さて、そんなこんなでやっと港のメイン部分に着くと、そこは人でごった返していました。
朝、道化達と同じく世界各地の人があの様子を見て、殺到したようでした。
「あー、皆さんお静かに願います!!ただいまより、五回目の説明を始めます!!」
前の方からスピーカーに乗せて声が届きました。
五回目というからには、一から四までもあったのでしょうか。
道化達は巧みに人の間をすり抜けて前の方へと出ました。
先ほどのスピーカーの声の持ち主は、
「あ、部長」
道化の知り合いでした。
まぁ、元々が「団体」オンリーの施設でしたからその責任者が知り合いである可能性は高かったのですが。
「おおっ、道化じゃないか!お前も朝の見て来たのか?」
「はい。部長、あれは一体……」
「あー、待った待った!お前だけじゃなくここに来てる人皆に説明しなくちゃなんないから待て!」
問い詰めようとした道化を両手で遮って部長は言いました。
しかし、ふと思いついたように手を叩きました。
「いや、お前はあっちに行ってくれた方がいいかな」
「はい?」
つい、と関係者のみが入れる部屋のドアを示されます。
「朝、この世界の物じゃない――「船」を見たか?」
「え、えぇ……」
空を駆ける機械とは違う、この世界の人には読めない文字をまとった「船」の事でしょう。確か「奇の国」とあったはずですが。
道化は横に居るサリアと顔を見合わせつつ、答えました。
その仕草で部長はやっとサリアの存在に気づいたようでした。
「おっ!道化ぇ、お前なかなかやるじゃねーか。一日でそんなべっぴんさんと付き合うなんてよ!」
うりうりぃっと肘で突いてきます。
親父も相当ではありましたが、「団体」の親父世代は若干こういったウザい面がありました。
道化は嫌そうな顔を隠しもせず、……照れていた面は必死に隠して、
「……親父んトコの娘さんですよ」
と言いました。
「ジョアンの娘のサリアです。父がお世話になりました」
「いやぁ、こちらこそ世話になったよ。……最後まで、本当に」
部長もサリアもお互いに深く頭を下げ、微笑みを交わしました。少し悲しい笑みでした。
「ヨシ、親父の娘さんなら一緒の方がいいな」
そして再度関係者専用のドアを示し、小声で部長は告げました。
「――あの「船」の連中が来てる。言葉は通じるから、お前話して来い」
「へっ?!オレが、ですか?!」
「そー、お前が。俺もさっき話したけど、なかなかに面白い連中だぞ。きっとお前が話すと、もっとずっと面白いハズだ」
わけのわからない根拠を掲げて部長は二人を送り出しました。
腑に落ちないものを感じつつも道化はそのドアを開けました。
中に入るとまず、視界がカラフルでした。
色とりどりの燕尾服。揃いもそろって金色の髪。そして黄緑色の瞳。
その瞳が一斉に道化を見ていました。
「……綺麗な色」
サリアが小さく呟きましたが、それは黄色の人達によってかき消されました。
ドアを開けた瞬間は静まり返っていたのに、途端わっとざわめきだしたのです。
「あの目の下を見ろ――!」
「本当に居た」
「生きていたのか」
「大発見だ!大ニュースだ!」
口々に言いながらこちらへ押し寄せてきます。思わず仰け反り、そして部屋から出て行きそうになりましたが寸での所で抑えました。ここで出て行ったら何もわからないまま終わってしまうからです。
ざわめく中から一人が前に出てきて手を差し出しました。
「驚かせてしまって申し訳ない。ただ――異世界で同郷の方に会えるとは思っても見なかったもので」
手を差し出した男の目の下には、▲マークが一つ、ありました。
「我等は「黄の世界」から参りました。奇(き)の国使節団代表のクルスと申します。藍が目出度く「世界」に認められたとの情報を得、早速挨拶に伺った次第です」
そんな事を言われましたが、道化にもサリアにも意味がわかりませんでした。
はてなマークを浮かべていると、クルスは丁寧に説明してくれました。
「藍の世界」と同じように、この空間にはいくつも同系統の世界が存在しているのだという事。――道化達もこれは知識としては知っていましたが。
全く同じように薄い膜に包まれた世界から、紆余曲折を経て、外に出た事。
「黄」以外にも「紅」や「緑」の世界がある事。
