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▼ 第1章 第2話 後編

 さて、数日が過ぎ、私達は部室でウンウン唸っていた。
「どうにも厳しいですねぇ……」
 ガックリと肩を落とす。
 部室には新たにカレンダーが仲間入りしていて、そこのある日にエクスクラメーションマークが輝いていた。
 実は顧問の先生が決まった日に生徒会に部の継続手続きみたいなモノをしたんだけど、その時に“期限”を設けられてしまったのだ。
 よーするに、○日までに定員集められなかったら部として許可出来ません、ってな話らしい。
 元々そういうのがあるって事はわかってたけど実際に確定事項として伝えられてしまうと人間なかなか焦るモノだ。
 毎日のように他の人に声をかけてみても反応はよろしくない。
 結局、その日から今までに城崎君一人しか入部してくれていないのだ。
「まぁ、……まだあと2日ある、し」
 奏和先輩がハハと力なく笑う。
 そう――もうその期限まで、2日しか残っていないのだ!
「奏和先輩!こうなりゃもうチートでもなんでもいいから入れなきゃいけませんよ!」
「チート?いや、そうは言ってもゲームじゃ無いし……」
「そうだ、やめていった人はどうなんです?連れ戻せないんですか?」
 先輩の話によると、1年の時に一緒に入ったのが数人居たらしいのだ。2年に上がった時にやめちゃったらしいけど。
「ん……それはちょっと難しいかなぁ」
 考え込む先輩。
「彼らも色々あるしねぇ……」
「でも2年生で部活やってる人はたくさん居るじゃないですか。そもそも何でやめたんです?」
「やめた理由は特に無いと思うんだけどね。前にも言ったけど、去年の僕らはおしゃべりが主な感じだったし。一応そういう部活っぽい空気を味わって満足しちゃったというか……」
 汗をかきつつ話してくれるが、私はそれに少しばかりの反感を覚えた。
「でも!だったら戻ってきてくれてもいいんじゃないですか?折角1年生の時に過ごした部活――無くなっちゃうの悲しいじゃないですか!」
「ん……だからと言って僕らが強要するのも変だろう?それに部活が無くなったからその分塾を入れた人も居るし」
 塾?……寮生活な人が塾っていうのはいまいちピンと来ないんだけど。
 というような事を言うと、その人はどうやら通学生徒だったらしい。……なるほど。
「生徒会に入った人も居るしね」
「? 生徒会に入ったら何かあるんですか?」
 その疑問には城崎君が答えてくれた。
「確か生徒会に入った時点で部活動は抜けなくてはいけなかったんじゃなかったかな?
 色々予算とかの話もあるからね――公平さに欠けてはいけないから、とかそういう理由だったと思う」
 ふむ……そういや部活の届けみたいなの生徒会に出したって言ってたもんね。
「……じゃあ、やっぱり1年生から探すしか無いですかねぇ……」
「そういう事になるね……」
 ふはーっと大きく息を吐いた。
 ううう、あと声かけられそうな人って誰が居るんだよー!!

 *

 そしてその悩みは解消されぬまま翌日を迎え――
「あー、もう放課後になっちゃったよー……」
 ――早、放課後になってしまっていた。
 HRが終わり挨拶をして各々目的地へ移動し始める。
 それのほとんどが運動部だという辺り、ちょっぴし殺意が湧いてくるのは気のせいですかね?完全に逆恨みですけども。
 隣の席でも櫻が部活の準備をしている。
「お前今日も勧誘に走んの?」
「そうですけど何かー」
 ジトーっとした目で見ると櫻は大きく肩を竦めて、
「早く幻想見るのやめて陸上部にくれば?まだまだ大丈夫だぜ?」
 そうのたまった。
 ……コイツは何故か私を陸上部に入れたいらしく、頻繁にこういう事を言ってくるようになった。ていうか幻想って言うな……。
 何度も同じようなやりとりをしていたのでそろそろ飽きてきた。
 なのでふいっと横を向いて無視をすると、その頭にポンと手を置かれた。
 それから、くしゃっと撫でられる。
「じゃ、な」
 颯爽と教室から出て行く姿を見送って、
「……」
 ちくしょういいなぁ、なんて思いつつため息をついた。

