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▼ 特別シナリオ 城崎冬輝

 文化祭が終わり、長期休暇も終わり、世は既に新学期へと突入していた。
 ……あれ、ちょっと時間経つの早すぎません?
 いや、まぁ、その間にも色々あったんだけど過ぎ去ってみれば一瞬の夢のような……。
「美波ちゃん? 休みボケしてるの?」
「体調が悪いんじゃ、とかそういう発想に至らない恵梨歌ちゃんが好きでたまらないよ……」
「あら嬉しい」
 人が思いに耽っているというのに、恵梨歌ちゃんはそれを一刀両断してくれた。
 悲しいので皮肉で返してみるも、それは全然拾われず。
「くそー!どうせ休みボケですよーだ!だって仕方ないじゃん!人間だもの!」
「そんな風に言うと世の中の人全員がそうだということになってしまうじゃない。訂正を要求するわ」
 訂正だと?!
「だ、だって仕方ないじゃん!私だもの!」
「よろしい」
 ……いいのか、コレで。
 恵梨歌ちゃんの反応もだけど、自分の言動もかなり怪しい気がする。
 そう思っていると、後ろからふぅと大きなため息。
「……何をやってるんだい君達は」
 城崎君だった。
「いやぁ、なんとなく」
 ちなみに今は部活の最中だ。丁度筋トレが終わって水分補給をしてたトコ。
「美波ちゃんが休みボケしてるみたいだから、からかってたのよ」
 恵梨歌ちゃん、直球に言い過ぎなんじゃないんですか。
「なるほど……まぁ、でも休みボケしてしまうのもわからないでもないよ。那月も酷いし」
 ペチッと隣でぼけーっとしてる那月君の頭を叩く。
「てっ!何すんだよ冬輝!」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで人の頭叩くなっての!」
 ったくよー、と叩かれた部分をさする那月君。
 あははは叩かれてやんのー、と笑っていると私の頭にもペチッと手刀が飛んできた。
「な?!」
 バッと振り返るとそこに居たのは紅葉さん。
「お前等筋トレ終わったら発声練習だろ。ボケッとしてるんじゃないぞ」
「はーいっ、と」
 さっきの那月君と同じように頭をさすりながら立ち上がる。
 さて、と行ってきますかねぇ!

 *

 その日の部活は順調に終わり、早、帰りの時間だ。
 いつもなら着替えて挨拶してさよーならーで終わるんだけど、今日はちょっと違った。
「明日の部活なんだが、俺と翠先輩は来れないから」
「え? どうかしたんですか?」
 先輩が訊くと、どうやら職員会議的なヤツのでっかいのがあるらしく。
「ちょっとややこしい係りになってるから放課後いっぱい使いそうなんだよな……」
「なるほど……じゃあ明日は僕達だけでって事ですね」
「あぁ、そうなるな」
 とは言え、紅葉さんに見てもらう時間はそれ程長くないから大して変わらない気もするんだけど。
 そんな事を思っていると那月君がスチャッと手を挙げた。
「オレも明日無理かも……クラスの方でやんなきゃならん事があるらしくて。な、先生?」
「そうだったわね。ごめんなさいA組の用事になってしまうのだけど」
 そういや川北先生はA組の担任だったっけ。
 そして今度は先輩がぽんっと手を打った。
「あ、そういえば僕も用事があるんでした。すっかり忘れてた」
 えええ、先生達+那月君だけじゃなく先輩も抜けるんですか!
「となると3人という事か……いつにも増して弱小感が漂うな」
「紅葉さんわざわざそういう事言わなくていいですから!」
 しかし本当にそうなので困ったものだ。
 筋トレや発声練習はともかく、その後にやるちょっとした芝居練習はかなりしにくくなるなぁ。
「ま、いいや3人だけど頑張ろ!」
 ねっ!と2人に笑顔を向けると――ちょ、ちょっと待ってくださいよ何なのその微妙な表情は!
「ごめんなさい美波ちゃん。実は私もちょっと……」
「すまない。僕も明日は……」
「な、何それー!!!」
 これじゃあまさかの1人部活状態じゃないですか!!
「5人中4人がアウトか……どうする、美波。1人でやってもいいが、休みでもいいぞ?」
「う……」
 そう言われると反発して“1人でもやりますとも!”と言いたくなるんだけど――部室に1人とか恐ろしすぎるし。
「や、休みでもいいんならその方が……」
「了解。 じゃあ、明日は部活休みな。用事が終わっても来なくていいから。以上」
「はい。今日もありがとうございました!では明後日」
「ありがとうございました!」
 という事で次の日の部活は無しになったのだった。



