ファルについては、まだまだわからない事がたくさんあった。
とりあえず今の時点でわかっているのは名前と、ゾンビだという事。――それに、性格がとことん悪そうな事ぐらいだ。いや、もう……悪いというかなんというか……。
コレは、旅をはじめてしばらく経ってから、わかった事だった。
人が多いと“裏の世界”というものが出来る……これはもうお約束だろう。グルテマもこのお約束に漏れず、表では眩しすぎる……つまり、後ろめたい職業の人たちが集まる裏路地があった。
普通の人は表街道を通るのでほとんど関係ないが、一応ファルがゾンビだという事を考えて、人の通りの多い表街道を通るのはやめようということになった。
そして、裏路地に入った。
* * *
「よーよー姉ちゃん、俺らと遊ぼうぜぇ」
まずはじめに僕らに声をかけてきたヤツ等は、こう言った。
もちろん僕は男だ。外見もとてもじゃないが、女に見えるほど女々しくない!――はずだ!
だから、この「姉ちゃん」という単語はファルに向けられているのだとわかる。ファルはというと髪の毛を無造作に伸ばし、なおかつ女顔だから勘違いされたのだろう。
普通なら、ここで「俺は男だ」とかなんとか――ていうか、人間じゃないけど――と否定すべきだろう。しかし、このクソゾンビはこう言った。
「え〜、あたしお金なくって〜、オゴってくれる?」
待て。ちょっと待て。……いや、いっぱい待て。
これを聞いた瞬間、僕の背中には鳥肌が立ち、ファルから2メートルは離れた。それを見て怪訝な顔をした男達だったが、ファルの手を取り小道に入っていった。
僕はファルが何をされてもいいが、男達があまりにも可哀相――だってゾンビなのに、しかも男なのに――なので、そっと小道を覗いた。
小道を入ってすぐの所で、ファルは男達に囲まれていた。
あれが女性だったら恐怖のあまり顔がゆがんででもきそうな所だが、生憎ファルは女性ではない。
――いや、人間ですらない。
「おー、姉ちゃん、可愛い顔してんじゃん?」
「お金なくて酒飲めるとでも思ったの〜?」
「あ、もしかしてこういう風になるのわかってた? 期待してた?」
男達はウザイ声を出し、ファルをからかっていた。……まぁ、アレがからかっているつもりなら、の話だが。しかし、ファルは何事もないように平然として立っている。それが気に障ったのか、一人がファルの腕を掴んだ。
「おぃ、姉ちゃん。 いい気になってんじゃねぇぞ!!」
ファルは掴まれた腕を見つめた。そしてやけににっこりと微笑んで掴んだ男の顔を見つめ――その瞬間、肌が、腐った。――といっても実際に腐ったわけではなく、あれはおそらく「イリュージョン」。何もしてないと思ったら呪文を唱えていたらしい。
……ん? っていうかアイツ、魔法使えんのか?!
「あ……あわわわわわ、なんだこいつ?!?!」
男達が恐怖の表情を浮かべた……と同時にファルの顔は元に戻り、男達をなぎ倒していた。文字通り、なぎ倒す。両腕を広げ、男達の鳩尾を狙い、一気に片付けた。
そして、
「ふっ、他愛もない」
そう言って男達の懐を探り、財布を取り出す。取り出した財布から当然のように中身を抜き取り、僕の方へと歩いてきた。その顔は、「フフンッ」とでもいうような感じで……もちろん腐ってはいなかった。
「――っておぃ!! 勝手に盗ってきたらダメだろ! いくらアイツらが悪くても!」
「あ?何を言ってるんだビスター。 あいつら『オゴる』って言ったんだぜ?
だからありがたく、頂戴してきたまでの事さ」
「いや……な?その……はぁ……。まぁ、そうだな」
僕も家からお金を持ってきてはいたが、それもいつかは尽きることを考えほっておいた。
しかしそれで調子に乗ったのか、それからずっとお金に困ると――そして、困っていなくても――ファルは男をだまして貢がせる、最低の女を演じていた。
ファルは、それを「生活の為っしょ?」と言っていたが……、僕にはストレス発散のために喧嘩をしたい、という風にしか見えなかった。
* * *
家を出てから早、一週間。
……一週間も経ったのに、僕らはまだ街から出ていなかった。
いくらグルテマがでかくたって一週間はないだろう、と思う貴方は正しい。
僕だって早く出て行きたかった――出て行きたかったのに!!
