第8話 「終結、残る蟠(わだかま)り」

「桜貝というのがあるんですよ」
 小さい声で呟かれた声は、隣に居た彼女にしか聞こえない程のものだった。
「……さくら……貝?」
「えぇ、小さな、本当に小さな貝なんですけどね。表面が桜色をしている美しい貝なんです」
 その「桜貝」の事を思い出しているのだろうか?彼はソファに座ったまま、目を瞑った。
「それが、どうかしたの……?」
 そのまま黙ってしまいそうになった彼の腕を揺すり、彼女は訊いた。
 でも彼は、腕を揺すられても目を開けようとせず……けれど、口を開いた。
「あいつが――好きだったんですよ……、あの小さな貝を好きだと、そう言っていたんです」
 瞑られた目の上に、手を重ねる。顔が覆われ、視界は黒くなった。
「……何で、そういう事、あたしに話すの」
 だから、彼女がそれをどんな表情で言ったのか、彼は知らなかった。
「何で……、あの子の事ばっか、あたしに話したりするのよっ……」
 そして彼女はソファから立ち上がり、部屋から出て行った。――瞳に涙を浮かべながら。

「鈍感っていうのか、何ていうのか……お前さ、わかっててやってる節あるだろう?」
 その一部始終を見ていた人物がそっと部屋の中に入り、先ほどまで彼女が座っていた場所に座った。
「……わかってます」
 それでもまだ、顔から手をどけようとはせず、彼は続けた。
「けど……、私は彼女にこうして接することしか出来ない。こうでもしないと私は……狂ってしまいそうになるんです。――こんなにも早く、自分の心が変わり始めるなんて、思っていませんでしたから……」
 その言葉を隣で聞いていた彼は盛大にため息をつくと、ぽんっ、と自分より大きい背中を叩いた。
「大丈夫、あいつだってそれはわかってくれるさ。だから……手遅れにならない内に、言うんだぞ?」
 そう言って、もう一度背中を叩く。それで満足したのか、彼は部屋から出て行った。

「手遅れにならない内に――ですか。 それじゃ、もう、ダメですよ……手遅れに、なりすぎました」
 一人部屋に残された彼の口から漏れた声は、誰にも聞こえることなく、静寂にかき消された。



 * * *



 タン タン タン
 砂浜へと通じる階段を、一歩一歩踏みしめながら降りていく。
 自分の変装をもう一度入念にチェックしながら、わかっている事なのにまだ、私は彼女に見破られなければ良いと、そう思っている。

 ザシュッ

 階段が終わり、砂地部分へと降り立った。あちらこちらに草が生え、それに紛れるようにゴミが散乱していた。――どんなに綺麗な海でも、見る人全員がそれを心から楽しめる人じゃないと、本当に綺麗な環境にはならないのだろう。そんな事を思いながら、歩みを進めた。
「……それにしても、一体何やってんだアイツ?」
 声に出しての独り言。けれど、口に出さずにはいられなかった。
 ――遠くから見える二人の表情が、やけに真剣だったから。
「この様子だと、真依さんは……知っているんだろうな」
 全部知ってて、何も知らないフリをする。
 その事実を知った時、大抵の人は「騙された」、「何で話してくれなかったの?」……そんな事を言って責めるのだ。
 でも、それは時として相手への気遣いでもある。

 何も知らないほうが、幸せな事だってあるんだ。

「……って、一人で何言い訳してんだろ……」
 自分の心の中で生まれた言葉に、冷めた口調で突っ込んでみた。けれど帰ってくるのは沈黙ばかり。
「馬鹿、もう変わんねぇよ。一度始まったら止めない、って決めたろ?」
 もう一度呟いて、私は正面を見据えた。
 あと少し進んだら、二人は私に気づくだろう。

