虚無を感じる5つのお題
「バカな事だと、そう思わないか」
 声を、かけていた。
 振り返る衣擦れの音。不思議そうな顔をしていたその女性はただただわからずに黙っていた。
 その手には書類。情報が詰め込まれた、ただの紙。
「……どうか、されたんですか?」
 恐る恐るかけられた声。
 怯えの感情が含まれた、声。
「いや――何でもない」
 その答えにあからさまにホッとして、彼女は定位置に戻った。

 机に向かう。
 本を手にとる。
 書類を作る。

 ――ヤツ等の事を、事細かに、わかりうる限りの情報を。

「……意味があるかなんて、もう知ったこっちゃないな」
 ただ、今この胸にうずく感情の元に。

 あの日生まれた、この感情を元に。

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 才能があって嬉しかった。
 教えられたら教えられた分だけ飲み込める容量の多い理解力。
 新しい事を覚える度に楽しかった。
 褒めてくれる人がたくさん居て泣きたい程に幸せだった。 ハズだ。

 アレを見るまでは。

 あぁ、ヤツ等は化け物だ。
 生き物は再生能力を持っていてもあんな風には決して働かない。

 切られたら血が流れ、修復には時間がかかる。
 抉られたら凹み、形は醜いまま残る。
 掴まれたら食い込み、痕が赤く腫れる。

 あぁ、ヤツ等は化け物だったのだ。

 見た目は変わらない。
 心も変わらない。

 一緒に過ごしていてそんなの十分にわかっていた。
 優しい人達だと、温かい人達だと。

 素敵な人だと。

 わかっていたけれど。

「……もうそろそろ、ここも離れなきゃ、な」

 ドア越しに聞いた言葉。
 この人達は、やはりいつかは居なくなってしまうのだ。

 僕を置いて――僕だけを、置いて。

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 時々、まるで手足が凍ったように冷たくなる。
 触ったもの、全てを冷たく閉ざしてしまうような温度。

 その代わり、胸が焼けるように熱い。
 自分のものではないように、強く打つ鼓動。

 ……それはある意味本当だった。

 僕は一度死んだ。
 剣で胸を貫かれ、一瞬で息絶えた。

 けれど今、ここに、在る。

 ……僕を、生き返らせたヤツが居るからだ。
 自分の力を押し込んで、無理に向こうから呼び戻した。
 何の了承も得ず、恐ろしい体にして、地獄に蘇らせた。

 傷つかない。
 死なない。
 成長しない。

 まるで時間が止まったように、動き出そうとしてもすぐに巻き戻されるように。
 僕の体は変化を一切受け付けなくなった。

 恐ろしい。
 気持ち悪い。
 汚らわしい。

                           だが、もう、成ってしまった。

 悔しいけれどもう戻れない。
 楽しかった日々、嬉しかった思い出、愛しかった人。
 全部憎しみに変えて滅びの鎮魂歌を紡ごう。

 ヒトに、国に、全世界に、今存在しているモノ全てに、恨まれるようなストーリーを。

 訳のわからない淋しさや悲しさは此処に置いていく。
 これでもう、僕はただの破壊者だ。

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 知らせは突然だった。
 いつものように、少し遠い街へと買出しに行っただけだったのに、帰ってこなかった。
 祖父がすごく怖い顔をして、集会に出かけていった。

 街は、 消えたらしい。
 人、建物、全てを破壊しくつされ、当然生きているモノは無かった。
 どうしてそこまでやる必要があったのか、そう思う程に酷い有様だったそうだ。

 村へは国の警備隊が来て、それを知らせていった。
 彼等は、灰で汚れた軍服を纏い、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、僕らに頭を下げた。
『助けようとしたのだが、我々の力が及ばずに……』
 そんな事を言いながら、若い軍人は泣き崩れた。

 そして、犯人の名前を告げていく。

 マ ジ ュ ツ シ 。

 一時の快楽を求めて、ただ、殺戮と破壊を……降り注いでいった、張本人。
 人を人と、思わない……化け物だ、と。

 僕はそれを胸に刻み込んだ。
 いつか、もし、出会う事があったら、殺してやるために。

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 全てを知った今となっては、僕のしてきた事は全てが全てお笑い種だ。
 だって、僕にとっての“悪”は、アイツ等だったのに、本当は、僕の側が“悪”だったんだから。

 目の前で彼女が泣いている。 あの、綺麗な紅色の瞳が雫を湛えて潤んでいる。
 その口が全てを語ってくれた。

 自分達の生い立ち、王国との関わり、警備隊による隠滅作戦の被害。
 そして、僕を生き返らせた事。

「本当に、ただ……生きて、欲しかったんだ」
 そう言って、涙を拭う。
 僕は立ち尽くしていた。

 だって、僕は。
 僕は。ずっと彼女を恨んでいて、憎んでいて、殺してやりたいくらいに思っていて。
 こんな体にしたのも、そういう事に及んだその気持ちも考えないでただ怒りと恐怖にだけ身を任せて。

 あげくの果てに、本当の黒幕だった“王国”に囲われて。

 彼女が言った。
 事の始まりは、王国の要請を断ったから。……王国の、ふざけきった命令を断ったから。

 それなのに僕は、王国の為に、あのバカ王の為にこんなに働いて、彼女達を追い詰めて。

 ――本当にお笑い種だ。

 後ろに居たルータミネスが動いた。早く僕を殺したくて堪らないんだろう。
 でもそれをファルギブが押し留める。彼だって僕を恨んでるハズだけど……あの時、関わってるから情が移ってるのかな。

 そうか、情だ。
 目の前の彼女の目的がなかなか達せられないのはそのせいか。
 僕を殺したくて、殺すつもりでここまで来たのにいざとなったら実行出来ないのは情が移っているから。
 “あの頃”の僕を知り過ぎているから。

 でも、それじゃダメだよルカ。君にとって僕は殺すべき人間だ。

 だから僕は、彼女達を恨んでいる“フリ”をして応対する。
 早く彼女が僕を殺せるように、殺した後に後悔しないように。

 彼女の魔法が放たれた瞬間に、彼女と目があって、思わず口が開いた。

 ――あぁ、やっぱりそんなの無理だよ、ルカ。

 ごめんね、僕は会った時から随分酷い事ばかりしているよ。
 だって今も君に罪悪感を芽生えさせて、心を抉ってる。

 ごめんね、ルカ。
 だって僕は、君の事が。




 魔法が“僕”を消滅させていく。




 きっと、ずっと好きだったんだもの。

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