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▼ 第1章 第1話 後編

 朝起きて、ベッドの脇で大きく伸びをする。
 今日からはもう授業も始まるし、頑張るぞーっと!

 食堂で朝ご飯を取ってから恵梨歌ちゃんと一緒に学校へ行く。
 ちなみに友達!とはまだ言えないかもしれないけど、おしゃべりするような子は出来つつある。やっぱり食事やらお風呂やらで一緒に行動するってのは大きいんだなぁ、と実感。
 まだ名前をちゃんと覚えてなかったりするから、そこはちょっとヤバイなとも思ったりね。人数が多いというのも考えモノである!……なんて、多い方が賑やかってのも確かなんだけどね~。

 教室に着くともうほとんどの人が来ていた。
 流石にほとんど寮生なだけはあり、遅刻なんてものはしなさそうだ。
 私はまだ体験してないけれど、寝坊したりしたら寮の管理人さんが起こしに来てくれるそうだ。……その起こし方が怖い、という噂なので、出来れば一生体験したくないんだけどね。
 でも食堂のお姉さん(おばちゃんというには憚られる見た目の人だった)や受付の事務員さんも優しそうな人だし、管理人さんも実際はそんなに怖くないんじゃないかなぁ――というのは楽観的過ぎるか。
 まぁ、とにかく、そんな風に寮生活を支えてくれている皆さんのおかげで寮生の遅刻というのは滅多に無いらしい。と恵梨歌ちゃんに聞いた。
 そんなワケでほぼ揃っている教室内を見渡す。
 各々やってる事は様々だ。
 友達とおしゃべりしたり、早授業の準備をしていたり、持ってきた本を読んだり、携帯を弄ったり……。
 順々に見て行くと途中窓際で視線が止まった。ええと――……そうそう、……なんだっけ、名前。
「美波ちゃん、どうかしたの?」
 一定の場所を見て固まっている私をヒョイと恵梨歌ちゃんが覗き込む。
 そしてその視線の先を見て、
「? 城崎君に何か用でもあるのかな?」
「ああ!それだ、それ!城崎君!」
 ぽむっと手を打つ。
 若干大きかったその声は、窓際の彼の席まで届いてしまったらしい。
「僕に何か?」
 不思議そうにこちらを見ている彼に「いやー」と苦笑い。名前が思い出せなくて悩んでた、なんて事言えやしない。
 何か言って取り繕うかと思ったけど、咄嗟には出てこないし、何より距離が遠い。
 私は隣に居た恵梨歌ちゃんにチャッと手を上げて小さく頷く。これは行ってきます、という意味だ。
 そしてサササッと窓際の所へと移動したのだった。
「……?どうかしたかな、高科さん」
 おーう、そっちはちゃんと名前覚えてるんですね!ヨッ、お大臣、流石!
 ――とワケのわからない言葉をぽんぽんと頭に思い浮かべながらにへらっと笑った。
「んー、特に何も無いんだけどさぁ。あ、それ何読んでるの?」
 つい、と指差したのは城崎君の手元にあった本。文庫本サイズのそれは、カバーがかけられていて何の本かはわからなかった。
「ああ……ちょっと、ね」
「ちょっと、って答えになってないんですけど。……ハッ、もしや知られたくないような――官能小説?!」
「全く違うけど」
 ズバッと切り捨てられる。
 うーん、年頃の男ならばもうちょっと違うリアクションを取って欲しいものだ。「ち、違う!そ、んなんじゃない!」とか。……や、これもこれで変か。
「じゃあ何?どんなジャンルのヤツ?」
「ん……ホラー……かな?」
「ホラー!ホラーっすか!この朝っぱらからなんでまたそんなモノ読んでるの?!」
 ぞわわわっと背筋に悪寒が走る。だ、だってアレでしょ?ホラーって怖いヤツでしょ!?
「いや、朝から……というか、昨日から読んでて先が気になってしまったから。あと少しで終わるんだ」
 そう言ってしおりの位置を示す。確かにそれはだいぶ最後の方に差してあった。
 それを見ていると、城崎君がとんでも無い事を言い出した。
「読みたいなら貸そうか?さっきも言ったけど、もうすぐで読み終わるし」
「やっ!いいですいいです、断固拒否します!!!」
 ばばばばばっと両手で拒否の意を表す。こっ、怖いのを自ら率先して読もうとは思わないよ!
「無理にとは言わないけど――もしかして怖いの苦手とか?」
「うっ」
 こんなリアクションをしたら肯定しているようなモノだけど――ええい!

