当コンテンツは株式会社ixen「ラブシチュ」にて配信されたゲームのシナリオのWEB小説版です。 著作権は株式会社ixen及びれんたに帰属します。無断転載・使用などは禁じます。
文字サイズ |
▼ 第3章 第3話

 そして翌日、宣言通りに川北先生はやってきた。
 頬を上気させ、それはもう可愛らしく微笑んで。
「川北翠です!演劇部の正顧問になりました!これからよろしくお願いします!」
 ぴょこんとお辞儀する先生に、私以外の皆はポカーンとしていた。
 顧問云々の話を知らなかったっていうのもあるだろうけど、それよりもこのはしゃぎっぷりにビビったんだと思う。
 だって、知ってた恵梨歌ちゃんでさえ固まっちゃってるしなぁ。
 私は昨日見たのでそれほど驚かずに、代表としてぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
 そうすると、我に返った先輩も頭を下げて同じように言う。
 その顔はまだ疑問だらけだったけど、昨日私にしたように、百瀬先生に頼んで代わってもらったのだという話をするとなるほど合点がいったと深く頷いた。
「それではこれからは川北先生が正顧問、百瀬先生が副顧問という事でいいんでしょうか?」
「あー、それなんだが」
 紅葉さんが手をあげた。
「百瀬は演劇部とは関係なくなった。副顧問は俺だ」
「……えっ?」
 先輩の漏らした呟きと同じく、私にもハテナマークが浮かんだ。
 百瀬先生が関係なくなるのはまぁ、わかるけど――でも紅葉さんって、ただの指導者なんじゃ?
 そう思ったのがわかったのか、紅葉さんは顔の前で手をひらひらと振った。
「言うの忘れてたんだが、俺ここの非常勤講師ってヤツになったから。お前等のクラスには当たらなかったけどな、もう授業持ってるんだ」
「ええええ!!」
 サラリと言われて仰天した。
「紅葉さんって教免持ってたんですか!?」
「あぁ、一応持ってたんだ。しばらくやってなかったけど」
「やってなかったって……何故」
「――い、色々あるんだよ、大人には!」
 ぷいっとそっぽを向いてしまう。……何かマズい事でもあったのかな。
「そんなワケで俺が非常勤だけど副顧問だから。まぁ、今までとやる事は変わんないけどな」
 わかったか?と言われて、各々返事をし、頷く。
 ま、確かに変わんないよなぁ。そもそも顧問の百瀬先生は名前だけでまるっきり関係なかったようなもんだし。
「そういう事だから、これから先生頑張るから!よろしくね!」
 もう一度深く頭を下げて川北先生は言った。
「それで?今はどうなってるの?」