 * * *



「――しっかし妙に重なるもんだねぇ」
 翌日、教室にて。
 HRを終えれば放課後、という時間になったんだけど今日は部活が無いのでなんだか気合が入らずに机に突っ伏していた。
「わたしも驚いたけど、でもかえって都合が良かったんじゃないかな」
「そぉ?」
「まぁ、わたしが休んでしまう側だからかもしれないけど、行かなきゃいけないのに休むのと、もとから休みなのとは随分気持ちが違うからね」
 ……それもそうだけど。
「あー、でもつまんないなー。帰っても恵梨歌ちゃん居ないしさぁ」
 というか1年生皆部活あるんだから、他の人も居ないっての。
 はーあ、とため息をついていると、ふいに声をかけられた。
「それじゃあ、僕と一緒に来てくれないかな?」
「へ?」
「僕の用事、一緒に来てくれると助かるんだけど」
「? ん、いいけど……」
 そう言われたので頷いておく。
「ありがと。じゃあ、放課後一緒に出よう」
 城崎君はにっこり笑って言った。
「了解ー!」
 しかし、一緒に来て助かる?ってどういう用事なんだろ。

 放課後、恵梨歌ちゃんを見送った後私達も学校を出た。
 用事とは実に簡単、城崎ちびっ子のお迎えだった。
「ちょっと母さんが都合悪くてね、迎えに行けなくなっちゃったから代わりに行く事になってたんだ」
「なるほど……」
 幼稚園への道を歩く途中でそう教えて貰った。
「お迎えってさぁ、私の時はおじいちゃんとおばあちゃんや芳くん――あ、父親だけど――が家に居たから問題無かったけど、共働きの家庭とかって大変そうだよねぇ」
「そうだな……ウチも母さんがほとんど専業主婦状態だから良かったんだけど――今日みたいに用事がある時や、前の怪我みたいなのは困るよね。それ考えると共働きの人は常にそういう状態だろうし……本当に大変だ」
 しみじみと呟く。
 劇やらせてもらった時とか幼稚園に入り浸ってたけど、その時も遅くまで残って迎えを待ってる子とか居たもんなー。
「まぁ、でもかえで幼稚園の場合は園長先生夫婦が園舎の横に住んでるから、ある程度融通して貰えるしね。
 非常識なまでに遅くならなければ問題無いらしいよ」
「へー」
 なるほどなるほど……。
 小さく頷き返し、それからしばらくは無言のまま歩いた。
 いいお天気だなーとかそういう事を考えながら。

