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▼ 特別シナリオ 城崎那月

 入学時、つまり春から始まった演劇部生活も早、3つ目の季節に突入しようとしていた。
 やや過ごしやすくなってきたとは言え、まだまだ暑い日々が続く。
 毎日やる筋トレの後、私達はバテる体と戦っていた。
「ったく、情けないなお前等……たかだか100回ずつのセットで息切れなんかして」
「そ、そうは言っても紅葉さん……今日めっちゃんこ暑いんですよ……」
 ゴクゴクと川北先生が用意してくれた飲み物で喉を潤しながら返事をする。
 朝に食堂のテレビで見たけど、ここ数日異様な気温ばかりらしい。
「……まぁ、確かに暑いのは否定せんが。しかしだらしないぞ!」
 ピシャリと言われる。ぜはーぜはーと肩で息をしている自分には返す言葉もございませんとも。
「やっぱりアレか、明確な目標が近くにないとバテやすいのか……?」
 紅葉さんがなにやらブツブツ呟いていた。
 演劇部が始動して以来、幼稚園やらコンクールやら文化祭やら、と切羽詰ったスケジュールが多かったからなぁ。
 ちなみにもう結構経ってしまったけど、長期休暇中にも1つ地方コンクールに参戦していたりした。演目は以前やった“薔薇姫と騎士”だ。前よりかはレベルアップしたと思ったんだけど、結果はそこそこ。出来ればもう少し上に行きたかったなぁ。
 そしてそこから今まで、幼稚園での園児達による劇を手伝ったりはしたものの、自分達が演技する芝居はしていなかった。
 2ヶ月やそこら経ったら地区大会があるらしいんだけど……。
「今回多く時間が取れるからラッキーだと思っていたが、かえってダメかもしれないな」
 とは言いましても、ねぇ。
「では紅葉さん、今から何か大会を探したりするんですか?」
「それでもいいんだが――果たしてそう都合のいいものがあるかどうか」
 でも一応何か探してみる、と紅葉さんは言った。

「はー、これで紅葉さんが何か見つけてきたらまた大変になんのかなー」
 発声練習中、那月君がぼやいた。
「そうなるかもしれないね。でも気温とか関係なくだらけてたのは事実だから、良いかもしれないよ」
「オレはだらけてねーもん!」
「お前がだらけてなかったら誰もがだらけてないよ。自覚無いのか?那月」
 奏和先輩の言葉に反発するように言った那月君。しかしすぐさま城崎君にツッコミを入れられていた。
 ……うん、まぁ、私もそう思うよ。
 今だってちょっぴし情けない顔でしゃがみこんじゃってるし。
「あーもー……ヤだヤだヤだ!」
 まるで駄々っ子のように首を振る那月君。そしてやおら立ち上がったかと思うと、一人歩き出してしまった。
「ちょっ、那月君?!」
「水被ってくる!暑すぎる!」
 えええ!
「ど、どうしよう?」
「放っておいて構わないよ。僕は練習に戻るね」
「ん……すぐに帰ってくると思うから」
 と二人とも自分の場所に戻ってしまうし。
 あ、ちなみに今ここに恵梨歌ちゃんはいません。用事があるんだそうで、遅れてくる事になっていたのだ。
「ううう、ああーもー!」
 那月君が去ってしまった方向へと走り出す。だって気になるんだもん!

