当コンテンツは株式会社ixen「ラブシチュ」にて配信されたゲームのシナリオのWEB小説版です。
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▼ 特別シナリオ 秋ヶ谷奏和
さてはて文化祭が終わって早数日、学校は長期休暇に入っていた。
すぐに実家に帰る人も居るには居たけど、大多数は寮に残っている。
残る理由は登校日やら夏期講習やらってのもあるけど、一番大きいのは部活か。
少なくとも、1年生は全員が部活に入っているワケだから、なかなか帰れないって事だ。……まぁ、夏にほとんど活動しないトコもあるけども。
活動する部活でも、休暇中ずっとしてるって事も無く、それぞれにお休みはあるんだけどね。
* * *
そんなワケでお休み中も部活さんな私達。
学校のある日でも無い日でも関わらず、部活でまず最初にやるのは筋力トレーニングなんかの類で。
「今日は炎天下なので皆水分補給はきっちりね」
これはなかなかに体力を消費するのでいつもならお茶か水を持ってくるんだけど、今日は川北先生が清涼飲料水を用意してくれていたらしい。走って筋トレして、部室に戻ってから飲んだソレは本当に美味しく感じられた。
「っかー!!たまんないですね!!」
「……なんか親父くさいよ、美波ちゃん」
「すいません、つい」
ぷっはー!と口元を拭いつつ言いうと、奏和先輩に苦笑されてしまった。
いや、しかし!この反応はビールを飲んだ大人や、はたまた風呂上りのコーヒー牛乳の感覚に近いので仕方ないのであるっ。
「でも本当に美味しいね~。お茶とかより早く体力回復しそうな気がしてくるし」
「ですよねー! 先生っ、ありがとうございます!」
ぺこっ、と川北先生に頭を下げる。
「あらいいのよ~。さぁ、汗もきちんとタオルで拭いてね」
そう言いつつタオルを首にかけてくれる。至れり尽くせりってこの事か!
ふんわりしてて、某CMのように匂いを吸い込みたくなるくらいのタオルを感じつつ、ニヘラッと笑う。
そしてテキパキと動いて皆を気遣ってくれる先生を見つつ、口を開いた。
「いやー、先生はいいお嫁さんになれますねぇ」
「やだ、高科さんってば」
ひらひらと顔の前で手をフリフリ、先生は答える。
はぁ、その仕草可愛すぎますよ。ちょっと年齢行った人ならただのババ臭い行動にしか見えないそれも、先生にはよく似合う。
――等と考えていると、ぽむっと頭に手を置かれた。
紅葉さんだった。
なんだかニンマリと笑っていて、そして小声でこそっと呟いた。
「美波……わかってるじゃないか。翠先輩は本当に良いお嫁さんになると思うぞ……」
少し前に川北先生といい感じにまで漕ぎつけたらしい紅葉さん。
その後にもっと小さく、
「お、俺の……な」
なんて付け足しやがった。ちょっと調子乗りすぎじゃねーか、アンタ。
「まだほんのちょっぴり進展しただけなのにエラい強気ですね、紅葉さん。川北先生すごい可愛いですから、途中で誰かに掻っ攫われないように気をつけた方がいいんじゃないですかー」
「おまっ、人が幸せの絶頂に居る時になんて事言うんだ!」
「すいません、ちょっとイラッとしちゃって」
「にこやかに言う事じゃないだろう!」
……うん、まぁ、確かに言う事じゃないんですけど。
でもこの暑い中、更に熱いのに当てられると人間イラつくのも仕方ないワケで。
「――まぁ、せいぜい頑張ってくださいね。一応応援してますよ」
「くっ……全然応援魂が感じられないけどな!!」
嘆く紅葉さんだったけど、すぐに気を取り直して先生の顔になった。
「……まぁ、いい。――休憩し終わったら、練習に戻るように!」
そうして練習に戻った頃、ふと視界の端を動くものがあったのでそちらに目をやると、川北先生が何かを抱えて廊下を歩いている所だった。
ちなみに今は外で発声練習中だ。
「ん……?」
よく見ると先生が抱えているのは大きな水筒らしい。
丁度さっき私達に配ってくれた飲み物が入っていたモノに似ている。
「どうかした、美波ちゃん?」
私の声が止まったのに気づいたのか、奏和先輩が近くまで寄ってきた。
「先輩。 いや――先生、どこに向かったのかな、って」
「川北先生?」
はい、と返しつつ、川北先生が向かった方向を指す。
「……向こうは――音楽室、かな?」
「音楽室ってーと、吹奏楽部に何か用事でしょうかね?」
吹奏楽部の面々とは球技大会の頃から親しくさせて貰ってるので、顧問同士の交流があってもおかしくないし。そもそも先生間で何かあったのかもしれない。
「よくわからないけど、気になるのなら帰ってきたら訊いてみたらいいんじゃないかな?」
「そうですね……」
訊くほど気になってるワケでも無いんだけど……うん、一応そうしてみよう。
「はい、それじゃあ練習に戻ろうね」
ぽむっと頭に手を置かれる。さっきの紅葉さんと同じような感じだけど……。
「は、はい……」
ほわんと心に広がるものがある。
――さっき、紅葉さんが“幸せの絶頂”とか言ってたけど……実は私もなんだよなぁ。
なんだかんだあって先輩と付き合うようになって数日。
大した変化は無いんだけど、こんな風にして些細な事にもすごく幸せを感じる日々を過ごしているのだ。
先輩の後姿を見送りつつ――それぞれ少し離れた所で練習しているので――、私は頬を緩ませていたのだった。
それから今日の分の練習が終わり、部室に集まった。
いつもならここでお疲れ様でしたー、また明日ーなんだけど、今日はちょっと違うらしい。
「次の予定なんですけど」
先輩がこう切り出しながら、なにやら1枚の紙を机の上に置いた。
その紙には“コンクール”と書いてあり、その前にこの辺りの地域名が書いてあった。
「今度はここのに出てみようと思うんですが、どうでしょう?」
開催日は今から大体1ヵ月後ってトコか。申し込み日はだいぶ迫ってるけど。
「いいんじゃないか? 後で俺が申し込んどいてやる」
紅葉さんがその紙を取って申し込みを確認する。私はよくわからないけど、紅葉さんはきっちりわかってるだろうから安心だ。
「演目は――そうだな、今回は新しいのじゃなくて、前のをもう1回やってみるか」
「というと?」
「“薔薇姫と騎士”だ。あの時弱かった部分も、もっと詰めていけば良いものになると思うしな」
「そうですね。皆もいいかな?」
反対する理由も無いので頷く。見ると、皆も同じように頷いていた。
「よし、それじゃあ今後はそのコンクールに向けた練習をしていくぞ!」
「はいっ!」
皆大きな声で返事をした。
目標が決まればより一層気合が入るってモンだ!
