当コンテンツは株式会社ixen「ラブシチュ」にて配信されたゲームのシナリオのWEB小説版です。 著作権は株式会社ixen及びれんたに帰属します。無断転載・使用などは禁じます。
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▼ 特別シナリオ 春日井櫻

 長期休暇中にあった部活も一段落ついて休みに入る。
 この間に課題をこなしつつ遊び倒すんだけど――それを“どこで”するか、私は悩んでいた。
 ようするに家に帰るか、寮に留まるか、だ。
「うーん……どうしよっかなぁ。どうしたらいいかなぁ?」
 ベッドの上でゴロゴロしながら悩む。
 同じ部屋の恵梨歌ちゃんは勉強机できっちり課題中だ。
「そんなに悩む事かな? 帰ってきちゃいけないって言われてるわけでもないでしょう?」
「そりゃそうなんだけど……」
 ちなみに家と言っても田舎の方では無く、新しい近くの家の方だ。
「近くなんだし、交通費の心配もしなくていいんでしょう?」
「うん、歩いて帰れる距離だからね。そりゃ電車使ったほうが早いけど」
 そう、学校とは結構ご近所さんな位置にある。
「サッと行けるんだから行けばいいのに。何をそんなに悩んでるの美波ちゃん」
 恵梨歌ちゃんの疑問は最もだと思う。
 けど、私の悩みも最もなんですよ。
「……だって、帰っても誰も居ないかもしんないもん」
「え?」
「芳くんも万理ちゃんも仕事忙しいからさぁ、最近は帰って寝るだけーとかの生活してるらしいんだよね。
 だから家に帰っても日中は一人だし、帰ってきても邪魔しちゃ悪いし……で」
 前の所ではおじいちゃんとおばあちゃんも居たし、芳くんも半在宅みたいなモンだから良かったんだけど。
「帰っても一人なら、ここに居て恵梨歌ちゃんや皆と一緒の方が良さそうなんだもん」
 寮に入ると決めた時は新婚状態に当てられたくないから、と思ってたんだけど……いつの間にこんな事になっていたのやら。
 通りで演劇部関係とか行事とかも全然見に来ないハズだよなぁ。
 昔から仕事人だった万理ちゃんはともかく、芳くんは来ると思ってたのに。
 結局二人とも、学校に来たのは入学式の時だけだった。
「なるほどね……確かに一人よりはその方がいいかもしれないけど」
「でしょー?」
「でも帰って来た時だけでもご両親と一緒に居てあげたらいいんじゃない?
 ホラ、それこそ日頃の疲れを癒してあげるとか」
「例えば?」
「オーソドックスな所だと肩もみとか?家事をしてあげるのもいいんじゃないかな。そんなに忙しいんじゃあ家の掃除もままならないでしょう。
 後は――豪華な料理を作ってあげるとか」
 そう言った後、恵梨歌ちゃんはパシッと口を塞いだ。
「あぁ、ごめんなさい。料理は美波ちゃんには無理ね、聞かなかったことにして」
「なっ!?そうあからさまに言われるとすごく傷つくんですけど!!」
「でも一人で料理なんて無理でしょう? 文化祭の時のお菓子作りでも散々だったんだから」
「うっ……そりゃあ否定は出来ないけど……」
 でも一応“食べれるモノ”が出来たから自信ちょっとついてたのになぁ。
 ま、アレは大半が木場ちゃんや恵梨歌ちゃん、そしてかっちゃんによるものだから自分が作ったとはとても言えないけど。
「それにしても美波ちゃんの料理音痴は誰かからの貰いものなのかしら?
 話聞いてたらご両親は料理上手そうよね」
「あー、なんかねぇ、実のお母さんの方が下手だったみたい。
 一緒に暮らしてた父方のおじいちゃんおばあちゃんは上手いから、絶対そっちからの遺伝だねぇ」
「そっか。じゃあ料理上手な中に音痴一人じゃなかなかキツかっただろうね」
 ……うん、キツかったなぁ。私が、っていうか周りが。
 今では自覚してるけど、それが無い頃は変に作って食べさせて酷い目にあわせてたし。
「でも教えて貰ったりしなかったの?料理上手なら教え上手にもなれそうなんだけど」
「一応ちょろっと教えて貰った事はあるんだけどねー。どうにも……一緒に教わった櫻はうまくなってんだけど……」
 どうしてこうも差が出たのやら。
「へぇ、春日井君は出来るんだ? だったら丁度良いじゃない」
「何が?」
「この時期はどこも大抵部活休みになってるでしょう? 二人で家に帰ればいいのよ!」
 ……はい?!
 目を見開いて驚くと、キョトンとされてしまった。
「そんなに驚く事じゃないでしょう? だって昔は一緒に暮らしてた――って話してたよね?」
「う、うん……そうだけど」
「じゃあいいじゃない。 それに」
 ニッコリと笑って恵梨歌ちゃんは続ける。
「二人付き合ってるんだから、何の問題も無いわよね?」
「!?」
 え、え、え、……ええ!?
「い、言ったっけ?!」
「ううん。美波ちゃんから聞いてないわ――でも春日井君から教えてもらいました」
 櫻何故恵梨歌ちゃんに!?
 ――そう、後夜祭でなんだかんだあって私と櫻は付き合う事になっていたのだ。
 いつかは恵梨歌ちゃんにもその事を話さなきゃ、と思ってたんだけど……まさか櫻に先を越されるとは。
 すると恵梨歌ちゃん、ふーと大きく息を吐いて肩を竦めた。
「美波ちゃんは知らなかっただろうけど、今までにも春日井君の恋愛相談には度々乗ってたからね。
 付き合う事になったのならわたしに報告するのは当たり前なのよ」
「恋愛そおだあぁん!?」
「そ。……本当に気づいてなかったの? ホラ、例えば紅葉さんの家に初めて行った時の事とか。
 春日井君の気持ち知らなきゃ、わざわざ美波ちゃんの泣き顔撮って送ったりしないわよ」
 ……そ、そうだったのか。
 いや、恵梨歌ちゃんなら何もなくてもするかな――とか思っ
「何か変な事考えてない?」
「かかかか、かか、んがえてないです考えてないです」
 ふるふると首を横に振る。考えてることまでわかるなんて恐ろしすぎる!
「まぁ、だから二人で帰るのも悪くは無い案じゃないかな?
 春日井君が料理出来るんなら、豪華な料理で疲れを癒してもらうっていうのも可能なわけだし」
「ん……だねぇ。じゃあそうしよっかな」
 そうと決まれば用意とかしなくっちゃなぁ。
 ベッドから起き上がりウーンと伸びをする。
 それから携帯を手にとってメール画面を開く。
「……櫻、一緒に家帰れる? っと」
 しばらくして返信があった。
『家ってどっちだ?』
 あ、そか。それ入れるの忘れてた。
「勿論近い新しい方の家――と」
『なら行く』
 おー、返信の早いこと早いこと。
「春日井君どうだって?」
「OKだってさー。って事で数日帰るね。恵梨歌ちゃんはどうするの?」
 早速服なんかの準備をしつつそう訊いた。
「わたしはもうちょっとしたらお兄ちゃんと二人で両親の所に顔出すつもり。ちょっと遠いから交通費かかるのが困るのよね……」
 恵梨歌ちゃんトコはもともとお父さんが単身赴任してて、そこにお母さんも行っちゃったんだっけ。
 どこに行ってるのかは知らないけど、遠いトコだと確かに交通費バカにならんよなぁ。
「じゃあ部屋誰も居ない日があるかもしれないんだね」
「そうね、だからきっちり片付けていかないと。寮の管理人さんにも帰省届け出しておかないとね」
「だね!2枚貰ってくるよ!」
「あぁ、それなら大丈夫。2枚ここに」
 机の引き出しから出てくるプリントが2枚。……流石は恵梨歌ちゃん。
「もうすぐに書いちゃって出しちゃおうか」
「おう! じゃあ、出しに行くのは私がするよ!」
「それじゃあ頼んじゃおうかな」
「まっかせてー!」



