何が原因だったかなんて、もうわからないし、知りたくも無い。
 ただわかっていたのは自分が“変わって”しまった事。
 それだけ、だった。

第14話 「彼女の過去」

「な、何で……そんな風に話せるのさ?」
 僕はドクドクと鳴る心臓の鼓動をBGMに、声を振り絞ってそう聞いた。
 目の前の“女の子”は少し自嘲気味に口元を緩める。
「……大昔の、事だしな。あの時の事を忘れることは無いけど、強く甦る事も……無くなったから」
「だからって!!そんな……笑って話せたりするような事じゃないっ!!」

 ぽたっ

 いつの間にか瞳に溜まっていた雫が服に落ちた。
 でもそんな事構っていられないし……何より、それを拭うことの出来る両手は彼女の手をしっかり握っていたから。――それを離すつもりなんて、無かったから。
「ココロは……バカだな」
「なっ!?」
 何の脈絡も無くそんな事を言われて、一瞬涙が奥に引っ込んだ。
「バカで……優しい」
「……」
 止まるかと思った涙は、また溢れてきた。
 雫は、服に染みを作っていった。
 何だか、とても馬鹿な事を言ってしまった、そんな気がした。

「続き、いいかな?」
 しばらくの間、こみ上げる涙が止まらなくて話は中断していた。
 僕は何とかそれを止めて、小さく頷いた。
「“女の子”は――私は、その後、村を出た」
 そう、この御伽噺はまだ始まったばかりだったのだ。




× × ×



「村を出た後は、兎に角その場所から遠く離れることが先決だった」

 フレアは今度は“女の子”ではなく、“自分の事”として話を始めた。
 僕はそんな彼女の顔を見ることが出来ずに、俯いたままで話を聞いていた。
 ……手は未だに繋がったままだった。

「あの村は森の中にあって、他の村や街との交流はあんまり無いような所だったけど……それでも村人全員が死んだって事がわかったら大騒ぎになるのは目に見えていたからな。
 だから何としてでもあの場所から離れなければいけなかった。勿論……村から遠くに離れたい、という気持ちもあった。そして私は家にあった金を使って、遠く遠く離れた……サリーという村に行き着いた」

 頭の中に流れ込んでくるイメージ。――彼女は話さないつもりらしいけど、途中の旅がとても大変だったんだという事がよくわかってしまった。この“御伽噺”がいつの頃なのかはわからないけど、いつでも子供の一人旅は辛いだろうし……この時のフレアは。

「……そう、精神的にとても不安定だった」
「え?」

 考えていた事にぴったり合う言葉を言われて、思わず声が漏れた。

「確かに話さないつもりだったけど……話して欲しいか?」

 な、何なんだろう……まるで僕の心が読めるみたいな言葉じゃないか――

「その通りさ」
「えっ……」

 反射的に顔を上げた。
 見上げた表情は、“無”くて、口だけが“笑”っていた。

「あの時、14歳のあの時に出てきた力は全部まとめて出てきたわけじゃない。じわじわと、気づかない内に身体に入ってきて、ゆっくりと……人間ではなくなっていった。
 “死なない”それだけでも十分人間の枠から離されたのに、村を出て逃げるようにしていたある日、人の声が聞こえてきたんだ。最初は誰かがしゃべったんだと思ったけど、しばらくしてソレが人の心の声だという事を理解した。……普通の声だけだったら良かったんだ。今日の買い物は何だとか、友達と何して遊ぼうとか、仕事の話とか」

「――違った、んだね?」

「あぁ。人間ていうのはね、醜い部分の方が多いんだよ、きっと。そして、そういう部分の方が他のより強い。だから普通の声よりよく聞こえたし、それは私の精神を深く抉るには十分の物だった」

 意識的に彼女の手を強く握り返した。
 こうやっても、“今”彼女が何を考えているかがわかるわけではないんだけれど、そうしなければいけない気がした。

「さっき」
「え?」
「村から遠く離れたサリーという村に行き着いた、と言ったけれどそれは本当は違うんだ。確かに遠く離れた場所だったからそこに行くまでに家の金を使ったし、村から離れたいという気持ちもあった。けどそこを選んだのには理由があってさ。

 ……その村は、今はもう人間ばかりになってしまっているけど昔は「エルフの里」と呼ばれた所だったんだ。そこにはエルフ達しか住んでいなくて、彼らをまとめている長は“エルフの賢者”と言われていてね。彼はとても力のある魔法使いとして有名で、本にも書かれている程だった。
 私は彼の事を書いてある本を昔読んだことがあってね。彼なら、この意味不明な……突然現れた“力”をどうにかしてくれるだろうかって――子供の考えで、その村に行ったんだ。」

 フレアは――ううん、“ルカ”は嘲るように笑う。

「本当に子供の考えだったから。他力本願だってわかっていながら彼に縋ろうとしていたんだ。
 村に着いてからは早かった。エルフというのは人間よりも魔力の強い者が多いから、そういう人達は私の事を理解してくれた。そして着いたその日の内に“エルフの賢者”と会うことが出来た」

 ごくり、と唾を飲み込んだ。
 どうなった……んだろう?

