1.好き
「好きだよ」
って、真面目な顔して、真面目な声でそう言ったのに。
お前ときたら一瞬呆けたような顔をした後に
「あぁ、私もこのパイ好きだよ」
なんて、にっこり笑って言うんだもんなぁ。
それマジ反則です、……って心の中にレッドカードが点滅状態。
「ん?どうした、好きなんじゃなかったのか?手が動いてないが……」
子供みたいに口元にパイの屑を付けたまま少し首を傾げる姿に、今度は何だか酷く落ち込んでしまう。鈍感っぷりもここまできたら潔いってなモンだけどさ。
でも、ここで引き下がったら男が廃る。
俺は再びパイを食べるお前にこう言い放つ。
「だから、好きなんだ!」
「……ん、そ、そうか……」
ちょっとだけ頬を赤く染めて俯く反応に少し期待が膨らんだ。
お?もしかして通じたのか?、なんて思ったりして。
「そ、そんなに好きなんだったら残りはやるから……主張みたいな事するな、恥ずかしい」
ゴホゴホ、とわざとらしい咳をして半分以上残ったパイの皿を差し出した。
――いや、だから、なぁ?
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2.嫌い
「嫌いな物?……んーとまず夏のじめじめした空気と、この暑苦しい日の光と、蝉の鳴く声と……」
僕がした、ひっそりと別の意味を込めた質問に君が答える。
確かに今は暑くて、じめじめしててそれが嫌な人には最悪の季節。彼女はカバンから取り出したノートでパタパタと仰ぎながら僕の横を歩く。
「いや、別に“夏の”とは言ってないんですけどねぇ」
苦笑いを浮かべながら思わずそうぼやく。
すると君ははた、と立ち止まって振り返ると僕の鼻先に指を突きつける。
「後はー、アンタのその笑い方とか?」
これは夏だけってワケじゃないわね~、と笑いながら付け加える。
僕にとっちゃ君のその人を馬鹿にしたような笑い方も好きじゃないんですけどね。
「でも、何?突然こんな事言い出して」
何か企みでもあるのかなぁ?、なんて小悪魔的に笑いながら腕を組む。
僕は大げさに肩を竦めて言った。
「いえ、別に。僕が貴女にどれくらい嫌われてるのか再確認しただけ、ですよ」
その答えに君も同じように肩を竦める。
「あら、そ」
そして、今やっと気づいたように目の前の家を見上げる。
「じゃ、バイバイ」
君は片手を上げて家の中へと消えていく。
僕もまた、そのすぐ隣に建つ家の中へと、入った。
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3.幸せ
何が幸せかって? そりゃぁ、今、この時だろーよ!
グゴゴゴゴゴゴゴ
ぎゅむぎゅむぎゅむぎゅむ
ガガガガガガ
ウィーンィーンィーン
あぁぁっ、うん、そこ効くぅ~っ!
ふひ~~~vvv
「あの、店長。あのお客さん、また来てるんですけど……」
「……まぁ、毎日来てはいけない、と言う事もないし……好きにさせておきなさい」
軽くため息をついた店長と店員は、最早常連となった男をチラリと見て、そこを後にする。
――マッサージチェア大安売り!体験も出来ます。
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4.不幸せ
何を基準として“幸せ”とするか。
何を基準として“不幸せ”とするか。
……それは人それぞれのもので。
例えばお金がなくて貧しくても、家族が居て、笑っていれば“幸せ”と思う人も居る。
反対にお金があっても、笑顔がなくて、何も楽しくないような人生送ってる人は自分を“不幸せ”だと思うかもしれない。
私と言えば、“幸せ”でも“不幸せ”でもないような状態だ。
確かにそう感じるときもあるけれど、普段はそんな事思わずに生きている。
でも、それだからこそ。
“不幸せ”だと感じたときに普段の生活が“幸せ”なんだと気づき、“幸せ”だと感じたときは普段の生活があるからこそ、と思えるのだろう。
結局、私は“幸せ”なんだろう。
こんな事を冷静に考えられるのだから。
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5.むかつく
「むかつく!むかつくわ!」
もうお日様も沈みかけた夕刻。
あたしは手に袋を提げて、家へと続く坂道を上がっていた。
「腹立つ!ものすんごい、腹立つわ!」
いつもの自分が見れば“どうして”と思うくらいむかつく事があったのだ。
「あのオバサン!一人一本って決まってんのに、なんだって二本も買ってるのよ……!」
タイムセールでの押し合い圧し合い。
……折角今日は焼き魚にしようと思って、大根下ろしもしようと思ったのに!