 着いた先は運動場の隅っこの水場だった。
 水被る、と言ってはいたが結局やめたらしく顔だけ洗っている。
「っはー、生き返る!」
 ブルルルッと頭を振り水を飛ばす。でもそれだけでは無くならないワケで。
「はい、那月君」
「おー、さんきゅな。……ってあれ、美波?」
 タオルで一通り拭いた後、やっと気づいたようだ。
「なんだお前も顔洗いに来たのか?」
 暑いからそれでもいいんだけども。
「違います。那月君がいきなり行っちゃうから心配して来たんだよ!」
「へ、そ、そうなのか……? そりゃ悪ぃ」
 水場の濡れていない所に二人で腰掛ける。
「それにしても――なんか変だよ?那月君。イライラしちゃって……」
「そ、そりゃあお前暑いからだよ!」
「……それだけで説明出来る気がしないんだけどね」
 冷ややかに言ってやると、案の定ビクッと体を震わせる。
 ……まったく。
「何かあったの?」
「な、なんでもな」
「無いって事は無いでしょう?……もう、意地張らずに教えてよ」
 小さく息を吐きながらそう言うと、那月君はしばらく視線を泳がせたあと――やっと口を開いた。
「……こないだの地方コンクールでさ、またアレやったんじゃん?」
「アレって――あぁ、“薔薇姫と騎士”?」
 あの時は1ヶ月くらいの余裕があったんだけど、新しいものではなく既にやったものをもっと良くして挑もうって事になったんだよね。
 道具や衣装もあるし、演技も1からでは無かったのでやりやすくはあったんだけど……。
「あの時、あんまり上に行けなくてショックだったよね……もっと頑張れば上位にいけたのかな」
 ションボリしてしまう。
 まぁ、ただ“期待賞”を貰った時よりかはレベルの高い大会だったから仕方の無い事なのかもしれないけれど。
「で、それが何?」
「……あの時、また冬輝が相手役やっただろ」
「ん、そだね」
 那月君がやりたいって主張はしたけど、紅葉さんが頑として首を縦に振らなかったのだ。
「んで――また今度地区大会あるじゃん?」
「うん、あるねぇ」
 ちょっと先になるけど。
「まだ何やるか決まってねーけど、マジにやるんだったら何回かやった事あるのやるかもしれねーじゃん?
 ……そしたらどーせ同じのだし、役も同じかと思うとオレ……」
 那月君、両手を握り締めて膝の上に置いてる体勢なんだけど、その手がブルブル震えていた。
「もうお前と冬輝のラブシーン見るの嫌だ!お前等絶対してねぇって言うけど、遠くから見たら絶対してるよーに見えんだもん!
 お前は――美波はっ、オレと付き合ってるのに!!!」
「那月君……」
 そう。後夜祭で告白され、それから私達は付き合っていたのだ。
 と言っても今までと大して変わらない。変わった事と言えば、二人きりの時に、那月君が臆面もなく好きだの愛だの言う事と、それから、き、キスしたり、とか……だ。
 実は皆にも直接的には宣言していなかったりするのだが――まぁ、知られてるかなぁ?
「でもさぁ、那月君。そういう“役”なんだから仕方ないよ」
「そうは言っても割り切れないモンがあるの、わかんだろぉ?!」
「うん……まぁ、それはわかるけど」
 仮に私が那月君の立場だったら、それはもう嫉妬の嵐状態になるかもしれない。
 ちくしょうあの女、あたしの男に何近づいてんのよ!!!とか。
 ――や、これは無いか。ちょっと捏造しすぎた。
 しかし、ここまでじゃ無いとしても嫌な気分になる事は確実だ。
 だから、おいそれと那月君を責めるわけにもいかなかった。
「紅葉さんがオレと冬輝の役代えてくれりゃあソレで解決なのによ……そしたら最後んトコだってマジにキスしてリアル度アップ狙えるだろ?」
「……そうだけど」
 でも紅葉さん、代えてくれそうにないからなぁ……。
「その上また何かやるんだろ?……同じのやる事になりそーなんだよな……」
 さっきの紅葉さんの言動を見る限り、高確率で地区大会までに別のモノが入ってきそうなワケで。
 でも、だ。
「何やるかは決定したワケじゃないしさ。もしかしたら全然別のお話になって、那月君が相手役かもしれないじゃない?」
「紅葉さんの事だから女役になりそーで、それも怖いけどな」
「……まぁ、ね」
 実際文化祭の時の出し物“幸せラッパ”では当初、那月君は王女様の役予定だったしなぁ。結局無くなったけど。
「で、でも、女装くらいいいじゃない! 城崎君なんて立派にお后様やったんだし!」
 そう、その“幸せラッパ”で城崎君は見事に女役を演じて見せた。
「だから那月君も出来るよ!可愛い女の子になれるって!!」
「美波……オレが女役やるの決まったワケでもねーのに、その励まされ方全然嬉しくねぇ……。てか女役はやりたくないってば!」
「だ、だよねぇ」
 那月君の言う通り、これじゃあ何のフォローにもなってない。
 ……まぁ、でも決定事項でも無いのにぐだぐだ悩むのもアホらしいというか。
「那月君、何にせよ決まってから悩む事にしようよ」
「ん……だなぁ」
 コクリと頷く。
 そしてもう一度顔を洗ってから、私達は練習へと戻ったのだった。

