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▼ 第2章 第4話

 まずは手近な所から。
 という事で、現在一応とは言え顧問にもなってもらってる百瀬先生の所から聞き込みを開始した。

「……あの頃の演劇部の人で、ご近所さん?」
「そう!なんか居るらしいんですよ!どこに住んでる、とかどんな人、とか知りませんか?」
 朝のHR後のあまった時間で訊いてみた。
「んー、わかんないけど……なんで?」
 ぽけっと言う先生に昨日の部活会の事を説明した。というか“一応”顧問なんだから少しくらいは知ってて欲しかったけど……。
「なるほどなー。んで、指導者が必要なワケだ。昔の人なぁ……オレのちょっと先輩辺りか?」
「多分そのくらいだと思うんですよね。昔の、文化部が輝いてた頃っていうとその辺りがピークだったらしいですし」
 “輝いてた”っていう過去形を自分で言ってしまうとちょっと寂しい気もするんだけど。
 いや、これからまた輝けるように磨きなおせば大丈夫っ。
「オレは確かにその頃この学校に居たけど部活は違ったしなぁ。名前とかわかんないのか?」
「えーっと……幼稚園の親御さんによると、紅なんとかさんっていうらしいです」
「紅なんとかさん? なんだそりゃ」
 そう言われてもそれしか情報が無いのだから仕方ない。
 やはり情報が少なすぎたのか、先生は有用な情報をもたらしてはくれなさそうだった。
「悪いな!他の先生にも聞いといてやるから、わかったら教えるよ」
「よろしくお願いします!」
 HRの時間が終わり、授業の為に去っていくのを見送る。
 席に戻ると、城崎君と恵梨歌ちゃんが不安そうに待っていた。
 私はそれに首を振って示した。
「アレは知らないと思う。……肝心な所で役に立たないんだよなぁ……」
「ま、まぁ、そう言わずに。わたし達だって他の学年の人の部活全部知ってるってわけじゃないし。それが更に何年も前で、現在の住所――なんて言われたら知ってる方が怖い気もするし」
「そうかもしれないけど……」
 こういう時はご都合主義ってモンが働いて、実はその紅なんとかさんと百瀬先生は唯一無二の親友で今でも家を行き来してるとか、そういうのを期待してたんだけどなぁ。
「仕方ないな。じゃあ別の人にあたってみないと」
「だねぇ」
 20代の先生って他に誰が居たっけな……。
「川北先生は?」
 恵梨歌ちゃんが言った。
「川北先生……ってーと、A組担任? いや、ちょっと若くないかなぁ」
 川北先生っていうのはさっき言ったようにA組担任であり、入学式の時に点呼に来た先生でもある。若くてちっちゃくてほにゃほにゃな(?)感じの可愛い先生だ。でも結構きっちりしてて、そのギャップがまた可愛いと評判だったりする。
 百瀬先生は今年24くらいだったハズ。それより若そうな川北先生は更に知らないんじゃないだろうか。
「そっか……他に――誰か」
 ウーンと3人で首を捻る。
 するとひょっこり顔を出したのが一人。
「何か悩み事?」
「桐原黙れ」
「……おい、俺は普通に話しかけただけじゃ――」
「うるさい黙れ」
「おま……」
 桐原だったので何かを本格的にしゃべり出す前にシャットダウンさせる。
 球技大会の事で根に持ちすぎじゃ、と思われるかもしれないが、それだけじゃなくなったのだ。

 そう、きっかけは確かに球技大会だった。あの事が無ければそこまで話すことも無かっただろう――しかしあの後、俺のプライドがどうのこうので演劇部に入ろうとしたのを阻止したせいで、それ以外の事で約束を果たさせろと実に何度もしつこく言ってきたのだ。
 別にそんなのは必要ない、と城崎君が何度も言ったのにそれでも食い下がる。
 そこで私が校庭30週したら?と言ってみた所――
『ハァ?何で高科に言われなきゃなんないの?俺は、“城崎”に訊いてんの。部外者は黙っててくんないかな?』
 だと!!きっ、さまあああ!!じゃあ私の視界に入らんところでやれや!!
 しかもそれを見ていた城崎君が試しに校庭30週を言ってみたら、 「こいつの意見だし聞けないな」 とか言って遂行しようとしない。
 あくまで城崎の言う事を聞くよ!
 ってお前は忠犬かなんかか、気持ち悪い。
 それからも何度か城崎君が言ってるみたいだけど、あの勝負はこんなモノじゃ清算されない――とか、うう、ああ、何なのコイツ。
 席が近いもんだからその気持ち悪い言動についついツッコミが発動してしまい、最近では遠慮無くズバズバ言うまでになってしまったのだ。

