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▼ 第2章 第7話 共通

Bパート  ――間に合った、と言えど既に控え室を使っていい時間は随分少なくなっていた。
 慌てて入って着替えを始める。
 最初は魔物になってしまった王女の独白なので、衣装は赤のドレスだ。そう、今取ってきたコレね。
 早着替えが要求されるので何回も着替え練習をしたなーと思いつつ、その成果を出して即行で着替え終わる。ヨシ、これなら舞台上でも大丈夫でしょ!
 ニヘヘと口元を緩ませながら更衣室から出ると、
「……す、すいません」
 紅葉さんが仁王立ちしていた。
 それはもう、何も言われなくてもつい謝りたくなる程に怒気をはらませて。
「美波、お前どこに行ってたんだ」
「そ、それは……」
 そういえばほとんど飛び出してきたようなモンだから、紅葉さんや先生達には何も言ってなかったんだよね……。
 視線を泳がせてごにょごにょ言っていると、すぅっと息を吸う音が聞こえた。
 っ、こ、これはど……怒鳴られる?!
 そう思って思わず目を瞑ったけど――それは無く。
 その代わり、妙に落ち着いた声が聞こえてきた。
「衣装を取りに帰ったそうだな」
 パッと顔を上げると、怒っていると思っていた顔は悲しそうにしていて。
「……忘れていたのはアホだ。でも、間際で無理に取りに帰るのはもっとアホだ。何でお前が行った?お前は役者だろう。こんなギリギリに出て行くなんてどうしようもない馬鹿だ」
「……」
 本当にその通りで何も言えなかった。
「無事に帰ってきたからいいものの、途中で事故にでもあっていたらどうするんだ?役者は体が大事なんだ、例え怪我が無くても、息が切れていつもより悪い演技をしてしまうかもしれないだろう。そういう事は考えなかったのか」
「でも……私の、衣装だったし……」
 紅葉さんの言う事も確かだけど、でも、ここは私が行かなきゃいけなかったんだと、そう思った。
「なら!俺に一言声かければ良かっただろう。俺が車を出せば問題無かったはずだ」
「あ」
 そういえば今日紅葉さんは車で来てたんだっけ。ていうか色々運ぶのにそれ使ったな……。
「完全に忘れてました」
「あぁ、そうだろうな。……ったく、学校とここの往復、どんだけ早く走ったんだお前は――足早すぎだろう」
 やれやれと首を振り、苦笑しながら紅葉さんは言った。
 ……ん?
「や、自転車使いましたけど。ホラ、ここレンタサイクルやってるんですよ」
「レンタサイクル? ンなもんがあったのか。じゃあ、漕ぐのが早いのか」
「……や、私漕いでないですけど」
「――なに? って、事はお前もしかして……」
 フルフルと手を振って否定していたのだが、し、しまったこれは余計な事言ったかもしれん!
「二人乗りしてたのか!? お前、今二人乗りは禁止されてる事を知らんのか!!!」
「す、すみませんすみません、いや知ってるんですけど、その時はすっぽり忘れてまして!!!」
 本当だからしょうがない……よね?
 ――いや、わかってますわかってます。二人乗りダメなんですよね、良い子の皆はマネしちゃダメなんだぞ!
「……ったく、ただでさえ危険だっつーのに……本当に怪我が無くて良かった。で? もう一人の愚か者は誰だ?」
 ぎくっ。
 ここで名前を出すと――何だか密告のようじゃないか。
 い、言うべきか……言わざるべきか?!
 究極の選択を迫られた時、ふいに声をかけられた。
「あら高科さん、衣装着たのね。 うん、可愛い!」
「川北先生!」
 きゃーっと嬉しそうに駆け寄ってくる。
「先生も昔こういうドレス着てお姫様役やった事あるのよ~。懐かしいわぁ」
「へぇ!見たかったな~。可愛いお姫様だったんでしょうね!」
「うーん、どうかなぁ。可愛いかどうかはわからないけど、その頃なら若さは十分だものね。今じゃあ絶対無理だわ」
 なんて笑う川北先生。
 いや、今でも十二分に大丈夫ですよ!
 と力説しようとしたら――
「翠先輩なら今でも十分いけます、大丈夫です!!」
 ――紅葉さんに先を越されました。
「葉月君……」
「先輩すごく可愛かったです、それは今も変わってないから、絶対!!」
 ちょwwww どういう展開なんですか、コレはwwww
 思わず顔がニヤけた。
 えっ、マジな話。これって――つまり、その――くっれはさぁああん!!ヤバイめちゃウケるww
 ……ってウケてる場合じゃないけども。
「うふふ、ありがとう葉月君。当時を知ってる葉月君にそう言って貰えると嬉しいな~」
 川北先生、素晴らしくスルーなんですね。……ちっ、つまらん。
 あ、紅葉さんもスルーされてちょっとションボリしてる。これは面白い。
 っと、今の内に――
「じゃっ、じゃあ、私他の準備もしなきゃ、なんで!」
 サッと手をあげてその場から立ち去る。
 衣装着た後にやんなきゃいけない事たくさんあるしね。
 ……しかし、意外な事を知ってしまったなぁ。
 着替えてた所は控え室の奥のちっちゃい更衣室だったので、さっきの会話はきっと他には聞こえてないだろう。
 ふふふ、他の人が知らなそうな事を知ってる優越感!ついつい顔がニヤけてくるぜいっ。
「美波ちゃん、美波ちゃん」
 更衣室に向かおうとしていた恵梨歌ちゃんに声をかけられる。
「ん? どうかした?」
「顔、顔!」
 ついついっと人差し指を鏡の方に向けられる。……あ、盛大なニヤけ顔が鏡に映ってら。
 慌てて真顔に戻してみる。
「もう、何があったのか知らないけど、芝居中に思い出し笑いなんてしないでよね?」
「う、うん……それは大丈夫!」
 だと思う……。
 いやいや、思うじゃなくて、絶対にしないようにしなきゃなんだけど。
 うーっし、気合を入れろ、美波!