 そして幼稚園が近づいてきた頃、城崎君が立ち止まった。
「どうかしたの?」
「ん……少し、言っておきたい事があるんだけど、いいかな?」
「うん」
 言われて、道の隅に寄る。
「決して高科さんを疑ってるとかそういう事じゃなくて、天然由縁だと思ってるんだけど」
「……はい?」
 いきなりわけのわからん事を言い出す城崎君。疑ってるとか、私何かしましたかね?
 首を傾げて次の言葉を待っていると、困ったように笑われた。
「僕達さ、付き合ってるって事でいいよね?」
「あぁ、うん。勿論」
 文化祭の時に色々あって告白されて、そういう事になったハズ。
「てか休み中にお出かけとかしたじゃん。そ、その……きき、キス……とか!!」
 部活休みの時に2人で出かけて、思う存分楽しんだハズなんですが。
「そ、そうだよね……うん、勿論そうなんだけど。でも気になる事があるんだ」
「な、何?」
 神妙な顔で城崎君は続ける。
「確かあの時、こうも言ったハズなんだよ――“僕の事も冬輝って呼んでね”って」
 ……あー、うん言った言った。
「でね、そのすぐ後では確かに“冬輝君”って言ってくれたんだけど……その次では既に“城崎君”だったんだ……」
 ……。……。……。
 ……う、ウワアアアアア!!
「だからもしかしたら僕はそんなに好かれてないのかと」
「いいいいいやいやいやいやいやいや!!ごめんごめん、マジでごめん!本当に申し訳ない!!!」
 両手を顔の前で合わせて何回も頭を下げる。
「ど、どうしよう私――素でやってた。城崎君呼びが長かったせいかな、ホントにごめんっ!!」
 思い出してみればそうだ。
 自分から下の名前で呼んでくれとか言った気がする。……なのに!
「……その後も、休み中のデートでさえ“城崎君”って呼んでたね私」
「あぁ……だから僕も“美波”って呼ぶのは憚られて、“高科さん”に戻してたんだけど」
 ウオオオオオオ!!アホすぎる私っ!
「美波って呼ばれたり、僕の事冬輝って言うのが嫌って事じゃないよね?」
「それは無い!本当に――ごめん。あの、とんだバカなんだけど……」
 お恥ずかしいことに自分は人の名前を覚えるのがものすごく苦手だという事、そしてすぐに切り替えられる程おつむの回転がよろしくないという事を伝える。……恥ずかしい、穴を掘ってでも入りたいレベルだ。
「そうか……だったら、名前、呼んでもいいんだよね?」
「勿論だよ!ええと、私も今更だけど――その、“冬輝君”って呼びますから!」
 ぐっと握り拳を固める。
「もしまた城崎君呼びしてたら遠慮なく殴ってやって!お前頭悪いにも程があるだろ!って!」
「ハハそんな事しないよ――でも、注意はするよ。エロい方法で」
「ちょ」
「だからそうされないように、気をつけてね“美波”」
「……了解だよ、冬輝君!」

 *

 そんなこんなで城崎君――……じゃなかった、冬輝君との話も終わりいざ幼稚園へ。
 ついてみると、今日は随分多くの子が残っていた。
「何かあるのかなぁ? いつもよか多くない?」
「そうだね……とりあえず教室に行こうか」
 運動場や遊具で遊んでいる子達を見ながら建物の方へと向かう。
 そして教室の近くまでやってきた時、ガラッと扉が開いて中から子供が飛び出してきた。
「冬輝お兄ちゃーん!!」
「小夏」
 わーいっ、と冬輝君にタックルするかのように抱きついた。
「えへへー、今日は冬輝お兄ちゃんが来るってママが言ってたから楽しみにしてた!」
「そうか~。それは嬉しいな」
「嬉しい嬉しい!……って、あああ!!美波ちゃんだー!!!」
 冬輝君から離れ、今度は私の方にも同じくダイブ!
 ガッチリ受け止めましたとも!
「美波ちゃんどうしたの?何か用事ぃ?」
「んー、特に無いけどね。小夏ちゃん達に会いたかったから一緒に来ちゃった!」
 ぎゅむっと抱きしめる。はぁぁん、可愛いよう!
 開けっ放しだった扉から晴矢君も出てきて挨拶を交わす。
「今日は冬輝お兄ちゃんなんでしたっけ。那月お兄ちゃんも一緒に来るかと思ったけど……」
「あー、アイツはクラスの用事があるとかで。最初は来るつもりだったらしいんだけどな」
 そうだったのか。まー、弟妹大好き那月君が来ないハズが無いわな、という感じか。
「美波お姉さんもお久しぶりです」
「お久しぶり晴矢君。ちょっと背伸びたんじゃない?」
「! わかりますか!ほんの少しだけど伸びたんです!」
 おお……半ばあてずっぽうだったけど、ホントに伸びてたか。
 良かったね~、なんて言ってると、抱きしめていた小夏ちゃんがサッと離れていってしまった。
 そして怒った顔で言う。
「晴矢なんかにょっきにょきで巨人にでもなっちゃえ!ばぁか!」
 ……え。
「小夏!」
 そのまま走り去ってしまうし……一体どうしたのやら?
「気にしないでください。小夏、自分が全然伸びてなかったから不貞腐れているんです」
 困ったものです、と肩を竦める晴矢君。……本当に君、幼稚園児か?と問いたくなる。
「今まで2人とも順調に同じくらい伸びてたからな。ま、すぐに小夏も伸びるだろう」
 冬輝君が小夏ちゃんが走り去って行った方を見ながら呟いた。
 うん、そうだろうねぇ。
 ある程度までは女の子の方が成長早かったりするし、晴矢君なんてあっという間に抜かれちゃうぞ。
 と言ったら、今度は晴矢君がしかめっ面になってしまった。
「わかってます……だからそうならないように、牛乳しっかり飲んでますから」
 ――だ、そうだ。う、うーん……なんだかすごいなぁ。

