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▼ 第2章 第6話

 それからコンクール本番までの間は幼稚園の時とは比にならないくらい忙しくなった。
 最終的にかなりの人数が協力してくれたんだけど、それでも時間は買ってでも欲しいくらいに足りなくて。
 ある児童書に“時間の葉巻”なるものが出てくるんだけど、それを切実に手に入れたい気分だ。……まぁ、つまりは切羽詰ってるって事デス。

「ごめん!もう行かなくっちゃ、向こうの練習もあるからさ」
「ううん、こっちこそごめん。練習頑張って!」
 かっちゃんや、他の吹奏楽部員を送り出して息を吐く。

 吹奏楽部はかなり無理をして協力をしてくれていた。よくは知らなかったんだけど、向こうも夏前にコンクールがあるらしいんだよね。
 それでも手伝う、と言ってくれた木ノ川部長に私達は心を打たれ、でも最初は断ったんだ。
「無理しないでください、先輩。手伝ってくれるのは本当に嬉しいんですけど、でもそれで吹奏楽部の練習が疎かになるのは……」
「うん……それもわかってるんだけどさ、同じ文化部の危機に何もしないではいられないんだよね」
 なんだかんだ言って、今まで部活が廃部になるというのは無かったらしいから、当然初めての危機だ。
 かつて文化部の中でも二大勢力だった演劇部と吹奏楽部、という意味でも何か思う所があったのかもしれない。
「時間決めて、それが終わったらあたし達は吹奏楽部に戻る。だから、手伝わせて」
「木ノ川先輩……」
 こちらとしては手伝ってくれるのは本当にありがたいので、ここまで言われたらもう断る理由は見つからない。
「それじゃあ――お願いします!」
「うん、了解っ。さ、皆。こっちの手伝いも、向こうの練習もこれからガッツリ頑張るわよ!」
「はい!!」

 コーラス部も夏明けには同じようにコンクールがあるらしい。
 だから同じように時間を決めて、それで協力をお願いしていた。
 本当に皆さんには感謝、感謝だ!
 もし逆の立場になる事があったら、とことんお手伝いするぞ……!
 あ、ちなみに桐原も時間を決めてたりする。テニス部の部長には丸一日の貸し出しを許可して貰ったらしいんだけど、思った以上に使えないんだよなぁアイツ。なので他の人の時間設定にかこつけて早々に退散して頂く事にしていた。
 ……ま、アレもアレで夏に大会があるらしいからいいんだけど。

 *

 さて、大道具やなんやかんやの方は皆の協力で進んでいたんだけど、私達演技組はと言うと、ちょっと詰まっていた。
「……ダメだな。奏和が一人で何役にもなってるのは不自然過ぎる」
 王女・騎士・魔法使い・魔物はそれぞれに1年生組に割り振られていた。
 そして奏和先輩はと言うと、道中――王女と騎士が旅をする部分があるのだ――で会う通行人の役をあてられたんだけど。
「ですよね……。さっき別れた小屋の住人が、今度はいきなり商人になって、かと思いきや強盗になるなんて……」
 通行人と言えど、それなりにパターンがあるらしい。
 台詞の無い人達は協力者の人達にやってもらう事になったんだけど、さすがに台詞のある役は部員から出したい。
 だから、奏和先輩に頑張って貰いたかったんだけど……。
「もう一人くらいどっかから引っ張ってこれないのか? 協力者じゃなくて、演劇部に入ってくれそうな」
「そうは言っても……」
 2年生はともかく、1年生なら皆それぞれに部活持ちだろう。
 ――早々に退部してない限り。
「あー、そうだったな。強制だったか、俺の時からそうだった……ったく、仕方ないな。
 でも万が一、部活に入ってないヤツが居たら連れて来いよ!断られても腕掴んで引きずって来い!いいな!」
「え、あ、は、はい!」
 ……と勢いよく答えてもいいものか、とは思いつつ返事をしておく。
 しっかし……誰かいるかなぁ。