 でもまぁ、いつまでもこうして机と仲良しさんになっていても仕方ないのですっくと立ち上がる。
 他の演劇部メンバーはというと、……あ、居た居た。
 教卓辺りに居て二人で何やら話している。
「えーりかちゃん、何してんの?」
「美波ちゃん」
 行ってみると、二人はチョーク入れを開けて話をしていたようだ。
「チョークが切れそうだからね、何本必要かなって話してたの。城崎君、色つきのもいるんじゃないかな?」
「やはり必要か。……じゃあ白を5本、赤青黄を1本ずつ、という事で」
 そう言って城崎君は教室から出て行った。
「……チョークとかの補充も委員長達の仕事だっけ?」
「ん?いや、違うかもしれないけど、さっきのHRで黒板使った時に気づいたからね。気づいた人が補充した方がいいでしょう」
「流石だ恵梨歌ちゃん……!」
 私ならあと僅か残ってるのをどう使い果たすか、くらいしか考えないよ!
 その流石な恵梨歌ちゃん、今度は黒板消しをパタパタしに行こうとしたのでそれを押し留めた。
「私がやるよ!」
「え?いいの?」
「おうっ!」
 黒板消しを手に教室の窓に行ったけど、……ムム、これは風向きが怪しいかな。
 このままやったら教室にモロに吹き込みそうだったので、廊下に出てそっちの窓でパタパタやる事にした。
 両手に一つずつ持ってバシバシと叩き合わせる。白い煙が立ち上った。
「ふひー、キツいなーこりゃ」
 汚れが落ちるまで叩いていると、その向こうに黄色い何かが見えた。
 向こうと言っても近くは無い。校舎の脇の道を誰かが走っていったのだ。
「……あの金髪はもしや……」
 だいぶ遠いけど、多分“ナツキ”だろう。
 あんなに慌ててどうしたのやら。
「あ、美波ちゃん。ありがとう」
 綺麗になった黒板消しを戻しながら今見た光景を恵梨歌ちゃんに話してみた。
 すると彼女は「あぁ」と驚きもせずに頷く。
「きっと幼稚園に行くんだね」
「へっ?なんで?」
 純粋な疑問。
 え、だって――同級生、だったよね?
 そんな事を思ったのがわかったのか、恵梨歌ちゃんは顔の前でパタパタと手を振った。
「違う違う。別に通ってるわけじゃないよ。お迎えで行ってるんだって」
 恵梨歌ちゃんの話によると、この学園の付属では無い、近くの幼稚園に兄弟がいるそうだ。
 そしてそれのお迎えに行っている――と。 
「へー、良いお兄ちゃんなんだなー。ただのせっかち小僧かと思ってたけど、ちょっと見直した」
 思えば最初に会った時も次も、そして今も、走ってるトコしか見ていない。でもそれはお迎えとかで急いでたって事なんだろうか?
「しっかし寮生活の傍ら、送り迎えってのは大変そうだねぇ」
「うーん、寮には入ってないみたいだけどね」
「あ、通学組なのか」
 ぽむっと手を打った。
 そういえば前プリントぶちまけた時、エラくギリギリな時間だったもんなぁ。寮組なら、なかなかそうはならないハズだ。
 朝も送って行ってるんだろうか?なんて良いお兄ちゃんなんだ!
 一人っ子の自分から見ると兄弟ってのは一種の憧れだったりする。……うん、まぁ、櫻がそれっぽい感じではあったんだけど、アレは別として。
 そんな事を思いながら机に戻って鞄を手にし、
 今日も今日とて、声かけ作業~♪と鼻歌でも歌いながらちょっと虚しい気分に浸りそうになった時だった。
 ふと、思った。
「……これは、もしかして」
 HRが終わってすぐに飛ぶように出て行っているナツキ君は……部活にまだ入っていないんじゃないかな?!
「恵梨歌ちゃん!」
「どうしたの?」
 未だ教卓で何やら作業をしていた恵梨歌ちゃんのもとへパタタッと走り寄り、先ほどの幼稚園の事を訊いた。
「幼稚園の場所?うん、わかるけど」
「教えてくださいな!」
「えっとね。正門を出て右に行くでしょ。そしたら大きな交差点に当たるから、そこを左。それから――」
「あー、ちょっと待った!」
 サクサクッと説明を開始した恵梨歌ちゃんを制止した。
 自慢じゃないが……そんなにいっぺんに言われたら覚えられない自信があるッ!……マジで自慢になんないな。
 とりあえずどこで曲がるかってのくらいは覚えなきゃ、って事でちっちゃいメモとペンを取り出した。
 それを見た恵梨歌ちゃん、こんな事を言ってくれた。
「ちょっと汚くなるだろうけど、地図描こうか?」
「わお、いいの!?お願いします!」


