輝くような日の光に照らされながら、私は貴方と出会った。
綺麗な花達が咲き誇るなか、まるで妖精のように感じたわ。金に近い茶色の長い髪が風に揺れるたび、貴方の周りには蝶々が飛び交うの。
 その幻想とも思える光景に私は思わず、手に持っていたバスケットを落としてしまった。久しぶりに花畑でランチをしたい、って言って作って貰ったサンドイッチも、デザートのフルーツ達も少し潰れてしまっていたっけ。
「あれ……、人……?」
 その私に気づいた貴方は花の絨毯から身を起こして、こっちを見た。トロンとした眼をしていたから、寝ていたんだろうなぁって思った。けれど、その眼はすぐに鋭いものに変わった。身体も、心さえも貫くような鋭い眼。
「人間かっ……。 しくじったな……」
 服についた汚れを払うように手を動かし、チラリと私の方を見た。
 私は言われた言葉を理解出来ずに、ただ、貴方を見ていた。
「何だよ……そんな眼で見るなって……」
 髪をかきあげながら苦笑交じりの表情で近づいてきた。自分より大きな影が上にかかり、お日様は視界から消えた。少しずつ足が震えてきて、でも逃げ出すことも出来なくて。でも貴方はそんな私を見て、手から花を生み出した。
「ごめん、怖がらせたかな? はい、これやるよ」
 そう言って渡された花と、貴方の笑顔。紫色のチューリップに似た形の花。けれど、私にはわかっていた。
 ――これは本物じゃない。
「あ、あの……」
「ん?あ、これ? これはな、俺が作った偽りの花(レプリカ)ってヤツだよ」
 くしゃっ、と頭を撫でられた。
「あ……ありがとうございますっ」
「いや、礼なんていいよ。 ただ、俺が此処に居たって事、誰にも言わないって約束してくれるか?
 お父さんにも、お母さんにも言っちゃダメだ」
「うん。約束する」
 首を縦に振って答えた私に、貴方はまた、笑顔をくれた。
「ありがとな、お嬢ちゃん」



 * * *



 バンッ
 すごい勢いで、本来ならそこから入ってくることは少ない……バルコニーと部屋とを繋ぐ扉が開かれた。でも部屋の中にいた人物はそこから入ってくることを予想していたらしかった。
「ギルガは?! レアは見つかったのか――?!」
「まだ見つからないわ。 ったく……何処に行ったのかしら!」
 部屋の中を行ったりきたりしながらアルが答えた。手には何か持っているようだ。
「アルっ、式の方はどうなっているんだ!?」
 リランが早口で捲くし立てる。それにアルは黙ったまま首を振った。
 ――と、その時扉が……ちゃんとした方の扉が開かれた。
「アスレアお嬢様! いらっしゃいますか?! アスレアお嬢様!」
 入ってきたのはセスターだった。セスターは部屋の主人が居ないことよりも、今、部屋にいる面々に驚いたようだ。
「まままままま、まぁ!! 何故あなた方が此処に?!」
 まるで酸欠状態の金魚のように、口をパクパクと開ける。
 アルとリランは突然の訪問に吃驚して、体が固まったまま、眼だけでセスターを見ている。
「あー……お邪魔しています」
 ルカだけは平然としていたようで、とりあえず挨拶をした。
「いらっしゃいませ。 ……って、だから何でっ?!」
 セスターも流石、長年メイドをやっているだけあって挨拶だけは返した。けれど……すぐに一人で突っ込んだ。しばらく頭を抱えてウンウン言っていたが、リランに気づくと閃光のように駆け寄って、何と、胸倉を掴んだ。
「あぁぁっ、もうリラン様のせいですよ!! お嬢様を食べたんですかっ!!!」
「――えぇっ?!」
 食べ、食べ・・?と小さく口の中で繰り返す。……自分はそんな得体の知れないモノだと思われていたのだろうか? が、アルがそっとセスターを剥がすと丁寧に訊いた。
