ガッタン  ゴットン
      ガッタン  ゴットン

 あれからすぐに休憩時間は終わり、僕らはまた馬車に乗り込んだ。
 けれど、休憩前と違うことがあった。
 ――彼女が、僕らの近く……というか僕の隣に座ったのだ。 「あら、いけなかったの?」
「え、いやそんな事無いけど……さっきと違う場所じゃないか?」
「別に座る場所なんて何処だっていいのよ。それに前の席、隣の男が嫌だったし」
 そう言いながら、彼女は僕の隣に座ると小さめの鞄を抱え枕のようにして眠りだした。
 そして、すぐに寝息を立て始める。
 まだあどけなさの残る顔立ち。……客観的に見ると綺麗だ。それもとてつもなく。長いまつげによって作られる影は濃く、規則正しく息を吐き出す口元は妖艶ともとれるほど、光っている。
 僕がしばらく、横の住人を見つめていた。すると、隣の席から小突かれた。
 言わずもがな、ファルだ。
「いやぁん、ビスターってば。寝てる時に襲うのは犯罪よぉ〜〜?」

 ゴリッ

 何か変な音が聞こえたかと思うと、ファルは席に沈み込んだ。
 ――何故か、何故か僕の拳がこめかみに当たってはいたが。

 僕はまた、彼女の方を見た。
 すると、先ほどは気づかなかったが首にドラッグをかけているのがわかった。僕はそっとそれを見る。そこには……数字ではなく文字が書いてあるようだった。
 (V……?al・・ua……?)
 普通に(?)読むと、“ヴァルア”……これが彼女の名前だろうか?
 と、その時、突然彼女が目を開けた。
「………………何?」
 訝しげに僕の方を見る彼女。眠そうな目を擦りながら、体勢を整えている。
「あ、いや……そっそういえば、君の名前聞いてないな……って思って」
「……名前? あぁ、そういえばそうだったわね」
 彼女はそう言うと、僕が先ほどまで見ていたドラッグを外し、それを僕に見せた。
 そこには見覚えのある、紋章。――見覚えがあるというか、なんというか……。
「知ってるでしょ?コレ」
「……し、知ってるけど……」

 その紋章は今や伝説となっている人を象徴するもの。
 伝記や、学校の教科書にまで登場するメジャーなもの。
 ――伝説の魔女、アルスラ=ウィッティンクの紋章だった。

「ヴァルア=ウィッティンク=ミスカ、よ。」
 僕は唖然として彼女の顔を紋章を交互に見つめた。
 ちょっと待て、ちょぉぉーーっと待て。いや、あの、そんな……こんなことって……有り?
 そんな僕の内心の葛藤を知ってか知らずか、彼女……ヴァルアが手を差し出した。
「で?貴方の名前は? ビスターとか言うらしいけど」
僕はドラッグを彼女に返しながら答えた。
「ビスター=バル=ライラって言うんだ。あ、ついでにこっちはファルギブ=ライアン。
 ……知ってると思うけどゾンビ、だから」
「バル……ライラ。あぁ、グルテマの死霊使い一家ね。何度か行ったことがあるわ」
「え……そうなの?」
「一応、これでも同業者だしね」
 彼女は少し笑いながら首に手を回し、ドラッグをかけなおす。
 僕はそんな彼女にまだ訊きたい事がたくさんあった。なので、横ですぴすぴ言ってるファルをさり気なくけり倒し、彼女の方を向いた。が、無情にも(?)御者席から声がかかった。
「ハスラに着いたぞーーーっっ!!!!」
 乗客が一斉に窓を開ける。僕も、窓際のファルを踏んづけると窓を開け、外を見た。
 グルテマほどではないが、遠目にも人が多いのがわかる。露店やらもたくさん出ているようだ。それにのぼりも多い。
「うわぁ……着いたんだなぁ……」
 初めて、親と一緒じゃない旅をしたので些か不安だったのだ。
 けれど、第1の難関は潜り抜けたことになる。



* * *



 しばらくして停留所に着いた。乗客はそれぞれに降りる支度をして、降りていった。僕もまた、自分の荷物とファルという荷物を抱えて降りていく。
「それじゃ、また会うかもしれないけど」
 ヴァルアが小さな荷物を持って別れを告げに来た。僕は思わず彼女の腕を引いた。彼女は不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「えっ?あー……もうちょっと……話さないかな?」
 僕は実際訊きたいことがあったので、少しでも彼女を引きとめようとした。あくまで、純粋な気持ちだ。下心なんて微塵も……ない!!だが、僕のお荷物と化していたゾンビが余計な事を言った。
「ヴァルアちゃん、わかってやってよ。 口下手なビスターだけどさ」
 ポンッ、とヴァルアの肩を叩くと大げさにため息をつく。
 ヴァルアはその手を素早く除けると、手を顎に当てる。
「……何を?」
 僕はその隙にファルを締め上げる。どれだけやっても死なないのだから心配ない。首に腕をかけさり気なーく、後ろから膝で背中をぐりぐりやる。痛い……のか……な?
「ビッ、ビスター!!ギブ、ギブッッ!!!」
 バタバタと手を振り上げ僕の頭を叩く。仕方ないから少しだけ首にかけていた腕を緩め……るフリをしってもっと締め上げてやった。へっ、ざまぁみやがれってんだ。
「あっ、あのね。、ヴァルア。この馬鹿ゾンビの事は信用しないで!!
 ほら、よく聞かなかった?ゾンビの口は嘘八百って」
 無論、そんな事聞いたことはない。よく言う”口から出任せ”というヤツ……のはずだ。
「……そうね……」
「それでさ……?良かったらお昼一緒にどうかな?」
 僕は、何故か納得したようなヴァルアにすぐに提案を投げかけた。すぐそばにおいしそうな匂いを発している定食屋があるのだ。そこの入り口には“おいしいおいしい山わかめ定食!今ならサービスドリンク付き!”と書いてある。
「えぇ、いいわよ」
「よし。それじゃこのゴミ捨ててきたらすぐに行くから! 先に行っといてくれる?」
 ヴァルアは頷くと店内に入っていった。僕は思わず、ため息をつく。

「びしゅたぁ、ギョミって俺しゃまの事??」
「当たり前だろう」
 ファルが少し見上げて訊いてきた。ちなみに先ほどの言葉は訳すと「ビスター、ゴミって俺の事?」だ。甘えているのか知らないが妙な赤ちゃん言葉を使わないで欲しい。はっきり言って、エグい。
「いいか、今度変な事言ったら不透明の黒いゴミ袋に詰めて海に投げ捨てるからな!」
 僕はファルの鼻先に指を突きつけるとそう言い放つ。
 そして、そのまま一人で店内へと入っていった。





* * *




「ほほぅ、恋ですかな……?」
 名探偵よろしく、顎に手を当ててファルは呟いた。
 それから、今度は腰に手を当ててとんでもないことを大きな声で言った。
「でも、ビスターは渡さないぞ……!!!!じっちゃんの名にかけて!!!!」
 ――お前、じっちゃんなんて居たのか?
 等というベタすぎる突っ込みを入れる人は既に居なく、ファルは一人で含み笑いを続けていた。

 ハスラでは、波乱が巻き起こりそうな予感です。