ある夏の日の午後のこと。
 その日はすごく暑くて、正直参りそうだった。
 でも次の瞬間、僕の頭の中だけ、冬になったみたいだった。 「なぁなぁ、ビスター」
 隣を歩いていたファルが突然話しかけてきた。
「ん? 何」
 僕は顔を向けず、声だけを返す。
「……あのさぁ?」
 ファルはいつものような強引な感じで話を進めず、どこか遠慮しているように言葉を濁す。
「なんだよ」
 僕はまた、声だけを返した。
「あ、あんな……怒るなよ……?」
 ごにょごにょと横で言ってくるファルに、僕は些かむかつきを覚えた。
「ったく、なんなんだよ!!」
 ファルの方を向くと、僕は半ば怒鳴るように声をあげた。
 そして、ファルの方を向きながら歩き続ける。
「お前、さっきから何なんだよ。 言いたいことあるなら、はっきり言えって!」
「えぇ〜、だってビスターこわぁいv」
「―――――…………………………あぁん?」
 暑さでいい加減、頭がどうかなりそうだというのに……この暑さを感じないのか?このゾンビは。
 いや、というよりも。暑さを感じないにしても少しは人間の事を考えるべきだ。……こんのクソ暑いなか、変な声を出さないとか。わざわざむかつく様なしゃべり方をしないとか。
 ――もちろんこれは“ゾンビ”に限らず、他の生き物にも願うことだけども。
 そして、「こわぁいv」だのなんだのが、暑くてカッカしている僕の怒りを爆発させる引き金になったのだ。
「お前はなぁ!暑さを感じないからいいかもしんないけど、僕は暑いんだ!
 だから、こんなにくっついて歩くな! 変なしゃべり方するな!!
 それに……言いたいことがあるのなら、はっきり言え!! わかったら、この肩の手をどけろっ!!」
 いつもはこんなに怒鳴ったりしないのだが、今回は特別だった。
 けれど僕が怒っているのに、ファルときたらにっこり笑って僕の肩に手をかけた。



「足の先、10Cm。ビスターの大好きなミミズの死骸ありv」

「…………」



 僕はファルの方へ向けていた顔を、ギギギィと足元へ向けた。
 ――足元には日の光でカラカラに干された全長30Cmほどの長い紐……に見えるミミズさん。生きながらにしてミイラになったのか、お陀仏してからなったのかは知らないがこれは……どう思っても死んでいる。というかこれで生きていたら奇跡だ。

 ズザザザザザッッッ

 僕は思わずファルの後ろに回り、ミミズから離れた。
 そしてファルにしがみ付いた(といっても肩を掴んだだけだけど)。
「ファ、ファ、ファ、ファル!!!!! どっ、どっかやって!! 早く! お願いだから!!」
 情けないことだが、僕はミミズが大嫌いだった。
 あの生き物とは思えない、体。踏み潰したら中身が出てくるし……かなりエグい。
 ――いや、それなら最初っから踏み潰すな、とかいうのは禁句だぞ?
「あれ〜?ビスターってば、くっつかないで欲しいんじゃなかったの?」
 明らかにからかいが混じっているファルの声。ものすごくむかついたが、ミミズよりマシだ。
「悪かったって! 悪かったから、早くアレをどっかにやって!!」
「えぇ〜、どうしよっかなぁ〜?」
 ファルは、僕にとってかなり残酷な言葉を、にっこりと笑って言いやがった。でも、ここで怒鳴り散らしたりしたら僕は――この場から動けなくなるかもしれなかった。
「ごめん!! くっついてもいいから! な、な? 早くどかして!」
 僕がそれを言い終わるや否や、ファルは靴の先で“ソレ”を蹴っ飛ばした。
 “ソレ”は人の余り居ない街道沿い、高く高く舞い上がって川に落ちた。

 ポチャンッ

「…………ふぅ」
 僕は思わずため息をつき、額に浮き出た汗を拭った。これは決して暑さのためだけではないだろう。
 それから、僕はお礼を言った。
「ありがとう、ファル。 あれだけは……どうも、苦手なんだ」
「いんや、どういたしまして」
 僕がお礼を言った後、ファルはこの場に余り相応しくない、どこか不適な笑みを浮かべた。
「……ビッスタァ〜〜〜っっvV」
 ファルが言葉を発した瞬間、僕は何故かものすごく悪寒を感じてファルから遠ざかった。
 僕が遠ざかったすぐ後、ファルが今まで僕の体があったところに飛びつく形になった。
 もちろん、そこにはもう何もない。

 ドタッ

「うげっ」

 ……と、遠ざかっておいて正解だった……。
 僕は胸を撫で下ろし、道に転げたままのファルを置いていくことにした。

「ビスタァーーーーッッ、置いていかないでぇ〜〜〜っっっ!!」

 遠くのほうで絶叫する何かが聞こえたけど、僕は聞かなかった事にした。

 ――あーあ……、暑いなぁ……。





 F i n .
番外編です。ビスターの苦手なモノ……それはミミズ。
まぁ、なんて女々しいヤツなんでしょう!(酷
ミミズなんざぶっ飛ばしてケチョンケチョンにしてやるべきですよね!!(何の話だ

夏の日の午後の話。ファルがちょこっとだけ可哀想な感じ。