そして、「世界」に認められると外界との行き来が自由になる事――。
「我等が一番乗りではありましたが、まもなく「銅(あかがね)の国」と「緑(りょく)の国」からも使節団が参りましょう。
もっと大きな世界を開いた新たな同胞と交流を深めに」
「……はぁ」
実の所よくわかりませんでしたが、ようするに大きな世界でのご近所付き合いが始まった、という事なのでしょう。
サリアと顔を見合わせつつ生返事をしていた道化の元に、クルスがぐいっと身を乗り出してきました。
「?!」
「失礼。少し近くで見たかったものですから――――――」
そう言いながら道化の顔をジロジロジロ、更には手を顔に伸ばしてきました。
咄嗟に避けようとおもいましたが、それよりもクルスの手が早く動いていました。
「……確かに、間違いありませんね。 キサラム家です」
おおおおっと背後から上がる歓声。
道化はクルスの手をバッと払い、訝しげな視線を向けました。
その視線を受け止め、クルスはにこやかに口を開きました。
「貴方はこの世界の人では無いですね?いつこちらに来たのかを伺っても?」
「……」
「おや、答えてくださらない。……まぁ、問題ありません。では、こちらでお話致しましょう」
クルスはやや唐突に、話を始めました。
道化に繋がる「黄の世界」の話を。
* * *
藍の世界と同じように、黄の世界でも争いが起き、それは藍の世界よりも酷い崩壊をもたらしていました。
土地の大半は沈み、海の色は変わり、膜も至る所が破れ――結果、生き物達は死を余儀なくされました。
そんな中、技術だけは進んでいた黄の国は少数でも生き物を残そうと、コールドスリープを導入する事に決めたのです。
仮に世界から全てが消えてしまった後でもまたやり直す可能性を掴む為に。
いつかは「世界」も修復してくれるかもしれない、その時まで宇宙(そと)に出て機会を待つことにしたのでした。
長い年月を経る為に――とそれもありましたが、コールドスリープをするにはもう一つ大きな理由がありました。
その頃の黄の世界でも、藍と同じように「世界を思う意思」のある者が宇宙に出る事は可能でした。……が、全ての人間はそうではありません。
よって、コールドスリープで強制的に思考を亡くさせて、意思を持たぬ“モノ”として出せるようにしたのです。
動物植物ともに種類別に雌雄少しずつ、人間も同じように少しずつ。
生命活動を止め、意識を無くし、意思を無くさせてから船に積み込みました。
動植物はなるべく多くの種類を入れましたが、それを人間に当てはめるとなかなかに難しい問題になりました。
様々な検査をし、テストをし、公平を期すために話し合い――なんて事をしている余裕はありません。
そこで当時の黄の国の人達はてっとり早く“上から順々に”乗せる事にしました。
つまり、国を治めていた王族、そしてそれに仕える六大貴族を次世代へ繋がせる事にしたのです。
他の選び方でも良かったのかもしれませんが、何分上の連中のゴリ押しも強く、更には吟味している時間も無かったもので結局はそうなったのでした。
計画は着実に進められ、世界は崩壊しつつも船の出航は無事に終わりました。
宇宙へと船が出て行くのを、残った人達は様々な思いで見送りました。そして、これで自分達は死を待つのみだ、と。
最早世界を修復する力も、そうする意思も残っていなかったので、本当に後は“死”しか無かったのです。
……。
無かった……はず、なのですが。
船が宇宙へと出た瞬間から、「黄の世界」は変わり始めました。
まず、海の色が元に戻りました。
沈んでいた島々が浮き上がり始めました。
破れ散らしていた膜はスルスルと治っていきました。
「世界」が自己修復を始めたのです。
人々は驚きました。今までの例から、自己修復は「誰かが何か」をした後にしか起こらなかったからです。
今回は――何も、していなかったからです。
「一体どういう事なんだ」
誰もがそう思い、考えました。
世界が自己修復を始めたのは、丁度王様達が乗った船が出た時でした。
元々船はいくつかに分けられていて、人間達の場合は「王族の船」「第一・第四の貴族」「第二・第五の貴族」「第三・第六の貴族」の四隻になっていました。
まず最初に第一と第四が、次に第二・第五が、そしてその次に王族の船が出て――
