「――リスカ=ピアレイ。只今帰りました」
 控えめにノックされた音の後に続いて入ってきた音は、彼女のものではなく。恐らく彼女の部下の者だったのだろう、俺が「入れ」と言うと、まだ若い男が入ってきた。
「……ピアレイはどうしたんだ」
 その男しか入って来ない事と、その腕に抱えられた小さな箱の存在に気づいて声をかける。
 男が俺の言葉に顔を強張らせたのがわかった。少しの間何も言わずに相手が言い出すのを待っていたが、何も言わないのでもう一度問いかけようとした。
「もう一度訊こう。ピアレイは――」
 俺の問いかけを遮って、男は言った。
「少尉は……亡くなられました」
還る人、帰らない人、還れない人

私の事は忘れて、どうか幸せになってください――
 彼女と出会ったのは、確か昇級試験の時だった。
 その時の試験は受かれば“大尉”という、一から上がってきた俺にとってはとても重要なものだった。そして他に受けるヤツは所謂エリートコースを進んできたヤツがほとんどで、俺と同じように一から上がってきて受けるヤツなんかはほんの一握り……それもかなり年上のヤツばかりだった。
 だからそんな中、エリートコースでもなく、コネがあるわけでもない女が居るのを見て興味を持ったのは全然不思議な事じゃないと思う。
 むさ苦しい空気の中で一人だけ凛とした空気を出す女。僅かに茶色がかった黒髪は少しウェーブしながら背中まで伸びていた。その姿は全く軍人らしくなく、軍服を着ていないと一般人が紛れ込んだようにも思えた。けれどその表情は厳しく、やはり軍人なのかと思ったりもした。
 エリート一直線のボンボン野郎や年が離れすぎたジジイなんかとは話したくなかった俺は自然と彼女の方へと足を向ける。彼女はそれに気づいたのだろうか、少し訝しげな視線を向けてきた。
「君は――」
「ピアレイ、です。リスカ=ピアレイ」
 名前がわからず言い淀んだ俺に彼女は表情を崩さぬまま、言った。
「階級は?」
「……貴方と同じですよ、ジェイム中尉」
「あぁ、それじゃ噂になってる凄腕の女軍人と言うのは君の事か」
 俺の名前を知っていた事に驚きつつも、最近よく耳にしていた噂の主をこんな所で見ることになるとは、と考えていた。すると彼女は少しだけ表情を和らげた。
「そんな事を言われてるんですね……出所はわかるような気がしますけど」
 くすり、と少しだけ頭を俯けて笑う。黒い髪がほんの少し、揺れた。
「わかるのか? ……俺は部下が話しているのを聞いたんだが」
「たぶん、ですけどね。きっと食堂辺りから来ています」
 食堂?そう聞き返す前に彼女が先に言う。
「幼馴染が働いているんですよ、バイトですけどね。それできっと色んな人にそう言ってくれているんですよ」
「……自分の事を勝手に噂されて嫌じゃないのか?」
 俺だったら嫌だ、少なくとも自分の居ない所で自分の話題を出されるのは好きじゃなかった。
「別に嫌じゃないですよ。それだけ応援してくれてる、って事だと思ってますから」
 まぁ、それは今回の事に限ってですけどね。と彼女は付け加えた。
 
 そしてその話はすぐに別の、もっと他愛ない話題に変わり……試験官が来て打ち止めになった。
「それじゃ、お互いに頑張りましょうね」
「そうだな……、そっちも頑張れよ」
 そんな言葉を交わして、別々の部屋へと向かった。



 試験の結果がわかったのはそれから三日後。俺は無事に大尉へ昇進。そして彼女は――

「そんな馬鹿な事、あるかっ!」
 ダンッ、とテーブルを叩いた。周りで共に片付けをしていた部下がすぐに「どうしたんですか」と訊いてくる。
「……これ、見てみろ」
「へ?あ、これこの前の結果のヤツですよね。へぇー、ダメだった人多かったんですね」
 渡した紙にはこの前の試験の結果が載っている。受けたヤツの元の階級と試験後の階級が書いてあった。それを見ながら「へぇ」だの「ほぉ」だの言っていた部下はしばらくして、眉間に皺を寄せた。
「――ちゅ……じゃない、大尉。おかしくないですか、これ?」
 そいつの指差した文字は『リスカ=ピアレイ』、俺が言いたかった事がわかったのだろう。
「何で大尉への昇進試験で、少尉に戻るんですか」
 そう、彼女の階級は一つ下の“少尉”になっていたのだ。



