「あーなんでこんなに暑いんだ……」
こんな言葉を放ったって周りが涼しくなるわけでもないのだがそこはそれ、人間というものはこういう時には絶対に愚痴りたくなるものなのである。当然、私もそんな人間と一緒で思わず愚痴っていた。
しかしホントに暑い。暑すぎる。クソ暑い上にこんなに服を着ているせいだろうか、なんだか意識が朦朧としてきたような気がする……。
「いかん……暑すぎる……どっかの店にでも入るか」
暑さに負けた私は近くの酒場兼食べ処らしき店に入った。
act.001 「砂の城」
「おっちゃん、何か冷たいもん頼むわ……」
席につくなりそう注文すると、マフラーと帽子を取ってテーブルに突っ伏した。帽子の下は肩にかかるか、かからないかくらいの長さの漆黒の髪。いつもはとらないマフラーもとったので、首元がだいぶ涼しくなった。
「ったく、この暑さは半端ねぇぞ……」
「ホラ、嬢ちゃん!そんな暑さはこれで吹っ飛ばせよ!」
おっちゃんが持ってきてくれたのはジュース。おそらくこの村の名産「パパラチ」の実をミキサー状にしてミルクと氷を入れたものだろう。私はおっちゃんに金を払うと一気に飲み干した。
ふむ……パパラチの甘酸っぱさにミルクがベストマッチでシンプルながらも結構おいしい。
「っかーー。生き返るねっ!! おっちゃんこれパパラチだよな?」
「おぉ、この村の名産さ。嬢ちゃんもお土産にどうだい?今なら安くしとくぜ。」
「んー。どうしよっかな。パパラチってあんまり食ったことないんだけど。 いくら?」
そう言って値段の交渉に入ろうとした時、客が入ってきた。
普通の客……なのだが顔に包帯を巻いているのでつい、見てしまう。他の客もなんとなく見ているようだ。包帯をしているといっても別に怪我をしているようではないので、それがそいつのスタイルなのだろう。
「お客さん、どうします?」
おっちゃんがそいつに訊く。
「何か適当に作ってくれ」
そいつはそう言った。
私はなんだかそいつの声に聞き覚えがあるような気がした。しかし顔を包帯で巻いてるようなやつと知り合いになった覚えはない。たぶん……「他人の空似」というヤツだろう。
「ホラ、グアサのソテーだ。グアサは今旬だから上手いぜ!」
おっちゃんはそう言うとそいつのテーブルにやったらでかい魚のソテーを置いた。
「すまん、金は後でいいか?」
「あぁ、いいとも」
おっちゃんが厨房の方に戻るとそいつはあっという間にソテーを平らげた。そして普通に出て行った。
って……・おぃ……。
「おっちゃん!おっちゃん!!あいつから金もらったのか?!」
私はついついおっちゃんに訊いてしまった。
別に関係のない話なのだが金を払っていなかったらふざけきってる!それにあいつが食い逃げなら私も!!
……いやん、ウソだって。
「へ?いやもらってねぇぜ。だってあの客は後から言ってただろ?」
「あいつ……普通に出て行ったぜ?」
「え…………ってことはアレか?食い逃げかっ!!!!誰か!追いかけてくれ!! 食い逃げだーーー!!!」
「んじゃ私、行ってくるよっ!!」
「あぁ、すまねぇな嬢ちゃん。」
何でわざわざ、このクソ暑い中、クソ暑い外に出るんだ?と思うかもしれないがそれはちょっとひっかかるものがあったからだ。それに食い逃げするなんて……絶対に許さん!!!!世界が許しても私が許さん! 直に見て変なやつならぶっ飛ばしてやる!
と、いうわけで私はジュースで若干ましになったもののまだバテている体を引っ張ってクソ暑い中、包帯野郎を追いかけた。なんせあの風貌だ。すぐに見つかるだろう。
……思ったとおり酒場から少ししか離れていない場所にそいつはいた。何かをしている……というわけでもなくただ歩いているようだ。
「おぃっ!!てめぇ食い逃げだろっ!!!」
そう言って私はそいつの肩をつかむ。そしてこちらに顔を振り向かせ…………・・
「ラス…………?」
「シオ…………」
* * *
そいつは私の幼馴染だった。名前はラクラス。愛称はラス。最近会っていなかったが……少なくとも昔は顔に包帯を巻くようなやつではなかったような気がする。……まぁ、今は、そんなこと関係ないっ!!