 *

 さて、翌日。
 部室に行くと既に紅葉さんが居て、窓際の椅子に座って黄昏ていた。
「紅葉さん?」
「あ、あぁ、美波か……」
 力無く笑う紅葉さん。真昼間から黄昏てんじゃねーぞ、と言おうと思ったけど何だか言う気が失せてしまった。
「どうかしたんですか?」
「いや……昨日、近々開催予定の大会とか無いかネットで調べてたら、いつの間にか朝になってて……ふあ」
 寝不足かよ!
「で? 何か見つかったんですか?」
「それがな――とんでもない事が起こったんだ」
 え……?
「俺は演劇関係の探し物をしていたハズなのに、気がついたら動画サイトで漫才を見まくっていたんだよ!!」
「……」
「しかも最初は無料のだったのに、他のも見たくなっていつの間にか有料のにも手を出していたんだ!!」
 ……おい。
「今の世の中クレジットカードがあれば簡単にネットで支払えるからな……恐ろしい事だぜ。
 助かったのは単価が安かったって事だけか……」
「ったく……じゃあ結局何も見つけられなかった、って事ですか?」
「結論から言うとそうなるな」
「過程を含めて言われてもそうなりますけどね」
 はぁぁ、と大きくため息。本当に何やってんだか。
 しばらくすると皆が部室にやってきた。
 恵梨歌ちゃんは昨日と同じくちょっと遅れるって言ってたけど……。

 ガラッ

「ごめんなさい、遅れまして」
「恵梨歌ちゃん」
 思った以上に早かった。
「用事ってのはいいの?」
「うん。昨日の残りを少しやってきただけだから」
 どういう用事だったのか昨日は聞かなかったけど、どうも先生のお手伝いだったらしい。
 移動教室の時に最後まで残ってチェックしていたら、準備室の方でものすごい音がして、行ってみたら先生がド派手に物をひっくり返していたのだとか。
 その場に居合わせたもんだから放っておく事も出来ず、放課後に後片付けを手伝っていたらしい。
「誰だそのおっちょこちょい」
「生物の上山 (かみやま) 先生。ほら、もうお年だし、重いものなんかは大変でしょう?」
 上山先生……ねぇ。確か来年辺りには定年だという女の先生だ。おばあちゃんと呼ぶにはまだ若い見た目なんだけど、内面が結構ガタが来ているのだと授業中に笑って話してた事があったっけ。
「昨日ほとんど片付け終えてたんだけど、一応確認のために行ってたの」
「なるほどねー」
 そしてもう大丈夫だった、と。
「お疲れ様」
「うん、ありがと。 あ、そうそう、紅葉さん。片付けの最中に上山先生と話していたんですけどね。
 昼休みとかを使って学校の体育館で公演会――っていうのは出来ないんでしょうか?」
「ん?」
「上山先生、お芝居見るのが好きでよく行ってたらしいんですけど、最近は全然行けてなくて。
 そんな折に演劇部が復活して色々やり始めたんだそうで。 文化祭の時もきっちり見ててくださったみたいで、すごく良かったって。
 で、アレ以外にも劇やったんですよ――っていう話になったら、是非見てみたいって」
「ほお」
「次に学校での公演機会って言ったら創立祭なんだけど、あれってまだ当分先ですよね。
 だからもし可能なら、少し借りて上演出来ないかなと。
 実は“薔薇姫と騎士”、クラスの子達からも見てみたいってちらほら言われてるんですよ」
 そういやそうだっけ。
 コンクールの時にお世話になった皆と思い出を語っていたら、他の子達が見てみたいなーって言ってくれたんだよね。
 演劇部なんてぺぺぺいのぺいっ!って思ってた人達も文化祭のを見てちょっと考えを改めてくれたみたいだし。
「紅葉さんっ、これは新たなチャンスですよ!」
 聞いた話によると、1年生は部活強制だけど、部活変更は構わないらしいので――もし今の部に嫌気が差した人が居たら、それを引っ張ってこれるかもしれないワケですよっ。
 フフフフフ!これでもっと演劇部の事知ってもらって、あわよくば部員ゲットだぜ!だ!
「そうだな……大会も無さそうだし、一度先生方に聞いてみる事にしよう」
 うんうん!
「それじゃあ、決定ではないけれど当面の目標はそれという事で。皆頑張らなくてはね!」
「はい!!」
 てな事で新たな舞台に期待を寄せつつ、私達はいつもの筋トレに入ったのだった。

