……君へのせめてもの餞に、この花を贈らせてくれないか?
 君の好きな、そして……俺の好きなこの花を。何時までも君の心に残っていたい。そう、記憶の片隅でもいいんだ。――俺の事、少しでも、覚えていて欲しいから。
 え? あ……、ううん、そうじゃないよ。 ちゃんとした「花」。

 ――俺の作った偽りの花(レプリカ)じゃない、本物の花(オリジナル)を、君に贈りたい。 「別れようか」
 はじまりが突然だったように、終わりもまた、突然だった。

 心地よい春風に舞う花びら達が、シャワーのように降り注ぐ。お日様は優しく光を分け与え、風は大地の匂いを運ぶ。それぞれの生物が芽吹き、新たな生活をはじめる。人々は冬の後退と、春の前進を喜び、仕事に精を出した。休日ともなれば、父親は庭で子供と戯れ、母親は3時のおやつに腕を奮う。子供は感謝の気持ちとこれからの期待とを籠めて、近くの草原に生える花で冠を作り、両親に捧げた。
 ――そんな、季節のはじまりの頃だった。

「――え?」
 ストレートのカモミールティーを飲みながら、彼女は聞き返した。お手製のクッキーによく合うカモミールは、彼が庭園で大事に育てたものを使っている。
「別れようか」
 彼は紅茶カップの淵をなぞりながら、もう一度言った。指を動かす度にキュッ、という不協和音が部屋の中に響いた。
「わ、別れようって……何でいきなりそんな事っ」
「いきなり……? “いきなり”、なんかじゃ……ないだろう」
 焦って聞いた彼女に、彼は悲しそうに微笑んだ。紅茶カップから手を離すと上着のポケットにその手を伸ばし、一通の手紙を取り出した。
「そ……れは、まさかっ――!!」
 彼女は、その手紙の封蝋に使われている紋章を見つけると、口に手を当てて小さく叫んだ。
「わかるよな? レアの婚約者様(ゲスヤロウ)からのお手紙だ」
 彼は封が開いているその手紙を取り出すと、声に出して読み上げた。
「拝啓 リラン=ファブガ様。 突然の手紙に吃驚なさるでしょうが、少々申し上げたいことがございましたので、今回こうした形でお邪魔させて頂いた次第です。
 さて用件ですが、長々と書き連ねるのもナンセンスですので、一言、率直に申し上げます。
 私の婚約者のアスレアに手を出さないで頂きたい。来週には式も控えているというのに変な噂を立てられては溜まりませんので。ご高名なファブガ様のことですから、ご了承くださいますね? ……それでは、このあたりで失礼させて頂くことにします。
 ――追伸。 式の招待状も同封しておきます。是非いらしてください。
 サバラッサ=B=テック」
 パタ、手紙をテーブルの上に置いた。彼はその手紙を見つめた後、彼女を見た。彼女は顔を青ざませて俯いた。テーブルの下の足はカタカタと震えている。
「だってさ。 何で……、言ってくれなかったんだい?」
「なっ、何でって! わからないのよっ……。 先週、突然テックさんが家に見えて、父様と母様が応対したのだけれど、もういきなりでっ……わたし、どうしたら――!!」
 彼女――アスレアはそのまま顔に手をあてて泣き崩れた。赤みがかった長い茶髪がふわり、と風に揺れる。
「……一体、どういうことなんだ?」
 その様子に眉を潜めて、リランは訊いた。自分の思っていた展開と全然違うものだったからだ。――いや、ある意味当たっていたのかもしれなかった。
「もしかして……アイツに脅されて……る?」
「いいえ、違うの。テックさんは脅してなんかいないわ。 問題なのは父様と母様なのよ」
 涙を拭いながら、アスレアは話した。



