私達はカリアン村を出て、近くにある割と大きな街ポクタに向かうことにした。
「いいか、あの砂のヤツは後にとっておくんだ。 まず、小さいのをこなしていってだなー」
「……そんな事言って、もし俺等がのんびりやってる間に盗られてたらどうするよ?」
 ――きいぃぃ!!! いちいち女々しいなぁ、コイツはぁ!!
「ンなもん、張り飛ばすんだよ! それに、そんな事絶対にさせん!」
「お、横暴な……」
 がっつぽーずをして威勢良く言った私を見て、ラスが小さくため息をついた。

 あ、まだちゃんとした紹介がまだだったような気がするからここ等でしておくことにしよう。
 私の名前はシオ=バギアン。今歩いているカリアン街道からはかなり離れた村サリーの出身だ。種族的には人間らしいけど、先祖にエルフの血が混じってるとかで魔力はそこらの人間よりかは高い。
 と言っても、魔法とかは知らないから意味ないんだけどな。
 あとはそうだな……、もし街角でピンクのマフラーに碧のマント、それに羽付きの帽子を被っている可愛い子が居たら私のことだと思っていいぞ。 え? “可愛い”はいらないって……?
 ――こほんっ。
 んで、この横を歩いている包帯ぐるぐる巻きのミイラ……じゃなかった、一応(強調な)人間は私の幼馴染のラスだ。フルネームはラクラス=ルガー。私と同じサリーの出身で、家業は機織り。
 でも普通の機織りの店と違って、こいつの家は王家御用達だ。何故かと言うと、こいつの家で作っている織物には魔法が組み込まれているからだ。なので普通のより丈夫だし、何より利用先が増える。
 例えば、火の魔法を織り込めばそれは天然ホットカーペットになるし。反対に水、または氷の魔法を織り込むとクーラーになる。風の魔法が入ってるヤツなんか、空を飛ぶことだって出来るんだ。
 ま、早い話が他のよりすごいってことだ。
「さっきからすごい怪しいぞ、お前」
 ……。
「あー、もー、怪しくてすいませんねー。 女には色々あるもんなんだよ!」
 横からチャチャを入れてきたラスに向かって舌を出す。するとラスは肩をすくめて先に行ってしまった。
 ……いや、何つーか自分でも怪しいと思いましたけどね?

act.002 「囚われた娘」

 ってことで、私達はカリアン村からポクタへ向かっている。
 本来ならばカリアン村に滞在していても良かったのだが、やる事が決まっている以上目的地に向かった方が得だし、楽だし。……と、とりあえず、向かっている!
 ちなみに目的って言うのはまず第1にシナリオを買うこと。そして第2に金を貯めること。
 第2の方はまだそんなに困っていないからいいんだけど、シナリオは流石にないと困る。人伝に聞いた話だったりするといまいち信憑性がない上にデマやもう終わっている場所だったりする事もあるからだ。
 その点、シナリオ屋で買うとある程度信用出来るし、万が一不良品でもそのシナリオ屋にサギやんけー、と言って金をふんだくればいい話。うーん、我ながらあくどい。

 今歩いているカリアン街道を抜ければすぐにポクタだ。
 他愛もない話をしながら歩き、時には走って――お昼前に私達は無事にポクタに入った。



「うわー、うっわー、ううっわーーっ!!」
「えぇい、うっさいな黙れよお前」
 街に着いた時、余りの人の多さに眩暈がするほどだった。
 何でもこのポクタには冒険者ガイドセンターの支部があるらしく、ここから冒険者になる人も多いんだと。そのせいでか、やたら煩いヤツだの汗臭いヤツだの。しかし……、何で戦士(ファイター)志望っぽいヤツばっかなんだろ。もっとこう魔法使い系のカッコいい人とかいないのかー?
「すごいなぁ、シオ! ほら見ろよあの人!すっげぇ、強そう!!」
 そう言ってラスが指差したのは、街灯の下にえらくキザな感じで立っているハンサム君 ――の横の、めちゃめちゃごっつい中年のおっさん。
「……いやぁ、強そうだねぇ」
 他に言う言葉がなく、私はそう答えた。
「だろっ!? あーいう人がパーティに居たら心強いんだろうなぁー。 ほら、あの暴れ竜騎士とかだって一刀両断しちゃいそうじゃん!」
 やたらと目をキラキラと輝かせて話すラス。……こ、こいつもしかしておやぢ趣味が……??
「なぁ、ラス。 言っておくが、私はパーティを組むとしても平均年齢は10代がいいからな」
「――それって遠まわしにあーいう人が嫌って言ってるだろ?」
「わかってるなら、それでよろしい。 ……あ!」
 その先の会話が発展しないように、私はラスの服の袖を掴むとある一軒の店の前まで行った。人ごみを掻き分けながら進んでいたものだから、ちょっとばかし暑い。 私はピンクのマフラーをとって、鞄の中に押し込んだ。無意味に長いマフラーだから鞄がかなり膨らんでしまう。
「お、おぃ! どうしたんだよ!?」
 店の前まで引っ張ってきたというのにまだ気づかないのかこの馬鹿は。
「よーく見てみろって。 さぁ、ラクラス君、ここは何屋さんでしょ?」
「え……? あ、あぁ! シナリオか!」
 その通り、あんまりぱっとしない店構えだが看板にはでっかく“シナリオ売ります・買います!”と描いてあるから確実にシナリオ屋だろう。
「よっし、それじゃとりあえず見てみっか!」
「おぅっ!」
 私達は西部劇に出てくる酒場のような入り口を開け、中に入っていった。