 *

 文化祭の事をちょろっと話して――つまりはまだ何も決まってないという事――川北先生はふむふむと頷いた。
「それじゃあお話は葉月君が考えるのね。ふふ、この間のも葉月君作だったのよね。素敵だったわ~。昔ね、先生達が学生だった頃にも何回か葉月君がお話考えてくれた事があったのよ。恋物語が多くて、女子一同こんな素敵な恋をしてみたいね~ってよく話してたわ~」
 ほんわか話す川北先生に、……後ろで汗かく紅葉さん。
「紅葉さんって……」
「言うな。言いたいことはわかるが、言うな」
 全部言う前に遮られてしまった。……ホントに言いたいことわかったのかな?
 ちなみにこんな事を言おうとしてた。
 ――紅葉さんって、その頃から現実に出せない事を非現実に書き出してたんですね。
 とか。
「まぁ、今度は俺が全部じゃなくて、コイツ等の意見を元に――って感じなんですけど」
 川北先生に説明しつつ、こちらにも視線を向ける。
「大体の筋は決まったんだが、細かい所がまだ出来て無くてな。もう少しかかりそうなんだ」
「そうですか……結構厳しいですね」
「スマン。……でも背景や道具なんかは何が必要か大体わかってるから、先にそっちから始めてくれるか?」
 そう言って、チラッと私を見た。……ん?
「だけどな、コンクールの時にだいぶ絵の具とか消費しただろ。だからあんまり残ってないと思うんだ。
 そこで、買出しに行って貰いたいと思う。……誰か行ってくれるか?」
 またチラチラと来る視線。ははぁ、なるほど。
「わかりました!じゃあ、誰が行くかは話し合って決めましょっ!」
 スチャっと手をあげて私は言った。
 ここでなんとか一剛君&恵梨歌ちゃんの二人に決めろって事だよね?!
 言ってから視線を送り返すと小さく頷いたので、やはり私の考えは間違ってなかったらしい。
「話し合うって……皆で行けばいいんじゃないかな?」
 そう言ったのは奏和先輩。
「えっ、いや、それは困ります!」
「……なんで?」
「えっ、……それは――」
 しまった。つい反射でそう答えてしまったけれど、ここで明確な事は言えないんだよなぁ。
 一剛君と恵梨歌ちゃんの二人で行かせるという案自体は問題なく可決されるだろうけど、如何せんこの場に一剛君が居ない事には始まらない。
『明日誘います!』
 と言ってたからには今日も来る気満々だったろうに……ええい、何をしてるんだ!
 そう思った時、コンコンと扉を叩く音。
「香澄です。お邪魔します!」
「一剛君!」
 なんてタイミングの良い!
「あれ、一剛君。今日も来てくれたの?」
「はい!……あ、あのお邪魔でしたか?」
「ううん、そんな事は無いんだけどね」
 奏和先輩は困ったように笑った。
「中学はもうテスト週間に入ってたんじゃなかったっけ?」
 ……な?!
「あぁ、入りましたね。でも大丈夫です!勉強もちゃんとしてますから!」
「そ、それならいいんだけど……」
 勉強もちゃんとしてる、とは言うけど――普通はこういうトコに来るもんじゃないでしょうに。そりゃその発言から考えるに、余裕な人なんだろうけどさぁ。私とは違って。
 はー、と息を吐くと那月君も同じようにため息をついてた。……どうやら似たような事を考えたらしい。
「あれ? でも中学は今テスト週間って――それじゃ文化祭間に合わないんじゃないですか?」
 高校だって結構準備期間は少ないのだ。
 それなのに今まだテスト週間って事は、相当短くなるのでは?
 そう思ったんだけど、先輩が手を左右に振ったのでどうやら違うようだ。
「あのね、文化祭やるのは高校だけなんだ。だからテスト期間がちょっと違うんだよね」
「えっ、そうなんですか?! てっきり中学も一緒かと――」
「うーん、何でやらないのかはよくわからないけど。文化祭は創立祭ほど派手にやるモノでもないし、そもそも高校に文化祭がある方が不思議だしね」
「はぁ……」
 言われて見ればそれは確かに。
 創立祭が所謂文化祭のようなモノにあたるんなら、こんなにスケジュール押さずに無理やり文化祭する必要は無いよなぁ。
「まぁ、そういうのは理事辺りが考えてるらしいから。深くは考えないほうがいいかもね。高校の理事はお祭り好きなのかもしれないし」
「そういうもんですかねぇ」
「そういうもんだと思うよ~」
 同じ敷地にあっても違うって事なのかねぇ。
 しみじみそんな事を思っていると、一剛君が口を開いた。
「ところで、何の話してたんですか? 劇の配役でも決まったんですか?」
「あぁ、それはまだなんだ。 今はとりあえず買出しに行かなきゃいけないね、っていう話で……」
 そうでした、そうでした!
 丁度一剛君も来た事だし――、さぁ、うまく誘導しなきゃね!
「買出しの事なんですけど!」
 ズビッと手をあげて発言をする。
「全員で行ってる時間も勿体無いですし、少数で行った方がいいんじゃないかと!」
「え、でも……それじゃあ行かない人がやる事が」
「材料が全部無いわけじゃないですか!行かない人は、その間出来る事をやるってコトで!」
「ん……それもそうだね」
「で、行く人数は二人くらいが良いと思うんですよ!」
 そう言ってからチラッと、さっき紅葉さんが私に向けて送ったような視線を、今度は一剛君に送った。
 それを受け取ったらしい一剛君、小さく頷いた。
「あ、じゃあ俺が行きましょうか?今回俺は流石に出れないだろうし――だったら買出し要員になった方がお役に立てるかも」
「いいの一剛君?」
「はい!えっと、でも俺一人じゃ何買えばいいかとかもわからないし――」
 と、考え込んだ後、
「恵梨歌、一緒に行ってくれる?」
 うおおおお!!!男、一剛、言ったあああ!!!
「わたし? うん、いいけど――他の人じゃなくていいの?わたしよりお兄ちゃんの方が……」
「先輩はこっちに居てくれた方がいいかも!だって、ホラ、ね!道具も作んなきゃ、だし!」
「? まぁ、いいんだけど。 じゃあ一剛君、一緒に行こっか」
「う、うん!」
 適当な言い訳に疑問を残しつつも恵梨歌ちゃんはOKした。良かったねぇ、一剛君!
 と思ったのも束の間、
「それじゃあ今から早速――」
「ああああああ!!!!」
 恵梨歌ちゃんがそんな事を言うのでつい遮ってしまった。
「ど、どうしたの美波ちゃん?」
「へっ、あ、あの!えっと――そ、そう!
 買うもの多いかもしんないし、お店も遠いし、折角だから明日行ったらどうかなぁ!?ホラ、休日だし!」
 しどろもどろに提案する。
 だって今から行く、とか……本当にただの買出しになってしまうではないか!
 そうじゃなくて、もっとこう、デート臭くするためには1日くらい消費するべきだと思うんですよ!
「それもそうだね。じゃあ恵梨歌と一剛君は悪いけど、明日買出しに行ってきてくれるかな?」
「うん、わかった。一剛君もいいかな?」
「うん!も、勿論!」
 ふー……なんとかそっちに持っていけました。先輩もナイスフォローです。当然私の思惑には気がついてないだろうけどね。