 *

 そんなこんなで準備も整い、早出番が回ってきた。
 暗いシーンから始まるため、舞台に最低限の照明がついていない今はソデの方もそんなに明るくなくて。
「よし、ここから出たらお前等はもうその役そのものだ。悔いの残らないように、精一杯やってこい!」
「はい!!」
 皆深く頷いて舞台に上がる。最初から出ているのは私と、それから城崎君。
 定位置までやってきて、深呼吸をした。

 ジリリリリリリ

 開幕のベルが鳴る。
 さぁ、もう私は王女だ。
 短い時間だけど、今は王女の人生を生きよう。
 そして幕が上がる――



 * * *



 と、まぁ、普通ならここで劇の実況でもするべきなんだろうけどね。
 そんな余裕無いって話ですよ!!
 無我夢中で、いや、芝居中は冷静だったし、ちゃんと覚えてるけど――でもやっぱり、芝居以外はスポーンと抜け落ちたのは確かで。
 気がついたら幕が下りて、お客さんの拍手が耳に届き始めていた。
「……あ、あれ」
 終わったのか、と息つく暇も無く、今度は舞台上に役者が並んで鳴り止まぬ拍手の中、幕が上がるのを待つ。
 これはもしやアンコール……!てことは結構良かったんだろうか!?
 そう思ったんだけど、後から聞いた所によると、どうやら全ての団体でこうしてたらしい。
 とにかく、その時はそんな事知らなかったのでそういう嬉しい誤解を胸に笑顔でお辞儀をする。
 そして再度下がった幕を前に、大きく息を吐いた。
「皆よくやった。色々褒めてやりたいが、それは後だ!運び出すぞ!」
 小声で紅葉さんが言いながら出てくる。
「はいっ」
 頷いて、出て行くときに持てる範囲のモノを抱えて行く。
 午前の最後だったから次の人ー!っていう焦りは無いんだけど、それでも時間は決まってるからちゃっちゃとやんないとね!

