SS 01. 「愚か共のブルース」

 最近、気になるヤツがいる。
 そう店長に言ったら「ソレはどこの星のヒトだ」と真顔で答えられた。
 すぐさま近くにあった百貨辞典の角でドタマをしこたま殴ってやったが、その言葉は若干胸に残った。
 だって仕方ないじゃないか。
 あんなヤツ、……初めて……いや、うん、たぶん初めてだったから。
 ホラ、今日も来た。

 カランカラン

 入り口の扉が開かれて、ドアベルが鳴り響いた。
 ……と言ってもこの扉、真ん中辺りに板が蝶番で付けてあるだけの飾りのようなもので、本来ならドアベルなんて付けるもんじゃない。まぁ、付けたのは店長だし、どうでもいいんだけど。

 入ってきた客は既に常連と化している人間だ。
 短めに切った黒い髪、色彩感覚を疑うようなショッキングピンクのマフラーをまとっている。寒い時期は緑のコートを着ていたが今は暑いのでそれは無く、黄緑のノースリーブの服だけだ。つか暑いんならマフラーも取れ、と言ってやりたいが(※言った事は何度もある)ファッションなんだ、と聞く耳を持たない状態だ。

「やほっ、もーかってるかー?」

 片手をあげて軽く挨拶。ニカッと笑うその様はほとんど男だ。……正直な話、そのお世辞程に膨らんだ胸が無ければ男だと思ってたに違いない。
「それなりに、な。今日は何だよ?」
 レジを兼ねたカウンターの方へ寄ってくるヤツにそう返す。
 トテトテ、と一直線にこっちの方に来るのはちょっと嬉しかったりする。……て、乙女か、俺は。

「おう!よくぞ訊いてくれた!! へっへっへ、実はさァ~、こないだの授業で魔法1つ使えるようになったんだよ。そんで腕試しに軽いクエストやってみよっかな、ってな。 ンなワケだから、なんか手頃なモノ無いかなー?あ、値段も手頃でヨロシク!」

 手頃なモノ、つまりはクエストスクロールを買いに来たということか。
 ちなみにウチは冒険者にクエストを提供したりするシナリオ屋というものだ。最近は冒険に必要そうな道具なんかも扱っている。

「魔法……ねぇ?どんなの?」
 そう訊くと、これまた「よくぞ!」と言って胸をドンッと叩いた。
「風系の魔法なんだ!こう、風をビュッてやって、それで対象物を切り裂く~みたいな!先生の実技がすんごいカッコよくってさ!私、この魔法だけは絶対覚えておきたかったんだ!」

 キラキラと瞳を輝かせて意気揚々と話す。
 ……でも、“だけは”ってのがちょっとひっかかるな。

「なんでだよ?他にも魔法はいっぱいあんじゃねーか」
「ふっふっふ、わかってないなシェル!これは憧れの魔法だったんだよ!!」
 だから、なんでそんなのに憧れてんだ、って話なんだけどな。
 そんな俺の視線を受け取ったのか、シオ――そう、こいつの名前はシオ=バギアンという――は少し淀んで……、でも口を開いた。

「わ、笑わないか……?」
「理由も知らんのに笑えるかよ」
「それもそうなんだけどさー。……。……。
 いや、その……昔好きだった人が得意な魔法、だったから……だな。 んと……」

 ……。
 ……。
                                                    ツキン

「……なんちゅー不純な動機だ」
「うっ、うっさい!!実際魔法の方も好きだったんだよ!カッコイイだろ、なんかさ、ブシュッて感じで!!」

 まともに訊いた俺がバカでした、って感じだ。
 何がかなしゅーてこんな話を聞かにゃならんのだ。
 しかしシオは俺の様子に微塵も気づかず、あまつさえ思い出話を始めやがった。

「近くに住んでた人でな!ウチに兄ちゃんと同い年だったんだ!それで、……あ、そだ。時々一緒に来るラクラスってのがいるだろ。ソイツのお兄さんでさ~。アイツとはまさしく雲泥の差ってな程にカッコイイ人で、優しい人で!ホントに理想を形にしたような人だったんだよ!
 でさでさっ、その魔法は私がふざけて入り込んだ洞窟で魔物に襲われた時に助けてくれた時に見たんだ!もっっっのすっごいカッコよかった!!!!」

 キラキラキラキラ。
 ウザい程にキラめいて、……くそ、これはアレか、ノロケ話か?