「……あ! フレアっ!!」
 思ったとおり、2,3歩踏み出したとき、二人は私に気づいた。
「何してるんだ?」
 内面の感情を表に出さないようにして、笑顔を作る。そして、真依さんの方をチラリと見た。
「こんにちは」
 にっこりと笑って、普通の挨拶をする。どんな反応が返ってくるのだろう、そう思いながらの挨拶だった。
 しかし、返ってきたものは、自分が思っているものとは少し違うものだった。
「こんにちは。 あ、そうだ。 フレアさんも一緒に探しません?」
「……探す? 何をですか……?」
 その言葉を口に出した瞬間、二人は――ココロと真依さんだ――顔を見合わせて笑った。といってもこっちを見て軽蔑するような笑いではなく、ただ、面白そうに……なのだが。
「へへっ、あのねフレア!真依ちゃんから聞いたんだけどね、願い事がかなうんだって!」
「願いがかなう……? 何かお祈りでも……?」
 ココロの言う意味がわからなくて、口元に手をやりながら隣の真依さんの方へと疑問を投げかける。すると真依さんは小さく微笑んで、砂に手をついた。
「桜貝ですよ。 ご存知ないかもしれないですけど、この世界に存在する貝の名前です。
 この貝、綺麗なままのを貝殻を見つけると願いがかなうって言われてるんです」
 何処か遠くを見たまま話す真依さんに、私は何か引っかかるものを覚えた。
 そして、少し考えた後、その引っかかりの原因を突き止めた。

 ――この世界に存在する貝の名前です。

 ……そうか、あくまではっきりとは言わないつもりらしい。でも、遠回しには教えて……そんな真依さんに、私は感謝した。けれど、まだ安心は出来ない。
「へぇ、そんな貝があるんですか。 それで……その桜貝を探してる、というわけですか?」
 今、砂浜に膝をついてまでする事と言ったらそれくらいしかないだろう。
 しかし――そうとなると、また、本の記述が気になってくる。
 ま、そんな事言ってたらキリがないか、変わりすぎてるんだから……。
「うんっ、まだ綺麗な形なのは見つかってないんだけどね。ほら、見て!こんな貝なんだよ!」
 握り締められていた掌を開けると、少しかけた貝が出てきた。確かに、これは余り綺麗とは言えないな。
「そうか。でも……もうそろそろ帰らないといけないぞ、ココロ」
 自分より背が高いココロだけど、今はしゃがみこんでいるので頭の位置が低かった。だから、その頭をぽんぽんと叩くと、見上げてきたココロにそう言った。
「え……、でも、後少しでも見つかるかもしれないのにっ!」
 我侭を言う子供のように、この場を立ち去ることを渋るココロ。そんなココロを見たからなのか、真依さんはオロオロして宥めようとした。
「あ、ごめんなさい……でも、これだけ探してもないんだもの、此処にはないのかもしれないよ」
「でも……、折角見つかりそうな気がするって言ってくれたのに……」
 それでも渋るココロに、私はもう一度頭をぽんと叩くと少し呆れたように笑いかける。
「それならまた来たら良いだろう?……今日は、もう時間がないから、な?」
「――……うん。 絶対だからね?」
 すっくと立ち上がると、少しかがんで私の耳元で囁いた。
 その声と同じくらいの音量で、私は答えた。
「……あぁ」

「それじゃ、ごめんね。見つけてあげられなくて」
「ううん、一緒に探してくれてありがとう。 もし、また会えたら……探そうね」
 二人して微笑みあった後、その場を離れる。
 後ろを見ては手を振るココロの少し前を、私は歩いていた。



 * * *



「ほら、早くしないとあの子、桜貝っての見つけられないぞ」
 直輝が真依を探しに走り去った後、その声は聞こえてきた。

「……え?」

 何処から聞こえてきたのかわからない。右だったような、左だったような……上だったような、下だったような……兎に角、何処からのものか判別は出来なかった。
「お前の仕事だろう? それとも本当にサボる気なのか?」
 聞こえてくる声は、聞き覚えがあったけれど……何だか思い出せない。
 レイは辺りをキョロキョロと見回しながら、声に応えた。
「――誰? それに見つけられないってどういう事?」
 するとやけに重々しい口調で、“声”が返した。

「汝、欠片の守り人也。 思いの行く末見守る者也」

 そして、最後に軽い口調に戻して、こう付け加えた。
「さ、早くやらねーと怒られるぜ? それに、呆れられるかもな、グリスに」
「なんでその名前っっ?! ――え、もしかして……ジェ……」

 カラン

 思わず口に出した自分でも信じられない名前を全て言う前に、上から何かが落ちてきた。すぐに近くに落ちたそれを拾い上げると、見えない人に向けて、言葉を紡いだ。
「ありがと。 ごめんね……」