頑張るぞーっ!!
*
とは言え、今日の部活はもう終わりなので寮への道をトコトコ歩く。
高確率で実行しない文句の一つの“明日から頑張る”てな感じになっちゃってるけど……まぁ、そこはそれ、すぐに出来ない事もあるってことで。ちゃんとやるよ!明日からね!……いや、ホントに!
「しかしコンクールですか~。今度はもうちょっと上位狙いたいですよねっ」
隣を歩く先輩に言う。
「うん、そうだね。前は“期待賞”を貰ったけど、全体から見ればまだまだの位置だったからね」
「ですよねー……だがしかし!今度は時間もありますしね!」
今までと違い、既に一度やってる演目だから基本的に道具なんかは前のままで使える。
よって道具制作にかかる時間が少なく、かなり余裕のあるスケジュールになりそうだ。……いや、前の時も皆に協力して貰ったから私達はあんまりそういう作業してないんだけども。
でも演技の方も一からというわけじゃないので、やっぱり気分的にも余裕があると思う。
問題はキャスト、だよなぁ。
あの時は美術部の皆さんにエキストラとして入って貰ったからなー。
美術部は夏の間の活動も無いので、ほとんどが帰省中だと聞いている。だからまた頼むワケにも行かないし……。
先輩にもソレを話し、二人でむーんと悩んでいると、後ろからがやがやと声が聞こえてきた。
「あ、吹奏楽部だ」
「お、そういうそっちは演劇部。部活もう終わったの?」
かっちゃんがタタタッとこちらへやってくる。
「うん、終わりー。午後はフリーだから……課題やるよ」
「はは、そこで遊びに行くってすぐに出ないのがいいねー。ウチ等は午後も練習」
「おぉ~、頑張るねー!」
てっきり私達と同じように午前中だけかと思いきや、だ。
すると木ノ川先輩がひょっこり顔を出した。
「そう、頑張ってるのよあたし達!なんたってもうすぐ夏のコンクールだものね!」
気合十分の顔に、片方の手は握り拳を作っている。
燃えてるなぁ!
「コンクールは近いんですか?」
「えぇ、1週間後よ!今年こそ……上に進んでやるんだから!!」
どうやら1週間後のは所謂地区大会らしい。そこでの成績上位校が、次のブロックへ進めるというモノ。
これは大抵どこの部活でもそうなんだと思う。
「頑張ってくださいね!1週間後だったら、ホントもうラストスパートですもんね!」
ぐっと自分も両手を握って言った。
「応援ありがとう高科さん!あぁ、そういえば――今日川北先生が差し入れ持ってきてくれたのよ。確か演劇部の顧問だったわよね?」
「あ、はい」
川北先生・差し入れ、という言葉を聞いてピンと思い浮かんだのが発声練習中の廊下を歩く先生の姿だ。
訊くの忘れてたけど、やっぱり吹奏楽部の方に行ってたのか。
「冷たい飲み物持ってきてくれて、すごく助かったわ~。合奏中はクーラーつけるんだけど、それ以外はダメだから皆暑さで参ってたところなの」
吹奏楽部も演劇部同様、個人練習は外でやってるからなぁ。そりゃ暑いわ。
「おかげで今日の練習はかなり捗ったわ!指揮棒振ってる先生も相当調子良かったしね。まぁ、アレは飲み物云々じゃないだろうけど」
「へ? どういう意味です、それ」
意味深な言い方だったので、つい訊くと木ノ川先輩はニンマリと笑った。
「ウチの顧問、川北先生大好きなのよね~。だからすごく喜んでたっぽくて。ねー、かっちゃんもそう思うでしょう?」
「ですねぇ。デレデレって感じでしたし。ホラ、高科ちゃんも知ってるでしょ、音楽のせんせ。アレ、ウチの顧問」
音楽の先生っていうと……な、名前は思い出せないけど、結構若い男の先生だ。
爽やかそうなナリだけど、反面声は渋くてなかなか素敵な先生だったハズ。
……って、え?!