「はーいはいはい、わかったから。じゃあその感動は本人に伝えて、な」
 手をパタパタと振って見えないけれど鬱陶しい空気を払う。
 そして顔を上げるとシオはきょとんとした顔をしていた。
「……? どした?」
「伝えられるワケないじゃん。何言ってんだお前」

「は?」

 今度はこっちがきょとんとする番だ。
 ……伝え、られない?
 そこまで思って、ハッとした。――もしかして、故人、だったのか?

「……あ、す、スマ――」
「だって今ドコにいるかなんかわかんないじゃん。こっちもあっちも定住しない冒険者なんだし」

 ガクッ

 謝ろうとした俺の言葉を遮って言われた台詞に思わずよろける。……ま、紛らわしい言い方してんじゃねえ!!
「そ、そうか。オーケー、わかったから。その話は終わりだ」
 心持ちピクピクしてしまうこめかみを押さえながらもう片方の手で空を切った。
「買い物に来たんだろ、その話をしようぜ……」



 * * *



「希望としてはだな!こう、例の魔法で一発滅殺出来るくらいのモンスターがそれなりにいる草原っぽい所とか、森の入り口とか、ちっちゃい洞窟とかでもいいぞ!!」
「はいはい、そんなお手頃なんがあったらとっくに売れてますから」
 そうは言いつつも頭の中を検索し始める。
 ……雑魚モンスターが多くて、わりとひらけたような場所で……。
 ――やっぱり、ンな都合のいいトコなんてねーっつの。
「どうだ、ありそうか?!」
 その問いに首を横に振り、
「無い」
 きっぱりと言った。
 瞬間あからさまに残念そうな……というよりも、嫌そうな顔をして「え~、ウソだろぉ?」と言葉を吐いた。
「こんなんでウソ言ってどーすんだよ。大体お前、仲間はどーした!」

 そう、コイツには“仲間”がいる。所謂冒険パーティというヤツだ。
 1人は先ほど話に出てきたラクラス。それとミズリエという名のおバカエルフ。
 皆が皆、シオと同じようにまだまだ冒険者としてはヒヨっ子だが、3人寄ればなんとやら、で1人よりも戦力は上がるハズだ。

「う゛っ、えと、その……シェルんトコでシナリオ買ってくるっつったら反対されて……ぎゃーぎゃーうるさいから無視して出てきたんだ」
 だから一緒に行ってくれるとは思えねーよ、と小さく付け足す。

 ……。ったく、このドアホが!!!

「お前ねぇ?! 別に喧嘩すんのはいいよ?その原因が俺だったってのはちょっとアレだが。 でもそれとこれとは全く別!
 わかってんのか?!口で言ったり、買うのは簡単だけどな……クエストっていうのには“生死”がかかってんだ。お前1人で行って、運悪く囲まれでもしてみろ ――お前はそこで死ぬんだぞっ?!」

 バンッとカウンターを叩く。
 その音と俺の剣幕にビビったのか、シオの肩が震えた。

「か、囲まれたって私の魔法で蹴散らしてくれる!それにお前には、シェルには関係ないだろっ。お前は売るだけが仕事じゃねーか!」



 ブチッ



 あぁ、こういう音ってホントに聞こえるモンなんだな。



「お前、本当にバカか?関係ない? ……関係ないワケないだろうが!!!!
 俺がただ売れればいいと、それで人が死んでも知ったこっちゃねぇ、なんて人間だとでも思ってんのかよ?!
 もしお前が死んだら?――そんな事、考えるだけでも嫌だ!怪我するだけでも辛いのに、なんで関係ないだなんて言えるっ?!
 お前に何かあったら、俺は……っ!!」


 俺は……って、ん?