* * *



 中には私達と同じくらいの年の男の子がいた。
 しかも。
 ご丁寧にいびきまでかいて、よだれまで垂らして――寝ていた。

「おー……寝てるなぁ……」
「あ、あぁ。 寝てるなぁ……」
 カウンターの向こう側、つまり店員のはずの少年は私達が入ってきても起きる気配を微塵をみせずにいびきごーごーで寝入っていた。このシナリオ屋。内装もしっかりしているし、シナリオの数も多い。……繁盛していないから寝ている、というのならまだわかる気もするが繁盛してるっぽいのに寝入るとはこれ如何に?
「……どうしよっか。 勝手に見てもいいと思うか?」
「うーん、別にいいと思うけど……それで怒られるのはシオだけだし」
「……」
 ――半端なく腹が立つのはいけない事だろうか?
 勿論、さっきのラスの言葉にもむかついたが一番の原因はこのカウンターの向こうの人物。
 私だって家を出て2年、楽に暮らしてきたわけじゃない。アルバイトだってしたし、一人で冒険もした。……ていうか冒険はどーでもいいけど、アルバイトはそれはそれはキツイものでしたとも!クソ眠いのを必死で抑えて笑顔を作り、お客様は神様!とか言う店長の下で働く毎日。……あぁ、思い出すだけで泣きそう。
 兎に角、だな。 私が言いたいのは――!!!
「起き――」

 どごすっっっ

「ぺぎょっ」

「――う……おぉぅっ?!?!」
 起きろ、そう言ってカウンターの少年をど突こうとしたその時、後ろの扉から何故かめちゃめちゃ分厚い本が飛んできた。そして、その少年の頭にクリティカルヒットv
 ……って、いいんですかい!
「どどどどど、どうなってんだ?!」
 横でひたすらどもっているラス。私だって口を開いたらこうなっている事だろう。
「いいい、いやよくわかんないけど!! 本が飛んできたっ!!」
 うー、やっぱりどもる。……それほど驚いたって事なんだ! うん!!
 ラスと一緒に飛んできた本と、奇怪な声をあげて机につっぷしてしまった少年を見比べながら私達はその場に立っていることしか出来なかった。しかし……、本を投げたのは一体誰だ?
 そうこうしていると、少年がむっくりと起き上がった。
「――ふああぁぁ……、よく寝たぁ……」
「寝るなって!!」
 思わず突っ込んでしまう。けれど少年は何事も無かったようにこっちを見て言った。
「あれ? もしかして……、もしかしなくともお客さんだったりする?」
「あ……あぁ。 そうだけど」
 ラスが頬をかきながら答える。
「へぇー、お客さんかぁ。 テンチョー、神様だってさー」
 半分死んでますよ!ってな感じの目で後ろを振り返って誰かを呼ぶ少年。すると、さっき本が飛んできたあたりからラスの好きそうな ――って言っても本当におやぢ趣味があるのかどうかはわかんないけど―― おやっさんが出てきた。例に漏れず、ごつい。
「おぉ、シェルでかしたぞ! 神様のご光臨でぃっ!!」
「へへっ、そんじゃオレの時給あげてくれるよな?!」
「うむっ、あげん!!」
「「……」」
 突如として目の前で繰り広げられるわけのわからん会話に、私達の目は点になった。
 ラスなんてその点になった目さえもう見えなくなりそうだ。
「おーきゃーくーすわぁーーんっ!! いらっしゃぁぁい!!」
「は、はぁ……」
「今日はどのようなご用件でっ?!」
 何処か遠くへ行ってしまったラスを置いといて、私はとりあえず受け答えを担当する事にした。
「えっと……、手頃なシナリオを探してるんですけど……。 私達、初心者なんで」
「ふむ、初心者冒険者さんでありやしたか。 そうだな……、時にアンタらレベルはいくつなんだ?」
 レベル? あ、もしかして私達の事を冒険者だと思っているのだろうか?
「わからないですけど……」
「あぁぁんっ?!」
「い、いえ。 あの、私達冒険者じゃないんですよ」
 しどろもどろになって答える。……ていうかこのおっさん、さっきから言葉遣いが不安定過ぎだぞ。
「ぬあわぁにぃっ?! 冒険者じゃないのか?! このポクタにあって、冒険者をやってねぇとは?!」
 名画「ムンクの叫び」のような顔つきになったおっさんは突然後ろの部屋に引っ込んだかと思うと、小さなカードのようなモノを持ってきて、私に突きつけた。
「いいか、嬢ちゃん! このポクタじゃぁ、冒険者じゃねぇヤツにゃシナリオは売れねぇんだ!」
「え……っ、マジですか!?」
「おう、マジだとも。 そう決まっちまってるんだよ。なんせこの街にゃ冒険者ガイドセンターの支部があるだろう?だから余計にそういうヤツの取り締まりがすげぇんだ。
 おかげで冒険者の証明を出来ねぇヤツにシナリオを売ったら罰せられちまう」

