桜貝に願いを託したのはあたし。
報われない願いを、小さな、小さな貝に託したのはあたし。
たとえ、その想いが桜の花びらの様に儚く散ってしまうものでも、
願いを託さずにはいられない。
……どんな事をしてでも、貴方を振り向かせたかったから。
貴方の事が好きだったから――
第5話 「次の行き先と僅かな疑問」
「今度はどちらへ行かれるんですか?」
「……さぁ?」
「さぁ……って、知ってらっしゃるのでしょう?」
「まだ一致しないんだ。そこまではわからない……」
「貴女ほどの人がてこずるとは……まぁ、あの人も貴女ですからね」
くすっ、と彼は笑った。
「笑うなよ。アイツ、結構魔力と自我が強いんだ。仕方ないだろう」
「おや、泣き言ですか?」
「っンなわけあるかよ! コレを集めたら自然に戻るさ」
彼女は少し怒ったようにそっぽを向いた。
「それじゃぁ」
彼は立ち上がりながら言った。
「それじゃぁ、向こうでまた、お会いしましょう」
彼女は答えた。
「あぁ、今度会うときはあの名前でな」
彼は消え、彼女だけが残る。
「さてと、次はレイの処だな」
小さく呟くと、彼女もまた消えた。
* * *
「ねぇ、フレア。次は何処に行くつもりなの?」
ココロがせっつく様に訊いてきた。
「んー……どうしようか……」
私は本のページを捲りながら答えにならない答えを返す。パラパラという音が部屋に響く。
「ね、その本見せてよ」
「ダメ」
「いいじゃんかー。 てぃっ!!」
ココロは私が読んでいた本……あの胡散臭い本を取り上げ読み出した。
「ったく……、早く返せよー?」
私はそう言って、ベッドに横になった。気持ちい風が吹き、部屋の中に流れ込む。その風は自然と眠気を誘い……私はベッドのお世話になっていた。
「ふあぁ……眠い……」
生あくびをし、眠気が襲い掛かるのを阻止しようとするが一向に眠気はなくならない。そんな私に対し、ココロはすごく元気で……こっちが嫌になるほどうるかった。
「フレア!!もう、また寝ようとする!!起きてよっ」
ユサユサ、と体をゆすられ、なんとか眠りの世界への門を閉じる。
「ココロ、やめてくれ……」
相変わらず体をゆすり続けるココロに言いながら体を起こした。
「だってフレアが寝ちゃうんだもん。折角次の旅先、決めようって言ってたのにさ!」
「わーるかったって、な?」
プンスカプンスカ怒るココロをなだめ、私は本を取り返す。
「次の旅先ねぇ……やっぱり順番に行くか?」
「僕はよくわかんないから……フレアが決めてよね」
「何だ、ソレ。 お前も少しは考えろーーっ」
私はココロの頭をクシャクシャにしながら言った。ココロは『やめてよ!』と言っていたがその姿さえ可愛く見える。……なんつーか、可愛すぎる……v
「僕も考えるから!やーめーてーっっ!!」
そう言うので、私は頭から手をどけ、本を見た。
「そうだなぁ……この前はアカだった……。 目次どおりに次は『モモ』でいいんじゃないか?」
「……まったそういう考え方をする!結構重要なんじゃないの? それってさ」
ココロがまるで小姑のように言ってくる。私は、ヤケになって言い返した。
「あーー……決めた!次はモモノカケラ探すぞ!!」
「場所は?」
「……えーっと……2002年……7月、5日……な、なんて読むんだコレ?」
結局その日のうちに出発することにして、私達は適当に食事をしたあと部屋に戻った。そして行こうとした……が、漢字が読めない。
「は?」
「いや、この文字なんて読めばいいのかわかんないんだよ」
ココロが本を覗き込んだ。私はその文字を指差す。文字は少し小さめのサイズで【桃篝】と書いてあった。
「……・フレア、一回勉強しなおしたほうがいいんじゃない?」
「なっなんだと!!それじゃココロは読めるのか?」
「たぶん、“とうか”でしょ。当て字っぽいけどさ」
ココロは盛大にため息をつくと元の場所に戻った。く、くそう……あんなの読めるハズがない!!当て字だなんて一体何を考えているんだっ。
私はむかついたけれど逆恨みに近いのですぐに忘れることにした。……今度読めたらそれでいいのだ。
「それじゃ、行くか」
「うん」
「2002年7月5日、桃篝町へ!!!」
◇ ◆ ◇
「うぎゃぁっ!!」
「うっ……」
またしても私達は体全体で着地してしまった。それに、今度は前と違って固い地面……痛い……。
「大丈夫か……?」
「う……、うん……フレアは……?」
「あ、あぁ一応大丈夫だ……少し痛いけど……」
腰を摩りながら立ち上がる。 目の前には蒼い海。
「海か……へぇ……」
私は思わず呟いた。その海は広く、おまけに澄んでいる。遠目に見ても綺麗な海だった。
すると、ココロが腕を突付いてきた。
「ねぇ、フレア……」
「何だ?」
「あのでっかい湖……すごいね……」
――……………………?????
「……湖……?」
「アレだよ。 あの蒼いの。 湖でしょ? すっごいでっかいね~!」
――………………えーっと………………。
コホン
「ココロ、アレはな“海”っていうんだ。“湖”じゃない」
「ウミ?……ははは、もうフレアってば、また僕をからかってるんでしょ~」
「あ、いや本気で」
ココロは再び海の方を見た。
「海?」
「そう、海。 湖と違って味があるんだぞ。 しょっぱいんだ」
さっきの事があったせいか私は胸を張って答えた。ココロの知らない事を教える……気分がいい!