 * * *


 “汚くなるだろうけど”、そんな風に言った地図はかなり綺麗なもので。
 まっさかこれで迷うヤツが居たらお目にかかってみたいわぁ!なんて言いつつ颯爽と学園を後にして。
 ……あー、まぁ、言いたいことはわかるよね。
「――迷った……」
 別に方向音痴では無いハズなんだけどなぁ。
 道は景色で覚える派だからか、この似通った(実際にはだいぶ違うんだろうけど)住宅街というのは苦手だ。
 うう、これがバレたら櫻にまたからかわれそうだな……なんて思いつつ。
「や、待て待て。とりあえずじっくり地図と今の場所を照らし合わせて――」
 キョロキョロと辺りを見渡す。
 恵梨歌ちゃん地図にはわかりやすいポイントがいくつか描き込まれているので、それをまずチェックだ。
 ……ふむふむ。
 …………なるほどなるほど。
「――――――わからん……」
 うわあああああと頭を抱えてその場にしゃがみこんでみたりする。
 そんな事したって状況が変わらないのはわかってるんだけど、人間ノリが大切だよ!

 しかし本当にどうしよう。
 学園に戻ろうも、その道もあやふや状態。ええい、お近くに交番か迷子センターはありませんか?!
 とわけのわからない事を思いながらもう一度周囲を見渡して。
 そしてさっきとは違う景色に出くわした。
 閑静な住宅街――それは変わらない。
 けれどその中に、一人の女の子が追加されていたのだ。

 幼いその子はさっきまでの私と同じようにキョロキョロと辺りを見渡しながら一歩一歩、歩みを進めていた。
 不安そうな顔で、泣き出しそうな顔で。
「あ、あの……どうかしたのかな?」
 思わず声をかけてしまっていた。
 ビクッと肩を震わせる少女。こちらを恐る恐る見つめている。
「やっ、えっと、別に怪しい人じゃないよー」
 なんて追加してみるが、そんな事を言う方が怪しいのではないか、と心の中の自分が言った。……うん、全くその通りだよ。
 コホンと一つ咳払い。
 それからちょっとだけ近寄って、
「あの、実は私、道に迷っちゃって――もしかしてあなたも?」
 しゃがんでから訊いてみた。
 すると女の子はコクリと頷いた。……やっぱそうかぁ。
「どこに行きたいの?私はね、かえで幼稚園ってトコなんだけど……」
「こなつもそこ!」
 声をあげた女の子。
「え」
「こなつもそこに行きたいの。道……わかる?」
「うっ……いや、さっき言ったけど私も迷って……」
 ハハハと乾いた笑いを出した。
 その言葉に女の子はションボリ。私だってションボリだ。女の子一人案内してあげれないようじゃ、方向音痴と罵られても仕方ない。
 二人して肩を落としていると、女の子が突然顔を上げた。
「あっ!そうだ、お姉ちゃんケータイは持ってないの?」
「え?持ってるけど……」
 胸ポケットから取り出す。今日び持ってない高校生は居ないぜ!てなくらいの必需品、携帯さんです。
「あのね、お兄ちゃんがよく使うんだけど、地図のヤツ!あれ見れないかなぁ?」
「地図のヤツ……あ、なるほど!ナビのとかかぁ!」
 パポポっと携帯を操作して地図のサイトに行く。
 ……む、有料か……。無料のトコは無いのかな……。
「あった?お姉ちゃん」
 心配そうに見てくる女の子。
 有料とか無料とか、そんな細かい事は気にしている場合じゃないぞ美波!
「うん、あったよ!ちょっと検索してみるから待ってね」
「うんっ!」
 さてさて……こういうのは使った事が無いからよくわかんないんだけど――まぁ、どうにかなるか。
 目的地設定――っと。県の名前と市の名前、そして“かえで幼稚園”と打ち込むとそれは出てきた。
「おぉ……便利な世の中だ……」
 パッと表示される画面。
 声つきの案内サイトなので、すぐに現在地と目的地までの所要時間を教えてくれた。
 ついでにルート案内も見たんだけど、どうやら正しい道から2本ほどズレていたらしい。
「お姉ちゃん、わかった?」
「うん、わかったよ!えっとね、……こっちだこっち」
 進行方向を指差した後、女の子に手を差し伸べる。
「じゃ、行こっか。えっと――」
「こなつです!小さい夏って書きます!」
「可愛い名前だね~。私は高科美波。よろしくね」
「よろしくです!」