 教室入り口付近で話していると、中に居る保母さん達も気がついたようで、こちらにやってきた。
「冬輝君。それに美波ちゃんも。今日はお母さんは?」
「ちょっと用事があるそうで……遅くなっても大丈夫なら迎えに来ると言ってたんですが、無理になるかもしれないので代わりに来ました」
「あら、そうなの。今日は時間多少遅くても大丈夫だけど」
「じゃあ、母が来るまで僕らもここに居て構いませんか?」
「いいわよ。そうね、良かったら手伝ってくれないかしら?」
 手伝い?冬輝君と顔を見合わせつつ、頷いた。
「勿論です。――で、何を?」
 冬輝君が尋ねると保母さんはニッコリ笑って言った。
「“劇”の手伝いよ!」

 *

 2週間後くらいに園児達による劇が上演されるそうだ。
 前にここでやらせてもらった時に園長先生が言ってたっけ。毎年やってる、って。
「配役は決まって今は道具とか衣装とか作ってるのよ。演技指導なんかもやり始めてるわよ~。
 あなた達に教えたせいかしら、園長先生今年はやけに燃えちゃってるのよ」
 クスクスと笑いながら保母さんは言った。
 園児達とは違う、少し年齢のいった私達を教える事によって、教える側のコツというものを掴めたらしい。
「へぇ、じゃあ今年は楽しみですね」
「でしょう!あたし達もね、今年はレベル高くなったなって話していたのよ」
 ほおー。それは確かに楽しみだ。
「それで、演目は?」
「白雪姫、よ。――って冬輝君は聞いていないかしら? お姫様、小夏ちゃんなのよ?」
 なんと!
「え、そ、そうなんですか!?全然聞いてませんでした」
 驚く冬輝君。寮生活だから情報が行きづらいのかなぁ――って言っても今日みたいに送り迎えなんかの連絡は取ってるみたいだし。
「最初はね、女の子皆お姫様になりたいー!なんて言うからどうしようか困ってたんだけど、
 園長先生がいかに小人が可愛いかを力説し始めた途端、今度はそっちに人気が集中しちゃって」
  はは、なんだそりゃ。
「小夏は小人を希望しなかったんですか?」
「小人どころか、小夏ちゃんの第一志望は王子様だったのよね」
「……そ、そうなんですか」
「でもそれは流石に、って事になって。同じ“人間”枠で女の子って事でお姫様か魔女役をすすめたのよ」
 続ける保母さんに冬輝君はどこか困った顔だ。
「……それ、小夏は魔女をやりたがったでしょう?」
「冬輝君正解よ」
 小夏ちゃん……わかる、わかるけど!
「そうなのよね。すぐに魔女になる!って言ったんだけど……」
「でもお姫様になったんですよねぇ?」
「えぇ。そうしたら晴矢君がね、“ボクが王子様をやるから、小夏はお姫様をやって”って。
 ちなみに王子様も妙に人気の無い役でね。出番が最後の方しか無かったからかしら?」
 あー、わかるなぁ。どうせ出るなら出番多いほうがいいもんなぁ。
「というわけで小夏ちゃんはお姫様に晴矢君は王子様に、それぞれ決まったのよ」
「なるほど……」
 深く頷く冬輝君。
「そういう事なら――というのは身内びいきなんでしょうけど、精一杯手伝わせて頂きます」
「私もです!」
「ありがとう、助かるわ~。じゃあ、早速ここを――」
 渡された紙を見つつ作業を始める。
 うーん、しかし白雪姫かぁ……こりゃまた王道ですなぁ。
 小夏ちゃんのお姫様や晴矢君の王子様、どっちもすっごく可愛くなりそうだ。
 個人的には継母役や魔女役がどんな子になったのかも気になる所だけどね……。