「俺は城崎に話しかけてんだよ!高科こそ黙ってろ!」
「わ・た・しが!先に城崎君と話してたの、見てなかったの?その顔に二つついてんのは節穴?」
「二つついてる?鼻の穴の事か?そりゃ穴だろ穴!」
「最悪。鼻の穴と同じく目玉抉り出して空洞にしてやろうか」
 えとせとらえとせとら……。
 下手したら櫻との会話よりも口が悪くなってる気がしないでもない。
 ――いや、確実になってるか。
 櫻とは言い合いもするけど、長年の知り合いって事でやっぱりどこかで繋がってる安心感的なモノもあるし。
 ……コイツとは、一度殴りあいでもしたい所だ。
「もーいいや、城崎君恵梨歌ちゃん無視しよう」
「あぁ、もともと僕は居ないモノとして扱ってるし」
「わたしもだよ」
 ニコッと笑う二大鬼畜。……もしかしたら桐原は昔からこういうキャラだったんだろうか、二人ともスルー能力がエラく高い。
「酷いなぁ~。俺は悩み事があるのかと思って親切心から訊いたのに」
 そして桐原もスルーされた後に全然へこたれない。
 まぁ、このくらい図々しい性格してないと球技大会の時にあんな事言い出さないよなぁ。
「悩み事を桐原に言ったら解決するのか?」
「そりゃわかんないけど、もしかしたらするかもよ?」
 言ってみないとわからない、っていうのは確かに一理ある。
 という事で訊いてみた。――城崎君が。……私が言うとまた喧嘩になるからねぇ。
「20代の先生?てか演劇部の話かよ、ンなの探すのやめてさっさとテニス部に来たらいいじゃん。潰れてしまえば?演劇部」

 スッパアアアアンンッッ

「ってぇ!!!」
 光の速さで――勿論比喩表現だが――机の上の教科書を丸めて、ゴキブリを潰すかの如くその頭をはたく。
「許すまじ桐原!!その口縫い付けてやろーかああ!!!」
 演劇部を救うために3人頭を悩ませているというのに、二言目にはすぐに潰れろだのなんだの――私を陸上部に入れさせようとしてた櫻よりよっぽどタチが悪い!
 ぜはーっぜはーっと肩を息をする。い、イカンこのままでは本当に縫い付けてしまいたくなる……。
「城崎君」
「ん?」
「席替えがしたいです。もしくは桐原と別のクラスになりたいです」
「うわぁ、二つ目の願いの方が無茶じゃないの美波ちゃん……」
 恵梨歌ちゃんが苦笑してるけど、だって仕方ないじゃない!久々にここまでヤなヤツに会ったよ!
「俺は席替えしたくないなぁ。窓際の席だし、城崎とも近いトコ次になれるとも限らないし」
「うっわ気持ち悪い。日が経つにつれて気持ち悪さに磨きがかかってんじゃん、便器に流されればいいのに」
 ――その後、また無駄な応酬が続き、本当に時間を無駄にしてしまった。
「……貴重な時間を桐原なんかの為に費やしてしまった……死にたい……」
「そこまで凹むんなら最初から無視すればいいのに」
「いや、まだそこまでのレベルには達してなくて……」
 たははと力なく笑う。いや、ホント城崎君達のスルー力の高さには脱帽だよ。
 うーむ私もレベルアップしなくっちゃなぁ。

 *

 桐原とは金輪際話したくない。
 そう思ったんだけど、その桐原のおかげ?で事態はちょっぴし好転した。
 さっきの会話が結構声量デカめだったせいか、クラスメートがちょこちょこ情報をくれたのだ。
 曰く○○先生は30手前だったような気がする、だの。
 曰く○丁目付近にそれっぽい人が住んでる話を聞いた事がある、だの。
 そして一番有益な情報はこれだった。
「木ノ川先輩のお姉さん、確かその辺りにここの生徒だったと思うよ」
 そう言ったのは吹奏楽部の人だ。勝木 (かつき) さん、なので皆かっちゃんと呼んでいた。
「え、マジで?! 木ノ川先輩のお姉さん――って食堂のお姉さんの事だよね?」
「うん。そうそう。香様」
 かっちゃんが真剣に頷きながら、香“様”と言った。……思わず噴いた。
「か、かっちゃん……様付けしてんの……」
 ぷるぷる震えながら言うと、かっちゃんは頬をぽりぽりとかきながら笑った。
「一応部活の大先輩だし、ウチはパートの先輩でもあるからさぁ。勿論お遊びなノリなんだけど、結構ハマっちゃって」
「あれ?てことは香さん吹奏楽部だったの?」
 演劇部でない事は知ってたけど、吹奏楽でも無いような気がしていたからびっくりだ。
 なんでそう思ったかと言うと、――吹奏楽の外練を他人事のように話していたからで。騒音がどうのこうの。
 という事をかっちゃんに話すとそれは当然、と頷かれた。
「ウチのパート、パーカスだから。外練は吹く楽器だけだからねー。ウチ等は部屋ん中でトテトテドラム叩いたりティンパニ叩いたりしてんの」
「なるほど……」
 パーカスというのはパーカッション、つまりは打楽器パートの事を言うらしい。
 そりゃ確かに外練は他人事になるか。
「ま、そんなワケだから香様に訊いたら何かわかるんじゃないかな?」
「かっちゃんありがとー!!うん、訊いてみるよ!」
 ガシッと抱きついてお礼を言う。
 ようし、これで紅なんとかさんに一歩近づいた――気がする!