「じゃあ音楽の先生は川北先生を狙ってる、と!?」
「狙ってるってまでは行ってないと思うけど、気にしてるのは確かだと思うよー。まぁ、川北先生特定の相手居ないみたいだし、今がチャンスですよ!って煽ってる先輩居たからどうなるかわかんないけど……」
かっちゃんが答えてくれる。
特定の相手……って!
「でも今はっ――」
と、思わず紅葉さんの事を言いかけたけど、慌てて口を閉じた。
こういうのって他の人が言うのも何だしなぁ……うう、言いたいけど、でも、許可取ってるワケでも無いし!
言いかけたのをやめてウンウン唸ってる私を気にしつつも木ノ川先輩は続けた。
「ん? ま、そのおかげって事でも無いけど先生も燃えてるし、とにかくあたし達はコンクールまで1週間みっちり練習詰めなのよ。
さっ、ちゃちゃっとご飯食べて練習に戻るわよ。吹奏楽部一同、駆け足ー!」
おおー!と声をあげて皆走っていってしまった。
元気っすなぁ。
ぽへーと後姿を見ていると、
「元気だねぇ、吹奏楽部」
奏和先輩も似たような事を思ったらしい。
「なんでも、もうすぐ夏のコンクールらしいね。それは確かに燃えるよね」
先輩も向こうで別の部員の人と話していたようだ。
「僕達も負けてられないね!」
「ですねー!!」
ぐっと気合を入れる。まっ、明日からなんだけどね!!!
*
次の日、部活に行ってすぐに筋トレ~と思ったのだがその前に話があるらしい。
「コンクールの事なんだけどな」
ちょっと困った風な顔をして紅葉さんが言った。
「前にやった時は美術部のヤツとかに手伝って貰っただろ?でも今回はそれは無理――となると役者が全然足りないんだ」
昨日奏和先輩と話してた通りだ。
「もうちょっと正規部員が居ればなぁ……今回は高校として出すから一剛も使えないし。……誰か出てくれそうなヤツ居ないか?」
うーん、と唸る。
演劇部の事を知ってて、時間があって、更には手伝ってくれるような人……。
「あ」
「美波、誰か知ってるか?!」
「いや、知ってるっていうか――吹奏楽部の面々は夏コン終わった後なら手伝ってくれるかな……とか」
1週間後にあるというそのコンクールを終えたら少しは時間があるんじゃないだろうか。
……と思ったけど、それって地区大会で敗退する前提だからすごく失礼な話だった。
木ノ川先輩を始め、皆燃えてるトコにそんな前提話切り出したら最低だよな……。
「や、やっぱり無理っぽいかな……」
頬をかきつつ言うと、私の言いたい事を察したのか紅葉さんは小さく頷く。
「吹奏楽部もこの時期は忙しいからな……でも、万が一時間が出来るようならば……って、いや、こういう話はダメだな」
ですよねぇ……。
「しかしそうなると他に手伝ってくれそうなのは――」
「・ ・ ・ ・ ・ ・」
沈黙が場を制する。
ううう、ちくしょー!もうちょっと人数多ければこんな風に悩むことも無かったのになぁ!
項垂れているとパンッと後ろで手を打つ音が聞こえた。
「わかった――とりあえず、先生がさり気なく訊いてくるわ!丁度吹奏楽部に用事もあるし」
川北先生だった。
「用事って……飲み物ですか?」
「あら、知ってたの高科さん。昨日持って行ったらすごく喜ばれちゃって、二神 (ふたがみ) 先生にも是非って言われたから今日も、ね」
手で示した先には大きな水筒が2本。1本は演劇部用でもう1本が吹奏楽部に、って事か。
……しかし、“是非”って言ってもコレだって結構高いんじゃないだろうか。
そんな事を思っていると、それが伝わったのか先生はニッコリと笑いつつ話してくれた。
「これ、粉のを溶かしたものなんだけどね。前に大量に懸賞で当たって、家に溢れてるのよ。だから元手はほぼゼロなの。それにあったとしても、吹奏楽部の皆には随分お世話になってるものね。少しでも恩返ししなくっちゃ」
「先生……」
ああ、すいません。高いとかそういう問題じゃなかったのに!
「そういう事だから、行ってくるわね。葉月君いいかしら?」
「はい。お願いします」
コクッと紅葉さんが頷いた。
私達もお願いします、と頭を下げる。
それから宣言通りに川北先生は音楽室へ、私達はトレーニングへと移ったのだった。
そして筋トレも終わり、発声練習も終わった頃に川北先生は帰ってきた。
遠くから廊下を小走りに来る先生の右親指がクイッと上がっている。……って事は?!
