「彼女はある日突然、気づいてしまった。
 “何”に気づいたのかはわからなかったけれど、どこかおかしい事があるのを理解してしまったんだ。
 だから彼女は旅に出ることにした」

 ジャックが少し哀しげな表情をして言った。
 本の文章を読んでいるのか、それとも自分の言葉なのか……その視線は本には無く、どこか遠い、眼には見えない“何か”を見ているようだった。
「ちょっと待ってジャックお兄ちゃん、『彼女』っていうのは誰のことなの?」
 ラミィが首を傾げた。
 横からルミエラが「きっと、聞いてればわかるわよ」と小さく言ったけれど、府に落ちないようで、未だにジャックを見つめたままだった。
 そんな様子を見て、ジャックは少し笑った。
「これからの「話」の主人公のことですよ。 名前はフレア、14歳くらいの女の子です」
「フレア……かぁ……」
 ラミィは新たに出てきた主人公を思い浮かべた。
 頬を手で包み、机の上に肘をついた格好で思いを巡らせている姿は、とても愛らしい。ジャックとルミエラの視線が合い、両者とも思ったことが同じだとわかると、自然と笑みが漏れた。
「それでっ、フレアはこれからどうなるの?」
「まぁまぁ、落ち着いて、ね? それじゃあ、続きを話しましょうか。

 「伝説」から、今度は「現代」――カケラを探す旅が始まります」
 ジャックは、再び本に視線を戻すとページを捲った。
 捲られたページには表紙と同じ書体で「現代」と書かれていた。



虹をください。
ずっと消えない……私だけの虹をください。
自分の願いをかなえるのは自分しかいないから、行動を起こさなきゃ何も始まらないから。
あの日、私は願いをかなえる為に旅に出た。






 旅に出てから、すぐの事だった。 
 森の中を走る街道を行っていたとき、ふいに空気がかわった。
 風向きが変わりその中に微かながら焦げ臭い匂いがした。――山火事――そう思った私は、匂いのする方へと駆け出した。
 着いてみたら、思ったとおりの山火事で、燃えていたのは特に村も何も無いところだった。
 何故このようなところが燃え出したのかわからないが、とにかく人がいないか確かめた。
「人どころか動物さえいないのか……」
 山火事のせいか、動物も皆逃げ出していたようだった。

「ふぅ」
 安堵のため息を漏らす。
 山火事の方はまだおさまっていないが、雲行きから考えて、しばらくしたら雨が降り出すようなのできっと大丈夫だろう。
 私は近くにあった形の良い切り株に腰を下ろした。

『……嫌だよぉ、……そんなの嫌だよぉ……』

 少したった頃、ふいに声が聞こえてきた。
 泣いているのか、とても弱弱しい声。――発しているのは誰だろうか?
 私はその声の主を探そうと、森を駆けた。



「見つけた……」
 探し回って見つけたのは小さな妖精。
 あまり詳しくはないが、たぶん炎妖精と呼ばれる種族だろう。手のひらに乗るほどのサイズで、かなり可愛い。
 しかし今は煤だらけで、おまけに顔を涙でぐじゃぐじゃにしてるものだからあまり頂けない顔になってしまっている。
「どうしたチビ助? 迷子か?」
 そう訊くと体をビクッと震わせ、少しの間を置いてからこう返してきた。
「…………違う。 皆、いなくなったんだ」
「!」
 こんな小さな子とは思えない、はっきりとした口調だった。
 その目にはもう涙はなく、不審者への疑いの眼差しへと変わっている。
 私はその眼差しから半ば逃げるように、言葉を紡いだ。
「そうか……ごめんな。
 お前、どうするんだ? 此処に居ても仕方無いだろ?」

「……お爺様が……」

「え?」
 ぼそっ、と呟くようにして言った声は私には聞こえなかった。それを言ってからまた俯いてしまったが、しばらくすると、小さな声で訊いてきた。
「貴女……名前、名前なんていうの?」
「ん、私の名前か? 私はフレアっていうんだ」
「そっか……。 僕はココロ」
「ココロか。いい名前だな」
「……うん、ありがとう」
 お互いに名前を教えあったところで沈黙してしまった。少し痛い沈黙だ。
 黙ったままでも仕方ないのでどうしたものか、と考えていると
「ねぇ、一緒に行ってもいい?」
 と、突然、ココロが言った。
 私は驚いたが、笑って返した。
「ん? 別にいいけど。 前途多難な旅だぞ?」
 空笑い。
 でもそんな私の言葉に動じる事も無く、ココロは強い口調で言った。

「付いていく。 僕、フレアと行く、って決められてるんだ」

 やけにはっきりとした口調に少し疑問を覚える。
 けれど、

「そっか、それじゃよろしく」

 そう言って差し出した手を握る手と、その時の表情は明らかに良い印象だったから、深くは考えないことにした。
 ――それが、私とココロの出会いだった。





 そして、それが旅のはじまり。
 夏風に煽られた髪の毛と、嫌な匂いが立ち込める森の中でのことだった。