「にょああぁぁぁぁ?!?!? にょああぁぁぁ?!?! にょあああぁっっああぁぁぁ?!?!」
「…………えぇぃっ、うっさいわ!!!」
 後ろで叫びまくっている声に、僕は耐え切れず突っ込んだ。  ヴァルアのお祖母ちゃん、アルスラの家はそれはそれは凄まじいものだった。

「いい? これから先は絶対に私の言う通りに動くのよ、そうじゃないとヤバイから」
 ガスマスクのせいでくぐもっている声、けれど僕等にはちゃんと聞こえていて。ガッチャンガッチャンと、首を振るたびにうるさいのもそっちのけで、おもいっきり首を縦に振った。
「……でもさ、どこから入るの?その様子じゃ真正面から無理っぽいけど」
 そう、だってさっき「ベル鳴らすと死ぬわよ」とまで言っているのだ。真正面から突っ込んでいったら、どうなるか……わかりたくもないけど、わかってしまう。
「あ、それなら大丈夫よ。お祖母ちゃんにバレないように地下に入り口作ってあるから」
「へ、へぇ……地下、ね……」
 嬉しそうな声で奥の方を指差すヴァルアに、僕は思わず顔を引きつらせた。……まぁ、顔を引きつらせても、このマスクのせいで他の2人にはわかんないんだろうけど。
「じゃ、行くか! まー、ヴァルアちゃんは慣れてるし、俺はよっぽどの事がなきゃ死なないし。当面の心配は全部ビスターってトコかな。ん、頑張れ!」
 ファルがヴァルアと同じように、嬉しそうな声で僕の肩を叩く。僕はその手を素早く払うと、ヤツの言葉の間違いを正してやった。
「死なないし……じゃないだろ、お前はもう死んでんの!」
 ふふんっ、と当たり前の事を当たり前のように言ってやる。ファルは払われた手をまだ宙に浮かせていたが、すぐにもう片方の手を打った。
「――あぁ! そういや、そうだった!!」
 ………………。
 …………すいません、僕がバカでした。こんなバカに一々付き合ってやった僕がバカでした。
 心の中で自分に突っ込んでいると、ファルが可笑しそうに笑った。
「いやー、俺死んでたんだったなー……はっはっはっは…………はは、そうだった……」
「……?」
 最初の方はかなり豪快に笑ってたのに、最後は消え入るような声になった。顔は見えない、けど何だか悲しそうだ。……らしくない、と言ってしまえばそれで終わりなんだけど、少しだけ気になった。
「ファル?……おーい?」
 ぱたぱたと顔の前で手を振る。けれどファルはそれを無視して、後ろを向いた。そして顔を手で覆って、余計にくぐもらせた声で呟いた。
「…………悪い、ビスター先行ってて……」
「……あ、……うん」
 それ以上何かを言う事も出来なくて、僕は先を行くヴァルアを追いかけた。



「ここよ、地下の入り口」
 そう言って指差したのは、余りにボロっちいドアだった。
 そして――
「んで、ここを守ってくれるのが彼よ」
 その番人もまた、大変ボロっちかった。
 ……まぁ、とどのつまり。僕等の本業だった、って事だ。
「お久しいですな、ビスター様。 時にお祖父様はお元気であらせられますかな?」
「は、はぁ……っていうか僕初対面なような気がするんですけど……?」
「いえ、覚えていらっしゃらないかもしれないですが、ビスター様がまだ小さかった自分に何度かお会いしているのですよ。 よくアルスラ様のお供として伺わせて頂いておりましたから」
 初耳だ、……僕がアルスラとあった事があるだなんて。
 まぁ、確かに僕の家は“死霊使い”の中では最高峰とまで言われている家系だから、知り合いは多いのかもしれない。けれどこんな教科書にまで載っちゃうような伝説の魔法使いと知り合いだとは……思ってもみなかった。 ……とは言っても、ヴァルアがそのアルスラの子孫だと言うのだから、現実味はあるのだが。
「まぁ、感動の対面はその辺にしといて……あら、ファルはどうしたの?」
 別に感動とか全然してないんですけど。
 そう言おうと思ったりもしたが、ただでさえ聞き取りにくい環境だ、無駄な話はしないに限る。
「ファル? ん、なんか先に行っててくれって言われてさ――」
 なんか落ち込んでたみたいだけど……大丈夫かな、とか思ってるといつもと変わらない状態の(くどいようだあ、ガスマスクのせいで表情は読み取れない)ファルがやってきた。
「あ、悪い悪い! ちょっと用を足して……」