 * * *



 そんな話をした翌日、私はある出会いをした。
 こないだ櫻と恵梨歌ちゃんとで話をした中庭に、朝なのに誰かが居るのに気づいたのだ。
 一体誰が?と気になって降りてみると、そこにジャージ姿の人が居て。
「……。……」
 携帯で何か話をしているようだ。
 遠目にその様子を観察していたのだが、ある事に気がついた。
 こっちには1年生の教室しか無くて、だから同級生だろうと推測したのだけど――その子の顔にどうにも見覚えが無い。部員勧誘で一通り回ったので、名前は知らなくとも顔は大体覚えていたのだ。
 もしかして転入生とか?……変な時期だけど。
「うん、わかった。……うん、じゃあね」
 話が終わったらしい。
 携帯を切って辺りを見渡した。――目が、合った。
 ふいに微笑まれたので、ドキッとしてしまった。
 そしてドキッとした、そのままに口を開いた。
「あ、あの! ……いきなりこんなの訊くの変かもしれないんだけど――部活、入ってる?」
 って、これじゃあ本当に変な人だぞ美波!
 そう思ったものの、私の変な台詞に動じることなく、その人は首を左右に振った。
「ううん、入ってないよ」
 低めのハスキーボイス。女の子……だろうか?
「ほっ、本当?!」
「うん。なんで?」
「あのね、良かったら――演劇部に入らないかな!今、すっごく部員募集中なの!」
 ぎゅっと手を握りつつ、トタタッと近づいた。
「演劇部……」
「私達近々あるコンクールに出るんだけどね」
「……うん、知ってる」
「そ、そっか!それで、どうしても役者が欲しいの!だから、……どうかな?」
 その子は少し考えた後、
「……いいよ」
 と、笑った。
「ホント……?」
 あまりに事が上手く運びすぎた感があったので再度問いかける。
 もしかしたら“いいやぁよ”の聞き間違いだったかもしれないからだ。……無理があるか。
 ともかく答えは変わらず、
「うん、本当」
 そう言ってくれて。
 私は思わず近くまで駆け寄ってその子の手を握ってしまった。
「あ、ああありがとう!!!!まさかこんなに早く見つけられるなんて!!!」
 ブンブンと上下にその手を振る。
「あっ、私、高科!高科美波!あなた名前は?」
 名前を覚えない私とて、この人のはすぐに覚えてみせるぞ……!
 そしてその子は口を開いた。
「かすみ」
「カスミちゃん? かすみかすみかすみかすみ……っと、ヨシ覚えた! えっと、じゃあ今日の放課後から早速来てくれるかなぁ?
 演劇部の部室ってわかる?」
「うん、わかるよ。何回も行った事がある」
 なんと!も、もしかして……見学に来てたとか?!ああ、でも最近空き教室の方にいる事のが多かったからなぁ、もしかして行き違いになってたのかも!
「じゃあ、放課後来てくれるかな!本当にいきなりで悪いんだけどっ」
 パシンと胸の前で手を合わせて頭を下げる。
 それと同時に5分前のチャイムが鳴った。
「構わないよ。放課後に演劇部の部室、だね?」
「! うんっ! 待ってる……!」
 コクコクと頷き返すと、またカスミちゃんは笑ってくれて。
 ふわああ……天使の笑みだよ、全く……!
 人物のバリエーション的にも女がいいなと紅葉さんが言っていたから、条件に合うし可愛いし、て言う事無いね!
「それじゃあね」
「うん、ホントにありがとー!!」
 ひらひらと手を振って別方向へと分かれる。
 私は1年生の方へ、彼女はそれとは反対方向へ。

 ……って、待てよ?
 向こうは――2年とか3年の方であって。
 振っていた手が固まった。も、もしかしてあの人上級生だったり?
 それなら部活もやってなくて、更に見覚えが無いのも頷ける。
 ウワアアアア、初対面の上級生にアホな声のかけ方してしまったのかもしれんのか!?
「……っ! っっ?!! ……」
 ……ま、いいや。部活に入ってくれるって言ってるんだし。
 もし上級生だったら放課後また会った時に謝り倒そう……。

