ふぅ……、と彼女は息を吐いた。
 懐かしむように、悲しむように。

第15話 「一人、二人、三人」

「それから私達は村へ帰る事もせず――いや、出来ず、各地を転々としていた。
 本当ならどこかへ留まって、じっくりとこれからの事やルーラ達の事を考えたかった。
  けれど“ヤツ等”がそうはさせてくれなかったんだ」

 ほぼ閉じられている瞳はどんな色に光っているのか。 その表情さえも俯き気味でわからない。
 ……でも、それはきっと、見なくてもわかるような気もしていた。

「ヤツ等?」
 思わず聞き返した単語。
 ルカは顔を上げて、笑った。
「さっき話した王国や――その情報に踊らされた連中だよ。
 まぁ、わからなくもないか。
 人の姿をしているのに年も取らない、傷もつけれない、そして死なない。……化け物でしかない。
 その事に怯えて、私達を抹殺しようとした者共の事さ」

 この時僕は何か言うべきだっただろうか。“わからなくもない”そんな諦めの言葉に対して。
 あぁ、でも実際に……これが“フレア”じゃなくて、見知らぬ人だったら、そう思ったかもしれない。

「兎に角そういうヤツ等が居て。そいつらはやっかいな事に、私達の行く先行く先突き止めて追いかけてきたんだ。私達を殺すために――周りの犠牲なんて考えずに。
 例えばこうだ。 誰かが“あの街に魔術師が居た”そう言ったのを聞いたら、その街に軍隊を攻め込ませ、人々を殺し、原形を留めぬほどに破壊し、焼き払い……そこを消していった。
 だから私達はそういう被害を生まない為に、一定の場所に留まれなかったんだ」

 カチャ
 強く握ったせいでマグカップの中のスプーンが動いて音を立てた。
 僕はもう冷めつつあるココアを飲む気もしなくて、ただ、話を聞いていた。
 ……本当に、“化け物”はどちらなのか。

「いや、正直な話それだけじゃない。
 長い間一定の場所に留まると他の人間に気味悪がられる――だって、“何も変わらない”んだからな。
 酷い暴言を浴びせられるのも、気持ち悪く思われるのも、そこから早く別の場所へ移れば起こらない事だったから……そんな理由も、当然あった」

 当たり前の事だ。未然に防げることならば、誰だって回避したいと思うだろう。

「でも時々はやっぱり“普通”の生活に憧れた。だからちょっとした魔法を使って人助けをしてみたり、街へと入って市場で店の人との交渉を楽しんだり。……バレたら最後、私達だけでなく彼等の命に関わる事だとわかっていたから、あくまでさりげなく……な」
 くす、と思い出にふけっているのか、小さく笑う声が聞こえる。

 僕はふと思い出した。
 ルカはこの話を始める時、“全てを話す”、そう言った。その中にそれは含まれているのだろうか。
「ねぇ、ルカ。一つ……訊いてもいいかな」
「なんだ?」
 向けられる視線を受け止めて、
「“ニジノカケラ”は、どう関係してるの?」
 そう、訊いた。
 ルカは「そうだな」と呟くように言って。
「じゃあ、その話に入ろうか――全て話すには長く、なるけど」



 × × ×



「さっき言ったけど、私達は時々市場に行ったりして物をひやかしたりしてた。そんな中に、それはあった。
 少しくすんだ紅色の宝石。適当に放置されていて値段も安く、扱いの酷いそれに私は惹かれた。
 私はすぐに露店商に言ってそれを購入し、泊まっていた宿へと戻った。一緒に回っていたファルも連れて。
 そして部屋に入った瞬間、信じられないことに――宝石から声がした。

『貴女が新しい主人でしょうか』

 これにはかなり驚いたね。その当時はまだ妖精や精霊の類はよくわかっていない存在だったから、宝石から声が聞こえる、なんて事思いもよらなかったんだけど。
『……あ、あぁ』
 とりあえずそう答えたら、今度はこう言ってきた。

