それは人を元気にする魔法。
たとえ貴方に大切な人がいなくても、たとえ貴方を大切に思う人がいなくても
キイロノカケラ
“ いつか見つけられるから――それまで一緒にいようね ”
そんな願い押し込めて
貴方に渡す、キイロノカケラ

第3節 キイロノカケラ “ 時は巡る ”

 ――あぁ……あれが私だったんだ――



 雲一つない青空の日、ワタシはこの家にきた。くまのミミちゃんを抱いて、パパとママが忙しそうに動いてるのを横目に見てた。
 何がどうなってるのか、ワタシにはよくわかんない。ただ、この作業が「オヒッコシ」って呼ばれるモノだってことは知ってた。
 だからワタシは前の幼稚園をやめて前の場所からこっちにきた。友達……と呼べる子は少なかったけどその友達にも、もう会えないと言われた。
 向こうの家からこっちにくる時、マナちゃんがくまのミミちゃんをくれた。マナちゃん、すっごい大事にしてたの知ってた。でも、もう離れるんだからっ、て言って泣いてたマナちゃんがくれたんだ。
 ワタシ“ハナレル”ってわかんない。ううん、違う、“ハナレル”ってことは遠くなるってこと。そんなのはわかってる。でも……マナちゃんが大事にしてたミミちゃんをくれるほど大変なことだなんて思えない。これは……「モウアエナイ」っていうコトなのかな……?



 もう「オヒッコシ」してからだいぶ経った。
 ワタシはこの春になったら小学生になる。家の近くにある、楠小学校の1年生になる。
 幼稚園は今日で終わった。先生が花をくれた。先生は泣いてた。でもワタシ悲しくなかった……。

 家に帰ったらママはオトモダチといっしょにしょっぴんぐに行くんだ、といって出かけた。
 ワタシはくまのミミちゃんを抱いてただ家にいた。家にいたって何も面白くない。一人でテレビ見て、一人でおやつ食べたって何も良いことなんかない。一緒に遊べる、一緒に居てくれる友達が欲しい――
 家にいても面白くないから、外をオサンポすることにした。でも、一人じゃ心細いからミミちゃんと一緒に行くことにした。ママはいっつもワタシにカギを渡していくから、ちゃんと戸締りをして出かけた。
 その日はあの「オヒッコシ」の日みたいにすごく晴れてた。あの時からワタシ死んじゃったみたい……。お友達がいないって寂しい。でも……あの幼稚園じゃなじめなかったんだもん。

 公園に行った。誰もいなかった。
 たぶん今日は卒園祝いとかいって皆でパーティでもしてるんだろうなぁ。ワタシには一言もいってくれなかったけど。一人でブランコにのって空を仰いだ。
 空……綺麗だった。
 そしたら、いきなり視界が暗くなった。
 目の前に人がいた。女の人だった。

「どうしたの? 一人なの?」

 綺麗な声……ママのとは全然違う優しい声。なんとなく、なんとなくなんだけど、いい感じがした。
「うん……。でもね、ミミちゃんも一緒」
「そっかー。ミミちゃんと仲がいいんだね羨ましいな」
 女の人はそう言うと、屈んでミミちゃんを撫でた。
「ウラヤマシイ? ウラヤマシイって何?」
「ははは。そうかアイちゃんは羨ましいって何かわかんないよね。
 なんていうんだろうなぁ~。羨ましいっていうのはその人のこと好きだってことかもしれないね。今回はそうかな。でも世の中にはそうじゃない場合もあるんだ」
 その女の人はミミちゃんを撫でながら、少し悲しそうに言った。その顔がとても綺麗だった。


 ――あの時に気づくべきだったのかもしれない
 ――だって私の名前知ってた
 ――教えてないのにミミちゃんが『くまのぬいぐるみ』だって事わかってた


「そうだアイちゃん。お姉ちゃんも仲良しの友達がいるんだ。その子達アイちゃんとお友達になりたいって言ってるんだけどいいかな?」
「オ……トモダチ? 私と……?」
 そう言って、女の人は少し離ると鞄から黄色のハンカチを取り出した。