 結局、おっさんが語るところによると。
 冒険者を装ってシナリオを買いあさり、闇の市場なるもので高値取引をするヤツが出てきたのが原因らしい。中には買いあさるだけでなく、買ったものを間違ったモノに書き換えて売るヤツもいたとか。その間違ったシナリオを買った冒険者達は記述の通りに進んでいたものだから、大怪我をしたり時には命を落としたり。
 そういう事が多発しているので、冒険者ガイドセンター本部で話し合いした結果、支部がある街だけでもちゃんと規律を守ろうという事になったんだと。
 と言っても、ラスがあの「砂の城」のシナリオを持っていたあたり既にダメダメなような気もするけど。
「ま、そういうこった。 だから、悪いがお嬢ちゃん達にシナリオを売ることは出来ねぇんだ」
「けっ、おとといきやがれってんだ」
 ガスッ  ゴツッッ
「いってぇぇ!!! ――って何であんたまで叩いてんだ!」
 唐突に話に割り込んできた少年をおっさんと共に殴る。
 ふむ、しかしそうなると困るな。 冒険者になるのは結構大変だって聞いたし……。
「って無視?」
 私はしばらく考えた後、おっさんの隣でぎゃーすか喚く少年を無視して話を切り出した。
「……つまり、冒険者にならないとシナリオを売ってくれないという事なんだな?」
「んー、まぁ、早い話がそういう事だな」
 そうか……。 それじゃ、冒険者になればいいって事か。 よしっ!!
 いつの間にか敬語ではなくなってしまっていたが、私は気にせずにおっさんに訊いた。
「私達、冒険者になりたいんだが、どうすればなれるんだ?」
「冒険者になるのか? そうだなぁ、どーすれば……いいんだ?」
「……知らんのか!!」
 首を捻ってうんうん唸るおっさん。この人冒険者カードもちゃんと持ってるくせに何で知らんねんな。
 そんなおっさんを見かねたのか、隣の少年が話に入ってきた。
「テンチョー、その年でボケはヤバイだろ? テンチョーだって一応冒険者っしょ?」
「一応は余計だぞ、シェル! これでも俺はレベル30の凄腕戦士なんだぞ!」
 なりかたを覚えていないくせにやけに威張って言うおっさん。
「レ、レベル30っ?!?! ――って凄いのか?」 
 いまいちレベルの感覚がない私は、とりあえず驚いてみたものそれがどの程度のものかよくわからない。なので結局、最後に疑問系の言葉を入れてしまった。
 すると、おっさんの横で少年が大げさにため息をついた。
「へっ、これだからシロートは困んだよ!いいか、レベルってのはなぁ上げるのが大変なものなんだよ!
 オレは冒険者じゃねぇからよく知んねぇけどな、テンチョーの年なんて20にも満たないレベルのヤツ等のオンパレードなんだぞ!それを考えたらただの筋肉馬鹿のテンチョーは凄いってこった!!」
 あの、今……さり気なーく貶してませんでした?
 その言葉に気づいているのか、気づいていないのかテンチョーことおっさんは胸を張って言った。
「その通り!炎の戦士セレス=マグワイナーとは俺のことよぉ!」
「いや、ンな名前聞いたことないし」
 冷静に突っ込む。