 * * *



 ある程度海から離れると、私は振り返って未だに後ろの方を見ているココロに向けて声を放った。
「……何でお前、こういう事するんだ?」
 自分で思ったよりも弱弱しい声が出てきて、少し驚いた。しかし、驚いたのは私だけじゃなかった。後ろを振り返っていたココロが、突然こっちに向き直った。
「ちょっ、フレア……? どうしたの、何でそんな泣きそうな顔してんの……」
 そう言って、手を伸ばしてくる。
 私はその仕草と、表情にイラついて、その手を跳ね除けた。
「言ったよな、干渉するな、って。歴史が変わるから気をつけろって……そう、言ったよな?」
 なのに何であんな事したんだ、と少し高い位置にある顔を見上げて、言った。出てくる声は、何故かとても冷たく聞こえてきていた。
「でもっ……」
「言い訳は聞きたくない! ……でもな、もしこれでカケラが手に入らなかったら……――」
 何かを言おうとしたココロを遮って言ったけれど、その先が続けられなくて結局口を閉じた。……カケラが手に入らない……か、大いに有り得る話だけど……くそっ。
 私はおもむろに手に光を集めると、ココロに向けて投げた。一瞬で、その体は光に包まれる。
「なっ、フレア?! いきなり何するのさっ――って……あ、ちっちゃい……?」
 光の中から出てきたのは、向こうの世界でのココロの大きさ。ちなみに耳と羽はまだ付けていない。……けど、まぁ、この世界から見れば異形にしか見えない姿なので小細工はしてある。
「……今回はもう無理かもしれない。真依さんが桜貝を見つけられなかったら……その時はもう終わりだ。
 だから、今から探しに行く。探すときはちっちゃい方が楽だろ?」
 と、本当は大きいままの姿で居られるのが嫌なだけなのに、私は理由をつけて、ココロに言った。
「あ、そっか。なるほど! うん、それじゃ早く探しに行こう!大丈夫だって、日没までまだ時間あるよ!」
 ――ちょっと腹が立つくらいあっさりと承諾してくれちゃって……ま、楽で良いんだけど。
 私は小細工――この世界の住人には見えないようにしてある――を施したココロを肩に乗せると、先ほど真依さんと別れた砂浜から少し離れた場所へと向かった。……ちなみに、歩いて。

「……んー……見つからないよう……」
「あぁ……なかなか見つからないもんだな……」
 探し始めて、早1時間。けど、一向に桜貝は姿を見せていない。
 日没まではまだ時間があるけれど……何処か落ち着かない感じだ。焦っているのだろうか?

 私は一旦作業を止めて、鞄の中から本を取り出した。
 開けるページは「モモノカケラ」の章。ぱらぱらと流し読みをしていく――1回はちゃんと読んだのだが、どうもあの甘ったるい感じが苦手なのだ。なので2回目以降はこうして流し読みを……って――え?

 ガバッ

 思わず身を起こして、本の開いているページを読んだ。

“マイはある男の子と出会い、一緒に貝を探すことにしました。
(この子と一緒なら見つかるかもしれない……、だって、めったに来ない人達だから)
 そう、ある男の子とは、異世界の人間だったのです。”

「……しまった……!」
「へ?どうかしたの、フレア?」
 少し遠い場所からココロの声が聞こえてくる。私は急いで本を鞄にしまうと、ココロと自分の体に魔法をかけ、空へと飛び立った。焦るな、と思うけれど……心臓は早鐘のようになっている。
「フレア! 一体どうしたの?!何でいきなり空になんか……っ」
 元々飛べるせいか、ぱたぱたと私の顔の傍まで寄ってきながらココロが訊いてきた。私は下の様子を気にしつつ、その疑問に答える。
「――歴史が変わったんだ。こんなに早く反映されるなんて思ってなかった……!」
「歴史が変わったって……。 !! も、もしかして僕のせい……?」
 涙目になって覗き込んでくるココロ。「お前のせいだ」と言いそうになるのを必死で抑えて、私は笑った。
「……いや、なるようにしてなったんだろ……」
「でも……」
 それでもまだ言い淀むココロに、何かがキレたような音がして……冷たく言ってしまった。
「お前のせいだと思うんなら、黙ってろ。うるさいっ」
「っ!! ……ごめっ」
 そこまで言って、口元を手で覆う。
 ――― な……にやってるんだよ、こいつに八つ当たりしたってしょうがないのはわかってるはずだろ?
 自分の発言への嫌悪感、眉間に皺がよっていくのがわかった。でも、どうしようもない。
 それからしばらく、会話は無く、進んだ。