 *

 ニヘニヘと笑ったり、かと言えばちょっぴり凹んだり――そんな状態を繰り返しながら教室に向かうと、着席早々櫻の手がおデコにやってきた。
「……? 熱無いよ?」
「いや、そうだろうけど――あまりに不審だったから、つい頭が沸いてんのかと」
 オイ。
 ジト目になって睨んでいると、それとは反対に櫻はニカッと笑った。
「またなんかあったのかよ? 朝っぱらからそんな調子でさ」
 この台詞を言いつつその笑顔って事は――実際の事話したらまたからかわれそうな気がする。
 おまっ、学年も確かめずにタメで話しかけんなよww とか。
「……な、なんでもない」
「その反応で“なんでもない”って事は“無い”けどな。話せないような事? そう、例えば――今更また部員の勧誘をしてた、とか」
「!」
「そんでもって初対面なのに図々しく話しかけて」
 ……ちょ。
「入ってくれそうで嬉しいけど、もしかしたら上級生かもしれないのにタメで会話しちゃって、凹んでたり?」
「櫻!!!何で知ってるの?!?」
 もっ、もしやコイツ……っ。
「ふっふっふー、何ででしょう? 俺、美波の事なら何でも知ってるからなぁ」
「え、えすぱぁか……ッッ!!!」
 ササッと対戦の構えを取る。
 ええい、悪の超能力者は倒さねば!!
 ってトコだったんだけど、
「――子供かい君は……」
 もう一方の隣に居た城崎君の呆れ声で、対戦カードは無に帰した。
「城崎君! 複数形じゃないのが非常に気になるんですけど!櫻もじゃん!」
 櫻との戦いをやめてぐるんっと振り返る。
「いや……さっきのは君だけがちょっとおかしかっただろう……」
 ハァと大きくため息をついて、首を振られる。
「大体、春日井が知ってたのは見てたからだし。それを何でまた“エスパー”になるのかな……」
「いやいや」
 パタパタと手を顔の前で左右に振った。
「そこはそれノリってヤツじゃんか~。
 って、櫻――見てたの?」
「ん? あぁ。 朝っぱらから中庭に人が居るな、と思って近づいてみたら丁度お前がナンパしてるトコでさ」
 ……そうか。つまりは櫻も不思議に思って見に来たクチなんだろう。
 しかし、まぁ。

選択肢1

「声もかけずに見てたワケか……ええい、この変態め!」
「何でいきなりそうなる?!」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで人を変態にするな!!」
 むー……でもある意味覗きなワケだし、やはりそうなのでは……。

櫻 +1

「覗いてたのはともかくとして、それ以前に“何でも知ってる”って……ちょっと気持ち悪いね」
「んな!? そこはそれ、ノリってモンなんだろ? 深く取るなよ!」
 まぁ、それもそうなんだけどさ。……櫻、だしなぁ。
「――ホントに全部知られてそうだから怖いっていうか」
「お前の中の俺は一体どんなのなんだよ」
「……うーん――特殊能力を持ったヒーロー崩れ?」
「オイ」
 この場合の特殊能力は陸上の才能って事で一つ。
「昔はよく助けてくれたのに年を経るにつれ口が悪くなっていって、お母さん悲しいよ……」
 オヨヨと泣きまねを入れると再びオイとジト目で言われた。
「で、そのヒーロー時代の特殊能力を私の全てを知るために使ってるという――文章にすると変態じゃん、櫻」
「だからッ!!そもそも定義が間違ってんだろ、なんだヒーロー崩れって!ヒーローじゃねぇのか!」
「え、じゃあ自分がヒーローだとでも?」
「……それは流石に無いけど」
 パタパタと手を振って言う。
「――まぁ、少しはその要素、残ってるとは思うけど……」
「え」
 こないだの紅葉邸でついつい助けを求めてしまう程には、私の中でまだお助けマンみたいだから。
「でも、まー、今は」
「……今は?」
「ただの変態だよね」
「んな!?」
 声かけないで覗き見てたワケだし、そうでしょーが。