 * * *



 という事で、前フリが長くなったけど――私は家に帰る事になった。
 荷物が思ったより多かったので電車を使う事にして、駅の方へと向かう。
 2駅分乗って降り、改札を抜けた先は入寮以来の景色だった。
「うわー久しぶりだー」
 大してそこに居たわけじゃないから懐かしむって程でも無いんだけど、でもやっぱりどこか懐かしい。
「へぇ、こっち方向にあったんだ」
 櫻はキョロキョロと辺りを見渡していた。
 そういや櫻は来るの初めてなんだっけ。
 入学当時はまさか櫻が同じ学校だなんて知らなかったからなぁ。知ってたら入寮までの間、一緒に暮らすってのもあったんだろうけど。
「今日って二人は仕事休みなのか?」
「んーん、あるって言ってたよ」
「え、じゃあどうやって入るんだ?」
 ……おいおい。
「鍵持ってるに決まってるじゃん。一応自分の家なんだからさ」
 はぁ、とため息。
 寮生活で滅多に帰らないとは言え、自分の家の鍵くらい持ってるっつーんに。
 ……も、持ってきたよね?
 内心焦りつつ、でもさり気なく鞄の中を探る。ややあって鍵ケースを見つけ――うん、コレだな。
「持ってたか?」
 さり気なく……だったのに探してたの気づかれてたか。
「うん持ってるから、大丈夫だって」