 *

 更に翌日。
 部室に行くと、満面の笑みで紅葉さんが待っていた。
「じゃーん!」
 効果音を自分で言って1枚のプリントを広げた。
「なんです? ええと……使用、許可証……?」
「体育館の使用許可が下りたって事ですか」
「その通りだ!いやー、言ってみるもんだな。案外すんなり許可出たぞ!」
 という事で、全員が集まるのを待って予定を決めていく。
「演目はもう決まってるからな、そう長い準備期間は必要無いだろう。日時は来週末くらいでいいか?」
「いいと思います。時間はお昼休みに?」
「あぁ、そうだ」
 昼休みか……いつもは何してるっけ。
 食堂行ってご飯食べて――後は教室でだらだらしてるか遊んでるか、か。
「たくさんの人に見てもらうために当日までに宣伝もする事。ポスター作ったら掲示板に貼ってもいいらしいからな」
 ポスターか!うわー、なんかドキドキしてくるねぇ!
「わかりました。ポスターには劇タイトルと日時くらいですか?」
「そうだなぁ……後はキャスト一覧とか入れとくか?なんかそれっぽくていいだろ」
「ですね。 じゃあ主役は美波ちゃん、準主役が冬輝君という事でそれをプッシュしたデザインに……」
 と、先輩がここまで言った時だった。
 那月君がシュビッと手をあげた。
「どうした、那月?」
「次こそオレ、代わって欲しい!!」
「は?」
「だーかーらー!次にやるの、オレ美波の相手役がいいもん!冬輝と代えてほしい!」
 この言葉に紅葉さんは眉間にしわを寄せてしばし沈黙。
 ……これはまた無理だろうなぁ、と思ったのだが。
「いいだろう。 今回は役を入れ替えてやってみよう」
「マジで!? いいの!?」
「あぁ。折角だ、冒険してみても構わないだろう」
 おぉー!
「良かったじゃん、那月君!」
「へへっ、さんきゅ!」
 ぽむぽむっと背中を叩く。ホントに嬉しそうな顔しちゃってぇ。
 しかしそうなると私の相手役が変わるって事だから……勝手も変わってくるのかなぁ。
「那月と冬輝――ってだけじゃなく、他の役も弄るか。まぁ、美波は固定として……」
 今までは私、高科美波が薔薇姫こと、王女様。
 城崎君が姫を守る騎士。
 姫を付け狙う魔物が那月君。
 姫と騎士に助言をする魔法使いが恵梨歌ちゃん。
 途中で助けてくれる街の人が先輩。
 一剛君も通行人Aとかそんな感じで手伝ってくれたっけ。
 んで、その他エキストラに美術部の面々。
 ……って感じだったんだけど。
「奏和が魔法使い、冬輝は街の人。恵梨歌は魔物な」
 ――こんな配役になってしまった。
「恵梨歌が魔物とか、オレ美波の事守りきれる自信無くなる……」
 ブルブルと震える那月君。私もだよ。一気に生存確率低くなった気がするわ。
「そんなぁ、二人とも冗談言って」
 いやいや、冗談じゃなくて。
「冬輝でも怖そうだったけどある程度どんな風になるかわかってたっていうか……で、でも恵梨歌はなんか違う!」
「那月君、それ以上言ったら台本変えて騎士沈めるわよ」
「ひぃっ!」
 にっこりと笑う恵梨歌ちゃん。
 こう言っちゃあなんだけど、那月君の時の魔物は妙にザコ臭がしてたからな。
 それがいきなり魔王クラスにレベルアップ!って感じだ。
 これで果たして那月君扮する騎士様が破れるのかって気になる。
 ――ま、でもやってみない事にはわからないか。
「役が変わったから練習も変わるぞ!今日からみっちりしごくからな!さ、筋トレ行ってこーい!」
「はいっ」