 ……あ、……お、……おわっちゃああああ?!?!?
 あれっ、俺なんか今すげー事口走っちゃった?!

「あああああ、いや、あの!ホント困るからさ、な?!わかれよ、ソコんとこ!!!」

 何か妙にキザな台詞を口に出してしまったようで顔が一気に熱くなる。
 でもシオは俺がいきなり大声を出してまくしたてた事に驚いてそっちは深く考えなかったらしい。
 しばらくの沈黙の後、

「……お、おう……わかった、っぽい……?」

 首をひねってそう言った。
「――疑問系で返してんじゃねーよ、バカヤロ」
 盛大なため息と共に、俺は肩を落とした。



 * * *



「兎に角、シナリオ売って欲しかったらラクラスかミズリエと一緒に来な!お前1人じゃ信用が置けん!」
「え~~っ!!」
「え~っじゃない!……早く仲直りしちまえよな、ったく」
 駄々をこねる子供のような仕草をするのでガシガシッと頭を撫でてやる。
 実際にそう年は変わらないのだが、こういう時のコイツにすると大して違和感が無いから不思議だ。
「だーっ、その頭やんのやめろよなー! っ、お前もしてやる!!」
 仕返しとばかりにこっちに伸びてくる腕を素早く掴んで制止する。
 はっ、この俺の頭を撫でるなんざ100年早いぜ!

 カランカラン

 なんて事を思っていると、唐突にドアベルが鳴った。
 ヤバッ、全然気づかなかった!

 バッとそっちを見ると、

「シオ!!お前……!!」

 息を荒くしたラクラスだった。
 ツカツカとこちらへ向かってきて、カウンターをバシッと叩いた。
 そう、先ほどの俺のように。


「マジで1人で行くつもりだったのか!?危険なのがわからねーのかよ!!
 それにオレ等に黙ってこんなトコ来やがって……死にでも行くつもりか!!!勝手に……居なくなって!!
 それでオレがどんな風に思うかも、わかんないのかよ?!」


 うわっほーい。それもほとんど俺と同じかい。

 シオもそれを思ったらしく、チラリとこちらを見て、うな垂れた。
「……ん、ごめん。さっきシェルにも同じ事言われた。私の考えが浅はかだった……か?」
「だからなんでまた疑問系なんだよ。どーみても浅はかだろーが」
 思わずツッコミを入れる。
 だがその部分は上手い事耳に入らなかったらしいラクラスがボソリとつぶやいた。
「そ……うか。同じ、事を、ね……?」
「あぁ、かなり似てたぞ!お前等仲良いな!!」
 それは違うだろ、と今度は心の中でツッコミ。


 同じ事を、似たような事を口走ったのは、想いが同じだからだ。


 ――あーぁ、気づかれたかな?コレは。
 睨むような視線を感じてため息をついた。

「とにかく、用は無いんだし、帰るよシオ」
「えっ、私はもうちょっとここでおしゃべりを――」
「か・え・る・よ?」
「……おぅ」
 有無を言わせぬラクラスにシオが早々に折れた。
 まぁ、あの状態で逆らっても何の得もねぇもんなー。

「じゃあな、シェル。またいいの入ったら教えろよな!」
「“いい”のが入った時だけでいいからね」
「ラクラス君、君ね……」

 カランカラン

 明らかに敵意の篭った台詞に反論する間も無く2人はドアベルを鳴らして去っていった――



「はぁ……」
 無人になった店の中、俺は大きく息を吐いた。

 “気になるヤツ”は“好きなヤツ”に変化してしまった。
 それと同時にライバルもがっつり登場、オマケに気持ちはバレバレ。

「なのに、当の本人はまるっきり無関心、っと」

 思わず頭を抱えてしまう。

 あぁ、誰かこの苦悩を歌ってくれ……!!!
別人になってしまった感が否めない。……が、まぁ、いいか!
何がしたかったかってーと、最初の店長の台詞を書きたかっただけです。ぬははは。
ラカンネルは正直設定とかクソミソ状態なので自分でもさっぱりです。まぁ、ラブコメって事でひとつ。

2007.10.16.