 駅からしばらく歩き、住宅街の一画に我が家を見る。
 流石に新築だけあって綺麗だ!そしてあんまり生活してないみたいだから、中も綺麗なんだろう。
 さて、鍵を出して――
 と思っていると、向こうから鍵を開ける音がした。
 そして扉も開く。
「タイミングばっちりね!おかえりなさい~」
「万理ちゃん! あれっ、仕事じゃなかったの?!」
 笑顔で迎えてくれたのは万理ちゃんだった。
「うん、仕事だけどね。今日は開始遅らせたから。折角二人とも帰ってくるのに誰も居ないと淋しいでしょう?」
 ウンウンと頷く。
 誰も居ないと言われていてもやっぱりちょっと悲しいモノがあったからなぁ。
「芳くんは? 仕事?」
「うん、仕事。でも夜は早めに帰ってくるって言ってたから」
「そっか」
 芳くんも居てくれたら万々歳だったのになぁ……でも夜は帰ってくるんだし!
 とりあえず玄関先で話してるのもアレなので中に入る。
 うん、思ったとおり綺麗なままだ。――ていうか、物少ねー。
「さぁさ、くつろいで頂戴ね。何か飲み物いる?」
「うん、櫻もいるでしょ?」
「あぁ」
 出してくれたのはアイスコーヒーだった。程よい甘さでお子ちゃま舌の私でも問題無く飲める。
「おいしー!」
「でしょ~。最近このメーカーのにしたんだけど正解だったわ!毎朝コーヒーだけは欠かさないんだけど、銘柄で随分味違うものよね」
「へぇ~」
 コーヒーの味というのはよくわかんないけど、まぁ、これは美味しいから当たりなんだろなぁ。
 ……て、毎朝コーヒーだけはって――朝食は食べない時があるんだろうか。
「お菓子もいくつか買って食品棚と冷蔵庫の中にそれぞれ入れてるから好きに食べてね」
 そう言いながら万理ちゃんはテキパキと動いている。
 服装もよく見たらスーツだしお化粧ばっちりだし――もしかして。
「もう仕事出るの?」
「えぇ。そろそろ行かないとヤバイかなって。でも美波ちゃんと櫻君を出迎えられたから良かったわ」
「すいません忙しい時に」
「いいのよ気にしないで! 夜はあたしも早めに切り上げてくるから、晩はどっか美味しいトコ食べに行きましょうね!」
 ニコッと言われて思わず頷きそうになる。
 けど!
「あ、晩御飯なんだけどさ」
「ん?なーに?何か食べたいものでも?」
「ううん、私が作ってあげる!」
 ズルッ
 ……うわ、某新喜劇なみにコケたんですけど、どういう事。
「ちょ、ちょっと待った美波ちゃん。あたし耳悪くなったのかも……今、なんて?」
「私がご飯作る!」
「……」
 今度は沈黙されてしまった。
 そして、
「ちょっと櫻君、どういう事か説明して」
「え、俺!?」
「だって美波ちゃんが料理なんて、誰かの入れ知恵かと思うじゃない。
 となると、櫻君くらいしか考えられないし。一体今度はどうやってたぶらかしたの!」
「ちょっと待てどういう意味だそりゃ!!」
 おーおー、何だか喧嘩に発展しそうな勢いですなぁ。
 ズズズッとお茶をすする――ように、アイスコーヒーを一飲み。
 それからパンパンッと手を叩いた。
「大丈夫だよ万理ちゃん!文化祭でね、お菓子作ったんだけどその時、周りの人に教えて貰いつつだけどうまくいったから!」
「……でも今日はその人達居ないでしょう?」
「うん。でも、櫻が居るもん! 教えてくれるよね、櫻!」
「えっ」
「教えて く れ る よ ね ?」
「あ、ああ……い、いいけど」
 にーっこり笑って強制的にOKさせる。
 てかこれ事前に話しておこうと思ってたのに忘れてたわ。ま、了承して貰えたから良かったけど。
「ま、そんなワケで。横でつきっきりで教えてもらったら上手く出来るって事がわかったからさ。
 だから、晩御飯は作らせて!」
「ん……そういう事なら」
 渋々ながらも了承してくれる。
「……美波が作るってか、俺が作るって感じになりそーだけどな」
 櫻がぼやいてたのはまぁ、聞こえない事にしてっと。
「じゃあ今日は作ってもらいましょうか。食べに行くのは今度にして。しばらくは居るんでしょう?」
「うん、一応部活休み中は居るつもり。櫻も同じくらい休みらしいからさぁ」
「あぁ。お邪魔じゃなければ……なんだけど」
「それは問題ないから!部屋も余ってるし、我が家だと思ってくつろいで頂戴ね」
 実際前のトコでは我が家っぽい状態だったんだろうけど、如何せんこの家は初めてだもんなぁ。
 ふふ、櫻ちょっぴし緊張してるんじゃないの。
「あ、じゃあそろそろあたし行くわね!一応鍵かけといてくれる?最近はこの辺も物騒でね~」
「わかったー」
 田舎では鍵どころか、網戸でそのままとかもあったけど――やっぱこの辺はそうも行かないか。
 どうも回覧で不審者に注意、とか回ってきたらしい。怖い世の中になったもんだ。
「いってきます!」
「いってらっしゃーい」
 ひらひらと手を振って送り出す。
 車の鍵持ってたから車通勤なんだろうけど……相変わらずの運転なのかなぁ。
 と思ってたら、ギャギャギャギギギッとすごい音を立てて車が出て行った。……酷くなってねーかアレ。
「相変わらずだな万理ちゃん」
「……だね」
 苦笑して見送る櫻に深く頷き返した。
 もうちょっとどうにかならないのかなぁ、って思いつつ。