「ねぇ、お兄さんv奢って〜〜Vv」
女は割りと見かけのいい男を捕まえてはこう言い、男はその誘いにのり、奢るどころか有り金全部を持っていかれる。後々警察に届けようにもあまりに情けないので、誰も届けない。
女は、今日もカモを探して街を練り歩く――
あー……、もちろん「女」ってのは……ファルだ。
僕ら――というかファル――の生活は今のとこ、こんな感じだ。お金は巻き上げてくるのでたっぷりある。お金があるとふかふかのベットの宿に泊まれる。ほっかほかの美味しい物が食べられる……。
そう、僕らはハマっていた。居心地のいい暮らしになれてしまっていたのだ。でも、いつまでもこうしてはいられない。焦りにも似た気持ちが、生まれはじめていた。
「ファル!!!いい加減に街を出るぞ!!」
「えーーーー、やだぁぁ」
「僕の前までブリっ子するな。 鳥肌が立つ」
「ちっ」
「兎に角。明日の乗合馬車のチケットとってくるから!お前は此処にいろよ。
間違っても男をたぶらかしにいくな。 わかったな!」
ちょっとキツめの口調で言い放つ。ファルは明らかに不機嫌そうに顔をしかめた。
が、何を思ったかにへら〜と笑った。
「な、なんだお前。すげぇ気持ち悪い」
「ビスターさぁ? 俺を一人で置いてくと、どうなるかわかんないよ? な の で!!
俺も一緒に行ってあげる(はぁと)」
キャァッ、と片足を上げて俗に言うブリっ子の典型的な見本を示した。色素の薄い茶色の髪の毛は、陽に当たり、金色にも見えた。
だが、そんな事、僕には関係なかった。
「…………・・だっ、誰か助けて…………・」
ものすごく気持ち悪い。今まで……歴史上に、語尾にハートを付ける様なゾンビが存在したか?いや、その前にこいつ本当にゾンビなのか……?
と、ここで僕はある事に思い当たる。
――そういえば、僕はまだファルの肌が腐ったり、いかにもゾンビ〜といったような状況を見た事がないのだ。……こっ、こいつ!! ハメやがったのかっ?!?!
「なぁ、ファル。 お前って本当にアンデットなのか?」
「は……? 今更何言ってんの? あっ、わかった!アレっしょ! ナーイスジョーク!!!」
ファルは可笑しそうに腹ををかかえて笑った。しかし……、何なんだろコイツ。
「だってさ、僕はまだファルの肌がどうかなったり……とかいう場面を見た事がないんだぜ?
疑いたくもなる、ってもんだよ」
僕が少し拗ねたような、呆れた口調で言った後、腕を組んだ。そして、ファルを見据える。
「……それじゃ見るか?幸い食事も終わった事だし。」
そんな僕に、いつになく神妙な声でしゃべりかけるファルに驚き……
「え……」
僕は見た。――ファルの顔に穴が空いているのを。
「………………………………………………うっ」
思わず喉まで熱いものが込み上げる。それを必死に抑えようとするが、追いつかない。僕はすごく……とてつもなく失礼な事なのだが裏路地に引っ込んで、異物に成り果てた食事を吐き出す。いつも家で見慣れていたはずなのに。どうしてだ……?
