結局、どう足掻いたって事実は変わらない。



 目の前の靴箱に一通の手紙が入っている。
 手に取り、宛名面に自分の名前、裏には可愛い文字とハートのシールを確認する。差出人の名前は無いが、中の便箋に書いてあるのだろうか。
「慎也、教室行かないのか……って、おおお!それはあの、ホラ、あれ!」
 後ろから声をかけてきたのは直哉。
 周りの人間はよく似た双子だって言うけど、正直そいつらの目は節穴だと思う。
 だって、こんなに直哉は可愛いのに!僕より背も小さいし、目も大きいし、体だって華奢な感じで、こう、守りたくなるような雰囲気があって。
「うっわーぁ、ラブレターだ!すげぇなぁ、慎也。俺こんなの貰った事無いって!」
 キラキラと漫画的表現が辺りに散らばっているかのような笑顔をこちらを向けて、直哉はそう言った。
 コイツは……“コレ”が何を意味するのか、わかってるんだろうか。
 もし僕がこの子に会って、もしかしたら好きになっちゃって、その子の事が僕の一番になるかもしれないっていうのに。――それが、嫌だとか怖いだとか思ってくれないのか?!
「差出人トコ名前無いな〜。俺の知ってる子だったりして! 付き合ったりするのか、慎也?あ〜可愛い女の子とデートかぁ、羨ましいぜ!」
 その、毒にも近い言葉を発している口を今すぐに塞いでやりたい。
 僕は「さぁ、どうかな」とだけ返して、手紙を鞄にしまいこんだ。
「じゃ、な」
 教室の階が違うので階段で別れる。
 僕が階段を上がっていく時にはもう直哉はクラスメイトに話しかけて楽しそうに笑っていた。

 全てが全て、憎らしくなってくる。

 少なくとも昔はこうじゃなかった。
 まぁ、感情は兄弟・双子のソレと違うモノだったのは認めるけど。
 でもまだもうちょっと余裕があったハズだった。
 こんな風に、直哉の周りの人間全員に嫉妬するなんて有り得なかった。

 ――ここまで進行した発端はわかってる。
 後で事故だとわかったけど、当初は自殺未遂だと思われていた小火騒ぎ。
 “アレ”で、僕は大切な人を失う恐怖を知った。
 目の前が真っ白になって、世界が一気に意味を無くした。
 ……まぁ、無事に意識が戻ったからいいものの、本当に後追いしようかとさえ考えたしね。

 椅子に座って今日の分の教科書やらを机の中に移動させる。
 ハラリ、とさっきの手紙が落ちた。
 ――周囲をサッと見渡し、手紙の封を開け便箋を取り出した。
 そこにはお決まりの文章と放課後に屋上に、というベタな呼び出し場所が書いてあった。
 名前も最後に書いてあって――おぼろげに思い出す。そう、確か1年の時に同じクラスだったような……。



 あれよあれよと授業は終わり、放課後へ。
 僕は律儀に屋上へ向かってそして告白を受け、丁重にお断りをした。
 涙ぐむ女の子に悪い事をしたな、と頭の片隅で考えつつも、どうする事も出来ないので去っていくその背中を無言で見つめていた。

「はぁ……」
 フェンスに寄りかかり、肩越しに下に見える校門へと目を向ける。
 部活に入っていない人間が下校して行くので人は多い。

 なのに、すぐに見つけられる――直哉。

 同じクラスのヤツ――名前は確か、東堂とかいったか――と楽しそうに何か話しながら歩いてる。
 体を反転して、思わずフェンスを握り締めた。
 隣に在るべきは僕だけでいいのに……!

