それは、じっくり見ないと 見えなくて
じっくり見ると 見えなくて
まるで幻の世界にいるようで……

雫が作り出す幻想的な世界
そんな中出会った2人のキセキノカケラ
どこにあるの? 本当にあるの?
眼には見えない不思議なカケラ

それが、アオノカケラ。

第7節 アオノカケラ “ 一時の幻想 ”

「サイッテー…………」
 雨の中少女の声が悲しく響いた。
「あー、もうお母さんってば今日は降らないって言ったじゃんか!! 傘持ってきてないよー!」
 その少女……蒼依はそう呟いた。しかしそう言ったところで、雨が止むことはない。


 今日は委員会の日だった。本来なら5時には終わるはずの会議だったのに、何故か6時すぎまでかかってしまっていた。
 完全下校時刻は6時。友達には先に帰ってもらったため、傘を借りる事も、入れてもらうことも出来ない。――学校で傘を借りる事も出来るが、なんとなく嫌だった。
 それで、しかたなく雨が止むのを待っていた蒼依だったが、雨は一向に止まない……。
「もぉーーー……。 誰かの傘、借りて帰っちゃおうかな」
 梅雨時なので、傘立てには何本か残っているものもある。
「……少し良心が痛んだりもするけど……風邪を引くよりかいいよね!!」
 そう決め付けて蒼依は傘立てへと向かった。

「んー……男物ばっかり。 サイテー、この私が、なんで黒ばっかりの傘をささなきゃダメなのよ!」
 その声は誰もいない校舎に響く。それに答えるものは誰もなく、ただ雨の音だけが返す。
「あ、可愛いの見っけ!!」
 蒼依は黒ばかりの男臭い(!)傘たての奥に手を突っ込んで、あるものを引っ張りだした。
 それは水色の生地に白の水玉をあしらった、いかにも「女の子」というような折りたたみ傘だった。取っ手のところにはハート型のシールが一枚貼られていた。
「コレに決めた!持ち主さん、明日返すから借りてくね~~v」
 全然悪びれた様子を見せず……いや、かえって嬉しそうな表情で、蒼依は玄関口へと向かった。


 そこには先客がいた。学生服を着た少年だった。
「あ……れ……? もしかして水谷君……?」
蒼依が声をかけると少年は振り向いて――
「ん……誰?」

 ザーーーーーー

「あはははは、そりゃぁ、転校して二日目だったら覚えてないかもしんないけどねー。クラスのメンバーぐらいは覚えなさいよ!! 私はアンタと同じクラスの松崎蒼依!だいたい席隣りじゃん!」
「ん……そうだったっけ?俺、必要な事意外覚えないもんで」
 メキ
 効果音で言うのなら、コレが一番適していただろう、音がした。蒼依がさきほど傘たてからかっぱらってきた水玉の傘で、少年を殴っていたのだ。もちろん本気ではないが――たぶん。
「アンタねぇ、必要な事って……私の名前は必要な事なの! 覚えなさい! そうじゃないと、水谷君に襲われたっていうわよ!?」
 はっきり言って脅しである。しかし、少年は何もなかったように言った。
「言えば?」

 ザーーーーーー

 雨の音が悲しく沈黙を消す。
「なっ、そんなの冗談に決まってるでしょうが!!――そっか……そんなに人の名前覚えるのが嫌なんだ」

「ま……いいけどね。別に水谷君なんかに覚えてもらわなくても。 ところで、もしかして傘忘れたの?」
「そうだよ」
「ふーん。 一緒だね!実は私も忘れちゃってさー。さっき傘立てからかっぱらってきたとこ。なんなら傘に入れてあげなくもないよ~?」
「別にいい。お前のも人のだろうが。俺は濡れて帰る」
 そう言って鞄を頭に乗せ走り出そうとする水谷だったが……
「ちょっと!! 入れてあげるわよ! 人の傘でも、なんでも、使えるものは使わなきゃ!濡れたら風邪引いちゃうんだからね!」
 蒼依に引っ張られていた。





「そういえばさー、私雨に思い出あるんだよね~」
 結局蒼依に押し切られ、二人で帰っていた。
「……へぇ」
「へぇ、ってアンタねー。ホント愛想のカケラもないんだから。……結構……かっこいいんだから、もったいないじゃない」
「それはどうも。じゃ、聞いてあげようか?その話」
 にっこりと優しく微笑む水谷に蒼依は少し動揺してしまった。しかしそれを隠すように、話しだした。
「確か私が小学校3年の時ぐらいだったかなー。
 私、風邪引いちゃってさ。けどね、ずっと黙ってたの。でも、学校から帰るときにダウンしちゃって。ちょうど今ぐらいの時期で、雨がザーザー降ってて。熱があったみたいで意識が朦朧としてきてもう歩けないーーって言って道路で泣いてたの。
 そしたらね!同じぐらいの年の男の子が現れて
『大丈夫? 立てる?』
 って訊いてくれて!すっごくかっこよかったなーあの男の子。それで私の手を取って一緒に雨の中を……もちろん傘ありでね……帰ってくれたんだ v でも――」
 突然押し黙った蒼依に、水谷は声をかけた。
「でも?どうしたんだよ、それから」
 それでも蒼依は、返事をしない。
「おぃ。 ……おぃっ、松崎!!!」
「――え? あ、あぁ……でもその男の子さ、私の家の近くになると、いきなり消えちゃったんだよね。」
「消えた?」
「そう、私がね、『あそこが、わたしの家だよ!』って言ったら『そっか』って言ってスッと消えちゃったわけ!咄嗟に辺りを見渡したんだけど、誰もいなくって。もしかしたら夢だったのかなー?とか思ったりもしたんだけど、男の子の傘が残ってたからさ。夢じゃないのかな……?って」
 ここまで話すと二人はしばらく押し黙り、黙々と雨の中を歩いていった。