 かれこれ旅をはじめて2年近く経つがそんな名前、少しも聞いたことがない。確かに時たま冒険者の名前や魔術師の名前は聞くけれど ――セレス=マグワイナーなる名前は聞いたことがなかった。
「へぇー、珍しい! テンチョーって結構有名な方なんだけどなー」
 すっかり話に入ってきた少年……シェルが言う。
 おっさんはと言うと、私に突っ込まれたのがそんなに哀しかったのか瞳に涙を浮かべてさえいる。
「え、えぇーっと……それで、冒険者になるのはどうすればいいんだ?」
 余りにも居た堪れない――その上ビジュアル的によろしくない――おっさんの顔を見て、私は早々に話題を切り替えることにした。というよりも、元に戻しただけなのだが。
「冒険者……か。 確か今日の午後からポクタ支部で受付やってるはずだぜ」
「きょ、今日の午後?! ってもしかしてもう始まる……?!」
 シェルがさらっと言った言葉に私は驚愕した。
「あぁ、たぶんだけど2時からだと思う。 あと30分あるし……行ってみたら?」
 そう言って、カウンターの下から1枚のチラシを出すと私に押し付けた。
「……?」
「それがポクタ支部のパンフレットみたいなヤツ。 略してあるけど地図もついてるし。ま、地図なんてなくても行けるんだけどな。この店を出て左に真っ直ぐ、んで一個目の角を右に曲がる。そしたら支部がある建物が見えっから」
 先ほどから瞳に涙を浮かべて動かないおっさんそっちのけで話は進む。
 ふと思ったのだが……もしかしなくともこの店、シェルが居ないとやってけないんじゃないだろうか?
「あ……、ありがとう」
「いーえ、どういたしまして。 それより――」
 何処か気まずそうに頬をかくシェル。私はその仕草の意味することがわからず、首をかしげた。
「ん?」
「あ、いや……隣のな、ヤツ。 いい加減起こせば?」
「…………」
 ぎぎ、ぎぎぎぃ……。
 油をさしていないブリキのおもちゃの如く、とんでもなく遅い動作で横を向いた。
 向いた先には――えらく起用に立ったまま寝ている人物が……てかラスが居た。
「……お前、まだ立ち直ってなかったんかいっ!!!」
 さきほどおっさんが出てきた時からずっと固まったままらしい。……ううむ、そんなにショックだったのか?
 色々と思うことはあったのだが、とりあえずめちゃくちゃ恥ずかしいので、起こすことにした。
 しかしこれは“起きろ”と言うよりも――
「おぃ、ラス! ラクラス!! 帰って来い! 生きろ! 生きるんだ!!」
「いや、生きろって……」
 シェルが少し突っ込んだが、まさしく“生きろ”の状態なのだから仕方ない。
 さっきは“寝ている”と言ったが、瞳はあいている。ていうか立ったまま石像になった方がまだマシかもしんない、ってな感じなのだ。勿論の事、瞳には白しかない。
「ラスッ!!! いい加減にしないと……ニンジンジュース流し込むぞ」
 最後の方は耳元に口を寄せて、小さな声で言った。
 小さい子供(ガキ)ならまだしも、今年16歳になろうという男が未だにニンジンを食べれないなんて……アホらしいを通り越して可哀想になってくる。だから、私はそこを配慮した上で小さな声で言ってやったのだ。