 * * *



 試験の結果を知ってから数時間後。
 俺は一番信頼の置ける部下――アグレスと共にこの結果についてや、これからの動向についてなどを話していた所だった。しかし、コンコン、というノックの音でその会話は中断され、俺とアグレスは素早くドアの方へと視線を走らせた。
「ジェイム大尉、新兵をお連れ致しました」
「入ってくれ」
 中尉から大尉への昇進と同時に、俺には新しく部下が配属される事になった。俺は元来少人数で攻めるタイプなのでそれほど量を欲しくないのだが、先日アグレスと共によくやっていてくれたヤツが抜けたので、それを仕方なく承諾したのだった。
 ふぅ、とため息をつくとアグレスが小さな声で「どんな人でしょうね」と言ってくる。俺は「使えるヤツならどんなでもいいさ」と答えた。
 そしてドアが開かれ、事務の女と“新兵”が入ってきた。

「ジェイム大尉、こちらが今度新しく入る者です」
 そう言って、事務の女は紹介した。
 俺は、目を見開いた。
 ――目の前の“新兵”は、先日知り合ったばかりの“元中尉”だった。
「リスカ=ピアレイ少尉です。これからよろしくお願いします」
 軍人らしく、ピシッとした姿勢でそのまま礼をする。
 その姿が何だかとても綺麗に見えて、俺も釣られて礼をした。
「あ、あぁ。ルヴェル=ジェイムだ、よろしく」
 アグレスが後ろで小さく笑ったのがわかった。
「……それでは、失礼させて頂きます」
 挨拶が済んだからもういい、と思ったのだろう。事務の女はすぐに出て行った。
 俺はそれを見送りながら、少しだけ彼女の方へと視線を移す。
 綺麗な黒髪はこの前会った時とは違って、後ろで一つに結ばれていた。それを見て、そのままの方がもっと綺麗なのに、と無意識に思ってしまい、慌てて口元を覆った。……幸い彼女は気づかなかったようだ。
「大尉、僕も自己紹介していいですか?」
「え? あ……うん」
 俺の後ろからぴょこん、と飛び出したアグレス。
 その顔は必要以上にニヤけていて……もしかしたら、さっきの俺の行動を見ていたのかもしれない。
「ピアレイさん。僕、アグレス=ビガって言います。よろしくお願いしますね!」
 そう言って手を差し出す。彼女はその手を見て一瞬呆けたが、すぐに握り返した。
「リスカ=ピアレイです。こちらこそよろしくお願いします」
 にっこりと笑って言う彼女は、本当に軍服を着ていないと一般人にしか見えない。街中を親しい友達と歩いて、他愛ない話をして笑いあうような……普通の人にしか見えなかった。
 まぁ、言ってしまえばアグレスだって似たようなものなんだが。だからなのか、尚更この二人が並んで笑いあうと錯覚をしそうになる。――ここが争いの絶えない軍だという事を忘れそうになる……。

