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▼ 第3章 第1話

 純粋に楽しいお芝居を。
 そう目標を掲げたのはいいものの、楽しむためにはまず義務を果たさなければならないワケで。
 さて、問題です。
 学生にとっての義務とは何か?
 ――まぁ、皆さんおわかりでしょうけども……。

「またテストの季節ねぇ」
「ぐはっ!!あああ、改めて言わんでくれるかなぁ!!」
 ぽつりと言った恵梨歌ちゃんに非難の目を向ける。
 その視線を受け止めた上で、にっこりと恵梨歌ちゃん――もとい悪魔は微笑んだ。
「美波ちゃん、前にも言ったかもしれないけどね。テストはどうしたって来るものなの。
 それを事前に教えて、危機感を持たせてあげてるんだから、感謝してもらわないと」
 これが嫌味ったらしく言われたものだったとしたら、さしもの私もカチーンと来ただろう。
 しかし恵梨歌ちゃんは“見た目”は実に邪気の無い笑顔なので、文句を言う以前に、ただただ恐ろしい。
「それに今回もコンクールで忙しかった分、授業ついていけなかったんじゃないの?」
「ぐほっ」
 これが芝居だったなら、口から血糊でも噴出したいトコロだ。ち、ちくしょう……図星なのが痛い!
「でっ、でもさぁ!こないだみたく、勉強すればなんとかなるってわかってるし、心に余裕はあるよ!」
 どーんと胸を張ると、クスクスと笑われてしまった。
「なんで笑うのー!! ちゃんと勉強するもん!!」
「ううん、別にそこを笑ったわけじゃなくてね」
「じゃあ、どこ!?」
「打てば響くように反応してくれる美波ちゃん、可愛いなぁって」
 ……言葉自体はいいんだけど――それって完全にからかいって事ですよね?
「もー……恵梨歌ちゃんのバカぁ!」
「ふふ、それそれ」
 尚も笑い続けていた恵梨歌ちゃんだったが、ふと思い出したように言った。
「それじゃあ今回もお兄ちゃんに教わることになるのかな?」
「んー……出来たらそうしたいトコなんだけど――先輩の都合とかもあるだろうしなぁ。聞くだけは聞いてみるつもり」
 こないだはとても良い先生になってくれたし“かえって勉強はかどった”的な事も言っては貰ったけど、やっぱり迷惑になってると思うんだよなぁ。
 勉強の方法も教えてくれてなんとなくわかった気もするし、一人で出来たらそれに越したことはないんだけども。
 ――でも一人でやると、確実に勉強以外のトコに浮気する気もすんだよなぁ。ダメ男か私は。
「じゃあ今日の放課後にでも訊いてみたら? お兄ちゃん、二つ返事で引き受けてくれると思うよ」
「そうだといいなー」