選択肢1

「そ、そんな事無いもん!だっ、だだだ、大丈夫だ、よ!」
 おおっと……。
 口から出た台詞は、自分でも思っていた以上に情けないモノになってしまった。

冬輝 +1

「……好きだよ!へ、へへ、城崎君とは趣味が合うなぁ~っ」
 なんて虚勢を張ってみる。最後の方が目が泳いだ気がせんことも無いが、そこは気づかなかったフリをする!
「そうか、それは嬉しいなぁ。じゃあ、やっぱり貸してあげるよ」
「えっ、そ、それは……」
 だらだらと冷や汗が出てきてるのは気のせいじゃあ無い。
 それでも一度は切った啖呵、こんなすぐに撤回したら女が廃る!
「の、臨む所だよ!」

選択肢1 終わり

 ◇

 そんな私を見て、城崎君はふわりと笑う。
 そして、
「女の殺人鬼が斧振り回して襲ってくる上に幽霊洋館やら呪われた人形・墓やら盛りだくさんな血みどろホラーだけど」
「あああああ、すいませんすいませんやっぱり無理です」
 即行で白旗を振った。
 女の殺人鬼はともかく、幽霊と人形はヤバイ、ガチでヤバイ。何がヤバイってよくわからんのがヤバイ!
 墓は……まぁ、ゾンビとかそういうのなら別に……いいかな、という感じ。幽霊はダメだけど。
 要するに触れて、倒せるものじゃないと怖い!実際に触れたら倒せるのか、って言われたら困るけどね!
 うううう、とブルブル震えていると、突然ガコッと頭に衝撃が走った。
「っ?!」
 何事かと思って振り向こうとするも、……ぐぐっ、何だコレ?!
「さっきから何挙動不審な行動取ってんの?持病かなんかか?」
 頭上から櫻のバカにしたような声が聞こえる。
「ちょっと、頭のっけるなー!」
「あー、頭重いから無理。お前と違って脳みそ詰まってるから無理」
 そして「楽ちん楽ちんー」と戯言を吐きやがる。
 私は少しだけ膝を屈めて、それから――

 ガゴッ

「ぐへっ」
 思い切り頭突きをしてやった!
 衝撃にのけぞる櫻。その瞬間に鳩尾にもプレゼントだ!
 こちらの攻撃がクリーンに決まり、ヤツは顎とお腹を押さえて蹲った。
「やった、勝った!」
 グッとガッツポーズ。
 そうやってポーズを決めた時だった。
「……高科、さん?」
 し、しまった!そういえば今話してたんだった!
 訝しげな城崎君の顔。そりゃそうだ、いきなりこんな事したら変な顔されるよ……っ。
「高科さんは――持ち上がりじゃなかったよね。それなのに随分親しそうな人がいるんだね」
 蹲る櫻を見ながら一言。昨日恵梨歌ちゃんにも同じような事言われたっけ。
「あ、えっと、あー、コレはその、幼馴染でね。ちょっとした不幸で同じ学校に来ちゃって」
「不幸かよ、ひでぇな」
 いたた、とお腹を摩りながら立ち上がる櫻が言った。
 だって明らかに不幸だから仕方ないじゃん。
「へぇ、幼馴染か。通りで仲が良さそうだ」
「や、良くないし。ぜんっぜん」
 右手を顔の前でブンブンと振る。
 世間様では幼馴染は仲良いのが当たり前、みたいな受け取られ方をする事が多々あるけど、そんな事は断じて無い!
「すげー否定だな、美波。悲しー悲しー」
「嘘つけ」
「あ、バレたか」
 ハッ、と肩を竦める櫻をしっしっと追い払う。「なんだ冷てーの」なんて言いながら櫻は自分の席の方へと行った。

「……ごめん、話の途中で変なのが混じって」
「いや、別に構わないんだけど。――確か、春日井、だったっけ」
「おぉ!」
「……?何が“おぉ!”?」
 驚いて言った私に城崎君は首を捻る。
「だって、もう名前覚えてるんだもん。すごいよ!私なんてまだまだサッパリだよー」
「持ち上がり以外は結構少ないからね。でも下の名前までは知らなかったな、櫻って言うんだ」
 自分の席に戻った櫻の方を見てぽつり。
「……なんだか女の子みたいな名前」
「ぶっ」
 瞬間噴出しましたよ。
「はははっ、それ櫻に言ったら怒るよー!結構気にしてんだアイツ。昔はそれでよくからかったなぁ、さっくらちゅあ~んって」
 某赤い服の泥棒の声マネで私は言う。
 城崎君はハハと苦笑する。
「まぁ、想像に難くないよ。……身近にそういうの居たしね」
「え?」
「あ、こっちの話」
 やはり、ハハ、と笑う城崎君。
 ……身近に、って誰の事だろ?――って、まぁ、ロクに名前も覚えてない私が頭を捻った所でわかるハズも無いんだけども。