「ところで大尉、リスカさんは何を担当するんですか?」
「……あー、考えてなかったな……」
 アグレスと彼女の互いの紹介も済み、他の部下との紹介も済んだ後。俺達は奥の休憩室でお茶を飲みながら話していた。
「考えてない、って。……全く、ルヴェルさんらしいですけどもうちょっとしっかりしてくださいよ」
 少し前までは紅一点だったダイナが呆れた笑いと共に言ってくる。
「……う、でも得意な所とか訊かないとわからないだろうが!」
「それもそうですけど。だったら尚更事前に調べとくとか」
 ダイナに加勢するように、アグレスも言う。すると彼女が慌てて間に入ってきた。
「あ、それは無理なんです。急に決まったことでしたから……」
 その言葉に今まで俺を責めていた二人が同時に噴出す。
「???」
「はは、いや、別にいいんですよ。調べてたって、どうだって。僕等は大尉をいじめたいだけですから〜」
「そうですよ、だから気にしないでください〜」
「――お前等ねぇ……」
 二人してハタハタと手を振って言うもんだから、怒る気力さえ無くなる。
 その俺とは反対に焦ったような顔した彼女は、「え?あ、う?」と疑問符ばかり投げ散らしていた。
「……気にすることない、いつもの事だから」
 一人静かにお茶を飲んでいたセシークがうろたえている彼女に言った。
「あ……そ、そうなんですか」

 結局彼女は前に入ってたヤツと同じ“魔法”を担当してもらう事になった。魔法担当は主に俺の補佐、聞いたところによると彼女は相当腕が良いらしい。
 俺は本来なら来るべきではない実戦が少しだけ楽しみになった。
 ――と、同時に疑問も増える。
 彼女の地位は下がったとは言え“少尉”だ。それに以前は中尉だったんだ……部下はどうしたんだろうか?俺はそれが凄く気になったので、情報担当のアグレスに調べて置くように言っておいた。



 * * *



「大尉っ! 大尉!!ニュースです、ニュースですってば!!」
 彼女――リスカが入ってきてから三日後。資料の整理をしていた所にアグレスが飛び込んできた。
「……わかったから、そう大声で捲くし立てるな」
 とりあえず急いでいるらしいアグレスを近くの椅子に座らせて話を聞いた。
「で? 何がニュースだって?」
「大変なんですっ!またジェスリータの方から軍隊が出たそうです!」
「なにっ?!」

 ジェスリータ、それは丁度今、この国と戦争をしている国の名前だ。争い自体はかなり前からあるらしく、俺が軍に入った時はもう既に戦争が始まっていた。
 戦争、とは言っても昔のように一方的に弱いやつをいたぶる様な真似は絶対にしない。各国はそれぞれに軍隊を持ち、その軍隊を国の代表にして争わせるのだ。
 言うなれば、戦争とは国単位でのチェスの様なもの。俺達軍人は王の駒となって、戦い……果てる。だからこそ、軍に入るのは厳しい試験を受けなければいけない。そして、給料も高かった。でも当然だろう、王の為命を賭けるのだ、それ相応の対価を払ってもらわなきゃやってられない。

「ちょっとネットで調べ物してたら、裏の方から連絡が来たんです。……あ、勿論僕が軍関係者だって事はわかってませんよ。それで、そいつから聞いた話だと、どうもジェスリータの方は不意打ち作戦をしようとしてるらしいです」
 ……どうしますか?、と訊かれ俺は頭の中で今の言葉を繰り返す。
「ネットで、って言ったな? って事は今この情報を知ってるのは――」
「はい、たぶん僕と大尉だけです」
 小さく頷くと、そう返してきた。その言葉が返ってくると同時に、俺はすぐさまテーブルの脚の下の方に触った。そして僅かな切れ目にペンを差し込んで板を外し、中の物を取り出した。
「――セーフ。電源切れてた……」
 そう、此処には盗聴器が仕掛けられているのだ。それは、王が自分の為に命を賭ける軍人を全然信用してない証拠でもあった。
「大丈夫ですよ、僕がそんな事許すはずないじゃないですか」
 俺の行動を見たアグレスは、呆れたように言うとポケットから小さなリモコン?を取り出した。
「ちなみに、大尉の机の横のと電気の裏のと、本棚の間のと、ドアノブの中のと、僕達のバッジの分も止めてあります♪」
「え、ちょっと待て。そんなにたくさん仕掛けられてるのか?!」
 指折り数えながら言うアグレスに、思わず訊いてしまう。
「そうですよ、知らなかったんですか?ちなみに盗聴器だけでなく隠しカメラもあります。……ていうか、大尉が率いる“ジェイム隊”は上から目ぇ付けられてますからねー」
 いやぁ、と何故か照れながら言う。
「……な、んでだ?」
 聞かなくてもわかるような気がするが……
「勿論、大尉のその異常な昇級っぷりが怖いんでしょうね」
 ふぅ、と大げさに肩を竦めて見せる。そしてこう付け加えた。
「結局能の無い人たちはそういう事しか考えられない、って事なんですよ」
「はは……相変わらず言うねぇ、お前」
 爽やかに毒舌なアグレス、俺は同意する事も出来ず苦笑いを返した。
「――ま、何にしろこの部屋に仕掛けられてる機械類は全部止まってます。だから安心してください」