 なんて事を言いつつ迎えた放課後。
 部活に行って、いつも通りの筋トレやらボイトレやらを終えた後、次の演目についての話をした。
 ――と言っても、“何も決まってない”から、さわりだけなんだけどね。
「さて、と。皆知ってると思うけど、次の舞台は文化祭でね。……またしてもあんまり時間が無かったりする」
 奏和先輩の言葉に内心首を傾げる。
 だって聞いたところ、文化祭まであと3週間くらいらしいのだ。
 まぁ、短いっちゃー短いけど、今までと比べたら期間に余裕がある。
 そう思っていたのが顔に出ていたのか、奏和先輩は困ったように笑った。
「美波ちゃん、明日から部活無いでしょ?」
「ハッ!」
 そういやそうでした。
 てーか、朝にテスト云々って話してたじゃん――そうだ、明日からテスト週間なんだっけ。
 つまりは、このテスト週間+テスト本番を差し引くと……ああ、今までと変わりませんね。
「何をするかはまだ全然決めてないんだけど、何か希望とかあるかな?」
 それには皆シーンとなる。
 私も同じく、だ。
 希望も何も……今まではある意味成り行き任せのような所があったから、どんなモノがあるのかも皆目検討がつかない。
 先輩は肩を竦め、
「まぁ、僕もいまいちよくわかっていないんだけどね」
 でも、と言いつつ手をパンッと打った。
「これから考えればいいかなと思うので――各々、テスト週間の間に何か案を一つは考えてくる事!オーケー?」
 先輩の言葉に、今度は声が上がる。
「ええええ……案って、オレ何も考えらんねーよー」
 那月君だった。
「そう言わずに、那月君。ホラ、那月君がやってみたい役を考えたりするだけでもいいんだよ?」
「役……なぁ。 てか疑問なんだけど」
 ハイハーイと手を挙げて自分が発言者だと主張する。
 ――ってコレは今までしゃべってなかった人なら有効だけど、既にしゃべり始めてた人は今更じゃないんですかね。
「コンクールでやったヤツはダメなの? オレ、冬輝と役入れ替えてやりたいんだけど!」
「……って事は、騎士をやりたいの?」
「そーそー!」
 ニカッと笑って答える那月君。……やはりまだその野望を捨ててなかったのか。
 別に役入れ替えてやるのには問題無いんだけど、私としては折角の晴れ舞台。新しいモノに挑戦したいと思うワケでありまして。
 ――かなり贅沢かつ、初心者的な発想かもしんないけど。
 今はとりあえず色んなモノを取り入れたい気分なんですよ!
 そんなワケで、コンクールでやったモノをまた演るのは私としてはあまりよろしくなかった。
 そしてそう思った人は他にも居たようで。
「僕は別の劇をやりたいと思うんですが」
 城崎君だ。
「確かにもっと練習して、完成度を高めた上であの劇を再度演じるのもいいのはいいんですが――でも、ここは新しいものに挑戦したいと思う気持ちもありまして」
 そうそう!ソレだよ、それぇ!
 ウンウンと頷いていると、ぽむっと後ろから手を打つ音がした。
「俺も冬輝の意見に賛成だ。風呂敷を広げすぎるのも考え物なんだが、色んな役を体験しておくのも悪くは無いと思う。
 “薔薇姫と騎士”の練習をするな、とは言わないが、文化祭でやるのは他のものにしよう」
 紅葉さんが言って、それでもうコレは決定事項となった。
「そんなー」
「なに、今回の文化祭ではやらないと言っただけだぞ? 他の時にやるかもしれない。その時また考えればいいだろう」
「うー……」
 腑に落ちない様子の那月君の頭をぺちぺちとやって、紅葉さんは前に出てくる。
「じゃあ奏和の言った通り、部活の出来ないテスト週間中に何か考えておくこと。いいな?」
「はい!」
 てな事でその日の部活はお開きとなった。
 ジャージから制服に着替え、さよならの挨拶。
 ――の前に、っと。
「奏和先輩!」
「ん? どうかしたの、美波ちゃん」
 制服に着替え、タイを整えていた先輩の近くに行って、それから。
 パンッ
 両手を顔の前で合わせた。
「お願いがあるんですけどっ!」
 そう言ってから、頭をへこへこと下げる。
「またテスト週間じゃないですかっ、だから、その、もしよろしければ――」
「勉強見てくださいって事かな?」
「そうです、そうそう!いやー、流石先輩!話がわかりますねぇ~」
「うん、恵梨歌から聞いてたからね」