「OK貰えたわよ~!」
「おおお!」
さり気なくって事だから、すぐに返事貰えるような話にはならないと思ってたんだけど――。
「でも条件があるの」
「条件?」
「えぇ、――コンクール当日に搬入なんかの手伝いをする事。これが条件だそうよ。
それと上のブロックに進めた場合は手伝って貰ったとしても、こっちには出られないかもしれないって事ね」
「なるほど……」
ま、そりゃそうなんだけどね。
文化祭の時も交換条件としてお手伝いさせて貰ったから、それと似たようなものだろう。
それに上のブロックに進めたらスケジュール的に被りそうだし、そういう事になるのは当たり前だ。
「でも万が一、演劇部のコンクールまでに終わってしまった場合は全力で手伝ってくれるそうだから!」
「は、はぁ……」
この場合喜んでいいのか迷うんですが。
「勿論皆そんなつもりじゃないけどね、でも万が一の話よ。部員の皆は当然、二神先生――顧問の先生も了承してくださっているから」
そう言った後、先生は頬に手を当て、
「それにしても二神先生があそこまで部活動に熱心な方だなんて知らなかったわ……」
ほわんと呟いた。
「先生も演劇部に対する情熱はあるけれど、二神先生には負けてしまいそうだったもの。びっくりしちゃった」
「? 一体どんな話してたんです?」
ただ飲み物を届けた+お伺いを立てただけにしては帰りが遅いので話しこんでいたんだとは思うけど。
「それがね、頑張ってくださいねって言ったら、両手握ってありがとうございます!って何度も頭下げられちゃったの。
それから今年の吹奏楽部がどれだけすごいかって説明してくださって」
「二神先生って爽やかそうに見えたけど随分暑苦しい人だったんですねぇ」
川北先生の話に相槌を打つ恵梨歌ちゃん。……相槌の内容が辛辣なのが気になるんだけど。
でもその辛い部分は取らずに、先生はふんわり笑った。
「えぇ、そうなのよね。あんなに熱い気持ちを持った方だなんて知らなかったわ。先生も頑張らなくてはね!」
ぐっと握り拳を固めて気合を入れる川北先生。
その後ろで別の意味で握り拳を固めている人が居た。
「……て、手、を、握っただと……しかも両手!?」
「紅葉さん、その拳を相手にめり込ませたらダメですよ?わかってますよね?」
「わ、わかってる……でも、ちくしょう!俺もまだだったのに!!」
「……」
“いい感じ”になったっぽいから手くらいは握ってるモノだと思ってたけど……どんだけ奥手なんだ紅葉さん。
私なんか抱きしめられちゃったもんね!ふへへへ、勝った!!
――って、自分で思っておきながら恥ずかしくなってきた。
パタパタと妄想を散らしていると、ふいに先輩と目があった。
「ん? どうかした?」
「いい、いいええ!!」
今貴方との思い出を脳内再生してました。……なんて言えるハズが無い。恥ずかしいにも程がある!
パタパタと更に頬の熱も飛ばしながら先輩から視線を逸らす。
すると握り拳を開き額に当てている紅葉さんが目に入った。
……うーん、凹んでるなぁ。
こんな状態の紅葉さんに言うのもなんだけど、一応情報は耳に入れといた方がいいだろう。
という事で、二神先生が狙ってますよ的な事をこっそり告げた。
「なっ?! そっ、それは本当か……!」
「えぇ、確かな筋からの情報です」
こんな風に言うとややリアリティにかける気もするけどね。
「そうか……うう、今すぐにでも二神の所に行って翠先輩は俺のモンだと言ってやりたいが――それでもし向こうのモチベーションが下がってもコトだしなぁ」
「ですね……」
指揮っていうのは結構重要だったりするらしいから、もしコレで二神先生が変になっちゃったら吹奏楽部員が可哀想である。
「悔しいのはわかりますけど、色々言うのはコンクール終わるまで待ちません?」
「……仕方ないけどそうするしかないよなぁ。生徒に被害が及ぶのはよくないからな」
さっきも言ってたように今すぐにでも音楽室に飛んでって主張したいんだろうけど、我慢だ紅葉さん!
私が紅葉さんに教えるのを待てば良かったんじゃと思わないでもないけど……すぐに対処出来ないにしても、一応は知っといた方がいいと思うし。……うん、いいよね!
しかし“主張”かぁ。
紅葉さん達みたいに周りがそういう事を知らないと、こんな事態に発展してしまう事もあるワケで。
……。
つい、と先輩の方を見た。今度はこちらには気づかないのでその後姿を見つめる。
先輩との事も皆には話してないんだよね。ま、いつもの秋ヶ谷兄妹連絡網で恵梨歌ちゃんは知ってそうだけど。
川北先生に恋する二神先生みたいに、奏和先輩に恋する人が今後出てこないとも限らない。というかもしかしたら既にいるかもしれない。
そういう人達を牽制するためにも、私も主張するって事を考えておかないといけないかもなぁ……。
*
結果次第でどうなるかまだわからないものの、一応は役者を確保出来そう。
という事でコンクールに申し込んだ。
「役柄は前と同じだ。――いいな?」
「えええええ!!!」
すぐさま反応したのは那月君だった。
「また冬輝ぃ!?」
「なんだ那月、文句でもあるのか?」
城崎君が涼しい顔で言うけど……まぁ、文句あるから声あげたんだろうなぁ。
「那月がしたがってたのはわかるが、今回はお預けな」
「今回“も”だろーがよー!」
だむっと机を叩く。
「ちくしょー……じゃあオレ、またやられる役かぁ」
那月君は最後は倒される悪魔だもんね。仕方ない。
他に反対意見も無く、練習は開始される事になった。
……のだけど。
「……うーん」
台本を改めて読みつつ、一人考える。
最後のラブシーンについてだ。
別に自分の役にも、話の進みにも異論があるわけじゃないんだけど。
けど!!