「彼の言葉は実に解りやすいものだったよ。
 たった一言――『わたしには無理だ』――と」

 少し懐かしむように、ルカは視線を上にあげた。

「言われた直後はやはり落胆が大きくてね。
 精神的に脆くなっていたのも原因だったんだろう。辺り構わず怒鳴り散らした。
 あなたは大魔法使いなのだろう?!私の事もどうにかしてくれたっていいじゃないか!何で無理なんだ?!何で、何で私がこんな目に合わなくてはいけないんだ?!――と、ね。
 今になって思うと本当に子供だった。けれどそんな私を見て、彼は『すまない』と言ってくれた。
 そして『君の力は既にわたしよりも強いから、わたしに出来る事は何もない』、と。
 『しかしそれを抑える方法を一緒に考えることは出来る』、と。
 そう、言ってくれた」

「賢者は――名前をルーラ=バギアンといってね。それから私を一緒に住ませてくれて、本当に言葉通り、一緒になって色々考えてくれた。
 他人の“声”を聞く力。これは意外と簡単だった。自分で“聞かせるな”、“聞きたくない”と強く思うと自然と聞こえなくなっていった。そして反対に“聞きたい”、そう思うと聞けるようになった。
 でもそんな風に“思う”事によって解消された事はそれくらいだったかな。他の事は魔力が暴走して、いつも思った以上の、思わなかった事まで、引き起こしていた。
 だから力の根本、魔力をコントロールする術を探していたんだけど、なかなか上手くいかなくてね……。結局その問題は今でも完全には解決していないんだ。
 でも少しだけ抑える、コントロール出来るようにする、という事でピアスを着けるようになった」

 両耳に光る紅いピアス。血のような、紅。

「今では結構多いから知ってるだろうけど、所謂“制御ピアス”だ。魔力のある人間の血を元に構成された固体。中身は血以外、何で出来てるか知らないけどね。当初はルーラの血で作ってもらっていた。今してるのは――これから話す中に出てくる、ファルギブというヤツに作ってもらったんだ。
 この制御ピアスはどういう理由か知らないけど、自分の血じゃ意味がないらしくて。増幅ピアスは反対に自分の血じゃないと上手くいかないって話なんだけどね」

 そう言って握られていない方の手を耳に添えた。
 ファルギブ……どういう人なのかはこれから話してくれるのだろう。
 僕は残っている片方の手を強く握って、
「そっか」
 と呟いた。



 * * *



 一旦休憩しよう、とルカは僕の手を離してキッチンへと消えていった。
 僕もその後を追ってキッチンへと入る。
 ケトルでお湯を沸かしている彼女の後ろを通り抜け、その向こうにある食器棚からカップを2つ取り出した。彼女はそれを受け取ると同時に、口を開いた。
「続き、早く知りたいか?」
 僕は思わず動きを止める。そして小さく
「うん」
 と言った。
 ルカは今度は僕の手を握らず、「そうか」と言って、まだ鳴り出さないケトルを見ながら話し始めた。



「ピアスを着けて、ある程度力を抑える事が出来るようになったある日。私は何か予感のような物を感じ取った。そして絡みつくような、息苦しいような感覚が襲ってきて――唐突に理解した」
「……何を?」
 彼女の横に立って覗き込むように尋ねる。

「自分と“同じモノが生まれた”という事を」

 僕を見上げるように、そう返された。

「何故それがわかったのか、理解出来たのか。それは“わからない”けれど、兎に角世界の何処かで自分と“同じ”になったヤツがいるという事だけはわかった。
 それが誰なのか、どういう状況なのか、人間だったのか。私は酷く気になってその“同じ”モノを探すことにした。 ルーラもそれに賛同してくれて、見つけたらまた帰ってきなさいと言ってくれた。

 その頃には既に空間を渡る術が見つかっていて、私はそれを使って“同じ”モノを探した。何かに引っ張られているような感覚があったから、それを辿っていたらすぐにヤツは見つかった。
 ――ファルギブ=ライアン。私がヤツを見つけた時、ヤツはとても困った状態になっていた。……あれは今思い出しても笑えるよ」