選択肢1 終わり

 ◇

「ま、まぁ……覗き見てたのは否定しない。けど、それなら城崎だって同罪だぞ!」
 ズビシッと城崎君を指差す。
 そういや櫻の行動を知ってるって事は、つまりそういう事になるのか。……わざわざ櫻が自分の見た事城崎君に話すとも思えないし。
「見ていたのは確かだけれど、僕は覗きじゃないよ。強いて言うならば部員勧誘をしている君を見守っていただけで」
「み・ま・も・る!とか!!うさんくさいっ、寒い!」
 ぞわわわーっと鳥肌でも立ったのか、櫻がオーバーリアクションをしていたけれどそれは無視して。
「城崎君が言うとそんなに気持ち悪くないなぁ。不思議。
 って、それはともかく――早々部員勧誘してみたんだよ!さっき櫻が言ってたみたいに上級生かもしんないんだけどさ。
 美少女って感じの人で、笑うとすっごい可愛くって!!上手く行けば演劇部に入ってくれるかもしんないよ!」
 えへへへーっと、上級生にタメという点は棚に上げてニヤけてしまう。
「それは良かった。今から新しく人探すのは本当に大変だからね。放課後に来るのかな」
「うん、みたい。先輩にも連絡しとこ~っと」
 携帯を取り出してぽちぽちとやり始める。
 すると無視されてご立腹らしい櫻がふくれっつらのまま話しかけてきた。
「でも何でまた、勧誘なんだ? 幼稚園での劇では5人で回ってたし、今回は他のヤツに協力もしてもらってんだろ?」
「んー……話すと長いんだけど……」
「お前がそういう風に言う時って、大して長くないよな」
 ……それは暗にせっついてんのかな?
 仕方ないな、話してやるか。
「お手伝いは道具とか基本的に舞台裏の方ね。でも芝居の方にもどうしても一人は欲しくて、だから探してたの」
「ふーん……なるほどねぇ」
 ふむ、と顎に手を当てて櫻は言う。
「芝居ってどんなのやるのか決まってんのか?」
「うん。今度のは王女と騎士の恋愛モノ」
「へぇ。騎士は誰だ?秋ヶ谷先輩か?」
「ううん、城崎君」
 つい、と隣を示す。
「じゃあ王女は秋ヶ谷か……恋愛モノって事はラブシーンもあんのかぁ?」
 ニヤァっと完全にからかい目的で言ってるけど、君きみぃ間違ってるよ。
「ざんねーんでした。王女は私でしたー。ラブシーンもありまーす」
「……は?!?!」
 途端表情を変える櫻。
「お前が王女?! てか待て待て、ラブシーンって……ど、どういうのだよ。せっ、せいぜい横に並んだり手ェ繋いだり、くらいだよな?」
 それはどこの純情中学生だよ。
 まぁ、年齢関係なく現実世界だとそういうのも十二分にあるけど、お芝居なんだから。
「ぶちゅっとしちゃうアレだよねー、城崎君。ラブシーンといやぁ、それに尽きる!」
 実際にするワケでも無いんだけどさ。フリね、フリ。
「う、うん、そうだね」
 でも城崎君はちょっと赤くなってるし、恥ずかしいっちゃー恥ずかしいんだろうけど。
 台本を最初にさらった時には私も慌てふためいたし。今?今はなんかこー、悟ったっていうか。書いてあるからやる、それまでだ。
 そんな風に思ってたのに櫻は手をわなわなと震わせてとんでもない事を言い出した。
「そんな話を考えたのは誰だ……ッ、俺が直談判して変えさせてやる!!」
 は?
 一体何を言い出すうさぎさん――と言おうとしたら、
「全くその通りだよ、春日井!!」
 突然割り込んできたのが一人。
「うわ、桐原居たの、気持ち悪い」
「高科お前、“気持ち悪い”を“おはよう”みたいに使うな!」
「はい? なんでアンタにおはようって言わなきゃなんないの? 気持ち悪いっていうのはただ、それだけの意味なんですけど」
「尚悪い!」
 ……やっぱり席替えしたいなぁ。
 席がこんなに近いから必然的に会話するハメになっちゃうんだろうし。
「それより櫻、変な事言わないでよね。私達練習頑張ってるんだから」
「で、でも……」
 もー。
 どうしたものか、と思っていたら恵梨歌ちゃんがやってきて間に入った。
「ハイやめてねー。もうHR始まるからねー」
 いつもは大抵一緒に居るんだけど、今日は別行動だった恵梨歌ちゃん。
 あ、そだ。例の子の事恵梨歌ちゃんにも――と口を開こうとしたら、
「美波ちゃん、話は聞いたから。放課後楽しみだね」
 先にそんな事を言われてしまった。
 どこ行ってたんだろ?と首を捻っていたけれど、その言葉ですぐにわかった。
 奏和先輩のトコ行ってたんだ。今この状況で“話を聞く”ってのは、さっきメールで報告した先輩以外に無いと思うし。
「う、うん!」
 大きく首を振る。
 ……うーん、話が伝わってたのはいいんだけど、なんだかちょっぴし拍子抜けな気分だぞ……。