 その後、いつも通りにトレーニング諸々をやって部活終了のお時間に。
 そして昨日と同じように私は一剛君に呼び止められていた。
「恵梨歌ちゃん、先帰っててくれるかな?」
「うん、わかった。じゃあ、川北先生、紅葉さん今日もありがとうございました。さよなら~」
 そう言って恵梨歌ちゃんは部室を去っていく。
 昨日はそれに城崎兄弟も続いたんだけど……。
「じょ、城崎君達は帰らないの?」
「あぁ、少し気になる事があってね」
「え?気になる事とかあんの? じゃあオレ先帰っていい?」
「那月も居ろ」
 ……な、何だろ?
 城崎君がこっちをじっと見てくるのでつい一歩下がってしまった。
「冬輝どうしたんだよ。美波が怯えてんぞー?」
「いや、高科さんがどう、ってわけでは無いんだけれど。……さっきの買出しの件で少し」
 そして城崎君は一剛君の方を気にしつつもこちらを向いたまま言った。
「もしかしてあれはシナリオ通りだったのかな?」
「え゛っ」
「……その返事だけで十分だね」
 し、しまった!!!
 慌てて口元を押さえるも、時既に遅し。
「何の話してんだよー?」
「あぁ、おバカな那月にはわからなかったかな?」
「……」
 にっこりと笑う城崎君に、那月君は少し考えた後、それには返事をせずにくるりとこちらを向いた。
「美波、どゆ事?」
「あ、えっと――んー……。言っても、いいかなぁ?」
 一剛君に視線を投げかけると、ややあって頷きが返ってきた。
「あのね、簡単に言ってしまえば今回の買出しは口実で。いや、本当に買出しは必要なんだけど」
「?」
「ようは明日は一剛君と恵梨歌ちゃんのデートなワケだよ!」
「ええええ?! そ、そうなのかよ!!」
「気づいてなかったのか那月。全く鈍いな……」
 驚く那月君に城崎君が冷静に言ったのとほぼ同時に、もう一つ
「えええええええ?!?!?!」
 大声が上がった。
「そっ、そっ、それは本当なの!?」
 先輩だった。……そういえば今日はまだ帰ってなかったんだっけ。
「おぉ、奏和君も気づいてなかったみたいだな!ホラホラ、冬輝。奏和君も一緒だ!」
「お前と奏和君を一緒にするんじゃない。奏和君に失礼だぞ」
「おいっ」
 城崎兄弟の会話は置いとくとして――やっぱ気づいてなかったか奏和先輩。気づいてたらうろたえそうだもんなぁ……今みたいに。
「えっ、ででで、デートって事は、その、つまり、一剛君と恵梨歌は――付き合ってるの!?」
「そうなれたらいいとは思ってるんですけど、それはまだですね」
 冷静に言う一剛君。
「あ、ちゃんと買出しはしてきます。でも恵梨歌と二人で出かけたいって気持ちもあって――奏和君、許してくれるかな?」
「ゆ、許すも何も――僕が口出す事じゃない……と思う、し」
 まぁ、そう言うしか無いですよねぇ。
 肯定ではなかったけれど、反対もされなかった事に安堵したのか、一剛君はふんわりと笑った。
 そして私の方へやってきて、
「美波さん、さっきは誘導ありがとうございました!美波さんが居なかったら恵梨歌の事自然に誘えてたかどうか……」
「いやぁ……結構不自然だったと思うけど。城崎君、気がついちゃったし」
「まぁ、それはいいんです。ちゃんと誘えましたから!」
 ぎゅっと拳を握って、
「明日のデート中に、なんとか恵梨歌に意識して貰えるように頑張ってみますね!」
 そう一剛君は言った。うーん、男だねぇ。