 *

 さて、晩御飯と作ると決まれば買出しだ!
「何を作りたい、とかはあるのか?」
「うん!全然決めてない!」
「おまっ、決めてないなら最初に“うん”とか言うなよ紛らわしいだろ!」
 すかさずツッコミを入れられてしまった。それくらいいいじゃあないですかい。
「料理本何冊かはあるだろうし、それ見てきめるよ。それでも無かったらネット漁るし」
 リビングにパソコンが置いてあったから使ってもいいはずだ。問題はネット環境繋げてるか、だけど……ま、してるわな。
「ええと――前に見た時いいなぁ、って思ったのがあって……」
 とりあえず本の方を見る事にして、それを探す。
 フルカラーのレシピ本、実に見やすくてよろしい!
「……っと、あったあった! 見てみて櫻、これどーかなぁ?」
「んー?どれどれ」
 ぐいっと見せたのはコロッケのページ。
 ふっふっふ、しかもただのコロッケではない。クリームコロッケさんだ!!
「……お前、これ難しいんじゃ」
「え、でもこの手順通りにやったら簡単そうじゃん?」
 わかりやすく写真付きで解説されたソレは、見る分には実にお手軽に出来るように見える。
「そりゃあ、この人プロだから」
「じゃあ、櫻出来ないの?」
 後ろから覗き込んできていた櫻を振り返る。
「……ちょっと見せてみろよ」
 本を渡す。
 櫻はそれをじーっくり読んだ後、立ち上がった。
「どう?」
「出来る。俺に不可能は無い」
「……」
 なんかいきなり変な言動になってるのが気になるんですけど。
 ま、出来るならいっか。
「じゃ、近くにスーパーあるから買い物行こ!」
「おう」

 *

 家を出て少し歩きスーパーへと向かう。
 ……予定だったんだけど。
「昼飯どーすんだ?」
「どうしよう。それも作る?」
「……ん、別にそれでもいいけど、他で食べたい気もするな」
 という櫻の意見により、外食する事に。
 スーパーはやめて、前に演劇部の買出しで行ったショッピングセンターに足をのばす事にした。
 専門店の集合体っぽいけど普通のスーパー的な所もあるし、買い物も問題無いだろう。
 学校からの距離に比べれば若干遠いけど、でも歩いていける範囲内だ。
 ついてみると結構人が多い。
 買い物をしても温くなってしまうとマズい、って事で先にお昼を食べることになった。
「櫻なんか食べたいモノある?」
「いやー、これと言って特に無いんだけど。美波は?」
「私も無いなー。ま、とりあえずブラブラ歩いて決めよっか」
 昼近いので既に食べ始めてる人の料理の匂いが漂ってくる。……うーむ、どこも美味しそうだ。
 色々迷ったけど、結局無難にパスタ屋さんにする事に。
 私はクリーム系、櫻は和風系を頼んだんだけど、どっちも美味しかった!
 “どっちも”ってのは、まぁ、少し頂いたワケでございまして。
「ほら、あーん」
「あーん」
 と、ね。
 ――今までも散々やってきたけど、妙に恥ずかしかったのは櫻との関係が変わったせいなのか。
 そ、この人彼氏なんだよなぁ。
「……ん、何?」
「いや、何でもないけど」
 手ぇ繋いじゃったりして。……これも今までやった事あるから大して新鮮味も無いけどさ。

 さて、お昼も食べたので買い物に行く事にした。
「何が必要なんだ?」
「んっとねー」
 レシピに書いてあった材料は全てメモしてきたので、それを櫻に見せる。
 今日の献立はクリームコロッケ。付け合せに焼アスパラとマカロニサラダ、オニオンスープ。
 デザートは……果物とかでいっかな?
「バターとか小麦粉とかは家にあったよな。じゃあ、中身か。何だっけ?」
「エビだって。あとホウレン草」
「おっけ」
 入り口の辺りは野菜売り場なのでまずはホウレン草から。他にもマカロニサラダに入れるモノもちょこっと。あ、そうそうアスパラもね。スープ用の玉ねぎやパセリも忘れないようにしなくっちゃ。
 デザートは既に切ってある果物詰め合わせにしてみた。パイナップル多めかな?
 それから海鮮のトコでエビさんを買って、パン粉とかも買って――っと。
「これで大体OKかな?」
「そうだな。じゃ、レジ行くか」
 ちゃちゃっと清算を済ませてレジ袋に詰める。
 周りの奥様方はマイバック持参率が高くてびっくりしちゃった。どうやらポイントがつくらしいからそのせいもあるのかな?