 * * *



 コンコン
 扉をノックする音を聞いて、アスレアは身を起こした。
「はい? 開いてます」
「失礼致します、アスレアお嬢様」
 入ってきたのは、昔から――アスレアが生まれる前から家に仕えているメイドだった。
「セスターさん、何かあったの?」
 どこか、ソワソワしているセスターに少し疑問を抱きつつ、用件を訊く。すると、セスターはバッ、とベッドの近くまで飛んできて――そう、文字通りほとんど「飛んで」いた――アスレアの膝元に泣きついた。
「アスレアお嬢様! 私は何時でもお嬢様の味方でございますっ!!」
「……セスターさん?」
 突然、「味方」だのどうだの言われても意味がわからない。セスターは頭を持ち上げると、涙混じりの声でメイドとしての務めを果たした。
「旦那様と奥様がお待ちです。 テック家のサバラッサ坊ちゃんが参っているのです」
「テックさんが……? 何故……」
「――お嬢様っ、どうか負けないでくださいっ! お嬢様はリラン様と結ばれるのですっ!」
 ゴゴゴゴゴゴ
 疑問を投げかけたアスレアを他所に、セスターはバックに炎を背負って些か女性らしくないポーズをとった。足を広げ、「うおぉっしゃぁっ」とでも言うようにガッツを入れたのだ。
「セ、セスターさん……よくわからないのだけれど……?」
 アスレアは自分とは違う世界に飛んでしまったメイドの腕を引っ張り、なんとか同じ世界に連れ戻すと、呆れたように言った。でも、その顔は「呆れ」だけではない“引き攣り”があった。
「とっ、兎に角、旦那様と奥様がお待ちですので、こちらへいらして下さい」
 セスターはさっ、と道を開けると、アスレアを大広間へ連れて行った。

「おぉ、アスレア。 来たか」
 扉を開けてすぐに気づいたのは父だった。少し白髪が混じっているものの、まだ若く生気に満ち溢れている。昨今の中年おやぢと比べるとなかなか素敵なおじさまである。
「アスレア、こっち、こっち」
 まるで幼子のように手まねいて呼ぶのは母だった。父の隣に座る母もまた、年齢不詳なところがあり、”外見だけは”若い。綺麗なピンクの服を可愛く着こなしている。
「あ、はい……」
 アスレアは言われたように母の隣へと座った。4人がけのソファには、父、母、そしてアスレアが座っている。そして、向かい合う形で置かれているもう一方のソファにはサバラッサ=B=テックとテック家の執事が座っていた。
「あの……」
 その面子に疑問を覚えてアスレアは気づかれぬようにそっと母に尋ねた。
「――母様、テックさんはどうしていらしたのですか?」
 小さい声で訊いたにも関わらず、耳ざといのかテック本人に聞こえていたらしい。
「アスレアさん、こんにちは。 それには私から答えましょうか」
 一応テックはアスレアの幼馴染で、昔は呼び捨てで呼び合っていたのだが……数年前から突然、お互いに敬称付きで呼び合うようになってしまった。
 まぁ、それはさておき、テックは張り付いたような笑みを浮かべて言った。
「実はですね、貴方に結婚を申し込みに来たのですよ」
 そして、私達もそろそろ年頃ですからね、と付け加えた。
「そうよ、アスレア。 それにテックちゃんだったら母様、大喜びだわ」
 昔から母、ミリナはテックに“ちゃん”を付けていた。そりゃ昔は金髪碧眼ということもあってお人形さんのような可愛らしい風貌だったから似合っていたけれど……ううむ、今もかなりな美男子だがやはり“ちゃん”が付くとおぞましい生き物のようだ……。
「はっはっは、そうだな〜。母さんもこう言っていることだし、うむ、結婚しなさい」
 母と同じようにやたら滅多ら簡単に決めようとする父。アスレアは目の前で繰り広げられる、他の誰でもない自分の結婚について、少しばかり現実逃避していた。……が、ずっとしているわけにもいかないので、慌てて帰ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください!! 結婚だなんて!っていうか私、付き合ってる方がいるって言ったじゃないですか! 父様も母様も知ってらっしゃるでしょうっ?!」
 はぁっはぁっ、と肩で息をする。そんなアスレアを見て、母は顔をしかめた。
「ちゃんと、知ってるわ。 あの……魔術師さんでしょう?」
 “魔術師”、という単語を吐き出すようにして言った。
「なっ、なら何でこんな事――!!」
「アスレア、落ち着きなさい。 ……ほら、テックさんも驚かれてるじゃないか」
 一気にまくし立てようとしたアスレアを父が止める。確かに父の言うとおり、テックも、そして執事も目を丸くしている。
「すみません……」
「魔術師……というとリランの事ですか? リラン=ファブガ」
 アスレアがソファに座りなおすと同時に、テックが口を開いた。
「そうですわ。 テックさんも知ってらっしゃるでしょう? あの陰険な感じの――」
「母様っっ!!!!」
「……ごめんなさい。 でもね、アスレア。私達は貴方に幸せになってもらいたいのよ。
 だって、あの魔術師さんとは、一緒に生きることが出来ないのよ……?」
「わかっています。 わかってるけど……愛しているんです……」
 部屋中が静まり返った。
「そ……うですか……。 でも、私は諦めませんよ。アスレアさん、覚悟しておいてください」
 テックはそう言うと、執事を引き連れて家に戻っていった。