 部活では公演日に向けて猛練習。
 らっ、ラブシーンとかの練習もね!
 魔物になってしまっていた王女が人間に戻る方法と、魔物と相打ちで瀕死になっていた騎士を救う方法とが“キス”ってヤツでね。
 まぁ――多分、一番の見せ場でもあると思うんだけど。
 横たわる那月君の傍に跪き、顔を近づける。
「……ようやく気づいたのよ、わたくし、あなたが好き……」
 そして口付けを落とす――んだけど。
「ちょっ!? なな、那月君、目ぇ開けないでよ!!」
「いや、悪い……だって折角だし……」
「折角だし……じゃないよ!!死にかけの人が何目ぇかっぴらいちゃってんのよ!不自然でしょ!?」
「す、すまん」
 という感じで、なかなか進まない。
「もー、ヤル気あるの? 何回目だと思ってんのよこのやりとり……」
「ヤル気はある!あるけど、……その」
「その?」
「目の前に美波の顔が迫るってなると、……ドキドキして」
 はぁ? 今更何言ってんだ、この人は。
 リアルで何度かキスした事あるっつーんに。
「……ま、いいや。本番までにはなんとかなるでしょ。他のトコやろ!」
「悪ぃ……」
 ええい、まだ時間はある!本番までに完璧にしてみせるさ!

 *

 そして普段の学校生活の方では、公演日に向けて宣伝の日々だ。
 毎度お馴染み美術部の皆さんがポスター制作を手伝ってくれたりして。
「いやぁ、やっぱり本業の方は違いますなぁ」
「本業って……そんなものでも無いけどね」
 木場ちゃんが描いてるのを見ながら言う。お世辞じゃなく、本当に上手いと思う。
 出来たポスターは掲示板に貼ったり、各クラスに配って回ったり。
 こういう宣伝がどれだけ功を奏するかわからないけど、やらないよりマシだもんねぇ。
 あ、そうそう。例の生物の上山先生にもきっちり宣伝しておきました。

「まぁ、それは本当なの? ……あ、もしかしてあの時先生があんな事言ったからかしら?」
 あの時あんな事、というのは恵梨歌ちゃんが掃除を手伝った時の事だろう。
「それもありますが、元々どこかで公演出来たらなと思っていたんです。
 ですから先生のお言葉があったからこそなんです。
 僕等はそういった事を思いつきも出来ませんでしたから」
 先輩が答える。
 本当にその通りだ。今回の事は願ったり叶ったり、という所で。
「先生もよろしければ是非お出でください。今週末のお昼休みに体育館にて上演します」
 そう言って刷ったポスターを1枚渡した。
「ありがとう。是非見に行かせて頂くわね!」
「ありがとうございます。お待ちしております」
 演劇部一同深々と頭を下げる。
 よっしゃー、これで確実に見に来てくれそうな観客一名ゲットだぜい!

