昨日と同じように門から館までの道を走る。
 その間考えていたことは只一つ……車があるか、否か……だった。



- 第9話 「居ないようで居るようで」 -
 ほどよく晴れた空からの光を受け、木々達が喜びの声をあげる。
 そして時折流れる風に木の葉を躍らせ、来訪者を歓迎する。
 しかし、その来訪者はその様子には気づかず只一つの事を考え神妙に車を進める ――

 まさしく、その通りだった。
 門から入って館に着くまでの間僕らはしゃべらなかった。否、しゃべれなかった。 僕は途方もない圧迫感と恐怖感に打ちのめされていたし、沙雪君はそんな僕にしゃべりかけることはしなかった。
 5分程の間、まるで裁判所で判決を待つような気持ちで(体験したことはないが)アクセルを踏んでいた。

 そして館が見えた。
 僕は情けないが、いち早く噴水の近くの駐車域を見た。
 そこには昨日と同じような高級な車が羅列されていて。
 その中に美沙君のボロい車は――なかった。

「やった……!!!やったよ沙雪君!!!!」
 僕はそう言って沙雪君の手を取り歓喜の声を上げた。
「今日……いや、もう会わないですむはず!捜査を邪魔するものはいないんだ!!」
「よよよよよかったですね!!ややややや山下さんっ……てて手がっ!!」
「へ?」
 沙雪君は顔を真っ赤にして言った。
 手……・? って、手?!?!
「あっ、ごっ、ごめん!!」
 僕は嬉しさのあまり無意識に沙雪君の手を握っていた。
 ……ヤバイ、署長に殺される……。
「ごめんっ。でっでも兎に角障害はなくなったよ!今日は変なもの抜きで聞き込みが出来る」
「そうですね!よーっし、頑張りましょうね!!」



 * * *



 センサーのないドアの前に立ち昨日と同じようにドアを叩く。
「こんにちはー」
「……はい?あ、昨日の!!ちょっとお待ちください」
 メイドさんがドアを開けてくれた。昨日と同じ子だ。
「旦那様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 旦那様……あぁガマガエルか。あのガマガエルはちょっと気になるところもあるしな。
 とりあえず沙雪君と一緒にメイドさんの後についていった。
 通されたのは昨日とは違う、ちょっと小さい(標準よりはでかいが)部屋だった。

「おぉ、刑事さん。時間厳守なんですな!今、部屋に入った時に丁度10時でしたぞ!」
「はぁ、どうも」
 なんとなく朝っぱらからこのおっさんの相手をしたくないのだが……。
「ところで何かお話でもあるのでしょうか?なければ早速聞き込みに回りたいのですが」
「いや、何もないがね。……とそちらのお嬢さんは誰なんだね?」
「あっ、私県警の館山沙雪と申します。山下さ……刑事と一緒にこちらの事件を担当させて頂きます」
「そうですか。ではどうぞよろしくお願いしますよ」
 このおっさん目つきが怪しいぞ、おぃ……。
 どうでもいいけどこの場面を署長が見ていたらこのヒト殺されそうだなぁ……なんて。いや、むしろその方が世のためになるんじゃないか?
 今日ここに来る前にこの家の事をちょこっと調べたのだが不振な点がいくつかあったし。……無論、その資料が本当の事を書いているかどうかはわからないのだが。

「それでは早速……どこか一つ部屋をお借りしてもよろしいですか?
 そちらの方で聞いていきたいのですが……」
「あぁ、それなら昨日使った客間を使ってください」
「ありがとうございます。あ、荒波さんこんにちは」
 ドアが開きメイド頭の荒波さんが現れた。
「では荒波君、客間に刑事さんをお連れしてくれ。あと皆を集めてくれんかね」
「はいかしこまりました。……では此方へどうぞ」
 気のせいだろうか?筋谷さんの口調が少しかわったような……いや口調ではなくトーン……?



 僕らは荒波さんの後ろを2.3メートルほど間隔をあけてついていった。
 すると、沙雪君が小声で話しかけてきた。
「山下さん……あの……今って何時ですか?」
「え?君時計してるじゃないか。今は……10時23分だけど……?」
「そうですよね。私の時計も10時23分です」
「どうしたんだい?」
「さっき筋谷さんはこう言いましたよね。
 『時間厳守なんですな!今、部屋に入った時に丁度10時でしたぞ!』って。
 その時実際は10時を過ぎていたんです。確か10時10分すぎだったと。
 だから私の時計進んでいるのかなぁ……と思って」
 確かに筋谷さんはそんなことを言っていたな。
 しかし…………・何故そんなことを…………・?
「まぁ筋谷さんの時計が遅れていたのかもしれないよ。あんまり気にしなくてもいいと思うよ」
「そうですよね。よし!じゃ頑張りましょうね!」
「あぁ」
 とは言ったのものの僕はその事をメモしておくことにした。
 何か意図的なモノがあるとしたら大変だし。

 程無くして昨日の部屋に着いた。
 改めて部屋の中を見渡すとなんとも成金趣味のような装飾がされているのに気づく。意味もなく大きいシャンデリア。テーブルはガラス製で周りに金の縁取りがされている。絨毯や棚なども無闇に柄がたくさんあってずっと見ていると吐き気を催しそうなものばかりだ。
「うっ、うぇ……」
「や……ましたさん……?」
「あ、いやなんでもないから……」
 マジで吐き気が……うえぇ……。
 ってこんなアホやってる場合じゃないっての。

「あーー荒波さん。ではまず貴方からはじめてもよろしいですか?」
「はい」
「沙雪君、レコーダーの用意して」
「はっはい!…………・・準備オッケーです!」
「では今から僕の質問に正直に答えてくださいね。 わからないものはわからないでいいですが、わかってるものは包み隠さず話して頂きたい」
「わかりました」



 こうして……荒波さんへの質問が開始された。
 その部屋にあるクローゼットの中に黒い影があるとも知らずに……。
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