第11話 「人格の交代」

 光がはじけた先には、沈黙と呆然とする人々の顔。
「あ、あんた……まさか……っ!」
 腕を掴んだ“誰か”が驚いた――そして、恐怖の混じった声で言ってくる。
「――魔法使い……いや、…………なのか……?」
 所々擦れた声、捕まれていた腕がふいに自由になり、引力に従って下に垂れた。


 パリン ッ


 聞こえたのは、何かが割れる音。
 割れたのは、“誰か”の首元にあった宝珠〈オーブ〉。
 その次に聞こえたのは、自分の中からの声。

『馬鹿、上手くやれっての』

 そしてその後見えたのは、懐かしい人達の顔。
 ――あぁ、でも。
 瞳に涙が溢れて視界が歪む。
 ――もう……会えないんだな……。
 心の奥で呟いた言葉。
 胸を締め付けて、そのまま意識を持っていった。



 * * *



「なっ、フレアッ?! だ、大丈夫なのっ??!」
 突然席を立ったかと思うと、先ほどの怪我人に詰め寄って……光を放った。
 ココロはその様子を呆然として見ていたが、その光が消え、誰かがよろめく様を見て――すぐに走り寄った。
「フレアッ!! フレアッッ!!」
 ざわざわと口々に出す疑問の声の中、頭を抑えて蹲っているフレア。割れた宝珠を首にかけた医者も、ずっと近くに居てその一部始終を見ていた男性と少年も、オロオロしながら「大丈夫か」と聞いている。
「す、すみませんっ。僕の連れなんです!」
 そう言ってフレアの横に膝をついて顔を覗き込んだ。
「フレア? 大丈夫……?」
 肩を揺すって問いかけるが応答はない。するとその後ろでまた、ざわめきが強くなった。

「な、な……そんな馬鹿なっ?!」
 ざわめきの中心には、さっき血まみれで入ってきた男の姿があった。でもその姿はもう血まみれなんかじゃなく、傷も、血も、服でさえも全てが綺麗に……恐らく元通りになっていた。
 男を治療した医者が恐れを潜ませた眼で、男を見た。
「き、君。怪我はどうなっているのかな……?」
「怪我?――あ、あぁ、もう何ともないみたいだ……?」
 語尾が少し上がり疑問を示す。
 誰もが思った。
 ――おかしい。
 さっきまで、血まみれで死にかけだったのに。
「そ……うか。 な、ならいいんだ。立てるかい?」
 医者はそっと手を差し出すと、男を立ち上がらせた。そして割れた宝珠と、その正常過ぎる体を交互に見て考えた。
(魔法だ、それもかなり高位の術師しか使えないような……)
 そして後ろで蹲っている少女――フレアを見る。
(まさか、でも……いや、しかし……)
 医者は再び考え込むと、決心したように顔を上げた。

「……な、え、あ、あの人……治ってる?!」
 その場に行きはしないものの、それ程広くはない店内。少し顔を上げているだけで全てが見え、聞こえてくる。ココロはその誰から見ても異様な光景に思わず呟いた。
 その呟きに乗せ、横からも声が出た。
「成功、だな」
「え?」
 声と共に体が動き、その人は立ち上がった。
「良かった、もう大丈夫なんだね、フレ……ア……?」
 凍りつくほどの笑みを湛えて。



 ◇ ◆ ◇



「ったく、いきなり魔力を消費しすぎだっての……」
 僕の目の前に居る人は、いつも目の前に、横に居る人なのに――何処か違うような、違う人のような気がした。
 髪の色もポニーテールも、紅いピアスも、僕のとよく似た服装も、全部一緒なのに……何かが違う。
「ん?何だお前」
 凍てつくようなその瞳、フレアの燃えるような紅じゃなかった。綺麗な、僕の好きな色じゃなかった。寒くて殺されるような威圧感、笑っても瞳は常に笑わない。
「……炎妖精の末裔、ね。 ――ピスの差し金だな」
 フレアは――“彼女”は、そう言うとニッと笑った。
「さて、尋問タイムだ」
 さっと動いたかと思うと、さっきのざわめきの中心に立ち、怪我をしていた男の人の腕を掴んだ。周りからは疑問と抑えの声が上がっている。
「き、君っ――さっきは何を……っ?」
 首元にかけられた宝珠の紐を握り締めながらお医者さんが訊く。
「さっき? あぁ……アレの事か……」
 彼女はふっ、とため息をつくとお医者さんの耳元で何かを呟いた。僕には聞こえなかったけど、その後のお医者さんの顔を見て、悪いことだったんだと思った。
「おぃ、回復師〈ヒーラー〉。 お前ちょっと来い」
 男の人の腕をぐいと引き上げて無理やり歩かせる。もう怪我は治っているようだけど、感覚が残っていたのかもしれない。その人は何だか苦しそうに呻いた。
「な、何するんだ! その人は怪我人だぞ!?」
「……うるせぇよ。 黙ってろ」
 そう言うと突然左手を止めようとした人の顔に押し付けた。
 周囲のざわめきが一層強くなる。
「ちょ、ちょっとフレア! やめてよ、何してるのさ!?」
 慌てて手を顔からどける。……良かった、別に顔が変になってるわけじゃなかったんだ。思わず安堵の息をついた。けど、手をどけた後の顔、よく見ると何かが変だった。
「……な、何したの?」
 ぎゅっと腕を掴んだまま訊いた。
「別に。 煩いから黙っててもらっただけさ」
 また、瞳は笑わない笑みを出す。背筋が凍りつきそうだ。
 すると止めようとした人が眼を開けた。
「……! ……っ、っっ!?」
 手が口元に伸びる。口は――貼りついたように、開かない。
「黙ってて……って、やめてよ! そんなのフレアらしくない!早く戻してあげて!」
 必死で腕を揺さぶる。すると彼女は眉間に皺を寄せてこう言い放った。