「レーアーちゃんっ、何でテックちゃんが嫌なの?」
 テックが帰った後、母ミリナが父と共にアスレアの部屋にやってきた。
「そうだぞ、レア。 テック君の家は金持ちだし、やりたいし放題なんだぞ?」
 ……えぇい、おっさん。何か説得の言葉が間違ってんちゃうかー?、と何処からか突っ込みが入るかと思われたのだが――
「わかって……るけど……人、操るのあんまり得意じゃないし……」

 …………・。

「――って、そうじゃなくてっ!!
 私はリランが好きなの!だから結婚するとしても、彼としかしない!」
 危うく口車に乗せられかけたが、はっと我に帰ると、そう言って両親を部屋から押し出した。部屋の外からは、二人の話し合う声が聞こえてきていた――



 * * *



「……ん? んんん???」
 アスレアの話にリランは首を傾げた。今までの話だと、アスレアはテックと結婚することにはなっていないはずだ。リランは首をカクン、ともう片方へ傾げると率直に訊いた。
「ちょっと待てよ、レア。 その話だとテックとは別に結婚しなくていいんじゃ……?」
「リラン、それなのよ。 父様と母様ね、私の影武者(ダミー)を作って、勝手に返事をしたのよ? 娘の意思も関係なしに!!それも式の日取りまで決めて……!」
 ダンッ、とテーブルを叩く。先ほどまで泣いていた人とは、とても思えない。
「うわぁ……、流石だなぁバルさん。俺にもその術教えて欲し――嘘です。ごめんなさい」
「と・に・か・く!! このままだと私、結婚しなきゃいけないのよ……」
 リランの言葉に一瞬頭から角が生えたが、すぐにちょっと前までと同じように俯いて、そのまま黙ってしまった。リランは少しの間、顎に手を当てて考え事をしていたようだが、唐突に立ち上がるとアスレアをバルコニーへと誘った。

「なぁ、レア? 俺さ、前から考えてたんだ……」
「――何を?」
 春風が吹いて、二人の髪を弄ぶ。リランは、薄い茶色の髪をかきあげた。
「俺は……魔術師だ」
「……うん」
「だから、レアとは……違う……」
「……うん」
 リランは手すりをギュッと握り締めると、無理やり笑顔を作って囁くように言葉を紡いだ。
「だから……、一緒には生きられないんだ――」
 風が、二人の間を吹き抜けていく。
「何よ……それ。 そんなの関係ないって! ずっと言ってきたじゃないっ!!」
「あぁ、言ってきたよ! でも、やっぱり……ダメなんだよ、アスレア……」
 いつもの略称ではなく、ちゃんとした名前で、リランは言った。アスレアはその言葉に肩を震わせると赤みがかった茶髪を振り乱すように、首を振った。
「関係ない!! そんなの関係ないわよっ! 全然、関係ない……!!!」
「アスレア! もう――別れよう……? その方が君のためになる」
「嫌よっ! 私は貴方と別れたくなんかない!貴方以外の人と結婚したり……しないっ!
 好きだったらっ、そんなの関係ないんだから――!!」
 アスレアは何度も首を振り、なだめようとするリランの手も寄り付かせないほどに、激しく体を震わせて泣いた。
「アスレア……」
 そう呟いて、手を伸ばす……けれど寸前で握り締め、動きを止めた。哀しみの表情を打ち消すと手に光を集め、アスレアに向けて放った。
「なっ、にを――」
「――大好きだったよ、アスレア。 いつまでも、愛してる」
 包まれていく光のに向けて、最後の愛を語った。瞳から雫を落として、でも顔は笑みの形を作りながら――消え行く光を見つめていた。