 それからしばらくしてチャイムが鳴り、担任の俊兄ちゃんがやってきた。……いや、ちゃんと百瀬先生と言わなきゃダメか。
 出席を取ってから先生は言った。
「クラス決まって2日目だけどな、サクッと委員長副委員長だけ決めるか。色々進行とか任せたいし」
 なるほど、確かに中学でもホームルーム系は委員長とかが仕切るのが普通だったっけ。それに授業の号令もか。
「誰かやりたいヤツいるかー?推薦でもいーぞ。いなかったら先生が勝手に決めちゃうからなー」
 なんとも投げやりな言い方だ。
 でもまぁ、選択の余地を与えるだけでもマシというものか。中学では“それっぽい”という理由だけで強制的にやらされてた子が居たし。
「いないかー?じゃあ、先生が適当に……」
 百瀬先生がそう言った時だった。
「先生、秋ヶ谷さんを推薦します~」
 女の子の声が上がる。
 見ると恵梨歌ちゃんの席の近くの子が手を上げながら言っていた。
「中学の時にやってたし、秋ヶ谷さん適任だと思います」
「なるほど……秋ヶ谷、どうだ?」
 おぉ、恵梨歌ちゃん経験者だったのか。
「え……あ、はい、いいですけど」
「よし!じゃあ次は副委員長だな!誰か経験者いないかー?」
 その声に、つつつつ、と皆の視線が移動する。
 恐らくは持ち上がり組の人達なんだろう。その視線はいくつかにばらけたが、それでもほとんどは一箇所に集まっていた。
 ――城崎君だ。
「城崎も経験者か。うっし、じゃあ頼むな副委員長!」
「えっ」
 さっきの恵梨歌ちゃんみたいには訊きもせず、決定してしまう先生。城崎君は何か言いたそうだったけど、結局それを出さずに了承した。
「じゃあ無事決まったことだし、早速仕事を言い渡すぞ」
 コホンと咳払いをしてから一言。
「席替えしとけ。方法は任すから!」
 そう言い放って、すぐに教室から出て行ってしまった。
 あまりの唐突な退場にクラス一同、沈黙。
 しかしそれも一瞬で、すぐにざわめきだした。
 大抵はこう、“席替えか~、どこそこの席になりたい”とかそんな感じ。
「あー、あの、席替えだけど。何かやり方の希望とかあるかな?」
 恵梨歌ちゃんが声を上げる。
 出てくる方法は話し合って好きな席を決めたいだの、くじだの、カード式だの色々あったが、最終的にはあみだくじに収まった。
 用意が簡単だし、結果も公正になるからだ。もっとも、視力の関係で前の方がいいと言った人は別になったのだが。

 そんなこんなで席替えが決定し、授業の合間の休み時間でくじが回ってきた。
「ううむ、どこがいいかなぁ。迷うなぁ……」
 別にどこの席になってもいいっちゃーいいのだが、やはり避けたい席はある。教卓の前とか、出入り口のすぐ側とか。
 ……でも、ま、悩んでもしょうがないか。
「ここにして――っと。はい」
 適当な場所に名前を書いて次の人へ回す。
 さて、結果はどうなる事やら……。

 *

 お昼。
 ここでは弁当ではなく学食なので皆そちらに移動するのだが、その前に席替えをしてしまおうという話になった。
 あみだの結果が黒板に書かれ、それを確認して移動を始める。
 えーっと、私は……おぉ、らっき!一番後ろだ!
 ゴゴゴと引きずりながら――ではなく、頑張って持ち上げて移動させる。
 行ってみると、既に片方のお隣さんはそこに来ていた。
「あ、城崎君じゃん」
「高科さんか」
 窓際の一番後ろの席、そこに城崎君が居た。
 近くにいるのは誰でも良かったけど、一応しゃべった事のある人で良かった~。
「げ、お前か」
 反対側の隣には櫻がやってきた。おいおい、そりゃこっちの台詞だよ。
「あ、美波ちゃん~」
 恵梨歌ちゃんは櫻の前だった。おぉ、やった、近い!
 櫻はともかく、城崎君や恵梨歌ちゃんという親しい(と勝手に思ってる)人達が近くて良かった!……これで今年の運を使い果たした気もするが、まぁ、いいか。
 その後はそれぞれにお昼へゴー。それぞれに、というのは一気に行くと混むので時間をズラしたりする人も居るからだ。