 買い物を終え家に帰る。
 二人が何時に帰ってくるかわかんないけど、早めにって言ってたから用意も早めにしといた方がいいだろう。
 コロッケは揚げ物だから直前にするとしても、下ごしらえはしておけるからね。
「じゃあ、美波。必ず、俺の言う事聞くんだぞ」
「はーい」
「……ほんっとに、余計な事すんなよ?」
「はーい!」
 すちゃっと手をあげて返事をする。
 櫻は怪訝そうな顔をしていたけど一応は納得したようだ。
 ……まぁ、今までが今までだったからねぇ。信用出来ないのもわかるさ。
「じゃあ美波には野菜切りを命じる」
「おっけー!包丁は余裕で使える!ハズ!」
 渡されたのはサラダに入れるきゅうりさんだった。
「これを細切りにする。で、出来たら塩もみな。終わったら玉ねぎも細く切っといて」
「りょーかいっ!」
 包丁を取り出してまずは端の方を切り落とす。なんか硬くなってるからねぇ。
「……おい、ちょっと待て」
「ん?」
「お前もしかしてその切った部分、捨てるトコのつもりか?」
「そーだけど」
 櫻は手を伸ばしてソレを取る。
「デケぇよ。勿体無いだろ」
「そ、そうかな?」
「そう! ホラ、これはこんくらいでいーの!」
 櫻が包丁で切ったのは、私が切ったのより半分以上小さいモノで。……こんな程度でいいのか。
「もともときゅうりなんて切らなくてもいいくらいだからな。最小限でいいだろ。さ、続き頑張れ」
「うん、わかった」
 えーっと細切りはまずナナメにうすーく切って……。
 ザクザクと切っていく。……ふひひ、こいつぁお世辞にも薄いとは言えないけど。ま、まぁいいか!
 そのナナメに切ったのを重ねてほそーく切る。
 ……。
 ……。……。
「ふ、太……」
 自分へのツッコミもかねて口に出す。いや、しかしこりゃ太い。
「美波出来たか?」
「い、一応出来た……かな?」
「どれ、見てやろう」
 言われてまな板の上を示すと沈黙されてしまった。……やっぱダメか。
「ま、いいよ。美波にしちゃ上出来だろ。じゃ、次玉ねぎ頼むわな」
 櫻は切ったきゅうりをササッとボールに移して自分の作業場へと戻る。
 程なくして聞こえてくる包丁の音。私の切ったきゅうりを更に細くしてるみたいだ。すいませんなぁ、櫻さんや。
 ……情けなさ過ぎるぞ自分。
 い、いいや気を取り直して次だ次!
「玉ねぎか」
 コレはオニオンスープ用かな?
 とりあえず皮をむいて半分に切る。うし、ここまでは余裕だ。当たり前だが。
「細切りてか薄切り?」
 玉ねぎは切る方向を間違えなければ簡単に細切り状態になるハズ。……と昔調理実習で教えて貰った気がする。
 とりあえず切り始めてみると、きゅうりと同じく薄くは出来なかったけどうまくバラけているようだ。
 方向あってたみたい。
 よし、この調子で全部切って――。
 ザッザッザッ
 包丁を入れていく。
 結構うまい事行ってんじゃないのー?とニヤけた頃だった。
「……ヤバイ」
 玉ねぎさんを切る時には必ずと言っていいくらい襲ってくる涙腺刺激だ。……い、痛!
 ポロポロと涙が出てくる。
 うう、痛いよー。
「ほれ、タオル」
 目を瞑っていると冷たいタオルが押し当てられる。
「あ、ありがと……」
 顔を抑えてしばらく待つとかなり収まってきたので、続きを再開する。
 途中でまた涙が出てきたけれど、ええい押し切ってくれるわ!
 ――というワケでなんとか玉ねぎさん制覇。
 ふひー、一仕事終えたわい。
 と額の汗を拭う。さて、次にやる事は、っと。
 櫻の方へ行ってみると――え、何コレ。
「もうほとんど用意出来てんじゃん」
「あぁ、そうだな」
 私がきゅうりと玉ねぎを切ってる間に下ごしらえは出来てしまっていた。
 ……そんなに時間かかってたのかな。
「タネは冷やさなきゃいけないから冷蔵庫に入れる。冷えたら形作ってくから、それ手伝ってくれな」
「了解っ!」
 冷蔵庫で冷やしてる間に休憩~♪
 と思ったんだけど、櫻はなにやらやっているようで。働く働く。……すごいなぁ。
 何作ってるの?と訊いてもナイショとしか答えてくれず。
 仕方ないので一人でぷらぷらネットサーフィンしてたらあっという間に時間は経っていった。時間泥棒過ぎるわ……。