 *

 それからしばらく二人旅。
 思った以上に距離があったので、歩いている最中に何故小夏ちゃんが迷ったのかを聞けた。
「あのね、クローバーがいーっぱいある所見つけたの!それで、夢中になって探してたら、少し先にまたいっぱいある所があってね」
「クローバー?もしかして四葉でも探してたのかな?」
「うん!見つけた!」
 ずいっと手を差し出し見せてくれる。
 おぉ、確かにこれは四葉のクローバーだ。
「いっぱい探してたら、いつのまにかわかんない道に出てた。……帰り道わかんなくて怖かった時に、お姉ちゃんが声かけてくれたんだ!」
「そっかぁ。私も道に迷って途方にくれてた時に小夏ちゃんを見つけたんだよ~。へへ、なんか似てるねぇ」
「似てるねぇ!」
 ニッコニッコニッコニッコ。
 あー、かわゆいのう。このくらいの年頃の子はその場にいるだけでなんかこう、癒されるよねぇ。
 それが更にこんな可愛い子だなんて……!
「でもさ小夏ちゃん。四葉のクローバーなんで欲しかったの?」
「ママにあげるの!」
「ママ……お母さん?」
「そう!ママこないだ怪我しちゃって、それが早く治りますようにー!って」
 ふおおおおお!なんて優しい子なんだ!!
「そっかぁ。お母さんすーっごく喜ぶだろうね、四葉のクローバー。小夏ちゃんは優しいな~」
「えへへ~」
 四葉をしっかと握り締めながら小夏ちゃんは笑う。
 ああ、もうホントに可愛いな!!!

 しかしその笑顔はそんなには長く続かなかった。
 ようやく着いた幼稚園の門をくぐったそのすぐ後に、すごい剣幕で怒ってる人がやってきたからだ。

「あ、幼稚園だ!美波ちゃん、ちゃんと着いたね!すごーい!」
 タタタタッと駆け出す小夏ちゃん。
 その向こうに、金髪を見た。
「小夏!!!!!!」
 ――ナツキ君だった。
「お前……どこ行ってたんだ!?」
「あ、お兄ちゃんだ~。えへへ、小夏ねぇ」
 にこやかに話そうとする小夏ちゃん。
 でもそれを遮ってナツキ君が叫ぶ。
「いきなり居なくなって、先生に迷惑かけて!」
 ガシッと小夏ちゃんの肩を掴んで、
「どれだけ――……心配したと思ってるッ!!!」
 そのまま抱きしめに移行した。
「あ……え、えと……ごめんなさい」
「一体何してたんだ?」
「四葉のクローバー探してたの」
 抱きしめを解いて、正面から向き合う形にしてからナツキ君は問いかけ、そしてそれに小夏ちゃんは答えた。
 ズイッとクローバーを差し出しながら。
「ママに……あげようと思って」
「そか……。母さん、喜ぶぞー。でも、な小夏」
 そしてもう一度、肩を両手で掴んで、
「……お前に万が一何かあったら、母さんもオレもすっごく悲しい。
 だから、一人でどっかに行ったりしないで、先生の言う事ちゃんと聞いて欲しい」
「うん……ごめんなさい」
 きゅっと唇を噛み締めて小夏ちゃんは頷いた。
 私もそんな状態になっている。……だって、なんか緊張したんだもん。
「ヨシ、いい子だ。それにしても随分大冒険だったんじゃないか?よく幼稚園まで帰ってこれたな?」
 くしゃくしゃっと頭を撫でながら言ったナツキ君に、小夏ちゃんは首を横に振る。
 それからサッとこちらを指差した。
「お姉ちゃんと一緒にナビ見ながら帰ったよ!」
 一瞬でこちらに注目が集まる。
「あ……お前、えっと……階段でぶつかった」
「ど、ども……」
 ぺこっと頭を下げて、小さく笑った。