「セスターさん、お久しぶりです。 ところで……レアはまだ見つかっていないのかしら?」
「はい。 人間も、とりあえず命のある者も、全員駆り出して探しているのですがまだ見つからないのです。 ……式に出たくない気持ちもわかりますけど……」
 だってアスレアお嬢様は……、と言ってハンカチを取り出すと涙を拭った。
「アスレア……何処に行ったんだ……」
 呻くように呟く。そんなリランをルカが隣からど突いた。
「なっ、何するんだよ、ルカ!!」
「何するんだよ、じゃねぇだろ。 レアの行きそうな場所、何処か知らないのか?」
「あいつの行きそうな場所だなんて……そんなの――!!!」
 突然、何かを思いついたようにリランはバルコニーへと駆け出した。ルカとアルはすぐにその後を追う。
「何か、思いついたのか?!」
 ルカがそう問うと、リランは自信満々な笑みを浮かべた。
「あぁ、1つだけ……思い当たる場所があったんだ」
 そう答えたかと思うと、風が吹き、リランの姿は消えていった。
「……何なんだアイツ……、それは何処なんだ、っつーんだ……」
「――ホントにねぇ。 ま、良いじゃないの。 ほら、お茶でもしましょ」
 ワケのわからない内に置いていかれた二人はそれぞれに不平を垂れながらも……優しい微笑みを浮かべた。
 そしてアルは、自分の家じゃないというのに、やけにテキパキと、お茶の用意を始めていた。





「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くそっ、何処に言ったんだよレア!」
 草木の伸びだした草原で、黒髪の少年が走っていた。自分の背には到底届かないような草達ばかりなのだが、歩くたび、走るたびに進路を邪魔する。少年はいっそのこと全て焼き払ってしまおうかなどと、物騒なことを考えた。
「あぁぁっ!! うぜぇっ、お前ら邪魔じゃぁっ!!」
 ふんぎゃーっ!と、さながら某怪獣さんのように踏み荒らしながら進んだ。
 そして、手の中に握り締められたピアスに向かって怒鳴る。
「アルーっ。 レア、まだ見つからないのか?!」
 すると、ピアスは紅く光り、言葉を返した。
『あ、ギルガ? もう帰ってきていいよ』
「ルカ! へ? ”帰ってきていい”だぁ?!」
『うん。リランがどっか飛んでいったから直に見つかるよ。 だからもう帰ってきたら?』
 今、お茶飲んでるから早めにね〜、とアルの声も聞こえてくる。ギルガは呆然とその場に突っ立っていた。……人が一生懸命走り回っている時に自分達は優雅にお茶飲みかよ……!!と思いながら。けれど、そのまま突っ立っていても、お茶はどんどん冷めるし、お茶請けであろうクッキーやスコーンは数を減らしていくだけだ。
 ――なら、早いとこ帰るか。
 そう、自分の中で決定して、光を集めたときだった。
 目の前を、アスレアが通ったのだ。

「あ……、レア!!!」
「――……ギルガ?」
 逃げ出さないように、そのまま空気に消え入らないように、ギルガは急いで駆け寄った。
「レアッ、探したんだぞ!何処行ってたんだよ……」
「……」
「あー、……逃げ出したい気持ちはわかるけどさ?逃げ出す前にする事、あるだろ?」
「……ごめ――」
「ホラ、荷造りとか、金庫から金かっぱらうとか――」
 何かもう、どうしてくれようか……。アスレアが小さく謝ろうとしているというのに、ギルガは何を思ったか、身振り手振りで、逃げ出す時――しかも、夜逃げだと思われる――の方法を説明しはじめた。
 アスレアはそんなギルガを見て少し考えた後、全然違う話題をふりかけた。
「ねぇ、ギルガ。 ルカと居て――怖くない?」
「いや、だから金庫のナンバーの解除法は……って、え?」