 衣装やら道具やら、私達も場数を ( 少しだけど)踏んできたのでだいぶ慣れてきているようで。
「すごいわ二人とも!うん、素敵!」
 着々と作業が進んでいた。
「じゃあ次コレも――」
 保母さんが差し出したものを受け取ろうとしたけれど、
「あら? ちょっと待ってね」
 引っ込められてしまった。
 立ち上がる保母さんの行方を首を傾げつつ見ると、どうやら誰かお迎えに来たらしい。
 いつの間にやら随分と時間は経っていたらしく、残ってる園児も既に片手で足りる人数になっていた。
「やっぱり。 冬輝君、お母さんいらしたわよ」
「本当ですか」
 立ち上がる冬輝君の後に私も続いた。
 お、ホントだ。あの姿は城崎母に違いない。
「ごめんなさいっ、遅れてしまって……!」
「いえいえ。小夏ちゃん、晴矢君。お母さん迎えに来てくれたわよ~」
 肩で息をする城崎母に軽く頭を下げる。
「あ、あら……美波ちゃん?来てたの?」
「はい。冬輝君が一緒にどうかって誘ってくれて」
 誘うという表現が合ってるのかはよくわかんないけど。
「今日は部活が休みになったから、良かったら一緒に来てくれないかって言ったんだ。小夏や晴矢の相手もよくしてくれたんだよ」
「そうだったの。ありがとう、美波ちゃん!」
「い、いえ!」
 頭を下げられてしまったので、慌ててこちらもそうする。
「お母さん、子供達の相手だけでなく、冬輝君も美波ちゃんもすっごくお手伝いしてくれたんですよ」
 保母さんが手伝いの内容を説明する。
「劇の――そうなの。 あ、そういえば!」
 奈津さんは冬輝君の方を向き、
「小夏がお姫様で晴矢が王子様っていうのは――聞いちゃった?」
「あぁ。勿論」
「あちゃー……やっぱりそうよねぇ……」
 何故か困った顔で言った。
「何か問題でもあるのか?」
「別に大きな問題じゃないんだけど――いや、ね?当日見た時に“まさか小夏がお姫様だなんて!”とか“晴矢が王子様?!”とかいう驚きをプレゼントしたかったのよ……うう、失敗だわ」
「……そんな理由で僕達に劇の事教えなかったの?」
 冷ややかな声で言う冬輝君。奈津さんはビクッと体を震わせた。
「やだ、ふゆ君怒ってる?」
「怒ってるって程じゃないけど、出来ればそんなくだらない策略立てるよりも先に教えて欲しかったね」
 ハァとため息をつくと奈津さん、キッと鋭い目つきになった。
「くだらないとは何なの!母さんの精一杯のサプライズを!」
「精一杯とか、必要ないから。父さんもそう言ってたんじゃない?」
「うっ」
 ……そうなんですね、奈津さん。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。確かにサプライズもいいですが、役を知った上でドキドキするのも楽しいですよ」
 保母さんがフォローに回った。
 私は――奈津さんのサプライズ (?) も保母さんの意見も、どっちもいいと思うのであえて口を挟まないでおく事にしたのだった。