『では名前を』
『え?』
『名前をつけてください。――私に』

 思わず隣に居たファルと顔を見合わせた。でもその間にも宝石は同じように『名前を』と繰り返す。そんな、名前なんて咄嗟に思いつくものじゃない。どうしようかと困っていたらファルがやったら笑顔で、

『俺さ、ご主人じゃあないけど、名前つけたいな~。いい?』
 と、言ってきた。私がそれに答える前に宝石から声がした。『構いません』と。
『じゃっ、こーゆーのはインスピレーションが大事っつーからね!……んむむむ、むむ。
 よーっし――お前の名前は“グリッセル”だ!』
 そう言ったと同時に宝石は目も開けていられないくらいに眩く光って、その光が収まって目を開けたら。

『では、よろしくお願いします』
 紅い長髪に紅い瞳の男性が立っていた。そして続けざまに言うんだ。
『私はその宝石に宿る精霊です。名前をくださった方へ付いていく決まりとなっております』」


 え?
 ……僕は目を見開く。だって、それって。


「そう……お前も会ったな。“紅”の事だ。――本当の名前はグリッセルと言うんだ。
 最初に会ったときは新手の詐欺かと思ったよ。まぁ、こっちは損をしないんだけどさ。

『はぁ?!何言っているんだお前は』
 思わずそう言っていた。
『うっはぁ、ストーカーじゃね?!これ、ストーカーだぜルカ!!』
 ……隣のファルの戯言は置いておきたかったけど、あまり無視出来ない状況でもあった。だって、いきなり精霊だの何だの言って、付いていく……だ。怪しい事この上なかった。
 すると今度はこうだ。

『決まりですのでご承知頂かなければ。 それが嫌だというのであれば、何か一つ“願い”を。 それを叶えたら私はまた次の主人を探します』

 願い?そんなの、当時の私には一つしかなかった。
 ただ、――元に戻りたかった、そう、出来ることならこんな体になる前に。
 でもそう告げるとグリッセルは申し訳なさそうに頭を下げて『それは私には叶えられません』と言った。期待はしてなかったけど実際にそうだとやっぱりショックは受けるものでさ。それを隠すためにも適当な願いを言って、コイツを追い払ってしまおう、そう考えた。のに。
『最初の願いしか受け付けられません』
 と、きた。しかも叶えられなかった場合は問答無用に付いていく、と。これじゃ押し売りだよな」

 ルカは笑い、

「これが“一人目”」

 と言った。



 * * *



「グリッセルが付いてくるようになった辺りから私達は分かれて行動するようになっていた。その方が隠れやすいし、逃げやすい。 私はファルともう一人、アルスラと一緒に行動していた。
 アルスラは元々魔女で、こうなる前も魔法も私達のような存在を除いたら1・2を争う実力者だった。当然あらゆる魔法に精通していたし、全く系統の違う回復系の術もたくさん使えた。
 ……もしかしたら、それが原因だったのかもしれないけど」

「私達を狙ってヤツ等がくる。それによって街に被害が及ぶ。人が死ぬ。 それは耐え難い苦痛だった。
 だから罪滅ぼしになるはずが無いとわかっていたけれど――少しでも助けられたら、と手の届く範囲だけしか無理だったけど、私達は街を直し、傷つけられた人々を治していた。
 そしてそれが大きな過ちだったと気づいたのは少し経ってから。
 いつものように街に入り込んで情報収集をしていると、ある街で“死なない人間”が出たという噂を聞いた。
 つまりそれは私達と同じ……そういう意味だったのだけど、一切それは感知出来ていなかった。

 不思議に思った私達はその街へと行ってみた。
 するとそこは少し前に襲撃され、直した場所で。オマケに“死なない人間”は私たちが治した人だった。でも治した数と死なない人間の数は圧倒的に違っていて、調べてみると推測だったけど、原因がわかった。
 “死なない人間”になったのは、“瀕死だった人間”。治す為に大量に私達の魔力が注がれた人間だった。
 その街で“そう”なったのは2人で、彼等は夫婦だった。……今、外に出ている――リューイ達だ。