 * * *



 そしてやってきた放課後。
 私と恵梨歌ちゃんは二人で寮に戻っていた。
 実は昼休みにも一度来たんだけど、その時は居なかったんだよね。
 まぁ、香さんの仕事は朝晩の寮のご飯を作る事だから仕方ないっちゃー仕方ないんだけど。
 今日は放課後くらいにはもう入ってる、という話を聞いて再びやってきたのだった。

 食堂に向かい奥の方を覗くと――あ、居たいた。
「香さーん!」
 声をあげる。
 香さんはすぐに気づいて、こちらに来てくれた。
「あら演劇部二人組み。どうしたの?晩ご飯にはまだ随分早いわよ?」
「いやそりゃわかってますって。 ちょっと香さんに訊きたい事があるんです!」
 そう言うと首を傾げつつ、ちょっと待ってと言ってから奥へ引っ込んでしまった。
 ――そしてしばらく待った後、3つ分のカップを持って再び参上。
「折角だしお茶しましょ、お茶。お茶請けは無いけど許してね」
「わー!ありがとうございますー!」
 3つのカップと共に机に移動。
 カップだから中身はコーヒーか紅茶かカフェオレか……と思っていたら煎茶だった。
「ふふふ、外見に騙されてはいけないぞ美波ちゃん!」
「いや、別に騙されたワケじゃ……意外だっただけで……」
 煎茶好きだから嬉しいし!
 そんなワケで煎茶を啜りながら話を再開。
 恵梨歌ちゃんが神妙に切り出した。
「香さんはここの卒業生なんですよね。同年代で演劇部で、この近所に住んでる紅……?さんって人知らないですか?」
「うん?人探しなの?」
「はい! 演劇部の指導者になってくれそうな人を探してるんです!」
 香さんの言葉に半ば被せるように返す。
「指導者? 顧問じゃダメなの?」
 不思議そうに言う香さんに、顧問は名前だけだという事と部活会の事を話してみた。
「そっか……なるほどね。そりゃ確かに誰か教えてくれる人が欲しいよね。吹奏楽も人数は減ったけど、曲がりなりにも音楽教師が顧問やってるし――美術部も然り、ね。運動部も文化部も他の所は何かしら経験した人が一人は居るもんだわ。
 そういう面では今の演劇部は圧倒的に不利ねぇ……」
 全くその通りなのである。
 幼稚園の劇では園長先生や保母さんが指導してくれたけど、そう何度も押しかけて邪魔するワケにもいかない。
「そんなワケで、昔の演劇部に居たっていうその紅なんとかさんに指導者になって貰いたいなって思いまして!
 ご近所さんらしいので、住所がわかったら訪ねてお願いしてみようと思うんです」
「……そっかぁ」
 香さんはふむふむ、と頷いて、それからやおら立ち上がった。
 何事かと思って見ていると、ややあって紙と鉛筆を持って再び同じ席に着く。
「あ、あの香さん?」
「地図描いてあげるから、早速行ってきたらいいよ!」
「へっ? し、知ってるんですか?!」
 颯爽と描きはじめる香さんに問いかける。
「うん。同級生だったよ、紅葉 (くれは) 。今でもたまーに見かけて話したりするし」
 ま、まさかこんな簡単に情報が入るなんて!ご都合主義万歳!
「家も中に入った事は無いけど場所はわかるから。……っと、こんなモンかな?わかりそう?」
 描いた地図を見せて貰ったらお世辞にも綺麗とは言えない、ミミズの這い回った跡で。
「こ、これは……」
 ゴクリと生唾を飲み込んだ。確実に迷う、そう思ったからだ。
 でも恵梨歌ちゃんはと言うと。
「えっと……ここはアレで――うん、……わかります!」
「流石!なんて頼もしいんだ恵梨歌ちゃん!」
 地元民という事も大きいんだろうけど、そもそもこの地図で理解出来るのがすごいぜ!
「んっ、じゃあ頑張って行ってらっしゃい~」
 ひらひらと手を振ってくれる香さんに見送られながら食堂を、寮を後にする。

 外で待っていた男3人にさっきの話をすると、すぐに行こう!という事になった。
「木ノ川先輩のお姉さんには大感謝だね~。菓子折りでも持っていこうか?」
「うーん、そこまでは行かなくても――ホラ、見て途中であのお菓子屋さんがあるから、そこでちょっと買って……」
 やはり奏和先輩も恵梨歌ちゃんのお兄さんらしく、さっきの地図を解読していた。
 二人でふむふむ、とルートを確認している。
 もう一方の兄弟はと言うと……
「アレはミミズじゃねーの?」
「おっ、話が合いそうだね那月君!」
「いや、マジで。例えとかじゃなくて。……地図とか嘘だろ――アレが地図なら携帯とかで見てたナビのは何なんだよ……」
 意味がわからねぇと首を振る那月君。
 携帯の……って事は、小夏ちゃんが言ってた携帯で地図云々ってのは那月君だったのかぁ。
「城崎君はどう?わかった?」
「そうだね……なんとなく、なら。かなりの脳内補完が必要だけど」
 でもわかるだけスゴイと思う。
 完全に置いてけぼり状態の私と那月君、そしてわかってはいるもののいまいち自信の無い城崎君は、秋ヶ谷兄妹の案内のもと歩みを進めていた。

