泣かないで、わめかないで
 そんな事するくらいなら、殺して


第13話 「つまらない御伽噺」

 死ぬってなんだろう。 生きるってなんだろう。
 傷つくってなんだろう。 傷つけるってなんだろう。
 魔法ってなんだろう。 悪魔ってなんだろう。

 魔術師、って……誰、だろう?





「魔術師……ルカ?」
 僕は掠れた声でそう呟いた。
 フレアはにっこり微笑うと、口を開いた。
「全部、話してやる」
 後ろには“生き返った”人が二人。 フレアを見て驚いたようにして……すぐに微笑んだ。
「お久しぶりですね、ルカ」
 女の人がそう言った。
「……あぁ」
 少し辛そうな顔でフレアが応える。
 男の人は同じように辛そうな顔をして、
「貴女とは――“ルカ”じゃなくて、“フレア”で会いたかったですよ」
 俯いた。
 僕は何も出来ずに、ただ、見ているだけだった。
 状況が理解出来なかった。

 魔術師ルカ? 全て……話す?
 意味が全くわからなかった。
 一体、彼女はこれから何を“全て”話してくれると言うんだろうか。

「ココロ」
 ふいに呼ばれて、慌てて考えを吹き飛ばす。
「えっ、あ、何?」
 気がつくとすぐそこに、二人とフレアが立っていた。
「……こっちの二人は“フレア”の育て親のリューイとステアだ」
 軽く会釈をされる。僕も咄嗟に頭を下げた。
「それで、こいつはココロ。“フレア”の旅仲間だ」
 ――“フレア”の、か。
 それじゃ君は一体誰だっていうんだろう? そんな事を思って苦笑した。
 答えはもう知っている。
「そして私はルカ。魔術師ルカ、と呼ばれている」
 ……ほら、ね。



 * * *



 リューイさんとステアさんのように“戻った”椅子とテーブル。
 まだ外からは嫌な匂いがやってきていて、その中で綺麗なソレは酷く場違いに見えた。
 僕らはそれに座った。

「まずリューイとステアに言う」
 僕の隣に腰掛けた人は、無表情に話し始める。
「伝えられている事は全部本当だ。私の事も、ピスの事も。 ただJの事だけは私にもわからない……大体の予想はつくんだがな」
「そう、ですか……」
 ステアさんが悲しそうに顔を歪めた。フレアはまだ続ける。
「とりあえず私はココロに全てを話しておこうと思う」
「なっ!!? しかしそれでは貴女が!!」
「わかってるっ」
 叫んで立ち上がったリューイさんを手で制して彼女は言った。
「でもそんなのフェアじゃない……私の我侭に付き合わせるんだ、ココロには聞く権利がある。それに――」
 フレアは僕の方を向いて、
「それに、ココロの中にピスが居るんだ。 全部話さないとアイツきっと約束破ったって怒るに決まってる……」
 そう、言った。
「でも今から話す事は“フレア”に知られたくない。
 だから私が出てきた事も、この村の事も全部無かった事にしなきゃいけないんだ」
 また視線を前に戻すと、軽く頭を下げる。
「すまない――嫌な思いをさせるが、村を元に戻してくれるか?」
 リューイさんとステアさんは顔を見合わせた。
「頭なんて下げないでください。僕達は貴女の役に立てて嬉しいですから」
「そうですよ、ルカ。わたし達に出来ることであれば……喜んで」
 フレアは手で顔を覆った。
「本当に……すまない」

 リューイさんとステアさんはその後すぐに家から出て行った。
 よくわかっていないけれど、たぶん村を“元に戻しに”行ったんだと思う。
 そして僕らは二人残された。



「ココロ」
 呼ばれて、ドアの方に向けていた視線を戻す。
 隣に座るフレアは小さく微笑んで、僕の手をとった。

「つまらない御伽噺なんだ」

「……え?」
 突然の言葉にそう返すことしか出来なかった。
 けれどそんな僕の動揺など関係ないように、もう一度口を開く。
「ただの――一人の女の子の我侭に振り回される、つまらない「御伽噺」なんだ」





 × フレアの話 ×



「昔、遠い昔。ある村に小さな女の子が生まれてね」
 僕の手を握ったまま、フレアは話し始めた。
「彼女は何の変哲もない貧しい家の、でも、とても優しい両親の元に生まれた。特に変わった所もなく、特別頭がいいわけでもなかった。強いて言えば魔法が使えた事だったけれど、それも大して珍しい事じゃなかった。
 小さい頃はよく村の子供と遊んだし、イタズラもした。先生を困らせる事なんてしょっちゅうだったし、そう――宿題なんかやったこともないような悪ガキだった」

 僕の頭の中に、女の子が居た。
 先生にイタズラをして……怒られてる、小さな可愛い女の子。

「女の子は、普通に成長して、普通に恋をして、普通の生活を送って、普通の人生を終えるはずだった。……でもそれは許されなくて。
 14歳になった頃、彼女は変わってしまった。
 ――いや、実際には彼女は変わっていなかった。外見も、性格も、前と一緒だった。けれど周りの反応が全て違ってしまったんだ。理由はわからないけど、周りの人にとって“女の子”は『恐ろしい者』になってしまった。 そしてそれを証明するように、数ヵ月後、彼女は成長しなくなってしまった」