 呼び止められたのは、そのお礼を言いたいだけだったらしく、その日はもうお開きになった。
 と言っても、元々部活は終わってたワケだけども。
 職員室に鍵を返しに行ってから、昨日とは違う面子で寮まで向かう。
 そして男女別々の入り口に向かうために別れる――前に。
「……美波ちゃん」
「はい、なんですか?」
「僕は……シスコンなのかもしれない」
「はぁ、今更ですが」
「!!! そっ、そうなの!?」
 ……いや、シスコンというよりは兄妹仲が良いって言った方が障りが無いんだろうけど。
 だってあんだけ私の情報が筒抜けって事はかなりよく話したりしてるって事でしょ?普通そういうトコまで話さないと思うんだよなぁ、兄妹でも。
「そ、そうか……じゃあもう開き直ったほうがいいのかな……ねぇ、美波ちゃん」
「はい?」
「正直に言うと、僕心配で堪らないんだよ!一剛君は昔から知ってるし、良い子だって事もわかってるけど、でもまさか恵梨歌の事好きだったなんて!そんなのまるっきり考えたこともなくて!」
 取り乱す先輩に私は一つの解決策を授けてみた。
「じゃあ先輩、明日探偵ごっこでもしましょうか!」
「えっ」
「つまり――後を尾けるんですよ!探偵みたく!」
 そう言ってから、しまった、と思った。……だって先輩の性格じゃあ、こういうのは嫌がりそうだもんなぁ。
 と思ったんだけど。
「それ……いいね!!」
「えっ」
 二つ返事で頷かれてしまった。
「い、いいんですか?」
「問題無いよ!後を尾けるって事は直接邪魔するワケじゃないし!僕らは遠くから見守るだけだよ!」
 ちょっと暴走気味になってしまった先輩。提案しといて何だけど……失敗したかな?
 そんな事を思っていると、寮の方から誰かがやって来たのに気づいた。……二日連続とか、やっぱストーカーじゃん。
「美波、お前また……!」
 顔をしかめてやってくる櫻に、そっくりそのままお返ししたい。櫻アンタまた待ち伏せか何か?
「今日は人多いし……何かあるのか?」
「いや、特には無いけど」
 あるっちゃーあるけど、それは伏せといて。
 と思ってたのに、先輩が口を開いた。
「櫻君!明日は壮大なミッションがあるんだよ!」
「……何です?」
 そして先輩は説明してしまう。
 明日、恵梨歌ちゃんと一剛君のデートがあり、それを探偵よろしく尾行するんだという事を――。
「え、じゃあ美波と秋ヶ谷先輩、二人で行くのか?」
「まぁ、そうなるかなぁ。ね、美波ちゃん」
「はい、そうですねぇ」
 そう答えると、櫻は不機嫌そうな顔になり、
「――俺も行きたいんだけど」
「……はい?」
「別に部活ってワケじゃ無さそうだし、行ってもいいだろ?」
「え、いや、確かに部活では無いけども。櫻が行く理由も無いじゃん?!」
 いきなり何を言い出すんだコイツは。
「櫻、部活あるでしょ?」
「明後日まで休み。だから問題無し!な?いいだろ?!」
 呆気に取られていると、横で城崎君が小さく笑った。
「高科さん。つまり春日井は保護者気分なんだよ――そう、奏和君みたいにね」
 先輩みたいに、って……よくわかんないけど。
「別に行っても問題は無いんじゃないかな?」

選択肢1

「ええええー。そりゃあ行っても問題は無いけど、行かなくても問題無いと思うんだよね」
「まぁ、それもそうなんだけどね」
「おいっ」
「いや、ホントに」

冬輝 +1

「そんな!何言ってるの城崎君ってば。櫻なんて来られても邪魔なだけじゃん」
「おい!それは無いだろ!」
「大いにありますー。大体部活では無いとは言え、部の買出しなんだもん。櫻が来るくらいなら城崎君に来てもらった方がいいよ!」