 道具はすぐに仕舞って借りたトラックに載せていく。
 私達は更衣室に行って“役”から“自分”に戻っていた。
「っふー……美波、参上ーっとぉ」
 メイクを完全に落としきり、タオルで顔を拭く。
 横で恵梨歌ちゃんもパシャパシャとやっていた。
「お疲れ様、二人とも!」
「奏和先輩もお疲れ様です!」
 既に男性陣は全員着替えを終えていたようだ。
 慌てて荷物をまとめて、それから更衣室を出た。
 廊下に出て、荷物番をしていた辺りにまた集まった。
 さっきとは違い、道具を先に返したので随分広々としている。
 ちなみにトラックには川北先生が乗っていってくれたそうだ。幸いこれから休憩を挟むので、その間に一度学校に戻って片付けてしまおうという事になっている。
「皆お疲れ様。よくやったな!」
 紅葉さんが言った。
「俺が言うのもなんだけど、今までで最高の出来だったと思う。音響も照明もタイミングばっちりだったしな。演技の方もなかなかキャラに成れてて良かったぞ!」
 掛け値なしの褒め言葉に皆笑顔になる。
「美波も、練習ではぎこちなかった所があったけど、それが無くなってた。本番に強かったりするのか?」
「んー、そうかもしれないですね! 良かったぁ、ちゃんと出来てたみたいで!」
 “俺が言うのもなんだけど”の言葉通り、やっぱりちょっと色眼鏡で見てしまってる部分もあるだろうけど、でも嬉しいよねぇ。
 ニヘニヘ笑っていると、横に居た城崎君がそっと声をかけてきた。
「高科さん、僕も良かったと思うよ」
「城崎君もかっこよかったよ~。騎士、惚れる!」
 ってまぁ、さっきまで王女だった私は実際に惚れてたワケだけだけども。
「本当に上手くいって良かったよね。結果がどうなるかはわかんないけど、今の私に出来る事やりきったよ!」
「うん、僕もだ」
 二人で笑っていると、
「オレもオレも!」
 那月君が会話に入ってきた。
「なかなかの死にっぷりだったと思わねぇ? ぐああああ、って!」
「うんうん、確かに!最初の頃はショッカーみたいな雑魚敵だったけど、今日はボスキャラっぽかったよ!」
「……それはどういう表現なんだよ。まぁ、いいけど」
 むむ、これなかなか的確な表現だったと思うんだけどなぁ。
 その後奏和先輩と恵梨歌ちゃんも話の輪に加わり、お互い褒め称えてたり、ね。後から考えるとちとむなしいモンもあるんだけど、嬉しかったんだから仕方ないのだ!
 そんな風にしていくつかの輪で話していたら、紅葉さんがパンパンと手を叩いた。
「今までで最高の演技だった。それは確かだけど、まだまだ未熟な面もある。だから終わったら帰って反省会な!」
「はいっ!」
「じゃあ、とりあえず道具片付けに学校戻るぞ」
「はい!!」
 道具のほとんどを先に運んでもらったとは言え、衣装なんかは勿論手持ちだ。
 今度は絶対に忘れないようにチェックして、入れたバッグをしっかと抱きしめてホールを後にする。
 午後の部が始まるまでまだ結構時間あるから道具もきっちり片付けられるだろう。……ついでにあの雑多な空き教室もちょっとは片付けていかないとなぁ。

 *

 片付け終わり、再びホールに戻ってくる。

 ちなみに櫻も片付けを手伝ってくれたんだけど、ホールには戻って来ずそのまま部活へ行った。
 まさかまた部活休んで来てたんじゃ!?と焦ったんだけど、今日はもともと午後からの予定だったらしい。
「結果がどうあれ、慰めてやるから報告しに来いよな!」
 ……ってお前、慰めって言ってる時点で結果決め付けてんじゃねーか。
 と思いつつも、ハイハイと返しておいた。何にせよ、報告くらいはしとくべきかな、と思うし。