 お母さんである奈津さんが迎えに来たので私達も学校に帰る事にした。
「今日もお世話になりました。さ、帰ろうか」
「小夏ちゃん晴矢君また明日ね~」
「はーい!せんせーさようなら!」
「さようなら」
 そして私達も。
「随分長いこと入り浸ってしまってすみません」
「いやいや、いいのよ。随分と手伝って貰ったしね!ありがとう」
 優しい笑顔で返してくれる。
「それじゃあ、さようなら~」
「はい、さようなら。気をつけてね」
 見送りを受けつつ、私達は幼稚園を後にした。

 途中で城崎家族とも別れ、二人で学校への道を行く。
「ね、冬輝君」
「うん?」
「私達だいぶ手伝ったけどさ……でも、まだまだ作業残ってるっぽかったよね」
「あぁ……そうだな」
 “次はコレ”と渡そうとしていたモノの向こうにはまだまだ物があったように思う。
 かなり、大変そうだった。
「あのさ……」
「待った」
「え?」
 言いかけたところを遮られる。
「もしかして僕達今、同じ事を考えてるんじゃないかな? ――もっと手伝ってあげたい、とか」
「! おぉ!冬輝君もそう思ってたの?!」
 まさしくその通りだったので驚いてそちらを見る。
 すると優しく笑って彼は言った。
「うん。僕達随分とお世話になったからね。何か恩返しを――と思っていたし。
 ただたんに雑用を手伝うのは釣り合わないかな、と思っていたけれど“劇”だったら何の問題も無いと思うんだ」
「だよねぇ!」
 今までにもお世話になった分、幼稚園内の掃除を手伝ったりとかはしたけれど、それだけじゃどうにも落ち着かなかったんだよね。
「今の所切羽詰った用件も無いし、紅葉さんもわかってくれると思う」
「うんうん!思う思う!」
「じゃあ、明日言ってみようか」
「りょーかい!」



 * * *



 幼稚園の劇のお手伝いを。
 紅葉さんや部員の皆に言った所、それは二つ返事で了承された。
「そうだな。自分が出るだけじゃない。裏方の仕事もこの際きちんと教え込んでやる」
 今まで役者ばかりだったから、裏は紅葉さんや美術部の皆さんなんかにまかせっきりだったからなぁ。
 これは私達にとっても飛躍の一歩となり得るワケだ!

 それから幼稚園へ行って園長先生にご挨拶。
 こうこう、で、こうなので手伝わせてください――とお願い。
「それはとてもありがたい申し出だよ。実は随分と厳しい状態だったんだよ」
 例年と比べて力を入れているという今年。色々と手を加えて行ったら、いつもより遥かに負担が増えてしまっていたそうだ。
「嬉しい事に演技の方は園児達もよくやってくれていてね。今の所問題無いんだが、その他がなかなか……」
「では是非そういった面を手伝わせてやってください。お願いします」
「お願いします!」
「ああ。ではお言葉に甘えて、お願いしようかね」
「はい!」