すると、近くまで来たファルが背中を摩ってくれた。
「ファル……」
「大丈夫か、ビスター?」
「あ、あぁ……ごめんなファル……」
「いんや、気にする事ねぇよ。普通そうだ。しかし……お前には俺がどうなったように見えた?」
屈託の無い笑みではないが、笑いながらファルは言った。
僕は、未だに喉を支配する異物を必死で押さえながら、小さく答えた。
「ファルの……ファルの顔に穴が空いて、手が足が体中の肉がむき出しになって……――うっ」
「……お前、そこまで見えたのかよ。 すっごいなぁ〜。 ん〜〜、流石俺のマスターだな!」
「――ごめん、ごめんなファル」
「だから、俺、ゾンビだって言っただろ? もともとがアレなんだから、謝ったりするなって」
「でも……ごめん」
「いいよ」
* * *
それからは、一言もしゃべらずに、僕らは宿に戻った。
宿の主人に「顔色が悪いぞ」と言われたが、それも半ば無視して部屋に入る。
その後は、ただ単調にいつも行っていた動作を繰り返し……ベッドに入った。僕はさっきの衝撃と、顔に穴が空いた瞬間のファルの表情に酷い罪悪感を覚え、ファルの顔を見れずにいた。
ファルもファルでそんな僕を気遣ったのか……何も言ってこなかった。
「なぁ、ビスター。 俺、やっぱり明日はここで待ってるよ。馬車のチケットよろしく」
左のベットから、突然ファルの声が聞こえた。僕は咄嗟に起き上がり、ファルを見た。ファルは仰向けになり、腕を枕代わりにして寝ていた。――顔だけは、こっちを向いていたが。
「なんだよ……、お前行かないのか……?」
「ホラ、だってさ。乗合馬車のチケット売り場ってすっげぇ混むじゃん?
俺、一応こんな形してるけどアンデッドだし。……少しは遠慮した方がいいかな……って思ってさ」
少し自嘲気味に呟くファルに僕は少しだけ、少しだけからかいを篭めて言った。
「ファル……、今頃何言ってるんだよ。いっつも男誑かして金取ってるヤツとは思えないぞ」
その言葉を茶化すように受けてくれると思った。けれど、ファルの表情は厳しくなった。
「マスター」
――マスター、この呼び方は、はじめてファルが出てきた時以来だった。
「俺はさっきの事は気にしてないし、謝って欲しいとも思わない。
でもな、今の状態で俺が行くとマスター、気まずいだろーが」
「っ!!」
さらっと言われた事に声にならない声をあげた。その様子を知ってか知らずか、ファルは先を続けた。
「……それにさぁ、俺が人間だったときの事考えると、やっぱり気持ち悪いじゃん?
隣を歩いてたイイ男がゾンビで、突然腐ったりしたらさ」
………………“イイ男”を強調するあたり、やっぱりコイツ並じゃねぇな。
僕は心の中でそう呟いた後、息を吸って、少し低めの声で言った。
「ファルギブ」
「なんでしょうか? マスター」
「僕も、もう気にしてない。けど謝る。これはお前に対してでもあるし、僕に対してでもあるから。
…………ごめんな」
「それじゃぁ、俺も謝るかな。 ごめん……ってさ」
* * *
「おっちゃん、ハスラまでのチケット2枚頂戴!! あそこのベンチのやつと俺の分!」
「おぅっ! お前らまだガキみてぇーだからまけといてやるよ!二人で……っと600Gだな」
チャリンチャリン
「はいっ!600G丁度!んじゃ、おっちゃんありがとね〜」
結局、二人でチケットを買いに来ていた。でも、実際に売り場のおじさんのところへ行ったのはファルだ。
――あいつ、あんな事言ってたくせにきっちり人ごみに入っていったし。
僕はというと、5メートルぐらい離れた所のベンチに腰掛けていた。
「ビスター、買ってきたぞ!あー、もう明日出発にしないで今日行かないか?!