 ……おおう。また秋ヶ谷兄妹の連絡網で私の情報は駄々漏れだったか……。
 いや、それはさておいて。
「先輩のご迷惑になるかもしれないんですけど、もしお時間あるようでしたら、この高科美波、ご教授願いたく……!」
「なんでそんな大層なの、美波ちゃんってば」
「……な、なんとなく、デス」
 本当になんとなく言ってた事なので反応されると恥ずかしいっていうか……。
「うん、いいよ。僕で良ければまた一緒に勉強しよ?」
「わー!!ホントですか!!やったー!!!」
 きゃー!とその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。喜び方がガキっぽいけど、仕方ない。だってそんな気分だったからだ!
 するとそんな喜びまくってる私の横に、ぬぼーっと那月君が現れた。
 そして、
「頼む!!」
 パンッ、とさっきの私と同じように両手を顔の前で合わせて頭を下げる。
「オレだって奏和君に教わりたい!お願いします!!」
 ええええええ!
「ちょ、ちょっと那月君!早い者勝ちなんだから、今更出てこられても無理なんだからね!」
「早い者勝ちって何だよ!誰が決めたんだよ!いつ?どこで?何時何分?!地球が何週回った時!?」
 ……ちょっと待った。
 最初の方はまぁ、いいとして――最後んトコってもう古典レベルの言い回しじゃないですか……。
 そこまで言っちゃうとは、かなり切羽詰っているようだ。
 だが、しかし!
「地球が何週回ったか知んないけど、とにかく、今!ここで!私が決めたので!奏和先輩の先生権は譲らないよ!」
「ちくしょおおお!!頼むよ、マジで!もうオレ冬輝に教わんのヤだあああ!!」
 ほとんど半泣き状態で那月君は言った。
 ――って、城崎君に教わるのが嫌でいきなり割り込んできたのか。
 しかし、まぁ……いいのかな、こんな――城崎君が真後ろに居る状態でそんな事言って。
 案の定、城崎君すっごいイイ笑顔しちゃってるし。
 城崎君や恵梨歌ちゃんみたいなタイプの人は、満面の笑みの時の方が怖い。
 それはもうお約束なみに理解していたので、この笑顔は相当ヤバイ。
 那月君殺されるぞ!
「那月」
「へっ?」
 くるりと那月君が振り返った瞬間に、その両頬をガッチリとホールドする。
「?!」
 ほっぺた押さえられてるモンだから口は開けないんだけど、そうじゃなかったら確実に叫んでるだろアレ。
「僕が――教えてあげるって言ってるのに、なんで他の人の所に行くのかな?」
「~~~!!!!」
「何か言ったらどうなんだい、那月」
「っっっ!!!!」
 ……ほっぺた押さえられてるから、しゃべれないんですよ。
 とは誰も言えなかった。
 なんてーか――怖すぎるぞ城崎君。
「奏和君」
「はっ、はひっ!!」
 先輩、声裏返ってます。
「那月は僕が教えますから、気にしないでくださいね」
 コクコクコクとただただ頷く。
 そして今度は城崎君、くるりとコチラを向いた。
「なんだったら高科さんにも教えてあげようか?」
「?!?!?!」
 口をパカンと開けて人差し指で自分の顔を指した。
「うん、君の事だよ」
 ぎゃああああああああ!!!ごっ、ご勘弁を!!!
 そう思いはしたものの、それをそのまま口に出したら――な、何が待っているのやら。
 ゴクリとツバを飲み込んで、何と返すか考えていたら、ぽむっと肩を叩かれた。
「城崎君は那月君一人で大変でしょう? 美波ちゃんの事はこちらに任せて」
 恵梨歌ちゃんだった。
 ……こちらに任せて、って。それって奏和先輩の事ですよね?で、ですよね!?
「高科さんの方は奏和君だけじゃなかったのか?」
「うん、それでもいいんだけどね。今回はわたしも一緒に勉強しようかと思って」
「そうか……二人も教師が居るなら僕が出る幕でも無いね。
 那月だけにしておくよ」
 ふぅと息を吐いて、それから両頬を挟んだままだった手を離して、今度は那月君の首根っこを捕まえた。
「さ、じゃあ早速今日から勉強だな、那月」
 ニコッと笑った城崎君に、那月君は目を見開いて固まっていた。
 もうほっぺたは解放されたというのに叫ばないのは意外だな、と思ったけど……いや、この状況で叫ぶとか無理か。
 那月君、ご冥福をお祈りします……なむなむ。