「あ」
 蒼依が声をあげた。水谷は何も返さないが、少し、蒼依の方を見た。
「ここ。 ここだよ! ホラ、さっき話したでしょ。 私、ここに蹲(うずくま)って泣いてたの」
 蒼依は、十字路の少し入った道路の電信柱を指した。
 そして傘から出て雨の中、電信柱の方へと走っていった。
「……私がもし……また、ここで泣いてたら来てくれるかな?」

  ――大丈夫? 立てる?

「来てほしいのか?」
 水谷が訊いた。
「……うん」
 蒼依はそれに、小さい声だったが、答えた。髪の毛から雫が落ちる。
「大丈夫? 立てる?」
 雨に濡れる蒼依に、傘を差し出しながら、水谷が言った。
「え?」
「……ちょっとねぇ、からかうのやめてよ。」
 蒼依は少し戸惑ったが、笑って言った。
「そう……思うか?」



 × × ×



『大丈夫? 立てる?』
『う……、うん……』
『どうしたのこんな雨の中、風邪引いちゃうよ?』
『もう引いてるもの……』
『だったら余計に、こんなとこで蹲ってちゃダメじゃない!』
『……家に帰っても誰もいないんだもん』
『お母さんは? お父さんは? 誰もいないの?』
『お父さんは……この前出てった。 お母さんも……もう帰ってこないかもしれない』
『喧嘩……?』
『リコンだって』
『そっか』

 ×

『……ねぇ』
『何?』
『貴方、誰?』
『僕?』
『うん』
『さぁ、誰でしょう?』
『何それー!ねぇっ、誰?』
『そうだなぁ……水谷信也……とでも覚えておいて』
『シンヤ?』
『そう。 ま、これは人間の時の名前だけどね』
『わたしはね! アオイ。 松崎蒼依って言うの』
『アオイ……ね』
『可愛いでしょー』
『――自分で言うか……』
『お父さんが……、お父さんとお母さんが、付けてくれたの……』
『いいご両親だね』
『……そんなことないもん。悪いもん』

 ×

『……あ、家だ』
『え?』
『あそこが、わたしの家だよ!』
『そっか』
『ねぇねぇ、また会える?』
『……わからない』
『また会おう。 いつか絶対。 ね?』
『そうだね。会えたら……いいよね』



 × × ×



「……アオイちゃん?」
 水谷が自嘲気味に笑った。
「み……、水谷……アンタ……?」
「俺は覚えてた。いつでも、忘れないように思い出してた」
「で……、でも……あの子……人間の時の名前って……?」
「俺は……会いたかったんだろうな……わざわざ、こっちの世界に出てくるぐらいだから」
 バサッ
 水谷は水玉模様の傘を、上から下へと振り下ろした。
 すると模様は消えてなくなり、薄いブルーの透き通った生地に変わった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!あの時の子が水谷だとして……消えたのはなんで?」
「……こっち来いよ」

 薄い青色の傘を通して町を見る。青色のフィルターがかかって、海の中みたいだ。
「フィルターを通すと、いつもの景色じゃなくなるだろ? 俺の場合もそうだ。 何かを通すことによって、はじめて見える」
「……何が見える……って――?!」
 蒼依は傘を通して水谷の背中に“ 羽 ”を見た。
 水谷の背中には、よく御伽話に出てくる天使についている――羽が付いていた。
「あ……の……背中になんか生えてますけど……?」
「お前が気づかなかったら、このままでもいいかと思ったんだけどな……」

 パチンッ

 水谷が指を鳴らした。


 蒼依は目をこすった。
 水谷がいない。――さっきまでいたはずなのに……?
 蒼依がいる場所から1メートルも離れていない所、そこにちゃんと立っていて、傘を差して……傘――傘が転がっている。借りてきた時のような水玉模様ではなく、透明の青色の傘。
 蒼依はそれを手にとって、さしてみた。
 青色のフィルターがかかって、世界が変わった。雫が滑り落ちていった。
幻の世界
それは余りにも身近で、余りにも遠かった。
青色のフィルター越しに見た景色は
とても綺麗で幻想的で――いつもの景色じゃないみたい。

雨の降る日の、不思議な出来事。

二度あることは三度ある……?
ねぇ、アオノカケラ。

彼に、また会えるかしら?
 雨が上がったあと、傘を閉じた。
 その時、一滴が手の中に滑り落ちた。
 手の中には水滴ではなく、青色に光る宝石のような物があった。