 た、

 の声は僕の鉄拳によって掻き消された。

 ガツンッッッ

「〜〜〜〜〜っっっ!!! っだああぁぁっ、何するんだよ、ビスター!!!」
 頭を抑えて涙交じりの声で言ってきたが、それは無視をした。
 ……アンデッドに対する偏見じゃないけど、あーいうのに人間が持つ生理現象がある筈がないんだ。
 ちょっとだけ心配した自分が腹立たしくて、気がついたら殴ってた。……ファルが悪いから、いいんだ!
 首を傾げるヴァルアに適当に言い訳をすると、僕は縋り付くような視線を投げかけてくるファルを無視して言った。
「さ、馬鹿も来たし、行こうよ!」
 ヴァルアは小さく頷いた。
「そうね。 じゃ、行きましょうか」



* * *



ヴァルアの言う通り、魔法使いアルスラの修行の一環、とやらは泣くほど酷いものばかりだった。
 まず地下室に通じるドアをあけると、何故か煮え立つ溶岩の沼。
「……え、モロバレしてるんじゃないですか!!」
 ギッ、とヴァルアに睨まれてひっそり涙目になったのは内緒だ。

 それを死に物狂いで抜けるとすぐに有毒ガスが発生している部屋。オプションでそのガスにも耐えられるという魔獣が2,30匹。鋭い牙に、見た瞬間に気絶しかねない、腐った体。……気絶しなかったのは自分でも褒めてあげたいと思った。
 ヴァルアは“死霊使い”の修行以外に魔法も勉強しているらしく、その魔獣を蹴散らして進んでいった。
「まだまだこんなの序の口よ」
 という言葉は聞かなかったことにした。

 その次に入った部屋は所謂お休みの部屋だった。
 修行用の執事、と名乗る人物が冷たいジュースを持ってきてくれた。僕とファルはそれを天の恵み!と飲み干したのだが、ヴァルアは一滴も口にしなかった。
 その理由は後からわかる事になるのだが。



 次に訪れたのは、至って普通の客間だった。大きな革張りのソファに、ガラスで出来ている大きなテーブル。ご丁寧に湯気のたった紅茶まで置いてあった。
 お茶を運んでくれたのは人間ではなくスケルトンの類だったのだが、僕は別段驚くことはなかった。何せウチの家の家政婦はスケルトンなのだ。このくらいで驚くようには育たなかった。(ついでに言うと、一個前の部屋でジュースを運んで来てくれた執事はゾンビだった)
「ヴァルア様、お帰りなさいませ」
 にっこりと(たぶんだけど)笑うと、手に持っていた盆の上からお菓子がのっている皿をテーブルに移す。
 チラリ、と視線を横に向けると、何故か構えたヴァルア。
 ――……え、ええぇーっと……?
 そんな疑問符を口に出そうとした瞬間、僕はヴァルアに手をひっぱられ、先ほどまで居たソファにナイフが突き刺さるのを見た。
「あら嫌だ、ソファに傷がついてしまいましたわ」
 おほほほほ、と生前は嫌味ったらしい表情がオプションだっただろう、笑いをする。勿論、手は甲の方を中にして、口元に当てている。まだ扇子やハンカチがなかっただけマシと思いたい。
 ヴァルアはそんなスケルトンを前にして、腰に差してある大振りのナイフを抜いた。
「手加減しないわよ」
「えぇ、こちらも。 思う存分やってくださいませ」

 そして一瞬、本当に一瞬。

 ガキンッ、という音がしたかと思うと、スケルトンはただの骨に戻っていた。

「ヴァルア様、腕をあげられましたのね」
「当然よ」
 ……分解されたというのに、頭の部分だけが動いて、そう言葉を発した。ヴァルアは小さくため息をついた後、ナイフをしまいながらそう返していた。
 そんなやりとりを見ながら、僕はふと馬鹿ゾンビの事を思い出した。
「あれ?ファルは……」
 部屋を見渡すと、ドアの近くに人影。僕のゾンビ(という言い方は聊か不満が残るが)は暑いのか、金に近い茶髪を紅いリボンで結ぼうとしている所だった。
「……ったく、何してんだよアイツ」
 ただの骨になったスケルトンに術を施していたヴァルアも、その術が終わったようでこっちにやってきた。
「またいつでもどうぞ、ヴァルア様」
「遠慮しとくわ」
 “スケルトン”に戻ったソレは、散らばったせいで外れていたエプロンをかけなおすと、深く頭を下げた。
「さ、それじゃまた行きましょうか」
「あ……、うん」
 ファルは何も言わずに、リボンをぎゅっと締めただけだった。