 *

 幼稚園に向かうのとは違う方向へと進んでから、並木道を抜ける。
スチル表示 「こんなトコあったんだ……」
「結構有名な所だよ~。紅葉の季節とかすごく綺麗だし!こう、ぶわ~っと落ちてきて、ね!」
 恵梨歌ちゃんが身振り手振りを加えて話してくれる。ここまで興奮して話すなんて、よっぽどすごいんだろうなぁ。
「ここは紅葉が見所だけど、もう少し離れた所には桜並木もあるんだよ」
「へぇ~。あ、桜は正門のトコも綺麗でしたよね!葉桜はちょっと頂けなかったですけど……」
 最初に来た時に思ったとおり、正門付近の桜達は葉桜の季節になると凶器に変わった。道端は例のヤツ等のフンで埋め尽くされ、ふと見上げると糸でぶらさがってるのも居たりして――あぁ、毛虫の話です。
「まぁ、ね。でもそれは仕方ないよね……」
 その綺麗な桜並木もやっぱり葉桜になるとなかなかに壮絶な光景になるらしい。仕方ないと言えばそれまでなんだけど、もうちょっとなんとかならないものか、とも思ってしまうワケで。

 そんなこんなで並木を抜けて住宅街に入った。
 歩きながら、那月君と携帯話で盛り上がってしまったり。さっきの携帯ナビの辺りから広がってったんだけど。
「ホントに携帯ってのは便利だよな~。電話も出来るしネットも出来るしカメラもついてるし、それに今度はゲーム機機能のついてるのが出るとかでさぁ」
「へぇ、そうなんだ~」
 あんまり詳しくない私は相槌を打つだけなんだけど。
「で、さ。まだ出てないんだけど、出たらそれに変えたい!って母さんに言ったら――」
「言ったら?」
「すっげぇ怒鳴られた……。アンタこないだ携帯壊したばっかでしょ!って」
 ショボンと落ち込む那月君。
 って、
「壊したの?何で?」
 携帯壊すってーと……一番多いのは水にボチャンかな?
 そう思ったんだけど、どうやら違うらしく。
「違う違う。ホラ、こう、な?自転車でぱぱーっとサイクリングするじゃん?んで、迷うじゃん?」
 いや、待て。まずそこの“迷うじゃん?”に繋がるのはマズイでしょ。
 サイクリングってのがどの程度の距離のものなのか知らないけど、事前に調べていかなきゃ!……事前に調べてもたまに迷う私が言えた事でもないけど。
「で、さ携帯開いてナビでちょろりんって検索して――そしたら結果が表示されて」
「うんうん」
「自転車走らせながら携帯見てたら、突然トラックがゴゴーッて」
 ?!
「ビビッた俺は慌ててブレーキをかけたワケ。そしたらブレーキ握るために両手使うだろ?携帯片手に持ってただろ?
 ――哀れ、携帯さんは道に転がり、そして……」
「ま、まさか……」
「トラックの下敷きになって、粉々になったのでした」
「うわー……」
 想像して思わず呻く。トラックに引かれりゃそりゃあ壊れるわ。
「でもそれって那月君が悪いでしょ。自転車乗りながら携帯とか、罰金取られるレベルじゃん」
 携帯持ってそれ見てたんなら完全なる前方不注意だし。
 ……ま、それでも事故が起きたら自動車側が悪いんだよねぇ……。
「いや、ま……そうなんだけどよ。トラックの人も驚いて止まって謝ってくれたんだけど、明らかに謝るのはオレの方で……」
「そりゃそうだよ。それはフォロー出来んよ……むしろ運転手さんが可哀想かも」
「だよなぁ~。オレも思った。だから平謝りして帰って、母さんにこっ酷く叱られた」
 うーむ。
「でも、ま、那月君に怪我が無かったなら良かったじゃん!データとかはどうしたの?」
「あぁ、それはSDカードが無事だったから問題なかったんだけどさ。――あ、そういえば」
 思い出すように顎に手を当てて那月君が呟く。
「美波が持ってんのと、色違いだったな確か。オレのは青系統の銀だったけど」
「えっ、そうなの?!」

選択肢1

那月 +1

 おお、同じ機種の人が居たとは!
「この携帯いいよね~。買った時にショップの人に薦めてもらったんだけど、かなり使いやすいし!お気に入り!」
「オレも気に入ってたんだけどなぁ……あー、壊すんじゃなかった」
 ハァと大きく息を吐く那月君。
「そしたら美波とお揃いだったのにな」
「!」