「ぷはーっ、美味しかったぁ!」
 定食をペロリと平らげ、食後に熱いお茶を一杯。我ながら爺むさいとは思いつつ、なかなかやめられない事の一つだったりする。
 嬉しい事に学食にも寮の食堂にもセルフの給茶機が用意されていて、いつでも熱いお茶が飲めるのだ。……まぁ、味はちゃんと淹れたそれには劣るけど。
 横では同じように入れたお茶をふーふーと冷ましている恵梨歌ちゃん。猫舌なのかな?
「あ、そういえばさ、昨日言ってた部活の勧誘会っていつあるんだっけ」
「えっと、授業終わった後かな。実質6時間目って事だね」
「なるほど」
 実は昨日布団に入って眠りにつく前に色々考えてみたのだ。

 中学の時は知り合いの先輩に引っ張られるようにして陸上部に入っていたのだが、高校でも同じものに入ろうという気はしていない。そこそこは速かったと思うけど、ちょっと飽きた。
 という事で陸上部は選択肢から除かれる。他にも運動部にはさして興味を持てそうも無い。
 ……では文化部だ。文化部というと中学では美術部と囲碁将棋くらいしか正常に機能していなかったので他に何があるのかわからないけど……メジャーな所では吹奏楽部やコーラス部、それに演劇部辺りか。
 文芸部とかもありそうだけど、性に合わなさそうなのでそれは却下。
 うーん、どうしようかなぁ、と悩んでる時に――ふと思い出した。昔見た文化祭の事を。

 俊兄ちゃんが言ったように、確かに私は昔ここに来た事があったのだ。奥底にあった記憶が、言われて上の方に浮上してきていた。
 あの時、模擬店巡りや展示も良かったけど、何より体育館でやっていた催し物が良かった記憶がある。
 大人数で繰り広げられる音のスペクタクル。迫力のある演奏をしていた吹奏楽部。
 男女共に揃った綺麗な歌声。歌ってる時の顔はちょっと面白かったけど、なかなかに聞き応えのあったコーラス部。
 そして内容は覚えてないけど……一番印象に残ってる、演劇部。出し物としてやってる他の所とは違い、随分上手だったような気がする。

「恵梨歌ちゃん、私演劇部にしようかと思うんだ」
 ぽそりと呟くように言うと、ふーふーしていた息が止まった。
 そして、
「あー……うん、なるほど」
 と、何故か苦笑。……え、何その反応。
 不安になって訊いてみても曖昧に笑って答えるだけ。
 最後には、
「勧誘会見たらわかると思うから」
 で終わってしまった。
 い、一体どういう事なんだ?!

 *

 そんな不安を抱えつつやってきましたその時間。
 ぞろぞろと委員長を先頭に体育館へと向かう。
 入学式と同じく並ぶ1年生。まもなく、各部活のアピールタイムがやってきた。
「陸上部です。走るのが好きな人は是非!我が部は毎年大会で数多くの成績を残し――」
「野球部で甲子園を目指しませんか!」
「サッカー部っス!」
「バスケやりませんかバスケえええ!!モテるぞおおお!!!」
 と、まぁ、運動部の皆様の元気なこと、元気なこと。
 他にも剣道や柔道や弓道、フェンシングなんてのもあった。それぞれのユニフォームに身を包んだ姿はなかなか圧巻だ。
 ……でも、ま、運動部に入る気は無いので私には関係の無い事で。
 さ、次はやっと文化部だよ!
 ワクワクしながら壇上を見ていたが、トボトボと歩いてくる制服姿の人を見て、あれ?と思う。
「えっと、吹奏楽部です……。部員数は少ないですが、アットホームな部活ですので……」
「コーラス部です。歌うのが好きな人もそうでない人も良かったらどうぞ」
「絵を描くのが好きなら美術部へ」
「茶道学んでみませんか……」
 えとせとら、えとせとら。
 他にもいくつか部活はあったけど、皆運動部に比べるとどことなく元気が無い。
 そして私の目当てだった演劇部は、元気どころか――存在そのものが見当たらなかったのだった……。