「ちっはーすっ♪」
「……邪魔します」
 ババン、と扉を開けて、少年と少女が入ってきた。しかし、それを出迎えるものは誰もいない。二人は顔を見合わせると、それぞれ首を傾げた。
「リランー? 居ないのー? 居ないんだったら返事しろーっ」
「……居なかったら普通に無理だろ」
 なかなか無理難題を押し付ける少年に対して、少女はクールに部屋の中を見渡した。
 そして、ある事に気づく。
「レアの物がない――?」
「え?」
「……ギルガ、先にレアの家に行こう。 いや……その前にアルの家だな」
「え? えぇっ?! ちょ、ちょっとルカ!! 待てってば!」
 ルカ、と呼ばれた少女は少年を置いてさっさと家を出て行ってしまった。置いていかれた少年……ギルガは、少し舌打ちをしてから少女の後を追った。



「ねぇ、今日でしょう? レアの結婚式」
 綺麗な深紅の長い髪を丹念に梳かしながら、女は言った。問いかけられた方は言葉ではなく、動作でもって答えを返した。
「わかってんの? それとも、本当にあのプータローに持ってかれるつもりなの?」
 髪を梳かし終わり、その深紅に似合う黒のリボンをシンプルに着ける。服も黒のリボン同様、黒で統一してある。赤と黒のコントラストが美しい。
「――聞いてるの? リラン」
「あぁ、ちゃんと聞こえてるよ、アル……」
 リランはソファに埋めた身を起こしながら答えた。
 此処は先ほどアル、と呼ばれていた女の家だった。とんでもなく大きい館で、部屋数は明確にはわからないが軽く100は超えるのではないだろうか?中世的な造りだが中身は新しく、また使いやすく整備されている。
 リランはよく此処に来る。それはアルがリランの友達であり、良き理解者であるから。それに……アルもまた、魔術師だったから。
「あと1時間ってとこね……。 レアが独身なのは」
 大げさにため息をついて、リランの反応を見る。反応は……一瞬、肩を震わせたようにも見えたが、結局余り変わらなかった。
「リラン。 本当に良いの? レアは、まだアンタの事――」
「わかってるよっ! でも……俺にどうしろって言うんだ!
 俺がレアの事幾ら好きでも、レアが俺の事どんなに愛してくれても……レアは先に逝ってしまうし、俺は、絶対残される。――死ねないから。
 魔術師だからってだけで……一緒に生きられないんだ」
 髪を掻き毟りながら辛そうに言葉を吐くリラン。アルは鏡の前の椅子から立ち上がると、ソファの方へ歩いていった。そして、腕を振り上げる。

 パシンッ

「魔術師だから? それは、あたしにだって言えることよ。でも、生きてるじゃない!レアとだってずっと一緒に生きてきたわ。アンタのは……ただの泣き言よ!」
 紅くなるほど強く、リランの頬を引っ叩く。何が起こったか理解出来ていない、そんな表情でリランはアルの顔を見た。
「それにね……その言葉はルカへの侮辱よ。ルカは……ちゃんと生きてるもの」
「――あぁ、「侮辱」だな」
 突然声がしたかと思うと、重そうな扉が開き、少年と少女が入ってきた。
「やっほー、アルにリラン」
「……どうしたの、二人とも。 レアの所へは行ったの?」
「いや、行っていない。 というか最初にリランの家に行ったんだが居なかったので」
 少女は、ソファに腰掛けているリランを見つめながら言った。
「アル、ちょっと席を外してくれないか?」
 ギルガも一緒に行っててくれ、と視線は固定したまま、付け加えた。
「あー……それじゃ、あたし達は先にレアの所に行っておくわね」
「ルカ、ほどほどにな?」
 二人はそれぞれ言葉を残して、部屋から消えていった。