 という事でそのまま出て行ってしまった城崎兄弟を見送ってから、私達も部室を後にした。
 紅葉さんにも明日からしばらく会わなくなるので、きちんと挨拶をして。
「今日もありがとうございました!」
「ありがとうございましたーっ!」
「おう、じゃあな」
 手を振って応える紅葉さんにぺこりと頭を下げて出て行く。
 基本的に部活が終わる時間は決まっているので、下駄箱付近まで行くと他の人もちらほら帰っていた。
 校舎を使うのは文化部ばっかりだから、ほとんどが顔見知りで他愛の無い話をしながら靴を履く。
 例えば今日の晩御飯の献立を当てよう!だとか、風呂掃除めんどくさいよねー、だとか。
 そして奏和先輩と合流してから寮への道を歩いていると、タイミング良く――いや、悪く、運動部とも鉢合わせした。
「美波!」
「げ」
 櫻も丁度その中に居て。
 こちらに気づいて、すぐにタタタッと駆け寄ってきた。……向こうはいいのかね?
「お前、今“げ”って言ったろ」
「いや、言ってない言ってない。気のせい気のせい」
 実際、言ってしまったのだがそこはそれ、誤魔化しておいた方が良さそうなもので。
「ま、いーけど。帰り一緒になるなんて珍しいな?」
「ん、そだねー」
 終わる時間は大して変わらないだろうけど、かたや運動場、かたや校舎という出発地点の違いによってあんまり遭遇する事は無かったのだ。
「ところで美波」
「ん?」
 隣に並んで覗き込むようにこちらを見て、櫻は言う。
「テスト週間に入るワケだけど――今回はどうなってるんだ?」
「はぁ?」
 意味がわからんよ。こっちが聞きたい、どうなってるんだ?
 首を傾げた私に対して、隣の恵梨歌ちゃんや、そのまた向こうの奏和先輩は意味を理解したらしい。
「今回もお兄ちゃんが教える予定だよ」
「い、一応そうなってマス」
 恵梨歌ちゃんが言って、その後に奏和先輩が続いた。
 途端、櫻は項垂れる。
「はー……またかよ。 それって決定事項なんですか?」
 ため息をついた後の言葉は、私を乗り越えて先輩に向けたものだった。
「え? い、いや、予定ってだけなんだけど」
「じゃあ」
 そう言ってから、今度は私の肩を掴んで視線をモロにこちらに向けて。
「今回は俺が教えてやっから、一緒に勉強しよーぜ」
「断る」
「なっ!?」
 笑って言った顔が一瞬で引きつった。
「お前、答えんのが速すぎるだろ!ちっとは考えろ!」
「だってヤだもん!櫻に教えてもらって何かメリットあるの?ぐちぐち小言攻撃されるだけじゃん!」
「くっ、そ、そんなにぐちぐち言ったりしねーだろうが!」
「自覚なしぃ?! アンタのねちねち攻撃で私がどれだけ傷ついたか!!」
 がるるるるっと威嚇していると、秋ヶ谷兄妹がそろって首を傾げた。
「傷ついたって……春日井君、何したの?」
「なっ、何もしてねーよ!!」
「そんな事ありませんー。やれ、脱いだスリッパの位置は揃えろだの、やれ金魚のエサやりの時間は決まってるだの、洗った後の食器の位置が違うだの、タオルの畳み方は縫い目を内にして――だの!!!
 テスト勉強してる時に言う事じゃないじゃん!?」
 勉強を教えてくれる事は教えてくれるのだが、ふと思い出したように言うその手の事の方が圧倒的に多かった!
「春日井君……それはちょっと……」
「櫻君、いつもそんななの?」
「ちっ、違……う、事もないけど」
 ほーら、ちゃんと覚えてるんじゃん。てよりは思い出した、か。
「でも思い出した時に言わないと忘れるし」
「まぁ、それはわかるけどね。でも量が多すぎたら嫌われるよ?」
「うぐっ」
 恵梨歌ちゃんの言葉に私は深く同意を表した。
 別に櫻本人が嫌いってワケじゃないけど、あの時の櫻はご勘弁を願いたい。
「って事で、奏和先輩に教わるもん。櫻はいりません~」
「!! ……くっ、じゃ、じゃあ!条件をつけてやる!!」
 突然言い出した事にハァ?と思いつつも、一応は聞いてやる事にする。
「何それ?」
「美波が俺の出した問題をちゃんと解けた時、ご褒美にお菓子をやる!」
「ナメてんのか」
「ま、待て!それだけじゃない! 目標の点数に達したら、好きなモン好きなだけ奢ってやる!!」
 !
「ま、マジで?」
「マジだマジ!そうだ、近くに美味しいケーキ屋さんがあったんだろ?そこのケーキでもなんでも奢ってやるぞ!」
 くっ……!なんて魅力的な提示なんだ!
 これは心が動いてしまうっ!
「美波ちゃん、今すごく迷ってるでしょう?」
「わかる!?」
「うん、わかる――顔に出てるもん」
 恵梨歌ちゃんに言われ、咄嗟に顔を抑える。
 そしたら無意識の内に口角が上がっていたのに気づいた――つまり、盛大にニヤけている。
 い、イカンイカン。表情を戻してっと。
 それにしても、これで櫻に教えを請うのもなかなか美味しい状況になってしまった。
 さて、どうするか……。