「ルカと居てさ、怖くなったりしない? って聞いてるの」
 いつの間にか、話している内容が夜逃げの方法から強盗の上手いやり方の説明に変わっていた。けれど、アスレアは微動だにせず、ギルガを見つめた。
「ルカと……?」
「うん。 だって、ルカも魔術師でしょ? ルカもアルもリランも……皆、隠そうとしてるけど無駄よね。――だって3人とも、ううん、ギルガ。貴方だって、私と初めて出会ったときと何一つ、変わっていないんだもの。アルとリランは自分の口から「魔術師だ」って言ってたけど。
 ルカも……そうよね?」
 口を開けて、何かを言おうとするが言葉が出てこない。ギルガは一生懸命、言い訳の言葉を頭の中で考えたが、首を振って諦めたような表情をした。
「あぁ、そうだよ。 ルカは魔術師だ。魔法使い……じゃなくてね。 でも、俺は違う。俺は――俺は所詮、器だから……」
「知ってたわ。 ギルガの事も。 伊達にライラ家の一人娘やってないもの」
 アスレアはそう言うと、腕を上に上げて、光に透かした。
「昔ね、貴方たちに出会ったとき、まさかリランを好きになるなんて思ってもみなかった。
 自分と年がすごい離れてるし、彼……アルと仲良いじゃない?だからてっきりあの二人、恋人なんだと思ってた。ギルガはどう思ってもルカと出来てたしね〜。
 でもさ、気づいたら好きだったんだよね。人を好きになったら、その想いはもう誰にも止められない。
 だから意を決して告白して、付き合いだして――」
 手を下ろすと、胸の前でギュッと握り締める。
「――怖いの。私、時々怖くて仕方がないのよ……。
 私とリランは違うから、いつか絶対に別れが来る。それは……私が死ぬときかもしれないし、世界が終わるときかもしれないし、……彼と別れたときかもしれない。
 小さい頃は、それがどんな風に来ても、運命だと思って受け入れられるって思ってた。
 けどね、年を重ねる毎に、ますます自分だけ違うって思い知らされて。私だけ変わって、一人だけ走って……貴方たちは時が止まったようにそのままで。
 本当はテックさんが来たときからわかってたの。リランが言うことなんて――いつも……いつも、単純なんだもの……私の事なんか、私の気持ちなんかこれっぽっちも考えないで」
「レア……」
 アスレアはスカートのポケットから小さなガラスのカケラを取り出すと、空に撒いた。日の光に照らされて、ガラスを通した場所は虹色に輝いた。
「だから、もう止めにしようと思って。
 昔から考えてた。
 私が、貴方たちと――リランと別れるときは、私が死ぬとき」
「なっ?!?!」
 手を広げて、術を唱える。ギルガは慌てて止めようとしたけれど、彼の魔力では到底足りなかった。空に撒いたカケラ達が赤く光り、何も写さない、黒い空間が生まれる。
「黒い世界と 白い世界。 どちらも虚無には変わりなく。 人々は“思考”を捨て、感情を捨てる。 私は貴方たちと共に在ろう。 ――さぁ……仲間に入れて頂戴……」
 綺麗なソプラノが響くと、黒い空間がブレてアスレアを包みだした。
「アスレア!! レアッ!!! レアッッ!!!!」
 必死で黒い闇に包まれていない腕を掴む。風が発生しているらしく、アスレアを中心に突風が生み出される。
「くそっ、離してたまるかよ! ルカッ、アルッ! 聞いてるんだろ?!来てくれ!!」
「ギルガ、もう離して。 最期くらいかっこよく逝かせてよ……」
 掴まれた腕を振って、ギルガの手を振り解こうとする。瞳からは涙が溢れる。
「無理に決まってるだろっ! 待てよっ、レアッ!!」
 口ではこう言うけれど、掴む腕の感覚はどんどん無くなっていき、自分も黒い闇に呑み込まれようとしている。
 ――あー、もうお終い……?
