「いいか、メイリン。魔法と言うのはな――」
 いつもと同じように、朝9時になったのでティカさんの魔法講座が始まりました。
 とは言っても、そのすぐ隣にはミライザさんがいるし、オマケに生徒はメイリン一人だけなのに、いつも参観日のようにフレアさんやジャックさんがいるので“ティカさん”だけの講座ではありませんでしたけど。
 何故って?
 答えは簡単、すぐにミライザさんとフレアさんが横から口を出すからです。

「魔法と言うのは、そうだな……簡単に言えば“自然じゃない”力だ。これは主に精霊と呼ばれる生き物?……まぁ、兎に角精霊から力を借りてやるもので、素質のない者は使えない」
 誰かに教える、というは大変なようでティカさんはいつもこんな調子でメイリンに説明していました。はっきり言って、こんな先生からは何も教わりたくない、そんな感じがひしひしと伝わってきます。
「でもそういうのにも例外があって、……その前に魔力の説明をしておくか。
 魔力というのは、そのまんま、“魔法を使う為の力”だ。これは生まれた時にその量を決められて、死ぬまで変わることはない。大抵の人間は微量ながらも魔力を持っていて、魔法は使えないにしても勘が当たったり運が良かったりする時に使われてたりするものだ。
 一般的な――魔法を使うには至らない人間が持つ魔力は大体1MKL(ミケロ)から5MKLで、魔法を使う為には最低でも20MKLが必要になる。そうだな……例えば呪文を言って炎を出すくらいなら、15MKLくらいでも出来るかもしれない。まぁ、その場合に出せる炎の大きさはライター程度だけどな。
 ……ここまでで質問は?」
 メイリンは首を横に振りましたが、参観してる筈のジャックさんが手を挙げました。
「……ンだよ、ジャック。質問あんのか?」
 不満そうにティカさんが言いましたが、ジャックさんはそんな事気にしません。
 にぱっ、と笑って言いました。
「おう、あるとも! ――俺の魔力、ってどんくらいかわかる?」
「「はぁ?」」
 ジャックさんの質問に、ティカさんだけじゃなくフレアさんまで反応しました。そして二人でミライザさんの方を見ます。
 僕は離れた所で台所の後片付けをしていたので、あんまり聞き取ることは出来ませんでしたが、ティカさんが明らかに焦った顔でミライザさんに小声で話しかけているようでした。
 するとミライザさんが渋い顔で口を開きました。
「お前に魔力はない」
「……でも俺、魔法使えるよ?」
 ジャックさんは訝しげな表情で問い返します。
「それはフレアが居るからだ。それにティカも言っただろう――魔力は“死ぬまで変わらない”と。
 でもな、死んだら全て無くなるんだ」
 言いたい事わかるな?、と無表情で言いました。
 僕にもその意味はよくわかるので、心の中でそっと――聞こえないとわかっているけど――ジャックさんに話しかけます。
(器なんですよ、僕らは)
 拭いていた皿を食器棚へ戻し、僕も一緒に参観を始めました。



「話を戻すか。……メイリンは質問とかねーんだな?」
 首を横に振るメイリンを見て、ティカさんは軽く頷きました。
「で、魔力の話だ。さっき言ったように、魔法を使う為には最低でも20MKLが必要になるんだが、これは本当に最低ラインだ。俗に言う“魔法使い”になるには大体100MKLぐらいはないとダメだ。そんくらいないと、職業として成り立たないんだな」
 コホン、とわざとらしい咳をして、また続けます。
「それで魔法についての説明に戻るが――、さっきも言ったように、魔法ってのは精霊から力を借りて発動させる場合がほとんどだ。精霊に力を借りるには、まずその力を入れるスペースがなくちゃいけない。そのスペースになるのが“魔力”だ。
 決まってる事じゃないが、そうだな……さっき言ったようにライターくらいの火を出す場合。炎の精霊の力を借りるんだが、その精霊の力を借りるには15MKL前後のスペースがないといけないんだ。
 だからこの“魔力”っつースペースが多ければ多いほど、たくさんの精霊から力を借りることが出来るし、魔法を使う事が出来るって事だ」
 これで大体合ってるよな?、と隣に座るミライザさんに訊きます。ミライザさんは口元を少し緩めて「まぁ、いいだろう」と言いました。
 その時、メイリンが手を挙げました。
「ねぇ、師匠。それじゃさっき言ってた“例外”ってのはなんなワケ?」
 無邪気に、そして探究心から来るその質問に思わず皆笑いました。――自嘲気味に。
「あぁ、今から説明するさ」
 ティカさんは軽くメイリンの頭を叩くと、話を続けました。

