台 詞 で 創 作 1 0 0 の お 題
[ 50 ] 生きてなきゃ、死ねない。

「いつだって、どの時代だって魔法使いが追い求めるのは不老不死という甘い果実なんだよ」
 どこか遠い場所からやってきたという吟遊詩人が休憩の合間にそんな話をした。
「魔法っていうのは思い通りに使いこなすには相当な訓練や研究が必要になるんだ。だから、有限の命に嘆いて、無限の命を求める」
 そしてその吟遊詩人はどこか悲しそうな顔をして、
「不老不死なんて、なっても得なんか無いのにな……」
 そう言った。
 長い金髪が風に吹かれて舞い上がる。――紅い瞳が隙間から見え隠れした。
「まー、いいかこんな事!さて、と次は何の話がいーよ?」
 パンパンッと何かを払うように足回りを叩くと、勢いよく立ち上がり辺りを見渡した。
 子供達は口々に自分の目当ての物語を上げていく。
 誰かが、こう言った。
「るりいろのほうぎょくがいい!」
 思わずその声の方へと顔を向けると、黒い髪の女の子が居た。見たこと無い子だけど――旅行か何かかしら?
 吟遊詩人は手をポンと叩き、
「よし、それだ!」
 リュートを手に取った。

 謳われるのは宮廷魔道士とお姫様の恋物語。優柔不断で、ある意味バカだと思うのに、どこか気になる魔道士。それに自分だったきっとこうする!と思う程に似ている(あくまで自分論ね)お姫様。
 この2人の物語はハラハラして、ドキドキして、でも――嫌いだった。
 だって、

「そう、宮廷魔道士は実は人間では無かったのです」
 えー!という子供達の声が上がる。
「魔道士とお姫様は仲良く暮らしましたが、次第にお姫様だけが老いていきました。
 そしてもう逝ってしまうその時、
 魔道士が小さな宝玉を取り出しました。
 瑠璃色の宝玉です。

 彼はそれをお姫様に握らせ、こう言いました。
『必ず見つけ出すから。生まれ変わった君に、絶対に会いに行くから』
 お姫様はその言葉に小さく頷き、
『えぇ、待っているわ。必ず会いに来てね。あなたの事覚えていたいけど、きっと私は覚えていられないから、会えたら、名前を呼んでね――そしたら、思い出せるから』
 そしてお姫様は旅立ち、魔道士もまた、生まれ変わるハズのお姫様の時代まで眠りにつく事にしました。
 お姫様がまた、この世界に誕生した時代に目覚めるようにと魔法を残して――」

 ポロン ロン ロン

 余韻を残してリュートが最後の音を奏でた。
 吟遊詩人は楽器を下ろし立ち上がる。
 そして一礼をした。――それはつまり、物語が終わったという証。
 周りからは大人達の拍手と、子供達の不満の声が半々に響き渡った。
「なんでー!まだとちゅうみたいじゃないか!」
「そうよ!まどうしはどうなったのよ?!」
「おひめさま、ずっとねむったままなの……?」
 そう――私がこの話を嫌いなワケはこういう事。お話が完結していないのだ。
 まぁ、人によってはこれが最高の終わり方だって言う人もいるけど、やっぱり私は最後の最後まできちんとハッピーエンドを見せて欲しい。

 そんな不満の声に吟遊詩人は「まぁまぁ」と両手を挙げる。
 子供達の野次が収まるのを待ち、彼はこう言った。


「実はね、続きがちゃんとあるんだ」


 一瞬辺りの音が消えた。
 でもすぐにザワッと数々の声が飛び交った。
 無理もない。

 だって、続きなんて――あるハズが無いのだ。

 この物語を書いた人間は不明だし、いつの時代の作品かもわからない。誰もがこの不自然な終わり方に疑問を持って続編を探したけれど、今まで見つかった試しが無かったのに!!
 他の人もきっとそう思っているから、このざわめきなのだろう。
 しかし吟遊詩人はそれに動じることなく、先ほどの子供への対応のように「まぁまぁ」と手を挙げた。