那月 +2

 おお、同じ機種の人が居たとは!
「うわ~、なんかこう、運命感じちゃうじゃないの!」
「う、運命って……」
「これ買った時にショップの人に薦めてもらった、当時の最新機種なんだけど今まで同じの持ってる人って見たこと無くて」
 まぁ、圧倒的に人口が少ない田舎だったからなのかもだけど。
「だから、さ」
「そ、そか……」
 ちょっぴし顔を赤くする那月君。あ、あれ照れてる?
 でもそれはわりとすぐに引いて、今度は参ったな、と笑った。
「あー、それ聞いたらますます壊すんじゃなかったって思うぜ……」
「え?」
「だったら美波とお揃いだったのに、って」
「!」

選択肢1 終わり

 ◇

 確かにそういう事になる、けど。
「そ、それはそれでちょっぴし恥ずかしい気も!!」
 お揃いってのはなんだか乙女思考バシバシで見てしまうとものすごいアレなアイテムであって!
 なんて事を思って照れていると、突然ズイッと携帯が目の前にやってきた。
 青銀の――同種携帯。
「僕とお揃いだね、高科さん」
「!!」
「あああああっ、しまった!!!そーいう事になんのか!!!」
 なんと城崎君も同じ携帯を使っていたらしい。そして那月君みたいに壊していないから機種はそのままで――。
 今までメール交換とか何度かしたのに、彼の使ってる携帯はよく見ていなかったように思う。まさか一緒だったとはなぁ。
「残念だなぁ、那月。壊さなきゃお揃いだったのに」
「ちくしょー!い、いや、でも逆に考えるんだ!壊れてなかったら美波とは色違いのお揃いだったかもしんねぇけど、お前とは同色同種だったワケで!……双子だからってンな事合わせなくていいハズだし、それを免れたと思えば!!!大丈夫、大丈夫大丈夫!!」
 最後の方暗示みたいになってるけど、大丈夫か。
「でも壊れるまではお揃いだったんだよね。一緒に選んだの?」
「いや……偶然同じ日に違うショップでそれぞれ買ったら、同じ色の同じ機種だったんだ」
 なんと!これが双子の神秘ってヤツか!?
「オレはなんであそこで白系統のを選ばなかったんだ!すっげぇ迷ったのに!オレのバカ!オレのバカ!」
「ハハ、いちいち思い込まなくても那月は十分バカだから大丈夫だ」
「うっせぇー!!」
 完全なるじゃれあい状態だ。
「こらー、そこの城崎兄弟!暴れて道に出たら危ないでしょ!」
 遠くから奏和先輩の叱責が飛ぶ。
「お、おぉ……っ」
「あ、すみません」
 那月君ならともかく、城崎君までショボンとしちゃって。
 なんか可愛いなぁ、なんて。

 *

 それから程なくして目的の場所に着いた。
 学園の周囲と同じく、豪華な家々が立ち並ぶ中の、一際大きい洋館だった。
 見上げて、なんとなく背筋を嫌なものが這う感じがした。
 昔――うっかり見てしまったホラー映画の舞台が、こんな感じの洋館だったのだ。
 それは日本じゃなくてアメリカの郊外が舞台だったんだけど……内容は覚えてないのに恐怖だけ残ってる。
 えっとインターホンは、っと……。
 門の脇に立った柱に表札と共にそれを発見する。
「紅……の次、って何?」
 文字が掠れて読めやしない。
「確か香さんが紅葉さんって言ってなかった?たぶんそれだよ」
 恵梨歌ちゃんがそう言った。……うん、確かに香さんはそんな風に言ってた気がする。
「さ、さて……誰が鳴らす?」
「えっ、誰が、とかあるんですか!?」
「ここは是非部長に」
「えええ、僕?!怖いよーっ」
 などなど。
 インターホンの前でちょっとした小競り合いが勃発する。
 数分ほど話し合ったけれどなかなか決まらない。
 うー、ここは私が行くか?!
 そう思った時だった。

 ピンポーン

 インターホンの音が鳴り響く。
 それを押したのは――

選択肢2

櫻 +1

 那月君だった。
 そしてすぐに指を外して奏和先輩の後ろに周り、
「奏和君バトンタッチ!」
「えっ、ええええ!!!」

櫻 +1

 奏和先輩だった。
 おぉ……流石は部長さん!やる時はやるんですね!
「先輩カッコイイです、男ですね!」
「い、いやぁインターホン鳴らしたくらいでそう言われてもちょっと虚しいっていうか……」
 空笑いをされたけど、まぁ、気にしない。
「ん、でも……ありがと」

