昔から守ってきたもの
これからも守っていくもの
“ でも、それは何故? なんのために? ”
個人を犠牲にして守るものならば
それを守るために何もかも無くしてしまうのなら

そんなものいらない
オレンジノカケラ ……お前なんかいらない。

第4節 オレンジノカケラ “ 誇り高き ”

「行けっ!!! お前はアレを守りぬけ! そして生きろ!」
 そう言われて、押された。
 僕の意識は暗転した。
 僕の横では、オレンジノカケラが炎を映し出し、綺麗に光っていた――





 僕の一族は、絶滅に瀕する種族の一つだった。
 物珍しさからか、変わったものに興味を持つ他の種族……人間に狩られてきたからだ。しかし、僕らはまだかろうじて生きていた。

 でもある日、お爺様が僕を呼び出してこう言った。
「我々はお前の代で終わりじゃ。もう我らに未来はない。
 お前には辛いと思うが“アレ”を守るものとして……お前だけはちゃんと生きるのじゃぞ」

「なんで? なんで僕で終わりなの?だってまだお爺様もいる!お母様も、お父様もまだいる!
 皆もまだ元気に暮しているじゃない!!」

 僕はお爺様に言い返した。でもお爺様はふっ、と目を細めてこう言い放った。
「ダメなんじゃよ……ほれ、私は少しだけ未来を見ることが出来る。その未来には我らは存在しなかった。ただ、お前だけが存在していた。“アレ”と共に」
「そんな……」
「未来にはな、お前と“アレ”の他に、もう一人少女がいたよ。とっても可愛い子でな、しかし何かをかかえこんでいるようじゃった。未来のお前はその子と一緒に旅をしておった――」
 お爺様は未来のことについて話そうとした。
「やめて!! 僕は今のままでいい! そんな未来なんていらないっ!!」
「まぁ、待て。 これから話すことはとても大事なことなんじゃ」
 苛立ちと悲しみの感情が湧きあがってくるけれど、それを必死で抑えて、お爺様の話に耳を傾ける。
 お爺様は真剣な表情で、視(み)た未来のことを話した。

「いいか?我らは滅びている。今から少したった日に、この村は山火事に襲われるのじゃ。その時、お前はただ震えているだけじゃった。そこにラクスが来て、お前に“アレ”を持たせ、お前を突き飛ばした。
 “アレ”のことはもうわかっているじゃろうが、“アレ”は持ち主を選ぶ。不相応の相手だと“アレ”はくだける……そう見えるだけなのじゃがな。じゃが、お前の手にあっても“アレ”はくだけることなくそのままの姿でいた。
 つまりお前は選ばれたのじゃ。選ばれたものは一生それを手放す事はかなわない。手放そうとしてもすぐに戻ってくる。そして持ち主に不運を散らす。もし……手放す時は――そんなこと出来たとしたら――それは“アレ”以上に何かに囚われているものの発する感情。その感情が何にしても“アレ”以上のものだったら“アレ”も観念して次の持ち主を探し出す……」
「僕……お爺様が何を云おうとしてるのかわかんない!! 僕は“アレ”に選ばれたりしない!この村は滅んだりしない! 皆……皆一緒に暮していくんだっ!!」
 叫ぶ。そうしないと耐えられないから。涙が止め処なく溢れて、服に染みを作る。
「わからなくても良い……、じゃがこの未来は既に決まったものでもう変えられない。変えられるとしたらそれは死までの道のりじゃ。しかし、お前はまだ変えられる。このことはまだ皆に話すでないぞ。そのときがくれば――皆わかるようになっておる」
 お爺様は悲しみにくれた表情で笑って見せた。その表情がこの事が本当なのだと……言っていた。