「――先輩はコレ、何も思わないのかなぁ……」
那月君が反対してた時、先輩はただにこやかに笑ってるだけで別に何も言わなかった。
いやっ、何か言って欲しいって事じゃないけどね!
でも……仮にも“彼女”のラブシーン、ちょっとは気にしてくれていいんじゃないのかなぁ……なんて。
ふぅ、と大きくため息。
「美波ぼーっとするなよー」
「あっ、はい!」
紅葉さんに注意されてしまった。
イカンイカン、先輩がどうあれ、今は練習に集中しないと!
*
その日の帰り、また吹奏楽部と一緒になった。
昨日と同じくお昼を食べに寮に帰るトコらしい。
「あ、吹奏楽部だ」
「そういうそっちは演劇部」
……既視感を感じるやりとりをしつつ、でも昨日とは違って頭を下げた。
「演劇部のお手伝いしてくれるんですよね。ありがとうございます!
いつもすみません」
「あぁ、いいのよ。それにそっちも手伝ってくれるんでしょう?楽器運ぶの、文化祭の時より大変だから助かっちゃう」
部長同士の話の横で1年同士でも話をする。
「ホントにありがとー!いやっ、でも、上の大会に進めるよう応援してるよ!」
「うん頑張るよ!先輩も先生も言ってたんだけど、今年はかなり調子いいみたいだからね~!
ウチ等1年も死に物狂いでやってるよ!……だって」
かっちゃんの強い口調が途端弱くなる。
「だって?」
「……今回の大会で進めなくなったら、それで先輩達引退になっちゃうから」
「えっ」
「だから少しでも長く一緒に居れるように頑張る! 勿論、純粋に上にいけるように、も頑張るけどね」
「お、おぉ……頑張れ!」
そうして少し話をした後、やはり吹奏楽部は駆け足で去っていった。
「気合たっぷりって感じね。わたし達も見習わなくっちゃ」
「そ、そうだね!」
恵梨歌ちゃんの言葉に同意しつつも、私には気になる事が出来ていたのだった……。
翌日、部室にやってきた私はコンクールの事が書かれたプリントを見ていた。
夏にあるコンクールって事は、やっぱり吹奏楽部のと似たような感じなんだろうか。
そしてこれより上に進めなければ、もう終わり。先輩は引退してしまって……。
「っ」
下唇を噛む。
なんてこった。
前よりは上位に行きたいね、なんていう話じゃない。絶対に行かなきゃ、ダメじゃないか!
“先輩と一緒に居たいから”というのは不純な動機かもしれないけど、でも!
――付き合い始めたとは言え、実質の関係が何か変わったかと言われるとあまり変わっていない。
部活以外で会うことはほぼ無いと言っていい。
……のに、その部活という接点が無くなるなんて、死活問題過ぎるよ!
「美波、どうかしたのか?」
「くっ、紅葉さん……!」
幸せの絶頂が二神先生によって破られようとした紅葉さんと同じく、私の幸せにも微妙に亀裂が入ったような気がした。
「何が何でも、上を目指しましょうね!!!!」
ええい、しかしそんな亀裂に負けてなるものか!
どこまでも突き進んで、出来る限り長く居られるようにしなくっちゃ――!!
とは言え、人間そううまくは行かないもので。
「美波っ、またぼーっとしてるぞ!!」
「え、美波ちゃんそこ台詞違うよ?」
「高科さん……!スソを踏んでるよ!!」
「美波ー、何回トチんだよ……」
えとせとら、エトセトラ……。
失敗が多くなる、なんていう可愛いモンじゃない。
失敗ばっかりだ。
「美波ちゃん一体どうしたの?何だか少し前から変だよ?」
奏和先輩が心配そうな顔で気遣ってくれる。
うう……先輩と長く居たいから頑張ってるんです……。
と言いたいけれど、それが全て空回りしてる今の状態じゃあとてもじゃないけど言えるハズが無い。
「すみません……」
しょぼくれて項垂れるくらいしか出来ない。
それがかえって心配かけてるんだろうけど……ええい、しっかりしろ美波!
でもその後も失敗ばかりして、仕舞いには紅葉さんに練習を打ち切られてしまった。
「あー、ダメだダメダメ。美波はしばらく頭冷やさないと先進めないな」
「つ、次はうまくやります!!」
慌てて言うけれど、ふーと首を横に振られる。
「ダメったらダメだ。皆お前のトチったトコに付き合わされて疲れちゃったし、お前もぐだぐだに磨きがかかってんぞ」
「う、そ、それは……」
最初の失敗から、回を追うごとに酷くなっている気がする。
うまくやろう、うまくやろうと思う程、失敗してしまうのだ。
「何も役降ろすって言ってんじゃないんだから、そう落ち込むな。
今回はまだ余裕があるからな――しばらく休めば大丈夫だろう」
「すいません……」
時間があるとは言え、こんな風に使うのは実に勿体無い話で。ただ休むとか、アホみたいだ。
ますます項垂れそうになった私に、奏和先輩が助け舟を出してくれた。
「じゃあこうしたらどうかな。今回道具はあんまり作らなくてもいいけど、それでも足りない所はある。
ってことは材料も必要になるって事で。気分転換ついでに買出しに行くっていうのは?」
ナイスアイディアじゃない?と先輩が笑う。
紅葉さんもそれに同意した。
「あぁ、そうだな。たんに気晴らしで遊べ、っていう程の余裕があるワケじゃないからな。
買出しに行ってくれると一石二鳥だ。ん、じゃあ頼んだぞ!」
* * *
そんなワケで、次の日部活は休みになり私は買出しへと行った。
最初は一人で行こうかと思ってたんだけど、先輩が助け舟を出してくれた時に“一緒に”と言ってくれたので二人でお出かけだ。
……ふふ、ふふふふ。
えへへへへへ!!!これってぇ、デートっぽくないですか!!