 彼等に再会した時、当然責められると思っていた。私達のせいで怪我をして、瀕死になって、治されて、あげくに“死なない人間”にされてしまったんだ。……責めて、当然だったんだ。
 けど彼等はそうしなかった。それどころか感謝までされてしまったんだ。

『お互いとずっと一緒に居られる事が嬉しいんです』

 と、ね。
 結局街中から気味悪がられてしまっていた2人も一緒に連れて、また各地を転々とする事になった。
 その間、しばらくは突き止められる前に場所を変えていたのでどこも襲撃されずにすんでいた。……けれど私はずっと自責の念に囚われていた。 いくら2人が許してくれても、許されることじゃないと思ったから。
 眠れない日々が続く。眠れたとしても悪夢しか見ない。……リューイ達に責められ、怨まれる、夢。

 そしてそれに吸い寄せられてきたモノが居た。

 ヒトの見る夢をエサとする夢魔<リドム>。これも妖精の一種で、そのヒトの夢を食べる事によって体全体をも乗っ取るという恐ろしい生き物だ。――普通の人間から見れば。
 寄ってきたソイツは当然私の夢を食べ始め、でもいくら食べても体を乗っ取れない事に気づいたらしい。
 ある日の夜、夢に出てきて、言った。

『何なのよ、その体はぁー』
『何……って、別に、普通……だろ』
『普通なワケないじゃん!あたしがこんだけ夢食べてんのに全然、指一つ動かせないなんて、ちょっとおかしいんじゃないの? まぁ?かなりリソー的なペースで悪夢見てくれるからいーけどっ』
 後から聞いた話だけど、どうやらコイツは偏食で“悪夢”が好物だったらしい。

『……普通じゃない、か。やっぱそうだよな。 なぁ、お前さ……もし、いきなり死なない体にされたらどうする?』
 こんなのに、それに夢の中で言っても仕方ないとはわかりつつ、つい訊いてしまった。
 私なら――絶対に、した人間を許せない。 けれどソイツはあっけらかんと、

『何ソレ。 万々歳じゃない! 死なない体なんて素敵だわ!!』

 こう言った。 重大な質問だったのに、思ったよりもあまりに軽い回答だ。
『意味わかってるのか、死なないし、死ねないんだぞ。何か、死ぬほど辛い事があったとしてもだ!!』
 夢に見るんだ。 私が思う――2人の声、2人の気持ち。

『あー、わ~かった。よく見てる悪夢の話でしょー? でもさァ、それってホントに言われたワケじゃないんでしょ? だったら気にすることないじゃん。 アレ、もしかして言われたの?』
『いや……、むしろ。   …… 感謝、された』

『じゃあいいじゃない。 自分が思ってる事が全員思ってる事だなんて有り得ないんだから。
 言われた言葉、ちゃんと受け止めて、次に生かせばそれで大丈夫!』

 ぐっ、と握りこぶしを作って自信満々に放たれた言葉に私は救われた。

『……そう、だな。 2人は良いと言ってくれたんだから、悩むのはやめるよ……。
 “次”が起きないように、出来る事をするまでだ』
『うん!その心意気っ……ってあっー!しまったっ。もしかしたらこれでもう悪夢見なくなるんじゃないの?!』
 困ったような顔になり、オロオロしだすソイツがおかしくて。可愛くて。
『……夢ならまた見るさ。それに私ならお前に体を乗っ取られもしない。どうだ、最高じゃないか』
『え……、何が――?』

 私はソイツを誘った。一緒に来ないか、と。
 寄ってきていた数日間、明らかに夢からの負担が少なくなっていた。“食べている”からなのだとすれば、これはお互い悪くない相談だ。 相手にとっては減らないエサになるのだから。

『むー、なるほどぉ!うん、乗った! じゃあ、これからよろしくねっ。えーっと』
『ルカだ』
『あたしはレイサー!それじゃ、人型になるからねっ。 ルカも“起きて”よ!』

