ガッタン  ゴットン
      ガッタン  ゴットン

 馬の引く箱に、人間は荷物と共に乗り込んだ。
 ――まぁ、人間以外から見れば人間も荷物なのだけど。
 心地よい秋の風に吹かれ、髪が、服が、揺れた。  ――グルテマの南方に位置する街、ハスラ。山に囲まれた人口の少なめの街だ。
 特産は山ワカメ。実際のワカメのようなに見えるのだが全然違うモノだそうだ。
 採りたてのを軽く湯がいてポン酢で食べるのがおいしいらしい――

 僕はハスラについたらどうしようか……と、考えこんでいた。
 ――まず宿を探して、お食事処もいいのがあればいいけれど。
 と、突然隣から腕を突付かれた。
「ビスタァーーー」
 情けない声を出すのはファル。ファルギブ=ライアンだ。
 容姿端麗、街を歩けば誰もが振り向いてしまうような綺麗な外見だが……、生憎、人間ではなくアンデッドだった。その上性格が果てしなく悪い。僕はまた突付かれないように腕を上げてから、ファルを見た。
「何だよ」
 露骨に嫌な顔をしてやったと言うのに、ファルは気にもせず言葉を続けた。――いや、この場合、気にしている場合ではなかったのかもしれないが。
「ビスタァー……俺……死ぬぅ……」
 もう死んでいるというのに何をほざくのかコイツは。

 僕らの乗っている乗合馬車は他に客が何人か居た。
 ほとんどがRPGゲームに出てくる“村人A”みたいな格好をしている。けれど、何人かはいかにも“冒険者”といったような格好だ。いかつい鎧を着ている男性だの、杖を肘掛にしている魔法使いだの……。
 そういう人達と、万が一いざこざがあってはいけないので僕らは端の方に陣取っていた。そして、ファルがゾンビだという事も考慮して、余り人から見えない窓際の席に居た。

「死ぬ……ってどうしたんだ」
 なんだか悲愴な目をしているので僕は親切にも訊いてやった。……なんて心が広いんだろう!
 すると、ファルは気持ち悪そうにお腹を押さえると言った。
「…………………………………………・吐きそう」
「――はぁっっ?!」
 お腹に当ててない方の手を口へと当てると「うぇっ」と言い出すファル。
 僕は慌てて逃げようかと思ったけれど、此処は乗合馬車。公共の場で相棒(?)が気分悪くなったのに逃げていてはヤバイ。仕方ないので、僕はファルの背中を摩ってやった。
「おぃ、大丈夫か?たぶんもうすぐ休憩で止まるから。 な?それまで待てよ?」
「きゅ……休憩……早くきやがれ……」
 僕は一瞬、背中を摩るのをやめようかと思った。
 ――悪態をつく元気があるじゃないか……、そう思ったから。



* * *



 程なくして休憩に入った。
 ハスラへ行くためには絶対通らなければならない場所、<アルスラの森>の手前だった。

 アルスラの森――その名前の由来が余りにもベタなので、僕としてはいまいち信用出来ないのだが……この森には“アルスラ”という名前の魔女がいるらしい。大昔から住んでいるらしいのだがここ数百年、誰もその姿を確認していない。だから、“アルスラ”の名は空想の物、本の中だけの御伽話になってしまっている。
 僕だって家の書斎にあった本で読んだけど……胡散臭すぎだ。

「おぃ、ファル?大丈夫なのか?」
「う……うん……降りたら少し楽になったかも……」
 相変わらずお腹を押さえ、結構大きなの木の根元にしゃがみこむファル。
 全く、ゾンビが馬車に酔う、だなんて話聞いたことないぞ……?僕は鞄を探ると、市販の酔い止めを取り出した。当然の事だが……“人間用”だ。
「ファル、ホラ一応酔い止め飲んどけよ。人間用だけどな」
 そう言って箱を開け、タブレットを一個取り出してファルに渡す。
「こんなんが酔い止めなのか……?」
 ファルはそれを受け取ると、訝しげにそれを見つめた。その酔い止めは薬と感じさせないために甘く、お菓子のようにしてある子供向けの物だった。僕は昔から薬の類が苦手だから……。
「酔い止めになるんだよ、人間はな。 お前には効かないかもしれないけど、一応」
「う、うん……」
 タブレットの包装を破り、口に入れようとした。
 と、その時、後ろから声をかけられた。

「ソレ、効かないわよ」
 振り向いた先に居たのは僕らと同い年か……少し下ぐらいの女の子だった。
 シャギーの入った短め赤い髪に、少しくすんだ同じく赤色の瞳。全身は黒系統で決められていて、腰のベルトには大きめナイフや剣が挟まれていた。――ちなみに結構可愛かったりする。
「ちょっと聴こえてないの?若いくせに耳が悪い?」
 その容姿に似合わない毒舌だ。
 彼女は、僕らの方へ歩いてきたかと思うとファルが今しがた口に入れようとしていたタブレットを取り上げた。
「なっ何すんだよ、返せ! 俺の青春!!」
 ――青春……?青い春と書いて、セイシュン。
 ……・は?
 動揺しているのかなんだか知らないけど、僕はファルの言葉を聞かなかったことにした。
「ホラ、返すわよ」
 彼女はファルから取り上げたタブレットを、何故か僕の方へ渡した。
「え……?いや、でもこれ僕はいつも使ってるんだけど……?」
 僕はとりあえず受け取りながら疑問を投げかける。
「効くわよ。人間にはね」
「え……?」
「本当に耳が悪いのね、医者に見てもらったら?」
 少し軽蔑するような目で僕を見上げてきた。
 外見は可愛い、可愛いのだが……いかんせん、口が悪い。態度も悪い。性格も……悪そうだ。
「医者、医者ね。また今度行ってみることにするさ。ね、今、何て言った?」
 僕は、此処で取り乱しては馬鹿みたいだから、極力平静を装ってもう一度尋ねた。
 その問いに、彼女はまた、同じ言葉を繰り返した。
「効くわよ。人間にはね」
 一瞬の間の後、僕はファルを指差した。
「あれ、何ですか?」
 返ってきたの、は短く3音。

「ゾンビ」



* * *



 あー……、うー……?

 僕は、先ほど彼女が放った言葉を頭の中で反復してみた。
 「ゾ」に、「ン」に、「ビ」……、バレてるのか……?
 心底不安になった僕は、すっとファルの方へ行くと彼女に視線をやった。
「何よ?」
 彼女は腕を組み、相変わらずの態度でこっちを見ていた。
「あ、いや………………ね、どこまで知ってるの?」
 僕は返答につまり、訊いた。
 彼女は、一瞬、ポカンといった表情をしたあと手を打った。
「あぁ、そのゾンビの事?」
 そう言ってファルを指差し、ツカツカとこっちへ歩いてきた。
 そして、僕に手を差し出した。
「……?」
「握手よ、握手」
 彼女は強引に僕と握手をすると、ファルの方をチラリと見た。
 それからまた僕の方へ向き直ると、言った。

「同業者よ、よろしく」