「いや、なに、話はそれでもまた途中なんですけどね。
 魔道士は目覚めました。――彼の子孫によって。
 そして生まれ変わったであろうお姫様を探して旅を続けている。
 旅のお供は魔道士を目覚めさせた子供と、魔道士の昔の仲間の血縁者。道中色々あったけど、それでも、やっと魔道士は見つけた。
 お姫様の生まれ変わった姿が、以前の外見から少し変わっていようと、すぐにわかる。
 だから魔道士は思い出して貰う為に名前を呼ぶんです。
 こう、」

 彼が立ち上がり、こちらへ向かってくる。
 何故だろう、周りの人は自然と避けているのに、体が動かない。

 歩く度に綺麗な金髪が揺れる。
 意志の強そうな瞳は紅く――――

 目の前に、彼が立った。
 その口が開いて――――



「アスレア」



 ゾワッと背筋を何かが走ったかのように、鳥肌が立った。
 でも寒いワケでも怖いワケでも、嫌なワケでも無かった。
 ただ、ただ、懐かしくて……!



「リ、ラン……」



 口が勝手に開いて、そう言っていた。
 そして言った途端。
 全部思い出した。

 わたしが、誰、だったのか。

 勿論お姫様なんかじゃないし、瑠璃色の宝玉だって無かった、けれど!
 わたしは、――魔道士の、魔術師の恋人だったんだ。
「思い出してくれた?俺の事」
「――……〜〜〜〜」
「あり?忘れられてる? って、わぷっ!!」
 少し焦ったような表情の彼に突撃の如く抱きついてやった。

「遅い!来るのが遅いわよリラン!!もう18年も経ってるわよ?!!」

「わ、悪かったよレア。でも、“また”前みたいにロリコン呼ばわりされるよりかはマシかな……なんて」
 ははっ、と笑った彼の胸をどすんと叩いてやる。
 わたしは、もっと早くに会いたかったのに!!
 だって、そうじゃないと一緒に居れる時間が短くなっちゃうのに――!!

 そう、彼は魔道士で、そして魔術師だから。また今回も一人、わたしは先に逝かなければいけないのだろうか。
 ふいにこみ上げてきて、零れそうになった涙をサッと彼の指が拭った。
「大丈夫だよ、レア。今度は最後まで一緒だから」
「……え?」
 わたしの言いたい事がわかったのだろうか。
 リランはもう一度確かに、“大丈夫”と言った。
「前は一人で逝かせて悪かった。でも今度は―― 一緒に、歩んで行けるから」
 彼はそうは言ったけど、でも!
 口を開こうとすると、リランはにっこり笑ってこう続けた。

「もうしばらくしたら、“魔術師”もお役ごめんになるんだよ。フレアと何年もかけて黒幕をつきとめたからな。
 だから俺はこれでやっと“人間”に戻れる。いや、違うな、人間に“なれる”。
 そして“生きる”事が出来る。
 だって、生きてなきゃ、死ねない。不老で不死なんてさ、ずっと死んでいるようなモノだったから――」

 だから、

「今度こそ、離れたりしない。最後の最後まで、ずっと、もう、一緒だ」

 そう言って、ぎゅっと抱きしめられて、

 それでやっと、実感が沸いてきた。
 だからわたしも彼にぎゅっと抱きついて――





 きゅっ





 ――スカートを、誰かに引っ張られた。
 見るとさっき「瑠璃色の宝玉」をリクエストした女の子が居て、不思議そうにこちらを見ていた。
 ハッとなって辺りを見ると、それはもう驚いた顔が半分、それはもうニヤニヤな顔が半分……し、しまった。
「おねえちゃん、おひめさまだったの?」
「えっ! えっと、んと」
 純粋な眼差しが少し痛く――ニヤニヤしてる大人達の視線はもっと痛いんだけど。
「一体、どういう事なんだい?説明しておくれよ」
 驚いた代表、宿の女将さんがそう訊いてくると、リランはさっとわたしから身を離しリュートを構えた。

 ポロロン

「――お姫様は名前を呼ばれて全てを思い出した。
 そして魔道士は、実は旅をしている時は吟遊詩人だった――つまり、そういう事ですよ。
 さァ、皆さんも是非語り部になってください!
 語り継いでください、『瑠璃色の宝玉は無事にハッピーエンドになった!』と!」

 一瞬の間の後、歓声が沸き起こった。
 近くに居た人は当然のように、遠くからも叫び声のような感じで「おめでとう」という言葉が届いてきていた。
「おねえちゃん、おめでと!」
 さっきの女の子がそう言ってくれたので、「ありがとう」と返す。
 女の子はリランの方にも向き直り――

「おめでと、ファルギブおとうさん!!!」

 ……ん?