 *

 力を入れている、という言葉は全然誇張表現では無かったらしい。
 前に劇をやらせて貰ったのと同じ部屋を使うんだけど、いつの間にやら見たことない設備やらが取り付けられている。
「……前は確かただの蛍光灯だったような気が……」
 壇上の照明は変わっていたし、
「あれ?こっちにこんな部屋あったっけ?」
 役者が出入りしやすいように控え室っぽいのも出来てたし。
「スピーカー増えてません?」
 エラくごっついスピーカーが四隅に配置されてるし……。
「このまま行ったらここは要塞にでもなるんじゃね?」
 とか那月君がアホな事言ってたのは無視するとして。
「それにしても随分頑張ったんですねぇ」
 部屋もこうだし、道具や衣装もそうだし、演技指導もそうだし。……これは空回りしてなければかなり期待出来そうだぞ?!
 一通り劇の進行なんかを説明して貰ってから作業に入る。
 私と恵梨歌ちゃんは衣装の方を。
 先輩と那月君、それに冬輝君は背景や道具を。
 紅葉さんは園長先生と一緒に演技指導の方に回っていた。
「ようしっ、じゃあ本番まで頑張りますかぁ!」

 *

 小人の希望者の多いことから、小人だけ場面毎に変える事になったらしく、衣装はほとんどが小人用だった。
 何着も作ったもんだから、最後の方になってくるともうベテランじゃね?と自画自賛に走りそうになったくらいだ。
 それぞれわかりやすいように色を変えたりオプション付けたりと楽しかったけど、それよりも楽しかったのはコレだ。
「やーん、可愛いー!!」
 ズバリ、衣装合わせ!
 役の子達に服を渡して着せてあげる。
 ただでさえ可愛い子達がまるで天使のようじゃあないですか!
「か、可愛すぎる……これはお家に1台のレベル……」
「やめてね。本当にやめてね、美波ちゃん。犯罪だから」
「何もお持ち帰りするとか言ってないじゃん!……うん」
 でもこの可愛さはたまらんモノがありますよ。
 小人さんは勿論、継母や魔女――作中では変装だけど劇ではそれぞれ別の子がやる――も、全然悪役っぽい感じじゃなくて、こう……。
「たまんねーな」
 っていう、ね。
「本当にやめて頂戴美波ちゃん。通報されるから」
「ヤだな冗談だってー」
 パタパタと手を振った。
 そんなこんなで衣装合わせもやり、背景も出来上がり小道具も調整し。
「そう、上手いぞ!」
「うんうん。そこで――そう!そのタイミングだ!」
 と、演技の方も良い感じみたいだし、後は細かい所を詰めるだけだっ。



 * * *



 そしてやってきました劇本番。
 以前私達がやった時との違いは観客席か。
 前回は前の方に園児、そして後ろに親御さん――だったけど、今度は大人ばかりだ。
 親御さんは両親共に来ている所も多く、結構な人数になっている。
 私達はと言うと、裏方で進行の補助だった。
 暗くなっている舞台のソデで最初の役の子に声をかける。
「頑張って。いつも通りやれば大丈夫よ!」
「うん……!」
 開幕のベルが鳴る (コレもつけたらしい) 。
 さぁ、劇の始まりだ!

 *

 さて、そのまま進行を実況すべきか迷ったんだけど。
「次は君だよ!」
「ほらほら、服!」
「小道具!」
「照明色、色!」
 ……と、慣れない裏方のせいかそんな余裕ありませんって話で。
 あれよあれよと劇は進み、あっという間に終幕だ。
 大きな拍手が沸き起こる。
「大成功ね!」
「うん!」
 なにぶんソデからなのでベストポジションとは言えないが、全て見ていた。
 どの練習よりもよく出来ていたんじゃないだろうか!
 鳴り止まぬ拍手の中、今度は一人ひとりキャストの紹介だ。私達も紹介して貰ったりした。