選択肢1 終わり

 ◇

 と、そんな風に櫻の同行に反対してたりしたんだけど、
「目が多いほうが見失わないかもしれないよ!」
 という奏和先輩の言葉によって、反対意見はかき消されてしまった。
 更には那月君も城崎君も加わって――結局探偵ごっこのメンバーはこの場に居る5人全員となった。
「……人が多すぎると、バレる確率も上がりそうなんだけどなぁ……」
 呟きは風に乗り、掻き消えたのだった。



 * * *



 翌日。
 いつもなら部活に向かうくらいの時間に、恵梨歌ちゃんはお出かけしていった。
 それを見送った後、すぐさま私も部屋を後にする。
 そして寮の隅の、集合場所に向かった。
「先輩、おはようございます!ターゲットは通りました?」
「うん。バッチリ確認したよ。美波ちゃんが大体の時間を教えてくれたおかげで張り込みしてた甲斐があった!」
 ……本当に探偵のノリで先輩は言った。ターゲットって言った自分もだけど、張り込み、て。
 ちなみに他の3人もちゃんと来ている。
「美波おはよ」
「ん、おはよー」
 櫻に返した後で、
「城崎君もおはよ~。那月君……は、と」
 城崎君にもたれかかってすぴー、と寝てらっしゃる。
「那月、起きろ」
「も、もうちょい……」
「那月。ここはベッドじゃないのに、よく寝れるな……。起きろって」
 呆れ果てた城崎君がぐいっと体を押しやって、やっと那月君は目を開けた。
「あ、はよー美波」
「うん、おはよ那月君」
 まだぼーっと感が抜けない那月君に眠気覚ましと称してほっぺた叩いてやりたくなったけど……まぁ、その役目は城崎君だよね。
 現にぺちぺちやってるし。
「じゃ、尾行を開始するよ!」
 先輩が小声で集合をかける。
 かくして演劇部+陸上部1匹の探偵チームは行動を始めたのだった。

 学校を出てしばらく歩き、駅の方に出る。
 けど電車に乗るワケでは無い。駅周辺にお店がたくさんあるからだ。
「買うのは絵の具とか紙とかでしたっけ?なら文房具系のトコかなぁ……」
 二人の行く先には色んなお店が集まってる大型ショッピングセンターがある。文房具店も入ってるので、そこで買うつもりなんだろう。
 案の定、その手のショッピングセンターにしては開くのが早いソコに、二人は入っていった。
 勿論私達も入っていく。
「先輩、ちょっと思ったんですけど」
 こそこそと進みながら前を行く先輩に話しかける。
「一剛君のデートだと考えれば妥当なんですけど、材料買うとしたらこういうトコじゃなくて、ホームセンターの方が良かったんじゃ……」
「美波ちゃん。そういう事は言っちゃダメだよ……」
 あ、やっぱりそうなのか。
「まぁ、でも、そこまでバカ高い事も無いだろうし、いいんじゃないかな?」
 二人は文房具店に入り、品物を手に取っていた。
 遠くからそれを見ていたけれど――おぉ、なんか良い雰囲気っぽい!
 なんてーか、恵梨歌ちゃんの笑みが天使っぽいし!最近悪魔っぽいのしか見てなかったからなぁ。
 しばらくそうして見守っていたんだけど、どうも悩んでるらしくなかなか動きが無い。
 むしろこっちに動きがあった。
「……すまない、ちょっと飲み物買いに行ってくるよ」
「えっ? あ、うん」
 城崎君が那月君の首根っこを掴まえながらそう言った。
 どうやらまだ眠気が覚めないらしい。
 近くにあるコーヒーショップに行ってくるとの事で。
「了解。行ってらっしゃーい」
 まだ動きそうになかったので二人を送り出した。
「しかし、決めるの遅いもんだな。女の買い物は長い、っていうアレかぁ?」
 状況をいまいち理解してない櫻がぼやく。
「あのねぇ、櫻。今買ってるのは演劇部で使うモノなの。性別関係無いの」
「そうなのか? ……て事は次にやる演目も決まったのか?」
 それにはフルフルと首を振った。
「まだ。 でも大筋は決まってて何が必要かも大体わかったから買出しに出てるの」
 きっと今日明日辺りで紅葉さんが細部まで書いてくれる事だろう。
 ――そうじゃないとそろそろヤバイし。
 そんな事を考えていると、櫻が言った。
「へぇ、よくわかんないけど配役決まったら教えろよな!」
「……いや、それは無理」
「なんでだ?」
「だって教えちゃったら見る楽しみ半減するかもしんないじゃん。今回は特に学校でやるヤツだしさ」
 ねー、先輩?と話しかけると――あ、ダメだこりゃ。
 食い入るようにお店を凝視している。
「ま、とにかくダメ!わかった?」
「……わかった」
 渋々だけど頷いたのを確認して私もお店観察の仕事に戻った。
 そして少し経った頃、城崎兄弟が戻ってきた。
「テイクアウトにして皆の分も買ってきたから。どれがいいか選んで。奏和君も」
「わぁ、ありがとう! あ、奏和先輩はさっきからめちゃ集中してるから後からの方がいいかも」
「そ、そうか……。じゃ、高科さん。どれがいい?」
 言われて袋の中を覗き込む。
 紙の台に5つのカップが倒れないように固定されている。
「そうだなぁ……種類とかよくわかんないんだけど……」