 いい感じに形作れてきた頃に二人からもうすぐ帰るよのメールも来た。
「なかなかタイミング良かったな。じゃ、美波はそれ全部やっちゃって」
「おぅっ」
 冷えて固まってるから形作るのも簡単だ。
 小麦粉やら卵やらをつけたあと、パン粉の海へダーイブ!正直この瞬間が一番楽しい気がする。
 そうやって私がコネコネしてる間に櫻はアスパラ焼いたりマカロニ茹でたりスープ作ったり果物切ったり、と大忙しだ。
 程なくして二人とも帰ってきて、いよいよ揚げに入る。私は見てるだけですが。
「今日のご飯は二人が作ってくれるって聞いてお腹すかせて帰って来たんだよ」
「へっへーん、期待していいよ!なんたって大半櫻が作ってくれてるからね!」
 胸を張って言う事じゃないけど、本当だから仕方ない。
「そっか。櫻ありがとう」
「いや、いいですよ」
 ハタハタと手を振る。ちょっぴし顔が赤いのは、揚げ物で熱いのか照れなのか……。
「それで、献立は何なの?」
「クリームコロッケ!エビとホウレン草入りだよ!」
「あらすごい。家でクリームコロッケが食べれるなんて。流石ねぇ、櫻君」
「いや、それほどでも……」
 更に顔が赤くなる。やっぱ照れか。
「じゃあ、あたし達は食卓の準備をしましょうか。
 そうそう、美味しいって噂のジュース買ってきたから綺麗なグラス出して飲みましょ!」
「あぁ、こないだ言ってたヤツだね?」
「芳也さん覚えててくれたの?」
「勿論だよ。万理の言う事、全部覚えているとも」
「芳也さんったら……」
 ……やめてくれ。
 唐突にラブシーンを始めた両親から視線をずらす。
 見ると櫻もなんとも言えない顔をして目線を落としていた。
「もー!イチャイチャするんなら向こうでやってね!食卓の準備なら私がするし!」
 料理は出来なくとも、ご飯の準備は散々手伝ってきたのでコレはお手の物だ。
 大きい洋風の皿をメインに使うとして、スープカップとかも出さなきゃねー。
 サササッと用意して、出来上がっていた分を同じくサササッと分けていく。うーん、美味しそう!
 料理中は見てなかったけど、マカロニはちょっと変わった形のだった。大きなリングのようなのと、リボン型のヤツ。可愛いなぁ。
「さ、食べよー!」