 お爺様の話が終わったあと僕は神殿に行った。
 目的は……“アレ”……本当に自分が選ばれたものなのか。
 それを確かめる為に。ここで“アレ”がくだけたらお爺様の視た未来が間違っていることになる。
 ――間違っていますように――
 僕にはただ祈ることしか、出来なかった。
 神殿の前まで来て立ち止まる。もう日が暮れかけていることもあって、周りには誰もいない。僕は頑丈そうな扉を開け、中に入った。
 神殿の中は礼拝堂になっていて、毎週日曜日には皆集まってお祈りをする。
 椅子の間をすり抜けアレが飾ってある雛台へと近づいた。

 神々しく光る“アレ”は、雛台の上に鎮座していた。

「信じられないよ……。この僕が選ばれる? そんな……そんなこと絶対にないんだ!!!」
 僕は決心をしてアレに手を伸ばす。そして……

 パキンッ

 “アレ”は――砕けた。


「お爺様っ!!!!!」
 僕は神殿から家に帰らずお爺様の家へ引き返した。
 お爺様の視た未来が間違っていた事を、僕が選ばれたんじゃないことを伝えようと思ったから。
「なんじゃ?家に帰ったのではなかったのか?」
 興奮して肩で息をする僕を見て、少し呆れ顔になったお爺様が出てきた。
「お爺様!!未来は間違ってたんです!! 皆滅びたりしないんだ! 僕は選ばれなかった!!」
「なにっ? まさかお前、神殿に行ってアレに触れてきたのか?」
 驚いた顔をして、こっちを見るお爺様。僕は嬉しさのあまり、その顔の中に色んな感情が入っていることを見逃した。
「そ……そうじゃったか……。 ではこれからは私の戯言として聞いてくれるな?
 さっきの未来の話の続きじゃ」
「え?でも未来じゃないんでしょ? なんで話す必要があるの?」
「私が話しておきたいからじゃよ」
 お爺様は器用にウィンクをした。
「さぁ立って話すのには少々長くなる。家の中に入りなさい」
「うんっ」


 ――刹那、轟音と共に森から炎が上がった。


「やはり来たか……」
 お爺様が呟く。そして、それと同時に何かを唱え始めた。森で轟音がしたというのに、家からは誰も出てこない。僕はただ、横でしきりに何かを唱えるお爺様を見ていることしか出来なかった。
「行くぞっ!!ほら、手を出すのじゃっ!」
 いきなりお爺様に手を引っ張られ、僕はこけそうになった。しかしそんな状態じゃないのですぐに持ち直し、一緒に走り出した。
 ……どこへ向うのだろう……?
 そう思ったけれど、目的地はすぐにわかった。
 神殿だった。

「ほら、もう一回試してみるのじゃ。今一度、触れるだけで良い。それだけで私にはわかる」
 その目線の先には、“アレ”があった。
「――え?でも、さっきやったって言ったじゃないですか!僕は選ばれないものだったんだ!」
 首を横に振り、拒否する僕にお爺様は冷たく言う。
「それは時が来ていなかったからじゃ。今なら……全てのパーツがそろった今、お前は選ばれたものになる」
 強引に僕の手を引っ張り“アレ”に触れさせた。
 その瞬間。

 ――何かが体中をかけぬけた。
 ――何かが、僕の中ではじけた。

「……やはりそうだったのじゃな……」
 お爺様はそう呟くと“アレ”を僕に握らせ、こう言った。
「行け。我らの生き残りとして、ちゃんと生きていくのだ。皆もわかっている。私がさっき送った念で、全てを了解している」
「え……でっ、でも!! 僕だけ行くなんて出来ないよ!そんなの出来ないよ! 嫌だよぉっ!!!」
 涙を流し訴える僕に、お爺様はふっと笑って……
「最後に云っておく事がある。お前がこれから出会う少女はアレを解き放つ何かを持っている。お前の使命はその子を何かから守ることだ。そうそう少女の名前はフ――」
 最後まで聞けなかった。
 お爺様が僕を突いた。ちょうど緩やかな崖になっていたので僕は滑り落ちていった。

