な、何故だろう……?
 ――言葉が上手く出てこない。
 ――胸が……熱い。

 一体どうなってるんだ……??? 「当たり前じゃボケェッ!!!!」
 にぎわっている店内じゃ、誰が声を上げても全然聞こえないくらいうるさかったのに、何故かこの声だけはよく響いて、僕の耳に届いた。
「ふへっ??」
 声の主は僕の隣に座っていたファルギブ・ライアンという人物。
 ――いや、人物ではないな、彼はゾンビなのだ。
 そのファルが先ほど店内で声を張り上げた本人だった。いつもはツッコミじゃなくてボケ担当(?)の彼が突っ込むとは珍しい。一緒にお昼を食べているヴァルア――僕らの前の席に座っている赤色の髪の子だ――も、目を丸くしてファルを見ている。
「どうしたのよ、ファル。何かあったの?」
 彼女は箸を巧みに操り、おかずを口に運ぶ。
 ハスラに来るまでの馬車で知り合ったのだが、結構早くに打ち解けることが出来た……ように思う。と言っても、まだ名前を教えあったくらいなのだけど。
「……え……いや、ビスターがさ……」
 と、ファルが再び口を開いた。僕がどうだらこうだら、言ってるみたいだ。
「ビスターが?」
 ヴァルアは食事をする手を止めることなくファルに訊いた。
 ファルはとりあえず席に座りなおして、先を続けた。
「ビスターがさぁ?さっきから俺の方見てくんの。
 それで俺が「何だ?」って訊いてやったら、真面目腐って「言葉が上手く出てこない」とか言うわけ」
 ふうぅぅ、と大げさにため息をつくファル。
 そして、その言葉を言った後、ヴァルアと共にこっちを見てきた。
「当たり前……だよねぇ?」
「えぇ……、当たり前だわ」
 二人揃ってお手上げのポーズをとる。僕はダンッ、と机を叩いて大声で張り上げた――
「ふごっ、ふごがふがふにゃっ!!!!(何だと、馬鹿ファルっ!!)」
 ――つもりだったんだけどなぁ……。
 声にならない声は、あっという間にうるさい店内にかき消された。



* * *



 僕らは、馬車乗り場のすぐ近くにある定食屋“サマラ軒”に来ていた。
 店内は人がたくさん……、種族も入り乱れていてすごい混雑だ。見上げるほどの巨人族(ビッグマー)や、はたまた踏みそうになるほど小さな小人(ピクシー)。空を飛んでいるヤツもいるし、わけのわからない言葉でしゃべるのもいる。
 兎に角、混んでいた。

「おぃっ!ファルっ、はぐれるなよ!」
 僕は先に入っていったヴァルアを見つけるべく、ファルの首根っこを捕まえて人ごみの中をどうにか突き進んでいった。割と早く、ヴァルアは見つかった。
「はぁっ、はぁっ……ヴァルアー……」
 ただ店内を進んできただけだと言うのに息切れまでしている。でもそれは仕方のないことだろう、一人で進んでくるのも大変な店内を、ファルを引きずりながらやって来たのだから。
「あ、ビスター」
「ヴァルア、何頼むか決まったの?」
 僕はヴァルアを見つけたと同時にファルの首根っこから手を離した。
 ファルは「うげっ」とか何とか言いながら、あっと言う間に人ごみに消えた。
「うーん、やっぱり『山わかめ定食』がいいんじゃないかと思うのよ。
 ホラ、今サービスドリンクもついてるっていうしね」
 確かに、店頭にものぼりがたっていたしな……。
 と、いうことで僕らは――ファルの意見は当然無視で――山わかめ定食を頼むことになった。



* * *



「お待ちぃっ!山わかめ定食お頼みのお客様でやんすね?!」
 ドンッ、と盛大な音と共にテーブルに置かれたのは、ほっかほかのご飯に美味しそうな匂いと湯気の立つ味噌汁、色とりどりの漬物、それに……大量のワカメ。

 ……………………あっはっはっは……………………、って、えぇえぇっっ?!?!?

「何よ、コレ」
「何って?お客さんが頼んだ定食でっせ?」
 ウェイター……というより従業員と言った方が似合う男。人間じゃ、ない。
 種族というのは有名なのはすぐにわかるのだがまだ解明されてない種族も多い。
 この従業員は、何なんだろうか?尖った耳に口から飛び出た牙、肌の色は青いし、目は猫のような形だ。そして、極めつけに“大将一筋!”と書かれた鉢巻き。……ホント何だってんだ。
「定食って言っても!こんなそのままのを出されたってどうしようもないじゃないのよ!」
「そ、そうですよ!せめてポン酢とかないんですかっ!!」
 僕もヴァルアも従業員に必死で訊いた。
 しかし、その抗議はファルの一言によりどこかへ飛んでいった。
「何言ってるんだよ、二人とも。旬の山ワカメはコレが一番美味いんだぜ?」
 そう言いながら自分の皿に盛ってある山ワカメをつつく。くんくん、と匂いを嗅いでいる。
 匂いつったってどうせワカメの匂いしか――そう思ったのだが、従業員から視線を外し、山ワカメに顔を近づけてみると何だか美味しそうな匂いがしてきた。
「んじゃ!あっしはこれで失礼しやんすっ。勘定は先にしてくれたってことでっ。ごゆるり〜」
 よくわからない言葉を使う従業員は再び混雑する店内へと消えていった。
 僕らは気を取り直し、箸を構えると(!)山ワカメに向き直った。