 *

「単刀直入に訊くよ」
 勧誘会が終わって皆が散っていった後、私は恵梨歌ちゃんを問い詰めていた。
 さっき食堂で、何かを知っているような発言をしていたからだ。
「演劇部ってどうしたの?」
「えっ、ええと……」
「私、昔ここの演劇部見た記憶があるんだけど、さっき居なかったよね」
「んんと……」
 なんとも歯切れの悪い返答をしていた恵梨歌ちゃんだったが、何度も訊いたのが良かったのか、とうとう言ってくれた。
「――実はね、」
「えええ、なんだってええ!?」
「まだ何も言ってないよ」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと怖くなって」
 なんかドキドキしてきてつい茶化してしまった。
 そんな私を見てふっ、と恵梨歌ちゃんは笑う。ちょっと呆れるように、でも優しい感じに。
「演劇部ね、ある事はあるんだけどね、――もうほとんど活動してないんだ。
 今年に至っては新入生ゲットしようっていう気も起きなかったみたい」
 ……。
 ……マジでか。
「えっ、そ、それじゃあ入れないって事?」
「うーん……そうとも、限らないんだけどね……」
 顎に手をあてて考え込んでしまう。
 同じように私も考える。
 ――ほとんど活動してないけど、一応存在して、そんでもって新部員を拒絶しているワケでもない。
 ……ふむ。
「まぁ、よくわかんないけど、一回行ってみるよ!ありがと恵梨歌ちゃん」
 スチャッと手を上げてお礼を言いつつ、教室を後にす――。
 ……あれ?
 上げた手を下ろし、しばし沈黙。
 パラリと先ほどの勧誘会で貰ったプリントを取り出してみる。
 ……。……。……。うん、こりゃアレだ。
「……恵梨歌ちゃん」
「何?」
「演劇部の部室の場所って知ってる?」


 * * *


 教室を出て廊下を行く。
 恵梨歌ちゃんの話によると、演劇部の部室は所謂“部室棟”という所にあるらしい。
 何年か前に校舎が新調されたんだけど、その前に使ってた校舎――旧校舎を部活動用の棟にしたんだそうだ。
 一部はまだ教科用の部屋として使ってるらしいんだけど、それでもあまり使わないので部活動“専用”と言っても差し支えないらしい。
「えっと……こっち、だったよね」
 階段の手前に来た所でキョロキョロと周囲を見て確認。
 新校舎から部室棟へは渡り廊下で繋がってるらしいんだけど、その位置がよくわからない。
 これはもう1階まで下りて、外から行きなおした方が早そうだ。
 そう思って階段へ足をかけた時だった。

 ダダダダダダッ

 すごい足音。
 え?と思った時には、

 ドンッ

「っ?!?!??!」
「っと、ヤベッ!」
 突然後ろから押される形になり、前のめりになって階段から落下――
 ……するかと思ったんだけど。
 丁度お腹の辺りに誰かの手が回っている。
 ……。
 …………へ?
「わりぃっ!大丈夫か!?」
 真後ろから聞こえるのは男の声。
 コクコクと頷きながら手すりをぎゅっと掴むと、そろーっと腕が外された。
 振り返ると、困ったような顔の男子生徒が立っていた。
 今時珍しい金髪。――ていうか、こっち来て初めて見たよ、こんなの。
「悪い、前見てなかったみたいだ。派手にぶつかっちまって、その、怪我無いか?」
 あわあわと両手を振りながら、彼は言う。
 私はコクコクと首を縦に振るだけ。
 思った以上に驚いていたらしく、声がうまく出てこないのだ。
「ご、ごめんな!ちょっと今時間無くて――あ、えっと、ちょっと待てよ……っ」
 ポケットを探り、出したのは携帯電話。
「連絡先教えるから、後でどっか悪くなってきたら言ってくれ!んっと……赤外線、いいか?」
「あ、う、うん……」
 同じようにポケットから携帯電話を取り出して、赤外線受信モードに設定する。
 送られてきたデータには電話番号とメールアドレスの他、誕生日なんかも入っている。
「じゃ、ホント悪かった!!」
 チャッと片手を上げて、私にぶつかる前と同じようにダダダダっと走っていく男子生徒。
 さて……何故データを貰った上で、まだ“男子生徒”なのかと言うと。

 ポチ ポチ ポチ

「……名前が入ってないよ。誰だアレ」
 そう、データ内には、名前が入っていなかったのだ。誕生日は入れているというのに何事か?!
 名前以外のデータを見ると、どうやら彼は同じ1年生らしい。
 そしてメールアドレスから推し量るに、下の名前は“natsuki”。……女の子みたいな名前だ。
 とっくの前に見えなくなった、しかし音だけは微かに聞こえるその人の顔を思い浮かべながら、そんな事を思った。
 まー、しかし、どれだけ急いでいようと廊下や階段を走るのはやめた方がいいような気がする。
 今回はいいとしても、結構怖いぞ。コレ。