「ふーん……なるほどね……」
ふむふむ、とココロは頷いた。
と、その時私達の背後を人が通った。
―――ちょっと奥さん、あの人達何者かしら?とても変な格好ですわ。それに随分と小さいこと。
―――格好だけでなく羽までついていますわよ。変な人達ね。
―――あら、本当だわ。……撮影か何か、かしらね……?
―――でも撮影の話なんて知りませんわよね?
―――えぇ、すると……変質者かしらねぇ……。
―――まぁ、怖い。目を合わせないようにさっさと行きましょう!
「ね、フレア。僕達ヤバイ?」
「……ちょ、ちょっとな……」
私達はその会話を聞き思わず冷や汗を流した。次元が違うのだから当然文化も違うはずなのだ……。
ロナやリミナの世界が、私達の世界とほとんど変わらなかったので忘れていた。
「変質者だって……警備隊が来たら捕まっちゃうよ」
ココロが不安そうに呟いた。
「そんな事してられるかよ……仕方ない、服を変えるか」
私は、鞄の中からこの世界で“ カタログ ”と呼ばれるモノを取り出した。コレには、此処の世界での服が載っているのだ。
「……適当に……ハイネックとズボンでいいかな……」
ハイネックは今も来ている物と同じようなのに決める。色は深緑、ちなみに半そでだ。ズボンはデニムという素材の黒っぽい物、一応ベルトも付けておくことにしよう。
私はそのカタログで決めた洋服を思い浮かべると手の中に小さな光を出現させた。その光は私の全身を包み、元に戻ったとき、服が変わった。
「ふぅ、とりあえず成功……っと」
少し慣れないズボンにてこずったもののなんとか思い通りに出来た。そして、いつもポニーテールにしている髪の毛をおろした。
「うっわぁ……フレアじゃないみたいだ……」
ココロがその姿を見て感想を述べた。
「当然、だろ? さ、ココロはどうするかな……」
私は再び“ カタログ ”を開くと服を見る。
項目は……「ベビー服」。
「フ、フレア……僕、ベビー服なの……??」
思わず後ずさり、私から少しずつ離れていくココロ。
「……コーコーロー……逃げても無駄だぞう……?」
私はカタログ片手にココロの方へ歩み寄る。そして、先ほど同様、手の中に光を生んだ。
光は操作するまでもなく、ココロの全身を包んだ。
「うわあーーっっっ、もうフレアのバカーーー!!!!」
光の中からココロの罵声が飛んだ。
そして光が治まる。
そこには私と同じぐらい……いや、少し高いぐらいの背の男の子。
私と色違いのハイネック、それにカジュアルスタイルのズボン。
言わずもがな、ココロである。
「…………あれ?どうなってるんだ?」
声も若干低くなり、口調まで変わってやがる。
「ベビーよりそっちの方がマシだろ?」
私はふぅ、とため息をつくとカタログを鞄にしまった。
「フレア……? 知ってたのか?」
自分のその姿を見、驚いたようにココロが訊いてきた。
「当たり前だろーが。炎妖精の本体は人間サイズだって知ってたしな。 お前が何も言わなかったから、こっちも言わなかっただけだ」
まぁ、ホントはつい最近知ったんだけど……なんて事は伏せておいて。
少し苦笑いを含み私は返した。そして、もう一度光を生む。その光は黄色い羽と、耳を包んだ。
「あ……、人間の耳だ……」
ココロは、自分の顔の脇に手をやると、いつものフサフサの獣耳とは違う感触を感じた。そして本来、背中にあるハズの羽もない。
「感謝しろよ。オリジナルで変えてやったんだからな」
そう言って鞄を取り上げるとその鞄もこの世界の物にする。もちろん、中身は変わらないが。それを肩にかけるとココロの方を見た。
オレンジ色の髪の毛は変えていないので、背景の蒼い海とのコントラストが綺麗だった。
ココロはまだ背中を摩ったり、耳を触ったりしている……。
その仕草は小さい時と一緒のような感じだけど、なんだか別人に見えた。
――ちょっと失敗したか……?
ふと、考えたけれど、その考えはすぐに鍵をかけてしまいこんだ。
「さて、と。それじゃマイちゃんとやらを探さなきゃな」
私は言った。
「……マイちゃん?」
ココロが疑問を投げかける。私はそれに答えるべく、鞄から本を取り出しココロに渡す。
「これに出てくる女の子の方。たぶんこの子が鍵だ」
ウーン、と背伸びをしながら言葉を返す。
ココロはその物語……というべきなのかはわからないがその話を読んでいる。
私はその様子を見たあと、周りを見渡した。
私達が今いるのは波止場から少し入ったところ、人通りの少なめの小道だった。
遠くからはウミネコの声や学校のチャイムが聞こえる。
そしてチャイムが鳴った後、学生と思われる人達の声も聞こえてきていた。
すると、此処からさほど離れていないところからある会話が聞こえた。
「それじゃね、真依!」
「うん、また明日~」
「……明日は休みでしょ?それに明後日も。 それともアンタ補習組みだったの?」
「えっ、あっ、そうか! 違うよ、補習なんか受けないもんね!」
「じゃ、また明々後日に」
「うんっ!バイバイ~」
声の主達はそれぞれ違う方向へ歩き出したらしい。私は咄嗟にその人物を見に行った。
真依……確かにそう言っていた。すると彼女が『マイ』……?
何だかロナの時同様、見つかるのが早すぎるような気がしたがとりあえずターゲットは彼女ということにしておこう。
私達は気づかれない程度に距離を置き、彼女の後を追った。
* * *
その時、私は気づかなかった。
けれどあの時私達の背後に一人、誰かが居たのだ。
その『誰か』は黒い髪を靡かせ、笑っていた。
「いらっしゃい」
そう言いながら。