 さて、影響されそうで見れなかった午前の部と違い、午後の部は解放されているので思う存分観客に徹していられる。
 劇団の構成も様々、劇の内容も様々。上手い下手も様々で――なかには引っ込め!と思いたくなるようなヤツも居たけれど、いやイカンイカン。私も観客の皆様からそう思われてたかもしれないしな……そもそもそういう事は思っちゃイカン。
 ともかくも、どれも面白かったと思う。
 特に笑いをうまく取り入れてる劇は観客席かなりわいてたなぁ。私も笑ったし。
 個人的にお涙頂戴とかシリアスとかよりも笑いの方が難しい気がするんだよね。演技力もだけど構成とか。下手なヤツはまさしく凍りつくってなくらいにサムいし。
 でも上手いと自然に笑えて、なんかその後にぽわんと幸せ空気が生まれる気がするんだよなぁ。ある意味感動モノで、ホントすごいと思う。
 いや、勿論“笑い”以外でもそういうのは生まれると思うんだけどね。
 私達は――そういう、幸せな気分だったり、感動だったりを少しは伝えられたんだろうか。

 午後の部も全ての演目を終了し、残すは結果発表だけとなった。
 一地方のコンクールながら、優勝には結構な額の賞金が出るらしい。そして同時に、プロを招いた公演にも枠を一つ貰えるんだとか。映画で言う所の同時上映みたいな扱いになるのかな?……いや、っていうより前座か。なんたってプロ公演だしなぁ。
 舞台の上に司会の人が上がり、コンクールを終えて、みたいなのを読み上げていく。
 それからとうとう発表だ。
「3位から――と言いたいところですが、ここは優勝作品から発表したいと思います!」
 だるらららららっ、というドラムロールの音と共にスポットライトが観客席を縦横無尽に駆け回る。効果音の表現が下手だとかは言ってはならない。……ダメだってば!
 ややあって司会の声と共にある場所でライトは止まった。
「優勝は劇団クロード!おめでとうございます!審査の際、満場一致で決まったとの事です!」
 おおお!ここはあの面白かった劇団じゃないかー!
 パチパチパチパチ!!
 会場を揺るがす拍手に私の音も乗せて、手を叩く。
 午前の部は見てないけど、午後ならダントツで良かったもんなぁ。うんうん!
 代表の人が舞台に上がる。プログラムで見たんだけど、代表の人、名前を黒戸 (くろど) さんと言うらしい。それであの劇団名。……おいおいと思わないでもないけど、まぁ、変に英語にしてブラックドアーとかじゃないだけマシか。
 ちなみにウチの代表は奏和先輩だ。よっ、流石部長!
 次に2位、3位と読み上げられていく。
 その後に審査委員長による審査委員長賞や、協賛の地元商店街による地元賞なるものも発表されていき……。
 私達の名前は、――結局出てこなかった。
「……まぁ、わかってたけどね」
 ポツリと横に座っていた奏和先輩が呟いた。
「そっ、そういう事言っちゃダメですよ先輩!そりゃあ上位とかには入れませんでしたけど、まだ他の賞があるかもしれないですし!」
「そうかなぁ……例えば?」
「たっ、例えば――そう、“これからに期待賞”とか!!」
 苦し紛れにそう言った瞬間、また司会の人が声をあげた。
「さて次は初出場に限った、期待賞の発表です!」
 って、オイ。
 あるのか、そんな賞。
「すっ、すごいよ美波ちゃん!本当にあるなんて!」
 キラキラお目々で見てくる奏和先輩の視線が痛い。……だって適当に言ったんだもん、本当にあるなんて……。
「初出場に限った、って。それじゃあかなり可能性はあるんじゃないかな!」
 そう言う先輩にもう一方の隣に居た恵梨歌ちゃんがつい、とプログラムを渡した。
「……初出場、多いんだね」
 ――そうなんだよなぁ。
 くっ!もう全て終わった今は何もする事は出来ないけど、せめて神様!こんな時だけ神頼みすんじゃねぇぺぺぺいのぺいっ、とか言わずになんとかお導きを!!
 とワケのわからん事を考えながら両手を握り合わせて固く目を閉じた。
「さて、今回は初出場の団体が多く、とても選考が難しかったのですが――」
 ドラムロールをBGMに司会の声が響く。
「期待賞は――“薔薇姫と騎士”の劇団かぜくら!!」
 バッ、と目蓋越しでも眩しいくらいのライトに照らされる。
 ……へっ。
「まだ劇としては未熟な面もあるけれど、結成から期間が短いこと、それでもきちんと細部まで手を行き届かせているなど、これからに十分に期待出来る。という事だそうです。劇団かぜくらの皆さん、おめでとうございます!」
 さぁ、代表の方は壇上へどうぞ!
 そう言われてハッと我に帰る。
「せ、先輩!前に行かなきゃ……!」
 放心状態の先輩を揺すってこっちの世界に呼び戻す。
「ホラ、代表者!」
 背中を押して壇上に向かわせる。まだフラフラとしてるのがかなり気になるんですけども!
「お兄ちゃん衝撃受けすぎでしょう……」
 恵梨歌ちゃんが呆れ顔で言った。
 私もかなりビビったけど、先輩見てたらなんかそれも薄れてきそうになるから困る。
「おめでとうございます。これからも素敵な作品を作っていってください。期待していますよ」
 ちっちゃなトロフィーと賞状渡されて先輩は深く頭を下げた。
 遠目でもわかる。ぼっろぼろに泣いてるよ、奏和先輩。
 かくいう私も視界がぼやけてるんですけどね。……つまりは涙が溢れてるって事で。
「嬉しいよおおお、恵梨歌ちゃーん!!」
「わたしもすごく嬉しい。本当にこれから頑張らなくっちゃね!」
 先輩の座ってた席を越えて恵梨歌ちゃんに抱きつく。
 うん、賞に恥じないように、期待を裏切らないように!
 これからはより一層頑張らなくっちゃ……!!