「ラス!!お前食い逃げしただろっ!!!」
「え……?食い逃げ?何のことだよ」
「何、ってなぁ、お前。さっきの酒場で食ったグアサのソテーの金、払ってねえだろうが!!!」
『金のことになるとシオは怖い』とよく言われてきたがそれは性格なので仕方ない。あ、そこの君!ケチとかぼそっと呟かないっ!
しかしラスは詰め寄る私を真っ向から見つめてこう言った。
「俺さ、店出るときにちゃんとテーブルに金置いてきたぜ? それもたぶん余分に」
……………………。
そういえば一瞬だけラスの方見てなかったかも……・。
「あ、そう。それならいいや」
うむ。やはり、私の間違いだってことに気づかせないうちに引くのが一番!!今なら、たぶんラスは店のおっちゃんの間違いだと思うだろう。
「シオ、久しぶり」
「は?」
いきなり言われたので何かと思ったら……全世界共通、恒例の再会の挨拶らしい。
「あ……あぁ久しぶりだな。何年ぶりだ? 私が向こうを出てから……2年……、2年ぶりか。
しっかしラス……お前その包帯はなんなんだ? はっきり言って変だぞ」
「お前……マジ変わってねぇのな。 2年たって少しはオシトヤカになってるかと思ったんだけどな。
包帯はただの飾りだよ。 か ざ り 。別に意味はねぇ」
呆れたように呟くラス。言いながら、顔に巻いている包帯を手で弄んでいる。
「フーン。ラスも変わってねぇな。 その“変”な趣味」
ちょっと ―― いや、実際にはかなり ―― むかついたので私は「変」を強調して、言ってやった。けれど、それは結局自分に返ってきたのだった。
「なんだとっ?!シオの変な色合いの服よりマシだっ!」
「くっ……そこを言っちゃオシマイだぜラス…………。」
もちろん私だって世間一般から見てこのファッションは戴けないと思う。しかし、ラスみたいなのに言われると精神的にかなりショックだ……。
「それはそうと。ラスはなんでこんなところにいるんだ?」
そう。色々と話がズレてしまっていたが私はこれが気になっていた。……ラスだって気づいてからね。
私が向こうを出るときはなんか「家業を継ぐ」みたいなことを言っていたような気がしたのだが。ラスの実家は確か機織、……さては嫌になったな。
「あ、俺か? いやぁシオが行くって言ったときは家業を継ぐんだ、って思ってたんだけど、どうも合わなくってさ。結局、親父説得して旅に出たってわけ。
向こう出てから、最初はバイトとかやって金稼いでたんだけどさ、最近バイト先のヤツから『今は宝探し人(トレジャーハンター)ってのがいいらしいぜ』って聞いてさ。よくわかんねぇんだけどとりあえず、宝探して、旅してるって感じだな」
「宝探し人ねぇ……。ホッントお前昔っから変わってないな。少しは後先考えて行動するってことを身に付けろよ。
いいか?宝探し人ってのはある意味賭けだ。そこに宝があるらしいって噂だけで行ったりきたりするような生活だ。
それを何も考えないラスみたいなヤツがちゃんとできるとでも思ってるのか? ……で? 一体どこに行くつもりだったんだ?」
全くラスもいいかげんにその性格改めろよ……。宝探し人ってのはそんな遊び半分で始めれるような簡単なモンじゃねぇんだ。私も向こうを出てから2年。その間何もなかったわけじゃない。
はじめは何も考えずどうにかなるだろうと思って旅に出たのだが大きな間違いだった。バイトなどをいくつかこなすうちに私もラスと同じように宝探し人に憧れた。いくつか「宝がある」と噂されている遺跡にも行ったが化物(モンスター)が出てくるわ、罠(トラップ)はあるわ、で結局断念したのだ。
それをラスみたいなアホ人間が出来るはずがないっ!!!!