 あれから……何部屋を通ったのだろうか。
 有りとあらゆる罠がしかけられ、見たことも聞いたこともないような生き物がわんさか襲い掛かってきた。その度に僕はヴァルアに助けられ、何とか命を続かせていた。

「あ……あっ、あのさ、ヴァルア! あんまりききき聞きたくないような気がせんこともないんだけど、こう、何ていうか、ねぇ、ちょっとああああの……」
「ビスター、噛みすぎだしっ」
 がすっ
 僕が一生懸命言葉にしようと努力してるってのに何を言いやがるんだコイツは。
 ほとんど脊椎反射なみに、僕の右手は彼の顔にめり込んでいた。
「――どうしたのよ? ホントに噛みすぎよ、ビスター」
 ちょっと心配そうな顔で振り返る。
 僕はめりこんだ右手を引き抜いた後、ちゃんとした言葉を口にした。
「……あ、あのさ。 今どんくらい来てる状態なの?」
「あぁ――大丈夫よ、そこのドアでおしまいだから」
 にっこり笑って一直線上にある大きな扉を指差した。……うわぁ、いかにもって感じ。
「そう……やっと終わりかぁ〜」
 やや引きつった笑いをしながら、ふぅっ、と安堵のため息を漏らすのもつかの間、
「まぁ、あそこから本番、みたいなものだけどね」
 ――やっぱりそうなんですか……。



* * *



 ギギギィ……
 重く大きな扉を二人ががり(勿論僕とファルだ)で押し開く。
 開いた瞬間、目に飛び込んできたのは大きな火の玉だった。
 ……
 …………
「っぎゃっぎゃあああぁぁぁああぁぁ!!!!!!!」
 自分でもこんな大声が出るのか、ってくらいに叫んだ。
 ――つもりだったんだけど。

にょああぁぁぁぁ?!?!?にょああぁぁぁ?!?!
 にょあああぁっっああぁぁぁ?!?!


 自分の横にいたヤツの方が数倍大きい声で叫んだせいであんまり大きくならなかったらしい。
 それにしても――
「…………えぇぃっ、うっさいわ!!!」
 後ろで叫びまくっている声に、僕は耐え切れず突っ込んだ。

「おばあちゃんっ!」
 火の玉に動転している僕らを押しのけて、ヴァルアが部屋に足を踏み入れた。
 その時になってやっと……僕はその火の玉が本物でない事に気づいた。何故なら、ヴァルアがその火の玉の中を普通に通っていったからだ。
 なぁんだ、だったら僕も通れるんじゃん!と思った。
 のに。
 じゅぅっv
 …………何で熱く感じるんだろう。

「……あら、ヴァルアお帰り〜」
 やっぱりいくらやっても熱い火の玉の向こうでは、何だか感動の対面が始まっているらしかった。
「あのさぁ、おばあちゃん!何か通路の所、また罠が増えてたんだけど!」
「あら、イヤだわぁ。 可愛い孫の為だもの、当たり前でしょv」
「フツー、可愛い孫なら正面玄関から迎えてあげるべきだと思うんだけど」
「え? 何か言った?」
「おばあちゃん……いい加減にしてよねー……」
 会話だけが聞こえる。……しかし、“おばあちゃん”ってことはこの話し相手は――
「そういえばヴァルア。アンタ、ルーラが出したジュース飲まなかったの?」
「当たり前。 あんなあからさまに怪しい物飲めるはずがないじゃない」
「……でもお友達は犠牲にした、と」
「うっ」
「仕方ないわね〜、アンタに効かないんじゃ意味ないし……」
 パチンッ
 よく響く音がして、すぅっ……と火の玉は消えた。

 そして僕は会ったのだ。
 あの、伝説の魔女アルスラに。