選択肢2 終わり

 ◇

 コホンと咳払いをして先輩はインターホンに向き直った。
 ややあって、向こうで取った音がする。
『……はい』
「あ、あの!ぼっ、僕は風倉学園の秋ヶ谷奏和と言います!」
『……で?』
「くっ、紅葉さんはご在宅でしょうか!」
 傍から見て気の毒なくらい緊張してるなぁ、先輩。
 でも私があの立場ならきっと同じようにどもりまくってるに違いない。
『私だが。何か?』
 インターホン越しだからよくわからないけど、低い声で男の人かと思ったんだけど……一人称的に女の人もありえるのかな?
「え、えと、僕達は風倉学園の演劇部に所属していまして!紅葉さんにお願いしたい事があってお伺いさせて頂いたんですが」
『……』
 しばらくの沈黙の後、
『空いてるから、入れ』
「えっ。 あ、ありがとうございます!お邪魔させて頂きます!」
 ブツッと通信が切れる。
 私達は思わず顔を見合わせた。
「と、とりあえず――中に入らせて貰おうか?」
「そ……そうですね」
 今のこのご時勢にインターホンで対応しただけの人間にこんな無用心に入らせてもいいものなのか、と悩むところだけど……。
「じゃあ、行くよ?」
 入れと言われたんだし、と納得させて門を開く。

 足を踏み入れた先は、雑草の生い茂る庭だった。塀が高いので外からは見えなかったが、これは相当放置してる気がする。
 かろうじて残る煉瓦が敷かれた道を歩き、玄関までやってくる。
 コンコンと扉を叩いても返事が無いのでドアノブを握ると、
「あ、開いてるみたい」
「泥棒さん入り放題じゃないですか……!」
 とは言ったものの、ここまで無用心だとかえって警戒するのかな?とかも思ったり。
 とりあえずここも“入れ”という言葉を信じて足を踏み入れて――

「く、暗い……」
 中は真っ暗だった。
 電気どころか、外からの光も今開いている玄関からの明かりしか無い。
「これは雨戸も閉めっぱなしにしてるみたいだね」
 恵梨歌ちゃんが外から言った。
 こ、これはもしかして……!
「日光に弱い人種なんですかね、紅葉さんって?!きゅ、吸血鬼とか!!」
「美波頭沸いてのか。ンな事あるワケねーだろ。きっとコレは――アルビノなんだ!」
 自信満々に言った那月君の頭をスパコンと城崎君が叩いた。
「沸いてんのはお前だ。……大概、一度閉めた雨戸を開けるのが面倒くさくなったんだろう。よくある事だ」
 いやいや、ナイナイ。
 閉めっぱなしにしてたらここみたいに真っ暗じゃん!そんなの怖いじゃん!!
 広いらしい玄関に全員入ってとりあえず扉を閉める。
 そうすると本当に真っ暗になってしまった。
 見えないし、見えてても玄関から先に踏みいる事なんて出来ない。
 だからそこでしばらく待っていたんだけど、一向に紅葉さんは姿を見せない。
 これは新手の勧誘撃退方法かなんかなんですか!?あまりの恐怖に逃げ出すのを待つ、と!
 ど、どうしよう――すんごく怖くなってきた。
 じわりと手に汗が出始める。
 心なしか呼吸も乱れてきて……目頭も熱くなってきた。ヤバイ、泣きそう。
 そう思ってた時だった。

「おい」

 突然声がして、
 ぬぼーっと人影が現れた。
「う、あああああああ?!?!お、おばけえええ!!!」
 思わず近くに居た人にしがみついて、それから、
「わああああん、さ、さくらああッッ!!!」
「えっ?」
 とうとう涙腺が耐え切れなかったらしい、ボロッと涙が零れた。
「怖いよ、櫻……ッッ!!」
「ちょ、ちょっと待って……」
 ぎゅーっとしがみついて顔を押し付ける。もうヤだ、帰りたい!帰りたいッッ!!!
 するとポンポンと背中を叩かれた。
 そして、
「大丈夫だよ?美波ちゃん」
 ……あ、あれ。
 パッと電気が点く。
 顔を上げてみると、しがみついてた相手は恵梨歌ちゃんだった。
「あ、あ、……や、やだ私……っ!」
 完全にパニくって色々勘違いをして、あ、うわああ、な、何口走った?!
「そんなに驚かなくても……というか、さくらって――春日井君?」
「うっ、え、え、っとそれは!!」
 ヤバイ、完全なるアホだ私。
 羞恥で顔が一気に熱くなってくる。
 涙も恥ずかしさで引っ込んだ。
「~~~~っ。――ごめん、勘違い……して、その」
「ううん、それはいいんだけど。大丈夫?」
「う、うん。ごめん……」
 泣いた後+恥ずかしさで赤くなっただろう顔でにへへと笑う。
「そう?なら良かった」
 にっこり笑う恵梨歌ちゃんは安心をくれたのだった……。