「それで……どうするんですか?」
 少し話しがズレてしまったのを戻し、本来の話題に返る。
「あぁ、それなんだが。ちょっと試したい事があってな……、まだ上には秘密にしておく」
「了解。それじゃ皆さんにもそう知らせますか?」
 チラリと奥の部屋へと続くドアを見る。あの向こうにはダイナとセシーク、そしてリスカが居るはずだ。
「いや、その前に知りたい事がある」
「……?」
 俺はちょいちょい、と机の方へ手招きをする。その動作にアグレスは首を傾げながらもこっちへやって来た。
「何ですか?めんどくさい事だったらお断りで――」
 そう言うアグレスの口を手で制しながら、小声で訊く。
「この前の、事だよ」
「もがもがっ……っふー……、ったくやめてくださいよね!この前、って言うとアレですか。リスカさんの」
 こくり、と頷きで返す。
「はいはい、ちゃんと調べてますよ。……ちょっと待ってくださいねー」
 上着の内ポケットを探ってメモリーを取り出す。そしてそれを俺のパソコンに差し込んだ。
 予め電源を入れておいたので、すぐにデータが立ち上がる。アグレスはブツブツと独り言を言いながらそのデータの中からお目当てのものを取り出した。
「これ、ですね。えっと、大尉のご質問でしたが――部下についてでしたよね」
 カチャ……ピッ、機械音が部屋に響く。
 画面に映し出されたのは何かの報告書のような物だった。
「中尉だった時の部下は四人。内一人は試験前にあった戦いに借り出されてそのまま死亡……男性、28歳ですね。後の三人は女性が二人、男性が一人で……まだちゃんと勤務しています。三人とも現在は事務のような事をやっているみたいですね」
 四人の顔写真――一人は黒のマーカーで×がしてある――を見ながらアグレスが説明する。
「……まだ三人残ってるんだったら、わざわざ俺の下に付かなくたって良かったんじゃないのか?」
「まぁ、待ってください。これは僕が極秘に入手したものなんですけどね、彼女どうやら試験が終わったすぐ後に上に頼みに行ったそうなんですよ」
 ふふふ、と眼を光らせながら不敵に笑う。俺はと言うと、ポカンと口を開けた。
「は? ……ますます解らん」
「理由はまだ掴めてないんですけど、たぶんこの前の試験に関係してると思いますよ」
 わかったらまた報告します、と言ってまた機械音を響かせた。
 次に出てきたのは、リスカについての報告書だった。
「別に調べろって言われてないですけどね、とりあえずリスカさんの得意分野だけでもお教えしとこうと思いまして」
「得意分野……あぁ、魔法の事か」
「はい。この報告書によると光系の魔法に強いみたいですね、あと幻術系」
 ほら、見てください、と画面に触れないようにして一箇所を指す。そこには確かにさっきアグレスが言った系統が得意だと書かれていた。
「……や、バイな。俺の闇のと対極じゃないか」
「えぇ、困りましたね。どうにかして調整出来ればいいんですが……」
 二人して悩んでいると、奥の部屋から人が出てきた。