 *

 トロフィー・賞状、そして講評の紙を貰って私達は学校へと戻った。
 書いてあった事はかなり細かく、そして紅葉さんも似たような事を言っていた。
 つまりは私達はまだまだ素人に毛が生えたようなモンだって事で。
「俺はお前等は伸びると思ってる。だからこれからもビシビシ指導していくからな!」
 紅葉さんの言葉に一同頷き、そして返事をする。
「はい、これからもご指導よろしくお願いします!!」

 そしてそのままくるっと向きを変えて手伝ってくれた面々にも頭を下げた。
「僕達だけじゃここまでの事は絶対に出来ませんでした。皆さん、ご協力ありがとうございました!」
 本当に演劇部員だけじゃこんな事出来なかったもんなぁ。感謝してもし足りない。
「今後何かあった時、僕等に出来る事があればすぐに駆けつけますから遠慮なく言ってください!」
 そう、困った時には助け合いの精神を――ってあんまり困るような事態が起きても、それこそ困るんだけど。
「そう畏まらなくてもいいわよ~。あたし達も文化部として演劇部に消えて欲しくなったし。それで、結果はどうなるの?」
 木ノ川先輩がそう言いつつ副会長へと視線を移動させた。
 そうだ――今回のアレは、部活存続をかけたモノだったんだ。
 思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「どうなるって――勿論、存続させれると思いますよ。なんたって賞を取ったんですから」
 ニコッと副会長は笑った。
「好評、という話だったのにまさかこうした結果を残してくれるとは思っていませんでした。生徒会としても、学校としても文句は無いでしょう。
 かつての演劇部のように――とまではまだ行きませんが、それに向けて、いやそれさえも超えた部活への一歩となった事でしょうね。
 賞のように、これからに“期待”させて頂きます」
 ぷっはぁ……!!
 ついつい息を止めて聞いていたから終わった瞬間、大きくそれを吐き出した。
「じゃ、じゃあ――演劇部、これからも続けていいんだね?」
「勿論です。予算の事は――まぁ、また後で決めましょう。賞を貰ったとは言え、そんなには出ませんからそこはご容赦を」
 うんうんいいいい!
 そりゃ多く貰えたら申し分ないけど、ちゃんと部活残るんだもん!!
「先輩!やりましたよ私達……!!」
「うん、やったよ美波ちゃん!!本当に、皆ありがとう!!!」
 誰ともなく拍手が沸き起こる。
 っくー!なんか泣けてきたぞぉ……っ!