 * * *


 そんなこんなでアクシデントを交えつつも、私は部室棟へとやってきていた。
 旧校舎なだけあって、現在の校舎と比べるとだいぶ年季が入っていて、昔通っていた小学校を思い出す。……と言ってもそこまでは酷くないんだけど。
 でも一応はまだ校舎なのにも関わらずひっそりとしていてどことなく怖い雰囲気がある。
 うう、やっぱり恵梨歌ちゃんに一緒に来て貰えば良かったかなぁ。けど彼女は彼女で見たい部活もあるだろうし、あまり強く誘えなかったのだ。
 一人で恐々と歩きながら部室を探し、やっと見つけたそこは、最上階の片隅だった。

 普通の教室ならクラス名がある所に、“演劇部”と書かれている。電気がついているから、人は居るようだ。

 コンコン

 ノックを2回。
 しばらくしてドアがガラリと開けられた。
 開けられた先に立っていたのは……
「あれ?確か君はこの間――」
「あ!寮の場所教えてくれた……」
 そう、学園を入った辺りで迷子になりかけていた私を助けてくれた人だったのだ!
「あ、あの時はありがとうございました。すぐに寮わかりましたよ!」
「それは良かった。荷物も大丈夫だったかな?」
「はい!」
 ニコニコと笑うその人に、釣られて私もにっこにこ。
 まさかあの時の人とこうしてまた会えるなんて思わなかったな~。――ん?てことは。
「もしかして演劇部の人ですか?」
 ここに居るって事はそういう事なんだろう。
「……え、えっと――そう、だけど。もしかして」
「はい、入部希望者です!」
 力強く言って頭を下げる。
 それを上げると、困ったような顔をしてその人は立っていた。
 そして言ったのだ。
「僕が言うのもなんだけど……別の部活に行った方が良いと思うよ」
 ――と。
 思わず目が点になる。
「ウチは今僕1人しか居なくて、ロクに活動も出来ないような状態なんだ。だからとてもじゃないけど、オススメ出来ないし――」
 肩を竦めて彼は続ける。
「――部員数が少なすぎるから、そろそろ廃部になっちゃうんだ」
「……えっ。……えええっ?!」

 まぁ、廊下で話すのもなんだし。という事で入れてもらった演劇部の部室。
 ……果たして部室と言っていいものなのか。これじゃあほとんど普通の教室と変わりが無い。
 殺風景な教室に、彼の荷物と、少量のダンボールだけが置かれていた。
「何も無いけど――あぁ、水筒のお茶で良ければ」
 頂きます、というとコポコポと紙コップに注いでくれた。おぉ、この味には覚えがある。食堂の給茶機のだ。男子寮の方も同じなんだなー。
 それを飲みながら彼の話を聞く。
 その話はかいつまんで言うとこんな感じだった。

 昔の演劇部はそりゃあもう豪勢な部だったそうだ。
 部員数も並外れて多く、指導にも力を入れて数々の大会に出て良い成績を修めていた。
 しかし黄金世代と呼ばれた学年が抜けてからは事態は一変。
 時を同じくして運動部に力を入れ始めた学園は徐々に予算を減らしていき、それによって指導力も低下。成績が奮わなくなっていった演劇部は次第に見放されて部員も減少。部員が減ったからには更に予算を削り――。
 それを延々繰り返して、とうとう今年には部員数が1人になってしまったらしい。
 じゃあ私が見たあの文化祭は、最後の栄華の時だったのだろうか。
 ちなみに言うと、これは演劇部だけに言える事では無く、文化部は大抵そうなんだそうだ。
 なるほど、文化部の覇気が無かったのはそういう理由か……。
 でもそれならより一層頑張って、部員を増やす努力をしたらいいんじゃないのか。とそう思ったけれど、それを言う前にその考えは否定されてしまった。

「去年――つまり僕らが入った年にはまだ他にも部員がいたんだけどね。
 1年生の時に少数でも和やかに、かつちょっぴりダラダラと部活をやってしまうと、部活ってこんなもんかー、もう堪能したし来年はいいかもね。と思ってしまう。現に強制的にやらなきゃいけないのは1年の時だけだしね、続けるとしても怠惰的におしゃべりタイムにするだけってのがほとんどで。新入生が入ったら嬉しいなー、でも別にいいかなーくらいの話になって……まぁ、結果はご覧の通りだよ」
 ハハハと力なく笑っているが、私はここで笑い返していいものかどうか。
「確か部活として存続する為には5人部員が居なくちゃいけないんだ。で、君に今ここで入って貰ったとしても合計2人。
 ……ね、廃部になっちゃうでしょう?」
「うっ……」
 で、でも!
「私――昨日まで部活の事深く考えてませんでしたけど、昔見た文化祭での演劇部の事思い出して、入ってみたいなぁって思ったんです!そりゃあもう素敵な劇……だったような気がします!いや、そうです!
 だから、そんな素敵なモノをつくれてた部活を無くすなんて勿体無いです。
 部員数が足りないからってなんだって言うんです!無いなら集めりゃいいんです!そう、根性でやればどうにかなりますよ!!!」
 漫画ならばゴゴゴゴゴという効果音でも背負いたいくらいだ。
 そんな勢いで私は言った。
 しかしその訴えも虚しく、
「うーん……どうかなぁ」
 その人はやはり困ったように笑う。
 そしてその日はそのまま、帰されてしまったのだった――。