「あれ、ルヴェルさんにアグレス君、どうしたんですか?」
 出てきたのはダイナで、その手には五つのカップと湯気を立ち上らせる紅茶ポットが乗っている盆があった。
「そういうダイナさんこそ、どうしたんです?」
 声と顔は至って冷静なんだが、その手の動きは明らかに焦っていた。物凄い速さでキーを叩き、データをパソコンから取り出したのだ。
「私はそろそろお茶の時間かなぁって思いまして……」
「……ダイナ、邪魔」
 盆の上の紅茶を指差しながら話すダイナの背後から、セシークが声をかける。
「あ、ごめんね」
「……別に」
 相変わらず無口だなぁ、なんて思いながら俺はアグレスの肩を叩いて小さく囁く。
「――また、後で聞く」
「了解」
 口を動かさない声は、そう返ってきた。
「よし、じゃぁ僕お菓子取ってきますね!」
 すぐに立ち上がって奥の部屋はへと姿を消す。アグレスはかなりのお菓子好きなのだ。

「ダイナ、今日のお茶は?」
「えっと……ふれーばーてぃー?でしたっけ、香りが良いお茶ですよ」
 カチャカチャ、と陶器の触れ合う音を響かせてカップを並べる。
 すると無口なセシークがいつものように片言で会話に参加する。
「“アールグレイ”」
「へ?」
 単語だけを言われて、つい疑問符を投げかける。
「このお茶の名前だ……正確には“アールグレイ・ニューヨーク”」
「あぁ、そうそう!割と有名な所のらしいですよ」
 うんうん、と頷きながらカップへと注いでいく。何とも言えない香りが漂ってきた。
「……ちょっとキツい匂いだな」
「大丈夫ですよ。匂いは強いかもしれないですけど、味はすっきりまろやか、ですから♪」
 こぽこぽと目の前で注がれるお茶を見つつ、奥の部屋へと視線をかける。
「そういやピアレイ少尉は?」
 一緒に出てくるのかと思っていたのだが、一向に出てくる気配がない。
「書類が溜まってるからもう少しかかる、って言ってましたよ。ほら、異動のヤツです」
 そう言った時、奥の部屋から話題に上っていた人が出てきた。

「お茶の時間に間に合いました?」
 自分の腕時計と壁にかけてある時計を見比べながらそう尋ねる。
「あぁ、まだ始まってないから大丈夫だ。……菓子がまだ来てないしな」
 彼女の奥に居るであろうアグレスに向けて少し皮肉めいた事を言ってのける。すると視線を向けた先ではなく、随分と近い場所から声が返ってきた。
「ふっふっふ、大尉もやっとお菓子好きになったんですね!」
「っっっ?!?! ななな、何だお前!向こうに居るんじゃなかったのか!!?」
 随分と近い――というか、隣から聞こえた声にかなり驚く。そして条件反射なのか、無意識に座っていたソファから立ち上がり2メートルは飛んでいた。
「そんなに驚かなくても、ちょっと“移動”してきただけじゃないですか」
 ばっくんばっくん、と煩いくらいに鳴る心臓部分を押さえながらふと考える。
 そういえばコイツ、“移動能力”持ってたんだっけ?、と。
「お、驚くも何も突然横に出現されたら心臓に悪いだろうが!」
 学習能力無さ過ぎますよ……、と大げさにため息を付くアグレスに向けて大声で言い返す。
 それにしてもいつも思うんだが、この“隊”の中で俺一番地位が低いんじゃ……てかなめられてる?でもそんな風に接してくれる事を嬉しく思っていることも確かだから。
 俺は色んな意味で頭が痛くなってきて、こめかみ辺りを押さえた。
 そしてもう一度、ソファに腰掛けなおした。