選択肢1

奏和 +1

 うーん、櫻のご褒美は魅力的だけど、やっぱここは先輩でしょ!
 前回教えて貰った時、すっごくわかりやすかったんだもん!
 って事で、
「奏和先輩っ!」
「え? は、はい」
「今回もよろしくお願いしまっす!」
「あ、うん!」

櫻 +1

 ……くっ、正直ご褒美は魅力的過ぎる!
 こないだのケーキ屋さんのケーキ本当に美味しかったもんなぁ。
 小言を我慢してケーキ……にして、みるか。
「櫻!」
「お、おぅ?」
「今回は櫻に教わるっ!」
「! あぁ、任せろ!」

選択肢1 終わり

 ◇

 私の言葉に実に良い微笑みを返してくれたワケだけども、その後すぐに恵梨歌ちゃんが会話に入ってきた。
「美波ちゃん」
「ん?」
 くるっとそちらを向いた瞬間――正直、後悔した。
 いや、いつもみたいに笑顔なんだけど!お、オーラが……どす黒すぎる。
「わたしも一緒に勉強するって言ったじゃない?」
「う、うん……」
「でもね、それってわたしも一緒にお兄ちゃんに教わるって意味じゃなくて」
 ゾクッとするくらいの雰囲気を醸しながら恵梨歌ちゃんは言う。
「美波ちゃんにわたしも教えてあげるって意味だったの。
 だから、お兄ちゃんと春日井君の二択だなんて――おかしいと思わない?」
 ッッ!!
 こっ、ここに、他に人が居て良かったあああ!!
 寮の部屋で、二人きりの状態でコレ言われてたら絶対チビってた!あ、すいません下品で!
「お、おかしい……よね」
「うん、おかしい。だから三択にして、もう一回選んでくれるよね?」
 語尾上がりの疑問系で訊かれたけれど、これってもう答えは決まってるようなモンじゃん。
「もっ、もも、勿論恵梨歌ちゃんだよ!!!!」
 ……コレ以外選べるわけねーだろ……。
「ふふ、そっかぁ。嬉しいなぁ。じゃあ勉強頑張ろうね!」
 なんてにこやかに笑って。……向こうに居る奏和先輩、めっちゃんこ顔引きつってるじゃないですか。
「おいっ、秋ヶ谷!それは無いだろー!」
「無いって何が? 美波ちゃんの春日井君への脈が?」
「……お前、泣くぞ俺は」
 ぐすっと本当に泣いてるかのように鼻をすする櫻。私の脈て……何の話だ?
「ってソレじゃなくて! 何も横から掻っ攫うことないだろ!」
「そうは言われても――わたしから見たら春日井君の方が“横から”なのよねぇ。ね、お兄ちゃん?」
「う、うん……まぁ、そうなるけど。でもね、恵梨歌」
 ちょっと困ったように奏和先輩が笑う。
「折角だし、僕も美波ちゃんや恵梨歌と一緒に勉強したいな。それに櫻君も美波ちゃんとご一緒したいみたいだし――今回は4人でしよう?」
 その言葉に少し考えた後、恵梨歌ちゃんは首を縦に振った。
「えぇ、じゃあ今回は4人でしましょ。 春日井君もいい?」
「あ、あぁ……」
 おお……先輩、流石はお兄さんですね!
 一時はどうなる事かと思ったけど、晴れて一件落着!
 今回は4人で勉強するって事で!
 生徒な私に、奏和先輩が教師。…恵梨歌ちゃんも教師。……櫻も教師。
 ……。
 …………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
 状況悪化してんじゃねえかああ!!!
「じゃあ美波ちゃん、明日から頑張ろうね」
「美波!きっちり教えてやっからな!」
「わたし達は帰ったらすぐに始めようね」
 かくして、思い描いていた奏和先輩との素敵な勉強会は無と消えて――3人の教師によるスパルタが幕を開けたのだった……。



 * * *



 授業中は勿論の事、休み時間もお昼時も当然放課後も――勉強尽くしでございます。
「発狂しそうです」
「大丈夫よ、こんな事で発狂なんてするハズが無いから。さぁ、美波ちゃんここやってみて?」
 私の訴えはサラリと流され、次の問題をやるようにと促される。
 ……奏和先輩と二人の時はこんな事思わなかったのになぁ。
 先輩も教えてはくれるんだけど、でもやっぱり圧倒的に同学年の同クラスの二人の方が率が高い。……疲労度もそれに比例して増えること増えること。
 げんなりとした顔を上げ、図書館を見渡すと――おやぁ?
「那月君?」
「? あ、美波か」
 お仲間発見!と言いたいくらいに同じくゾンビな那月君だった。
「那月君? あ、本当だ。冬輝君はどうしたの?」
「かっ、奏和君……!オレやっぱり奏和君がいいよお……!」
 図書館だから小声で、その中の最大限の音量で那月君は言った。
「前よりも冬輝怖いんだよ助けてよホント!毎日毎日ねっちねちねちねちって真横でさぁ……お化けよか怖ぇ」
「うわ……」
 考えるだけでも恐ろしいわ。
「だから勉強に使う本探しに行くからって口実で抜け出してきたんだ。な、オレもこっちに――」
「那月?」
「ヒィッ!」
 いつの間にやら背後に城崎君。……仮に私がお化けなら裸足で逃げ出すね。それも全力疾走で。
「やっぱりお前はそういう……ホラ、本は見つけたから帰るぞ」
「うあああ、やだああああ!!」
 引きずられていく那月君。
 頭の中では荷馬車に揺られてごとごとごと、な子牛さんが思い浮かぶ。どなどなどーなー……ってか。売られていーくーよーってな感じだ。どこに売られていくのかはわからんけども。
 自分より下の階層を見て安心するのは人間としてどうかと思うけど、今回ばかりはそれで安心せざるを得ない。
 ――アレよりはマシだ。
「美波ちゃん、ぜんっぜん進んでないよ? 手を動かそうね」
「ったく相変わらずだな美波。ホラ、そのすぐに気が散漫になるところも問題だぞ」
 ……う、うん……多分マシだ。

