を探って戻らなきゃいけませんよね。
でも時々特別枠ってのがありまして、
“誰かを救えたら”
同じように自分も救って貰えるんです」
カタン
椅子から立ち上がり俺の座っている方へと歩いてきた。
手のひらを上に向けて持ち上げる。立て、という事だろうか。
カタ
A<エース>の腕置きを押して隙間を作り、立ち上がる。
さっき持ち上げていた手はそのまま俺の方を向き、一歩一歩近づいてきていた。
「救う相手は男の子ですね、たぶん12.3歳かな。
悩んで、泣いて、辛くて、すごい苦しんでる。
貴方のノルマはこの男の子の悩みを解消して死から遠ざける事――それが出来たら貴方もきっと戻れますよ」
ポォッと突き出された手が光った。
「やれやれ全く、“あの人”も変なことを依頼されるものだ」
「依頼……?」
独り言のつもりだったのか、俺が反応すると少し驚いたように目を開く。
「なに、貴方には関係の無い話ですよ」
にっこりと笑って牽制されるが俺はすごく腑に落ちないのでそのまま疑問を口に出した。
「お前、何者だ?」
その問いには言葉ではなく、行動が最初に返ってきた。
ドンッ
突き出されていた手に押されて足がよろける。後ろに傾いた体を支えるために動かした右足は地面に着地せずに何もない空間へと引きずられていく。体勢を立て直せなかった体は暗闇に落ちていった。
暗くなっていく視界の端で緑の帽子が揺れる。
「僕は仲介者。そして傍観者。
貴方の座ったAの向かいのH席は“夢を観賞する人”の座る席。
じゃ、“面白い夢”見させてくださいね」
title by 雰囲気的な言葉の欠片:前中後