 *

 その後、幼稚園の中に入れて貰い、更には保母さんにお茶まで頂いてしまった。
 こんな一般人が入ってくつろいでいいのか?と思ったんだけど、ナツキ君の知り合いって事でOKを貰ったのだ。
「そうか……アンタに会わなきゃ小夏は帰って来れなかったかもしれないな」
「い、いやぁ……でも私も小夏ちゃんのおかげで来れたようなモンだし」
 そうだ。小夏ちゃんがあそこで携帯ナビの存在を教えてくれなかったら、一人悶々と悩んでいた事だろう。
「じゃあ、どっちもラッキーだったんだな」
「ん、そうだねぇ」
 隅の方に設置された子供用の椅子にちょっこり腰掛けて私達は話していた。
 部屋には小夏ちゃんと、数人の子供が遊んでいる。
 はー、子供って可愛いなぁ。
 にへらっと笑ってみていると、ガラガラと扉が開いて男の子が一人入ってきた。
 瞬間、「あ、ヤベ」という声が横から聞こえる。
「小夏!!どこ行ってたの?!」
 男の子は叫んだ。
「あ、晴矢。えへへ、見てみてー四葉の――」
「バカ!一人で勝手に出て行っちゃダメだって言ったじゃないか!」
「う……で、でも……」
 あわわ、なんか泣きそうだよ?!止めないと!
 と私が思った時に、既に隣の人は立ち上がっていた。
スチル表示 「晴矢!もういいから、兄ちゃんがちゃんと言っといたから!な?」
「でも小夏絶対わかってないもん!」
「そんな事ないもん、ちゃんとわかったもん!晴矢のばかぁ!」
「あーあー……もう……落ち着け二人とも。な?泣くなってば、……晴矢もそうキツい事言ってやるな」
 叫びながら泣き出してしまった小夏ちゃんをポンポンとあやす。
「……でも。ボク達が心配した気持ち、きっと小夏はわかってない」
「ん……まぁ、それは後でよーっく言い聞かせるからさ!とりあえず……小夏、心配かけてごめんなさいって言いなさい」
「もう言ったもん!」
 そう、ナツキ君や保母さんにはさっき言っていた。……けど。
「晴矢には言ってないだろ。晴矢もすーっごく心配してたんだぞ?」
 その時居なかった“晴矢君”には言ってない事になるだろう。
 小夏ちゃんは渋りながらも、
「……ごめんなさい」
 そう言った。

 ふー、やれやれ……一騒動の後は疲れますなぁ。
 なんて、自分は何もやってないというのに、額の汗を拭う。
 ナツキ君は先ほどと同じ椅子にまた座っていた。小夏ちゃんを抱きかかえながら。
「……泣くとさぁ、すぐに眠っちゃうんだよな……」
「あー、わかるわかる。なんか眠くなるよねぇ」
 あれって不思議だよね。泣いた後にそのまま寝ちゃって、なんで泣いてたか忘れる――てな事が度々あったりする。
「ま、そのまま泣き続けられるよりよっぽどマシなんだけどな」
 ヨイショッと抱きなおしながらナツキ君は笑った。
「晴矢は?眠くないのか?」
「大丈夫だよ。眠くない」
 椅子は増えて、横に晴矢君も座っていた。
 さっきからちょこちょこ話しているのだが、この晴矢君――幼稚園児らしからぬ言動の持ち主だった。
「小夏の事、助けてくれてありがとうございます。お姉さんが居なかったら小夏がどうなってたかと思うと……。本当に感謝してもしたりないです」
 なんて。
 某蝶ネクタイの中身は大人な人だと言われたら信じてしまいそうなくらいちゃんと喋る。ま、アレの場合、大人には子供面なんだけどさ。
 そんな事はさておき。
「それにしてもナツキ君は良いお兄ちゃんなんだね~」
「そ、そうかぁ?いや、照れるぜ……」
 てへてへと笑うナツキ君。
 しかし「あれ?」と言って首を傾げた。
「オレさぁ、アンタに名前言ったっけか?言ってないよな?なんで知ってんだ……?」
 おぉ……なんだか今更な質問が来ましたな。
 幼稚園に入ってからもう結構話したっていうのにねぇ。
「教えて貰ってないけどさ。ホラ、携帯のメールアドレス。アレがnatsukiだったから、そうなのかなぁって」
「あ、そか。そういやそうだった」
 パカッと小夏ちゃんを抱えたまま器用に携帯を開ける。あくまでそーっと。
「えっと……アンタは――高科、美波?であってる?」
「うん、あってる。それにしても……」

