第2話 「見つけたかったもの」

 青年の家はこじんまりとした……だけど暖かい、そんな家だった。
 “ただいま”の挨拶をしないところを見るとどうやら一人暮らしのようだ。
「あ、適当に座ってて。今お茶淹れてくるから」
「は、はい」
 私とココロは適当なクッションの上に座った。部屋の中を見渡すとあまり物はなく、必要最低限の物だけが揃っているようだった。だが、所々に紅いバラや色とりどりの花が飾ってあることで殺風景ではない。
「はい、どうぞ」
「あ、すみません」
「ありがとーございますっ」
 それぞれカップを受け取ると、少し口に含む。
「おいしい……ハーブティですか?」
「うん、さっき居たバラ園では一角でハーブも作っていてね。そこのなんだ」
「ってことは自家製ですか?!すごいなぁ……」

 お茶をすすりながら取りあえず自己紹介をした。
「私はフレアって言います。こっちはココロ。 一緒に旅をしているんです」
「僕はロナ。 ロナ=ウィルナー。 一応、庭師の仕事をしているんだ」
「庭師ですか……ってことは、さっきのバラ園は全て貴方が?」
「うん、綺麗な花だろう?」
 にっこりと笑うロナに私もつられて笑った。
「えぇ、とっても。でもすごいですね。あれだけ広い土地を一人で管理されているのでしょう?」
「いや、一人じゃないんだよ」
 首を横に振ってそう言われる。
「え?他に……誰か?」
 正直な疑問を口に出すと、
「ちょっと待ってね」
 そう言ってロナは奥の部屋へ入っていった。

 早く石の事を聞かなきゃな、と思いながらふと横のココロを見る。
 ココロはというと、やわらかいクッションが楽しいのか、小さい体で何回も飛び跳ねを繰り返している。その姿が可愛いのなんのって、ぬいぐるみみたいだ。
 再び室内を見渡す。どう思っても生活道具は一人分しかない。食器も寝具も……椅子だけは2つあったけど。一緒には住んでいない人なのかな?
「ごめん、ごめん」
 ロナが出てきた。その手には何かが握られているみたいだ。
「あ、えっとね僕の同居人なんだ。紹介するね」
 そしてロナは手を開いた。
 そこには紅く輝く宝石が握られていた。
 私の頭の中を何かが走り抜けた。

 パンパン

 ロナが手を叩く。
 紅い宝石は輝きを増して……目も開けられない程に光った。
 光が収まった後そこには人が立っていた。紅い衣装に身を包んだ青年だった。
「……お前……」
 口から声が漏れる。――私は出そうと思っていないのに。
「え? 何、知り合い?」
 ココロが訊いてくる。
 すると、その声を出した主は引き下がり、私は声を出せた。
「……い、いや人違いだった」
 人違いどころか全然知らない顔だ。
 改めて見るとその人はとても整った顔立ちをしていた。眼光はするどく冷たい印象を与えるけれど、何故か優しく、そして……懐かし、い?
「紹介するよ。僕の同居人の紅(くれない)。全身赤尽くめだろ? だからその名前にしたんだ」
 にこやかに話すロナとは対象的な紅。にこりとも笑わない……だけど何故だかわからないけどやっぱり優しい感じがする。
「はじめまして。紅と申します」
 低い声。腰を曲げてお辞儀をすると、長い紅い髪が前に垂れ下がる。
「はじめまして。フレアと申します」
「はじめまして!ココロっていいます」
 私たちも挨拶をする。お辞儀をして……顔をあげる。すると紅が私の方を見ているのに気づいた。
「あの……何か?」
「いえ、ちょっと知り合いに似ていたもので」
 少し目を伏せ彼はそう言った。

「ところでロナ。……その石見せてくれないかな?」
「あ、いいけど……いいよね、紅?」
「えぇ」
 渡してもらった紅い宝石を私は丹念に調べた。
 これが本物ならどこかに紋様が刻んであるというのだ。私はそれを探した。
「んん?」
「どう? 何かわかった?」
 ココロが訊いてくる。
「あ、あぁ……あの……虫眼鏡とかあったら貸してもらえます?」
 ロナが再び奥の部屋に入り虫眼鏡を持ってきてくれた。
「すみません、お借りします」
 私は虫眼鏡を使って改めて宝石を見た。……やはり紋様がある。
 いきなりビンゴ……ってことか……?
「ありがとうございました」
 私は虫眼鏡と宝石を返す。ロナはそれを受け取り、訊いた。
「何かわかったのかな?」
「はい。 それを――探していたんです」
 紅い宝石に目を向け言った。
「頂けないでしょうか? 私に」



「……え……だっだめだよ! 紅がいなくなってしまう!!」
 ロナが叫ぶ。
 当然だ。いきなり来た人間にそんな事言われて渡せるはずが無い。
 しかし、私は引き下がれなかった。
「わかっています。でも……私は集めなければいけない」