「もしかすると……」
人々の考えはある所へと行き着きました。
すなわち、
「王様達を世界の外に出した事が、「世界」にとっての治療だったのかもしれない」
と。
思い返してみれば――思い返さずとも――、黄の世界で起きた争いの多くは黄の国が発端でした。
その時、他にもいくつかの国があったのですが、王様はそこの領地を領民を農作物を生産物を歴史を、全てを、欲しがったのです。
世界が出来た頃には十数程あった国は今では「黄の国」一つだけになっていました。
統治された。
それだけを見れば良かったかもしれませんが、やはり“それだけ”は見れません。
簡単に言ってしまうと、つまりは黄の国以外は滅ぼされたのでした。
「……もしこれが治療だとして、だったら貴族達はどうなるんだ?」
誰かが言いました。
国民一同で王様の船が出て行くのを見送ったのです。
確かに“王様の船”が出て行った瞬間に、世界は修復を始めました。
とりあえず人々は治療が「王族」のみに適用されると考え、貴族達の船は回収する事にしました。
コールドスリープと言っても、管理の人は当然乗っていましたから、その人達に連絡をします。
程なくして、第一・第四と第二・第五の船が戻ってきました。
順番から言うと、第三・第六が一番早いと思ったのですが、速度やタイミングの問題で一番遅くなりそうとの事でした。
さて、そうして二つの船が帰ってきて。
「……海の色が、赤色になった」
二つの船が帰ってきた瞬間、じわりと海が色を変えました。
慌ててまた外に出るように指示すると、また色が戻ります。
人々は再び考えました。
――そういえば、これらの貴族は酷く残虐性が高く、あくどさは王族にも匹敵していたように思います。
更に言えば、彼らの爵位は金で買われたものでした。
「貴族も原因だな……」
落胆しつつもどこか納得している人々の頭上に、今度は第三・第六の貴族の船が帰ってきました。
また、何か異変があるのかと周囲を注意深く見ていましたが――――――今回は、何も起こりそうにありませんでした。
「……あの人達は、あれらとは違っていたからな」
金で買った爵位の連中とは違い、第三・第六はこの国が出来る前からの由緒正しい家系で、その昔建国に深く貢献したという事で語り継がれている程でした。
そして争いを増長させるでもなく、反対に押しとどめ、常に行く末を案じていた人達だったのです。
人々は三度考えました。
考え抜いた結果は一つでした。
王様やダメな貴族はこの際宇宙に捨て置いて、新しく心を入れ替えて世界を守っていくのだ――と。
そう決めた人々の行動は実に迅速でした。
とりあえず管理として乗っている人にそれを伝え、王様達と心中する気がないのなら下りてくるように、と言いました。まぁ、全員下りましたが。
「世界」に残っていた中で、王様や貴族達と懇意だった人達が“自分達が一緒に乗っていく”と言い出したりもしましたが、それは受け入れられませんでした。
うっかり、解除なんてされたら堪ったもんじゃないからです。
結局、管理の人は乗せないことにして、無人になった船を自動運転に切り替えて宇宙へポーンと投げ捨てる事にしました。
ある程度は障害物も避けますが、コールドスリープのタイマーが切れる頃――あえてぶつかるように設定して。
今まで自分達を統治してきたとは言え何の感謝も持てないような人達でしたから、残った人々は若干の罪悪感はあるもののどこか清清しい気持ちで船を見送りました。
平和は誰かの犠牲の上に成り立つ。
――そんなちょっとカッコイイ事を誰かが言いましたが、特に聞いてる人はいませんでした。
確かにその通りではありましたが、犠牲になったからと言ってさして悲しい人達でも無かったのです。
王族も酷い貴族も、常日頃消えてしまえばいいと多くの者が思っていたものですから。
しかしクーデターを起こすにも人々は疲弊しきっていて実行に移すことは叶わず、むしろ今回の事で王様達から離れられるのだと清々していたくらいでした。――結果、自分が死んだとしても。
けれどこうなってくれば話は別です。
「世界」は治ってくれるし、王様達とはオサラバ出来るし――と。死んでなんかいられません。
今回の事を教訓として胸に刻み、