 夢から覚め、目を開けるとベッドの隣に人が立っていた。
 優しい桃色の長い髪をなびかせて、レイサーがそこに居た。

 これで“二人”」



 * * *



「新しくレイサーも加わった頃、また問題が発生していた。
 リューイ達の事だ。 “死なない人間”なのはわかっていた。けれど誤算があった。
 彼等はけして――“成長しない人間”ではなかったんだ。……そう、私達とは違う体、だった。
 まだ平均的な寿命の年齢まで老いるには時間があったけど、今後の話を早めに考え始めても問題はない。
 私達はどうするべきかを考え、最終的に“新しい体”を作って、そこに魂を移す事にした。

 生き物は皆、<精神>と<肉体>に分かれている。精神とは魂であり、心だ。これが無くては肉体はただのヒトガタだし、肉体が無ければ精神は現実世界に留まってられなくなり、消滅してしまう。  だから実行に移すときには、新しい体を用意した上で行わなければならなかった。
 来るべきその日の為に、出来る限り“本物”に近づけるように試行錯誤しながら体を作っていった。
 そして完成形のモノが出来上がったその日。

 その街で一人の少年が死んだ。

 私達が全く関係していない、普通の事故だった。けれど目の前で、起きた事故だった」

「舞い上がる砂埃、倒れた馬車。 なぎ倒された市場。 散らばる宝石。
 暴れた馬をなだめてそこからどかすと、下から少年が一人、出てきた。否、少年の遺体が、出てきた。
 馬に跳ね飛ばされ、馬車に当たり、下敷きにされて、絶命していた。
 周囲の人間は少年だったモノを見ていたけれど、私は“上”を見ていた。

 少年の魂が浮かんでいたんだ。

 それはよく言う、幽霊みたいなもので他の人には見えていないようだった。そして少年は、自分が死んでしまったという事にまだ気づいていなかった。 ただ、自分が空に浮かんでいるのが不思議だったようだ。

『……あれ?何だコレ……何でオレ空なんて飛んでるんだ? それにあの人だかりは……?』
『気づかないのか?』
 漂う彼に話しかけた。
『? 何がだ? あぁ、空飛んでる事か? 何でだろうな?』
『違う。 あの人だかりの中、倒れてるだろう――自分じゃ、ないのか』
 馬車の辺りを指差してそう言うと、彼はそちらへと飛んで行って、

『そ……んな……っ』

 彼は、見るも無残な状態になっていた“自分の遺体”を見て、やっと理解した。
『嘘……だろ。そんな、バカな!だって、オレ……まだ、っ。 やらなきゃいけない事があるのに……!』
 “自分”を囲む人垣をすり抜けて、遺体のそばに立ち、泣き崩れる。
 私は気が付いたら、こう言っていた。

『――生き、返り……たいか?』

『……え?』
『もしお前が、望むのなら手を貸してやることが出来る。でも一度生き返ったら、もう死ねなくなる……何があっても、だ。 それでもいいの――』
 なら、と全てを言う前に、彼は力強く言った。
『生き返りたい!! それに……死なない、なんてのはオレにとっては好都合だ』

 私は精神体の彼を宿へと連れ帰り、ファルとアルスラに説明して完成形の体を取り出した。
 何も入っていない状態だと顔の部品や髪などは一切無く、ただのヒトガタだが――

『この中に入るんだ』
『……わかった』

 入る瞬間にヒトを回復する要領で、ヒトガタに魔力を籠める。
 一瞬光って、すぐに収まり――その“ヒトガタ”は“ヒト”になっていた。

 髪色は鮮やかなラベンダー。 瞳は深いバイオレット。
 確かめるように握り、開き、を繰り返す拳。 彼は小さく頷いて、

『本物の体みたいだ。 これでまた、宝石が造れる! 本当に……ありがとう』
『いや……礼は必要、無い』
『? でもオレは感謝してるし! あ、オレの名前はクルル。クルル=デルタ。 お前は?』

 差し出された作り物の手を握り返しながら答える。
 フルネームを言った彼に対して、私も同じように返すべきだろう。
 そう思い、長い間使ってなかったファーストネーム以外の名前も口に出した。

『フレア……、フレア=ミルーカ=ザクス』」

「そうして、三人目が“生まれた”」