 * * *



「……やだ、これピスが持ってたモノじゃん」
 彼女は自嘲気味に笑うと、砂浜へと通じる階段を降りた。綺麗な黒髪に、風で煽られた砂が混じって、手で梳くと少しざらつく。
「さて、と。 このへんでいいのかな……?」
 きょろきょろと周りを見渡して、誰もいないのを確認すると彼女は貝を取り出した。

 完璧な貝の形をした、桜貝を。

 波に浚われず、砂に埋もれない位置にそっと置く。
「何かヤな事してる感じがするよ。 でも、これでいいんだよね?」
 と、上を向いて問いかける。
 独り言かと思いきや――
「あぁ、それで良いんだよ。 すぐに動き出すから」
「そ。 それならいいや。 ……あたしも一管理者として、ちゃんと仕事果たしたって事だよね」
 うーんと背伸びをして、黒い髪を手で梳いた。一瞬で黒は赤に変わり、最終的にピンク……桃色に変わった。そしてそのまま浮き上がると、その場を後にした。

「ねぇ、ジェイ。 あの貝、何処からかっぱらってきたの?」
「――相変わらず天然毒舌だな、レイサー。 あれは貰ったんだ」
「誰に? ……って聞くまでもないか」
「言っとくがピスじゃないぞ。 あれはグリッセルから貰ったんだ……というか、預かった、かな?」
「……どーゆー事?」
 疑問を口に出した彼女に、黒髪の彼はニヤリと笑ってこう言った。
「何ていうか……なぁ。 グリスからお前への愛の証お届け人って感じ?」



 * * *



「見つけた!」
 さっき居た場所よりだいぶ離れた砂浜で、真依さんを見つけた。
 私はココロに合図を送ると、物陰に身を潜める。たぶんこの距離だったらある程度の声も聞こえるだろう。
 そう思いながら、もう一度周囲を確かめようとした時だった。
 視界の端に“直輝”の姿を捉えた。

「真依っ……!!」
 息を切らした直輝が、真依さんの姿を見つけて叫んだ。
「――直輝……」
 かなり小さいが、かろうじて真依さんの声も聞こえた。
 その声が聞こえるや否や、直輝は砂浜へと降りる階段を使わずに飛び降りた。ザシュッ、と砂に靴がはまる音がする。そしてその音はすぐに早いテンポで駆けて行った。
「一体、何してんだよ! 何で……こんな分かり難いトコに居んだよ!!」
「……何よっ、直輝には関係ないでしょ。 私が何処に居ようと私の勝手じゃないの!」


 やばいな……大きな声でこの程度しか聞こえないとは……。
 私は思わず舌打ちをして、すぐに光を作った。……上手くいけば声は拡大されて聞こえるはずだ。
 手に生んだ光をそっと二人の方へと放った。

って……お前、何泣いてんだよ。 ん? お前手に何持っ――まさか、切ったのかっ?!」

 よし、成功したようだ。
 直輝の言葉が徐々に大きく聞こえてきた。

「こ……れは桜貝……?」」
 此処からじゃ上手く把握出来ないが、台詞が一緒の所を見ると恐らく直輝は真依さんの手を取って開いているところだろう。日の沈みこそ違えど、行動と台詞だけは一致していた。
「――あげる。 ナオキにあげる。 私の願いもうかなわないから……」
 真依さんの痛々しい声が聞こえてきて、胸の辺りが苦しくなる。
 ちらりと様子を伺うと、真依さんが直輝に桜貝を押し付けているところだった。俯いているのでわからないけれど……たぶん、泣いているのだろう。
「かなわない?昔あれほど桜貝を探したお前の願い、もうかなわないのかよ?」
 少しだけ怒ったような声で、直輝が返した。
 けれど真依さんは、涙をいっぱいに溜めながら笑って言った。
「……ごめんね。でもかなわないの。ナオキにあげる。 彼女と幸せになれるよ」