第三の貴族、クルス。
第六の貴族、キサラム。
この両家を筆頭に、全てをやり直すのだ――と。
*
「そして黄の国は奇の国、と改めて再出発を誓ったのです」
クルスが感慨深げに頷きました。
サリアはとりあえず話しが終わったものと見て、パチパチと拍手をしました。
が、
「……で?」
道化は仏頂面のまま、クルスを睨み付けていました。
「突然べらべら話し始めたかと思ったら、アンタ等の昔話かよ。んで?それと俺が何の関係があるっつーんだよ」
「あぁ、失礼。もう少し話は続くのですよ」
*
さて、クルスとキサラムの船は帰ってきましたが、すぐに問題が発生しました。
今まで王族や他の貴族達と懇意にしていた人達が反旗を翻そうとしたのです。主に“王様達の船に乗る”と言っていた連中でした。
多くの人は捕らえられたり、説得されたり――とどうにかなったのですが、その中で数人のグループがとんでもない事をやらかしたのでした。
「お前達だけが許されるはずが無い!!一部の貴族だけが残るなど、ふざけきった話だ!」
そう言って、キサラム・クルス両家の子供達の入った容器を持ち出し、宇宙へと逃げたのです。
なぜ子供達だけだったかと言うと、大人は既に解除ボタンが押され半覚醒状態だったからでした。
ともかくとして、反旗を翻すような意思を持ったヤツが「世界」から出れるはずが無い――そうタカをくくっていたのですが、彼らはすいっと出て行ってしまいました。
今の「藍の世界」のように、いつの間にか「世界」は人々の行き来を許していたのです。
初動が遅れた捜査はその後も芳しくありませんでした。
ようするに、……彼らを捕まえることは叶わなかったのです。
奇の国の人達は酷く落胆はしましたが、ずっとそうしているわけにも行かず、前を見据えて行動を始めました。
世継ぎとなる子供達が攫われた貴族たちも、私情を振り捨て、世界の為、民の為、全ての生き物の為に働きました。
「世界」も機嫌良く修復を進め、黄の世界は今まで以上に丈夫で強固で美しい、素晴らしい世界になったのです。
* * *
「……という事なのです。おわかり頂けたでしょうか?」
クルスは今度こそ終わったのだという事を示すために、ぺこりと頭を下げました。
サリアは律儀に拍手をし直しました。
「つまりは貴方はその時に攫われた貴族の子供の一人。――ずっと、捜していたのです」
つい、と手を差し伸べられました。
しかし道化はそれを取りません。
「……アンタ等と髪色や目の色が似てることは認める。ついでに服も、だ」
道化は赤色のシルクハットと燕尾服を着ていました。
これは発見された時に着ていた服なのですが、なぜか身体の成長に合わせて服も大きくなっていたのです。
「でもこれだけじゃあ、わかんねぇだろ。なぜオレがその、キサラム?だかいう貴族の子供だっていう事がわかる?
王族や他の貴族達も同じように宇宙を漂っていたんだろう?
そりゃアンタは今――その、“ぶつかるようにした”っつったけど、実際にそうなったかどうかはわかんねーじゃねぇか」
すると良い質問をしてくれた、と言わんばかりにクルスは目を輝かせました。
それから、自分の目元を指差しました。
「見てください。目元に、▲のようなマークがあるでしょう? これはどういうわけかクルス家の人間全てに現れる紋様なのです。
そしてキサラムは▼と▲が一つずつ。
何でもクルスとキサラムの先祖は魔法使いだったそうです。その頃にかけた魔法なのでしょうね。
そうそう――そういう家系だから、“奇”の国になったのです。奇術師、とも呼ばれていた家系なのですよ」
奇術と魔法は違うだろうが、と道化は思いましたが、昔の事となると結局は同じようなものなのかもしれません。……よって反論はしない事にしておきました。
「それに王族と貴族の最期はきちんと確認していますよ。自動運転とは言え、こちらで確認はしていましたからね」
仮に彼等が難を逃れていたとしても――、そう言いながらクルスはピシッと道化の目元を指差しました。
「貴方の目元のその紋様。間違えようがありません。貴方はキサラムの人間。
あの時に居なくなった第一子キサラム=キーリィルに間違いないのです!」
そんな名前を聞いても道化はこれっぽっちもピンと来ませんでした。