「わっ、バカ!この人の前ではリランだってアレほど……!!」

 ……ちょっと待って、ファルギブはまだわかるわ。リランの別の名前よね。でも、……おとうさん?
「リラン――ちょっと訊いていいかしら……あなた、まさかわたしの記憶が戻らないのをいい事に誰か別の人に乗り換えたとかじゃないでしょうねえええええ!!!」
「ち、違うって!誤解だ誤解!!!コイツはアルスラの孫なんだよ!親が早くに死んじまって、そんで時々親代わりを、だな……!!」
「へええええ、じゃあおかあさんって呼ばれてるのはアルスラなのかしら?!」
「いや、アイツはおばあちゃんって呼ばれてる。おかあさんはフレアの方――っと、いや、何でもない!!!」
 信じられない!おとうさんとか、おかあさんとか呼ばせるなんて……神経を疑うわよ?!
 思わず胸倉を掴んで問いただすついでに拳の2、3発でもお見舞いしてあげようかと思ったけれど……
「……リラン?」
 掴みかかろうとした相手が既に顔面蒼白になっているのを見て、つい止まってしまった。
 不思議に思って振り返ると、そこにはわたしと同じような髪色の男の子が居て、それはもう鬼のような形相で。



ファル、お前、何してんの?



 まるで地獄の底から響いてるかのような声でした。
「ごごごごご、ごごご、ごめんなさ!!!!!!!!!」
 縮み上がるほど怖かったのか、リランはいつの間にか“ファルギブ”サイズになっていた。
「何勝手にミルアを連れてってんだ!?それに無駄にデカくなりやがって、お前ロリコンか?!あ、訊くまでも無かったなこのロリコンめ!いっぺん絞め殺してやろうか?!――あー、そういや死なないんだっけお前。まー、そうだよなー、生きてなきゃ死ねないもんなぁ、このゾンビもどきが!」
 ガスガスと蹴りまで入って、それはそれは酷い罵声の嵐で。つい止めに入りそうになったけど、その子がこちらを振り返ったからこっちが止まってしまった。
「お話は聞いてます、アスレアさん。ウチのじいちゃんのお母さんだそうで。血を継がせてくださったのは感謝しますけど、伴侶をアレにするとかちょっと常識を疑いますよ。僕なんか、アレが先祖だって知って真面目に死にそうでしたからね!!!今でも知ったその日からずっと人生お先真っ暗嵐ごーごーですよ!!!!」
 涙を目一杯に溜めながら叫ぶその姿は――言っては悪いけど、どこかリランに似てたりして。
 でも髪色はわたしのよね。ふふ、ちゃんと受け継がれてるんだ。
「アスレアああ、笑ってないでこっちに加勢してくれよ!ビスターってばいっつも酷いんだぜ!!」
 リランがそんな事を言ったので、ふと顔を上げると男の子――ビスター君と目が合った。

 ――うん、ホントに似てる。
 何だかおかしくなって笑いが漏れた。
「ビスター君だっけ?」
「あ、はい」
「お好きなだけどーぞ。生きてなきゃ、死ねない。って事は現時点では死にそうにもないし大丈夫でしょう」
「あ、はい!!」
「ちょっっ、アスレアああああああ!!!!!!」

 フレアと一緒におとうさんおかあさんごっこやった罰と、ミルアちゃん(って言ったかな)に「瑠璃色の宝玉」をリクエストさせるなんていうセコ技を使った罰、それに――わたしを迎えに来るのが遅かった罰。



 それが全部終わったら、この会えなかった長い間の話を聞かせてね。
 貴方がこの世界に生まれてから――やっと、“生きはじめる”そこまでの物語を。
シリアスラブラブに見せかけてやっぱりギャグでした。
ていうか死霊使いの最終回じゃねーかこれじゃあ。
あ、だったらもう書かなくていいんじゃね?!(おま

2008.12.15.