残り一本になった大根目掛けて皆すごい勢いで突進していった。
あたしも相当頑張ったんだけど、もう目がギンギンになってるようなオバサン共に敵うはずも無く。……いや、ここまではいいのよ、ここまでは!
あたしは見たんだから!
最後の一本を手にしたオバサンの買い物袋に既に大根が入ってるのを……!
「あぁっ、むかつく!すっごいむかつく!!」
バンッ、と大きな音を立ててドアを開くとやけに楽しそうに笑う弟の顔。
「はは、ねーちゃんまた負けたろ?」
――こいつもすんごーい、むかつくっ!!
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6.驚く
俺は結構、気になったものはとことん追及するタイプだ。
だから、アイツのびんぞこ眼鏡も一度気になったら最後までやってやるしかなかった。
「咲ちゃんv」
俺はいつもからかうような(いや、実際にからかってんだが)声で彼女に話しかける。そしていつものように、それを完璧に無視して、彼女は本を読み続けるのだ。
「咲ちゃんv 無視するなんてサミシーなv」
そう言ってひょい、と本をとってベッドに投げ捨てる。
――ちなみにこの“咲ちゃん”はつい2週間前に隣に越してきた俺の親戚。えーっと……確か俺より5つ年下だったかな。三つ網にびんぞこ眼鏡、冴えない服装……一体どこの時代から来たんだ、と思うくらい“昔”な雰囲気を纏う彼女。
「雄介さん、本を返してください」
苛立ってます、みたいなオーラを出しながら彼女が手を出してくる。
俺はまたいつものように、その手をとってこう言う。
「じゃ、その眼鏡とっ――」
「イヤです」
とってよv、そう続けようとした言葉を遮って彼女は手を振り払った。
「つれないねぇ」
「どうでもいいですから、本、返してください」
再び手を出してくる彼女に渋々ベッドから本を取り上げ、渡した。
「用事がないんならとっとと消えうせてください」
本を広げながらそう言う彼女に「つれないんだから」と返して、俺は窓を開ける。
……お約束みたいな話だが、窓から出入りしてたりするんだよな。
とことん追求する、絶対諦めないぞ、と密かに誓い、俺は何度も彼女の部屋を訪ねてはちょっかいをかけていた。そして……やっと、彼女の素顔を拝むことが出来たのだ。
「咲ちゃ~んv」
いつものように窓から入ると、彼女がその部屋に居ないことに気づく。
あれ、明かりがついてるから居ると思ったんだけどな……?
仕方がないから特等席と化したベッドに座って、彼女がいつも読んでいる本に手を伸ばす。……けど、何か面白くないんだよな、これが。普段、勉強の時以外は漫画ばっか読んでる俺にとっちゃ、こういう活字は天敵みたいな物で。
早く来いよー、なんて思いつつベッドに寝転がると誰かが階段を上がってくる音がした。
トン トン トン
ややゆっくりなペースで聞こえてくる足音に、「やっと来たか」なんて呟いてドアの方へ向かった。
「咲ー、ちゃんと髪かわかしてから寝なさいよー?」
「はいはいー……」
ドアの向こうで交わされる会話。
……って、事は何だ?咲ちゃん、風呂上り?