「そうなのか?まぁでもやってみなくちゃわからないじゃないかっ♪それで俺が今向っているところは……・っと。
パライから南西20kmのところにあるオアルハ砂漠。そこの砂漠に入るちょっと手前にツタラアン城……別名砂の城があるんだと。そのツタアラン城ってのは今から200年ぐらい前に世界を恐怖に陥れたとされる盗賊のアジトで城のどこかに秘密の入り口があってそこに行けたら宝がザックザック……。
ってこのシナリオには書いてある。 ん……・? おぃシオ聴いてるのか?」
「バァァァァァッカァァァァァモォォォーーーーーンッッッッッッ!!!!!!!!」
私は力の限りに叫んだ。
「なっ、なんだよう。それと何がバカだ。何が」
「なんでそんな三流の吟遊詩人でも歌ってるようなシナリオを金出して買ってんだ!!
だいたいパライから南西20kmにあるとこ目指しててなんでこんなところにいるんだ!パライから南西20kmっていったら此処とは正反対のところだぞっ! こんの方向音痴がっ!!!!」
パライといえばジェスリータ王国でも結構大きい都市だ。
そして此処はそのパライから北東(・・)約20kmのところにあるカリアンという村だ。どこをどうやったら正反対のところへ来ることが出来るというのだろうか……。昔からかなりな方向音痴のヤツだったが……旅に出て少しはマシになってると思ってたんだけどねえ。
「と に か く!!此処とは正反対のところなんだよっ!!」
「えぇぇぇーーー!!!やっやべぇな……もう路銀尽きかけなのに……。 よしっ!!こうなったらアレしかないっ!」
ラスは何かを決めたようでグッ、と拳を作り高々と宣言した。
「秘儀!!開き直り!!!」
「…………………………………………………………………………………………………………………………・おぃ」
「だってさぁ。此処とは50km……いや80km近く離れてるんだぜ?もう開き直りしかねぇじゃんかよーー。それにこっちにも砂漠はあるわけだし。なんかが埋まってるかもしれねぇって!!」
「まぁ、私はどうでもいいけど。関係ないし。 何より、金出して馬鹿やったのはラスだし。」
「そこでだ!!!俺って方向音痴らしいんだよ。 そんな俺が一人で旅してると危なくてしょうがない。」
(いや……自分で言うな自分で。)
何かを語りはじめたラスに私は心の中で突っ込みを入れる。
「だーかーらっ!!!此処で会えたのも何かの縁と思って!! これから一緒に旅して?シオちゃんv」
「イヤv」
たぶん、こんな事だろうと思っていたので私はスッパリとお断りする。私ははっきり言って「誰かと旅をする」というのがすごく苦手だ。そいつ……またはそいつ達に合わせなくてはいけないし気ままに遊びまくる……というような事も出来なくなる。そして何より…………・金がかかる…………・・。守銭奴とかケチ野郎とか言わないように。これは生きていく上でのごくごく自然な発言なのである。
今は気ままな一人旅だからお金がいるならバイトするし、金貯まったら旅に出るし、色々やっているけれどそれが2人……ということになると話が変わってくる。しかもラスの場合だと特に。そりゃ2人で働けば2人分お金は入ってくる。しかし2人分、消費も激しい。なんとなくイヤなのだそんな生活が。
“自分のことは自分で”がモットーの私には出来ない相談である。
「即答っすか……・。少しぐらいは考えてもいいじゃんかよー!」
ラスが何やらグチグチ言っているが……・・。
「イヤっつったらイヤなの。まぁでも久しぶりに会ったんだからその『開き直り』ってのには付き合ってやってもいいけどな。 ちょっとそのシナリオ見せてみろよ。」
私はラスの持っているシナリオに目を通した。これと行って不思議な点はなく至って普通のシナリオだ。内容は……さっきラスが説明した通りでどこぞの盗賊がその城に宝を貯めこんだというものだ。
「フーン。まぁまぁ普通のやつなんだな。しかしラスもアホだな、場所間違えてどうすんだよ? んで?結局その開き直りってはどうすんだ?」
「むー、とりあえずそのシナリオ通りのやつとは正反対だから……。
砂漠に行ってちょっとだけ探索してみるっ!!!まだ日も高いから今から行こうぜ~~~v」
* * *
ヒュゥゥゥゥーーーーーーーーーーー
ザァァァァァァアァァァァアーーーーー
ソレは其処にあった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ??!?!?!」
「ひょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!?!」
「「なんで此処にあるんだっ?!」」
シナリオにはこう書いてあった。
『パライから南西(・・)約20kmのところにあるオアルハ砂漠。そこの砂漠に入るちょっと手前にツタラアン城……別名砂の城がある。そのツタアラン城ってのは今から200年ぐらい前に世界を恐怖に陥れたとされる盗賊のアジトで城のどこかに秘密の入り口があってそこに行けたら宝がザックザック……。』
そして此処は……パライから北東(・・)約20kmに位置するカリアン村(その近くの名も無き砂漠)。
ソレは其処にあった。
「おぃ……おぃラス。アレ何に見える?私にはどうも城に見えるんだが」
「あ……・あぁ、やっぱりシオにもそう見えるか?どう見ても城だよな……」
カリアン村の街道を抜けて徒歩20分ほどした処はもう砂漠が広がっていた。ここがオアルハ砂漠ならツタアラン城は本来砂漠に入ってすぐの処にあるはずだった。
もう1度言おう、ここはパライから北東(・・)約20kmのところである。よって此処に城があるはずがないのだ……。
「ん?でも待てよ……アレがツタアラン城だとは限らねえぞ?」
そう言ったのはラス。確かにその通りなのだ。アレがツタアラン城だとは限らない。しかし、ここらへんに城がある……という噂は聴いたことがない。だから私はこう考えたのだ。
――その盗賊、または末裔は宝を奪われるのを防ぐためにダミーとして城をももう一つ作った……。
うーっふっふっふっふ。んな事あるワケないか。
「まぁ確かにアレがツタアラン城だとはわかんないけどさ。 とりあえず行ってみるか?」
「あぁ、そうだな」
――それから10分後――
「う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!」
「うひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!
私達は何故か化物に追い掛け回されていた。その化物は至って普通。どこにでも居そうなやつである。
化物図鑑登録ナンバー003「暴れ竜騎士(バーサクドラゴン)」。
その風貌は竜……太古に生息していたヴェロキラプトルと良く似ている。しかしその手には槍、または剣が握られ侵入者を執拗に追いまわす番犬として活躍(?)する。この化物は自然繁殖ではなく誰かに召喚されている。よってその召喚したやつの言うことを聞く。少しばかり冒険をした人ならわかるだろうが「バーサク」の名前は伊達ではなく一回暴れ出すとなかなか止まらない。
冒険初心者ならすぐに逃げろ。中級者も逃げろ。上級者でもめんどくさいのなら逃げるのがオススメだ。
と、いうことで私たちは逃げていた。
「ハァッハァッハァッハァ……一体なんなんだアイツは……・」
冒険初心者のラスと、旅に出て結構経つがこういう経験をしてこなかった私。あの暴れ竜騎士からかろうじて逃げてきたのだが……。
「なぁシオ……・これってさぁ……・やっぱり……・」
「むー。そうだと思うか……?」
「うん……だって暴れ竜騎士っつったら上級者レベルのヤツだぜ……。それをあんな目立たないところに置いておく筈ないし。少し噂を聞いたことがあるんだけどな、あの砂の城の攻略って結構簡単らしいんだ。
だから俺も初心者としてやろうと思ってさ……・。宝はなんか毎回違うらしいんだけど化物の中に暴れ竜騎士級のやつが出てきたっていう話は聞いたことがない」
「「こっちが本物かよ…………・・」」
「でもあんなヤツが門番やってるってことは中身はもっとすごそうだ……。今の私たちじゃ絶対に攻略できない。
…………………………。 よしっ!!! これからラスと一緒に冒険してやるよっ!!!」
「えぇぇぇぇぇ??!?!? なんで? いきなりどうしたんだよシオ」
「ん?何、それじゃ一緒に来て欲しくないワケ?」
「いや、そんなことないけど。っていうか寧ろ来てくれたほうが嬉しい……」
「んじゃ決まりだっ!!!!
これからちっちゃいクエストこなしていっていつか上級者になったらまた此処に挑戦するんだよ。私もこのままここをあきらめるのは癪だから付き合ってやる!!ふっふっふっふそうとなったら早速シナリオ屋探してシナリオ買うぞーーー!!!」
* * *
こうしてひょんな事からシオとラクラスの冒険は幕を上げるのであった…………。
これから2人を待ち受けるのはどんなクエストなのだろうか。
果たしてちゃんと生きていけるのか。
ま、とりあえずは頑張れ。