「って、おい。無視して話を進めて完結までするんじゃない」
「ヒッ!」
 いつの間にいたのか、さっきのお化け――じゃない、見間違った人が立っていた。
 ……っていつの間にか、じゃないな。
 さっきのお化けと思った時から立っていたんだから。
「さっきの訪問者はお前等でいいのか?何の用だ」
 つっけんどんに言うその人は、深い色の髪をうねうねと伸ばして、服は上下黒!
 そのせいで肌は白く見え……、な、那月君の説が正しかったのかもしれんぞコレは……。
 そんな事を思いながらつい見ていると、首を傾げられる。
「何の用だ、と訊いてるんだが。用が無いなら帰れ。忙しいんだ」
 言われて、慌てて奏和先輩が前に出る。
「も、申し訳ありません!改めて、ご挨拶させてくださいっ」
「いや、それはいらんけど。秋ヶ谷、だったか?だから何の用だ、って訊いてんだ。次で簡潔に答えなかったら追い出す」
 なんと!
 それはマズイですよ、先輩!!
 皆も同じように思ったらしく、いっせいに顔面蒼白な状態で奏和先輩を見る。
 先輩もやっぱり同じような顔をして、
「不躾ですみません、僕達演劇部の指導者になってください!!!」
 ガバッと頭を下げた。
 慌てて私達も頭を下げる。
 ――って、ホントに簡潔に言ったな先輩……色々どう言おうか考えてたのに、それは一気に意味の無いものになった。
「指導者ぁ?演劇部ぅ?……一体どういう事だ。意味がわからん」
 簡潔に言ったらそりゃあそうなるよねぇ。
 頭を上げて、今度はきちんと説明をする。
 弱小部活になってしまった演劇部はコンクールに出てそれなりに実績を残さないと廃部になってしまうという事。
 自分達だけでも何とかやりたかったけれど、やはり指導してくれる人が居たら心強いという事。
 そういう状況だった時に紅葉さんの事を聞いた――などなど。
「……なるほどな。よくわかった」
 深く頷いて紅葉さんは言った。
 え、……嘘、これって!
「も、もしかして引き受けてくださるんですか!?」
「無理だな。帰れ」
「えっ!!!」
 忙しいつったろ、と追いやられそうになる。
「で、でも、それでもお願いします!!」
 ぐいっと服を掴んで食い下がるけど、ぺいっと外されてしまう。
 それでも尚頼み込むと、
「あー、くどいっ。帰れって言っ」

 ピロローン

「……っと、着信だ。ちょっとそこで待ってろ」
 そう言って紅葉さんは奥の部屋へと行ってしまった。
「せ、先輩どうしましょう……どうにかして説得――ってそれが通じる相手じゃ無さそうなんですけど!」
「うーん……」
 なんとなしにゴネればどうにかなると思ってた節はある。最悪だと自覚してるけども。
 でも紅葉さんはちょっとやそっとじゃ意見を変える人では無さそうだ。
 全員それぞれに説得方法を考えていると、奥の部屋から紅葉さんが出てきた。
「あの、くどいってわかってますけど、本当に僕達には指導者が必要なんです!どうかお願いします!」
「お願いします、演劇部の為に!」
「「お願いします!!」」
 またいっせいに頭を下げる。
 ……。
 ……。……。
 ――――――……ん?
 さっきと違ってすぐに反応が返ってこない。
 チラリと少しだけ頭を上げると、
「……」
 何かを考え込んでいるような顔のまま、紅葉さんは突っ立っていた。
「あ、あの……」
「あぁ……」
 あぁ……じゃなくて、ですね。
 何か反応をして欲しいっていうか。
 その思いが通じたのか、紅葉さんは小さく頷いた。
「わかった。引き受けよう」
「ほ、本当ですか!!!!!」
 ガバッと皆顔を上げた。
「ありがとうございます!ありがとうございます……!!!」
 奏和先輩は何回も頭を下げて、お礼を繰り返す。
 勿論私達もだ。
 この短時間に紅葉さんに何が起きたのかは知らないけど、でも引き受けるって言ったもん!
「本当にありがとうございます!!!」
 また頭を下げて、それから上げた顔は嬉しさを隠せない笑顔になった。



 * * *



 とりあえず今日は本当に忙しいから帰れ、と言われて私達は紅葉邸を後にした。
 お仕事中だったんだろうか――悪い事をしてしまった。
 後ろを振り返って洋館を見る。
 入る前は怖そうに見えたけど、今見るとそうでも無い。おかしな話だ。
「それにしてもどうしていきなり考えを変えたんでしょう?」
 城崎君が言った。
「うん、不思議だよね。僕はあの後何十回も断られることを想像していたよ……」
「オレも!何が何でも頼み倒してやる!って思ってたから――ちょっと拍子抜けだったよなぁ」
 ウンウンと横で恵梨歌ちゃんも首を振る。
「びっくりしたよね。でも――引き受けてくれるんだし、良かった」
 あまりにあっさり言うので口約束だけになるのでは?と思ったんだけど、明日また訪ねて来いって言われたし、携帯の番号も教えて貰ったからそういう事では無いんだろう。
「一安心だね~。あー、なんか安心したらお腹減ってきた」
「ふふ、わたしも。香さんへのお土産がてら、わたし達もお茶しませんか?」
「いいアイディアだね、恵梨歌!」
 そんなワケで途中で横を通り過ぎたケーキ屋さん (飲食が出来るスペースがついてるのだ) に向かうことになった。