 *

 そして放課後、その子はやってきた。
 制服姿で。――ズボン姿で。
「ず、ずぼ……」
 ん。と最後まで言えずに口をパクパクとさせる。
 しかも、
「あれ、一剛 (いちたか) 君じゃない」
「恵梨歌」
 カスミちゃんはちょっぴし頬を染めて微笑んだ。
 い、いちたか……。
「生物学上は――オス、メス?」
「美波ちゃん、なんて訊き方してるの。それにどう見ても男の子じゃないの」
「うん……まぁ、そうだよね。流石に男子生徒の服を好き好んで着たりするような話じゃないよね……」
 うあああああ!!っと頭を抱えて蹲る。
 ちくしょうちくしょうー!なんだかすっごく悔しいぞー!よくわかんないけど!
「美波ちゃん……またいつもの発作?」
「……完全に持病みたいな扱いにしないでクダサイ……」
 うう、でもその通りだ。
 また勝手に勘違いして、勝手に凹んでただけ。
「あの、大丈夫ですか?」
 心配そうな顔をして覗き込んでくれるカスミちゃん。
「……」
「あの……?」
 男でも、可愛いからいっかぁ。

 ちなみにこのカスミちゃん、もう一つ驚くべき事があって。
「一剛?」
「姉さん」
 副会長さんの、弟でした。
 しかも、
「中学生いい?!? だっ、だっ、て私が勧誘したの、高校の中庭ですよ!?」
「あぁ、それは自分の所に届け物をしてくれていたんだ」
「へっ」
 副会長が気まずそうに言った。
「実家に置いてあるもので必要だったから一剛に持ってきてもらったんだ。勘違いさせたようで済まない」
 なるほど……なら2年生の教室の方へ向かったのも頷ける。
「はー……でも、中学生じゃあ演劇部に入っては貰えない、よなぁ……」
 ガックリと項垂れた。
 女の子だと思ったのに男の子で、更に中学生で。
「俺は必要無かった?」
「いっ、いや!そういう事じゃなくて!!!」
 悲しそうな顔をするカスミちゃんを慌ててフォローする。……んー、しかしなぁ。
 すると紅葉さんがやってきて、サラリと言った。
「部活には入れれないかもしれないが、コンクールには出れるから問題無いぞ。今回のは“高校”っていう括りじゃないからな」
「あっ、そうか」
 グループ名も、“劇団かぜくら”と言う名前だけはいっちょ前なのをつけたから、言ってみれば学校関係無いんだっけ。
「それにコイツなら中性的だから配役にも問題は無いだろう」
「?」
 カスミちゃんはキョトンとしていたけれど、私は思わずごくっと生唾を飲み込んでしまった。
 紅葉さん……女装でもさせる気ですか。
 まぁ、似合いそうだけど。
 と、とにかく!
「よしっ!じゃあ、カスミちゃん。これからよろしく!!」
 んっ、と手を差し出す。
 その手を握り返しながら、
「香澄一剛 (かすみいちたか) です。一剛でいいよ、美波さん」
 カスミちゃん――もとい、一剛君は優しそうに笑った。