 二人の様子を見ていると、今までずっと黙っていたココロが腕を突付いてきた。
「――何だ?」
 振り返ると、何かを決心したように……口をきゅっと結んだ表情のココロが居た。
「……あ、あのさ。 元に戻してほしいんだけど……」
 ……? 何を言っているんだろう?もう、元に戻したはずなのに。
 私は遠くから聞こえてくる声を聞きながら、身近な声へと返す。
「元に戻すも何も。もう、戻ってるだろうが。何言ってるんだ」
「違うよ! おっきいのに戻してって言ってるの!この姿は……本当の“元”じゃないもん」
 ごにょごにょ、と口を濁しながらココロは俯いた。私は盛大にため息をつくと、その頭にぽんと手を置いた。
「馬鹿者。 それくらい自分で出来るだろうに。それとも、そのやり方さえ忘れたか?」
 そんな事じゃ炎妖精の名が廃るぞ?、なんて付け加えたりして。
「え、自分で戻れるようになったの? ――あ、ホントだ」
 そう言って、ココロは元の……私より少し高いくらいの背の大きさに戻った。私はそれを確認すると、また二人――真依さんと直輝のことだ――の様子を伺った。

「なっ、なにするのよっ、離してよ!!」

 真依さんの、叫びにも似た声が聞こえてきた。……くそっ、ここからじゃよく把握出来ない。
 私はそっと宙に浮かぶと、二人の居る砂浜を一望出来る位置にある家の屋根に座った。――あの二人以外に見える人は居ないだろうから、とりあえずは大丈夫だな。

「彼女?誰だよ、それ」
 上から見下ろすと、直輝が真依さんの腕を掴んでいるところだった。表情は伺えないが、声には怒りと……焦りが混じっているような気がする。
「誰って……彼女でしょ今日の女の人……。なんでそんなこと言うのよ」

「彼女でしょ? 彼女なんでしょ? だからこの桜貝にお願いすればいいじゃない。
 “彼女と幸せになれますように”って……、“上手くいきますように”って……!!」

「彼女……そう彼女よ。私、昔直輝に手伝ってもらって桜貝探したわ。
 その願い……直輝には言ったことなかったよね。
 ――私の願いは……私の願いは……直輝とずっと、ずっと……一緒にいること」

 次々と……、真依さんは直輝に突っかかっていくように、捲くし立てた。けど、その顔は涙でぐちゃぐちゃだ。見ててすごく、痛かった。
 ――ん? でも待てよ? 台詞と行動は本と一緒って事は、この次の台詞は……。

「………………なんでそうなるんだよ…………」
「……え?」

 あ、やっぱり。
 私は妙に恥かしくなって、屋根に突っ伏した。

「なんでそうなるんだよ。なんのために俺が今まで……っ!!」
 直輝は俯いたまま拳を握り締めると、決心したように顔をあげて……言い放った。
「俺は……俺は……俺は!! お前のことが好きだ!! ずっと……、好きだった。
 お前は知らなかったかもしれないけどな。……だからこの桜貝は受け取れない。受け取ったとしても真依が言ったようなことには使わない。 ――俺もお前と一緒にいたいんだ」
「え……? でも、彼女は……?」
「あいつは彼女なんかじゃない。俺の兄貴に会いに来たんだよ。同じ学校だし、行く場所は一緒だからって……俺は嫌だって言ったんだけど。もしお前が見たら……お前に誤解されたら嫌だから……」
 真っ赤になった頬を照れ隠しに掻きながら、直輝は続けた。
「だっ、だぁら!!これ返すって言ってんだよ!!!」
「う……うん」

 ――さっきまですごい焦ってたけど……これはまた別の意味で焦るかも。そんな事を考えながら、何故か赤面してしまった顔を隠すべく両手で頬を覆った。

 真依さんもついさっきまで泣いていた人とは思えないくらいの赤面ぶりだ。そしてやたらぎくしゃくしながら、直輝の方へと歩き出す――が、途中で止まった。
 立ち止まった場所から直輝を見つめて、訝しげに問いかける。
「直輝……さっきの言葉って本当? 私が泣いてたから……とかいうのじゃないんだよね?」
「あっ、当たり前だろ。誰がンな理由でこんなこと言うかよ。俺はお前が好きだ。ずっと一緒にいたい。
 …………ってお前こそどうなんだよ。」
 その問いに、一瞬哀しそうな顔をした直樹だったが、その意図を感じ取ったのかすぐに照れながらも、もう一度言葉を紡ぐ。そして反対にその質問を真依さんに投げかけた。
「え、私……? わ、私もさっき言った通りだよ!! ナオキとずっと居たい。
 …………ナオキのことが好き、大好き」