選択肢1

那月 +2

「本当に良いお兄ちゃんだねぇ、ナツキ君は」
「へ、な、なんだよ……さっきも言ったろ、ソレ」
 赤面するナツキ君に、なんだかほわんとしてしまう。
「だってさぁ、携帯開けるのって片手が塞がってたりしたら難しいじゃない?だから今も出し難かったと思うんだけど――でも、小夏ちゃんを全く起こさずに、最小限の動作で出した。
 兄の鑑だよ!素晴らしい!」
「そ、そうか……?へへ、サンキュ」

那月 +1

「ん?それにしても……?」
 台詞を全部言うまでに気づかれてしまった。
「あ、うん。器用だなーって思って。ホラ、今小夏ちゃん抱きながら携帯出したじゃない?
 携帯開けるのって片手が塞がってたら難しいのに、すごいなぁって思って」
「あぁ……慣れてっからな」
 慣れでどうにか出来る様になるものなのかなぁ。
「なんかさ、さっきも言ったけどね」
「ん?」
「ナツキ君って本当に良いお兄ちゃんなんだな~って感じがする」
 いいなぁ、こんなお兄ちゃん。
「へへ、サンキュ。嬉しいぜ」

選択肢1 終わり

 ◇

 和やかな雰囲気。
 お茶も美味しいし、素敵な時間だな~と思っていました。が!
「っ!そうだった!」
「? どうした?」
 ここに来た目的を完全にロストしていたようだった。
 慌てて私は椅子から立ち上がり――でも座りなおし、ナツキ君の方に向き直った。
「あ、あのさ!ナツキ君はもう部活入ってるのかな?!」
「部活?いや、入ってねぇけど……しまった、そういやアレ強制なんだっけ」
 そうそう、そうですよ親方ァ!
 ――親方って誰ですかい、というツッコミは募集してませんのであしからず。
「私演劇部なんだけど、すーっごい部員募集中なの!良かったら入らないかな?!」
「演劇部……?いや、オレそういうの全くわかんねーんだけど」
「それは大丈夫!皆わかってないから!」
 果たしてこの台詞はこんな自信満々に言って良かったものなのか……後で小一時間ほど悩むとして。でも今は置いておく。
「弱小で……定員割れしそうなトコなんだけど、もしナツキ君が入ってくれたら存続出来るの!ね、どうかな!?」
「んー……部活かぁ。でも送り迎えがなぁ……」
「で、でも!いずれはどっかに入らなきゃいけないじゃない?!演劇部はそんなに拘束しないよ、多分!」
「そうかぁ?」
 怪訝な顔つきに変わるナツキ君。
 でもすぐにその表情をやめてニコッと笑った。
「誘ってくれてサンキュな。でもオレは――」
「ああああああ!!!!そ、その先は言っちゃだめええ!!!」
 思わず彼の言葉を遮ってしまった。だっ、だって、あの先って――明らかに断りな雰囲気だったでしょ!?
「お願い、一日考えてみて!明日訊きに行くから!」
 サッと立ち上がって移動する。
「お、おい……?」
「よろしく頼みます!演劇部存続のために是非ご一考を!」
 そしてガラララッと扉を開けて颯爽と部屋を後にした。
 途中保母さん達に挨拶をする事も忘れない。
 っくー、情けないぞ美波!でもなんか今ここで断りを聞くのは怖かったんだよお!!