 あの後、ラスの瞳に元の色――濃い黄色が戻り、おっさんも涙を拭いた。
 私達は、シェルに貰ったパンフレット――とは名ばかりのチラシだが―― を持って、冒険者ガイドセンターポクタ支部を目指した。




* * *



「えっと……、出て左。 んで……あぁ、ここを右だな!」
 話を聞いていなかった上に超ド級の方向音痴のラスが場所をわかるはずがない。まぁ、当然と言えば当然なのだが私はラスの服の袖を掴み、人ごみを押しのけて進んでいた。
「あぁぁ、くそっ、何だってこんなに人が多いんだぁぁ!!!」
 いや、自分もその一人何だけどな? こういう場合は愚痴らないとやってらんないんだよっ!
 半ばヤケクソに人ごみを掻き分ける。
 ――と、丁度ポクタ支部が見えた時、隣に私と同じくらいの歳の子が並んだ。
「……?」
 やけに歩調が合っている。……ていうか、距離近すぎねぇ?その前に……誰?
 そう思っていたら、その子が突然話しかけてきた。……話しかけて……っていうのかはわかんないけど。
「え? あたしですか?」
「――……は? え、あ、いや、何も言ってないんですけど……」
 何も声に出していないのに、何だっていうんだこの人……。 変質者?
「へっ、変質者だなんて! 酷いですよう、シオさん!!」
「…………・・」
 私は歩みを止めた。
 人の行きかう中、そこだけ時が止まったように静かになった。
「どうしたんです? さぁ、早く行かないと受付が終わってしまいますよ!」
「ア……ンタ、誰だ?」
 不本意ながら、口からは擦れた声しか出なかった。思わず掴んだままのラスの服をぎゅっと握る。
 すると彼女は、一瞬間の抜けた顔をした。……けれど、すぐにその顔は笑みを作った。
「あたしは変質者じゃありませんよ? シオ=バギアンさん。 貴方、エルフの血、引いてるでしょう?」
「何でそれを――」
 知っているんだ?、そう言おうとした時だった。
 後ろから声をかけられたのだ。
「おぃっ、おぃってば!!! おぃ、そこの羽帽子のヤツ!!」
 慌てて後ろを振り向く。
 そこには、さっきのシナリオ屋のシェルが居た。
「……どうしたんだ?」
「いやー、オレはいいって言ったんだけどよテンチョーがどうしても渡しとけって言うもんだから」
 そう言って彼は小さな紙切れを渡してきた。
「ソレ、持ってると有利になるんだとさ」
「は?」
「んー、オレもよくわかんねぇんだけど……早い話が賄賂なんじゃね?」
 シェルは少し肩を竦めた後、ちらりと彼女を見た。そして小さく言う。
「あいつ、エルフなら少し心が読めるんだ。つってもほとんど無理なんだけどな。気にする事ねぇよ」
「そーゆー事なのですっ! さぁ、冒険者ガイドセンターへ行くのでしょう? 一緒に行きましょうよ!」
 シェルがそう言ったかと思うと、彼女は私の腕を引っ張って捲くし立てた。
 ――私の思っている事を言い当てた理由はわかったワケが……何でこういきなりフレンドリー?
「わ、わかったから!! 腕を引っ張るなっつーのっっ!!!」
 ということで、私達(プラスアルファ)はポクタ支部へと入っていった。
 ……ちなみに、シェルはさっきの紙切れを渡すとすぐに帰った。結構上司に忠実なヤツらしい。



「あれ? 貴方、またダメだったの?」
 彼女――ミズリエとやって来た受付で言われた言葉はこうだった。
 いや、でもそれは私に、じゃなくてミズリエに対してのものだったんだけどな。
「そうなんですよー。 どうしても実技試験の点が取れなくって……どうしてなんでしょうっ?!」
「……ど、どうしてって訊かれても……まぁ、頑張りなさい!」
 受付の女性は引きつった笑いを浮かべると、それを隠すかのようにミズリエの背中をバンッと叩いて送り出した。その後に私達が受付をする。
「あの……、私達初めてなんでよくわからないんですけど……お金って必要なんですか?」
 ……あぁ、すいませんねぇ。質問の第一声がこんなんでごめんなさいですよー、だ。
「お金?いいえ、最初はいらないのよ。でも、この試験に受かって冒険者になれた時は払ってもらうんだけどね。結構良心的なのよ、この支部って」
「この支部……?」
 横からラスが口を挟んだ。
「えぇ、普通なら受けるのにも合格した時にもお金を払わなきゃいけないんだけどね。ポクタは他の支部のある街よりも裕福だから受けるのは無料にしてるのよ」
「へぇー、すごいですね……」
 確かに普通ならば冒険者試験に限らず金を取るものなのだ。でもまぁ、取らないって言うんなら受けてみてもいいかな。――― 私が心配していたのは、今日受けて落ちてしまったときの事だったのだ。落ちたとき、受けるのにお金がいるんだったら余計に消費することになってしまうからな。
「それじゃ……二人、お願いします。私はシオ=バギアン、こいつはラクラス=ルガーです」
「バギアンさんに……、ルガーさんね。――はい、それじゃこのカードを持って3番教室に入ってね」
 カードを受け取り、ラスにも渡す。 あ、そういえば、ミズリエは……?
 きょろきょろと辺りを見渡すと、ある一角に人だかり。何だろう?そう思ってラスを引きつれ、行こうとした。
 けれど、行かなくたってその答えはすぐにわかる事になる。

「あの人だかりかい? “囚われた娘さんを称える会”だよ。 全く、くだらんと言うか可哀想と言うか」
 声のした方を咄嗟に振り向くと、そこには見覚えのある人物が立っていた。
 ラスの好きなごついおっちゃん――その横に立っていた、やたらキザなハンサム兄ちゃんだったのだ。