失敗ばっかの自分への戒めって意味もあるから、あんまりはしゃがずに目的だけを果たそうと思ってたけど、先輩が一緒に行ってくれるとなると状況は変わってくるワケでございまして!!
「せっ、先輩今日はよろしくお願いします!!!!」
校門の所で待ち合わせて二人でお出かけさん。
「うん、こちらこそよろしくね。 それにしても美波ちゃん元気いっぱいだね」
「そりゃそうですよー!だって先輩と二人でお出かけなんですもん!!」
「そっ、そ、そうだ、ねっ」
ウキウキ気分で言うと、先輩は一瞬驚いた表情になり、すぐに顔を背けた。
……え?
「せ、先輩……?」
何か気に障る事を言ってしまったんだろうか……?
「あ、ごめん――その、二人で出かけるんだって事あんまり考えてなくて……。
改めて思うと、これってもしかして、その、デートなのかなって思ったら……は、恥ずかしくなってきちゃった」
背けた先の顔は真っ赤だった。
その反応に、別に嫌がられたわけじゃないとわかって胸を撫で下ろす。
そしてその後すぐに自分もボッと赤くなった。相手が照れるとそれがうつるってヤツだ。
「そ、そそ、それじゃあ先輩……いっ、行きましょうか!!」
妙に声が裏返った気がするが、仕方ないっ。
とにもかくにも、私達は買出しへと出発したのだった。
学校を出て街中を少し歩き駅の方へ出る。
そしてまた少し歩いて大手のショッピングセンターへ。
前に恵梨歌ちゃんと一剛君が行った――そして私達が尾行した――ルートと同じである。
ちなみに買うお店も一緒だ。
「えっと、必要なのはコレとコレと……」
予め入用なものをメモしていたので、それを見ながら手際よく入れていく。
大体は絵の具やら紙やら布やら、ってトコだ。
カゴに全部入れてレジへ向かう途中、奏和先輩がふと立ち止まった。
「……先輩?」
「あ、いや、うん」
でも何事も無かったようにまた歩き出し、レジに並んだ。
清算後、また別のお店に行って買い足し。
その時にも先輩は少し立ち止まり、後ろから私を見ていた。……何なんだ?
必要なものを買い揃え、ちょっと喉が渇いたので飲み物を買う。前に来た時に城崎君が買ってきてくれたのが美味しかったから、それにした。
……にしても。
「あ、あの先輩……?」
ベンチに腰掛けて飲んでいたんだけど、その間も先輩から妙な視線を感じる。
始めは無視してたんだけど、そろそろ耐えられなくなってきた。
「何かあるんですか?」
「えっ?」
「いや、さっきから私の方チラチラ見てるから……」
「あー……うん」
答えつつも濁した言い方でしか無い。
ホントに何なんだ!と思っていると、困ったような笑顔で先輩は言った。
「――美波ちゃん、何が原因で失敗ばかりしてたのかなって思って。実は昨日の部活から観察してたんだけど、わかんなくて」
「へっ?!」
「昨日は本当にどうしちゃったんだろう、っていうくらい不調だったのに今日はそんな事無さそうだし。
僕が気づいていないだけで何か困った事があったのかもしれないって思ってたんだけど……」
「……」
心配して見ててくれたって事か。
「す、すいません……」
「謝らなくてもいいんだよ。でも一体昨日はどうしちゃったの?」
入れた気合が素晴らしく空回りなんです、と言えば簡単なんだろうけど……。
じっと先輩を見つめる。
このままじゃコンクールまで空回りで、もう地区大会で落とされてしまうだろう。そうしたらそこでもう終わり。
先輩は――引退してしまう。
改めて考えているとじわっと目頭が熱くなってきた。
「えっ、美波ちゃん!?」
ぽろっと涙が零れる。
な、泣くな美波ー! と思うものの、かえって止まらなくなるもので。
「美波ちゃん?! え、えっと……と、とりあえずここ出よっか!」
ぐいっと手を引っ張られそのまま店を後にする。
そのまましばらく歩いて、私達は前にも来た公園へとやって来ていた。
「一体どうしちゃったの美波ちゃん?」
「すいません……」
「謝るのはいいから。原因を教えて欲しいな。いきなり泣き出すなんて――よっぽどじゃない」
公園のベンチに座るように促される。
それに腰掛けると、先輩は座らず前に立った。
「ね、一体どうしたの?」
「う……」
「美波ちゃん」
「え、えと」
言葉を濁していたけれど、先輩の表情が険しくなっていくのを見てとうとう観念した。
……気合空回りとか情けなさ過ぎるんだけど。
「その――私達、もうすぐコンクールじゃないですか」
「うん、そうだね」
「で、そのコンクールで上位に行って次のブロックに進まないと行けないんですよ」
「う、うん」
「更にその次のにも、次のにも、ていうか全国のにも絶対行かないといけないんです!!」