 それからお世話になった人に、と一人ひとりにお礼を言って回った。
 櫻にもちゃんとメールしたよ!おめでとう、って返ってきたんだけど――なんか普通の褒め言葉過ぎてかえって裏があるんじゃないかと思ってしまったり。……って、ちょっと根性が腐りかけてるか、私。
 ちなみに紅葉さんの情報を最初にくれたし、って事で幼稚園にも報告に伺う予定。親御さん達が迎えに来る辺りの時間を狙えばいいかな、と。
 そうそう、紅葉さんと言えば――一番の立役者は香さんかもしれない。
 本当は今日も来てくれる予定だったんだけど、土壇場でどうしても外せない用事が入ってしまったんだ。

 だから翌日、結果を報告するとまるで自分の事のように喜んでくれた。
「期待賞? すごいじゃないそれって!だって初出場多かったんでしょう?その中から選ばれたって事よ!」
 やるじゃない劇団かぜくら~っと頭をうりうりっと撫でられた。
「それじゃあいっちょ盛大にお祝いしなくっちゃいけないわね!」
「お、お祝い――ですか?」
「そ、お祝い!あたし達もコンクールで賞貰うたびに盛大にお祝いしてたよ~。部室で」
「部室で?!」
 お祝いってだけでびっくりだったのに、更に部室でとか!
「え、ちょっと待ってください――部室でそういうのって……大丈夫なんですか?」
「基本的にダメだけどね、そういう時のは大目に見てくれたのよ。勿論先に申請はしておかなきゃいけないけどね」
 なるほど……じゃあ申請さえしておけばやりたい放題うっはうは……っと。
 て、それは違うか。
「そんなワケだからお祝いパーティよ!皆でお菓子とか持ち寄って、ね!」
「はいっ!」



 * * *



 という事でお祝いパーティを開きました!
 部室じゃなくて、引き続き空き教室を借りて。そしてお世話になった皆さんも呼んで。
 お菓子やら何やらは皆でちょこちょこお金出して買出しに行った。ジュースも忘れずにね!
 それと――ふふふ、これがメインと言って差し支えない香さんの手作りお菓子!今回はなんとホールケーキだった!しかも4個も!
 人数が多いし、何より美味し過ぎるのですぐになくなっちゃったけどね。
 さて、と。
 お菓子もだいぶ堪能したし、誰かのトコに行ってお話しますかなー。



さて、誰の所へ行く?

那月君
城崎君
奏和先輩

恵梨歌ちゃん

 ゲーム内では6話最後で選択したキャラと同じパートに飛ぶようになっていました。
 という事で、同じキャラにすると話が破綻しないようになっています。
 6話最後の「一剛」に相当するのは「恵梨歌」になります。



Dパート  話していた人とは別れ、今度は紅葉さんのもとへと向かった。
 ちょっと気になる事を思い出したからだ。
 行ってみると紅葉さんはお菓子を摘みつつ、香さんと話していた。
 あ、そっか……紅葉さんの事教えてくれたぐらいだし、香さんとも知り合いなんだよね。
「あら、美波ちゃん。どうかしたの?」
「あ、えっと……その、ちょっと紅葉さんに質問があって」
「俺に?何だ?」
「結構今更な話なんですけど」
 と前置きをして話し始める。
 最初に行った時、すぐに断ったのにあの後なんで引き受けてくれる気になったのか、という事。
 そして、邪推だけどもしかしてその要因は川北先生にあるのではないか、という事を。
 川北先生云々を考えたのは、控え室でのあの反応を見たからだ。……だって、アレ、確実に好きでしょ、川北先生の事。
「……美波は、探偵か何かか?」
「いや、それは無いですけど。……って事は、川北先生関連だって認めるんですね?」
「う、まぁ……それだけでも無いんだけどな。翠先輩の事は確かだから、そこは認める」
 小さく頷く紅葉さん。
 その背中を香さんがバッシーンと叩いた。
「なーにが“それだけでも無いんだけどな”よー。“それしか無い”の間違いじゃないのー?」
「香さんは何か知ってるんですか?」
「もっちろんよ」
 ドンと胸を叩いて香さんは言い放つ。
「あたしがメールで翠先輩の事言ったから引き受けたに違いないわよ。そうでしょ、紅葉?」
「うっ……」
 図星だったのか、小さく呻いて視線を逸らす紅葉さん。
「メールって――何送ったんですか?」
「んー、その前にコイツの切なーい恋心の話をしなくちゃいけないんだけど、聞く?」
「えぇ、当然です。何が何でも聞きます」
「うん、そういう食いつき方、好きよ」
 ウンウンと頷いた後、二人してニヘッと笑う。
「おい!俺の事なのにお前が話すのかよ!」
「じゃあ自分で話せば? 話せんの?」
「うっ……」
 オイオイ、またさっきと同じパターンかい。
 てな事でリタイアしてしまった紅葉さんの代わりに、香さんが説明してくれた。