 *

 そして本番当日!
 宣伝が良かったのか、思った以上の人数が体育館に集まってくれていた。
 事前に並べていた椅子では数が足りなくて足したくらいだしね!
 劇も順調に進行していき、あっという間にクライマックスに差し掛かる。
 以前と同じように剣道部に協力を仰ぎ剣VS剣の場面を練習したんだけど……恵梨歌ちゃんが意外と強いんだよなぁ。
 体格差から考えると那月君の騎士のボロ勝ちな気がするんだけど、恵梨歌ちゃん魔物は想像の上を行った。
 二人の戦いを見ながら思うのはただ一つ。
 ――恵梨歌ちゃんを怒らせるのは本当にやめよう。
 それだけだった。
 とにもかくにも相打ちとなる騎士と魔物。魔物はそのまま消滅していくんだけど、騎士は瀕死状態だった。
 さぁ、ここで王女様が口付けを落とすワケですが。
スチル表示  ……横たわる騎士の傍に跪き、顔を近づける。
 騎士は目を開けない。呼吸もほとんど無い。
「……」
 私は、台詞を言いながら――騎士にキスをした。



 * * *



「いやー、盛況だったねぇ」
「うん、本当に。あんなに来てくれるなんて思わなかった」
 後日、部室にて。
 反省会もかねてお昼休み公演の事を話していた。
「文化祭のを見てくれた人も、“幸せラッパ”と違って恋愛色強くてびっくりしたみたい」
「あー、うん……だねぇ」
 当日の事を振り返る。
 あの後、最後のキスは本当にしてたのかどうなのかと小一時間ほど訊かれてしまったっけ。
「やっぱり観客席からはマジにしてるように見えるのかなぁ?」
「見えると思うよ。というか、ソデからでも十分そう思うし――やってないんだよね?」
「やってませんよー。口からちょっと外れてますもん。 ね、那月君?」
「お、おう」
 ちょっぴり顔を赤くする那月君。やってないっつってんのに、何故そうなる?
 その反応に首を傾げていると、那月君もじもじと両手を合わせながら言った。
「……ホントは少しだけ当たったけど」
「へ、そうだったの?」
 完璧に外したつもりだったのになぁ。
「きゃ~!じゃあ“してた”って事ね! ……まぁ、でも実際にも既にしてるから関係無いわねぇ」
「うん、そうだねぇ。――……って、え!?」
 恵梨歌ちゃんの茶化しの言葉、最後の方が聞き捨てならなかったんですけど!?
「だって付き合ってるでしょう、二人? 前に休みの時に出かけて、別れる時にキスしてたの目撃しちゃった」
 再び、きゃ~と頬を染める恵梨歌ちゃん。
 バレてた、っていうか見られてたなんて?!
 隣の那月君をバッと見ると、私と同じく“なんてこった”って感じの顔してる。
「僕も気づいていたよ。目撃はしてないけどね。 まぁ、那月のだらしない顔見てたらわかるよ」
「だっ、だらしない顔なんてしてねーよ!」
「してるしてる。高科さんの事見て、にへら~って笑ってるよ」
「そっ、それは……!」
 那月君ってば、すぐに顔に出るんだから。
「ちなみに高科さんもそんな感じだったけどね」
「えっ!?」
「那月と話してる時の雰囲気がちょっと違ってた。自覚無かった?」
 な、無かったわ……。
 くっ、これでは那月君の事責められないな……!
 って。もともと別に隠すつもりもなかったんだけど。
 さてそんな中、演劇部の癒し要員の先輩はと言うと。
「えっ!?二人、そうだったの!? 全然気づかなかったよ!」
 あぁ、ありがとうございます。期待を裏切らない鈍感っぷり。
 先輩は是非その路線で行ってください。って感じだ。
「どうせなら言ってくれれば良かったのに!一体いつから?」
「一応後夜祭の時から……」
 えへへ、と頬をかきながら答える。
「そっかあ。ふふ、おめでとう二人とも。演劇部初のカップルだね」
「ありがとうございます! ――あ、でも初、じゃないような」
「え?」
 疑問顔の先輩から視線を外し、恵梨歌ちゃんを見た。
「恵梨歌ちゃんと一剛君も演劇部っちゃー演劇部だし」
 そして今度は紅葉さんへと視線を向ける。
「紅葉さんも川北先生と恋人同士になったんですよ」
「あ、あぁ……そうだな」
「え、えええ!!」
 驚く先輩。
 その後ろで、
「えええええ!!!」
 ……驚く那月君。
 気づいてなかったのか。
「そっ、それじゃあ演劇部だけでもー3組もカップル居るじゃねーか!!」
 改めて言わなくてもわかるでしょうに。
 と、ツッコミを入れようと思ったんだけど。
「くっ、こうしちゃいられねぇ。美波ッ!!」
 ぐいっと腕を取られる。
「コイツ等に負けないようにラブラブにならねーとな!」
 そう言って顔を近づけてくる。
 えっ?