選択肢2

那月 +1

 5つのカップを上から見ながら私は言う。
「出来たら甘いヤツがいいなぁ。どれかな?」
 それに答えてくれたのは、さっきまで死んでいた那月君で。
「おぉー、美波は甘党か!? いいよなぁ、甘いヤツ!オススメはコレだぜ!」
 すいっと取って薦められたのは――よくわかんないけど、匂いは甘そうな感じのモノで。
「じゃあそれにする!ありがとー、那月君!」

 5つのカップを上から見ながら私は言う。
「そうだなぁ……ちょっぴし濃いヤツとか」
「濃いって、それはつまり苦味のあるのって事かな?」
「うーん。いや苦すぎるのはアレなんだけど。……まぁ、どれでもいいか。オススメとかある?」
 そう言うと、城崎君はすいっと一つのカップを薦めてくれた。
「僕のオススメはこれかな。結構ちゃんとコーヒーの味してると思うし」
「じゃあそれにする!ありがと、城崎君!」

選択肢2 終わり

 ◇

 貰った飲み物片手に探偵業は続く。
 そしてまた少しばかり時間が経った頃、やっと文房具店の中の二人は動いた。
 とうとう精算をするようだ。
「買い物は終わるけど、この後どっかに行くんでしょうかね?」
 一応今回の買出しで必要なモノは全部あの文房具店で買えるハズだったから。
「そりゃお前、これからが醍醐味だろ? だってデートなんだろ?」
「そ、そうだけどさ……あ、ヤバイ!隠れて!」
 店を出た二人がこちらに向かってきたので慌てて隠れてやり過ごす。
 っはー……危ない危ない。
「結構大きな袋を持っていたな。紙類かな?」
「うん、多分そうだと思うよ。画用紙デカいの買ったらあのくらいになると思う」
 言いつつ、後を尾ける。
 やはり買い物は終わったようで、二人は一直線に出口に向かっていた。
「まさか――これでもうお開きって事は無いよなぁ?」
「ま、まさか……」
 ヘタレなヤツならともかく、一剛君は多分違うでしょ!
 しかしショッピングセンターを出て向かっているのは駅の方向にしか思えない――と思っていたら。
「あ」
 道を曲がった。
「この先って何だっけ?」
「公園だなー。美波は行った事無いのか?」
「うん。こっち来てあんまり周辺回れてないしなぁ。櫻も無いよね?」
 同じく田舎出の櫻に話を振ると、否、と言われてしまった。
「俺は陸上部の練習で外走りあるから。 大きな公園でな、池もあるぞ?」
「え!じゃあもしかしてボートとかも!?」
 池=ボートというのは安易過ぎる発想かもしれないけど、つい訊いてしまった。
「あぁ、ボートもあるよ。僕達も小学校の頃乗ったなぁ」
「へー! あ、じゃあ一剛君、そこに向かってるんじゃない? だってデートのお約束に二人でボートっていうのがあるし!」
 そんなお約束が本当にあるのかは置いといて。
 しかしシチュエーションとして大いに有り得るのは確かだ。