 全て配り終えて4人席につく。
「じゃあ、いっただきまーす!」
「いただきます。ありがとうね、二人とも」
「すごく美味しそうだ。いただきます」
「大体は味見してるんで大丈夫だと思うんですが……。いただきます」
 それぞれに手を合わせて食事の挨拶。
 万理ちゃんが言ってたジュースはザクロジュースだった。うん、コレは確かに美味しい!
「わ、本当にクリームコロッケになってるわ。すごいね、櫻君」
 半分に切るとトローッと中身が出てくる。
 すごいな、レシピ本の写真のまんまじゃないか。
「流石櫻。もういつでもお嫁さんにいけるじゃん!」
「嫁て」
 いや、ホントに。
 コロッケだけじゃない、サラダもスープもめちゃんこ美味しいの!
「ね、芳くんもそう思わない?」
「そうだね。是非ウチの娘のお嫁さんに貰いたいよね」
「芳くんまで!」
「いやいや、本当にさ」
 にっこりと笑って言う芳くんに思わず櫻と顔を見合わせてしまった。
 ……こ、これはどうするべきかなぁ。
 櫻と恋人関係になったって事、二人にはまだ言ってない。一応言おうと思ってはいるんだけど……。
 すると櫻は持っていた箸を置き、真剣な表情になった。
「あの、芳くん万理ちゃん。俺言わなきゃいけない事があって」
「ん、どうしたの改まって」
 横から手が伸びてきてぎゅっと握られる。私も強く握り返した。
「俺――美波と付き合う事になりまして」
「あぁ、うん知ってたよ」
「それで二人にもちゃんと報告を――って、え?!」
 芳くんは実にサラリと言った。櫻と同じく一瞬聞き流しそうになったけど――はい?!
 櫻がこっち見てきたけどブンブンと首を横に振った。
「えっ、私何も言ってないよ!? 櫻もとーぜん言ってないだろーし……」
 じゃあ、誰が?!
 と思ったんだけど、すぐに犯人は割れた。
「勝俊君だよ。確定情報じゃなかったんだけど、二人の様子がおかしいからコレはひょっとするかもしれないってメールくれて」
 あ、あのヤロオオ!!断りも無く言いおってから!!
「良かったじゃない櫻君。念願叶ってやっと通じたんでしょ?」
「そうだよね。えっと……何年越し?少なくとも幼稚園の頃からだったね」
「そうそう!小学校の頃なんか美波ちゃんの事好きだって言ってた子に喧嘩売って酷い事になったわよね」
「あーアレは大変だったねー。春日井さんトコのご家族全然出てきてくれないから僕が一緒に謝りに行ったなぁ」
「中学でも似たような事になって困った事あったっけ」
「あったあった!相手は好きって言うんじゃなくて、美波の事気に食わなく思ってる子だったみたいだけど」
 二人の口から出てくるのは私の知らない情報ばかり。
 ……てか、櫻さん。
「何してんのよアンタ……」
「いっ、いや、それは、だな!!!」
 顔を真っ赤にして櫻が言う。
「ていうか、芳くんも万理ちゃんもやめてくれないかな!今言わなくてもいーじゃん!」
「でもずっと言いたくてたまらなかったもん」
「いい年こいたおっさんが“もん”なんつっても、可愛くねーから!!」
 櫻は過去を暴露されたのが恥ずかしいんだろうけど、何だか私まで恥ずかしいんですけども!!
 しかし告白の文句の“初めて会った時から”っていうのはあながち嘘でもなかったらしい。
「まぁ、だから僕らは二人がようやくそうなってくれて嬉しいよ。美波のお婿さんも決定して、もう安心して死ねるねぇ」
「ちょっ、芳くん縁起でも無い事言わないでよ!」
「そうよ芳也さん。二人の子供見るまでは死ねないわ!」
「ちょっ!?万理ちゃんまで、話が飛びすぎだし!!」
 二人の言葉にツッコミを入れるけど、その間どうにも櫻が静かだった。さっきまでの威勢はどうしたんだ?!
 そう思って見たら――
「俺……」
 カタンと小さな音を立てて椅子から立ち上がる。
「俺、本当にそうなりたい」
「へ、何が?」
 思わず返すと、ジッと見つめられる。
「お前の――お婿さんになる、ってヤツ」
「…………。………………――――――――へ?」
 意味を理解するのに数秒。
 理解してからも声を出すまでにまた数秒かかった。
「な、なな、何言って――、え、ていうか、本気で?!」
「本気じゃなかったら何なんだ。俺はいつだって本気だ!」
 ガシィッと手を掴まれる。
「絶対幸せにするから!!」
「さ、櫻……」
 そして芳くん達の方へ顔を向けて、
「芳くん――俺、美波と一緒になりたい。その時になったら高科家に入っていいですか」
「お婿さんなのは大歓迎だけど、春日井姓じゃなくていいの?」
「いいんですあんな家。自分の家だなんて思ってない。俺の家は――芳くんや万理ちゃん、それに」
 また視線はこちらに帰ってくる。
「美波の――居るところ、ですから」
 真剣な眼差し。それを受け止めていると、次第に目頭が熱くなってきた。今頃玉ねぎ!?――とか言ってる場合じゃないなコレは。
 私は目を閉じ、深く頷いた。
 大きく息を吸って、吐く。目頭は熱いままだけど、涙はまだ出ない。出たとしても嬉し泣きだから何の問題も無い。
 そして再び開けた。
「わかった――どんと来い!だよ、櫻!!」
「い、いいのか美波……?」
「もっちろん! この私が全て受け止めてあげようじゃあないの!!」
「やだ、美波ちゃんってば男前!」
「はっはっは、くるしゅうないくるしゅうない!」
 ドンッと掴まれていない方の手で胸を叩いた。
「高科櫻、うんいいんじゃあないの!ちょっと変な気もするけど。……うん、いいと思う」
 来年の話をすると鬼が笑う。
 どころか、何年も先の話だから鬼にとっちゃあもう大爆笑ものだろう。
 それでもいい。
「約束ね、櫻。結婚しよ」
「あ、あぁ……!!」
 ニコッと笑いかけると、同じように櫻も笑顔で返してくれた。
「うんうん、高科家もこれで安泰だね!」
「そうね。よし、じゃあ明日はお赤飯炊かなくっちゃ!あずき買ってくるわね!」
 なんて、二人も笑ってくれた。
「で、でも本当にいいのか?」
「むしろそっちがいいのか?って感じだけど」
「俺はいいに決まってんだろ!」
「じゃあ、私もいいに決まってんだろ!……ってね」
 櫻の手を握る。
「えへへ、だからさ、よろしくお願いします!」
「お、おぅ……!!」