 * * *
 

 寮への帰り道。
 私はトボトボと歩きながら考えていた。
「……廃部になっちゃってもいいなんて……悲しくないのかなぁ」
 とか。
「折角素敵な部だったのにな……なんでそんな悪循環に陥るかなぁ……」
 とか。
「ていうか学園の方針がクソじゃん。運動部ばっかり贔屓してさぁ。文化部は部じゃないってか!」
 とかとか。
 だんだん怒りが沸いてきて足音も大きくなる。
 だから――というワケでも無いが、背後から来る人物に気がつかなかった。

 ぽん

「ッッッ?!?!??!?!」
 突然叩かれた肩。
 瞬間悪寒が走った。まさかこの空間に自分以外の誰かが居るなんて思いもしなかったから――何か、その、得体の知れないものかと思ったのだ。
「っ、……。……って、アンタか」
 しかし振り返ってみればそれはただの人間。ただの櫻だった。
「な、なんだよ。そんなにビビるような事したか?俺」
「……いや、そうでもないんだけど――タイミングが悪い」
 さっきまで恐ろしい雰囲気の部室棟に居たのだ。てっきり何か悪いモンがくっついてきたかと思った。
 というような事を言うと「相変わらずの怖がりだな。だっせぇ」と返してきた。
 ので、

 ガッ

 弁慶の泣き所に一発くれてやった。
「ってえええ!!」
 崩れ落ちる櫻。フッ、また勝ってしまった……。
「おまっ、何すんだバカ!陸上選手の命の脚を!!なんだと思ってやがる!!」
 ガルルルルルと威嚇してくる櫻。
「あ、そか。櫻は陸上なんだっけ」
 そういえばコイツはスポーツ推薦だとかなんとか言ってたな。
 中学の時に同じく陸上部だったけど、確かにコイツはやたらと速く大会でも上位に行っていた記憶がある。
「そうだぜ……ったく、頼むぜ。攻撃はするなら上だけにしろ……」
「仕方ないなぁ。じゃあ土下座でもしたらそうしてあげる」
「誰がするか!」
 ほとんどいつものノリで会話のドッジボールをしながら歩みを再開させる。キャッチボールじゃないのは、かなりの確率で痛いボールがあるからだ。
「ところでお前は部活決めたのか?」
 ドッジボールの最中に櫻がそんな問いを投げかけてきた。
「ん……一応、ね。決めた事は決めたんだけど」
「また陸上にすんのか?」
 それには首を横に振る。
「え、何で?中学ん時3年陸上だったじゃねーか。てっきり俺は高校でもそうかと思ってたぜ」
「やー、もう走るのはいいかな、って。こう言っちゃ悪いんだけどさ、ちょっと飽きちゃった」
「飽き……ってお前な」
 ――あ、陸上部の、しかも推薦されて来てるような櫻にこの言葉はヤバかったか。
「いや、ね、私は櫻みたいに劇的に速いワケでも無かったしさ。飽きたっていうより、中学3年間で燃え尽きたって感じ」
 ちょっと言い訳みたいだけど、そう付け足して言う。
 けど櫻はそれも気に入らなかったようだ。
「……」
 無言でこちらを見てくる。
 ムッ、こいつ喧嘩でも売ってんのか?
「俺は……推薦じゃなくても、お前はまた陸上やると思ってた」
「はぁ?何を根拠に」
「だって芳くんもきっとそうだって言ってたし。……っ、ンだよ、その燃え尽きたってのはよ!」
「は、へ?」
 ちょ、なんでキレてんの?!
 え、ええと――