 そしてその読みは当たっていたらしい。
「一剛君やったー!!」
 よっしゃぁっとガッツポーズをする私と、
「……う、うう……これは喜ぶべき事、なんだけど!!」
 悩む先輩と。
「あの香澄ってヤツはバカなのか?濡れたらマズいもん持って、濡れやすいトコ行くなんて」
 呆れる櫻と。
 ……それも確かにそうだ。
 と思ったけど、ボートに乗り込んだ一剛君の手には荷物は無かった。
 不思議に思って乗り場の方まで行ってみると、ロッカーが並んでいたので、つまりここに預けて行ったって事なんだろう。
 ……。
 ……し、しかし――ここに来てしまうと、なんか、こう。
「あ、あの……ボート、乗りたい。とか言ったら怒るかな?」
 乗りたくなるじゃないですか、ボート!!!
 昔からこういうのが好きだったもので、あったらほぼ確実に乗ってたんだよなぁ。
「別に僕は構わないと思うけど――誰と乗るのかな?」
「誰、と……って」
 今まではほとんどが芳くんで、それ以外は櫻だったんだけど――うーん、どうしよう?

選択肢3

櫻 +1

 ん……じゃあ、まぁ、慣れてるって事で。
「櫻、一緒に乗ろ?」
「おう!」

那月 +1

「そうだなぁ……あ、那月君。どうかな?」
「えっ、あっ、う、うん……!」

冬輝 +1

「じゃあ、城崎君一緒に乗らない?」
「あぁ、いいよ。お供しよう」

選択肢3 終わり

 ◇

 よし!一緒に乗る人も決まったし、いざ出陣!
 ――と向かっていたら、いつの間にか横に奏和先輩がやってきていて。
「せ、先輩?」
「美波ちゃん。ちょっと話があるから一緒に乗ってくれるかな?」
「えっ、あ、え……」
 あれよあれよと言う間に、先輩と二人で乗る事になっていた。

 ぷかぷか浮かぶお舟さんの上で先輩と二人。
 ――これがデートとかそういうのだったらお花が飛んじゃうようなほんわかラブラブ雰囲気が漂うんだろうけど。
 葬式会場か、ここは。
スチル表示 「あの、先輩……話って?」
 先輩の言い方はともすれば愛の告白かと思うけども、この雰囲気から察するにそんな事は無かったぜ!の確率が100%だ。
 そしてそれは外れることなく、先輩は鎮痛な面持ちで口を開いた。
「やっぱり……恵梨歌は一剛君と付き合っちゃうのかなぁ?」
「え……いや、それはどうかわかんないですけど」
「一剛君は前から知ってたけど、なんでこんな事になったんだろう……いきなりじゃない」
「いや、それは恵梨歌ちゃんに告白したヤツが居たから危機感を持っただけであって」
「でもそれは断ったって聞いたよ?」
 ……。
 え?
「聞いたって誰に!?」
「恵梨歌にだよ」
「!」
 情報の相互認識がすごい兄妹だとは思ってたけど――ンな事まで話してるんか!!
「呼び出されたけど、そもそも別の人に手紙渡させたらしくて。そんなクズとは付き合えないって言ったって」
 ……く、クズ。
「だから僕はその事に関しては大して心配したりしなかったんだけど……でも今回はちょっと違うくて」
 舟を一剛号とは一定距離を保って進ませる。
 あんまり近づくとバレるので、二人の事は遠目にしか見れない。当然会話も聞こえない。
「昔からの知り合いだから買出しが二人きりでもOKしたのかな?今、このボートも乗ったのかな?
 それとも――恵梨歌も一剛君の事が好きなのかな?!」
 悲壮な顔で言われたけど、なんて返せばいいのやら。
「先輩はそれだったら困るんですか?」
「え……ううん、そういうわけじゃないんだけど――」
 言いよどむ先輩に、私は続ける。
「恵梨歌ちゃんが一剛君を好きかどうかはわかんないですけど、でもそれが事実だったら祝福してあげないと!
 両想いカップルなんですから!」
「そう――だよねぇ……」
 ま、“そうだとしたら”の話だけど。
 なんて思っていると、奏和先輩は深く息を吐いて、力なく笑った。
「……昔から親の愛情はあったけど、親だけで完結してる所もあって――悪く言えば自己中心的な人達だったからさ……どうしても兄妹の依存度は高くなってて。だからかな――妹離れしなきゃなんないのって結構辛いね」
「先輩……」
 恵梨歌ちゃんの話を聞く限り、かなりラブラブ度のキツいご両親だったっぽいしなぁ。
 置いてけぼり食ってた部分は絶対にありそうだ。
「でも恵梨歌が幸せなら祝福してあげないといけないよね、兄として!うん……そうだよね!」
 ぐっと顔を上げて二人の方を見る。
「探偵ごっこして良かった。僕はもう、……恵梨歌離れする事にするよ」
 そして視線を今度はこちらに向けて、
「美波ちゃんが一緒に来てくれて良かった。……ありがとう、美波ちゃん」
「え、いや――そんな、いいですよ」
 奏和先輩は100%の心配だったかもしれないけど、少なくとも半分は興味本位で来た自分にはその感謝が痛いモノがあって。
 でも、ま、それをわざわざ言う事も無いか。
「恵梨歌ちゃんの気持ちが一剛君にあるかどうかはこの際置いといて。次は先輩が恋を見つけなきゃ、ですよ~!」
「! う、うん……そうだね!」
 ちょっと茶化して言った私に、先輩はにっこり笑ってくれたのだった。