 * * *


 そうして役者の問題も解決した私達はいよいよスパートをかけつつあった。
 衣装は今回紅葉さんが調達してきてくれていた。借りると高そうなんだけど、何かツテがあるんだそうで、タダなんだって。
 指定されたリハーサル日にもちゃんと行って、まだ完全ではないけど通し稽古もして。
 ……練習だったから観客席には人が居ないんだけど、本番の事考えると緊張したなぁ。
 そんな事を考えながら休み時間にちまちまと内職を進める。
 学生の場合の内職とは、授業時間に別の教科の勉強をする――っていうのが主らしいんだけど、これはマジもんの内職状態。
 紙を使って花を作っているのだ。
「高科ちゃん、高科ちゃん!」
 小声で呼ばれてその発信元を探す。……木場ちゃんか。
 ちなみに木場ちゃんは廊下側の一番後ろの席だ。
「どう?」
「こんな感じっ」
 作った花を見せる。
「ん、良さそう!もう少し要るから頑張ろうねっ」
「うんっ」
 この花、背景や小道具として使うもので結構な数が必要になるのだ。
 色も青と赤と黄色の3種類を用意しなきゃいけなくて。
 CGなら色調補正で一発なのになぁ、と思いつつ、違う色の紙でせっせと作っている最中。
 んー、間に合うといいけど。

 小道具と言えば、今回ちょっぴし戦闘シーンなんかも入っていたりする。ほんのちょっと、ね。
 その為に剣を作ったんだけど、小学校の時の工作みたいで楽しかったなぁ。
 戦うシーンは剣VS剣なので、ちょっと違うけども剣道部の人に指導をして貰ったり。
 剣道部のタカ――三鷹さんの事だ――は最初に道具作りの方も手伝うと言ってくれてたんだけど、あっちもあっちで忙しいみたいだったから泣く泣く断念していて。
 でも剣術を教えるというのは、自身の鍛錬にも繋がるという事で、その部分だけは協力してくれる事になったんだ。
 とは言え、西洋剣の見た目で剣道をするのはあまりにおかしいから、そこはそれ、志を学ぶ、みたいな状態だったんだけど。

 *

『っく、くそ……こんな事で、このオレが……ッ』
 ガクリと膝をつく那月君、もとい魔物。
 あ、ちなみに魔物っていうのは吸血鬼の事で。今はつけてないけど、本番では犬歯の伸びたのとメイクでそれっぽく見せることになっている。
『っはぁ、……っはぁっ……』
 対する城崎君は騎士。愛する王女を魔物の手から守ったんだけど、騎士も深手を負ってしまって……。
『死なないで!お願い、死なないで……!』
 泣き叫ぶ王女様。あ、私ね。
 そこに現れる恵梨歌ちゃん扮する魔法使い。
『彼を救いたいですか』
『当たり前じゃない……!』
『では……』
 と、王女に助ける手立てを教える魔法使い。
 そして王女は騎士に口付けを落とした――。