「えー、取りい出しまするは黄色のハンカチ。種も、仕掛けも、ございません。
 しかし不思議や不思議……私がこうやって掛け声をかけると――エイッ!!」

 バサバサバサバサッ
 何もなかったはずのハンカチから、鳩が一羽飛び出した。
 ワタシは信じられない、という顔で鳩を見上げた。
「鳩のポットだ! アイちゃんとお友達になりたいって言ってるやつの一人。 どう? 気に入った?」
「うんっ! うんっ!!お姉ちゃんさっきのどうやったの!!ポット、何もないとこから出てきた!!」
 その女の人は……お姉ちゃんは、すごく嬉しそうな顔をして口笛を吹いた。そしたらポットが帰ってきてお姉ちゃんの肩に止まった。
「すごい……すごいね!!!」
 ワタシは鳩を間近に見たことがなかったのもあってか、かなり興奮していた。お姉ちゃんは、器用にウィンクをしてこう言った。
「アイちゃん、驚くのは早いよ! まだアイちゃんと友達になりたいって言ってるやついるんだから!!」


「わぁぁぁぁぁっ!!! すごい~~、うさぎさんだぁ~っv今度は花びらも!!えっ? トランプ、どこからでてきてるのーーっ?!」
「ふふふっ、アイちゃんは素直に喜んでくれるから私やり甲斐があるなぁ~。
 さてさて、これでアイちゃんとお友達になりたいってヤツは全員だよ。
 左……っとこっちの方から紹介するね。まず鳩のポット。さっきも紹介したよね。そして同じく鳩のミラ。んでうさぎのアル。最後は手品関係じゃないんだけど……私の相棒、猫のラナだ!!!」
 そう言ってお姉ちゃんはワタシに友達を紹介してくれた。ワタシはもちろん皆とトモダチになった。
 取り分け、猫のラナとはダイシンユウになった。




 ――お姉ちゃんと知り合って3ヶ月が過ぎた。




 ワタシは小学生になった。小学校は幼稚園と違い校区も広くなり人数も多くなる。
 だから、今度こそ、友達を作ろうと思ってた。けど――気がついたら一人だった――
 そんなワタシを救ってくれたのはお姉ちゃんとの時間だった。

 お姉ちゃんと出会ってからワタシは色々と手品を見せてもらった。どれもすごく面白くて、素敵だった。
 ポットやミラ、アル。そしてラナとも、もっと仲良くなって、最近じゃワタシが口笛を吹くと来てくれるようにまでなった。
 そんな時お姉ちゃんが言った。
「アイちゃん。 手品覚えてみる気、ある?」
 願ってもみない事だった。実際、ワタシは手品を覚えてみたかった。家で一人の時はハンカチ片手に色々とマネ事をやっていたくらいなんだから。
「うん!!! やる!! ワタシ、手品覚えたい!!」
 それからお姉ちゃんの放課後手品教室がはじまった。


 やっぱり手品というのは難しいものでなかなか上手くいかなかった。だけどワタシは頑張った。そして、いつしかワタシには目標が出来ていた。「いつかお姉ちゃんみたいになる」、という目標が。
「むー、なかなか上手くいかないよーー」
「アイちゃんったら。そんなすぐに出来たらお姉ちゃんの立場ないじゃんか。少しづつでいいんだよ。ゆっくりとね。……アイちゃんに全部教えるまでいるから……」

(え?)

 最後の方に言ったのって……いや、ワタシの聞き間違いよね。それより今は手品に専念しないと!!
 はじめは簡単なものから……今では鳩を出せるようになっていた。鳩といっても自分のではなくポットやミラだったのだけど。

 ――そしてある日

 ワタシは屋上にいた。屋上は一応いつも開いていて、皆お弁当の時とかはここを使っている。
 でもお弁当じゃないときは全然人がいない。
 屋上はワタシの居場所だった。
 一人でもなんだか一人じゃないような気がしていたから。
 最初の方はただぼーっとしてるだけだったけれど、お姉ちゃんに手品を教わりはじめてから屋上は練習の場所になった。
 その日は昨日はじめてやったのを練習していた。
 その手品はハンカチを花に変えるというもの。
 「こういう場合はギャラリーがいるといいんだけどなぁ」とお姉ちゃんは言っていた。
 ワタシはギャラリーってよくわかんないけど人に見てもらうってこと、っていうのはなんとなくだけどわかってた。
 ワタシもやっぱり人に見てもらいたいと思った。――でも……見てくれる人なんて誰もいないもん……。わかってる。そんなことわかってる。ママもパパもそういうことが嫌いだって事も知ってる。でもやっぱり誰かに見てもらいたかった……。

「えー、とりいだしまするは一枚のハンカチ。 タネも、しかけも、ございません。 しかし、ワタシがこうすると……えいっ!!」
 ポンッ
 とりあえず成功したみたいだった。
 ホントならここで拍手が入るんだよな~。そう、思った。思っただけだった。そのはずだったのに――
 パチパチパチパチパチ
 聞こえるはずのない……拍手が聴こえた。
「え……?」
 振り返ったら女の子がいた。同じクラスの子だった。
「すごい!! すごいね!! 今のどうやったの?あ、私亜里沙っていうんだ。よろしくね」
「あ……、ワタシは……」
「言わなくても知ってるよ。香月藍(かづきあい)ちゃんv 藍ちゃんって呼んでもいい?
 私のことは亜里沙って呼んでね!」