 *

 そしてボートを満喫した私と先輩を待っていたのは、結局乗らなかった3人と。
「お兄ちゃん、美波ちゃんおかえりなさい♪」
「……二人ともボートまで……」
 悪魔の笑みの恵梨歌ちゃんと、項垂れる一剛君だった。
「ヒッ、な、何故ここに?!」
 バッと池を振り返る。
 だ、だって、まだ遠くに居るからこっちが絶対先に乗り場まで帰れるって――思ってたのに?!
「お兄ちゃんと美波ちゃんがちんたら漕いでる間に帰ってきたの」
 ……しまった、スキルの違いを考慮してなかったようだ。事実、私達はえっちらおっちら運転だったしなぁ。
「それで?尾けてたの?」
「うっ、そ、それは――ですね、その」
 にっこり笑う恵梨歌ちゃんにただただ恐怖を覚える。
 さっき文房具店で見た笑顔とは完全に種類が違って見えた――一緒なハズなのに、だ。
「美波ちゃん?」
「すすすすすすすみません、尾けてましたすみません、どうかお許しをおおおお!!!」
 なんかもうダメな気がして、すぐさま謝ってしまった。平謝りってヤツだ。
 見ると私以外の4人も深く頭を下げている。
 謝るっていう意味も当然あるだろうけど、恵梨歌ちゃんの顔が怖くて見れないってのも確実にある気がする。
「……全く、何か見られているような気はしてたけど――本当にこんな事するなんて思いもしなかったわよ」
「ごめん……」
 そう言うと、大きくため息をつかれた。
「まぁ、いいわ。買い物はちゃんと出来たし、ありがとう一剛君」
「えっ、い、いや!いいんだ!俺は――俺は、恵梨歌と出かけられて嬉しかったし!」
「わたしも一剛君とお出かけ楽しかったよ。また機会があったらお出かけしようね――尾行無しに」
「!!!! あ、ああ!!」
 にっこり笑う恵梨歌ちゃんに、悪魔の恐怖は感じない。
 これって――もしかすると、本当にもしかするんじゃないだろうか。
 まぁ、単に一剛君への悪意が全く無いってだけかもしんないけどね……。

 その後、折角皆居るし、って事で前に行ったケーキ屋さんに行く事にした。
 そして私はそこで恵梨歌ちゃんに奢り、私には櫻が奢った。
「……約束だからな」
「うん、ありがとー!櫻!へへ、お礼に一口あげる!!」
 約束っていうのはテスト勉強云々の時の話だ。
 目標点に達したら、好きなだけケーキ奢るって言ってたもんね!
 まぁ、教える方が教えられる方より立場が弱いっていうのも変な話だったとは思うんだけど。
 全部はまだだけど、昨日返ってきた分は目標点越えてたからね~。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
 上機嫌でケーキを差し出す私と、何故か顔を赤くする櫻の構図を見て、他の人達がポツリ。
「これは餌付けじゃなくて――すごくもやもやする、アレか」
「櫻ばっかりズルい!オレも!」
「ふふ、でもやっぱり餌付けじゃないかなぁ」
「一剛君もわたしの食べる? アレしてあげようか?」
「えっ!!い、い、いっ、いやっ、だ、大丈夫!自分で……!」
 なんて。ま、色々あったけど楽しく美味しく頂きましたとさ。


 * * *



 そして学校に戻り、買出し結果を報告。
 午後からいつものようにトレーニングやらなんやらをして部活終了。
 次の日も午前中だけ部活をして終了した。
「悪いな、明日には出来ると思うから――」
 紅葉さんのお話を待って、いよいよ明日から本格始動ってワケであります。
 さて、やる事は多々あるだろうから、一発気合入れてやってみせようじゃあありませんかー!