そして、ドアが開く。
「…………勝手に入らないでください、雄介さん」
声は、確かに、咲ちゃんだ。
でも――
「うっそだろ……」
素顔の咲ちゃんは、ホントに、吃驚するくらい“お約束”に可愛かった。
「は?何がうそなんですか。……ったく、とりあえずソコどいてくれますか?部屋に入れないので」
放心状態の俺を押しのけて、彼女はいつものように椅子に座る。
ただいつもと違うのは、彼女に眼鏡がないって事とパジャマだって事。
「前から言おうと思ってたんですけどね、昼ならまだしも夜に来ないでくださいよ。邪魔だし。……出来るなら昼も来ないで頂きたいんですが」
何か言っているようだけど、耳に入ってこない。
俺はよろよろと彼女の方で歩み寄り、髪をタオルで拭いている腕を取った。
「咲ちゃん!絶対コンタクトの方がいーよ!うん、絶対!」
キラキラと眼を輝かせて言った俺に、彼女は腕を振り払って冷たく返す。
「何言ってんですか、私普段はコンタクトです」
とことん追求して、素顔を見れたワケだけど……。
何だか俺以外のヤツも彼女の眼鏡じゃない姿を見てるのかと思うと少し嫌な気分になった。
……この気持ちは何だ? ――気になる、なぁ。
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7.悲しい
「悲しいよ。ホントにすっごく悲しい」
「じゃー、何でめっちゃ笑ってんだよ」
「えっ?v」
……おっかしいなぁ、表面に出したつもりなかったのに。
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8.怖い
ヒュー どろどろどろどろどろどろ
お決まりの、ホラー映画の効果音。
「ご、ご、ごっつ怖いんやけど……!!!」
隣では怖がりの幼馴染がクッションを抱えながら画面を見ている。
俺は手にもったお盆を机の上に置き、ジュースとお菓子の皿を彼に勧める。
彼は「ありがと」と小さく言って、でも手は付けずに、抱えたクッションをキツく抱きしめる。
「だって、こいつら、“どろどろどろ……”って、何ゲロ吐いとるんっ?!」
ごっつ怖ええぇぇ!、と彼。
――怖ぇのはお前の発想の方だっての。
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9.憎い
「にっくいぃぃ~~、あんちくしょぉぉ~~~おぉの!」
「いや、それはどうも違うよーな気が」
「額に肉!」
「いや、だから、それも違うよーな気が」
「肉まん!カレーまん!ピザまん!」
「いや、何つーか……え?買えって?」
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10.切ない
切ないな、と思うのはやっぱり一人で居る時だった。
自分が決めて出た家も、自分が決めて別れた仲間も、自分が決めたこの旅も。
一人で居るのも自分で決めたことなんだけど。
「……一人ってやっぱダメだな……」
パチパチ、と焚き火の音が聞こえてくる。
僕は枯れ木を集めて、ついでに食べれそうな木の実も取って、彼女の所に帰ってきた。
「……あれ、寝てるの?」
僕が近づいたらすぐに顔をあげて何か言ってくるかと思ったのに、彼女は何も言わず顔を俯けたままだった。
とりあえず、持ってきた枯れ木と焚き火の中に放り込み、木の実を袋に入れた。
そして彼女の方にそっと近づいて……寝息が聞こえない事に気づく。
「――どうかしたの?」
そっと横に腰を下ろして、彼女の肩に手を置いた。
すると彼女はパッと顔を上げて小さな声で呟くように、
「J……?」
と言った。でも――途端、悲しそうな顔をした。
「ご、ごめん……何でもないんだ」
肩に置いた手をそっと外して、僕の方からじゃ見えないように顔を背けた。
「そ、そう……」
言いたいことや聞きたいことはたくさんあったけど、気づかないフリしてそう返した。
一人で居るのも寂しかったり、切なかったりするけど。
誰かと居るのに、居ないみたいに思われたりするのが……一番切ない。
――特に好きな人だったりしたら、本当に、悲しいんだ。
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