「魔法ってのは精霊に力を借りなくても出来る場合があるんだ。どういう風になってそんな事が出来るのかはまだわかってないんだけどな――なんせ出来る人間が少なすぎるもんだから。
 “出来る人間”の条件は、まだ憶測でしかないんだが、魔力数値が無限、又はそれに近い事。まぁ、100.000MKLもあればたぶんいけると思う。……ってンな事はどうでもいいんだよ。
 兎に角、メイリン」
 ティカさんは手招きをして、メイリンを近くまで来させます。
 そして庭に出るよう促して、言いました。
「こういうのは実践でやった方がいいんだ」



 庭に出たのはティカさんとメイリンだけで、参観グループの僕たちやミライザさんは縁側でその様子を見ていることにしました。わざわざクソ暑い中、お日様の下に出る理由もありませんからね。
「まず“精霊に力を借りた”魔法を使うから、よく見とけよ?」
 ティカさんは人差し指を立てた状態の右手を前に突き出して、言いました。
「炎の精霊よ、我に力を貸したまえ――」
 そして指先に光が集まったのを確認すると、空へと指先を向けて、
「ファイア!」
 ボボボウッッ、と青空の前に炎のフィルターが出来、すぐに消えていきました。
 ――全く、このクッソ暑いのになんだって炎の魔法なんて使うんでしょうかねぇ。
 縁側に居た僕以外の皆さんもそう思ったようで。
「……アイツ馬鹿かよ」
 ジャックさんが代表になって呟きました。

「すっごい!師匠いっつもアホっぽいけど、やっぱり凄いんだね!」
「バカ野郎、俺はいつだって凄いんだ」
 やたらと目をキラキラさせたメイリンに、ティカさんは憮然と答えます。
 そして今度は手を広げた状態で前に突き出しました。
「次のはさっきよりでかくするから、ちょっと離れてろ」
「はーいっ」
 僕らのいる縁側までメイリンが行ったことを確認してから、ティカさんは目を閉じました。
 開いた手には光が集まり――

 ドウンッッ

 大気を揺るがすような爆音。
 それは空高く舞い上がって、熱い空気をもたらしました。

「……アイツホント馬鹿。何考えてんの」
 事前に防御幕を張ってたおかげで衝撃も熱さもこなかったんですが、それでもジャックさんはぼやきます。フレアさんは「何も考えてないだろ」と返し、ミライザさんは「今更だろう」と返しました。
 その中でただ一人、メイリンだけは反応が違いました。
「す、すごい……!ねぇ、大師匠!アレってあたしも使えるようになるのかなぁっ?!」
「あぁ、メイリンなら使える。保障しよう」
 問われたミライザさんが優しく返し、メイリンの手をとって防御幕から出て行きました。

「あっちー!やっぱ炎はマズったか」
 パタパタ、と手のひらであまり意味のない風を送るティカさん。ホント馬鹿ですねぇ、この人は。
 ミライザさんはそんなティカさんを見て、かなり盛大なため息をついて、
「熱中症になるから、お前はもう中に入ってろ」
 とだけ言いました。
 いつもなら何か言い返す――と言っても構ってもらいたいだけなんですよね、ティカさん――んですが、今回ばかりはキツかったようで。
「りょーかい……」
 フラフラとこっちへやってきました。

「お疲れ様です、自業自得ティカさん」
「どーも、毒舌セシアさん」
 せめてもの労いの声を、と思って話しかけてあげたのにどうにも良い返事ではありません。
「だって自業自得でしょう?あんなに大きな炎を出して。アレを馬鹿と言わないで何を馬鹿と言うんです、ってなくらいでしたよ。ねぇ、ジャックさん」
「うん、全くその通りだよ馬鹿パカティカちゃん」
 やっぱりジャックさんは話のわかる人ですねぇ。
 そしたらティカさんってば、突然人差し指を突きつけてきて。
「炎の精霊ちゃ〜ん、ちょいと力貸してくれる?」
 あっちゃー、マズいですね。
 ティカさんの右手の人差し指には光が集まってきていて、今にも術が発動しそうです。
 僕もジャックさんも“生前”なら返せたかもしれませんが、こればっかりはどうにもなりません。仕方ないので横で無表情に遠くを見ていたフレアさんに助けを求めます。
 察しの良いフレアさんの事ですから、言葉にしなくたって視線だけでわかってくれる事でしょう。
 案の定、無表情だった顔に呆れた表情が浮かび、軽く肩を竦めました。
「……ティカ、馬鹿な事はやめとけって。お前ここで魔法ぶっ放してみろ、ミライザがどんだけ怒るか――」
 ビクッ、と明らかな反応があって、指先の光はすぐに消えました。流石はフレアさんです!
「というか、もう怒ってるかもしんないけど」
 フレアさんが指し示す方向にいるのはミライザさんとメイリンです。
 ……あれ、もしかしてあの方向は――