 パアアアァァッッッッ





 真依さんがそう言った瞬間、直輝の手の中にあった桜貝が眩い光を出した。
「なっんだこれ……!!?」
 直輝が自分の手の中のものを見ながら叫んだ。

 ――モモノカケラが出来たんだ。

「……良かった、ちゃんと成ったんだな。 でも、どうやって手にいれよ――んん?」
 少し離れていたし、屋根の上に居たのだけど……そこまで襲ってきた光に目を瞬かせながら、私は入手方法を考えた。
 けれど、その考えは実に単純な方法で解決された。
 元に戻ったココロが、二人の傍へと駆けて行って、こう言ったのだ。

「真依ちゃん、お願い! ソレ、頂戴!」





 ◇ ◆ ◇





 結局、ココロのあの一言で私の心配はいとも簡単に消え去り、モモノカケラは無事に手に入った。
「――……なぁ、こんなんアリなのかよ?」
 自分の苦労が無駄になったような気がして、やけに疲れた声しか出ない状態で呟いた。
 精神的にも肉体的にも疲れているのだ。
 カケラが手に入ったから、と休みもせずにすぐにこっちに帰ってきたせいかもしれない。
「アリでしょ。 ホラ、無事に手に入ったしね。……それに、僕のせいもあるから……ホントにごめんね、フレア」
 ベッドの上にちょこんと座るココロ――ちなみに今は掌サイズに戻っている――はしおらしく謝った。
 その様子を見て、私は鞄の中をごそごそとやりながら応えた。
「……過ぎたことだし、目的は達したからもういいよ。それに最後はお前のおかげだからな」
 鞄の中から本を取り出して、記述が変わっていることを確かめようと思ったのだ。
 ――でも、この事はココロに言っていないのでなるべくさり気なく確認を……?
「ま、確かに最後のは僕のお手柄だよね! ね、フレア!」

 ……。

「フレア?」
 返答がないのを変に思ったのか、ココロが首を傾げながらもう一度呼びかけてきた。
「――っあ、えっ……な、何?」
 心臓のドキドキと背中を伝う冷や汗を感じながら、平静を装って応える。
「んー、聞いてなかったの? ……ま、いいや。
 ところでさぁ、僕お腹すいてきちゃった。ご飯食べに行こうよ!!」
「あ、あぁ……そうだな。 下の食堂でいいだろう?」
「うんっ。 よしそれじゃ元に戻って……っと。 うん、オッケ!」
「先に行っててくれ、すぐに行くから」
 そう言って、元の人間サイズに戻ったココロを先に部屋から出した。

 一人になった部屋の中で、本を読み返してみる。
 静まり返った空間で、自分の呼吸の音だけが聞こえた。
「……一体、どうなってるんだ?」
 ページを捲りながら呟いた。
「何で……この章には私の事が書かれていないんだ……?」



 × × ×



 マイはしばらくその男の子と一緒に桜貝を探しました。
 けれども、幾ら探せど貝は見つかりません。最初は会話も弾んで、楽しく探していたけれど……今はもう真剣そのもの。しかしそんな時間は続きません。
「……あ、僕そろそろ行かなきゃ」
 男の子が不意に声を上げました。
「ごめん……もしかしたら後少しで見つかるかもしれないのに……」
 ごめんね、と何度も謝る男の子にマイは慌てて言います。
「あ、ごめんなさい……でも、これだけ探してもないんだもの、此処にはないのかもしれないよ」
「でも……、折角見つかりそうな気がするって言ってくれたのに……」
 本当にごめんね、と男の子は繰り返しました。
 そして立ち上がると、マイのすぐ傍に来て、こう言いました。
「ごめんね、見つけて上げられなくて」
「ううん、一緒に探してくれてありがとう。 もし、また会えたら……探そうね」
 最後まで謝り続ける男の子に、マイはにっこりと笑って返します。次が無いことを知っていながら、表面では“次”があるように、言葉を繋げました。
「――……うん。 絶対だからね?」
 男の子もそれをわかっているのか、少しだけ哀しそうな表情でそう応えました。

 ――そして男の子は、その場から立ち去りました。



 × × ×



「何でだ? 何故こんな事が――」
 起きるんだ?、絶対に答えの返ってこない疑問を口に出す。
 わけがわからない。
 何の為に。
 何故。

 何故……?

 気持ち悪いまでの恐怖感と蟠りが、胸につかえて苦しくなった。
 託したのはあたしだけじゃなかったんだ。……気持ち、受け取ったからね。
 でも――今度会ったら、ちゃんとその口から、聞かせてね?