今日は筋谷さんのところへ10時に伺わなければならない。
しかしその前に県警に用事のあった僕は、車を走らせ県警に向かった―― 。
- 第8話 「注意とは」 -
用事……とはただ単に警視に話しを訊きたかっただけなのだが。
何を訊きたいかというと――例のあの人の事だ。全身黒ずくめでカリフラワー嫌いの。もう会うこともないと思うのだが、少し気になったことがあったので警視に訊きに行ったのだ。
警視はいつも通り、机でタバコをふかしながら新聞を読んでいた。
自分では「色んなことを知っていなくてはならないからな」とか言っているけれど、僕は知っている。ただ新聞を読むだけなら県警で取っているのを見ればいいのだ。
しかし、警視は自分で買っている。
その理由は……毎日連載のまんがにはまっているからなのだ……。
そのまんがはよくある4コマではなく(まぁ4コマに近いのだが)読んでいて面白いのだそうだ。僕もチラっと見たことあるが、そこまで面白いとは思えない。
でも警視ははまっている。
――やはり他人の思考回路というのは理解出来ないな。
「警視! おはようございます」
「おぉ、山下か……」
僕の挨拶にそう答えた警視は、心なしか顔色が悪いように思えた。
「あの……少し訊きたいことがあるんですけども、いいでしょうか?」
僕がそう言うと、警視は新聞をたたみこっちに向き直ってこう言った。
「……わかってる。 あいつのことだろう?お前の顔見りゃわかるさ。 興味津々って顔してる」
おぉ、流石警視だ。それに流石父親だな。
「あ、わかりました? それなんですけどね……警視、今日の朝ご飯ってやっぱ……」
僕は単刀直入に訊こうとした。
しかし、警視にさえぎられた。
「―――――――――――――……い、言うな」
長い沈黙が訪れる。
警視の顔は苦痛が満ち溢れ、今にも倒れそうなほど青ざめて見えた。
「―――――――――――――……はい」
何故だか無償に悲しくなる。
いや、「何故」ではない、理由はわかっている。
県警の警視ともあろう人が、娘のにんにく攻撃に負けて顔まで青ざませているのだ。
情けなくなる気持ちもわかってくれ……・。
しばらく2人して表情を暗くし、沈黙していると、声をかけられた。
「守山警視!やっ、山下さん!おはようございますっ!!」
「あぁ、おはよう。今日も元気だね」
「おはよう」
ちなみに上の台詞が警視、下が僕だ。
決して無愛想だとかは言わないように。誰に対してもこれなのだから。(結局無愛想。
今声を掛けてきた彼女は、館山沙雪(たてやまさゆき)さん。僕より一個年下の女性刑事だ。
“少し色素の薄い長い綺麗な髪。大きな瞳。思わず保護欲をかりたてる、そんな風貌の素敵な女(ひと)v”
と、いうのが同僚たちの彼女への見方らしい。
それになかなか優秀らしく、上からの評価はとても良いと聞いている。
――僕はまだ一緒に仕事をやったことがないので、よくわからないが。
まぁ、なんとも言えないけども、実際彼女は可愛いと思う。
しかし……僕と話すときだけ、何故かどもる回数が多いのが気になる……。
はっ、もしかして僕の事を怖いと思っているのだろうか?!
と、そんなことはさておいて……。
「それはそうと警視。念のために訊いておきますが、今日は警察手帳をお持ちですか?」
「う゛っ……………………」
僕の言葉にうめき声をあげる警視。
おぃ、おぃ、おぃ……勘弁してくれよ……。
まさかと思ってはいたが、――今日も例のあの人は来るつもりなのだろうか?
うう、願わくば途中で白バイに捕まってますように。
僕は切実な願いを心の中で唱えた後、ふと思い立ってまだ近くにいた館山さんに声をかけた。
「あ、ところで館山さん。君、今日何か言われている事とかある?」
「えっ? 私ですかっ?!
たっ、たぶん何もないと思いますが――ちょっと待ってください! 今調べますから!」
そう言って、彼女は鞄の中をごそごそとやり、手帳を取り出した。
――しかし、やっぱりどもったなぁ……、僕……そんなに怖いのか……?
「今日も何もないようです。 着いてからもなにも言われていませんし」
「それじゃさ、今日一緒に来て欲しいんだけどいいかな?