 それはとある男子高校生の話。
「部活の先輩が好きで好きでたまらない男の子が居てね、でもなかなか告白できずにずっとモヤモヤした気持ちを抱えてて。自分一人でそれを抱えとく事も出来ない愚か者は、昔なじみに相談したりしてたワケ。
 で、その昔なじみに応援されてやっと告白する決心がついたのは先輩が卒業する日。
 男の子は先輩を呼び出していざ言おうとするんだけど、その前に先輩が重大発表をしちゃったの」
「え?何です?」
「先輩はね、卒業翌日から外国へ行ってしまうって事よ」
「ええ!」
「それを聞いた男の子は途端に勇気を削り取られてしまって、そのまま告白出来ず仕舞い。しかも度々連絡を寄こしてくれる優しい先輩へ返事をする事も出来ない根暗になっていったのでした。
 そして月日が経ち、男の子は先輩が帰ってきた事を知って、連絡を取ろう!と思っても、以前知ってた連絡先は全部使えないモノになってて。帰ってきてもどこに居るのかわからない、会いたいのに会えない。そんな日々が続いていた頃、昔なじみから情報を貰ったの。
 先輩は母校の教師になってるぞ、って」
「ふむふむ!」
「引越しもせず、ずっと母校近くに住んでいた男の子はそりゃあもう喜んだわねぇ。だって会いたかった先輩がこんなに近くに居るんだもの。
 でも会いに行こうと思っても、何の理由も無いのに行くのは変だ、恥ずかしい――とまたヘタレ根性が顔を出して会いに行けない日々。
 昔なじみもそろそろヘタレにイラついてた頃なのでしばらく会ってなかったの。
 でもそんなある日、かもねぎがやってきたのよ!」
「ほうほう!」
「鴨がネギしょって、昔なじみの所にやってきて、それで男の子にとってはかなりラッキーな物件だという事がわかったの。
 とっても友達思いの昔なじみはすぐに鴨に更に白菜としらたきと豆腐も背負わせてやって、送り出したの」
「その三種は……その、香さんの好きなモノですか?」
「そうそう。よくわかったわね」
「いや、まぁ……」
「で、その鴨ネギが行ったんだけど、ヘタレの事だからうっかり鍋をぶちまけるんじゃないかと思って、優しい昔なじみは一通のメールをしたためてあげたのよ。曰く、ソイツはかもねぎだ、って。
 メールでそれに気づいた男の子は、すぐにぶちまけそうになった鍋を回収して――つまり、指導を引き受けたって事よ」
 なるほど……。
「それで昔なじみには鴨がケーキ持ってきてくれてウハウハってワケですね?」
「そうそう。美波ちゃん、鋭い!」
「いやっ、鋭いも何も、私達モロにかもねぎポジションじゃないですか!じゃあ、なんですか?私達――だしに使われたって事ですか?」
 男の子――もとい紅葉さんが、先輩こと川北先生に再び、自然に接触するための!
「まぁ、平たく言えばそうなるな」
「平た過ぎますよ!もうちょっと自分の言葉で言い直してくださいよ!!」
「でも、いいじゃないか。俺は確かにそれをきっかけとしたけど――指導した気持ちは本物なんだぞ」
「それはそうでしょうけど……」
 紅葉さんが指導してくれたおかげで私達はめきめきと成長出来た。
 だとしても、だ! それの最初のきっかけがそんな単純な事だったなんて!
「酷いですよ、紅葉さん!」
「な、何だ……さっきも言ったけど、指導はちゃんとしただろうが」
「そういう事言ってんじゃないです!ただ――」
「ただ?」
 言い淀むと、紅葉さんがそれを反復する。
 私は大きく息を吸った。
「それを教えてくれてたら、もっと早くに川北先生をだしに紅葉さんを釣ったのに!!」
「先輩をだしに使うな!!」
「いや、だしっていうよりむしろニンジンですね。ホラ、釣竿で馬の前に吊るしておく。超加速マシンってヤツです」
「尚悪い! 大体、教えるも何もお前等の事知らなかったんだから無理に決まってんだろうが」
「そこはそれ、ご都合主義の力の見せ所ですよ」
「わけのわからん事言ってんじゃないっての」
 呆れ顔で返されてしまった。
「……ま、そんなワケだから。でもな?翠先輩にはこの事言うなよ?俺がちゃんと自分で言うから!」
「仕方ないですねぇ、わかりましたよ。影からプークスクスクスって笑っときます」
「あたしもその横でケラケラ笑っとくわね、いつものように」
「お前等性格悪すぎだろ……」
 項垂れる紅葉さんだったけど、今ここに恵梨歌ちゃんが居ないだけマシと思って頂きたい。居たら絶対にもっと酷いから。
 でもまぁ、謎が一つ解けて良かった。
 どういう意図で紅葉さんがOKしてくれたのか、ずっと気になってたからなぁ。
「ともかく、理由はどうあれ!」
 ガバッと頭を下げた。
「これからもご指導よろしくお願いします!」
「お、おう!任せとけ!」
 元の体勢に戻してニカッと笑う。
 よーし、これで百人力!だしの存在もわかった事だし、紅葉さんにはバリバリ指導して貰おうっと!