 そんな私と那月君に朗報が入った。
 今日の放課後は委員会が開かれるらしい。普段ならこんな時期には開かないんだけど、文化祭の関係で仕方ないんだって。
 ソレはクラスの委員長・副委員長が集まるもので――つまり、ウチのクラスからは恵梨歌ちゃんと城崎君が出るワケで。
 更に言えば奏和先輩もクラスの副委員長らしい。
 更に、更に言うと櫻も部活の先輩に呼ばれているんだとか。部活動をするわけじゃないんだけど、外せないらしい。
 って事は――って事は、ですよ!?
「にへへへへ!!!」
 思わず笑いが漏れた。
 慌ててパシッと口を覆う。
 今日の放課後はかなーり潰れるじゃないですかぁ!ってことは解放されるよ、あの状態から!
 放課後になり、委員会へ旅立つ恵梨歌ちゃん達に“図書室に行って勉強を”、と言われてそれにコクコクと頷いた。
 そして送り出した後、すぐに図書室へ――行くはずも無く、私はA組へと向かった。
「那月君!!」
「美波!!」
 ダダダッと駆け寄ってきた那月君とハシッと両手を握り合った。
 横からA組の人達がヒューと口笛を吹くという時代遅れの反応を示してくれたけど、そんなモノは完全に無視するに限る。
 限る――が、ちとうるさいので人が少なめな廊下の隅に移動して、秘密の話をするかのように小さくしゃがみこんだ。

 さて、瞳を潤ませながら (那月君は本当にほぼ泣いている) 私達は顔を見合わせた。
「今日は解放デーだよ!!」
「おう!! この日をどんなに待った事か……!」
 なんて言いつつ、これが判明したのは今朝の事なんだけど。細かい事を気にしてはいけないのだ。
「本当にこの数日、地獄だったよ……奏和先輩だけの時は最高だったのに!」
「オレは“前よりも”地獄だぜ……範囲も広いしなぁ……」
 はふーと二人してため息をつく。
「ゲームで例えるならオレ、もうヒットポイントゼロに近いんだけど。美波はどうよ?」
「私も絶対そうだよ。確実に一桁だね。後一撃で死ねる気がする」
「て事は、だ。回復アイテムが必要だ。薬草だのポーションだの回復粉だの……色々あるけど、オレのオススメは違う」
「? なになに?」
 何だろ?と目を輝かせつつ聞いていると、那月君はチッチッチと人差し指を振った。
 そして、
「何だと思う?」
 ……おい、ここで問題とかふざけてんのか。
 ま、まぁ、勉強じゃないだけマシなんだけど!
 うーん……。

選択肢2

那月 +1

「ははーん、さては回復アイテムじゃなくて、回復魔法とか!」
 ゲームなら魔法はつきものだしねっ。
「んー、まぁ、それに近いとは思うけど。誰にでも使えるモンじゃねぇんだな、コレが」
「えーよくわかんなくなってきた……私にも使える?ソレ」
 そう言うと若干驚いた風になって、でもすぐに満面の笑みで那月君は言った。
「そだな、オレにとって美波は“使える”方に入るかな!」
 な、何だそれ?

那月 +2

「わかった!女神の祝福だ!!」
 ズビシッと言った言葉に、今度は那月君が首を傾げた。
「何だソレ?」
「あれ?知らない? 女神の祝福って名前のアイテムでさ、使ったらその名の通り女神が光臨してHPMP状態異常とか全部回復してくれんの」
「何のゲームだ?知らねぇなぁ……」
「大昔にやったヤツだからあんまり覚えてないんだけどさ、エフェクトが綺麗でなんとなしに覚えてるんだぁ。
 いかにも女神!って感じの絶世の美女が現れて、パーティメンバー一人ひとりの額に口付けを落とすの」
「なにいいいっっ?!?!」
 懐かしいわ~と思い出にふけろうと思ったら、突然那月君が叫んだ。
「ちょっ、うるさいですよ!?」
「そっ、その女神の祝福――して欲しいわ。オレ絶対回復する……!!」
 目をキラキラさせて言う那月君。いや、まぁ、気持ちはわからんでもないけどね?なんたってドット絵でもわかる神々しさ、彼女に惚れたゲーマーは多かったに違いない。
 しかしまぁ、那月君がこんな反応を示すとはねぇ。
 ……フフフ、面白いこと考え付いちゃったー。
「では那月君に女神の祝福を!」
「へ?」
 しゅらららーと口でエフェクト効果音を入れて、つくかつかないかくらいに額に唇を近づけた。
「!!!!!!」
「っ?!」
 驚いて腰を上げた那月君。その反動で額が迫り――ぶちゅっと行きました。
 ていうか、ぶちゅって言うより、ガチッって感じ。……口痛ぇ。
「おっ、おまっ、なななな、何を!!!」
「……いや、フリだけのつもりだったんだけど――突然動くから」
 額を押さえつつ、動揺する那月君に私は口元を押さえつつ言った。
「あ、悪い……その――か、回復した」
「へ?」
「いっ、いや、なんでもない!! それハズレだから!」
 カーッと顔を赤くしてそっぽを向く那月君。
 何だぁ?
 じんじん痛む口元と、自分のバカな行動を呪いながら私は首を傾げていた。