ほら、空もすっげぇ晴れてるし! 最高の旅日和じゃねぇか!」
「まだ準備が出来てないだろ。 明日も晴れるから、待っとけって」
「ちっ……。 あ、そうそあのおっちゃんまけてくれたんだぜー。やっぱ俺の美貌ってすごいなぁ!」
「あーはいはい」
目的地はハスラ。グルテマより少し小さい街だ。確か特産物は山ワカメだったかな……。
僕らは準備を整えるために宿に戻った。
――宿までの道のりで、ファルはまた、多数の男から金を巻き上げていたようだった。
とりあえず今の時点でわかっているのは名前と、ゾンビだという事。――それに、性格がとことん悪そうな事ぐらいだ。いや、もう……悪いというかなんというか……。
コレは、旅をはじめてしばらく経ってから、わかった事だった。
- 第2話 「根性悪い、アンデッド」 -
僕の家はグルテマという街にあり、グルテマはパスピン共和国の首都だった。首都だからそれなりに大きかったし、施設も充実していた。まぁ、そんなだから、当たり前だけど人も多い。人が多いと“裏の世界”というものが出来る……これはもうお約束だろう。グルテマもこのお約束に漏れず、表では眩しすぎる……つまり、後ろめたい職業の人たちが集まる裏路地があった。
普通の人は表街道を通るのでほとんど関係ないが、一応ファルがゾンビだという事を考えて、人の通りの多い表街道を通るのはやめようということになった。
そして、裏路地に入った。
* * *
「よーよー姉ちゃん、俺らと遊ぼうぜぇ」
まずはじめに僕らに声をかけてきたヤツ等は、こう言った。
もちろん僕は男だ。外見もとてもじゃないが、女に見えるほど女々しくない!――はずだ!
だから、この「姉ちゃん」という単語はファルに向けられているのだとわかる。ファルはというと髪の毛を無造作に伸ばし、なおかつ女顔だから勘違いされたのだろう。
普通なら、ここで「俺は男だ」とかなんとか――ていうか、人間じゃないけど――と否定すべきだろう。しかし、このクソゾンビはこう言った。
「え〜、あたしお金なくって〜、オゴってくれる?」
待て。ちょっと待て。……いや、いっぱい待て。
これを聞いた瞬間、僕の背中には鳥肌が立ち、ファルから2メートルは離れた。それを見て怪訝な顔をした男達だったが、ファルの手を取り小道に入っていった。
僕はファルが何をされてもいいが、男達があまりにも可哀相――だってゾンビなのに、しかも男なのに――なので、そっと小道を覗いた。
小道を入ってすぐの所で、ファルは男達に囲まれていた。
あれが女性だったら恐怖のあまり顔がゆがんででもきそうな所だが、生憎ファルは女性ではない。
――いや、人間ですらない。
「おー、姉ちゃん、可愛い顔してんじゃん?」
「お金なくて酒飲めるとでも思ったの〜?」
「あ、もしかしてこういう風になるのわかってた? 期待してた?」
男達はウザイ声を出し、ファルをからかっていた。……まぁ、アレがからかっているつもりなら、の話だが。しかし、ファルは何事もないように平然として立っている。それが気に障ったのか、一人がファルの腕を掴んだ。
「おぃ、姉ちゃん。 いい気になってんじゃねぇぞ!!」
ファルは掴まれた腕を見つめた。そしてやけににっこりと微笑んで掴んだ男の顔を見つめ――その瞬間、肌が、腐った。――といっても実際に腐ったわけではなく、あれはおそらく「イリュージョン」。何もしてないと思ったら呪文を唱えていたらしい。
……ん? っていうかアイツ、魔法使えんのか?!
「あ……あわわわわわ、なんだこいつ?!?!」
男達が恐怖の表情を浮かべた……と同時にファルの顔は元に戻り、男達をなぎ倒していた。文字通り、なぎ倒す。両腕を広げ、男達の鳩尾を狙い、一気に片付けた。
そして、
「ふっ、他愛もない」
そう言って男達の懐を探り、財布を取り出す。取り出した財布から当然のように中身を抜き取り、僕の方へと歩いてきた。その顔は、「フフンッ」とでもいうような感じで……もちろん腐ってはいなかった。
「――っておぃ!! 勝手に盗ってきたらダメだろ! いくらアイツらが悪くても!」
「あ?何を言ってるんだビスター。 あいつら『オゴる』って言ったんだぜ?
