「僕が訊きたいたいのはさ――」
 そうやって切り出した会話は、少しだけ緊張する空気の中で繰り広げられた。 「あ、ファル。僕まだちょっと用事があるから、先に宿に行っておいてくれないか?」
 サマラ軒で山ワカメ定食を食べた後、僕等は街の観光ガイドのお姉さんに良い宿を紹介してもらった。何でも街の中央部に位置する一番大きい館を改築して使っている所なんだそうで。
 僕等は――ちなみに、ヴァルアも一緒だ――一も二も無く、その宿に決めた。
「え……、ま、まさか二人して如何わしい事を……!!」
「ンなワケあるか。 さっさと行きやがれ」
 井戸端会議が生きがいのオバサン、そんな感じの反応をするファルを軽くど突いて追い払った。勿論、ファルの言うように“如何わしい事”なんて考えていない。
 ――僕が今考えているのは……もっと重要な事なのだ。



「おばちゃん、こっちにオレンジジュース二つ頂戴!」
「あいよっ、お代はこっちで払っとくれ!二つで220Gだから!」
 僕等はファルを追いやった後、サマラ軒のすぐ近くにあった酒場に入った。……あ、いや決して酒を飲むわけじゃないんだぞ?他に手頃な場所がなかったからだ!
「――それで、訊きたい事があるらしいけど?」
「あ、うん……同業者の先輩として聞いて欲しいんだけどね?」
「?」
 僕はオレンジジュースを一飲みしてから息を落ち着け、口を開いた。
「ファルは……存在出来ると思う?」
「……それだけじゃ意味がわからないわ?」
「あ、ごめん……えっと……。 ファルはさ、アンデッドとして本来存在出来るものなのかな?」
 キョトンとした顔をするヴァルアに、僕は問いかけた。
「だってさ、僕……ついこないだまで、ていうか今もなんだけど死霊使いとしては初心者の初心者じゃない?そんな僕があんなアンデッドを召喚出来るはずがないと思うんだよ。
 それにさ、あんな……あんな状態のゾンビ、見たことあるかい?」
 捲くし立てる僕を抑えるかのように、ヴァルアはゆっくりとジュースを口に含んだ。
「ビスター、落ち着きなさいよ。
 確かにね、私だってそんなに長いとはいえないけどこの職業をやってきているわ。そしてファルのようなアンデッドを見たのは初めて。でもね?あれが……人間じゃないことはわかるわ」
「僕も……気配が僕等と違うっていうのはわかるんだ。でもそれだけじゃないような気がして」
「……それもそうね」
 そこで僕等は沈黙と共にジュースを飲み干した。オレンジの甘酸っぱい香りが口の中に広がる。
「だから僕、ヴァルアと会う前にファルに訊いたんだ。お前本当にゾンビなのか?って……」
「それで?」
「そしたらさ、あいつの顔や体が腐ったんだ。そう――あいつ、自分で制御出来るんだよ。自分の体の腐敗度を。それにさ、魔法も使えるんだよっ?!」
 あの夜のことを思い出して、少し吐き気がしたが僕は必死でそれを抑えた。
「魔法が……使える?うーん、それはさほど珍しいことでもないような気がするんだけど」
 そんな僕に首を傾げながらヴァルアは言った。僕もわかっている。アンデッドの中には生前の能力が残っていて魔法が使えるものも居ること。けれど、それでも魔法の格が全然違うものだった。
「イリュージョン……」
「え?」
 小さく呟いた。
「イリュージョン、っていう魔法、知ってるだろ?あいつ、あれが使えるんだ」
「そんな馬鹿な――!!!だってあれって……」
 ヴァルアが驚くのも無理はなかった。僕は、ファルがあの魔法を使った時それがどんなものか知らなかったけれど……調べたのだ。グルテマに長いこと滞在していた時に。
 イリュージョン、別名「幻覚法」。特定の人物、または領域に属する生き物に幻覚を見せる術。それはメルヘンちっくな夢であったり、ファルがしたようなグロテスクなものであったり……使い方は様々なのだが、如何せん問題がある。
 それは、術者の能力の高さ。
 イリュージョンはやたらと力を使う術なので、生まれつきの魔力がものすごく高い者でしか使えないのだ。魔法使いでもごく少数、10万人に1人居れば良いほうだ。
 けれど、それをファルは使える。……どういうこと、なのだろうか?
「イリュージョン……か。それはちょっとばかし手強いわね……」
 顎に手を当てて考え込むヴァルア。僕もまた、腕をくんで考え込んだ。
「ねぇ、ビスター」
「ん?」
 考え込む姿勢は崩さずに、ヴァルアは口を開いた。
「良かったら、私の家に来る?」
「――……え?」
「お祖母ちゃんに会わせてあげるわよ」
「――……ふええぇえぇぇ?!?!」
 ヴァルアのお祖母ちゃん……っつーと、伝説の魔法使いアルスラじゃないか!!え?何?取り殺されるのか……!?僕は頭の中でそんな事を考えていたのだが、体は……というより首は無意識のうちに縦に振られていた。
「よし。それじゃ、私も家に帰るところだったし、一緒に行こう」
「う、うん……」
 おばちゃんに220Gを払うと、僕等は酒場を後にした。
 伝説の魔法使い……彼女なら、イリュージョンくらい楽に使えるんだろうなぁ……。