 そう、思った時だった。
「ふざけるなっ! 俺を置いていく気かよ、アスレア!!」
 突然、光と共に現れたリラン。グッ、とアスレアの腕を掴むと、もう一方の手を黒い闇に向けた。光と闇が対立して、稲妻が起きる。
「お前等にはもう用は無いっ! 去れっっ!!」
 ブオォォォン
 闇は再びブレたかと思うと、すぐに姿を消した。
 アスレアの腕と足に、少しだけ残りが居たけれど、リランはそれも消した。
 そして、ギルガに先に行っててくれないか?、と言った。
「お、おぅ。 えっと……その……、そうだ! 紅茶が冷めるもんな!」
 それじゃっ、と崩した敬礼の形を取ると、ギルガは消えていった。





「アスレア」
 そう、呼ぶと、アスレアはビクッと肩を震わせた。
「な、何よ……」
「アスレア」
 一歩一歩近づきながら、また名前を呼ぶ。
「――アスレア」
「……なっ、何よ! 私の邪魔しないでよっ! 私、もう――」
 腕を振ってリランが来るのを防ごうとした。けれど、リランはその腕を掴んで自分の方に抱き寄せた。アスレアが防ぐ間もなく、腕の中に閉じ込めた。
「無事で良かった……」
「……リラン……」
 アスレアはそのまま背中に腕を回そうとした。しかし、寸での所で止め、反対にリランを胸を押しのけた。そして、さっと腕の解くと少し距離をとる。
「何しに来たのよ……。
 もう、私には用がないでしょ?! 別れたんだもの! もう……関係ないじゃないの!!」
 ボロボロと涙を零しながら、それでも虚勢を張って大声で言い続ける。
「リランは……! もう関係ないんだから!私の事なんかどうでもいいんでしょ?お願いだから……もう、惨めな気持ちにさせないでよ――!」
 その言葉に明らかに悲しんだ顔をして、リランは俯いた。
「ごめん……。 俺は……、レアの為だと思って……」
「私の為?ふざけないで! 私の為を思うなら、本当に思ってくれてるなら、あんな事言えっこない! 一緒に居てくれるだけで、幸せなのに!」
 顔を手で覆って、その場にしゃがみこむ。風に誘われて、花達の匂いが舞う。
「――俺は……俺はな、レア?」
 近づいてきて、しゃがみこんだアスレアの前に膝をついた形で座るリラン。拳をぎゅっ、と握り締めて、風で長い髪が舞うのも無視して話しはじめた。
「俺は怖いんだよ。 何時か、絶対にレアは俺から離れてしまう。
 それがいつだったとしても、それは絶対に来る運命。
 俺は――死ねないから。アスレアが逝ってしまっても、一緒には逝けないから――
 だから、……俺は臆病だから、そうなる前にもう離れてしまおうと思ったんだ。――レアの為だなんて言ってるけど……わかってる、本当は自分の為だったんだ。
 レアがどんどん大きくなって、会った時はまだ小さかったのに、今では俺たちと同じくらいの外見だ。それが、怖くてしょうがなかった。置いていかれる日が近づいているんだ、って思って無性に逃げ出したくなったんだ」
「リラン……」
 アスレアは顔を覆っていた手をどけ、リランを見つめた。リランもまた、見つめ返して、アスレアの手を取って自分の手と重ねた。
「ほら、もうほとんど変わらないんだぜ? 会った時は本当に小さかったのに……」
 男女の差はあるものの、標準的な大きさの二つの手。リランはそのまま握り締めると、もう一方の手で自分の胸に押し付けるように、アスレアを抱いた。
「でも……もう逃げないから。 あれから、いや、前から考えてたんだ。俺なりに……」
「……リラン?」
 少しの間、沈黙と共に抱きしめていたのだが、ふいに離すとアスレアを立たせ右手の甲にそっと口付けた。
「アスレア=R=ライラ様。 俺と――賭けをしてください」