選択肢2

櫻 +1

「ま、まさかとは思うけどさ……もしかして、また私と一緒に部活したかった、とか?」
 や、櫻に限ってそんな事――ナイナイ。
 なんて思いながら、でもちょっぴり期待――何の期待かは自分でもよくわかんないけど――しながらそう訊いてみる。
 すると櫻はぷいっと顔を背けてこう返してきたのだ。
「わ、悪いかよ……」
 ……。
 …………マジでか。

「あのねぇ……なんでそんな風に思い込んだのか知らないけど、私からは一言も言ってないじゃない」
「そりゃ……そうだけど」
 どこかシュンとしたような櫻にちょっぴり罪悪感を覚える。これじゃまるでこちらが悪い事を言ってしまったようじゃないか。
「でも、仕方ねーだろ――ずっと一緒だったから、ここでもそうなのかと、思ったんだ」
 ……。
 …………盛大な思い込みアリガトウ。

選択肢2 終わり

 ◇

 私は大きく息を吐いた。ため息をついた、とも言っていい。
「期待してくれてたのにごめんね、――と最初に言っておくわ。でも残念だけど陸上はやらない。これは決定事項なの」
「……。じゃあ、さっき言ってた“決めた”ってのはどこの事なんだよ?」
 ちょっぴり不貞腐れたような櫻。
 いつもならばすぐには答えないけれど、今回ばかりは率直に答えてあげる事にする。
「演劇部」
「……はぁ?えんげきぶぅ?」
 あっ。
 今、ムッカー来ちゃいました。
 心底バカにしくさった顔で櫻は再び言う。
「演劇部ってお前……ねぇだろ、そんなの」
「そんなの言うなー!ちゃんとあるもん、あったもん!!」
「でも勧誘会には影も形も無かったじゃねーか。お前、誰かに騙されてんじゃねーの?」
 だ、だま……ってンなわけあるかいっ。
「ちゃんと部室棟に部室持ってるよ!優しそうな人が居て、色々お話したし!」
「……優しそうな人、ねぇ。大和撫子がお迎えしてくれた、ってか?」
「いや、男だけど」
 大和撫子ってのは女の人に使う言葉……だよね、確か。
「男ォ?」
「うん、男」
スチル表示  一瞬の沈黙。
「……いや、まぁ、それはいいとして。それ以外にはどんなのが居たんだよ」
 今度はこちらが沈黙する番だった。
 それ以外、って――――“それだけ”なんですけどっ。
 ぐ、ぐぅ……。
「その、人……だけ、だったけど。それが何か!!!!」
 最後は逆ギレ状態だ。
 だって次の櫻のリアクションが目に見えていたからだ。
 きっとこう来るに決まってる。「おまww1人しか居ないとかww部活じゃねぇしww」とかそんなんに決まってるんだ。
「お、おま……」
 ほら、来た。
「男1人ンとこに行ったのかよ!アホかお前!」
 ……あれ?なんか違うぞ。
「――ってそうじゃねぇだろ、俺」
 でもブンブンと首を横に振った後、
「1人しか居ないとか、それ部活じゃねーだろ」
 ……ね、やっぱり。
「そんな事無い!今はちょーーーっと部員が少ないけど、これから集めるし!」
 ぐっと握りこぶしを作って気合を入れる。
 そうだよ。
 あの人にはあんな風に追い返されたけど、やっぱり人を集めればどうにかなると思うんだ!
 ……それなのに、
「あー、無理無理。諦めろって。文化部なんてやめて、陸上部入ればいいじゃん」
 なんちゅー事をケラケラと言ってきやがるんですか、櫻サン。
 しかも、“文化部なんて”ですとな?
 その言葉にカッチーンと来た私はズザッと櫻から一歩飛び退いた。
「決めた!もー絶対演劇部に入るから!!そんでもって部を立て直して、ちゃんとしたトコにするもん!!」
「……は、はぁ?!」
「精一杯頑張ればなんとかなる!」
 そうだよ、芳くんの言った通り精一杯頑張るモノを見つけたよ!
「運動部なんかに負けてられっかーい!ファイトだ美波っ!ファイトだ演劇部ー!」
 グッと両方の手を握って両脇をしめる。
 そして右手を空に突き出した。

 呆気に取られる櫻を無視してサクサクと寮への道を行く。
 下駄箱・廊下と抜けて寮部屋に戻ると、恵梨歌ちゃんは既に帰ってきていた。
「恵梨歌ちゃん!私決めたよ!絶対に演劇部に入る!」
 さっきのテンションのまま叫ぶと、やっぱり恵梨歌ちゃんはどこか困ったような顔。
「そ、そう……うん、頑張って」
 その複雑な顔の理由を知るのはまた後日。
 今はただただ(勝手に)演劇部再建に燃える私なのであった!