「らしくない? ――それじゃ“私らしい”って何か知ってんのか?」

「え……」
 同じ顔、同じ口から出てくる言葉が胸をつく。鋭い刃物じゃない、何か鈍い……棒のようなもので胸を裂かれたような感覚が走る。すごく、痛い。無性に哀しくなった。
「お前に何がわかる。 それともお前も……仲間になりたいのか」
 そう言って、口が“無くなった”男の人を指差した。
 背筋がぞっとする、とか冷や汗が流れる、とか色々あると思う。でもそんなんじゃ全然足らなかった、吐き気がして少しでも気を抜いたら倒れそうになる。僕は何とか気を奮い立たせて、目の前の人を見据えた。
「わ……からない事も多いけど、少なくとも僕の知ってるフレアはそんな事しないっ」
 口も、もしかしたら全てを消されるかもしれない、と考えていたから、次に彼女がとった行動は十二分に理解しがたいものだった。

 パチンッ

 指を鳴らす。ざわめきの中で、その小さな音は消えずに響き渡った。
「……、……っあ」
 その音と共に口が割れて、舌の色が見えた。声も……ちゃんと出た。
 思わず安堵のため息が漏れ、皆、口々に「良かった」と囁きあった。そして僕もまたそれに参加していたものだから、気づかなかった。
 2人が既に消えていたことに。

「本当に良かった! にしてもあの子……あの子?あれ、やだねぇあの子って誰の事かしら」
 女将のスクトさんの言葉を皮切りに、その場は別の意味で騒がしくなっていった。
「やだなぁ、おばちゃん。ホントにあの子って誰だよ」
「そうですよ。 ……あれ、でも僕なんでこんな所に座ってるんでしょう?」
 僕はその会話を聞いていて、消えていた寒気が一瞬で戻ってくるのを感じた。
 ――な……んで。 何で、覚えてないんだろう。
 ガタンッ
 少しよろけたせいでぶつかったテーブル、「大丈夫か」と聞いてくれる人に適当に返した後、僕はすぐにその場を後にした。向かう先は……2階の右端の部屋。
 僕らが泊まっている部屋。



 * * *



 キィ
 そっと扉を開けると、2人は椅子とベッドに腰掛けて何かを話していた。僕は開けた時と同じようにそっと閉めて、部屋の中へと入った。
「……誰の指図だ」
 ある程度近づくと、声を聞き取ることが出来た。
 僕が入ってきたのに気づいているのか、気づいていないのか。どちらなのかはわからなかったけど、……完全に無視された状態で話は進んでいった。
「だ、誰って! そ……んなの、言えるはずがな……っ」
 バキ
 サイドテーブルが誰も触れていないのに、無残に砕け散った。
「っっっ!」
 僕もかなり驚いたけど、その人――“回復師”はもっと驚いたようだった。そして何よりも、それをやったと思われる人の顔に驚愕したのかもしれない。
「――次はお前の番でもいいんだぞ?」
 そう言って笑う彼女は本当に怖かったから。

「わ、わかった。でも御方には手を出さないと約束してくれ! それと……妻と子供は関係ない」
 大の大人が自分より一回りも小さい子供にそう懇願するのはあんまりいい風景じゃない。ふざけてるんじゃない、それがよくわかったから――余計に変な感じがした。
「約束……ね。 じゃ、それを守ればお前は死んでもいいんだ?」
 さも楽しそうに笑って言う。回復師は顔を青ざませた。
「……命だけはっ、他は何でもしよう! さっきの約束と命だけは、……頼む」
 顔を俯けて、体を震わせてそう言ったその言葉を聞いて、彼女はどう思ったのだろう。僕は全く動かない彼女の表情を見ながらそんな事を思った。
「――検討しておこう」
 他の部分を動かさずに、口だけを開く。僕はその言葉を聞いて、少し安心した。
 そして、“回復師”は話し始めた。