だからありがたく、頂戴してきたまでの事さ」
「いや……な?その……はぁ……。まぁ、そうだな」
僕も家からお金を持ってきてはいたが、それもいつかは尽きることを考えほっておいた。
しかしそれで調子に乗ったのか、それからずっとお金に困ると――そして、困っていなくても――ファルは男をだまして貢がせる、最低の女を演じていた。
ファルは、それを「生活の為っしょ?」と言っていたが……、僕にはストレス発散のために喧嘩をしたい、という風にしか見えなかった。
* * *
家を出てから早、一週間。
……一週間も経ったのに、僕らはまだ街から出ていなかった。
いくらグルテマがでかくたって一週間はないだろう、と思う貴方は正しい。
僕だって早く出て行きたかった――出て行きたかったのに!!
「ねぇ、お兄さんv奢って〜〜Vv」
女は割りと見かけのいい男を捕まえてはこう言い、男はその誘いにのり、奢るどころか有り金全部を持っていかれる。後々警察に届けようにもあまりに情けないので、誰も届けない。
女は、今日もカモを探して街を練り歩く――
あー……、もちろん「女」ってのは……ファルだ。
僕ら――というかファル――の生活は今のとこ、こんな感じだ。お金は巻き上げてくるのでたっぷりある。お金があるとふかふかのベットの宿に泊まれる。ほっかほかの美味しい物が食べられる……。
そう、僕らはハマっていた。居心地のいい暮らしになれてしまっていたのだ。でも、いつまでもこうしてはいられない。焦りにも似た気持ちが、生まれはじめていた。
「ファル!!!いい加減に街を出るぞ!!」
「えーーーー、やだぁぁ」
「僕の前までブリっ子するな。 鳥肌が立つ」
「ちっ」
「兎に角。明日の乗合馬車のチケットとってくるから!お前は此処にいろよ。
間違っても男をたぶらかしにいくな。 わかったな!」
ちょっとキツめの口調で言い放つ。ファルは明らかに不機嫌そうに顔をしかめた。
が、何を思ったかにへら〜と笑った。
「な、なんだお前。すげぇ気持ち悪い」
「ビスターさぁ? 俺を一人で置いてくと、どうなるかわかんないよ? な の で!!
俺も一緒に行ってあげる(はぁと)」
キャァッ、と片足を上げて俗に言うブリっ子の典型的な見本を示した。色素の薄い茶色の髪の毛は、陽に当たり、金色にも見えた。
だが、そんな事、僕には関係なかった。
「…………・・だっ、誰か助けて…………・」
ものすごく気持ち悪い。今まで……歴史上に、語尾にハートを付ける様なゾンビが存在したか?いや、その前にこいつ本当にゾンビなのか……?
と、ここで僕はある事に思い当たる。
――そういえば、僕はまだファルの肌が腐ったり、いかにもゾンビ〜といったような状況を見た事がないのだ。……こっ、こいつ!! ハメやがったのかっ?!?!
「なぁ、ファル。 お前って本当にアンデットなのか?」
「は……? 今更何言ってんの? あっ、わかった!アレっしょ! ナーイスジョーク!!!」
ファルは可笑しそうに腹ををかかえて笑った。しかし……、何なんだろコイツ。
「だってさ、僕はまだファルの肌がどうかなったり……とかいう場面を見た事がないんだぜ?
疑いたくもなる、ってもんだよ」
僕が少し拗ねたような、呆れた口調で言った後、腕を組んだ。そして、ファルを見据える。
「……それじゃ見るか?幸い食事も終わった事だし。」
そんな僕に、いつになく神妙な声でしゃべりかけるファルに驚き……
「え……」
僕は見た。――ファルの顔に穴が空いているのを。
「………………………………………………うっ」
思わず喉まで熱いものが込み上げる。それを必死に抑えようとするが、追いつかない。僕はすごく……とてつもなく失礼な事なのだが裏路地に引っ込んで、異物に成り果てた食事を吐き出す。いつも家で見慣れていたはずなのに。どうしてだ……?