 * * *



「なかなか美味しかったな、今日のお茶は」
 コトン、と空になったカップを置く。匂いと比べると味はかなりシンプルで飲みやすいものだった。
「ですよね〜。“次からも是非とも飲みたいリスト”入っちゃいますよね〜」
「……リスト名、長い」
 片言のくせにきっちりとツッコミを入れるセシーク。しかしダイナはそんな事おかまいなしに続けた。
「実は、ですね!この銘柄のヤツあと2種類あるんですよ〜。“スイートオレンジ”と“ピーチアプリコット”!うふふ、明日はどっちにしましょうか〜v」
 俺はその様子を見ながらアグレスお勧めの“そんなに甘くないですよクッキー”を摘んでいた。その名の通り、そんなに甘くない。甘いものが苦手な俺に、とわざわざ買ってきてくれたらしい。
 ――そのクッキーを摘んでいたのだが、ダイナの発言で一瞬手を止めた。そしてカップソーサーの上にそれを乗せるとコホン、と咳払いをする。
「どうしたんですか大尉。風邪でも?」
 こんな咳で風邪なわけあるか!と怒鳴り散らしたいのを抑えて、睨むだけにしておいた。

「明日は……というか、今日の晩から少し出ようと思ってる」
 皆の顔を見渡しながら、そう言った。
「出る……って言うと、アレか……」
「でもルヴェルさん。今回は前からそんなに開いてないのに、ちょっと早くないですか?」
「……場所は、何処です?」
 アグレスを除く三人がそれぞれに返してきた。俺はそれぞれの言葉には返さず、先を続けた。
「極秘情報で、敵国の居場所がわかっている。上へは知らせていない……俺達だけで行ってみようと思うんだ」
「えっ、そんな事していいんですか?!」
 キョロキョロと辺りを見渡しながら、いつもよりトーンを下げた声でダイナが言った。
「普通ならダメだが、今回は別だ。試したいことがある」
 俺は斜向かいの位置に座るリスカへと視線を向ける。
「ところでピアレイ少尉」
「階級は付けなくても……あと下の名前でも良いです」
「それじゃ、リスカ。君の力を試したいんだ。
 得意なのは光系と幻術系だと聞いたんだが――合ってるか?」
 報告書を見たとは言ってもやはり本人に確かめなければいけないので、“誰から聞いた”のかは言わずにそう問いかけた。すると彼女は「え?」と言った。
「幻術の方はあってるんですけど。 ……“光”じゃなくて“闇”なんです」
「ってことはあの報告書って偽物なんですかっ?!――あ!」
 返ってきた言葉に俺じゃなく、アグレスが声をあげた。だがすぐに自分が余計な事を言ったのに気づいたらしく、口元を手で覆った。
「あの紙から知ったんですか。 ……。 ……ええと、兎に角“闇”が得意なんです」
 何だか少し焦っているようにも見えたがそんな事は関係なかった。
「“闇”の方が好都合だ、俺との連携がとれるからな。 ますます楽しみだよ、“試し”が」
 それに……、と続けようとするとリスカは俺が言おうとした台詞がわかっていたらしい。
 不敵に笑うと、後を継いだ。
「えぇ、勿論。“イリュージョン”もお見せしますよ」
 俺はその答えに、心の中でガッツポーズをとった。



 その後アグレスの方から詳細を説明してもらい、大体の役割も決めた。
 俺とリスカが攻撃担当、セシークは補佐、ダイナは回復。アグレスは別の場所からの指令担当だ。
「場所はオルク峠、敵の数はざっと1000だ。……そうだな、出発は0時きっかりにする」
 ここからオルク峠まで普通に歩けば半日はかかるが、移動は専らアグレスの魔法で行うので関係ない。
「くれぐれも他の隊に覚られぬよう気を付けること、以上!」

 3時のティータイムは、いつもよりも少し重い空気の中幕を閉じた。
※ ぷち ↓
「……なぁ、アグレス」
「はい?」
「どんくらいの間、機械止めてた?」
 機械というのは盗聴器やら隠しカメラやら……あんまりよろしくない類の物を指す。
「うーん、1時間くらいでしょうか」
「……その間、ずっと無音声・無映像なワケか……?」
 恐る恐る訊くと、アグレスは「あっはっは」と腹を抱えて笑う。
「まっさか〜、僕がそんな事するはずないじゃないですか。勿論、他の部屋に回線切り替えて色々と調整してますからね。大尉は余計な心配しなくってもいいんですよ」
 くくっ、と眼に涙まで溜めて返してくる。
 俺はちょっとだけムカついて、必要以上の音を立てて椅子に座った。