ハンと笑って、はいはいご高説ありがとうございました。と、追いやろうとしていたのです……が。
「キサラム=キーリィル……それが、貴方の名前?」
サリアの呟きが聞こえてきた瞬間、
「……え」
道化の視界は一変しました。
多くの出来事が始まっては終わっていきます。その映像が、目の前をすごいスピードで流れていくのです。
自分が生まれた時から、コールドスリープの機械に入るまで。
どうしても思い出せなかった記憶が、蓋を開けて飛び出してきたのでした。
「っ?!」
一瞬で受け止めるには多すぎる情報に道化は頭を抱えて蹲りました。
慌ててサリアは駆け寄ります。
『それで、お前はどうしたい』
『どう、って……僕は父さん達の決定に従うよ。眠りにつけというのなら、そうする』
『……そうだな。
あのな、父さん昔いたずらっ子だったんだ』
『いきなり何を』
『王には次代まで待てと、コールドスリープ状態になって待てと言われたが――父さんは今の人達を置いていくわけにはイカンと思うのだ』
『……うん』
『だからな、眠った振りして王達をやり過ごした後に、ヒョイッと目覚めてこの世界と最期と共にしようと思ってる』
『へえ!! なんだかカッコイイじゃん、それ!』
『おお、お前ならわかってくれると思っていたぞキーリィル!』
『僕も父さんと同じようにしたいよ!……皆と別れるのは嫌、だし』
『そうか。……じゃ、ちょっくらイタズラしちゃうか』
『うん!』
「……父……さん」
道化は呟きました。
涙が零れます。
「先ほど部長さんとお話した時に貴方は記憶を失っていると、そう聞いていましたが――もしかして戻りましたか?」
「……あぁ」
止め処なく溢れる涙の代わりをするかのように流れ込んでくる記憶。
道化は自分の過去をようやく思い出したのでした。
しかしなぜこうもタイミング良く?と道化は思いましたが、それにクルスが答えるように言いました。
「昔、キサラムでは自分の名をキーワードに魔法を使う事が多かったそうです。そこのお嬢さんが今貴方の名前を口にされた。
……その事が、何かきっかけになったのかもしれませんね」
魔法などかけられた覚えは無いが――そう思いつつも、少しは信じそうになっていました。
本当にサリアが言った瞬間、の出来事だったものですから。
道化は言いました。
「あの時、オレはすぐに目覚めて父さんと一緒に「世界」に下りるはずだったんだ。でも、目覚めたのは全然別の――「藍の世界」の宇宙センターだった。
親父が宇宙で漂ってるオレを、拾ってくれたんだ」
「そう、だったんですね」
「目覚めなかったのは、さっきお前が言ってた騒動があったからなのか? でもオレがその時自然に目覚めていたらそんな事にはなっていなかったハズだ。
父さんは――何て言ってたんだっけ……」
『父さんのだけいたずらをしかけて、先に起きるだろう? そしたらお前の分もボタン押して解除してやるからな』
「そうか……オレは、普通に眠りについてたのか……。
起こしてくれるはずの父さんから離され、そのバカ共と宇宙ランデブーか――そして、そいつ等ともオサラバした後に親父に拾われた、と」
「えぇ、そうなります」
クルスが頷く。
「その拾ってくださった方に感謝しなくてはいけませんね」
「……あぁ、本当に」
もう既に親父が居ない事は当然わかっていましたので、道化はサリアの方を向いて力なく笑いました。
「ありがとう」
「……えぇ」
サリアもまた、笑いました。
蹲っていた道化はサリアと共に立ち上がり、そしてクルスの方へと向き直って、
「それで――父さんは今、どうしてる?」
笑いながら気さくに問いかけましたが、それとは逆にクルスの顔は険しくなりました。
「キサラムさん、コールドスリープがどういうものかご存知ですか。一瞬で対象物を凍らせて時を止めるんです。
そして誰かに解除されるか、タイマーが切れるまでずっと――何年も、何十年も……何百年もそのままで」
道化の頭の中に嫌な想像が生まれます。
クルスは真剣な表情で言いました。
「今年は「奇の国」の建国五百年です。……言っている意味がおわかり頂けるでしょうか」
想像はまさしく当たっていて、それはつまり――道化が時間に置いてけぼりを食ったのだ、という事に他ならなかったのです。