 一人対複数。一人の方に女の子が居て、複数の方から石を投げられてた。

「ただ背が伸びないわけじゃない。ただ体重が増えないわけじゃない。……そんな物じゃなかった。
 髪は伸びなくなり、爪だってずっとそのままだった。何も“変わらない”身体になってしまった。

 異物は外に押し出される。今まで遊んだ友達もすぐに敵に回ってしまって、女の子には両親しか味方が居なかった。その両親でさえも、女の子が居るが故に村の人から色々された。――その村は与えられる農地を村長が決めていたから、わざと悪条件の土地にされたりもした。
 両親は女の子の為に一生懸命頑張った。どうにかして村の人に認めてもらおうと思った。けど……そうすればそうするほど、状況は悪化した」

 次に見えたのは刃物を手首に当てている彼女だった。
 見覚えのあるシルエット――茶色い髪をポニーテールにしている。

 そうかこれは、“彼女”だ。

「ある時、女の子の事がどうしようもなく怖くなって、青年が包丁を持って女の子に向かった。刃物は胸に刺さって、血が溢れ出した。死んだ、皆そう思った。
 でも女の子は立っていて――少し顔を歪めて刃物を引き抜いた。
 傷は、すぐに消えてなくなってしまった」

 刃物を動かして血が溢れ出す。
 何度も何度も切りつけるけど、彼女は少し眉を顰めただけだった。

 僕は思わずフレアの手を握り返した。
 気分が……悪かった。 ヘイドルさんの話を聞いていた時と感覚が似ている。

「女の子は死ななかった。いや、死ねなかった。全ての成長が止まってしまった時に、“何かが変わる”事を許されなくなってしまっていたんだ」

 心臓が痛いくらいに鳴ってる。奥歯がガチガチ鳴って、気温が低いわけでもないのに酷く寒かった。

「その事件は――女の子が死ななかった事件は、村人にとっては決定的だった。成長が止まったときから言われ続けていた事が本当なんだ、と信じざるを得なかった。
 『あの子は悪魔なんだ』……噂が現実になった瞬間だった。

 その後の村人の行動はとても早かった。3日後、急遽催されたパーティ……“女の子を認めた”そんな有もしない言葉に騙された両親は嬉しくて嬉しくて。他の事に気が回らなくて。手渡された飲み物に薬が入ってるなんて微塵も考えなくて。

 その夜、女の子の家は全焼した。

 睡眠薬を盛られた両親は深い眠りについたまま、声も上げずに火の中に消えた。
 村人は燃え盛る炎を見ながら勝利の祝杯を上げた。『俺達は悪魔を滅ぼした!』のだと。それでも一部の人はその炎の中、既に絶命している筈の女の子の両親を想った。『彼らには何の罪も無かったのに』と」

 フレアが僕の手を通じてイメージを流し込んできている事はわかっていた。
 そして次に起こる事もたやすく想像がついてしまう。
 怖くて怖くて、見たくなくて、でも知りたくて。

「異変に気づいたのはそんな風に両親に弔いをしていた人達だった。
 玄関の一部が崩れ落ちたかと思うと、そこから人が出てきた。その両手には真っ黒になってもう判別もつかない人の遺体。抱えた手は灰がついて黒くなっていた。
 けど、それだけ。
 出てきた人――女の子は傷一つなく、それどころか服も燃えた形跡がなかった。少し考えれば当たり前の事だったんだ。刺されても死なないヤツが火なんかで死ぬ筈が無いんだ、と」

 ドクン、と大きな音で心臓が鳴る。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

「両親の亡骸を火から離れた所に置くと、女の子は家に向かって手を向けた。 それ以外に何かをしたわけでもないのに火は小さくなっていって、最後には綺麗に消えた。残ったのは家の残骸だけ。
 村人は半狂乱になって逃げ出した。『悪魔に手を出したのがいけなかったんだ』そんな事を言って逃げ惑っていた。女の子は何も言わないで、ただ、村人達に手を向けていった。向けられた人は皆すぐには死なないような、でも絶対助からないような傷をつけられた。一人残らず、皆殺しだった。

 女の子はその後すぐに村を後にした。……誰も居ない所を“村”と呼べるのであれば、ね」

 見終わったイメージがいつまでも頭から離れない。
 手を離せば消えるのだろうけど、何故かわからないけど離せなかった。

 目の前の彼女は今どんな気持ちで話しているのだろうか。
 だってもう僕にはわかってしまっている。
 この御伽噺の主人公は――

「これが御伽噺の始まりのはじまり。
 そして女の子の名前は」

「「フレア」」

 二つの声が同じ言葉を紡ぐ。
 片方がその後すぐに言った。

「ビンゴ」