 私の願いを、絶対に叶えたいから。――最低な行為だと、わかっているけれど。

「……だめ……やめて……僕から紅を取らないで……あの子のように僕を置いていかないで」
「ロナ?」
 ロナはガタガタと震え、最後の方はもう無意識のうちに言っているようだった。
 私が声をかけた瞬間、ロナは倒れた。

「ロナっ!?!」

 慌てて駆け寄る。倒れた瞬間に紅が抱きとめていたため床に打ち付けられることはなかったがロナは気を失ってしまっていた。
「ど……どうしたの? ロナどうしちゃったの?!」
 ココロが瞳に涙を浮かべながら問う。
「……大丈夫。 恐らく疲れたのでしょう」
 紅が答えた。
「そっか……良かっ……」
「ココロ?……・おぃココロ!!」
 今度はココロが安心したのか知らないが、クッションに身を埋めた形で眠ってしまった。
 とりあえず私たちはロナをベッドに移し、ココロを手ごろなクッションで作った簡易ベッドに寝かせた。

「すまない。悪い事をしてしまったようだ……」
「いえ、そろそろこうなると思っていましたから」
 二人を寝かせた後、新たに紅の入れてくれた紅茶を飲みながら話をした。
 (そろそろ……・?)
 私は内心そんな事を疑問に思いながら言葉を続けた。
「ところでさ、“あの子”って誰のこと、言ってたんだろうか?」
「ロナが、昔好きだった女の子のことですよ」
 紅がすぐに答える。
「好きだった……? 過去形なのか?」
「えぇ、過去形です」
 紅茶を口に含み、紅が答える。――会話が続きにくいな。
 その時、ふと、私はあのうさんくさい本のことを思い出した。そうだ、そこには花だった少女の話が書かれていた。……でも待てよ、そしたらあの少年って……ロナの事なのか?
「あ、あのさ。 もし良かったら、その事教えてくれないか?」
「私が、話すのですか?」
「あぁ、ロナ本人に訊くのは出来そうにないし。 頼む!」
 両手を合わせて頼み込む。けれど紅は少し悲しげに微笑んだ。
「私は……よく知らないから話せないんです」
「――そっか、なら仕方ないか。 ごめん」
 私たちはまた紅茶を口に含んだ。



 * * *



「嘘つき」
「……はい?」
「馬鹿か、お前。一部始終見てたくせに」
「……それを言うなら貴女だって見ていたでしょうに」
「私は他の所でも忙しかったのでな」
「また、そういう事を」
「なぁ……、お前はいつまで此処に居たい?」
「――居てもいいのなら何時まででも」
「それは出来ない……すまん」

「マスター、本当……なのですね?」
「あぁ」
「私にはマスターの意志を曲げることは出来ません。しかし……貴女には在って欲しい」
「ありがとう。 でも……疲れたんだ」



 * * *



「ふわぁぁ……」
 私はその声に気づきハッと顔を上げる。ココロが起きたのだった。
「ココロ大丈夫か?」
「あれぇ……フレア、どうしたの?」
「どうしたのじゃないだろ、お前いきなり寝始めやがって」
「……ごめん、覚えてない」
 しゅん、と小さくなるココロ。私はオレンジ頭をくしゃっ、と撫でた。
「ま、いいや。どこか変なところとかないよな?」
「うん、大丈夫!」
 すると、紅が部屋に入ってきた。私たちは今、奥の部屋……つまりロナとココロを寝かしていた部屋に居るのだ。そして今ココロが起きた。ロナは……まだ、起きない。
「ロナは? 大丈夫だったの?」
「まだ……起きていません」
 ロナの方を見ると規則正しく胸の辺りが上下するので『生きている』と分かるがそれがなければまるで死んでいるようだった。顔は青白く、少しも動かない。
「大丈夫ですよ 。直に気が付くでしょう」
 紅が優しく微笑んで言った。
 あの後、私は紅に美味しいハーブティーの淹れ方を教わっていた。彼はかなり器用なようで、教え方も上手だった。おかげで、私もすぐに紅のように……とまではいかないが、それなりの紅茶を淹れられるようになった。
「そう……良かった……」
「さぁ、もう日も暮れかけていることですし晩のご飯にしますか?」
「あぁ、手伝うよ」
「僕は……ロナを見てるね」
 結局私たちは泊めてもらうことになっていた。宿代を払うといったのだが、紅は断固として受け付けず、ロナもたぶんそう言いますよ、と言って手伝いをするだけで良いと言ってくれた。
「それじゃ、私は先にキッチンへ行っていますので」
「わかった。 直ぐに行くよ」
 パタン、と音を立ててドアが閉まる。ココロはロナの顔の近くへ飛んでいって、言った。
「ねぇ、フレア。ロナ……死んじゃったりしないよね? いなくならないよね?」
「大丈夫だ。死んだりしない。……死なせたり……しない」



 日はもう完全に沈み、辺りは暗闇に包まれていった。私はココロを部屋に残しキッチンへと向かった。
 部屋を出る時に、あの紅い宝石が目に入った。
 輝くそれが原因なのだと思うと無性に壊したくなった。
 けれど、私にはこれが必要だから、なんとしてでも手に入れなければ。

 でも――力ずくでは奪いたくない。