 んっ!

 一瞬で唇を奪われる。
 ……ちょっ、まっ、うっ、あー!もー!!!
「っはぁっ、なっ、那月君、いきなりやめてよ!」
「す、すまん」
 謝りつつも那月君は私から視線を移し、紅葉さんの方を向いた。
「紅葉さん!そーいう事だから、今後“薔薇姫と騎士”やる時もこのキャストで頼む!
 ほら、こうやって実際にキスした方がリアリティあっていいだろ?!」
 ……そっちに持って行きますか。
 紅葉さんは那月君の言葉に深く頷いた。
 そして、
「俺もお前等が付き合ってるって聞いてそれをちょっと考えたんだけどな」
 おお……?
「今の那月の行動見て考え直した。――俺の書いた騎士は、そんなにがっついてねぇんだよ!」
 おおう……。
「今回のキャストもいーかなーって思ったけどやっぱダメだ。次はまた冬輝な。地区大会もそれで行くから、今日からはそれの練習!」
「ええええ!!そりゃねーよー!!」
「ったく、お前が暴走しなきゃ俺もいいかなと思ったんだぞ? だから自業自得だ」
 ぷひーと笑う紅葉さんに那月君は情けない顔になった。
「ちっくしょー!!」
 と、こんな風に。
 ……本当に、どうしようもないヒトである。
 はあぁ、と私は大きく息を吐いてから、椅子に上った。
 私の行動に首を傾げる那月君を見下ろし、身を屈めて――

 ちゅ

 軽くキス。
 立ち位置は違えど、身を屈めてのキスというのは“薔薇姫と騎士”の最後と似ている。
 口付けの後、少し離れて私は言った。
「芝居でリアリティ出さなくても、リアルですればいいでしょ」
 私のトンデモ発想にしばし沈黙していた那月君だったけれど、
「美波……ッ」 
 ぎゅむっと腰に抱きつかれた。
 っとと、危ない危ない!
 咄嗟にバランスを保つために那月君の頭を抱え込む形になってしまう。
「……お前等なぁ、ここ部室で他のヤツも居るっていうのに」
 紅葉さんのお嘆きの声。
 でもすぐにポンッと手を叩く音がした。
「いや、待てよ。そうだ、――アレがああなって……こうで、……うん、いける!」
「紅葉さんどうしたんです?」
「奏和、地区大会の演目だけどな、やっぱり新しいのを書く事にする!」
「ええ!」
「アイツ等のバカップルっぷりを見てたら創作意欲が沸いて来たんだよ!ようし、そうと決まれば俺は家に帰って書きはじめるぞ!
 今日はトレーニングの後、演技練習は奏和が見てやってくれ。じゃあ、後は頼んだ!」
 スチャッと手をあげて紅葉さんは言う。
 そして出て行く間際、私達の方を見た。
「那月、美波。次の芝居はお前等二人が主役で作ってやる。みっちりしごくから覚悟しとけよ!」
「! は、はいっ!!」
「あ、ありがとう紅葉さん……ッ!!」
 タッタッタッと廊下を駆けて行く音を聞きながら、私達は顔を見合わせた。
「那月君!」
「美波!」
 ガシッと互いの手を握り締める。
 新しい芝居、というだけでドキドキするのにそれが更に那月君のお相手となると嬉しさもひとしおだ。
「頑張ろうね!!」
「おう、当ったり前だ!!!」
 私情が入るせいもあるのか、気合はいつもよりも入る気がする。
 そうして挑んだ地区大会で予想以上に良い成績を叩き出すのは、もう少し先のお話――。

 終わり