「そ、そういう高い目標を持つのは良い事だよね」
「目標ってだけじゃないんです、実現しなきゃ!じゃないと、先輩ともう別れなきゃいけないじゃないですか!!」
「……ん?」
「だってこの夏コンが終わったら引退してしまうんでしょう!?吹奏楽部の人が言ってましたもん、先輩引退しちゃうから、少しでも長く入れるように次に進むんだって。だから私もそうしたくて!でも、そうやって気合入れても、空回りばっかで、失敗ばっかで……。
こんな状態だったら次なんかいけやしない、先輩とも……っ、も、もう終わっちゃう……!」
また悲しいのがこみ上げてきて目頭が熱を持ち出す。
ぐっと両手を膝の上で握っていると、その上からそっと先輩の手が重ねられた。
いつの間にか先輩はしゃがんでいて、目線は私より低い。
下を向いていた私からもよく見える表情は困った風な笑顔だった。
そして、
「美波ちゃん――のおばかさん」
コツンとおでこを叩かれる。
「早とちりの勘違いの思い込みで空回りって――ある意味スゴイと思うけどね。でも、今回に限ってはちょっとおばかさんだよ」
「おっ、おばかさんって!!でも!!」
真剣に悩んでるのにそんな言い方って!!!
……と言い返そうとしたけれど――ん?“早とちりの勘違いの思い込み”……?
思わず視線を泳がせた。
「まず最初の早とちりね。これはちゃんと説明しなかった僕も悪いかな?
今回僕らが出るのはこの地域の名前のコンクールだけど、所謂高校演劇の地区大会では無いって事。
ちょっと紛らわしかったけど、こないだ出たのと大して変わらない一地方のコンクールだよ」
「え、そうなんですか……?」
「そう。だから“上のブロック”なんてものは無いの」
……なんと。
「で次に勘違いね。
吹奏楽部の人に話を聞いたからややこしくなったんだろうけど、さっきも言った通りこれは地区大会じゃない。
つまり、吹奏楽部の夏コンクールとは全く違うものなの」
……。
「最後に思い込み。
その時どんな風に話してたのか知らないけど、僕まだ2年生だよ?文化部の引退は大抵3年生。
吹奏楽部でも引退するのは3年生だと思うんだけど、もしかしたら“先輩”っていう単語で思い込んじゃったのかな?」
……そ、その通りでございます。
「気合を入れてかかるのは良い事だけど、空回りしてちゃ意味ないよ美波ちゃん。
しかもその原因がありもしないモノのせいだなんて……ね」
ふふ、このおばかさん。とまたツンとおでこを疲れた。
ちっ、ちくしょーめー!!なんてこったい!!
「でも」
「!」
ストンと横に座って肩をぐいっと抱かれた。
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「僕と――長く居たいから、頑張ってくれようとしたんだよね。それはすっごく嬉しいな」
「せ、先輩……」
間近で見る先輩の顔にドキドキ状態だ。
でもその顔が……みょ、妙に怖く見えてきてるような。そう、まるで恵梨歌ちゃんのような……。
「けど、一つ聞き捨てなら無い言葉があったなぁ」
「な、な、なんでしょお?」
「わからないかな?――“先輩ともう別れなきゃいけないじゃないですか”って所だけど。
……なんで僕が部活を引退したら、別れなきゃっていう思考になるのかな?」
「っ」
にっこりと笑っているけど、寒気のする笑いだ。せ、先輩怒ってる……?
「言っておくけど仮に本当に引退したとしても僕は別れる気なんて無いよ?」
「で、でも部活無くなっちゃったら接点が……」
「……彼氏彼女で付き合ってるのに、部活とか関係あるの?」
「な、無い……ですねぇ」
「でしょう?」
言われてみればそうなんだけど、なんか思い込んじゃってたっていうか。
「だから離してあげないよ」
……。
ちょ、ちょっぴし怖いけど、でもそれだけ好きで居てくれてるって事だろうから!!
「の、臨む所です!」
私も先輩の事大好きなのは変わんないし!
握り拳を作って私は強く言い放ったのだった。
*
そして買出し後。
私は失敗続きがウソのように好調になっていた。
「あぁ、そうだ。そうやるんだ、美波!」
「先生……私、わかりました……!!!!」
キラキラと周囲を光らせて紅葉さんとおふざけ出来るくらいにまで復活してるしっ。
「よしっ、その調子で行くぞ!」
「はいっ!!」
演劇部の方はこんな感じ。
そして吹奏楽部はと言うと、なんと上のブロックまで行ってしまったのだった!
全国大会まではまだ数ブロックあるのでどうなるかわかんないんだけど、でもすごいぞ吹奏楽部!
当日手伝いに行ったから、生で発表を聞いたんだけどかなり興奮したなー!