 そう言ってルカは本当に面白そうに笑った。

「ファルギブ……ファルは私と違って変化が外見にも現れていてね。
 丁度一人旅をしてたらしいんだけど、ある日宿の一室で目が覚めると何故か年齢が10歳近くも上がっていたんだ。しかもその上知らない女性に「将来を誓い合ったあたしを置いていくなんて!」とか言われたり。
 そのままにしといたら面白そうだったんだけどやっぱ可哀相だからさ、“原因を知っている”と言って呼び出したんだ。そしてありのままの事を話して、自分と“同じ”なんだという事も言った。――衝撃を受けたりするかと思ったんだけど、「流石は俺様!」とか言ってた気がする」

 ケトルから蒸気が吐き出されて、鳴き声を上げる。
 ルカは素早く火を切ると、ココアの粉を取り出してカップに入れた。
 ティースプーンで3杯、その上から熱湯を注ぐ。
「……あ、ココアで良かったか?」
「うん」
 それぞれのカップを持って、元の場所に戻った。



「結局外見云々は魔力の暴走だった。私のように他人の声が聞こえたりする力が出なかったから、その分が外見変化に及んでしまったのだろうと考えている。
 兎に角すぐにファルにも制御ピアスを着けて、外見は元に戻った。
 そして女性は――ぷっ」

 もう堪らない!と言った感じでルカは噴出した。
 僕は不思議そうに首を傾げる。するとそれに気づいたのか、ニヤッと笑ってこう言った。

「結婚詐欺師だったんだよ、しかも本業占い師の。
 何でも水晶占いで理想の男性――まぁ、この場合“カモ”だな――が現れると知って宿屋を張ってたらしい。きっと私が居なかったらファルのヤツ、そいつに騙されてただろうなぁ」

 くっくっく、と思い出し笑いをするルカ。
 けれど僕の視線に気がついてコホン、と咳払いをした。

「――まぁ、そういうワケで“同じ”ヤツを見つけたんだ。ルーラの所に戻って調べてみたら私と同じように、死なない身体と膨大な魔力が確認出来た。私がそれに酷くショックを受けたのにファルはやっぱり「流石は俺様!死なない体って素敵v」とか何とか……信じられない図太さのヤツだよ、まったく」

 ココアを一口。 僕も一口飲んで、少し思う。
 確かに図太い人だ……会ってみたい気がするかも、と。

「それからしばらくはルーラとファルと3人で暮らしててね。でも里の皆も友好的で楽しく過ごしてたある日……また“同じ”が現れた。
 長くなるから詳しくは話さないけど、最終的に“同じ”は4つ現れた。その度に私とファルはそこへ行って、“それ”を連れて帰ってきていた。
 アルスラ、リーテス、ミライザ、ティカ――全員が死なない……死ねない身体と膨大な魔力を持っていて。そして全員共通して“同じ”になった理由がわからなかった。
 ……いや、でもそれは余り関係ないかな。私のように“それ”になった時に周りから迫害されたヤツも居たけど、里では皆受け入れてくれていたから。

 でも」

 低い声で呟くように出された声。

「何処からか噂を聞きつけたその国の王からの呼び出しで、全て終わってしまった」

 さっきファルギブさんの話をしていた時とは全く違う雰囲気。
 冷たい、凍るような空気。

「死なない身体に膨大な魔力。何に使えるか、何に使えば1番いいか――答えは簡単、“殺し合い”だ。
 否、こっちは死なないから殺戮、と言った方がいいかもしれないな。

 王は何を思ったか私達にこれから戦争を始めるつもりだから戦力になれと要求した。
 勿論断ったよ。
 でもそしたら次はこう、だ。

 “ 化 け 物 の く せ に 生 意 気 な ”

 そう言って指示を出すと私を含めた6人全員を“殺した”。
 ……勿論本当に死んだワケじゃない。でも確実に普通の人間なら、死んでた。
 王は私達が本当に死なないことがわかるや否や、密かに張らせていた部隊にサリーを襲撃させた。幸いルーラが全て返り討ちにして、村は無事だったんだけどね。それでもそれが自分達のせいだ、とわかってしまったから……もう帰れなかった。
 その上、王は私達の事を“死なない、人の形をした化け物”とほぼ全世界に伝えたんだ。おかげで私達は狙われる存在になってしまって、ますます居られる場所が少なくなった」

 淡々と語られる物語。
 でもそれは目の前の彼女には現実だったのだ。

 化け物……か、と心の中で呟く。

 協力しないから殺す。
 そんな事が出来る人間こそ、化け物だったのではないだろうか。