「さてと、まずは確かめだな?」
 そう言うが早いか、少女ルカは手に光を生んでリランへ投げつけた。リランはそれに驚くこともなく、飛んできた光を素早く手で打ち消した。
「確かめにしてはちょっと強かったぞ、ルカ」
「当然だ。 2%だからな」
 光の感触に顔を顰めながらリランが訊く。
「2%て……いつもは何%なんだよ……」
「0.00000000001%くらい?」
 事も無げに言うと、手袋を取りながらソファに腰掛けた。リランもまた、ソファに座りなおす。少しの間、沈黙の時が流れた――
 先に口を開いたのは、ルカだった。
「率直に聞こう。 レアはどうした」
「別れた」
 すぐに返ってきた答え。それも、表情1つ変えずに放つ。
「それじゃあ、何か?本当にテック家の馬鹿と結婚させるつもりなのか?レアの意思関係なく、自分の身を守る為だけの選択か。 それとも……まさか、この期に及んで『レアの為だ』とか、思ってんじゃねぇだろうな?」
「……思ってたとしたら……どうなんだよ」
「問答無用で殺す」
 一瞬で部屋中に殺気が溢れる。少女の手には、既に光が集まっていた。
「じゃ、殺せよ。あぁ、そうですよ。俺は……この期に及んで『レアの為だ』って思ってんだよ!」
 顔を手で覆って俯き、そのまま時が止まるのを待った。
 ――が、幾ら経っても光は来ない。
「……ルカ?」
 不審に思って顔を覆っていた手をどけた。ルカは眉をひそめながら、呟いた。
「レアが……泣いてる……? アルが着いたのか……」
「泣いてる……? レアが、か……?」
 リランは心配そうに尋た。だが、ルカはそれには答えなかった。突然顔を引き締めると、ソファから立ち上がり、何かを探し出したのだ。
「くそっ、アルの馬鹿野郎……何処かに端末置いていきやがったな……っ」
 ブツブツと文句を垂れながら、造花を生けてある花瓶を逆さにした。
 カラン
 水の入っていない花瓶から、紅いピアスが落ちてきた。
「アルッ! おふざけは程ほどにしろっ!!」
 ピアスに向かって怒鳴りつけた。普通の人から見れば、それは「頭がおかしい」としか見えないだろうが、魔術師から見れば、それは普通のことだった。何かを端末にして、遠くにいる人間と話をすることが出来るのだ。また、端末が近くにあったりすると、イメージとして遠くの事が流れ込んでくることもある。
『ふざけてなんかいないわよっ!』
 ピアスの中からアルの声が聞こえてくる。その声が何処か焦っているように聞こえて、ルカとリランは顔を見合わせた。
「どうしたんだ、アル?」
『どうしたも、こうしたも無いわよ! 式が30分早まったのよ!その上、アスレアは泣きながら部屋を飛び出して行っちゃうしっ!!』
 在り得ないような話なのだが、アルの声に反応するかのようにピアスが暴れだす。ルカは暴れだしたピアスを無理やり押さえつけ、自らの耳に着ける。
「アル、今何処にいるんだ?」
『レアの家よ。 ギルガはレアを探しに行ったわ』
「わかった。 今すぐそっちに行く」
 さっと立ち上がると、バルコニーへと出る。リランは動きたいが、動けない……そんな感じでソファに座ったままだった。膝の上にのせられた手は固く握り締められている。
 けれど、何かを決心したように立ち上がった。そして、バルコニーへと出る。
「ルカ……俺――」
 俺も行く、と言おうとしたのだろうか?しかし、その言葉は最後まで言われなかった。
「遅いぞ。 ったく、ほら、行くぞ」
「……ルカ……」
 差し出された手は自分よりも小さいけれど、何処か心強かった。
 リランはその手を握り締めると、もう片方へと光を集める。
「さ……てと、行き先は、レアの家。 ライラ家だ!」
 ルカがそう言うと、二人は光に包まれて消えていった――