「ね、美波ちゃん」
「んー?」
 何のケーキがあるんだろう、うへへ。
 なんて考えながら歩いていると恵梨歌ちゃんが隣に並んでこそっと小声で話しかけてきた。
「さっきの玄関での事、その後も衝撃だったから皆スルーしたけど……あれってどういう事なのかな?」
「え、な、何の事?」
「誤魔化し禁止」
 うっ……。
 ――玄関での事、とは……その、私の怖がりっぷりの事だろう。
「春日井君の事呼んでたみたいだけど……条件反射みたいなものなの?」
「うー……あ、あんまり深く触れないで欲しいんだけど……」
「まぁ、無理やりは聞き出したくないんだけど――ちょっと怖いくらいに混乱してたし。ルームメイトとして知っておきたいよ?」
 そう言われるとこちらとしてもどうにも弱い。
 ……でも、言えなかった。
 無言のまま首を横に振る。
「あの怖がり方――春日井君と何か関係があるの?」
「ううん、櫻は関係無い!けど……」
 口ごもると、困ったような顔をして恵梨歌ちゃんがため息をついた。
「――仕方ないな。じゃあ、それは置いといて別の事訊こうかな」
「ん、ん……何だろ?」
 答えられない罪悪感を感じていたので、今度は答えるよ!と両手をぎゅっと握った。
 すると恵梨歌ちゃん、ほわっと笑って。
「さっきの事、春日井君に話していい?」
 ……。……。
 っ?!?!?

選択肢3

櫻 +1

「こ、困る!!」
「なんで?」
 くっ、この顔は私がなんでこう返したかもわかってる顔だ……!
「だって……また怖がったんだって、バカにするもん!」
「春日井君はそんな事しないと思うなぁ」
「するよ!絶対する!」
「ふーん。そっかぁ……よし、じゃあ教えちゃおうかな」
 な、何故そうなる?!

櫻 +2

「べ、別に問題ない!……ですがっ」
 問題は大有りだけど、あえてそう答えてみる。
 すると恵梨歌ちゃんは優しく笑ったままで、
「その照れ顔と一緒にメールしようかな。ふふ、面白そう」
「えっ、恵梨歌ちゃん……!いや、恵梨歌様……!!!」
 いつの間に取り出したのやら、パシャッと写真を撮られる。
「良い写真撮れちゃった。じゃあこれと一緒に教えちゃおうかな」
 なっ、なんでそうなるんだよー!!!

選択肢3 終わり

 ◇

 昨今の女子高生の携帯捌きはものすごいモノがあると思う。
 私が止めようとしているのにそれをかいくぐって恵梨歌ちゃんはメールを送信してしまったのだ!
「恵梨歌ちゃんのばかぁ!」
「ごめんね、美波ちゃん。でもこれは伝えなきゃいけないかなって思って」
「ううう、なら最初に訊いたりしないでよおお。どっちにしろ送るんだし……っ」
「ふふ。でもその反応も一緒に送りたかったから」
 おっかしいなぁ、最初に会った時は普通の女の子だったハズなのに!
 今目の前に居るのは悪魔にしか見えませんよ?!
 うー、と恵梨歌ちゃんを見ているとふいにポケットが震えた。もとい、ポケットの中の携帯が震えた。
「……」
 パカッと開けるとメールの着信が1件。
 櫻からだった。
「春日井君?早いね~」
 恨みがましい視線を送ってから、メールを開く。
 件名も無いそれには、ただ
『アホか』
 とだけ書かれていた。
「うあああ、やっぱりいい!!!こうなると思ったよ!!!」
 ガクガクと恵梨歌ちゃんの肩を揺さぶると、それでも尚にっこりと笑って。
「大丈夫、予想通りだったよ」
 とか。
 もうっ、わっけわからーん!!!

 *

 その後完全に拗ねモードに入った私を宥めるべく、恵梨歌ちゃんは美味しいケーキを3つも奢ってくれた。
 ええい、こんなモノで機嫌直そうたって甘いよ!
 ――と思ったんだけど。
「うわ、な、なにこれめっちゃんこ美味しい!! こっちも! ん、こっちもー!!」
 お高いケーキを3つも楽しめる幸せ……っ。
「ふふ、美味しいでしょう?昔からわたしも大好きなんだ」
「うんうん、わかる!!えへへ、ありがとー恵梨歌ちゃん!!」
 ぎゅむっと隣の彼女に抱きつく。
 食べ物に釣られるにも程があるだろ、と誰かに言われそうな気もするが人間そういうのに弱いのは仕方ないと思います!!
「わたしのも食べる?」
「うん、食べる!!」
 きゃっきゃっとケーキを食べあう私達を見て、
「……春日井のと似た雰囲気を感じるな。アレは餌付けだ……」
「お、おぅ……オレも今それを思った所だぜ……」
「恵梨歌ってば……」
 なんて、男性陣が話していたのは知らないまま、私達は至福のおやつタイムを過ごしたのだった――。