「ごめんなさい、手伝って貰ったのに返せそうにないわ」
「そんな、気にしないでください!それよりも次も頑張ってくださいね、応援してますから!!!」
謝る木ノ川先輩にそう返した。
うん、本当にすごいっ。
……しかしそうなると演劇部のエキストラはどうするか――と思っていたら。
タイミング良く、美術部の面々が寮に戻ってきていた。ホントに都合が良過ぎである!
すぐさままた出てもらえないか、と頼みに行ったら二つ返事でOKしてもらえたしっ。
吹奏楽部に続いて――上のブロックとかは無いけど――上位を目指すのだー!!
――と、続けたら良かったんだけどね。
「……ま、こんなモンだろ」
紅葉さんがぽつりと呟く。
今回は総合で8位だった。前回よりはいい、けど前回よりも出場者数も少ないのだ。
世の中、ここまで都合良くは動かない、か。
「順位はどうあれ、前回よりよくなったのは絶対だ。今回は層が少し違うしな。――次に向けて気合入れるぞ!」
「はいっ……!」
“次”っていうのが何なのかはまだわかんないけど、一生懸命頑張るだけだね!
* * *
コンクールが終わり、私達演劇部も部活休みに入る事になった。
「明日からお休みだから。あ、でも来週頭には吹奏楽部のお手伝いがあるから忘れないようにね」
次のブロック大会とやらがもうあるらしい。そこでもお手伝いさせて貰う事になっているのだ。
「休み中は十分体を休ませるなり、思う存分遊ぶなり、それぞれに満喫出来るといいね。
あ、でも学校から出されてる課題とかも忘れずにきっちりやるように」
先輩が言う言葉は前半は良かったのに後半が……いや、課題やりますけど。
「あ、それからもう一つ」
ぽむっと手を打った先輩。
その手をちょいちょいと動かして私を呼んだ。
「ん? 何で?」
――すか、と言い終わる前にぐいっと腕を引っ張られた。
「?!」
「もう気づいてただろうけど、僕達休み前から付き合い始めましたので。一応皆に言っておくね」
「ちょっ、先輩?!」
カーッと顔が熱くなる。
「宣言しておかないと、美波ちゃんがまた変な事言い出しそうだから。ね?」
……ど、どういう意味ですか。
「良かったわねお兄ちゃんも美波ちゃんも。“勿論”知ってたけど」
にっこりと恵梨歌ちゃんが笑う。……ええ、勿論そうだと思ってましたとも!
「僕も大体気づいていたけど――そうか、まぁ、いいんじゃないのかな」
「えっ、じゃあ気づいてなかったのオレだけ!?マジで!?」
城崎君と那月君の反応も大体予想通りだ。那月君のバカっぽさが実に癒されるね。
「そっか、じゃあわたしも言っておこうかな。この場には居ないけど来年入ってくるだろうし。
わたしも一剛君と付き合い始めましたので。皆、尾行してたくらいだから一剛君の気持ちは知ってただろうけど、一応ね」
うっはぁ、その笑い顔が怖い!
そして恵梨歌ちゃんに続いて紅葉さんもコホンと咳をした。
「ついでに俺も言っておくかな――今ちょっとここに居ないけど、俺も翠先輩と付き合ってるから」
顔を赤くしてそりゃあもう嬉しそうに。
「なんだよソレ!じゃあいきなり演劇部関係でカップル3組かよ!オレ等ハブじゃん!ハブ!」
「まぁ、那月……僕達兄弟は淋しく生きていこうじゃないか……」
「そんなのヤだー!!彼女欲しー!!!」
わめく那月君をいつものように城崎君が宥める――というか、からかう。
その光景を見て思わず笑ってしまった。
“主張”しなきゃ、って思ってたけど半面言ってしまったら何かが変わってしまうんじゃないかとも思ってた。
でもそれは杞憂に過ぎなかったみたいだ。
……って、主張と言えば。
「紅葉さん、二神先生のはどうしたんです?」
「うっ……ま、まだモチベーション下がっちゃマズいだろ……だから言ってない」
次のブロックに進めたからなぁ。紅葉さんも気遣ってるって事か。
「まぁ、翠先輩はあんなヤツになびいたりはしないと思うけどな!!」
なんて余裕な事言ってるけど、顔は完全にしかめっ面だ。
「男の嫉妬醜いですねー、紅葉さん」
冗談っぽく言ってやると、それは別な所に拾われた。
「……嫉妬しちゃダメかな?」
「へ?」
奏和先輩がボソッと耳元でしゃべる。
「ラブシーン、冬輝君にすっごく嫉妬しちゃったよ……アレって本当にキスしてないんだよね?」
「あのねぇ先輩……」
何を今更、と思ったけども反対の立場だったら私だって嫉妬の嵐だろう。
……そうだ!
「先輩っ、ちょっとしゃがんでくださいっ」
「え? こう――?」
しゃがんだ先輩の顔に――正確には口元目掛けて突進する。
ちゅ
「!?」
「へへ、頂きっ、です!」
「美波ちゃん?!」
「ホントのラブシーンの相手は先輩だけですから、安心してください」
「……美波ちゃん」
ぎゅむっと抱きしめられる。
すかさずこっちからも抱き返してやる!
「大好きだよ、美波ちゃん」
「私もですよ、先輩!」
「ちくしょおおおバカップル滅びろおおお!!!」
那月君の泣き声交じりの罵声をBGMに、私達は再び口付けを交わしたのだった――。
終わり