今日は訊き込みとかしなくちゃいけないんだけど、ちょっと障害物があるらしくって手間取りそうだからさ。
いい……かな?」
「もっ、もちろんです!!是非ご同行させてもらいますっ!」
「ありがとう。じゃ、僕はさきに下にいってるから、署長にいっといてくれる?」
「わかりました!!」
彼女はすぐに署長のところへいったようだ。
ついでに言うと「署長」というのは本当に署長という意味ではない。
本当は「総監」なのだがなんとなく皆、署長と呼んでいる。
署長は若い……確か、まだ32、3歳だ。そんな年のせいもあるのだが、親しみやすい性格をしているので皆から「総監」と呼ばれずに「署長」という半あだ名で呼ばれている。
僕はぱたぱたと走っていく館山さんの後姿を見つつ、車の鍵を取り出した。
* * *
ブロロロロロロロ…………
僕は館山くんが来るのを車の中で待っていた。
その間も考えることはたくさんあった。
しかし今、立ち向かうべき問題はただ一つ。
――アレをどうするか……。
そうアレをどうするかか問題なのだ。
僕の考えでは館山君にアレの相手をしてもらい、その間に僕が訊き込みをする……という風にするつもりなのだ。 しかし ――そうなると館山君が危ないしな。
むー……。
そんな事を考えていると館山君が来た。
コンコンコン
「空いてるよ」
ガチャ
「お待たせしました。準備オッケーです!!」
乗り込みながら館山君は元気いっぱいにそう言った。
「あぁ、それじゃ行くとしようか。 ……っとその前に注意しておきたいことがあるんだ」
「え、何ですか?」
ベルトを締め終えた彼女に、向こうにいってからじゃ遅いと思った僕は今、注意をしておくことにした。
「いいかい、館山君。向こうにはおそらく守山警視の娘さんがいる。
警視の娘さんだから……とかいって安心してはいけないよ――果てしなく変な人物だからね。
くれぐれも、気をつけて行動するように」
「はい……わかりました」
神妙に頷いた彼女は、ふと思い出したように手を打った。
「あ、そういえば私署長から山下さんへ伝言を預かったんですよ。
私にはよくわからなかったんですけど――
“ 手ェ、出したらコロス ”
だそうです。
なんのことなんでしょうね?」
――手ェ、出したら殺す……なんのことだろうか?
はっ!!! もしかして噂は本当だったのだろうか!!
噂……それは同僚たちにとどまらず県警内では結構言われていることである。
その噂とは。
“ 署長、館山君に片思い説 ”
僕は今まで館山君と接する機会があまりなかったし噂を信じていなかったのだが ――これは本当なのかもしれないな……。 そうだとしたらヤバイぞ自分っ!
僕にその気がないとしても、あの人なら何をするかわからないのだ。
無論手を出す気などないが、万が一何かがあったら…………あぁ…………どうしよう。
「あの、山下さん……? 出発しないんですか…………?」
「あ、あぁ……出発しようか……」
そう返した僕の顔は、少し青ざめていたのかもしれない……。
* * *
県警から車を走らせ約一時間。
昨日と同じ道を通って僕たちは筋谷邸へと向っていた。
「あ」
車の中ではずっとラジオがかかっていて、2人で色々としゃべりながら来ていたのだが ――
「え? どうかしました?」
「いや、たいしたことじゃないんだけどね……。
館山君っていつも僕と話してると何故かどもるだろ?それが今日はあんまりないなぁ、って思って」
そうなのだ。
朝は少しどもっていたのだが、車の中では一回もどもっていない。
「あっ えっ あっ そっ、そうですねっ!」
……どもってら……。
「別にそこまで気にしてなかったんだけどね、なんか館山君って僕としゃべる時によくどもるじゃないか? だから僕怖がられてるのかな〜って思ってたんだけど。
今日の車の中での様子見てたらそうじゃないみたいで安心したよ」
そう言って彼女の方を見ると、何故か彼女は顔を赤くして俯いていた。
「いや、だから気にしてないって。 だから顔上げて、ね?
あ、ちょっと顔が赤いようだけれど暑いかな。 窓開ける?」
「………………」
反応なし。もしもーしの状態だ。
僕……なんか悪いこといったのだろうか……?
「あ、あの……館山君?」
未だに顔を俯けたままの彼女に、恐る恐る話しかける――と。
「あ、あの、私っ!!!! 山下さんのこと怖いとかそういうんじゃないんです!!
私が山下さんの前でそう……どもってしまうのは他の理由があって……/////
だっ、だから!山下さんのこと怖いってのとは違います!! わかってください!!」
両頬を真っ赤に染めた館山君が僕の服の裾を掴んで、そう言ってきた。
「あ、あぁ……わかった。 別の……理由なんだね。
――そういえば館山君にお願いがあるんだけどさ……」
「は、はい? 何ですか?」
「君、えっと……名前“沙雪”だったよね? あのさ、これからは“館山君”じゃなくて“沙雪君”って呼んでもいいかな? 実は“館山”って昔の先生の名前でさ。その先生みたいて怖いんだよ……。
情けない話なんだけど……・あ、嫌ならいいんだけどね」
「そそそそそそんな!!!!嫌だなんてことないです!!
もっ、もちろんオッケーですよ!!是非“沙雪君”って呼んで下さい!!!!」
「それじゃ、沙雪君と呼ばせてもらうね」
「はいっ!!」
そうこうしてるうちに筋谷邸の門のところまで来た。
問題はこの門をくぐって5分ほど走ったところにボロい車があるかどうかだ。
なかったら今日は一日平穏無事に過ごせるだろう。
しかしあったら――――…………いや、やめておこう。
ないことを願うだけだ。
「沙雪君、もし警視の娘さん――美沙君というのだけどね――美沙君がいたとしたらくれぐれも気をつけるんだよ。 相手は生半可な常識は通用しない相手なんだ…………」
「……はい……」
門が開く。
昨日と同じようにどこかのセンサーが感知したのだろう。
僕たちは筋谷邸へと入っていった。