 *

 そんなこんなで櫻の入り婿が決定し、箸も進むし会話も弾む。
 あっという間に美味しいご飯はお腹の中へ入ってしまった。
 さて、とデザートターイムですかな。
 よっこらせ、と立ち上がり冷蔵庫へと向かう。野菜室を開け、果物を……ん?
「あれ、櫻ぁ今日買った果物は?」
「あれなら上の方な。ケーキの横に添えてある。 てか紅茶入れるから待てって」
 ……上?
 櫻が立ち上がってやってくる前に冷蔵庫を開けなおす。
 するとそこにはシフォンケーキ様が鎮座されていた。
「お、おお? どったの、コレ!」
「どったのって……俺が作ったに決まってんだろーが。紅茶もだけどホイップもするから。それは美波がして」
 生クリームを渡される。
「作ったの?! いつ!?」
「お前がネットサーフィンしてる間にだよ。行く前に用具あるの確認してたから、久しぶりに作ろうかなって思って」
 す、すげー……私が時間泥棒されてた間にこんなモンまで作ってるとは。
 とりあえず渡された生クリームを泡立てるべくハンドミキサーを探す。……けど。
「万理ちゃーん、泡立てるヤツ、どこ仕舞ってんのー?」
「泡立てるヤツって? スポンジ?」
「違う違う、クリームの!」
 そう言ってる間に櫻が後ろでごそごそごそ。
「ホレ」
「あ。 どこにあったの?」
「後ろの棚の下の段」
 ……。我が家の台所なのに櫻の方が把握してるとは情けないぞ美波。
 てーか櫻、初めて来たとは思えないんですけど。
「ケーキ型とかお菓子類の用具まとめて置いてるみたいだぞ。ここにシールしてあるし」
「あ」
 よく見ると小さく“お菓子”と書かれたシールが貼ってあった。な、なるほど。
 その後も砂糖の位置がわからなかったりしたけど、やはり櫻が持ってきてくれてなんとか生クリームホイップが完成。
 つっても電源ぽちっと押しただけなんだけど。
「このホイップを上にかけて、ミントを飾って……っと」
 ミントまで用意してるとは……!
 買ってきた果物類は更にその横に綺麗に並べられている。うっはー、美味しそう!
「紅茶も入ったし、さ、食べるぞ」
 テキパキテキパキと動く櫻さん。
「……櫻」
「ん?何だ?」
 後ろから声をかける。
 顔だけ振り返ったその状態に私は言った。
「やっぱ“婿”じゃなくて“嫁”なのかも」
「はぁ?」
 と、なると私が婿なワケで。……亭主関白とか。いや、思い浮かんだだけだけど。
 しかしそうなってくると男たるもの、婚約指輪はこちらで用意したいものだ。
 とは言え、そんなモノすぐに出てくるワケが無い――けど。
「そだ」
 マカロニサラダに使われてたリングのヤツ。あれいけるんじゃない?!
 サササッと食品棚へ向かってマカロニを取り出す。……うん、いけるいける。
「おい、美波何してんだ。紅茶冷めるから早く――」
「櫻!」
 呼びに来た櫻を手招きして、
「何だよ?」
 近寄ったその手を掴んだ。
 ええと、婚約だったら右手なんだっけ。
 取りい出しまするはマカロニリング――って格好つかないにも程があるな。
 ま、人間ノリだよノリ!
「すまない櫻ッ、オレの稼ぎが少ないばかりに……今はこんなモノしか用意出来ないけれど」
 と小芝居を交えつつ、その薬指にマカロニをはめる。自分で言っといてなんだけど、いくら稼ぎ少なくてもマカロニを婚約指輪に使おうとする男はその場で斬ってやるべきだと思うよ、ホント。
「美波……?」
「へへ、婚約指輪もどき!すぐにでも予約しとくべきかなって思ってさー」
 にへへっと笑っていると
「!」
 ぎゅむっと抱きしめられてしまった。
「バカ美波」
「な?!」
スチル表示 「こんな予約しなくたって、俺にはお前だけだよ。これから先もずっと――お前だけ」
「櫻……」
「だから美波もそうだと嬉しい」
 そう言われて何故か笑ってしまった。
「あのねぇ、櫻。わっざわざ予約する人間がそうそう心変わりなんてしないよ。だから、私も櫻だけ」
「……そっか」
 ぐっと更に力が加わる。
「嬉しい」
「うん……私も」

 それからデザートタイムして、また皆でおしゃべりして。
 あっという間に夜は更け眠りの時間。一緒の部屋で寝る?と訊いたら拒否られてしまった。
「流石に寝床一緒だとマズいから」
 だそーだ。よくわからん。
 あとよくわからんと言えば――

後日。
「美波、右手出して」
「ん?」
 つい、と出すとすぐさま薬指に指輪がはめられた。
「櫻これって……」
「婚約指輪。マカロニだけってのは情けないからな」
 なんて、笑う。
 ちゃんと対になってるらしく、私は櫻の指にそれをはめた。
 予約とかいらないって言ってたのに……一体何なんだか。
「……」
 ん……でも。
「へへ、ありがと櫻」
 シンプルだけど可愛いデザインの指輪を見て口元が緩む。
「改めて、これからもよろしく頼む」
「うん、こちらこそ!末永くよろしくお願いしまっす!」
 スチャッと片手を差し出す。
 握手のつもりだったんだけど、それをそのまま取られて抱きしめられる。
「あぁ――末永く、よろしく」
 私は櫻の腕の中で深く――深く、頷いたのだった。


 終わり