 + + +

「私は……この国の王に仕えている近衛隊所属の回復師〈ヒーラー〉だ」
「なっ?! な、なんでそんな人があんな事に――?!」
 最初の一言で、思わず話しに割り込んでしまった。けれどそれをフレアが押しとどめる。「黙って聞いてろ」とでも言うように、首を振って。
「……この国の王は、“魔法”という物を大変恐れておられる。特に、“魔術師”という存在を」
 そこまで言って、チラリとこっちを見る。……と言うよりも、フレアを。
 僕も同じようにフレアを見ると、さっきよりも少しだけ眉間に皺がよっていた。
「だから私達は“魔術師”の事を調べるように言われた。そして、見つけたら殺せ、とも言われた……」
「それであの村を突き止めた……ってとこか」
 2人の言っている意味が全くわからなかった。この人は……“被害者”じゃなかったんだろうか?
 そう思ったのがわかったのかもしれない、フレアがこっちを向いた。
「よくわかっていないようだから簡単に説明してやるよ。
 こいつは――村を“襲った”人間だ。そしてあの傷は、返り討ちにあってやられたんだ」
 そうだろう?、と回復師の方を向いた。
 彼は、頷いた。
「……何、それ。村を襲うだなんて……何でそんなっ?!」
「それを今から言って貰うんだよ。だから、少し黙ってな」
 少し怒ったような口調に、僕は口を噤んだ。

「サーリス村の事……その魔術師の事を知ったのはごく最近で、王はすぐに“殺して来い”……と。
 私達も今までにも遺跡に住み着いていた者やその……一番知られている“伝説の魔女”の所へ行って酷い目に遭っていたから初めはなんとかやめて貰えないか、と王に言ったんだ。
 でも、結局は行かなきゃいけなくなった」
 両手を握り締めて話すその人を見てると、何だか複雑な気持ちになってくる。
 けれど、僕は何も言わない事にした。隣の――フレアの顔がとても険しかったから。別に何か言われるのが怖いわけじゃない。むしろその表情は悲しいくらいだった。
「村に着いたのは昨日の昼頃だった。私達はいつもように村人に話を聞いた。そして確かな情報を出せないヤツは……殺していった。 そんな風にして、村人が3分の1くらいになった時に、一人の男が進み出てきて言ったんだ。“魔術師ならあの家に居た”と。
 私達はその家に向かった。 中から出てきたのはまだ若い夫婦だった」
「――2人は何も言わなかった。……殺した、んだろう?」
 淡々と、フレアが後を続けた。
 その人は、少しの沈黙の後、頷いた。


 それらの話でわかった事は、この回復師――名前はヘイドルさんと言うらしい――は王、とやらの命令で村を襲ったということ。結果、その村はその人口をかなり減らされたということ。
 そして、その後今度は自分達が誰かに襲われた、ということだった。


「で、あの傷は誰にやられたんだ? ……常人がつけれる物じゃないだろう」
 ヘイドルさんの説明が粗方済んだ時に、フレアがそう訊いた。僕も内心その事を疑問に思っていたので、同じように視線を向けた。ヘイドルさんは、明らかに体を震わせた。
「わからない……だが私はアレがあの村の魔術師だったんじゃないかと……そう、思っている」
「外見は? 紅髪か?それとも金髪?まさか水色とか紫とか言うんじゃないよな?」
 今までずっと淡々と喋っていた“フレア”が初めて声に焦りを滲ませた。ヘイドルさんはその言葉を聞いて、首を横に振った。
「髪の色は黒色だった。……紅い瞳で、少年のようだった」
 その時の事を思い出したのか、彼は右腕を強く掴む。
「私は――その夫婦の家から出てきた所だった。もう日は落ちてて、辺りもだいぶ見えなくなってきていた。だからなのかもしれない、気が付いたら一人、二人、と居なくなっていた。
 一緒に居た同僚までもが居なくなったから、おかしいと思ったんだ。だから私は既に回った家や、情報をくれ、まだ生きている人間がいる家をまわった」
 大きく息を吸って、続けた。
「村には、もう人が居なくなっていた。あったのは、千切れた肉片だけだった」



 その言葉の後、隣で小さく呟いたのが聞こえた。
『あの馬鹿……』
 と。