 そしてこれからも、ずっとその言葉の続きを聞くことは……なかった。


 お爺様に突き落とされた僕は、しばらく放心していたがすぐに崖から這い上がりお父様とお母様を探した。
 お爺様に何を言われたって、皆が了解していたって、僕自身が了解していない。
 それに万が一、旅立つとしても最後に一言だけでも交わしたかった。一目でも見たかった。


「お父様ーーー!!!お母様ーーーー!!!!」
 その声を聞いたのか、何人か出てきた。
「おぃっ、長老からの念を聞いたぞ! お前行かなきゃいけないんじゃないのか?!」
「お父さんとお母さんを探しているんだよ!」
「あ、ラクスさんたちは向こうの消化を手伝ってるよ」
「頑張れよ、俺達はいつでもお前の応援してるからな!!」
 皆の言葉がなだれ込んでくる。その一つ一つを胸に抱きしめて……泣きそうになったけど僕は「ありがとう」といい、そして「行ってきます」と言った。
「行って来い!!頑張るんだぞ!!」
 皆ありがとう…………絶対忘れない…………。

「はぁっ、はぁっ……、お父様……お母様……!!!!」
 僕は走った。周りには煙がたちこめ視界を遮る。しかし、お父様とお母様は其処にいる……、そんな気持ちで走り抜けた。
「!!」
「お前!父さんの言葉を聞かなかったのか!“アレ”に選ばれたんだろっ?だったらこんなとこに居ちゃいけない!」
お父様とお母様は黒い煤で汚れながら消火活動を手伝っていた。しかしその手は、止まっていた。
「お父様っ、お母様……!! 僕は……僕は、皆と一緒にいる!!!」

 バチンッ

「何、言ってるんだ!!!お前はもう行かなきゃいけない。そう、決まっているんだ!!
 ――わかってくれ……、私たちもお前と離れるのは辛い。お前が嫌だと言うのもわかる。でもこれは決められていることなんだ!!」
 お父様は僕の頬を叩いて捲し立てた。
 僕は呆然としてしまい、頬が痛いのも忘れて突っ立っていた。
「……わかって?もうこれは決められている事なのよ。今から変えられるのはお前の事だけよ。お前が私たちの分も生きてくれるのなら私たちのために生きてくれるのなら……行きなさい」
 お母様は涙をこらえて言った。
「ラクスさん!!こっちの方手伝ってください!!」
「うん、わかった。 すぐ行く!」
 皆が来てお父様たちに応援を要請した。お父様達はすぐにそっちへ走っていった。
 その間際に、
「私たちはいつでも、いつまでもお前と一緒にいる。いつかまた会えるかもしれないぞ? それまで元気でいろ!! 絶対にだぞっ!!」
「頑張るのよ。炎妖精の末裔として、誇り高く……ね?」
「ラクスさん!!!!」
 炎はすぐそこまでせまっていた。皆はもうあきらめているようで、でも、なんとか消火作業をしていた。
 僕は涙を拭くこともせずに、煙が目にしみるのも痛かったけど、ちょっとだけ未来を受けいれそうになっていた。

「また……会えるんだよね?絶対会えるんだよね?!」
「えぇ……、また会えるわ。貴方が会いたいと思ってくれれば」
「行けっ!!! お前はアレを守りぬけ! そして生きろ!」

 そう言われて、押された。
 僕の意識は暗転した。
 僕の横では、オレンジノカケラが炎を映し出し、綺麗に光っていた――


 ――お前なんかいらない。
 ――でもこれが僕の使命なら、また会えるのなら、持っていてもいいかもしれない。
 ――お爺様が言っていた未来はどんなのかわからない。

 ――僕はこれから出会う少女を助けるために生きる。
 ――…………そんなのできっこないよ。
昔から守ってきたもの
これからも守っていくもの
皆、居なくなってしまったのに、僕しかいないのに ……
なんで必要なの?
こんなものいらない――

でも、これが僕と皆の生きた証。
オレンジノカケラ、本当にお前より強い「何か」を持つ人が現れるのか?
僕は――救えるのか?
「少女の名前はフレアだ。 頑張れココロ」
 お爺様の声が聴こえたような気が、した。