選択肢2 終わり

 ◇

 すると那月君はコホンと咳払いをした。
「じゃあ、正解を教えてやろう!」
 キラーンと効果音を自分で言いながら、ニカッと笑う。
「ズバリ!! 弟妹の笑顔、だ!!
 小夏と晴矢の笑顔を見るだけでオレのヒットポイントゲージは満タンになると思う!!!」
スチル表示  おおおお!!なるほどなー!それは確かに回復するわ!!
「私も絶対満タンになるよ、ソレ!!回復したい!」
「よっし、そうと決まれば早速幼稚園に行くぞ!テスト週間で良かったぜ、今なら十分間に合う!」
 お互い深く頷いて鞄を持って校舎を飛び出した。
 向かう先はかえで幼稚園だ!

 *

 着いた時、思ったとおりまだ子供達は残っていた。
 とは言え、既に親御さんが迎えに来た子のが多いんだけどね。
「あら、那月君。それに美波ちゃんも久しぶりね」
「あ!どうもご無沙汰してます!」
 劇の時に随分お世話になった保母さんがこちらに気づいて、やってきてくれた。
 実はコンクールが終わってからすぐに皆でご挨拶に伺ったんだけど、その時は居なかったんだよね。
「今日は那月君がお迎えだったのかしら?」
「あー、違うんです。ただ小夏と晴矢の顔見に来ただけっていうか」
 ぽりぽりと頭をかきながら那月君は言った。
「母さんはまだ来てないんですか?」
「連絡頂いてるわ、今日は遅れるんだそうなの。だから丁度良かったわ」
 さぁ、と促されるまま部屋に入る。
 中には数人の園児が残っていて、その内の二人が城崎家の子達だった。
「あれ?あれれー!!! 美波ちゃんだー!!!」
 こちらに気づいた小夏ちゃんがダダダダッと走ってきて、どすんっと音を立てるくらいに派手に抱きつかれた。
 ふおおおおおおお、ヒットポイント充電開始!!!
 ちなみにこないだ来た時は二人にも会えてなかった。時間遅かったからなぁ。
「どうしたのどうしたの!? なにかあったのー!?」
「ううん、別に何も無いんだけどね。二人に会いたくて来ちゃった」
「わぁ、小夏も美波ちゃんに会いたかったあ! ね、晴矢ぁ!」
「うん、そうだね。 お久しぶりです、美波お姉さん」
 にっこりと微笑む晴矢君。……相変わらず礼儀正しい、幼稚園児らしからぬ子だなぁ。
 ニヘニヘと癒されていると、
「おい……」
 後ろから恨みがましい声が聞こえてきた。
「お前等酷いじゃないか、兄ちゃんには一言も無しか!?」
「お兄ちゃん! お兄ちゃんだー! 居たのー?!」
 私から離れ、今度は那月君にタックルをかます小夏ちゃん。
 しかし……居たの、って気づいてなかったんかい。
「那月お兄ちゃんも久しぶり。 冬輝お兄ちゃんと仲良くしてる?」
「あー……うん、ぼちぼちだ」
「あんまり困らせちゃダメだよ? ちゃんと勉強もしないと」
「わかってる、わかってるから!!」
 それ以上は言うな!と晴矢君を制する。
「オレは癒されに来たんだ!ここでプチ冬輝になられると困る! てかどんな状況でもプチ冬輝は嫌だ!」
 オイオイ。
 断固反対!とでも言うように両腕でバッテンを作る那月君に、困ったように笑う晴矢君。
 なんだか年齢が逆転しているような錯覚をしてしまう。
「小夏ちゃーん、晴矢くーん」
「はーい!!」
「はい」
 保母さんに呼ばれて駆けてく姿はまさしく幼稚園児、なんだけどねぇ。
 どうやらジュースをくれたらしい。もうほとんどが帰って人数が少なくなったからかな?
「那月君も美波ちゃんもいらっしゃーい」
「あ、はい!」
「お、おぅ!」
 私達も及ばれして、紙コップに入ったジュースを頂いた。
 最初はリンゴジュースかと思ったんだけど、飲んでみたらパイナップルジュースだった。うまうま~。
 味わいつつ飲んでいると、既に飲み干した子はすぐに遊びに戻っていた。それは城崎家の二人も例外では無く。