 ――その日から、ワタシには「トモダチ」が出来た




「お姉ちゃん!!! 聞いて! 私、オトモダチが出来たの!!」
 亜里沙ちゃんと友達になった日ワタシは学校が終わるとすぐにお姉ちゃんのもとへと走った。
 一番最初にお姉ちゃんに報告したかったのだ。
 すごく喜んでくれると思った。
「そっか~。よかったじゃん!!じゃもう大丈夫だね」
「大丈夫……? 何が?」
 なんだかお姉ちゃんの表情が暗くなったような気がした。ワタシはすごく不安になった。
「ねぇ藍ちゃん、私はね。ここに住んでるわけじゃない。だからもうここを離れなくちゃいけないの。藍ちゃんには手品もほとんど教えたし、友達も出来たからもう大丈夫よね」
 そういうお姉ちゃんの顔は今にも泣き出しそうだった。きっと……ワタシもそんな顔だったのだろう。
「藍ちゃんったら……そんな泣きそうな顔しちゃダメよ。こっちまで悲しくなっちゃうじゃない……。――あ、そうだ。これを渡さなくちゃいけないんだった」
 それは、お姉ちゃんがいつも使っていた黄色のハンカチだった。
「え……、でもそれってお姉ちゃんの大切なものなんでしょ?」
「うん、すっごく大切なもの。これはね、私のとっても大切な人からもらったの。だから……っていうの変だと思うかもしれないけど藍ちゃんにあげるためのハンカチなの」
 お姉ちゃんは黄色のハンカチを私の手に置き、こう言った。
「いつか私に逢うために持っていて? これがあれば絶対に逢えるから」

 そして――ワタシ達は別れた。

 お姉ちゃんは行ってしまう時に、こう言っていた。
「また逢えるから。それがどんな方法だとしてもまたすぐに逢えるから。
 藍ちゃんはこれから色んなことをすると思う。手品だってだいぶ上手くなったしね。頑張ってね……」
 また逢えると言っていた。
 でも、ワタシはもう逢えないような気がしていた。
 だってお姉ちゃんは、もうここには来る気がない――と、そう思ったから。




 ――また逢えるから……
 ――そう言って別れた。
 ――その言葉は本当だったんだ。




 ある朝、TVで有名手品師の紹介コーナーをやっていた。

 そこで紹介されていた人の中にお姉ちゃんはいた。

 ワタシは突然の再会に驚き、学校のことも忘れてTVに見入った。
「みなさーん!!こちら世界的に有名なマジシャンの香月 藍さんです!!
 香月さん、どうぞこちらに来てください v」
 司会と思しき人が呼びかけた。
 お姉ちゃんはにこやかに笑いながら進み出た。

「か……・づき……あい……・?」

 声は擦れていたと思う。
 ワタシは、その言葉を搾り出した。
「は……は、ははは……」
 ワタシは笑った。
 嬉しくて、悲しくて……でも、きっと……ううん、絶対、嬉しい方が多かった。
 お姉ちゃんの言ってた事がやっとわかったから。

 ポタッ

 頬を、涙がすーっと流れ落ちた。スカートに染みを作っていた。
「あ、いけないっ学校遅れる!!」
 ワタシはお姉ちゃんにもらった黄色のハンカチを取り出して涙を拭う。
 そして、涙を拭ってスカートに入れなおそうとした時何か現れた。
 そう――まるで手品のように。
 それはとても綺麗に光る黄色の石だった……。
キイロノカケラ
大切な人が見つかりました。
大切に思ってくれる人が見つかりました。
ありがとうこれからも一緒にいてね。
“ また逢おうね ”
時は巡る …… キイロノカケラとともに
 ワタシは自分を「私」と呼ぶようになり、手品で有名になっていった。
 今まで世界を回る多忙な日々を過ごしていたけれど、あの日が来たから、ここに……あの町に帰ってきた。
 久しぶりに見る町並み、公園……そしてブランコにいる一人の少女。
「また、逢えたね……」
 ブランコに近づく。少女はクマのぬいぐるみを持って、一人でブランコを漕いでいた。
 まだ、こちらには気づかない。


「どうしたの? 一人なの?」


 時は巡る、キイロノカケラとともに――