 ――最後の辺りは大体こんな感じ。
 いや、本当はもっと王女の葛藤とかあるんだけど、ここは大人の事情ってヤツではしょってる。まぁ、気にしない事デス。
 全体のストーリーも大まかに言ってしまうと、紅葉さんが言ってたように、
 魔物にされてしまった王女が人間に戻るまでの話。で。
 更に言えば、その王女と、王女をずっと守ってきた騎士の話でもあった。
「うーん、世知辛い世の中だよねぇ」
 王女として生まれて順風満帆な人生を送ろうとしていたのに、突如魔物に襲われて自身もそうなってしまう……。
「王女可哀想だよ~」
「いや……それよりも僕は騎士の方が辛いと思う」
 騎士はと言うと、その襲われた時に瀕死の状態になって、それでも王女を守りたかったから悪魔と契約を交してしまったらしい。
 そして姿かたちが変わって、王女には自分だと気づかれぬまま、見守っている……。
 この辺は特殊メイクとか出来ないし、悪魔の時は仮面を被る事になっていた。
「ちょっと、待て!それよりも更に辛いのは“オレ”だと思う!」
 那月君が言った。
 オレって……魔物じゃなくて、那月君本人の事を指すんだろうか。
「かたや冬輝は悪魔になっても最後には王女と結ばれる役、かたやオレはただ滅ぼされるだけの役!理不尽だ!魔物だって人間なんだぞ……!!」
 いや、魔物は魔物でしょ……と思いつつ。
「でも魔物の運命はそうなるべくしてなったって感じじゃん。襲ってるんだしさ」
「う……そりゃそうだけど。でも食事じゃん!吸血鬼なんだったら人襲って血ぃ吸わないと!」
「んー、それもそうだけど」
 本能として仕方ないっちゃー仕方ないもんねぇ。
「あー、冬輝はズルい!オレも騎士がいい!」
「駄々をこねるなよ那月……」
 はいはいヨシヨシと頭を撫でようとする城崎君。完全に子ども扱いっすなぁ。
「やめろってば! 美波もなんとか言えよー!」
「なんとか、って……」

選択肢2

那月 +1

 うーんと考えた後、
「じゃあ一回やってみる?」
「えっ! お、オレが……騎士を、か?」
「うん、まぁ」
 驚く那月君にこっちが驚きだよ。だって、やりたいって言ってんじゃん。
「……じゃ、じゃあ、最後のトコやりたい」
「へ?」
 最後ってーと……まさかのラブシーンチョイスですかっ。

冬輝 +1

 うーんと考えた後、
「そうは言っても紅葉さんが決めた事だし」
「だけどさぁ……」
 尚も食い下がる那月君の頭を今度こそ撫でて城崎君が言う。
「そうだぞ那月。僕と高科さんのラブシーンが羨ましいのはわかるけど、いい加減聞き分けろよ?」
 ちょっ?!
「じょっ、城崎君!!」
「ん?どうかした?」
「どうかしたも何も……な、何なんですかソレは……」
 ら、らぶしーんがどうのこうの、とかっ。
「あぁ、そうだと思ったから言ったんだけど。な?那月」
「うう、冬輝なんて嫌いだー!!!」
 那月君、図星なのかよ!

選択肢2 終わり

 ◇

「はいはい、そこまで。ちゃんとしようね」
 3人で話していると奏和先輩がやってきた。
「役の事はもう納得しないとダメだよ、那月君。もう本番までそんなに無いんだから」
「でも……」
「そんなに気になるんだったら、全部終わった後でまた役変えてやったらいいじゃない。ね?」
 にっこり笑って言うけど、それってちょっと無責任ですよ先輩……。
「さ、練習練習!もっかいやるよ!」
「うーい」
「はい」
「はいっ!」



 * * *



 そして――とうとうやってきました。
 やってきてしまいました、本番当日っ!!