 * * *



 そんな指導だけど、お次のご予定は?って話なワケで。
 手伝ってくれた部活の面々とおしゃべりをしてる時に、その話題は出てきた。
「次は……学校行事だと文化祭、ですよね。 ね、部長」
「うん、そうねぇ。あたし達も練習大変だもんね~」
 頷きながら木ノ川先輩が言う。……やっぱり大変なのか、そんな中手伝ってくれるなんて良い人過ぎるぜ皆!
 ん?でもちょっと待てよ。
「練習大変って――夏のコンクールの話ですよね?」
「ううん、文化祭」
「へっ……文化祭っていつあるんです?」
 ちなみに今はまだ1学期だ。大抵文化祭って2学期だよなぁ……と思っていたんだけど。
 ふいに扉が開いて副会長が入ってきた。ちょっと出てたんだっけ。
「我が校の文化祭は1学期にあるんだ」
「そ、そうなんですか?」
「2学期には創立祭というのがあってな、それと被らないように分けているんだ。
 その名の通り、文化部の腕の見せ所だぞ。ここ最近はいまいち奮わなかったが――今年はどこも燃えているようで嬉しいよ」
 “ここ最近は”の辺りで吹奏楽の面々がパッと顔を背けたのを見た。
 ……さては、夏のコンクール一本に絞って文化祭はなおざりにしてきたんだな?まぁ、それはそれで正しい選択だったのかもしれないけど。
「演劇部も今年は気合入れた作品をやってくれるんだろう? 期待しているよ」
「はいっ!!」
 まだ何も決まってないけど、勢いで返事をした。
 そう――期待賞の名に恥じぬよう、次も良いモノにしてみせる!!
 いつの間にかやってきていた奏和先輩と顔を見合わせ、互いに頷く。
「やりましょう、先輩!」
「うん、やろう美波ちゃん!」
 二人で気合を入れた拳をシンメトリーに突き出した。

 廃部の危機は今度こそ乗り切った!
 だから次は純粋に楽しむための芝居をするのだ!!



 終わり