 * * *



「いいかメイリン、さっきティカが少し言っていたが魔法は精霊から借りる場合とそうでない場合がある。精霊から力を借りる時は必ず精霊に呼びかける為の呪文が必要なんだ」
 例えばだな……、とミライザは手のひらを地面に向ける。
「水の精霊、力を」
 そう言うと彼女の手からは大量の水が流れ出てきた。ある程度流しだした後、軽く握ってソレを止める。
「こういう風に呼びかけるんだ。呪文ははっきり言って何でもいい。向こうが認識しれくれれば良い話だからな」
「なるほどー」
 ぽんっ、と手を叩いてメイリンは深く頷いた。
 ミライザはその様子を見て小さく笑い、「でも」と続けた。
「お前には呪文は必要ない。すぐには無理かもしれないが、たぶん思い描くだけで魔法が生まれるはずだ。そういや……ティカがあんな馬鹿な事したから説明してなかったな。
 精霊の力を借りない時は、自分の魔力をそのまま具現化する事で魔法を創るんだ。こうすると“スペース”なんてのはいらないし、魔力は死ぬまで一生減らないからはっきり言って無敵になる。
 でもそれを使うのは少し難しい。正確に思い浮かべなきゃいけないし、何より負担がかかりやすい。慣れない内は動作を交えてやるのが良いだろう」
 まぁ、それでも、とメイリンを見て呟く。
「一回試してみるのも悪くはないな」

「具現化、というのは別に難しい事じゃないんだが……説明するのは難しいな。例えば、だ、メイリン」
 コク、と神妙にメイリンは頷く。
「ある一点をずっと見つめていて、不意にその視線を別の場所に移すと、今まで見ていたものが付いてくる場合があるだろう?“残像”と呼ばれるヤツだ。
 あの“残像”のようなものを頭の中で思い浮かべて、それを出したい場所をずっと見つめる。言葉じゃなく、目で、描いて、語るんだ。 見ている景色の中に、思い浮かべた“残像”が見えてきたら、指を鳴らす。
 ――最初だからな、簡単な方法だ。まぁ、でも出来ないヤツも多いから失敗しても気にするな。とりあえず……あの花壇の所に炎を出す、と思い浮かべてみろ。“残像”が見えてきたら指を鳴らすんだ」
「うん、わかった。やってみる!」
 メイリンはまた深く頷くと、庭の一画にある花壇の方を向いた。
 そして思い浮かべる。
(炎――あの花壇の上に……)
 指を鳴らす為に構えた手に光が集まってきていたが、気づかずにメイリンは思い続けた。
 そして……
(見えたっ!)
 パチンッ

  ゴウンッッッ

 軽快な音のすぐ後に、花壇は物凄い音を立てて丸焦げになった。



 * * *



「な、な、な、なああぁぁっっ?!?!?!」
 ティカさんが半泣き状態で庭へと飛び出して行きました。
 それもそうでしょう。ガーデニング、なんていうまるっきり似合わない趣味を持ったティカさんの宝物が一瞬にして灰になったんですから。
 まぁ、これも自業自得の中に入ってるんでしょうけど。
 僕はやれやれ、とため息をついて立ち上がりました。この後、ずっとこの場に居たらティカさんが愚痴を垂れてくるのは目に見えていますからね。

 庭の方へ視線を向けると、ミライザさんの後ろに隠れた涙目のメイリンと本気で泣いてるティカさんが見えます。ミライザさんは怒ったような……いや、どちらかと言うと呆れたような顔で立ったままです。
 僕はそんな三人を見て、ふと過去を思い出してしまいました。

『いいか、魔法ってのは言葉じゃない。呪文なんて口にしなくたって出来るんだ。 でも……そうだな、お前がまだ“思うだけ”で創れないようだったら、目を使え。
 ――言葉にするくらいなら、目で語るんだ。お前にはそれが出来る。
 セシア=エスルダ、頑張れよ』

 遠い昔に魔法を教えてくれた人の言葉。
 皮肉な事にその人は僕の可能性を奪った人で。

「もう“ルータミネス”だから、僕の魔法は――出来ない、んですよ」

 自分でも驚くくらいの擦れた声で呟いて、そっとその場を後にした。