 リハーサルで訪れたホールは前と違ってコンクール用に飾り立てられていた。
 それを見て否応無くに緊張してくる。
「えっと、僕等の控え室は……こっちだね」
 案内を見て先輩が先導する。
 とは言っても、そこまで数の無い控え室。順番に使っていく事になっている。
 私達の出番は午前の最後。
 だからそれまでは他の団体の芝居を見る事になっている。ただし荷物番は除く、だ。
 大切な道具を放置で見に行くなんて事は出来ないしね。
 ちなみに荷物番は私を含め、演劇部員全員だった。
 情けない話だけど――他の団体の演技を見たら、変に影響されてしまいそうで怖かったんだよね。
 紅葉さんはなるべく見たほうが良いって言ってたけど、今回ばかりは仕方ないと許してくれた。

 そんなワケで、他のホールに入る人達を見送りに受け付けの方まで良くと、さっきよりも人が増えていた。
 ホールもチラッと覗いたけれど、……壮観!
 私達のような出場者以外にもかなりの数が観に来ているようだ。
「美波っ」
「あれ、櫻!」
 櫻もまた、観に来てくれていた。今回は最初来るつもりなかったらしいんだけど、どういう風の吹き回しなんだか。
「高科ちゃん~」
「タカー!それに皆も!」
 今回協力してくれた人達も来てくれていた。
 本当は全員関係者として入って欲しかったんだけど、あまりに人数が膨らむのも困りもので。
 結局音響・照明や台詞なし役になった人、それにプラス数人以外はこうして一般で入ってもらったのだ。
「で。出番はいつなんだ?」
「午前の最後。緊張するよ~」
 ぎゅっと手を握って、
「でも頑張るからね!櫻は他の団体のお芝居楽しんできて!」
「は?美波は行かないのか?」
「私は……その、今見ると影響されちゃいそうで。荷物番で向こうにいるんだ」
 アハハと力なく笑って、
「じゃあね」
 と言った時だった。
 パシッと腕を取られる。
「俺もそっちに行く」
「え、でも。見ないの?」
「別にいいだろ?俺は美波だけを見に来たんだし。 一緒に荷物番するから」
「ん……」
 そうきっぱり言われてしまうと断りにくい。
 ホールへと入っていく皆を見送った後、私は櫻と一緒に控え室の方へと戻ったのだった……。

 *

 それから少し芝居の話をして、櫻が衣装を見てみたいと言うのでそれを引っ張り出そうとした時。
 私達は愚かな――実に愚かなミスに気づいた。
「あ、あれ……先輩、私の衣装……一着無いんですけど……」
 探しても探しても、赤色の方のドレスが見つからない。
スチル表示 「え、ほ、ホント!?」
 王女は人間と魔物の時でドレスの色を変えるという設定なのだ。
「ちゃっ、ちゃんと入れたの確かめたと思ったのに!!」
「それが……騎士の赤いマントはあるんですけど」
 血の気が引いていく。コレと間違えたに違いない。
 実際、練習をしている時も間違えそうだね~なんて笑いあった事があるのだ。
「取りに帰らないと……いけませんね」
 代用出来そうなモノが無い以上、そうなるだろう。
「わっ、私、行ってきます!」
「美波ちゃん!」
「だって、私の衣装――私が気をつけてたら忘れなかったのに!」
 バッと立ち上がってその場から駆け出した。

 受付の上にある時計を見ると時間はそう残されていない。
 ここから走って行って、帰って――来れる?!
 でも行かなきゃ!
 玄関を出て走り出そうとしたその時、ふいに横にある自転車置き場が目に入った。前にあの人が好きって言ってた色の自転車がズラーっと並んでいて。
 こんな同じ色の同種自転車が並んでいるなんて。
 ! ……レンタサイクル、か!
 そうか、これなら間に合うかもしれない!
 慌てて受付に引き返すと、向こうから走ってくる影があった。
「一緒に行く!」
 そう言って駆けて来たのは――


那月君
城崎君
奏和先輩

一剛君

 ゲーム内では事前にミニゲームがあり、キャラの好きな色を訊き出すことが出来ました。
 また、そのアイテム名と累計ハート数により、上記の選択肢にて選択出来るキャラが変化しました。
 「一剛」はノーマルパートになります。




 さぁ、早く行かなくっちゃ……!!