* * *



「ぬわわあぁぁにいぃぃっっっ!?!?!?」
 宿に入って部屋を教えてもらい、僕等はそれぞれの部屋へと分かれた。そして僕はこれからヴァルアの家に向かうことをファルに告げた。
「……うっせぇ」
「うっさいとかそんな問題じゃねぇだろ!え?何?やっぱり如何わしいことしてたんじゃ――!!
 ――ビスター、責任とってよね? うん、わかってるさ、お母さんに会わせてくれるよね? えぇ……、それじゃこれから私の家に来て? わかった……、それじゃこれから君の家に向かおう……。
 いやああぁあぁぁ!! ビスターってば不潔ぅぅうぅ!!!!」

 ごりっ めきょっ

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……何を言い出すかこの馬鹿ゾンビがあぁぁ!!!」
 家に向かう、と言っただけなのに変な妄想しやがって……。僕は思わずサイドテーブルにおいてあったライトスタンドを手にとってファルの脳天にぶちかましていた。
「痛あぁい……、ぐすっ」

 ドガッ

 ゾンビのなせる業なのか、もともとなのか知らないが驚異的な回復力を示すファルに、僕はもう一度ライトスタンドをぶつけた。……これでしばらくは大丈夫なはずだ。
 コンコン
「あ、はい?」
 ドアをノックする音が聞こえたので、手からライトスタンドを離すと、僕は入り口へ向かった。
 扉を開けると、そこにはヴァルアが居た。
「……何なの、さっきの音?」
「音……? あ、あぁ気にしなくていいよ! ファルがドジってずっこけただけだから!」
「……ならいいけど……。 それで?ファルには話したの?」
「うん。大丈夫。有無を言わさず了解させたから」
 有無を言わさず……、ある意味言葉通りかもしんなかったけど。
「そう。だったら、明日の朝食の時に行き方を教えるわね。 じゃ、お休み」
「お休み〜」
 パタン
 ドアを閉めると、僕はベッドの脇に転がったファルを踏んづけて、温かい窓際に寄った。
 グルテマとは違い、夜は静かなハスラ。門灯や街灯の灯りは在るものの、それ以外は静かな街を見下ろす。時折、よっぱらいが酒瓶を片手に道を行き会っているようだけど。
「はぁ……アルスラかぁ……、サイン色紙でも持ってくれば良かったなぁ……」
 僕は声に出して、独り言を呟いた。
 そして、明日からは大変だな〜、そう思いつつベッドに入った。

「アルスラね。 久しぶりじゃねーか……」
 小さく呟かれた声は……誰の物だったのだろうか?