 その後は前回と同じくパーティ形式に。
 ただ、今度はそれぞれに作るのではなく、全てこちらで用意したものだ。
 親御さんの中には当然、私達のやった赤ずきんちゃんを見てくれた人も居て、更にはコンクールや文化祭まで見た人もいた。
「ここでやった時よりうんと上手くなっててびっくりしたわよ!これなら昔の演劇部も超えれるわね!」
「指導者の方が入られたのね。紅林さん……そうそう、そんな名前だったわね」
 後者は前に“紅なんとかさん”という情報をくれた人だった。
「おかげさまで、指導者にも恵まれ急成長です!」
 なんて先輩が笑ってたっけ。
 私もニヘニヘしっぱなしだ。自分の仕事もだけど、何より子供達の劇が本当に良かったから。

「うまくいったね」
「冬輝君」
 話の輪から離れ、一人息をついていると冬輝君がやってきた。
「うん。小夏ちゃんも晴矢君も名演技だったよ!最後のトコなんかかなり熱入ってたみたいだし」
 最後とは、白雪姫から毒リンゴのカケラが飛び出し生き返った辺り。
 ……まぁ、ホントの最後は継母が鉄の靴履かされるんだけど、そっちはそっちで熱入ってたか。
「一目惚れ王子様の甘い台詞。幼稚園児とは思えない口調だよね、ホント」
「……晴矢も私情入ってるからなぁ」
 しみじみ言う冬輝君に違和感を覚える。
 私情ってーと……王子様の、アレがアレで、その。
「晴矢君が小夏ちゃんを好き、って事?」
「うん、そういう事」
 ……なるほど。
「まぁ、血繋がってないから別にいいもんねぇ。でもまだ幼稚園児なのに、その気持ち続くのかなぁ?」
 私がその年齢の時って――――――……どうしてたか思い出せないくらいだし。
「そうだなぁ……小夏はともかく、晴矢は続くと思うな」
 そう言って冬輝君は笑った。
「晴矢の両親の事、知ってる?」
「奈津さんの幼馴染で――事故で亡くなったって事しか」
「そ。母さんの幼馴染。だから僕も小さい頃から知ってたんだけど……晴矢の父親、誠二君って言うんだけど。ものすごい執着男だったんだよ」
「……え。もしかして幼稚園の時からずっと好きで、結婚までとか?」
「いや、中学かららしいんだけど――でも30過ぎて結婚するまで、ずっと一途に思っててね」
 となると、短くても最低15年って事か……。
「しかも思いが通じたのも30過ぎて、なんだよ?15年以上も片思い――すごいと思わない?」
「おぉ……それは確かに」
 そして冬輝君は遠くを見るような目をした。
 その人達を懐かしんでいるんだろうか……。
「あの執着が晴矢にも遺伝してたら……うん、15年は余裕だね」
 懐かしみかたがちょっぴし想像と違ったなぁ。
 なんて思っていると、今度は冬輝君こちらを向いて私の手を取り、にっこりと笑った。
スチル表示 「僕も15年くらい余裕で片思い出来るくらい執着心はあるけどね」
 ……ん?
「片思いって誰に?」
「仮の話――君に、ね。
 でも両想いなら、この先何十年でも美波の事好きで居られると思うよ」
「!!」
 サラリと言われて思わず赤面してしまう。
 一瞬目を逸らすも――それを戻し、冬輝君を見つめた。
「私も、……そう思う」
 そして頬を緩ませる。
「だから、よろしくね冬輝君!」
「……あぁ、こちらこそ」

 *

 その後、二人で話していたのを城崎母に目撃されていて、付き合ってるのがバレ――別に隠してもなかったけど――那月君が嘆いたり、恵梨歌ちゃんにからかわれたりと大変だったけど……。
「美波ちゃん、ふゆ君の事お願いね」
「は、はい!!」
 なんて、奈津さんに言われちゃったりして。
 この手の難関と言われなくもない、親公認になったんだからもう怖い物無しだよ!
「へへ、冬輝君!」
「ん?」
 隣に並んで手を握り、少し高い位置にある顔を見上げた。
「大好きだよ!」
「うん――僕もだよ」
 そして顔が近づき、キスが降ってきたのだった――。


 終わり