 幾ら睨みつけても遠く屋上からの視線に気づくはずも無く、校門を出た2人は見えなくなった。



 * * *



 家に帰ると、どこか期待しているような顔の直哉が出迎えてくれた。
「どうだった?やっぱ告白?てか誰だったんだ?」
 ワクワクという文字が顔に描いてあるかのようで、それを見て胸の奥が痛んだ。――面白がってるだけにしか見えなかったから。
「告白はされたけど断ったよ」
 サラリと返して2階の部屋に行こうとすると、
「……ん、そっか。あ、じゃあアレか。別に好きな人がいるとか!」
 階段下から、そんな言葉をかけられた。
「好きな――人?」
 思わず足を止めて振り返ると、直哉は「あれ違うのか?」と首を傾げていた。
「だって断ったんだろ?てことはつまり、その子とは付き合えないワケがあるって事で。だから好きな人がさぁ、いるのかなって」
 確かに好きな人はいるけれど、そんなの言えるハズが無い――。
「……別に、断る理由は他にもあるだろう?」
 だからこう返したら、今度はウーンと唸って「でもさぁ」と言ってきた。
「理由も無く断られたら諦めきれないと思わねぇ?いつか自分を好きになってくれるかも!とか思いたくなるって!」
 両手を握って強く言い放たれた言葉はどこかリアルさがあるように聞こえて。
「――直哉は、そういう風に誰かに断られた事でもあるの?」
 気がついたらそう聞き返していた。
「……え?」
 一瞬ビクリと肩を震わせて、
 でもすぐに表情を緩ませて、
「バカだなー、慎也。俺が告白とかした事あると思ってんのか!この超オクテな俺が!……てか好きな人なんかいねぇよ」

 ――嘘だな、と思った。

 直哉にはきっと、好きな人がいるんだろう。

 僕は顔が強張りそうなのを必死で抑えて小さく笑った。
「そう。僕も今好きな人いないけど――じゃあ次からはそうやって断ろうかな」
「次!次が絶対あるって思ってる辺りがちょっとムカツクな!」
 帰ってきた言葉が茶化しだったので、軽くあしらってから2階へ上がった。

 自分の部屋に入って鞄を放り出すとベッドに突っ伏した。
 どうせ嘘を吐くなら誰かのために、誰かを救えるくらいの嘘を――時々そう思ったりはするけれど、いつだって出てくる嘘は保身の為だ。それがすごく嫌になる。
 直哉は何で僕に嘘をついたんだろう。あんな態度じゃバレバレなのに……さ。
 僕には言えないような相手?僕が昔フッた子?
 ――でもそんなの、僕の“好きな子”よりかずっと言い易いハズだよな……。

 あぁ、僕は一体いつまで自分の為にこの嘘をつき続けるんだろう。
 いつか気持ちを伝える事は出来るんだろうか。


「しんやー!シュークリームあるぞー!」
 階下から直哉の呼ぶ声が聞こえる。
 ベッドから起き上がり、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
 ――まだ今は弟でいなきゃダメだから。

「今行くよ」
 階段上から声をかけて降りて行く。
 リビングでは僕が来るのを待っていてくれたのか、皿の上にはまだ2つシュークリームが乗っていた。
「早く食べよ!母さんが賞味期限ヤバイからって朝言ってたし」
 ソファに腰掛けると、その横に座ってきて、ていうか近い近い!!
「実はさー、コレ、味違うんだよ。イチゴと抹茶。だからさぁ、慎也。半分コしよ?」
 にこ〜って笑って、って、だから、もう――可愛すぎるって!!!
「わ、わかった。じゃあ包丁取ってきて……」
「半分食べて、そんで交換したらいいんじゃね?包丁めんどいし」

 ちょっ、もおおお!!!!!
 頼むからそんなに僕を試すような事ばっかりしないでくれ……!!
 ――本当に嘘をつき続けて、ちゃんと弟でいれるのか、別の意味で心配になるよ……。



 結局、イチゴも抹茶も大半は直哉に食べられました。
 でも、まぁ、直哉の笑顔が見れたから――いっか。
ぐだぐだ慎也さん。ちょっぴり幸せ風味。

2008.12.15.