すると、近くまで来たファルが背中を摩ってくれた。
「ファル……」
「大丈夫か、ビスター?」
「あ、あぁ……ごめんなファル……」
「いんや、気にする事ねぇよ。普通そうだ。しかし……お前には俺がどうなったように見えた?」
屈託の無い笑みではないが、笑いながらファルは言った。
僕は、未だに喉を支配する異物を必死で押さえながら、小さく答えた。
「ファルの……ファルの顔に穴が空いて、手が足が体中の肉がむき出しになって……――うっ」
「……お前、そこまで見えたのかよ。 すっごいなぁ〜。 ん〜〜、流石俺のマスターだな!」
「――ごめん、ごめんなファル」
「だから、俺、ゾンビだって言っただろ? もともとがアレなんだから、謝ったりするなって」
「でも……ごめん」
「いいよ」
* * *
それからは、一言もしゃべらずに、僕らは宿に戻った。
宿の主人に「顔色が悪いぞ」と言われたが、それも半ば無視して部屋に入る。
その後は、ただ単調にいつも行っていた動作を繰り返し……ベッドに入った。僕はさっきの衝撃と、顔に穴が空いた瞬間のファルの表情に酷い罪悪感を覚え、ファルの顔を見れずにいた。
ファルもファルでそんな僕を気遣ったのか……何も言ってこなかった。
「なぁ、ビスター。 俺、やっぱり明日はここで待ってるよ。馬車のチケットよろしく」
左のベットから、突然ファルの声が聞こえた。僕は咄嗟に起き上がり、ファルを見た。ファルは仰向けになり、腕を枕代わりにして寝ていた。――顔だけは、こっちを向いていたが。
「なんだよ……、お前行かないのか……?」
「ホラ、だってさ。乗合馬車のチケット売り場ってすっげぇ混むじゃん?
俺、一応こんな形してるけどアンデッドだし。……少しは遠慮した方がいいかな……って思ってさ」
少し自嘲気味に呟くファルに僕は少しだけ、少しだけからかいを篭めて言った。
「ファル……、今頃何言ってるんだよ。いっつも男誑かして金取ってるヤツとは思えないぞ」
その言葉を茶化すように受けてくれると思った。けれど、ファルの表情は厳しくなった。
「マスター」
――マスター、この呼び方は、はじめてファルが出てきた時以来だった。
「俺はさっきの事は気にしてないし、謝って欲しいとも思わない。
でもな、今の状態で俺が行くとマスター、気まずいだろーが」
「っ!!」
さらっと言われた事に声にならない声をあげた。その様子を知ってか知らずか、ファルは先を続けた。
「……それにさぁ、俺が人間だったときの事考えると、やっぱり気持ち悪いじゃん?
隣を歩いてたイイ男がゾンビで、突然腐ったりしたらさ」
………………“イイ男”を強調するあたり、やっぱりコイツ並じゃねぇな。
僕は心の中でそう呟いた後、息を吸って、少し低めの声で言った。
「ファルギブ」
「なんでしょうか? マスター」
「僕も、もう気にしてない。けど謝る。これはお前に対してでもあるし、僕に対してでもあるから。
…………ごめんな」
「それじゃぁ、俺も謝るかな。 ごめん……ってさ」
* * *
「おっちゃん、ハスラまでのチケット2枚頂戴!! あそこのベンチのやつと俺の分!」
「おぅっ! お前らまだガキみてぇーだからまけといてやるよ!二人で……っと600Gだな」
チャリンチャリン
「はいっ!600G丁度!んじゃ、おっちゃんありがとね〜」
結局、二人でチケットを買いに来ていた。でも、実際に売り場のおじさんのところへ行ったのはファルだ。
――あいつ、あんな事言ってたくせにきっちり人ごみに入っていったし。
僕はというと、5メートルぐらい離れた所のベンチに腰掛けていた。
「ビスター、買ってきたぞ!あー、もう明日出発にしないで今日行かないか?!
ほら、空もすっげぇ晴れてるし! 最高の旅日和じゃねぇか!」
「まだ準備が出来てないだろ。 明日も晴れるから、待っとけって」
「ちっ……。 あ、そうそあのおっちゃんまけてくれたんだぜー。やっぱ俺の美貌ってすごいなぁ!」
「あーはいはい」
目的地はハスラ。グルテマより少し小さい街だ。確か特産物は山ワカメだったかな……。
僕らは準備を整えるために宿に戻った。
――宿までの道のりで、ファルはまた、多数の男から金を巻き上げていたようだった。