 私達が来るまで、二人してなにやらキューブを使ったパズルのようなモノをしてたようだ。
 遠くからは、真剣に解く晴矢君の横で小夏ちゃんが邪魔してるようにしか見えないんだけど。
「那月君と城崎君が違うように、あの二人も双子なのに随分違うんだねぇ」
 くすくすと笑いながらそう言うと、那月君は首を傾げた。
「? 何言ってんだ?」
「え……いや、小夏ちゃんと晴矢君だよ? ホラ、全然違う感じじゃない」
 そう言って指し示すけど、未だに那月君は不思議そうな顔のままで。
 ん? 私何か変な事言ったっけな――と、そう思った時、その疑問に答えるように那月君はぽつりと言った。
「何を勘違いしてるのかわかんねぇけど、アイツ等は双子じゃねーぞ?」
「……へ、そうなの? え、でも同い年だよね?じゃあ誕生日離れてるとか?」
「あー、いや、そういうんじゃなくて」
 歯切れの悪い那月君を訝しげに見ていると、
「ま、美波には言ってもいいか」
 そう言って大きく肩を竦めた。
「晴矢は血繋がってねーんだ」
「……え?」
「母さんの幼馴染の子なの。だから、小夏とは同い年だけど双子じゃない。お分かり?」
 驚いてつい那月君と小夏ちゃん、そして晴矢君を見比べた。
 ……た、確かに若干違う気もするけど。
「そういう事――言っちゃって良かったの?」
 こそっと小声で訊いた。
 晴矢君に聞こえたら困るのでは、と思ったからだ。
 しかし那月はいいんだ、と笑う。
「美波にはアイツ等も世話になってるしな。変に隠す理由も無いし」
「でも!晴矢君が知ったらどう思うか……!」
「いやいや、どう思うも何も。アイツ知ってるから」
「え、そうなの!?」
 てっきり何も教えずに育ててるモンだと思い込んでた。
 ……そ、そか。まぁ、物心ついた時点で引き取った、とかだったら言わずとも知ってるだろうしなぁ。
 なんて思ったんだけど、引き取ったのは生まれてほぼすぐの頃だったらしい。
「交通事故でさ、晴矢の家族アイツ残して全員死んじゃって。一気に天涯孤独の身ってヤツ。
 施設に入れられる事になりそうだったトコを、ウチが引き取ったってワケ。
 さっきも言ったけどさ、晴矢の両親とウチの母さんが幼馴染で親友だったんだ」
「そ、そうなんだ……」
 生まれてすぐ、だなんて私と似てるんだなぁ晴矢君。
 でも私はお父さんも、おじいちゃんおばあちゃんも居た。……だから、ちょっと違うか。
「え、でもさ、それならなんで晴矢君、血繋がってないって知ってるの?まだあんなに小さい子なのに」
「あー……オレ達も本当なら成人くらいまで言うつもり無かったんだけどさ、向こうが先に気づいたんだ」
 ええええ。そんな事がありえるワケ?!
「晴矢の両親、すっげー頭良かったからなぁ、似たのかな。
 色々状況証拠突きつけてきて、だからボクは血が繋がってないですね?と来た時にはマジビビりしたぜ」
 そりゃビビりもするよねぇ……。
「ま、そんなワケで双子じゃねーの。お分かり?」
 さっきと同じように訊かれ、
「うん、お分かり」
 今度は頷いた。
 そして遊ぶ二人を見る。
 血が繋がってない、その事実を元に改めて見てみても――
「やっぱり可愛いって事には変わりないよねぇ」
 にへらっと笑ってしまうくらいに可愛い。たまんないわ、ホント。
「だよなぁ。オレも二人とも可愛くって仕方ねーわ~」
 かくして、ニヤけつつ城崎家のお子さん二人を観察し続けたのだった。

 *

 ――ちなみに、幼稚園から帰った後、すぐに勉強を始めてなかった事がバレてこっぴどく叱られたのは言うまでも無い。
 これからテストが終わるまでの間、私と那月君生きてられるのかね。
 なんて考えつつ、ペンを走らせる私なのだった……。