「……ファル、本当に美味いんだろうな?」
「あったりまえだって!俺、昔大好きだったんだぜ?」
 力説するファルを他所に、僕等は1つ提案した。
「まぁ、いいわ。不味かったらとりあえずファルを封印するってことで」
「うん、オッケ」
「んなっ、オッケーとかしてんじゃねぇよぉっ!!」
「うっさい」
 まだ何かうだうだ言ってくるファルを無視して、僕らは山ワカメを口に入れた――


 な……なななななな……っっっっ?!?!?!?!


「な……、なんだこの美味さ……」
 口の中に広がる、甘いとも辛いともつかない絶妙な味。海のワカメとは、食感が少しばかり似ている気がするが味は全然違う。噛めば噛むほど味の出てくるスルメのような……。
「な? な? 美味いだろっ?!」
 勝ち誇ったように横から小突いてくるファル。
 僕は、余りの美味さに口から山ワカメを出したままという余りよろしくない顔のまま、ヴァルアを見た。――彼女もまた、予想を超えた美味しさに驚愕しているようだった。
「……確かに……美味しいわね」
 そう言いながらヴァルアもこっちを見た。そして、僕と目があった。
 馬車の中でも見ていたけれど……綺麗な赤色の瞳だな……、隣のゾンビも赤色の瞳だけどそれとはまた違う……綺麗で吸い込まれそうな――

「んにゃぁっ!!何見つめ合ってるんだよ!!ビスター!俺を見ろぉっっ!!」
「ぐがっ?!?!」
 突然ワケのわからない事を言い出したファルに両頬をつままれ強制的に横に向かされた。
 まぁ、当然なのだけれどいきなり目の前にはファルのどアップ。
 ――あー……何こいつ、男(ゾンビ)のくせにまつげ長ぇ……。
 ってそうじゃなくって!!
「なっ、何すんだよ! 離せ、変態!」
 頬をつねっていた手を振り解くと、俺はファルを力の限り遠ざけた。けれど、流石はゾンビ――というようなモノなのかはわからないが――、腕をすごい力で掴まれた。その上、どこをどう取っても誤解しか生まれないような言葉をズケズケと吐きやがった。
「変態なんかじゃないわよっ!酷い、ビスターってば!私たち将来を誓いあったんじゃなかったの?!」
「だだだだ、誰がお前なんかとっっ!! 離れろ! 近づくなぁあっ!!」
 僕らのやりとりにヴァルアが驚いているんじゃないかと思って、僕は目をちらりと前へ向けた。けれど、そんな心配は必要なかった。ヴァルアはひたすら――僕等を無視して――食事を進めていたのだから。
 しかし、このゾンビなんだって言うんだろう。……ほっぺた痛いし。

 混雑していた店内だけど何故かファルの声はよく響いて、周りの人がこっちを見てきた。野次が飛ぶ。
「なんだぁ、痴話喧嘩か?くぅっ、オアツイねぇ〜」
 完璧に出来上がっている中年のおっさんのグループがトロけたような目で見てくる。僕はその目と、目の前のゾンビに激しく寒気を覚え出来る限りの力でファルを遠ざけた。
「ったく!悪ふざけもほどほどにしろっ!」
「えぇ〜、だってビスター冷たいんだもん」
「拗ねた口調で言っても無駄!!次にやったらゴミ捨て場に置いてくからな!!」
 僕は大声で張り上げた後、周りの視線が妙に痛かったので、気にしないために目の前の山ワカメを食べるのに専念することにした。
 ――そして、冒頭に戻る。



* * *



「もう、ビスターってば。 機嫌直せよ!」
 ファルがなだめるように言ってきた。僕は口の中に大量の山ワカメを入れているため言い返すことが出来ない。ふごふご、言っていると前の席からヴァルアが声をかけてきた。
「もうちょっと落ち着いて食べなさいよ。食事は逃げないわ」
 パチンと箸を合わせると丁寧に元あった場所へと置く。どうやら彼女はもう食事を終えたようだ。
 ――むしゃむしゃ……ごっくん。
 やっとのことで口の中のものを消化すると、ファルを平手で打ち倒し、僕はヴァルアに言った。
「そういえば、サービスドリンクがあるって言ってただろ?……あれ、飲みながら僕が食べ終わるの待っててくれないかな?ちょっと訊きたいことがあるしさ」
 ねっ?と顔の前で手を合わせて頼み込んだ。だが僕が予想していたものとは全然違う表情で、ヴァルアは「当たり前じゃないの」といって先ほどの大将一筋鉢巻き従業員を呼んだ。
 従業員はすぐにやってきて僕らはそれぞれにジュースを頼んだ。



 本当なら食事中に雑談を交えながら聞くつもりだったのに……。
 ここの定食屋がこんなに混んでるなんて反則だよ……。

 ――でも……、美味かったからいっか。

 のっそりと起き上がったファルをもう一度奈落の底に沈めると、僕は残りの山ワカメに取り掛かった。