 * * *


 帰りはすんなり帰ってこれました。
 行きは何であんなに迷ったんだろうなぁ……不思議なモンだ。
 うう、それにしてもなんちゅー退場の仕方をしてしまったんだろう。
 現在の気持ちを表すように、歩みがトボトボと遅くなる。
 アレが原因で断られたらどうしよう。先輩と恵梨歌ちゃんと城崎君をけしかけて、やってた事、全部パーになったらどうしよう?
 そんな事を考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「美波ちゃん?」
「へ?……あ、奏和先輩」
 振り向くとそこには奏和先輩が立っていて。
「どうしたんですか先輩。こんなトコで」
 こんなトコ、とは学園の正門辺りの事だ。
「勧誘で回ってたんだけどうまくいかなくてね……ちょっと遠回りで散歩してたんだ」
「あぁ……なるほど」
 確かにうまくいかなかったときは他の何かをして発散したいモノだ。
「美波ちゃんはどう?誰か入ってくれそうな人見つけた?」
「え、ええ。一応は……」
 でもあんな風に出てきたし、無理かもなぁ。
 なんて情けないんだ。
 私はそう思って沈む一方だったけど、奏和先輩の顔はどんどん明るくなっていく。
「本当?!わー、じゃあ明日までに入ってくれれば大丈夫だよ!すごいじゃない、美波ちゃん!」
「は、はぁ……」
 テンションの高い先輩に、同じテンションでは返せなかった。
 するとそれを不思議に思ったのか、首を傾げて覗き込んできた。
「……美波ちゃん、どうしたの?なんだかマイナスオーラが漂ってるじゃない。ちょっと前の僕みたいだよ?」
「それが、ですね」
 私は話した。
 勧誘したはいいものの、断られそうになって、それが怖くて半ば逃げるように出てきてしまった事を。
「すみません。それで印象悪くなったら元も子もないのに」
「うーん、まぁ、それもそうなんだけど。さ」
 先輩はふわりと笑った。
「こないだ僕に啖呵を切った美波ちゃんらしくないよ?まだ断りが明白になったワケじゃない。
 可能性があるなら――それにかけなきゃ」
「先輩……」

選択肢2

 でも……本当に“かけれる可能性”は残っているんだろうか?
 あの時のナツキ君の感じは、絶対にアウトだった。
「こーら、美波ちゃん聞いてる?」
「あ、はい。……でも、先輩。無理だったらどうしようって思っちゃって!」
 ゾクッと背筋に悪寒が走る。それは一瞬で最悪のパターンまでを考えたせいだ。
 ああ、もう思考がダメダメになってるよ!
 フルフルと首を横に振っていると、奏和先輩がクスと笑うのが聞こえた。
「大丈夫だよ美波ちゃん」
「え?」

奏和 +1

「そっ、そうですよね!」
 とは返すものの、どうしても嫌な感じは拭えなかった。
 だってもし断られたら――もう期限が迫ってる今、最悪のパターンが現実味を帯びてきてしまう。
 そんな風に暗い気持ちに囚われている私の肩をぽんと先輩が叩いた。
「大丈夫だよ美波ちゃん」
「せん、ぱい……?」

選択肢2 終わり

 ◇

「さっきも言ったけど、まだ可能性は十分残ってるし。――万一断られても、何回も誘えばいいじゃない。
 話聞いてたらその子はまだ具体的に部活決めてるワケもないから、十分余地は残ってるよ」
 それに、と続けながら先輩は笑う。
「“少しでもある可能性を投げ出したりしない”よね、美波ちゃんは」
「!」
 ――それは私が奏和先輩に言った言葉だった。……多分。
 “多分”というのは、完全には覚えていなかったからであって。
 でも、だから。奏和先輩がちゃんと覚えていてくれたのが嬉しい。
「ですよね……私ったら何を弱気になってたんだか。
 まだ返事も貰ってないのに、最悪のパターン考えてここでグズっても仕方ないですよね」
 言いながら深く頷く。
 ホントに――その通りだ。
「先輩!私頑張ります!こうなったらもうぜぇぇぇったいに入部させて見せます!そう、脅してでも!!」
 ぐっと拳を握り固めた。
 そして明後日の方向を見て声高らかに叫ぶ。

「絶対に5人目にしてみせるからッッ!!!」

「……あの、美波ちゃん? 無理強いはダメだからね……?」
 隣で先輩がそんな事を言っていたんだけれど、それは私の耳までは届かずに。
「よおおっし、待ってろよナツキ君ーーッッ!」
 ひたすらに燃えまくる私なのだった――……。